偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil.   作:加賀アスナ

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◆◆第9話◆◆
第9話


 早朝に永遠亭を飛び出した鈴仙・優曇華院・イナバの姿が紅魔館にあった。とある事を相談する為に訪れたのだが紅魔館は慌ただしかった。それもそのはずで紅魔館では第二次住吉月面侵略計画仮が進行していたからである。

 以前、八雲紫が月の都へ侵攻する際、それに先んじる為にロケットを建造し打ち上げた。霊夢の神降ろしの力を借りて推進力を得たロケットは無事に月へと辿り着いた。物としてなら完璧だった。もっとも月での成果はレミリアとってはなんとも言えないものだったのだが。あれからレミリアの興味が月から失せてしまった為に進展はなかったはずだった。しかしロケットを作成したパチュリー・ノーレッジは性能面では完璧だったロケットのブラッシュアップができないかと独自に考えていた。特に月へ行くだとか目的がある訳ではない。魔法使いの興味故の事だった。

 そうして以前の性能を超えるロケットを建造したのである。飛ばすつもりはないため最後の仕上げは行っておらず完成はしていないロケットなのだがそれをみたレミリアが何を思ったのか火星に行って月の連中を見下してやるわ、などと言い出した。パチュリーの計算上火星まで届く事はない。というよりもともと月へ行き、幻想郷へ戻る程度の性能をブラッシュアップしようとしていたのであり火星へ行くことは設計思想が異なるのである。故に月仕様のロケットを火星仕様へ変更を余儀なくされたのだ。

 第二次住吉月面侵略計画仮改め、火星より月を見下そう計画が進行したのである。

 その所為で紅魔館は慌ただしいのだった。しかし元々パチュリーの興味から始まった事であるのでレミリアの要求がそう簡単に為せるわけではない。

 咲夜を始めとしたメイド達は通常の業務があり下働きのホフゴブリンは館の雑事に追われている。人員を簡単に割く事はできないのだ。門番の美鈴を除き、どうにかパチュリーの手伝いができる人員を一人でも多く作る為に割いた人員の分の仕事が咲夜、妖精メイド、ホフゴブリンの仕事を増加させていたのである。

 それ故に咲夜の機嫌は悪かった。お嬢様であるレミリアには一切見せない表情なのだが増えた仕事量、妖精メイドの失敗の尻拭い、ホフゴブリンへの指示と全て把握し業務スケジュールの調整を一人で行っていたからである。

 そこへ顔色の悪い鈴仙が到着し、永遠亭の使いで来たのか、レミリアへ取り次ぎをしようとするとなんと咲夜とパチュリーに用事があるという。

 この忙しい中、よりにもよって咲夜へ用事なのだから――――無論表情には出さないあたり流石のメイド長である――――鈴仙も咲夜の機嫌が悪い事は読み取れた。しかし、相談できる相手が咲夜とパチュリーくらいしかいなかったのだ。

 深刻な様子の鈴仙を追い返す事もできず、咲夜は時間を割く羽目になった。

 パチュリーに確認をとった咲夜は大図書館へ鈴仙を案内した。

 

「それで。今日はどういう用件で来たのかしら、鈴仙。私とパチュリー様に用があるとの事だったけれど」

 

 二人を前にした事で鈴仙の顔色はますます悪くなる。見ている方が心配になるくらいに。パチュリーと咲夜は顔を見合わせる。これは何かがおかしい。たっぷりと二分は黙ったままの鈴仙はようやく口を開いた。

 

「……ここは結界が張ってあるんですね」

 

 大図書館には建造しているロケットがある。その為の結界だった。推進力となる神の力を迎えるにあたって慎重を期すために神社と同じ清浄な空間をパチュリーが作ったのである。

 静かに鈴仙は言葉を紡ぎだしていく。それは聞いていくうちに咲夜とパチュリーの表情を強張らせる。

 鈴仙は波長を操れる。それは精神の波動も読み取れる力である。使いようによっては性格分析もできる。

 その力で鈴仙は見てしまったのだ。

 永遠亭の住人の輝夜、永琳、てゐの波長がある方向に振り切れていくことに。それは陰陽でいうなら陰、白黒でいうなら黒、そして善悪でいうなら悪の方向、属性に。

 基本的に善良で実直な鈴仙はこれを師匠である永琳へ伝えようとしたのだが。

 悪の方向へ波長が振り切れるなど見た事がない。だから思い出してしまったのだ。かつて月から逃亡した時の気持ちを。

 怖かったのだ。ただただ怖かったのだ。

 師と仰いだ人物が、匿ってくれた主が、友となった地上の因幡が、変わってしまうかもしれないことに。

 だから誰かに助けを求めたのだ。まず浮かんだのは霊夢だ。

 しかしこれが何らかの異変だったらと思うと霊夢は博麗の巫女として対処に当たる事になる。それは鈴仙にとっては大事な者同士の対立を意味する。では魔理沙ならどうだろう。魔理沙ならまだ霊夢よりは話が通る。だが結局は霊夢へ話が伝わるだろう。

 そう考える内に鈴仙と同じような立場で冷静で中立に話を聞いてくれそうな人物として咲夜が浮かんだ。しかし厄介事と捉えられては困る。当主レミリアが面倒と判断した場合、門前払いを受ける可能性もある。そこでレミリアの友人でもあり魔法使いのパチュリー・ノーレッジならこの現象にも心当たりがあるかもしれないと、そう考え、咲夜とパチュリーを訪ねたのだ。

 話を聞き終えた所で図書館の扉が開いた。そこに立っていたのはレミリア・スカーレットだった。

 

「盗み聞きするつもりはなかったわ。だけど面白い話だったからつい、ね」

 

 険しい顔をしてレミリアはパチュリーの前に立った。

 

「聞いての通りよパチェ。この瘴気。もう耐えられるものではないわ。鈴仙の話が決定打ね」

「瘴気? レミリアさん、瘴気とは?」

「お嬢様、私も聞いておりませんが」

「私は吸血鬼よ。東洋の連中より少しだけ知っているの。私達が瘴気と呼ぶこれは絶対悪の神が齎すものなの。貴方達風に言えば…………陰陽の陰気、不浄のもの。これは心に入り込み悪を促す。十日前くらいかしら、妙なものが湧いて出たと思ったわ。これは私達の心から発生するものだから。まさか幻想郷を覆うほど発生するとは思わなかったけれど」

「それで、私とレミィであなた達にロケットの建造の仕事を増やしたのよ。心に悪意が生まれる隙間を与えない為に常に仕事のことだけを考えるように仕向けたのね」

 

 レミリアとパチュリーのやり方は白蓮たち命蓮寺のやり方と似ていた。命蓮寺は読経を唱え続ける事で悪意にも善意にも左右されない平坦な心を維持し続けている。それはそれで恐るべき集中力である。

 レミリア達は咲夜を始め忠誠心の高い紅魔館の者にキャパシティを超える仕事を与えることで通常の業務を熟した上でロケットの建造ことも考えるように仕向けたのである。

 忠誠心の高さを利用した紅魔館だからこそ有効な手段と言える。当然、無理が生じる事は織り込み済みだ。

 しかしレミリアは耐えられないと言った。それは何を意味しているのか。

 

「ど、どうするつもりなんですか?」

 

 おずおずと鈴仙が訊ねる。それは話を聞かされていなかった咲夜の気持ちも代弁していた。

 

「もう決めてあるわ。咲夜、紅魔館にいる全ての者を図書館へ呼んで頂戴。全てよ。それから持てるだけ食料を持ってくるように伝えなさい。できるだけ早くね」

 

 瞬間、咲夜の姿が消える。時間を操作して全員に声を掛けに行ったのだ。

 

「パチェ。転移魔法は準備できてるわね?」

「ええ。いつでも大丈夫よ。だけど」

「分かってるわ。咲夜は納得しないでしょうね。でもこれは私がやる事よ。あの子は大事な妹だから」

 

 再び咲夜が隣に現れる。両手で食料を詰め込んだ荷造り箱を抱えている。

 

「全ての者に声を掛けてきました。準備が終わり次第すぐに来ると思います。ただ妹様は……」

 

 抱えていた荷造り箱を床へ卸した瞬間、

 

「お疲れ様、咲夜。……パチェ」

 

 レミリアが右手を上げる。同時にパチュリーの拘束魔法が咲夜に掛かる。

 

「パ、パチュリー様⁉」

「ごめんなさい咲夜。レミィのお願いなのよ」

「お嬢様の!? お嬢様、何故」

「フランの様子、おかしかったでしょう? だからもう耐えられないと言ったのよ。瘴気は心から生まれ心の隙間に悪意を塗り込める。もうフランが持たない」

「それと、この拘束と何が!?」

 

 咲夜の抗議を受け流している間にも大図書館へ紅魔館に従事している全ての者が集まってくる。

 そうして、フランドールを除く全てが集結した。誰も彼も不安そうな表情を浮かべている。

 パチュリーの指示により全員が魔法陣の中へ入る。だがレミリアだけが外れていた。

 

「お嬢様!? どうしてお嬢様だけ」

「フランを見るのは姉の役目よ。可愛い妹だもの」

 

 レミリアの視線は紅美鈴に向けられている。

 

「美鈴。咲夜の事、お願いね」

「任されました。咲夜さんはお嬢様の事となると冷静さに欠ける時がありますから」

「め、美鈴、何を言っているの。お嬢様、この拘束を解いてください!」

「パチュリー。あとはよろしくね」

 

 固く頷いたパチュリーが魔導書を開くと魔法陣が発光し始める。当然外れているレミリアへ咲夜が呼びかける。

 

「お嬢様、お嬢様も早く!」

「咲夜。これから大変な事が起きるから、首尾よく解決なさい。これは命令よ」

 

 レミリアのそれは有無を言わさない厳命だった。

 咲夜は項垂れて承諾する。 

 

「お、嬢様…………かしこまり、ました」

「それと鈴仙。貴方は恐怖に負けて逃げたと思っているかもしれないけれど。誰かに助けを求める事は勇気のいる事よ。よく紅魔館へ訪れたわ。私は私の家族を守る為に手を打った。貴方の家族は貴方で守るしかないのよ。自分の力で足りないのならどこかから持ってくるしかない。私は私の家族で手一杯だから、別の誰かへ頼むのね」

「レ、レミリアさん……」

「けれど、うちを訪ねてきた事は褒めてあげる。貴方は貴方の守りたいものの為に頑張りなさい」

 

 魔法陣の光に全ての者が包まれ大図書館から姿を消した。同時に紅魔館が大きく揺れる。地下より立ち昇ってくる魔力。それはフランドールのもの。

 

「私もそろそろ限界ね。全くお家騒動もどきで幻想郷に迷惑かけるなんてみっともないわね。けど、そうも言ってられないか」

 

 レミリアの体からも魔力が立ち昇る。レミリアは大図書館から飛び出し紅魔館上空に静止する。

 

「来なさいフラン! 貴方の不平不満その他もろもろの思い、全て受け止めてあげるわ!!」

 

 レミリアを中心とした紅霧が広がる。紅魔館上空を赤く染めた。そこへ悪意に飲まれたフランドールが現れる。

 吸血鬼姉妹が激突するのはそのすぐ後だった。

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