水泳の特訓は順調に進み、段々と周囲の気温が下がり始めた頃。
ヒートアイランド現象が盛大に発生している都会と違い、田舎の野山は日が暮れれば多少温度は下がる……。
わけが無い。*1
単に(休憩挟みつつとはいえ)川に入りっぱなしなので、いい加減切り上げようというタイミングになっただけだ。
サクサクと体を拭いて、木陰で着替え用のラップタオルを使って私服に戻ったミユキと合流する。
この時間になるとそろそろ引率の大人が迎えに来るので、ゾーイも変装用の地球人モードになっていた。
だからこそ、その『異変』は完全に不意打ちであった。
日も落ち始め、夕焼け空が見え始めた頃。突如山林地帯に轟音と衝撃が走る。
初日にガボラが飛び出してきた時と同レベルの爆音と震動が、静かだった山林を揺れ動かした。
「なっ……!?」「ひゃあ!?」
当然、その変化はゾーイとミユキの元にも届いており、着替えと変身を終えた二人がたたらをふむ。
一体何が!?と周囲を見回してみれば、見える範囲とはいえ遠くの山から、黄金色のナニカが『生えて』いた。
ゴテゴテとしたゴツいボディライン、所々にある謎の発光部、頭部らしき部分についたアンテナらしきパーツ。
そう、それはまさしく『人型ロボット』と言える存在であった。
「な、なにあれ!?不格好なガ〇ダム!?」
「キングジョー!?何故、あれは勝手にAIが起動しないようロックしておいたはず……!?」
ただただ驚愕するだけのミユキに対し、そのボディを見た瞬間にゾーイは正体を看破した。
ゾーイの宇宙船に搭載されていた、ペダン星人から鹵獲したというスーパーロボット。
構造面はザラブ星にて解析が終わったため、今回の任務での戦闘データ収集もかねてゾーイに使用権が与えられていたのである。
暴走してこちらを襲わないようにロックをかけていたはずのそれが、なぜか起動している。
『……どうやら予想より数段無様な事になっているようだな、ゾーイ!!』
『! このテレパシーは……ザルド様!?』
ザラブ星人『ザルド』。新米工作員であるゾーイのサポート及び監視役として派遣されていたザラブ星人だ。
前回宇宙に会った円盤に待機していたザラブ星人が彼であり、定時報告を受けながら侵略に必要なアドバイスや物資支援を行っていたのである。
だがしかし、当のゾーイが侵略すっぽかして水泳の特訓に夢中になったため、こうして前線に出張って来たのだ。
『いくらロックをかけていようが、私は貴様より上位の権限を持つ工作員だ。
セキュリティのバックドアも知り尽くしているから容易く起動することができる。
それよりも貴様……宇宙工作員でありながら現地の生命体に肩入れするとは。
ザラブ星人の、宇宙工作員の恥さらしの出来損ないめ!!』
『うっ……も、申し訳ありません、ですが……!』
『ですがもさすがも何もないわ!!』
ザルドの怒りに反応するように、キングジョーが一歩前に踏み出す。
どうやら直接地球に降りてきてキングジョーに乗り込み操縦しているらしい。
当然、ゾーイが遠隔で操作権限を取り戻そうとしてもどうしようもない。
相手も同じザラブ星人、オマケにゾーイ以上の経験と能力をもつベテラン工作員なのだ。
ハッキングやクラッキングでどうこうできるような状況ではない。
『貴様にチャンスをやった我々が愚かだったようだな……!』
『ま、待ってください!お許しを、ザルド様!?』
『いいや待たん!』
キングジョーが木々を踏みつぶしながら一歩踏み出す。
それだけで、ゾーイは「ひいっ」と小さく悲鳴を漏らした。
一応は自分に任される事になったからこそ、ゾーイはキングジョーのスペックを良く知っている。
全身が宇宙金属『ペダニウム合金』製の頑強な装甲にバリアー機能までついており、ザラブ星人の標準装備では有効打は与えられない。
10万トンを超える重量物を簡単に持ち上げる膂力を持ち、格闘戦にも対応できる関節の可動域を持つ。
目のような部分からは強力な破壊光線『デスト・レイ』を放ち、鋼鉄ですら容易く溶解させる。
そも、ザラブ星人よりも弱いのなら兵器として運用を検討する必要すらないのだ。
当然、戦闘力は平均的なザラブ星人の域を出ないゾーイより数段上だ。
『ザラブ星人の面汚しが!このままキングジョーの餌食にしてくれるわ!』
(ま、まずい、何とかして逃げるか、土下座してても許しを……!?)
『……と言いたいところだが、一度は面倒を見た身だ。ほんのちょっぴりだけチャンスをやろう』
『あ……ありがたき幸せ!』
思わず土下座で助命嘆願しようとしたゾーイだが、ギリギリのタイミングで差し伸べられたクモの糸に縋り付く。
なにせ相手はスーパーロボットなのだ、今のゾーイでは倒すどころか逃げる事すら難しい。
足どころか尻の穴だろうと舐めるぞ私は!と妙な覚悟を決めた所で、ザルドがその『チャンス』を放り投げた。
『そこにいる地球人を殺し、今すぐM78星雲人『二号』に化けて破壊活動を再開せよ』
『……え?』
『聞こえなかったのか?まずそこの地球人を殺して忠誠を示せ。
次に、遅れている侵略作戦を巻きで進めろと言っているのだ』
『ぁ、う……?!』
ぐらり、とゾーイの体がたじろぐ。
当たり前だ、ゾーイにとって、この数日間は生まれて数千年の人生の中で最も楽しい時間である。
勉強と訓練漬けの日々、それでも周囲に追いつけない劣等感。
励ますのではなく詰ってくる家族や教官と、期待されていない自分への嫌悪。
そんなマイナスに満ちていた日々に比べて、ミユキとの数日は綺羅星のようだった。
『さあ、どうした。貴様もザラブ星人の、宇宙工作員の端くれならば早くしろ!』
『そ、れは……ですが……』
「……お姉さん?」
「ッ……!?」
最後通告の内容に戦慄する中で、不安げにこちらを見上げていたミユキが目に入る。
今までの会話はテレパシーなので、地球人であるミユキには聞こえていない。
しかし、ゾーイの不安げな表情で不穏な空気を感じ取ってしまったのだろう。
縋り付くように腰の所に抱き着いている彼女を見て、何故かゾーイは幼い頃の自分がダブった。
無論、本来の姿は地球人とはかけ離れている。はっきり言って人間よりもズゴック*2に近い。
それでも、頼る所のない少女の姿が、かつての己を思い起こさせたのだ。
「……いいですか、ミユキ。貴方は今すぐ後ろを向いて逃げるんです。
大人たちのいる所まで走り抜ければ、あとはどうとでもなります」
「ぞ、ゾーイお姉さんは?」
「私はあれをなんとかします。だって……」
『ウルトラマンですから』
そう言って、ゾーイはミユキに背を向けた。
ミユキは少し戸惑いながらもゾーイから離れ、何度も振り返りながら走り去っていく。
覚悟は決めた、腹も括った、肝も……多分据わった。
今のゾーイにとって、ここは不退転の戦場だ。
「……ザルド様、いくつか定時報告で言い忘れていた事がありました。
1つ、私はどうも、宇宙工作員よりこっちのほうが向いているみたいです。
2つ、なのでこれ以上、ザラブ星人の侵略作戦にはついていけません。
3つ、私は彼女にとっての『ウルトラマン』である以上、貴方の敵です」
『貴様ッ……!』
「そして4つ!今日付けで宇宙工作員を辞めさせてもらいます!!」
河原をキングジョー目掛けて駆けだすのと同時に、完全にゾーイの始末に舵を切ったザルドが動き出す。
ゾーイの姿が、地球人の擬態ボディから完全体フォスの擬態ボディに変わり、そのまま高速で巨大化。
夕焼けで赤く染まった山林の木々が、黄金のロボットと白銀の巨人を照らし出す。
『これが私の、退職届だぁーッ!!!』
迫ってくるキングジョー目掛けて、偽ウルトラマンの拳が突き出された。