トリニティ総合学園の歴史はキヴォトスでも古いほうだ。元々はいくつかの学園があって、それが混ざり合ってできたのが今のトリニティらしい。らしい、というのはこの歴史をヴァルキューレ時代に少しかじった程度だからだ。
今、先生は補習授業部との顔合わせ中で、私は別行動だ。本当はその場に私もいなきゃだったんだけど、もし黒崎さんが正義実現委員会に見つかったら大変なことになってしまう。それだけは阻止しなきゃいけないから時間を無駄にしたくなかった。
そして、見つけてからが問題だ。どうやって黒崎さんをこの自治区から逃すのか。自治区内を少し歩いたけど、内部はおそらく普段通り。けれど、ここに入る時に見た警戒態勢は明らかに厳戒に近い。出るのも、入るのも、私たちがシャーレじゃなければ時間がかかったはずだ。
それをどうやって黒崎さんが突破したのかはわからない。
「それにしても、どうやって探したものかな」
いざ捜査をしようにも、アテがない。黒崎さんがお金を引き出したATMは見事にあまり人が来ない無人のATMだった。引き出したお金で何をしようというのか全く検討もつかない。
トリニティ自治区の街並みは古風だけどしっかり整備されていて、あまり影になるようなところは少ない。少なくとも都市部はだ。違法な賭博がされているとなると、地下とかが多いから本当ならこのトリニティの治安維持組織である正義実現委員会の力を借りたいけど、借りたら黒崎さんはアウトだ。
ならヴァルキューレを……といっても、三大学園とも言われる自治区の支部の規模は実際、出張所レベルで署とは言えないのだ。人員も多くなく、ほとんどの治安維持は正義実現委員会に仕事をとられていて、土地勘も強くないはず。
結果として単独捜査。これがかなり厳しい。キリノちゃんと前に見たドラマみたいに都合よく現地にツテがあったりはしないし、困った。
内容が内容なので聞き込みもできないし、最初からかなり難航しそうだ。はぁ、まいったなぁ。
「不審者発見!」
「え?」
まさかコユキちゃん、と思って声のした方へ振り向けば、違った。
銃口がこちらに向けられている。向けてきているのは一瞬わたあめ……?のような雰囲気のツインテールの子で、リュックを背負い、普通のトリニティ生とは違う灰色のセーラー服に身を包んでいる。
なるほど、不審者。私か〜〜〜!
「いや、違うよ!?」
「いいえ!不審者に間違いありません!ヴァルキューレの制服に見えますが違いますし!偽物です!」
いや、これは本物を改造したもので――なんて言ってる暇はなさそうだった。星の装飾がされたショットガンは二つの銃口がついている。あのタイプは連射がしやすい。使い込まれていて、なんだか元気いっぱいで朗らかそうに見えるけど、かなり場数を踏んでそうだ。
「あの、話を聞いてほしいんだ!私は確かにヴァルキューレじゃないけど!」
「自白しましたね!この宇沢レイサの前で正体を現したのですから!逃げられませんよ!」
「ま、まって!?ほんとに、いっだぁっ!?」
撃たれた!?結構容赦無く散弾を浴びる。私が騒ぎを起こしてどうするのこれ!?けど、このままじゃやられる…!黙ってやられるわけには…!
「仕方ないけど……!」
私は大通りを駆け出す。当然相手の子は追ってくる。速い…!かなり場慣れしてそうとは思ったけど、合ってたかも。こんなときにライオットシールドを持ってれば……ないものはないので、どうしようもない。
目の前にカフェのテラスが見えた。幸いにも座ってない席があった。
「お店の人ごめんなさーい!」
滑り込むようにテラスの中に紛れて、即座にテーブルを倒し、影に隠れる。当然のように防弾使用だ。
「くっ!卑怯な!けど、足を止めたのならこっちのものです!」
何をするつもり、と駆けてくる足音を聞いたと思ったら飛び上がる影。私の真上に、追跡してきた子が銃を構えていた。
「とりゃー!」
「ぐっ!」
咄嗟に携帯していた警棒を投げ、ショットガンにぶつける。僅かに銃口が逸れて、私の左肩に直撃。いったぁ…!こんな、至近距離で、肩外れるっ!
「着地っ!やりますね!」
なんとか立ち上がる。左腕を回すと、コキコキなったけどとりあえず肩は無事だった。弾かれた瞬間にあの子、それでも照準を調整してた。なんて子なんだ。見た目は本当にどこにでもいそうな子なのに、戦い方がトリッキーに見えて、確かな経験を感じる。
それに武装のチョイス。装飾が派手だからわかりづらいけど、あの子は制圧用としてあの武器を使ってる。
「君は、正義実現委員会なの!?」
「違います!私はトリニティ自警団の宇沢レイサです!」
「トリニティ自警団…?」
正義実現委員会とは別の治安維持組織なのかな。けど、納得した。だからあの武装なんだ。
つまり、あいては現地の警察官というか、下手したら特殊部隊のような子なのかも。
「次は外しませんよ!」
再接近をしようとしてくる。肩に違和感が少し残る状態で格闘戦は自信がない。
私は大きく息を吸って、愛銃を構えた。
「警告します!動けば発砲します!」
「それはこちらのセリフですよ!」
「警告はしました。発砲します!」
狙うのは足だ。いつものように、確実に、正確に。
トリガーは2回。発砲音も同じく。結果は明確。
「うぎゃっ!?」
命中。相手は膝を撃たれてつんのめる。威力が低い弾を使ってるけど、相手が向かってくるなら別だ。相手の運動エネルギーが乗るから、急に止まればごらんの通り。
「もらったぁ!」
「なんのぉ!」
「なにっ!?」
獲ったと思った。が、相手は更に想像を超えてきた。頭から地面にぶつかるところを、あろうことか片手でハンドスプリングのように回避し、銃口をこちらに向けてきた。
「仕返しです!」
「まずっ…!?」
逆の状況。今度は私が前に進んでいる。この至近距離でショットガンは避けきれない!やられる!?
「これで終わり――!」
咄嗟に顔を庇った。けど、衝撃は襲ってこなかった。代わりに、別方向から重機関銃の連射音が聞こえた。
「うわーーー!?」
「え」
私にとどめを刺そうとした子は多数の銃弾の直撃を受け、吹っ飛ばされていた。
どこから、と周囲を探せばさっき私が突っ込んだカフェの席から機関銃の銃口が除いて、硝煙を吐き出していた。
「チッ……アイリ、平気?」
「わ、私は大丈夫!けど、あの撃たれてた人大丈夫かな?」
「え?どうせ、ヴァルキューレ……じゃない?どこの子…?」
もしかしたら私はカップルのデートを邪魔してたのかもしれない。市民の平穏を守るべき私が。
「ご、ごめんなさーい!」
即、土下座した。
不審者と勘違いされた私は騒動が落ち着いたので、窮地を救ってくれたカップル…ではなく、トリニティ生の二人とひとまずお茶をしていた。
「はぁ……シャーレね。噂では聞いたけど、まさかこんなふうに見るなんて」
「本当にごめんね?デート中に……」
「デートじゃないよ。もう、本当に、宇沢は余計なことを」
黒のパーカーを羽織った猫のような子。私のことを助けてくれたのは杏山カズサさんだ。気だるげで、いかにもな女子高生だ。
「まぁまぁ、カズサちゃん」
その横に座っているのはこれまたごく普通の女子高生らしい、栗村アイリさん。彼女は私が奢ってあげたミント味のアイスを食べながら杏山さんを宥めていた。どうみても二人ともカップルなんだけど、違うと言うのでこれ以上言うのはやめよう。
「それにしても、シャーレの生徒さんは初めて見ました。えっと」
「草鞋野エリカです。名前で呼んでもいいですよ」
「それじゃ、エリカさん。エリカさんはトリニティで何を?今、なんかものものしいですし」
栗村さんからの問いに正直に答えるのはまずいので、少し嘘をつく必要がある。えっと、カンナちゃんは嘘をつかれるとき判別が難しいのはどういうつき方って言ってたかな。
「……えっと、シャーレもちょっと正義実現委員会のお手伝いで、危ない場所がないか事前に見てるんだ」
「へぇ!そうなんですね!すごいですね!」
「ならなんで宇沢に襲われてたの?」
「うざわ…?」
「あんたを撃ってきたやつ。思い込み激しくてうっとうしいし、しつこい。そのくせあんな風に実力はあるからめんどい」
杏山さんはなんだかさっきの、私を襲ってきた子と因縁があるようだった。そういえばあの子が逃げ去る時に「覚えてなさいキャスパリーグ!」って言ってた気がする。うーん、キャスパリーグ……トリニティ支部の子からなんか聞き覚えがあるけど、なんだったんだろう。
まぁいいや。
「わからないかな。ただ、見回りのためにキョロキョロしてたし、格好がここだと目立つから」
「……そりゃそうだよ。あんたすごい浮いてたよ」
「か、カズサちゃん…この人先輩っぽいけどいいの?」
「大丈夫でしょ」
「いいよ、別に。私シャーレの生徒だからね」
「ほら。そんで、危ない場所を探してるって?」
「うん!」
現地の子に聞けるチャンス、と思って私は思わず食い気味になる。
「ないよ、そんな場所」
「え?」
「ないって。正義実現委員会、それに宇沢みたいなのが最近ドンドン危ない場所は潰しまくってる。だからないよ。そんな場所は」
そりゃそうだ、としか思えなくて少し落ち込む。だからこそ、さっきの子が襲ってきたんだろうし。まいったな。現地の子にこう言われてしまうと、とうとう手がかりなしで歩き回らなくちゃいけない。
どうしよ。
「……………………まったく。アイリ、ちょっと先行ってて」
「え?」
「この人がまた宇沢にやられないか心配だから送ってく」
「いいけど、大丈夫?」
「大丈夫。流石にトリニティ生といればあのバカも撃ってこないよ」
「そうかな……?うん、わかったよ、カズサちゃん。先にみんなのとこに行ってるね」
「よろしく」
栗村さんをまるでここから離れるように告げた杏山さんに、素直に栗村さんは従ってそのまま席から離れた。去り際に「アイスごちそうさまでした!」と言いながら。すごくいい子だ。礼儀正しくて、育ちが良さそうで、模範的なトリニティ生だと思う。
「……ふぅ。それで」
「えっと……」
杏山さんは座ったまま、私を見ていた。面倒くさい、と顔に出ていた。
「初対面なのに、あんた嘘つくの下手くそなのすぐわかったよ」
「うっ」
「そういうとこ。はぁ……ほんと……」
バレてるし、ものすごい呆れられてる。けど、流石に本当のことは話せない。どうしよ〜!
「……無理に言わなくていい。けど、嘘とは言い切れないってのもわかった。探してるんでしょ、ヤバいとこ」
「え……」
「教えてあげる。正実も、宇沢たちも知らないやつを」
パーカーのフードを杏山さんは被った。まるで暗がりの中の猫のように妖しく瞳がぼうっと覗いていた。
「ついてきて、近くまでは案内してあげるから」
するりと立ち上がって歩いていく彼女を私は慌てて追った。
まるで猫のように、裏道をするすると歩んでく杏山さんになんとかついていき、気がつけばもう陽が暮れようとしていた。
「……ここだよ」
「え……?」
辿り着いたのはトリニティの市街地から離れて、外縁部までほど遠くない、正義実現委員会の警戒が厳しいはずの郊外だった。そこの、小高い丘にある公園から見下ろした場所に洋館が見えた。
「トリニティでも有数の資産家の屋敷。あそこでは定期的にヤバい代物が取引されるオークションが開催されてる」
「闇オークション…!?けど、そんなの自治区への入場記録で怪しい人たちはバレそうだけど……」
特に今は厳戒態勢。リスクが大きすぎる。けど杏山さんは首を横に振った。
「警戒が強いのはゲヘナと面してる方だけ。反対側のここは緩みがち。よくわからないなんちゃら条約で、少しは強くなってるみたいだけど、変わってないと思う」
「そんなことある……?」
「それに、入館は正義実現委員会が全部担当してるわけじゃない。手薄なところは一般の職員とか、生徒が担当してる。だから、多少の賄賂があれば簡単に通れる」
それなら、それならば、黒崎さんもこの自治区に潜り込める。あとは目立たなくなればいい。賄賂が通るなら当然――。
「制服も借りられたりするのかな?」
「当たり前じゃん」
黒崎さんの足跡を見つけられるかもしれない。よかった。襲われたのは無駄じゃなかった。ありがとう、宇沢さん。杏山さんに巡りあわせてくれて。
「………ありがとうございます。杏山さん」
「礼はいいよ。それと、このことは絶対、誰にも言わないで」
「もちろん。私にも言えないことが今はたくさんあるからね」
「……ならいい。じゃあ、帰るから」
「ありがとう、本当に」
杏山さんは手も振りかえさず去っていく。私は屋敷へと目を向けた。なんとか、あの屋敷に潜り込まないと。それに、先生にこのことは共有しよう。
それにしても、どうして杏山さんはこんなことを知っていたんだろう。あの感じからして、こういう不正なことは嫌なみたいだけど…まぁ、いいか。あの子は私の下手くそな嘘をスルーしてくれたんだ。私も、探らないようにしよう。
杏山カズサはクールに去るぜ……。
レイサを強くしすぎたと思いましたが、わちゃわちゃ動くレイサを書くのは楽しいですね。