頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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大変お待たせしました。

では今回もよろしくお願いします!


Area-06「ミレニアム自治区 #プライベート #恩 #忍者」

 ミレニアム自治区のとあるビル内に設けられたプライベート空間。様々な電子機器──大半が音響に関するもの──に囲まれたこの場所で、音瀬コタマは特注したヘッドセットを身につけ盗聴をしていた。

 

「コタマ先輩、何してるんですか…?」

 

「シャーレの音声を聴いています」

 

 コタマが座るゲーミングチェアの横に、同じくキャスター付きのゲーミングチェアで横滑りし問いかけててきたのは小鈎ハレだった。堂々と盗聴を宣言する先輩にハレはもはや呆れを通り越し、その図太さに感心した。

 

「この前、安全局の狛犬に壊されてませんでしたか、盗聴器」

 

「確かにそうですね。マキが怖がってた理由がよーくわかりましたよ」

 

 しかし、コタマは既に何度かシャーレのエリカから警告を受けており、チヒロの後輩であっても容赦はできないと最後通牒のようなものも受けていた。そのはずがまだ続けていた。

 

「ですがハレ。シャーレの補佐官用に新たに貸し出したパソコン、どこが調達したと思っているんですか」

 

「まさか」

 

「バックドアを仕込んでおきましたよ」

 

 明らかに悪い笑みを見せるコタマに、ハレそろそろこの先輩は捕まるのではないだろうかと微妙な顔になる。部から矯正局送りになった者が出るなど外聞があまりに悪すぎるため、今回ばかりはチヒロかヒマリに相談しようとハレは決めた。

 

「流石にバレると思う」

 

「使っているのはパソコンに疎い方のようですから、まぁバレませんよ」

 

 コタマの言うパソコンに疎い相手というのはミカであった。チヒロによって怪しい場所ぐらいは発見できるように鍛えられたエリカでは危ないが、コタマは日々の盗聴やミカのプロフィールをひっそり閲覧しパソコン関係の技量が低いと判断していた。

 

 よって、ミカのパソコンのマイクからこっそり集音し、先生の声の日常的な収集は続いていた。

 

「それで、どんな音声が聞こえてるんですか」

 

「今日はC&Cの子が当番みたいですね」

 

 コタマは他の生徒と先生が話していたとしても嫉妬等はせずに、自分では引き出せない先生の声が聞けることに当番の生徒たちへ感謝していた。コタマは褒められた行為ではないという自覚があるため、個人的に込み入った相談をするような生徒が来た際、彼女は盗聴を控えている。

 

「確か、トキって子だよね。この前見かけたけど、1年生でちょっと不思議な子」

 

「ハレは知っていましたか。私も気になったので、さっき生徒の名簿を見ようと思いましたが、どうもアクセスすること自体が藪蛇っぽいので」

 

「C&Cは一応諜報員だからかな」

 

「でしょうね。まぁ、起きてから聴いてますけど、普段通りですね」

 

「つまり先生がお嬢様ごっこしてるってこと?」

 

「今日はそんな感じではなく普通にしてますね。まぁ、あれはあれで先生の声が可愛くて……っ……いけません。流石に朝から思い出すのは刺激が強い」

 

 先生の声は都度データを破壊されるため、現在はハレの脳内にしっかりと全て刻まれている。アカネとのお嬢様ごっこというコスチュームプレイを楽しんでいる状況もハレは聞いていた。

 

「相変わらずレベルが高いというか」

 

「そうですかね?最近はASMRも一般化してますし」

 

 盗聴と一緒にするのは違うだろうとハレは思ったがグッとこらえた。先輩後輩以上に仲はいいが、ある程度の一線はあった。ハレは盗聴の頻度を下げるために何か作ろう、と考えつつ自身のデスクへと戻ろうとした。

 

『──非常対策委員会?』

 

『先生、どうされたのですか』

 

『連邦生徒会から全自治区の代表者が集まるように連絡が入ったよ』

 

『ミレニアムもですか』

 

『だろうね。トキ、悪いけど私は行かなくちゃみたいだから』

 

『お供します』

 

『……まぁ、リオとも合流するだろうしいいか。迎えが来るみたいだから、待ってよう』

 

『承知しました。紅茶はいかがですか』

 

『そうだね。出る前にもらおうかな』

 

「非常対策委員会。ハレ、わかります?」

 

 戻ろうとしたハレをコタマが呼び止める。非常対策委員会、聞いたことのない単語が彼女は気になった。ハレは携帯を取り出すと、非常対策委員会についてすぐに検索を始めた。

 

「えっと………連邦生徒会………関係法令……あった。名前の通り、連邦生徒会長の一声でキヴォトス全土に影響のある事件とかが発生したら呼べる、って感じのみたい」

 

「なるほど。ずいぶん大事みたいですね。ウチも参加するのでしょうか」

 

「するんじゃないかな。会長は真面目だし」

 

「それもそうですね。ハレ、先生はどうやら出かけてしまうみたいです。私たちもそろそろ部室に行きましょうか」

 

「はーい」

 

 先生がシャーレを出る以上は盗聴も不要。コタマはヴェリタスの部室に向かうにはちょうどいい時間であることに気がつき、ハレに呼びかける。

 

『迎えはどちらが?』

 

『ヴァルキューレから来るみたい。ヘリだって』

 

『ヘリですか。そんなものよりアビ・エシュフにフライトユニットを付けて飛んだ方が速いです』

 

『流石にここからサンクトゥムタワーを生身で飛ぶのはきついって!』

 

 コタマはヘッドセットを外す。コタマにとって先生の声を聞くことは朝のコーヒーを一杯飲むような習慣だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いいのかな?こんなところに門主様がいて」

 

「妾が四六時中いては皆息が詰まる」

 

 山海経、玄武商会の会長を務めるルミの執務室にて、キサキは深く椅子に腰掛けていた。来客用と言いつつ、ほぼキサキ専用となっているその椅子は華奢なキサキの身体でも座面と背もたれのクッションが沈み込む。

 

「そっか。それで、遅めの朝ごはんを食べにでも来たの?」

 

「サヤの薬膳を既に食べておる」

 

「じゃ、お茶だけにしよっか」

 

 室内に備え付けられた茶器のある棚へとルミが向かっていく。

 

 ルミが率いる玄武商会と、キサキの座する玄龍門は対抗組織であり、幼馴染であるが本来はこのように密室にいることは本来許されない。しかし、キサキは時折こうして、お忍びでルミとの密談を交わすためにやってきていた。

 

「そういえば、非常対策委員会だっけ?行かないんだ」

 

「ルミ。わかっておるじゃろ」

 

 キサキにも非常対策委員会の招集は届いていたが、彼女は不参加を決めていた。その理由をルミは知っていた。

 

「あー、そうだね。エリちゃんにあんな罪おっ被せたし、キサキは今の代行さんとそのことで折り合い悪いもんね」

 

「そういうわけではないが……行き辛いのは確かじゃ」

 

 僅かにキサキは目を伏せる。キサキらしくもない、私情を挟んだ言葉にルミは不参加について、これ以上は聞かなかった。

 

「そういえば、草鞋野とはこの前会ったそうだが……息災だったか?」

 

「元気そうだったよ。相変わらず女の子侍らせてたけど」

 

「変わらぬの。あの者の長所でもあるが」

 

「まぁ、放っておけないって周りの気持ちもわかるね。先生も似たようなものだけど、やっぱり先生は大人だからさ」

 

「……先生、彼女は”使い所”を弁えておる。さすがは大人と言ったところか……だが、草鞋野はそうではない。あやつは常に背水、ゆえに、草鞋野の長所は命綱と言ってもいいものだ」

 

 夏の直前に出会った先生のことをキサキは思い返す。ひょうひょうとしているようで、子供のことを常に第一に考え熾烈とも思えるほどの覚悟を持つ大人。それでいて、子供なところも残し、子供たちの良き理解者であり、年上の友人でもある。

 

 その大人と比べれば、キサキの知る草鞋野エリカは危なっかしいものだった。

 

「止めてくれる人がいないってことだよね。あの事件の時は……うん」

 

「その者が命を落とす結果となったからの。晄輪大祭で会った時、隣におったトリニティの生徒会長はその点、絵庭サロネによく似ていた」

 

 危うい姿は変わらず、しかしその隣に現れた少女の姿がキサキの脳裏にあった。その輪郭が似ても似つかない少女と重なっていた。

 

「雰囲気が?」

 

「そうじゃ。地から足が離れる前に止められる者。桐藤ナギサ……彼女はその役目を果たせると妾は思う」

 

「そっか。はい、お茶」

 

 ルミがお茶を淹れ終わり、キサキへと渡す。キサキは湯呑みを受け取ると、慣れた手つきで口元へと持っていく。

 

「頂こう……んっ……ほふぅ……」

 

「おいしい?」

 

「もちろん」

 

 感想は何度も交わしたものであり、ルミは満足だと言うキサキに微笑んだ。

 

「で、わざわざ世間話をしに来たわけじゃないんでしょ」

 

「うむ。先ほど名前の出た桐藤からこれを渡されての」

 

 アイスブレイクは終わり、キサキは今回の密談をする理由であるアンプルを取り出した。黄金色の液体が入るそれをルミは知っていて、驚きのあまり目を見開く。

 

「え、これって…!」

 

「黄金の一滴じゃ。エデン条約事件はルミも聞いておるな」

 

「ニュースでも聞いたけど。お客さんで現場にいた人もいて雰囲気は聞いたよ」

 

 ルミは頷く。玄武商会のルミが料理を振る舞う店には少ないが外部からの観光客も来店する。そこに彼女は生来の人の良さを持って、噂を多く聞くことがある。エデン条約事件のことも彼女は聞いていた。

 

「あの事件のテロリストがこれを使用しておったそうじゃ。話を聞けば本来、黄金の一滴は全て連邦生徒会処分するという話じゃった」

 

「それがなんでここにあるわけさ。これって最近作られたんだよね」

 

「桐藤ナギサ……あれはなかなかに手癖が悪い。あのときはまるでただの恋する乙女に見えたが、実際は蜘蛛のように糸を張り巡らせるタイプのようだったの」

 

 他の自治区の情報は閉鎖的な山海経には入り辛い──ということもなく、トリニティが政争も多く、それを抑えているホストの存在はキサキにも伝わり、現在のトップであるナギサの手腕もある程度は納得していた。

 

「他の自治区の会長さんはそんなに詳しくないけど、キサキも似たようなものじゃない?」

 

「そうかの。それは褒めておるのよな……?」

 

「そこは察せるでしょ、門主様」

 

 幼馴染の悪戯っぽい笑みに、キサキはため息をついた。

 

「はぁ……まぁよい。本題に入ろう。彼女はあくまで”情報共有”として渡してきおった」

 

「桐藤って子は知ってるの?あの事件のこと」

 

「妾に鎌をかけてくる者は久々であったよ」

 

 どこで知ったのか、キサキへのホットラインにナギサは直接接触していた。それが排他的な山海経ではどれほど危険な行為であるにも関わらず。

 

 キサキはナギサの手段の選ばなさと、潔白ではいられない身でありながら、その芯は純真で真っ直ぐであることを見抜き、あくまで、関係者が知る表面的なキュドモス事件の概要を教えてしまった。

 

「なるほど………」

 

「多分に私情も入っておったからの。必死なのじゃろ」

 

 その私情が必死になるには十分すぎることはキサキも痛いほど理解できた。

 

「それで受け取ってどうしたの」

 

「もちろん、真っ先にサヤへ渡した。妾の薬膳、あのレシピを作った時にサヤは絵庭サロネと意見交換しておるからの。黄金の一滴が本来はどういうものなのかも知っておる」

 

 さらりと、ルミはキサキの薬膳の正体を明かされ耳が突き立つ。

 

「それは初耳なんだけど。え、待って。じゃあ、あのいつも食べてる薬膳って」

 

「黄金の一滴、というよりその大元となった万能栄養剤が妾の薬膳には入っておる。黄金の一滴は本来、万能栄養剤を改良し、更なる効果を得ようとした筈のものじゃった」

 

 その事実は、キサキを含む僅か数人しか知らないことであり、ルミは初耳だった。ルミはだったら何故ただの栄養剤からキヴォトス史上最悪の薬物事件へと発展したのか理解できなかった。

 

「それならなんであんな事件に」

 

「………真相はわからぬ。だが、サヤが最後に会った時には防衛室長を辞めさせられ、最期は」

 

「黒幕がいて無理やり作らされてたってことだよね。本来の目的から外れたものを」

 

「うむ。といっても、その黒幕が全くわからぬのだがな」

 

 キサキの記憶にある限りでは事件の真相はわからずじまいだった。そのことが彼女は悔しい限りだった。

 

「……あぁ、話が逸れた。本題に戻ろう」

 

 だが、その悔しさを口から吐露することはなく、キサキは話を軌道修正する。

 

「それで分析したら?」

 

「この黄金の一滴、おそらく、カイが絡んでおる」

 

「嘘でしょ」

 

 カイ。その名を聞いたルミは目を細める。幼馴染の体を蝕み、荊の道を進むしかなくなった原因とも言える人物が再び彼女を苦しめようとしているのかと、ルミは気が気ではなかった。

 

「サヤが研究目的で保管している”オリジナルの黄金の一滴”とは色々と異なる」

 

「でもさ、あのエデン条約事件のとき、ウチも回収してるんだよね。山海経の中で新しく作られたのは」

 

「そうじゃ。だがこの桐藤が寄越したのはアリウス、という自治区で追加生産されたもの」

 

「それが」

 

「ベースは同じだが、カイの手癖のようなものがあったそうじゃ」

 

「最悪だね」

 

「あぁ。……この身体が、少しはマシに動けておるのは絵庭サロネ……草鞋野の愛したものが生み出した栄養剤のおかげ。その慈悲を受けておいて、何もしてはおれぬ」

 

 恩人は貶められ、その恩人の生み出したはずの希望が歪められている。キサキであってもその悪行は個人として怒りをおぼえるものだった。

 

「じゃあ、探すの?カイを」

 

「無論。黄金の一滴から彼奴は仙丹のヒントを得ていると見ていい。既に、誰かがまた彼奴の猿の手にかかっておるやもしれぬ」

 

「買い出しに行った時とか、ちょっと気にかけておくよ」

 

「すまぬな。本来、山海経は手を引くべきもの。妾は表立って動けん」

 

 しかし、その怒りを以て個人的に動くことはキサキにはできなかった。一人の救われた少女として、恩人の不名誉を雪ぐことは彼女の立場が許さなかった。そのような立場にあることを幼馴染であるルミは誰よりもわかっていた。

 

 だから彼女はキサキの前で、朗らかにいつも通り、軽い口調で話を続けた。

 

「どこもみんなそうだよ、生徒会長はさ。キサキにその薬を渡した桐藤さんも、一人の女の子じゃいられないからそうしたんだろうし」

 

「ままならぬものよな」

 

「まぁまぁ、そうは言ってもキサキには私やレイジョもいるし、執行部長だっている。本当にもしもの時は、ただの女の子になっても大丈夫だよ」

 

 簡単にルミの言うようなことができるわけなどない。それでも、その言葉はキサキにとっても何よりも頼もしかった。

 

「(桐藤。お主が草鞋野を繋ぎ止めておけ。妾は草鞋野の目に触れる前に…全てを終わらせる)」

 

 誰かの犠牲に成り立った平穏の上で青春を謳歌できるほど、キサキは強くあれなかった。次は誰かを生贄になどさせまいと、彼女は決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 非常対策委員会の開催、2時間前。七神リンは自身の執務室で天を仰いでいた。疲労、ストレス、そういって負担だけでなく、彼女に耳へ、十数分前に届いた凶報は精神を揺るがせるには十分過ぎるほどの威力があった。

 

「………………カヤ」

 

 リンは目の前の執務机の上に置かれたものを見る。あったのは半分に割れた兎耳を模したヘッドセット。ぐちゃぐちゃに荒らされたカヤの自室から発見されたそれと引き換えに、カヤの姿は忽然と消えた。

 

 ヴァルキューレによる現場検証は始まり、室内に残された足跡から犯人の目星も付いていた。

 

「……何故、彼女たちが」

 

 容疑者はSRT特殊学園のRABBIT小隊。カヤと行動を共にしたことがあり、一ヶ月前のカヤが参加したデカグラマトンに関する協議でも護衛を兼任し、ミレニアムへ共に赴いたことはリンの記憶にも新しい。

 

 RABBIT小隊に貸し与えられていた子うさぎ公園のキャンプ場も焼き払われ、その姿はなく、現時点でも発見に至っていない。リンはならばと、同じくSRT所属のFOX小隊へコンタクトを取ろうとするも、応答はなかった。

 

「DINGO小隊。彼女たちの失踪があったのは一ヶ月以上前。まさかSRTによるクーデター………いえ、ありえない」

 

 リンは、RABBIT小隊とFOX小隊が連邦生徒会へ反旗を翻すとは考えられなかった。先生とカヤ、双方の庇護を受け、結果的にたったの8名となったSRTの生徒は閉鎖・休校という状況でありながらSRT特殊学園としての役目を果たすことができている。

 

 春先とは状況がまるで違い、連邦生徒会と敵対する意味が薄いとリンは考えていた。

 

 泥沼のような推測の中へ落ちていくリンの耳に、デスク上の電話から発した着信音が届く。リンは即座に受話器をとった。

 

「はい、七神です」

 

『お疲れ様です、七神代行。ゲヘナ及びレッドウィンター、2校の代表団が到着しました』

 

「わかりました。用意した控室に案内を。10分前にA32会議室へ通すように」

 

『了解しました』

 

「よろしくお願いします」

 

 連邦生徒会の一般役員からの報告を受け、リンは意識を切り替える。目前に迫った非常対策委員会の準備をしなくてはならない。

 

 資料の最後の確認をしようとリンが席から立ち上がると、今度は個人用の携帯が鳴った。業務中にかけてくるような友人はほとんどおらず、リンは携帯を手に取った。

 

「アユム?どうしてこちらに」

 

 画面に表示された名前はアユム。調停室の室長を務め、リンの後輩として秘書官の役目も買って出てくれている生徒だった。

 

「私です。アユム、業務時間中に──」

 

『先輩!すぐにタワー内のヘリポートに来てください!』

 

 通話を始めた途端に、リンの声を遮る形で悲鳴のようなアユムの声がリンへと届いた。

 

「ヘリポート?何故そんなところに…」

 

『一時間前に出た先生を迎えに行ったヘリの乗務員がいるんです!』

 

「……待ってください、意味が」

 

『誰かに襲われてヘリポートの影に倒れてたんです!』

 

「わかりました。今すぐ行きます」

 

 アユムの言うことが何を意味するのか即座に理解し、リンは通話を切ると駆け出した。サンクトゥムタワーのヘリポートはタワーの途中で突き出すようなデッキとして設けられている。

 

 リンの執務室から数階降りた場所にあるヘリポートには数分で辿り着く。

 

「アユム!」

 

 ヘリポートへ出ると、風が僅かに吹き、リンは目を細める。アユムの名前を呼びあたりを見渡せば、ヘリポート入り口の横にある壁の前にアユムはいた。リンが駆け寄れば、アユムの前には三人のヴァルキューレの生徒が意識を失い倒れていた。

 

「先輩!ど、どうしましょう!」

 

「……何故彼女たちが。ヘリは発進したのですよね」

 

「はい。先生のところに……」

 

 本来の搭乗員たちが残され、ヘリだけは発進した。そして、そのヘリが向かった先は先生のいる。シャーレ。リンは携帯でシャーレへと電話をかけるが、応答はない。ならばと先生の携帯にもかけるが、そちらも応答がなかった。

 

「せ、先輩、これって」

 

「アユム。すぐに先生の所在の確認を」

 

「それはどういう」

 

「ヘリは奪われたと見ていいでしょう。そして、本来の搭乗員たちは残されている。何者かが先生を攫おうとしています」

 

「そんな…!?なんのために」

 

「わかりません。ですが、先生が来なければ非常対策委員会は……まさか、それが目的……?」

 

 リンはとっくに見えなくなっているヘリの行き先を眺める。非常対策委員会に参加する学園の数は少なく、参加表明したのはトリニティ、ミレニアム、ゲヘナの三大校とレッドウィンターのみであり、それは連邦生徒会の影響力の低下を物語っていた。

 

 加えて、参加予定の4校はそれぞれが同盟を組み、双方の同盟を仮想敵としている──実際に現場へ出向き、肌感触でその事実を知ったカヤからの報告は信ぴょう性が高いものとリンは考えていた。

 

 よって、先生がいなければ会議が紛糾することは目に見えており、リンは最悪の状況に陥ったことを理解した。

 

「先輩!と、とにかくこの子たちを病院に…!ひどい怪我なんです!」

 

「ッ…!すいません、それもお願いします」

 

 改めてリンは倒れている生徒たちに目を向ける。痣や切り傷。制服も破け暴行の痕が生々しく残っていた。リンは愕然とした。そんな状態である生徒たちを一見して認識できなかったことに。

 

「うう……」

 

「(……私は、何を見ているのですか)」

 

 呻く生徒に、リンは屈んで声をかける。

 

「具合は」

 

「……生徒会長、代理」

 

「すぐに病院へ。ヘリは奪われたのですか」

 

「は、い。はんにん、は……げほっ、げほっ」

 

 咽せた生徒の口元からは血が溢れていた。口の中を切っているのか、それとも内臓まで損傷するほどの熾烈な攻撃を受けたのか、リンにはわからなかった。

 

「無理に喋らなくても構いません。アユム、後を」

 

「SRTがっ……!我々を……がふっ」

 

 気力を振り絞り、ヘリ搭乗員のうち一人が告げた名に、リンは表情が消えた。

 

「そんな……!やっぱり…本当に」

 

「アユム」

 

「防衛室長も、本当に彼女たちが」

 

「アユム。滅多なことを言わないでください」

 

「で、でも、先輩」

 

 カヤの失踪の第一発見者はアユムだった。そんなはずはない、とアユムも考えていたが状況証拠が犯人の予想を否定させてくれない。

 

「彼女たちを移送後、非常対策委員会の開催を」

 

「この状況で、ですか!?」

 

「足を止めるわけにはいきません。先生と防衛室長の捜索は同時に行います。ヴァルキューレにも協力の要請を。………連邦生徒会長なら、きっと、そうします」

 

 リンは立ち上がる。自身は連邦生徒会長ではない。それを理解しても、求められた責任と義務は七神リンのものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 非常対策委員会の開催1時間半前。シャーレのヘリポートではトキとヴァルキューレの制服を身につけた生徒の間で睨み合いが発生していた。トキの目の前には二人の生徒が立ち、すでに彼女たちの遥か向こうに飛び去るヘリがあった。

 

「(アビ・エシュフさえあれば……!)」

 

 トキは数分前の不覚に歯噛みする。非常対策委員会の参加のため、先生の迎えとして飛来したヘリに乗り込もうとしたところで、突如先生をヴァルキューレの生徒が殴り昏倒させると、そのまま担いでヘリに連れ込み、助けようとしたトキを脅して止めていた。

 

「あなたたちは一体何者なのですか」

 

 二人のヴァルキューレ生は一人が古風な狙撃銃、もう一人が高身長に対物ライフルを軽々と片手で持っていた。帽子を深く被り、目元がはっきりとは見えない。トキはすでに、目の前の生徒が偽の警察官であると気がついていた。

 

 トキはC&Cにおいて、元よりリオの懐刀として潜入や工作などの作戦に向けた訓練を受けていた。そのため、相手の手際の良さに、ただの警察官では出来ない動きであると察していた。

 

 相手はトキの質問に答えず、銃を構えている。トキは相手が正体不明であり、護衛すべき先生を既に拐われている以上はこの場から離脱し、しかるべき場所への報告を行わなくてはならず、制服のスカート部分の切り離しせず──モード移行をあえてしていなかった。

 

「先生を攫って、何をしようというのですか」

 

「……………」

 

 沈黙のみが返り、トキは相手が語るつもりがないと理解する。

 

「このまま、私を行かせてくれる──」

 

 トキから見て右側、対物ライフルを持った生徒。元DINGO小隊の隊員である大上サナエがまるでピストルを撃つかのように対物ライフルを放つ。トキは冷静に回避を行い、当たりはしなかった。

 

「──そうはいかない、ということですか」

 

 サナエが帽子を脱ぎ去り、狼の耳を晒す。耳の先は髪の毛先のようにピンクのメッシュが入っている。物騒なことをしでかす割には随分と可愛らしい生徒だとトキは素直に感じたが、相手の表情は険しく、それなりの覚悟は持っていることも感じ取れた。

 

 もう一人、トキに相対する生徒も帽子を取り、結い上げていた長い金髪を下ろす。元DINGO小隊の小隊長である狐狼ミエの顔が顕になる。

 

「ふむ。その顔は見覚えがあります。先生にも相談が来ていた失踪したヴァルキューレ生の顔ですね」

 

「……なるほど。ただの当番の生徒ではないようです」

 

「チッ。どうすんのよ、ポンコツ隊長」

 

「手早く始末します」

 

「了解」

 

 相手が本格的に口封じをしようとしていることにトキは退路を確認する。背後のヘリポートから中へと通じる扉へ入るためには背を向けなくてはならない。流石にそれは隙がありすぎるため、別の方策をトキは考える。

 

「確か、SRTの元生徒だとか。RABBIT小隊やFOX小隊の方とは関係もないようですね」

 

「関係はある。これはSRTの意思表示だ」

 

 ミエが言い放ち、トキは表情を変えずに疑念を募らせる。ミレニアムはSRTとの繋がりが表面的には薄く見えるが、装備品の一部の制作をSRT設立時に関与し、現在もエンジニア部が独自に、シャーレ……草鞋野エリカを通し、残存2小隊へ支援を継続している。

 

「そうですか……残念です」

 

 目の前の二人の生徒の言葉は全てが信用できないと、トキはこの時点で判断した。そもそもとして、先生を攫うという暴挙に出た以上、会話をして、理解など得ることなどできない。

 

「残念?なにがよ」

 

「いいえ。私はミレニアムのさるお方にお仕えしているメイドですが、SRT特殊学園の皆様には今も格別の支援をさせて頂いています。先日も、RABBIT小隊の月雪様にはおもてなしをさせて頂きました」

 

 表情は薄く、しかし声音は優雅さを持ち、姿勢はぶれずに余裕を感じさせる。アカネから指導され、C&Cというエージェント以前に、ミレニアムサイエンススクールに奉仕する最高峰のメイドであるべく、トキは口を開いた。

 

「まさかそれが……このようなことになってしまうとは。獅子身中の虫を気がつけず、私は主人に合わす顔がございません」

 

 本当に残念、と二人には見えていた。そしてトキが一向に銃を抜かないことに、サナエは避けこそしたが、相手は戦意がないと思い始め、銃口が僅かに下がっていく。

 

「あんた大変だね。その主人とかいうのに言われて、あの大人に付いてたんだ」

 

 違う、と反射的に反論したくなるトキだが、なんとか飲み込みポーカーフェイスは崩さない。

 

「ですので、もう手立てがございません。あの優秀なSRTの生徒となれば、一介の使用人でしかない私は何もできません」

 

「聞き分けいいじゃん。ねぇ、FANG1、コイツどうする?簀巻きにしとく?」

 

「……………いや、いい。君は行っていい。もはや手遅れですから」

 

「え!?いいの!?」

 

「いくら足掻いても今更、大きなうねりを止めることなどできません。ただ一人のメイドごときでは」

 

 ミエもライフルの構えを解くと、トキに背を向ける。本気で見逃すつもりということにトキは驚くが、そういうことならばと警戒しつつじりじり後退する。

 

「ありがとうございます」

 

「ちょっとこのバカ小隊長!何考えてんの!?」

 

 大柄なサナエと比べ、標準的な身長しかないミエは揺らされると大きく体がふらつくが、表情は全くの無表情だった。

 

「………FANG2。ただちに攻撃」

 

『了解。目標補足。攻撃開始』

 

 そして、口から放たれたのはトキへの攻撃命令だった。

 

 FANG2と呼ばれた生徒はシャーレより離れたとあるビルの屋上に待機し、サナエが持つものとはまた別の対物ライフルを構えていた。小柄さが目立つ銀髪の狼のような少女。元DINGO小隊の多神ヒメカだった。

 

「発射──」

 

「なにをしているのですか?」

 

「え」

 

 チャキ、と何か鉄製のものが擦れる音と共に、ヒメカの首元に冷たいものが当てられる。トリガーにかけられていた指が引き金を引くことができず、彼女は固まった。聞こえた声は少女のもの。だが、気配が不気味なぐらいに希薄だった。

 

『FANG2?何故射撃をしなかったのですか』

 

『ちょっとヒメ!FANG2!あんたまた外したんじゃないでしょうね!?』

 

 一年生最下位の腕前であるサナエには言われたくない、という言葉をヒメカは返せない。首に当てられているものが刃物であると気がついたからだ。

 

「主殿はどちらでしょうか?先ほどから姿が見えません」

 

「………ッ………」

 

 希薄だった存在感が徐々に増していく。産毛を逆立てさせるようなゾッとする感覚。ヒメカは動けない。

 

『あー!もうっ!メイド逃げた!オイ!チビヒメ!なんとか言えよ!』

 

『落ち着けFANG3。FANG2、応答してください。何か問題が起きたのですか?装備の故障ですか?』

 

「あなたはSRTの生徒さんですか?なら、もしかして前みたいに心配して見ていたんですか?」

 

「………前?」

 

「はい。確か、RABBIT小隊の……ミユさん!ミユさんはミヤコさんが心配で見ていたことがありました!」

 

 ヒメカは今度こそ動けなくなった。SRT1年生で霞沢ミユという生徒のことを知らない生徒はいない。いくら透明人間のように存在感がなく、姿を見ることがほとんどなくても、霞沢ミユという名前が残した恐怖そのものと言える成績は1年生たちに刻み込まれている。

 

 たった一人、誰にも見つからず暗殺者のように一人一人、森の中でやられていく。音もなく、悲鳴も上がらず。所属することとなったRABBIT小隊の名前からいつからか1年生の間では幽霊首狩り兎と呼ばれていた。ヒメカも、ミユに倒されたことがある一人だった。

 

 そのミユを、ヒメカの背後にいる誰かは見つけている。それだけで、相手の実力が自治区最上位クラスの化け物であるヒメカは思ってしまった。

 

「……はぁっ……はぁっ……はぁっ………!」

 

「どうしました?」

 

「ううううっ!」

 

「わっ!?」

 

 強硬状態に陥ったヒメカはゴロリと勢いよく転がって首筋に当てられた凶刃から逃れると、腰から拳銃を引き抜き、襲撃者へと向ける。視界に入った相手は明らかに忍者と言える格好をしたFOX小隊を思い出させる狐耳の生徒だった。

 

 容赦無くヒメカは発砲するが、忍者のような生徒──百鬼夜行の生徒、久田イズナは素早くジャンプして回避すると、屋上の機器の上に軽やかに着地する。

 

「どうして急に撃ってくるんですか!?はっ!まさか本当に主殿のことを狙っているのですか!?」

 

「こちらFANG2!シャーレの伏兵と遭遇!救援求む!」

 

「わわわっ!?」

 

 拳銃を連射され。イズナは忍者らしい流れるような動作で弾丸を回避する。至近距離にも関わらず避ける相手に、ヒメカは間違いなく格上の相手であり、救援を求めた。

 

『FANG1了解。FANG3、ライフルを貸してください』

 

『ちょっ』

 

 シャーレのヘリポート上でミエがサナエから対物ライフルを奪い取り、狙撃の姿勢を取った。

 

「………噂には聞いていましたが、やはり只では帰れないか。FANG2、援護射撃を行います。ただちに撤退を」

 

『FANG2、了解』

 

「早い…!報告にはない生徒。服装から百鬼夜行……そこだっ」

 

 射撃。イズナ目掛けて弾丸が飛ぶ。常人であれば回避不能な完璧なタイミングと思わせる射撃は、イズナのことを捉えられなかった。

 

「わっ!?そ、狙撃ですか!?なんで…!?まさか、本当に主殿の身に危険が…!」

 

 回避を行いながら、イズナはひとまずこの場からの退却を決める。目の前の生徒は無意識に障害にはならない実力と判断し、回避しながら話を聞こうと思っていたが、気がつけばイズナから離れるように駆け出している。

 

 追いかけようにもシャーレの方向からチラチラと光が見え、狙撃されていることに気がついていた。

 

「どうしましょう……ひゃっ!?こうも狙撃されては危ないですし…ここは一度、退却しかありませんか!」

 

 イズナは忍者である。だからこそ、退くと決めれば即時にそれが出来る。先生の身に何かが起きた。それだけは確かだが、今は知る術がない。この場で相手に聞くこともできなければ狙撃され続けても何もない。

 

「しゅばばばっ!」

 

 ならば、機を改める。イズナは躊躇いなくビルから飛び降り、隣の低いビルへと移ると、それを繰り返してあっという間にFANG小隊の視界から消えていった。

 

「………敵の退却を確認。FANG3、こちらも退きます」

 

「なにが退くよ!結局全員逃げられてるじゃない!どうすんのよ!?これじゃあ腐れ兎と狐になすりつけられないじゃん!」

 

「十二分に時間は稼げるはずです。先生がいなければ非常対策委員会は成立しない。草鞋野エリカは所詮、補佐官に過ぎない。あとは非常対策委員会が無駄に終われば、七神代行は失脚。明日にはカイザーの都市となるので」

 

「ほんとにそんなとんとん拍子で上手くいくわけ?」

 

「……上手くいかねば、我々は犯罪者です」

 

「はぁ。勝てば官軍、負ければ賊軍って?矯正局なんか入れられたら最新のコーデも試せないし」

 

「いきますよ」

 

「……了解」

 

 先生の失踪がもたらすのはしばらくの間の混迷であり──誰かにとっての僅かな栄華だった。

 

 

 




お読みいただきありがとうございました!

本作のキサキは原作よりはだいぶマシな症状になっています。なのでサヤもちょっとだけ原作より気が楽です。

イズナは本作の初登場時から一貫してかなりの強者側に設定してあります。そもそも身体能力だけで分身できる時点で無茶苦茶強くない…?

また次回は未定となります。
いつも感想やここすき、ありがとうございます、大変励みになっています。頂けると嬉しいです。
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