今年も頑張っていこう!
「副局長、カイザーコーポレーションからまた連絡が来ています」
「ほっとけ。あたしは今忙しいんだ」
「いいんですか?」
「オイオイ、今はあたしが姉御の代わりだぜ?んなもん切っとけ」
コノカはヴァルキューレ警察学校公安局の執務室内、会議用のテーブルで何人かの部下たちとお茶を楽しんでいた。既に夜勤帯に入りつつあり、本来であればコノカは帰宅する時間だが、今日は残っていた。
電話番の局員が雑に受話器を置いたところを見届けながらコノカはドーナツにかぶり付く。
「美味いなこれ!」
「新作ですよ副局長。安全局の子が教えてくれたんです」
「お、アイツか。ドーナツの情報だけはあたしら超えてっからなぁ。舌が肥えてるだけに」
「…………」
「笑えよ」
「「「あはははははっ!」」」
部下とじゃれ合いながら、コノカはしきりに時計を確認する。既にコノカには秘匿回線を通じて、とあるヴァルキューレ分校に対する攻撃が通知されていた。
「それにしても、戒厳令なんて生きてる間に来るなんて思ってもみませんでしたよ、副局長」
「そりゃあたしだってそうだ。おかげでこうして暇になったけど」
「でもドーナツ屋は開いてましたね」
「そりゃカイザーの連中だって数は多くねぇみたいだしなぁ」
「……副局長、あの、これってやっぱりクーデタ…」
「おっと、滅多なこと言うもんじゃない」
戒厳令に加え、ヴァルキューレ自体の動きが現在はサンクトゥムタワーからの指示により停止していた。大半のヴァルキューレ生はカイザーがサンクトゥムタワーとシャーレビルを制圧したことで、現在進行形でクーデターが発生していることに気がついたが、ヴァルキューレの上層部、各局長間で対応に関する意見が分かれ、未だに結論を出せずにいる。
コノカはその会議は無駄だと勝手に抜けて来ていた。
「けど、こうしている間にも市民に何かあったら」
「いやぁ、大丈夫だ。察してるだろうけど、あたしらには姉御ってぇ勝利の女神がいるからな」
「やっぱり局長は」
「まぁ、そういうわけであたしらはどっしり構えてよう。どうせ仕事は逃げない。犯人と違ってこっちに来るからな」
「はは、違いないですね、副局長」
「(さて、あとはあの二人も上手くやれよ)」
戒厳令が敷かれ、人通りや交通の流れが止まったD.U.内は静まり返っていた。その中をエリカはカンナと共に駆けていた。彼女たちが向かっているのはとあるヴァルキューレの分校であり、そこへ通じる道にはカイザーPMCによる警備が強化され、重要な何かが分校内にあることは明らかだった。
「それにしても、まさか新人教育用のあの分校がカイザーに乗っ取られてるなんて」
「各務が探ったが、どうやら今年の装備入札でカイザーがミレニアムに勝ってから資金面での様子がおかしくなったらしい」
「そういうことかぁ。DINGO小隊の件もあるし、下手したら分校の子達みんなカイザーPMCになってるんじゃ」
「可能性はあるな。流石に私も母校の財務状況を調べようとは思えん」
「普通調べないし、気が付けないよ。となると、本校の会計局にも入り込んでそう」
「だろうな。……はぁ、頭が痛いな。後処理が今からでも見えている」
「事件を解決しても、そのあとの方が大変だからね」
「シャーレもそれは変わらんか」
「そうだね、アリウスの件もあったし」
母校の分校が乗っ取られるという前代未聞の状況であるにも関わらず、二人は大きなショックを受けずに歩みを進めていた。既に起きたことであり、エリカとカンナは腹を括っていた。
最悪の場合はこれから向かう分校がヴァルキューレの書類から消えることも考えていた。
「……待って」
「了解」
二人は大通りに出る直前、繋がっている細い道の植栽帯の影に隠れる。聞こえて来たのは履帯が舗装の上を走る音。二人が見つからないように待っていれば、大通りを一台の中戦車が通り過ぎていく。
「……カイザーPMCの戦車か。本当に連中はD.U.を掌握したのか」
「そうみたいだね。チヒロちゃん曰く、みんな抵抗する以前にあっという間に戒厳令が出ちゃって、ずっとこのままみたい」
「見事なものだな」
「ほんとね」
カイザーPMCがあっさりと制圧してみせた手腕を二人は素直に評価したが、それが長く続かないことはわかっていた。
「だからこそ、今晩中にケリを着けるべきだな」
「そういうこと」
植栽帯から飛びだし、二人は大通りに他の人影がないことを確認すると、駆け出す。分校のある街区に入る前に、二人は再び路地に入る。そして、灯りの落ちている家の庭に二人は塀を越えて忍び込むと、その場で一度、息を整えた。
「あともう少しか」
「時間はここで潰そう。カンナちゃん」
「あぁ。予定時刻まで、あと5分か」
カンナが時計を確認し、二人は手元の拳銃とライフルをそれぞれ点検する。
「それにしても、私たちが陽動か」
「私とカンナちゃんならやれるよ」
「それはそうだが……一番先生と防衛室長を助けに行きたいのはお前じゃないのか?」
「助けたいけど、だからこそだよ」
エリカはライフルの点検を終えると、背を預けていた壁から立ち上がり、銃のセーフティを外した。
「確実な方法を取る。今回はみんながいるからね」
「………本当に変わったな。お前は」
「そうだといいな」
「変わったさ。そうだな、私も、だからコノカ……いや、公安局の仲間を信じて任せている」
カンナも使い慣れた拳銃の点検を終え、セーフティを外すと、立ち上がった。カンナがエリカへ目を向けると、エリカの表情はシャーレの穏やかな草鞋野エリカから、カンナもよく知る”安全局の狛犬”としてのものへと変わっていく。
「………突入後、救出対象の離脱まで暴れるだけ暴れる。いいな、尾刃」
「了解した。我々の離脱はどうする?」
「FOX3のレールガンにより超長距離狙撃を行い、その間に離脱する。あのレールガンの威力はかなりのものだ」
「レールガン……空想上の装備のはずだが、ミレニアムは実用化していたのか」
「実用化どころか既に量産されている。一般への配備は今後もないそうだが」
「恐ろしいものだ。今回は味方だから、頼りにさせてもらうが」
二人は予定時刻となったことを確認し、隠れていた家の庭から飛び出すと、一目散に目的の分校の正面門へ向かう。正面門にはカイザーPMCの制服を着用した生徒が警戒している。
「どうやら最悪の状況だな」
「そのようだ。草鞋野、頼む」
「了解した」
エリカは地面を得意の歩法で蹴ると、一瞬で門番の生徒の前に現れる。門番の生徒からすれば音もなくいきなり目の前に何者かが現れたことに、驚きの声すらあげられなかった。
「なんっ──」
「遅い…!」
顎に当てられた銃口から弾丸が放たれ、門番の生徒は激烈な衝撃を受けて意識を失う。エリカはそのまま相手が倒れるのを確認せずに、腰に下げたミレニアム・エンジニア部製の特殊な手榴弾を1つ起動させ、分校の前庭に投げ込んだ。
「なんの音だ!?」
「銃声だ!襲撃だぞ!」
音に気がついた複数人が分校の校舎から飛び出してくるも、その彼らの頭上には手榴弾があり、彼らの頭上で炸裂した。そうすれば、降り注ぐのは複数発の弾丸。雨のように彼らへ襲いかかる。
「ぐわっ!?」
「な、なんだ!」
「空から銃弾!?」
カンナは正門前に立つと、空からの銃弾に防御姿勢を取っている相手のうち、警備局の小型ライオットシールドを構えた複数人の生徒たちをガラ空きとなった側面から正確に狙撃する。
「ぎゃっ」
「ぃあっ!?」
「うっ」
「こ、今度はなんだ!?」
唯一残ったのはカイザーPMCの兵士であり、彼は銃を構えてカンナを視認したが、次にはもう足元から蹴飛ばされて視界がぐるりと回転していた。
「な、なんだぁ!?がっ、ぐべっ!」
顔面を叩きつけられ、兵士は沈黙する。それを成したのはエリカであり、彼女は兵士を足払いと同時に後頭部を掴み地面に叩きつけていた。
「さて」
「出てくるぞ、草鞋野」
「あぁ」
分校の正面、前庭で二人は並ぶ。次々と分校のロビーからは真新しいPMCの制服に身を包んだ生徒や、慣れた様子のPMC社員たちが武装し飛び出してくる。また、分校の上階の窓からも狙撃銃でエリカたちを狙う者もいた。
「尾刃公安局長…!テロリストに降ったのは本当だったんだ!」
「それに横には草鞋野エリカ!動くな!」
おそらくは元ヴァルキューレらしき生徒たちが、まだ抜けきっていないヴァルキューレ生らしい動きで二人に銃を向けてくる。そのなんとも中途半端な様子にカンナは笑い、エリカはくすりとした。
「な、何がおかしいんだ!」
「いや、私がテロリストか。まさかそんな呼ばれ方をするとは思えなくてな」
「そうだね。カンナちゃんがテロリストなんて絶対向いてないよ」
笑う二人に、経験の浅い元ヴァルキューレ生たちは腰が引けていた。完全にエリカとカンナは包囲され、動けば確実に攻撃が当たる状況であるにも関わらず、なぜそこまで余裕なのか。
一方で、たまたまこの場に居合わせている経験の深いPMCの兵士は油断せずに、エリカにのみ銃口を向けていた。カイザーPMCには草鞋野エリカの悪名が代々伝わっている。エリカたちからすれば産地偽装エビ事件と呼ばれる事件、カイザーからすればバイオ養殖エビ大損失事件と言われる件で、エリカが単独でカイザーPMCの兵士を倒したと。
「お前たち!狼狽えるな!この状況で奴らは動けん!」
PMCの兵士が一喝するが、動揺は収まっていなかった。まだPMCとしての訓練もせずに一先ず制服に袖を通した、言わば新入生という彼女たちには酷な要求であった。
「も、目的はなんだ…!」
「目的?そうだな、貴様ら全員を逮捕することだ」
「ふざけるな!犯罪者が!」
「クーデターを起こしておいてよく言う。勝てば官軍という奴か」
カンナのふてぶてしい物言いに、PMCの兵士は時間を稼がれていると直感する。そして、彼女たちの狙いがなんであるかも即座に理解するが、烏合の衆でしかない新兵たちの前で告げれば右往左往して却って逆効果だった。
PMC兵士は近くにいるもう一人のベテランの兵士にアイコンタクトを送る。
その様子は当然、エリカが見逃さない。それは彼女の待っていた「証拠」だった。
「WOLF1よりFOX5へ、支援求む」
『承知!参ります!』
エリカはインカムを通して、呼びかける。ワザと聞こえるように告げたその支援要請に、周囲はざわめき、悲鳴が上がったのは分校の中からだった。
「とりゃあああっ!」
「なぬっ!?」
分校の3階窓からエリカに照準を合わせていた狙撃手に、イズナが窓の外から飛び込み両足で飛び蹴りをしつつ、廊下へと飛び込んだ。イズナはその勢いのまま壁に着地すると、苦無に付けた爆雷符を窓際にわざと投げつけ起爆した。
「な、なんだ!?侵入者!?いつの間に」
「ドーモ!ひゃっき……じゃなくて、FOX小隊のイズナです!」
「ふぉ、FOX小隊!?そんな、敵うわけない!」
壁を走りながらもう一人の狙撃手に向かってイズナは突撃する。その手には使い慣れた忍具もといサブマシンガン。イズナはいつもと変わらない朗らかなまま、容赦無く射撃を行った。狙撃手の生徒はロクな反撃も行えず、全身を弾丸で打たれ、気絶した。
内部に突入されたという事実が広がった分校の玄関前では、同時に蹂躙劇が始まった。
「「警告する」」
カンナとエリカが背中合わせになり、同時に口を開いた。
「「ただちに武器を捨て、その場に伏せろ」」
圧倒的不利なはずの相手に言うセリフではなく、PMCの兵士たちは狂ったのかと思ったが、それは誤りだった。
「「さもなければ、身の安全は保証しかねる」」
その宣言から5秒、誰もが動けずにいると、エリカがその場から僅かな土煙を残して掻き消えた。カンナを除くその場にいる全員が目を疑うも、彼らにとっての悪夢がついに始まった。
突如、取り囲んでいた集団の右側で爆発が起こる。手榴弾によるものだった。
「なんだ!?いきなり爆発が──!?」
驚愕の声を発した生徒は、言葉の途中で殴り倒される。
「う、撃たないと!う、うわああああ、あっ」
半狂乱になり銃を乱射しかけた生徒はガツンとこめかみに衝撃が入り意識を失う。
まるで姿の見えない風が次々と人を襲うような状況に、集団はその場でパニックに陥る。カンナは旧友の速さが更に上がっていることに半ば呆れつつ、彼女も恐ろしく正確な射撃でハンドガンにも関わらず一撃で一人一人を倒していく。
「く、くそっ!?なんだこいつらは…!おい、地下の方に連絡を!移送の準備だ!」
「了解だ!クソ、ここまでヴァルキューレが使えないとは…!」
PMC兵の一人がなんとか混乱から抜け出して分校の中へと戻ろうとするが、分校の自動扉の前にエリカがスッ、と現れた。
「な、なんだぁっ!?」
「使えない?当然だ。彼女らの本文は市民の生活を守ることだ」
剣呑な表情を見せるエリカにPMCの兵士は手に持ったアサルトライフルを向けようとするが、そうしようとした時には眉間に弾丸を撃たれていた。ぐらりと、彼は撃たれた衝撃で意識を失いそのまま倒れる。
「ば、バカな、なんなんだお前は…!ば、化け物……!」
「化け物?私程度が?前をよく見てみろ」
仲間が倒されたことで震えていたPMCの兵士はエリカに言われ、分校の前庭側を見れば、カンナが四方から撃たれているにも関わらず急所のものは避け、それ以外、ダメージにならないものは身体でそのまま受けてカウンター射撃を繰り返す。
バラバタと生徒やPMCの兵士が倒れていく。そんな状況でカンナの表情は凶悪なまでの笑みを見せていた。
「く、狂っている!お、お前たちは狂っている!こ、こんな、この数だぞ、ふざけるな!ふざけるな!」
「数を揃えてもこの程度ではな。……最後に警告する。ただちに武器を捨て、その場に伏せろ。さもなくば、身の安全は保証しない」
「う、うわああああああっ!?」
PMC兵がハンドガンを狂ったように連射するも、すぐに銃声は止んだ。エリカの横で兵士は倒れ、エリカのライフルの銃口から僅かな硝煙が溢れた。
「呆気なさすぎる……ただPMCの兵士も少ない。やはり体制が整っていないか」
多少の苦戦は覚悟したが、あまりに脆い相手にエリカはため息をつきながら、その場でカンナの援護射撃を開始した。
「タンゴ」
「…ゴマ」
「マンゴー」
「……ゴム」
「ムルシエラゴ」
「あの、さっからゴ責めやめてくれます!?」
「チッ、バレたか」
「〜〜〜〜っ、この大人はァ〜!」
地上部でカイザーPMCにとっての地獄が広がる中、先生とカヤは手足を縛られた状態のまま同じ牢屋の中で転がりながら、あまりの退屈さに暇を持て余し、しりとりをするに至っていた。
「はぁ〜……こんなどこの牢ともわからないところに連れてこられてあなたと一緒だなんて」
「ひどい言われよう。カヤは私のこと嫌いなの?」
「あのですね。私は先生のことを恋愛的な目で見るのは無理です」
「マジでヒデェ」
ぶりっ子する年上女性の姿を見たカヤは露骨に嫌な顔をしつつ言い捨て、先生は傷ついていた。
「だいたいですね。なんであっさり捕まってるんですか。あなたともあろう者が」
「それさっきも言ってたし同じ言葉返すよカヤ」
「私は寝込みを襲われたんですから無理に決まってるでしょう!」
「私だってヴァルキューレの子に変装されていきなりぶん殴られたんだけど」
二人が攫われた状況は抵抗しようがない状況であり、不毛な言い争いだった。
「それよりさっきからなんか揺れてない?」
「そういえばそうですね。……まさか救援!?」
話題の切り替えとして、先生は揺れを体感し、カヤに伝えると彼女も同じく感じていた。戦闘による揺れであることは二人からしても明らかであり、カヤは途端に目を輝かせる。先生は救援であれば、と体をモゾモゾと動かした。
「きっとエリカさんですね!また彼女が助けに来てくれたに違いありません!」
「カヤはいいねぇ。これで2回目?まるで囚われのお姫様だ」
「お、お姫…先生、茶化さないでください!し、しかし、それはそれで……」
顔を赤くするカヤに先生は微笑ましく思いつつ、両腕を縛っていた縄をブチブチと引きちぎった。突然、先生が剛力にでも目覚めたのかとカヤは目を点にする。
「せ、先生?」
「助けが来たなら逃げなきゃでしょ」
「いやどうやって縄を!?私ですらそんな、引き千切るなんて!」
「あぁこれ?腰のベルトの裏にこういうの隠しててね」
イタズラっぽく先生はウィンクしながら、右手に持っていたのは小さなノコギリだった。幸いなことに、碌な身体検査もされず、先生はシッテムの箱と護身用のハンドガンを奪われただけであった。
「準備がいいですね……」
「隙間時間にエリちゃん色々教えてくれるからね。銃の撃ち方とか暴漢からの身の守り方とか」
余裕がありそうに先生は言うが、内心は「ほんと教わっておいてよかった〜」と心底感謝をしていた。この教育はとエリカの心配しすぎなぐらいの用心から始まったことだった。キヴォトスの治安の悪さは先生も理解した気になっていたが、生徒以外にも危険な輩はいて、先生も襲われる可能性は0ではない。
24時間エリカや生徒が共にいるわけではなく、先生単独での時間も多い。そこで狙われ、連れ攫われた場合に対処ができるように先生は訓練を積んでいた。
「結果として役に立ったわけ。いやぁ、生徒からも学べて先生嬉しいよ」
「出来るだけ使いたくないものでは……?」
「それはそうなんだけど、必要な時に必要なことができる。これ大事よ」
先生は足の縄もほどき、次にカヤを縛っている縄をするすると解いていく。簡単には解けない拘束用の結び方だったはずだが、先生はそれを容易くこなす。これも、先生はエリカだけでなく、RABBIT小隊やFOX小隊から逆に生徒救出を想定した訓練を受けていた。
「ほい、解けた」
「ありがとうございます。あとはここからどうやって抜け出しましょうか」
「そこは待つしかないんじゃない?」
牢からの脱出は二人ではできないため、待つという選択肢しか取れなかった。
そう決めた二人だったが、カタカタと牢屋の目の前にある通風口の蓋が揺れ出し、すぐに外れて落ちた。人一人がようやく潜り込めるそこから軽やかに降り立ったのはメイド服を脱ぎ、通常であればアビ・エシュフ搭乗用のレオタードのような戦闘服姿になったトキだった。
「トキ!」
「先生、ご無事で」
誘拐前と変わらない様子の先生を確認したトキは安堵する。先生もトキの無事は気掛かりであったが、こうして目の前に現れたことで杞憂に終わった。
「RABBIT3、こちらトキ。先生と………防衛室長を発見」
『りょうか〜い。各位、作戦の第二段階に移行だよ〜』
二人の発見をトキはモエに報告する。カヤはいきなり現れたトキに何者なのかわからず百面相をしていたが、RABBIT小隊のコールサインが聞こえたことでひとまず味方であることは理解した。
「下がってください」
トキは一緒に持ってきていたA4サイズ程度のほどほどの厚みを持った鉄製の鞄を床に置くと、そこに右手を突っ込む。牢の扉から離れた先生は何が起こるのか察して目を輝かせた。
鉄製の鞄はトキの手が入ると音を立てて1秒も掛からず変形する。トキの右手は鋼鉄製のメカハンドに変身した。
「はあああっ!」
気合いを入れ、トキはメカアームを振りかぶる。すると、メカアームの甲が開きブースターが展開。強烈な一撃が牢屋の扉を軽々しく吹き飛ばし、轟音を立てて牢屋内の壁に激突。そのままめり込んだ。
「す、すごい!トキ!なにそれ!?」
「ふふ、お気に召しましたか先生。リオ様の新兵器です」
子供のようにはしゃぐ先生に、トキはメカアームでVサインをして得意げにする。
「変身ヒーローじゃん!今度リオに私も何か作ってもらおうかな」
「きっとリオ様ならノリノリでやってくれると思いますよ」
「本当!?よし、とっとと出ようこんなとこ」
こんな軽いノリでいいのか、とカヤは二人の様子に嘆息した。だが、実際に助けてもらった以上文句は言えなかった。
トキがメカアームを鞄に戻し、開いた手にはいつものアサルトライフルを装備すると、先行して駆け出す。そのあとに先生とカヤも続いた。
「トキ、脱出するのはいいけど、私、シッテムの箱が」
「問題ありません。ミヤコ様たちが既に回収されています」
「もしかして結構な人数でここに攻め入ってる?」
「少数精鋭ですが、草鞋野さんからの報告では過剰戦力だったかもしれません」
「あ、やっぱりエリちゃんもいるんだ」
「現在正面門で尾刃さんと共に陽動中です」
公安局長であるカンナまでいることに先生は首を傾げたが、カヤは自分の人徳の成せる技だと勝手に自慢げになった。実際はカヤの人徳ではなかったが。
「詳しい状況は一度拠点に戻ってからになります」
「わかったよ。カヤもいいね」
「問題ありません!」
三人は地下牢から1階に上がると、全く人のいないロビーから裏口を使って外に出る。そうすると、ヴァルキューレの護送車が後部の扉を開けて待機しており、周囲をミヤコたちRABBIT小隊が警戒していた。
既に裏手に残っていたPMCの兵士などは倒されて縛られていた。
「ミヤコ!」
「先生!それに防衛室長!」
「月雪さん!助かりました!これで離脱を!?」
「はい!RABBIT1より各位。先生と防衛室長を確保しました。これより撤退します!」
トキ、先生、カヤを車に乗り込ませ、ミヤコは扉を閉める。警戒していたサキとミユが護送車をよじ登り、荷台上に捕まる。
『FOX1、了解。離脱後、分校に対してFOX3より支援砲撃を行う。WOLF分隊、FOX5、離脱よろしいか』
『こちらWOLF1、これより離脱する』
『イズナもわかりました!撤退します!』
あとは逃げるだけ。ミヤコも護送車の上によじ登り、設けられている手すりに捕まる。
「RABBIT3、出してください!」
『了解!じゃ、しゅっぱーつ!』
モエがアクセルを踏み込み、護送車は発進する。車の発進音は分校の正面まで届いたが、残っているのはほとんど混乱した元ヴァルキューレ生のみで、どうすることもできなかった。
「今のはまさか、捕まえていた二人が!?」
「すぐに報告しないと!」
「報告ってどこに──ぎゃっ」
分校正面、前庭の隅に逃げていた元ヴァルキューレ生3人のうち一人が突如悲鳴を上げてうつ伏せにどしゃりと倒れる。残りの二人はその場でへたりこんで銃から手を離す。
「イズナは無益な殺生はしませんので!では!」
一撃で音もなく生徒を気絶させたイズナは一飛びでその場を離れる。イズナが向かう先にはほとんど散発的な攻撃しか来なくなり、余裕を持って戦い続けているエリカとカンナの姿があった。
「お二人とも!」
「久田か。撤退だな」
「はい!」
「よし、草鞋野。引き上げだ」
「了解」
最後にエリカは残していたスモークグレネードを投擲し、煙幕を炊くと速やかに撤退する。分校の正面門から飛び出すと、タイミングよく一台のパトカーが止まった。カンナは咄嗟に銃を向けたが、エリカは向けなかった。
「草鞋野先輩!」
窓を開け、運転席から声を出したのはキリノだった。戒厳令が発令され、出動ができない状況でこの場所にいることがあり得ない生徒だが、エリカはなぜ彼女たちがいるか察した。
「乗り込め!」
エリカの一声で、カンナは後部座席に飛び込み、イズナはパトカーのルーフに飛び乗る。最後にエリカがカンナの横に座りドアを閉めれば、パトカーは急発進する。スキール音を聞いて煙幕の中から必死に抜け出してきたPMC生徒が見たのはほんの僅かに見えるテールライトの光で、それもすぐに路地に消えていった。
「すぐに追撃しないと!」
「でもPMCの社員みんな伸びてるよ!」
「あ、あの三人めちゃくちゃだ……!たったあれだけの数で……!」
もはや壊滅と言っていい惨状だったが、まだ彼女たちの受難は終わらない。分校から遠く離れた高台に控えていたのはFOX小隊のクルミとオトギだった。
オトギは伏せた状態で固定したミレニアム製の新型レールガン”スーパーノヴァMKⅡMod2”を構え、ミレニアム製の超高倍率スコープで襲撃した分校を狙っていた。
『FOX1よりFOX3、4へ。救出対象の離脱を確認。支援砲撃要請』
「FOX3了解。お願い、FOX4」
「任せて」
照準は合わせてあるため、オトギは要請が出たと同時にレールガンのトリガーを引いた。独特な発射音が鳴り、強烈な反動がオトギに伝わる。普段から使用している対物ライフルとは違い、扱いづらさが圧倒的に勝る兵器。
だがその威力は一般的な狙撃銃とは比較にもならない。
「うっわ…壁に大穴開いたけど」
「どれどれ…うわぁ」
着弾した分校の外壁は大穴が開いていた。オトギに渡されたレールガンはこれまでのミレニアムで試作されたものと違い、使用する弾丸の大きさが増していた。貫通力と破壊力を単純に増すという目的で改良され、装弾数こそ試作2本より落ちていたが、威力は増していた。
あまりの破壊力に、クルミとオトギは引いていた。
「そりゃあのイケメンも人体への射撃を禁止するわけだよ」
「人に向けると撃てないんだっけ?」
「そうそう。センサーが働いて動かなくなるらしいよ」
生徒への直撃が発生すれば無事では済まないものであり、開発者が設けた安全装置にクルミとオトギは納得しかなかった。
『FOX1よりFOX4へ。……過剰威力じゃないか?』
「私もそう思うよ。追加の砲撃は?」
『不要だ。……作戦終了。各位離脱』
「了解」
こうして、先生とカヤの救出を目的としたヴァルキューレの分校襲撃は終了した。
一度PMCに降った生徒たちであったが、惨劇とも言えるこの襲撃を前にして戦意など出すこともできず、脱出したエリカたちを追撃する者は誰一人としていなかった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は未定です。
感想やここすきもらえると嬉しいです。
数を個で蹂躙するのはいいよね……。