頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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ほんっとうに長らくお待たせして申し訳ありませんでした。リアルで色々あって執筆時間が取れてませんでした。ようやく時間取れたのでやっていきます。今日から明後日まで連続投下します。


Area-11「地下道 #反撃開始 #教授 #路傍の石」

 モエの運転する車に揺られること数十分。追っ手を巻くためにかなり激しく揺れていたので、カヤが若干気持ち悪そうだった。

 

「カヤ大丈夫?」

 

「………気を遣わなくて結構です。この程度で防衛室長が………ぅ……」

 

「無理しないほうがいいって」

 

「む、無理をするな、というのは、それは、この私に、は、吐けと……?」

 

 ほんとかなり辛そうなんだけど、カヤの隣に座っていたトキがカヤの顔を覗き込みながら口を開いた。

 

「大丈夫です。美少女はゲロしません」

 

 真顔でなんてことをトキは言っているのか。そしていつの間にかトキはいつものメイド服に着替えていたんだけど、頭のホワイトブリムがウサ耳に変わってる。……RABBIT小隊だから?クーデレウサ耳メイドっすか。可愛いが。

 

「い、意味不明なことを……う、うぅ……か、風倉さん、もう少し、丁寧な運転を」

 

 カヤは我慢できないのか鉄製の窓を開ける。護送車なので運転席と私たちがいる荷台スペースは区切られてる。カヤが運転席のモエに言えば、返ってきた返事は「無理だよ〜」と緩い返事だった。

 

 そりゃそうだよなぁ。追っ手はもう振り切ったけど、だからといって気は抜けないだろうし。そういえばポケットに生徒用にエチケット袋が……あ、ねぇや。チクショウ、そこは身体検査して抜いてんのね。私の体まさぐったの誰だ?あのDINGO小隊の子達か?

 

 ………ミヤコたちはウサギだったし、ユキノたちが狐で、今度はあの子達が狼と来た。

 

 SRTってそういう感じなの?考えれば代理で会長やらされたエリちゃんも狼……いやたぶん同じ犬科でも警察犬とかのほうだと思う。

 

 知ってそうな子がちょうど目の前にいるし、気分が紛らわせられるかもしれない。聞いてみよう。

 

「カヤ、ところでSRTの子達って獣人系の生徒が多いよね?RABBIT小隊はちょっと違うけど」

 

 私が問いかけると、カヤは顔を青くしながらも答えてくれた。

 

「え、えすあーる、てぃー、は、獣人系の生徒を多めに、募集した、はずです」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

「限定、したわけではないですが……うぉえ……獣人の、子は、身体能力に優れ……うぶっ……こ、これ、今聞くべきことですか?」

 

「あーごめん。気で紛れる域超えてるか。モエ!なんか袋無い!?」

 

 これはダメそうだ。いっそのこと吐かせた方がいいかな。運転中のとこ悪いけど、モエにお願いする。

 

「え?いやぁ、これ奪った車両だし運転中だから探すのは無理」

 

 ですよね。

 

 カヤの方を見ればいよいよ顔を横に小刻みに振っている。あ、トキ!背中擦るなって!?

 

「困りましたね。酔い止めの準備はしていません。媚薬はありますが」

 

「なんでそんなもの持ってるのトキ!?」

 

「元セント・シリウス生が設立した新薬開発部がC&C向けに用意した自白剤の一種です」

 

 エージェント向けの秘密兵器の一種っぽいけど今は必要ないし危ないので後で没収したい。残念な顔をしないで。

 

 どんどんカヤの顔色が悪くなっていくんだけど。マズイ。

 

「せんせ〜、室長どう?ダメそ?」

 

「ダメそう」

 

 モエに素直に応えた。運転してるからモエの顔色はわからない。

 

「まぁウチのじゃないから汚してもいいけどさ」

 

「流石にこのまま直はモエもきついでしょ」

 

「訓練でそんなの慣れてるし、今は作戦中だからねぇ〜。どうしてもって言うなら、ミヤコに聞けば?」

 

 モエでさえ作戦中こんな厳しいのは驚いた。ちょっとこれは私も知らなかった一面だ。本気のSRTの子達の姿は思えばこれが初めて直接見たかもしれない。気だるげに運転してるように見えて、モエから僅かにエリちゃんと同じ厳しい空気が感じ取れてしまった。

 

 でも、ミヤコの名前をあげてくれたので、お願いしよう。ミヤコのことだから準備はいいはずだ。

 

 私は近くに落ちていたよくわからない鉄棒で車の天井を叩くと、天窓が開いた。ミヤコがこちらを覗いていた。

 

「先生?どうされましたか?」

 

「エチケット袋ある?!」

 

「え?……状況了解。こちらを!」

 

 流石だぜ…ミヤコちゃん。カヤを見るなりすぐにミヤコは懐から几帳面に結び畳まれたコンビニ袋を車内に落としてくれた。そしてすぐに天窓を閉める。落とされた袋を広げれば穴も見えない。使える。

 

「カヤ、ほらこれ。もうほんと無理だったら使って」

 

 袋を差し出すと、かなりキツイのか首を上下に振るだけでカヤは袋を手に取った。カヤもあんまり眠れてないところでこれだから気持ち悪いのかな。私もそこまでじゃないけど変な感じになってるし。

 

 脱出してこれから向かう先を聞いてないけど、大方この反乱軍というかゲリラじみたことをしている生徒たちの拠点かな。エリちゃんが纏め上げたのか、それとも別の誰かが指揮をしているのか。

 

 トキに目配せしてカヤのことをお願いする。トキはサムズアップして、カヤのことを見てくれるみたいだ。

 

 戻ってきたシッテムの箱に意識を落とす。アロナは無事だ。いつも通りの青空と海辺の教室で彼女は待っていた。

 

「先生!よかったです!ご無事で!」

 

「まさかクーデターとはね。シャーレの状況は?」

 

「どうやら制圧されてしまっているようです!物理的にネットワークも落とされたのか私もシャーレのサーバーにアクセスできません!」

 

 困ってます、と言わんばかりにぷんぷんするアロナを撫でつつ、私はこれからどうしたもんかと考えた。エリちゃんの意図はわかるのだ。今回のクーデター、やってるのはどうせカイザーだと思う。だから相手の体制が盤石となる前に、反撃してしまおうというところかな。

 

「アロナ。敵の戦力はわかる?」

 

「そこは先生と離れた間に把握しておきました!シッテムの箱がカイザーの本社サーバーから攻撃を受けていたので、逆にカウンターをかけて今回の作戦を抜き出せました!」

 

 いや凄すぎるアロナさん。これはドヤ顔していい。かわいいぜ。えらいぜアロナ。

 

「流石だね!ぎゅーってしてあげる!」

 

「えへへ!」

 

 アロナを抱きしめてあげると、彼女は嬉しそうにしていた。電子戦は私やエリちゃん、ミカの明確なウィークポイントだ。特にミカ、スマホは使えてもパソコンは慣れるまで時間がかかるぐらい。その中で唯一、アロナだけがやれる。彼女がいなきゃどうなってることやら。

 

「それで、どういう作戦なの?」

 

「正確には”セカンドサンクトゥム計画”と呼ばれる連邦生徒会の撤廃、カイザーが代わりにキヴォトスの実権を握る計画だそうです!」

 

 セカンドサンクトゥム……あまりにもそのまま過ぎる名前だ。夏にリゾート地で起きたあの元カイザーPMC理事がやってたのはこの計画絡みかな。

 

「んで、今回やったと。その割に、私を逃すのはお粗末だよ」

 

「先生、体制が整っていなかったのだと思います。計画ではクーデターを起こした先発隊が今日の夜を持ち堪えて、明日の朝にカイザー本体のプレジデントがサンクトゥムタワーを掌握しようとしていました!」

 

「プレジデントって誰」

 

 誰だそいつ。名前からしてカイザーの親玉?私の疑問にはアロナが情報を表示して教えてくれた。カイザーグループのトップ。こいつがか。

 

「プレジデントはかなり用心深いようです。カイザーの先発隊は表向きにはカイザーの指示を受けず勝手にクーデターを起こしたと今はなっています」

 

「どういうこと?」

 

「失敗したら彼らはカイザーの正規軍に殲滅されると……」

 

 いくらなんでもそれは酷過ぎるんじゃないだろうか。……けど、それがわからない連中ではないはず。

 

「決死隊ってことかな…」

 

「可能性は高いかと思います」

 

 厄介だ。後がない相手だ。何をするかわかったもんじゃない。最悪、カードを切ってみんなは退かせる…?こんな大人のクソみたいなゴタゴタに子供達を関わらせるのは。でも、ここは、キヴォトスは──生徒たちのものだ。そして、ここにいる生徒たちは決して、芸術品のように、後生大事にケースの中で生かすとか、そんな子達じゃない。

 

 守りたいもの、掴みたいモノがあるなら、彼女たちは立ち上がる。だから私は、みんなの背を押し、支える。それがシャーレの……大人の役目だ。

 

「アロナ。引き続きよろしくね」

 

「はい!お任せ下さい!先生!」

 

 意識を戻す。カヤの方へ目を向ければ、すでに吐いた後なのか長い椅子の上で寝転んで、トキに膝枕されていた。

 

「少しは楽になった?」

 

「……………はい」

 

 声をかけてあげれば、カヤは力なく返事をした。

 

「モエ!あとどれぐらい!?」

 

「あともうちょいだよ〜」

 

「らしいから、カヤ、もう少し頑張ろう」

 

「すいません……」

 

 今回の諸々が終わったら、カヤにはなんかご褒美あげよう。ちょっと前からこの子も大変な目に遭いがちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして連れて来られたのはどこかの地下通路だった。なんでも、工事が中止されてそのまま残った地下鉄の未成線らしい。ほんとはさらに地上に上がって美食研のセーフハウスがあるらしいけど、派手に動いたのでもうセーフゾーンには上がらないとミヤコが教えてくれた。

 

「先生!ご無事でしたか!」

 

「エリちゃんこそ」

 

 エリちゃんは後から来たパトカーに乗っていた。運転していたのはキリノで、フブキもいる。カンナも名前は聞いていたから居る事には驚かなかった。あと何故かイズナも。これからのことをエリちゃんと話さないと。

 

 ただその前に気になったことがあった。この場にいるのは私とカヤの他に、護送車に乗っていたRABBIT小隊の4人とトキ。あとは目の前にいるエリちゃんたち。彼女たち以外のFOX小隊や、協力しているはずの美食研究会の姿がなかった。

 

 やっぱりまずは状況確認からだね。

 

「エリちゃん。まずは状況を教えてほしい。ここにいない子達のことも含めてね」

 

「了解です。風倉さん!端末をこちらに!」

 

「はいはーい、会長さん」

 

 運転席から降りてきたモエは手に持っていたタブレット端末をエリちゃんに手渡すと、その場で画面を地面と並行にして周りに見えるようにしながら操作する。表示されたのはD.U.のシャーレ周辺の地図だ。

 

 なんだかリアルタイムで動いてる?

 

「先生。現在の状況です」

 

「これすごいね?リアルタイムだなんて、どうやって」

 

「この画面は現在、ヴェリタス……チヒロちゃんたちがD.U.のカメラとかにアクセスして更新してくれています。クーデター軍の都市機能完全掌握はまだのようですから」

 

「流石だね。……こう見ると、シャーレ中心に集まってるけど」

 

「先生たちの救出で動いたようです」

 

 シャーレを中心に防衛線って言うべきか、そんな感じで相手の戦力を表す赤い凸型のコマが動いてる。特に分厚いのが私とカヤが捉えられていた分校のあった方面。

 

「エリちゃんはもうその気みたいだけど、これからすぐに私はシャーレの奪還をしたいと思ってる。みんなはどうかな?」

 

 周りを見渡す。全員が頷いていた。頼もしいね。

 

「先生。既に、先生の奪還後、反抗作戦に転じれるように準備は進めています。こちらを」

 

 エリちゃんが画面に触れて、ある場所に味方なのか、青の凸型のコマが出てくる。それは一番防衛戦の薄い方向──本来ならシャーレビルの裏に繋がる方向に待機していた。ちなみに一番敵戦力が厚いのは方角的に私たちが今いる方向。つまり正面玄関。

 

「先生。これから先生にはここで待機しているFOX小隊と合流してもらいます。それまでの護衛はRABBIT小隊が」

 

「つまり、私はSRTの子たちと手薄なこの方向から向かうってことだね?」

 

「そういうことです。先生がFOX小隊と合流後、私は敵の主力部隊が控えているこちらに陽動を仕掛けます」

 

 エリちゃんの説明通り、一番防御が厚い方向に仕掛けるような形で図が動く。陽動ってことは囮。危険過ぎるけど、エリちゃんはそれを買って出た。彼女らしい。

 

「陽動のチームは?エリちゃん」

 

「私、カンナちゃん、安全局の二人に美食研究会です」

 

「無茶だよ、エリちゃん。いくらなんでも頭数が少な過ぎる」

 

 数が少な過ぎる。……まいったね。私が何か手はないかと思っていると、エリちゃんが私を安心させようと言わんばかりに微笑みながら口を開いた。

 

「大丈夫です、先生。援軍のアテがあります」

 

「この状況で…!?」

 

 まさかヴァルキューレに応援を要請したのかな。

 

『先生!メッセージが急にたくさん…わぁ!?』

 

 どういうことだろうと考えていたら、私にしか聞こえないアロナの声が届く。ミヤコが回収してくれた携帯がひっきりなしバイブして、シッテムの箱からも通知音がすごい勢いで鳴り続ける。

 

「え!?なに!?」

 

 慌ててシッテムの箱を見れば、モモトークの通知件数がなんか尋常じゃない数字になっている。20、30、50、80。アロナもたくさんの通知に呑まれている。アプリを立ち上げてみれば、中身は当然全て、生徒たちからの私への安否確認。

 

「エリちゃん、これは」

 

「チヒロちゃんたち……ヴェリタスにお願いしたんです。D.U.の今の現状をSNSで流して欲しいって」

 

「それだけでここまで…!?」

 

「先生。シャーレのおかげで、助かった生徒はD.U.に多くいます。そこの鉄砲玉も見境なしに支援要請に応えています」

 

 私が驚いていると、カンナが言う。確かに、D.U.はシャーレがある以上、シャーレ近くの生徒たちの支援要請には特に分け隔てなく応えている。エリちゃんと二人体制になってからは片方が遠方、もう片方が近場をなんてこともやっていた。

 

 ミカが来てからはもっと細かい多くの支援要請にも手が広げられていた。

 

「我々が正義だと、容易くは言いません。しかし、私たちが子供だからと、大人から提示される正しさが全てだとも言えません。皆、自身で決めてここにいます。ここにいない生徒たちも、我々と同じ道を選んだのでしょう」

 

 子供達だって、進むべき道を選択する。そこに後で後悔もするだろう、疵もつくかもしれない。そこで後悔して折れないように大人がいる。それがなんてことはないと、普通だと伝え前に進めるように。私も通った──いいや、みんなも通っているって。

 

 子供の無茶は大人が万全に変える。これまでもそうだった。

 

「……今この場にいるものは大半が警察官です。私たち警察官の使命は究極的には、不法に対して多くの市民が不安に怯えることなく生きていけるように、恐れずに立ち向かうことです」

 

 エリちゃん、キリノ、フブキ。それにRABBIT小隊の子たち全員が頷く。イズナは感動していた。

 

「ですから先生、今回ばかりは私もそこにいるバカの無茶を肯定します。どれだけ危険であろうとも私たちは退きません。そのことを、ご理解ください」

 

 腹をくくれ。子供たちがここまで言っている。大事なのは、選択。それはどこかで言われた気がする言葉。彼女たちはもう選択を終えた。だったらもう、先生として私にできることなんて、1つだ。

 

「ありがとう、みんな。シャーレを取り戻す」

 

「喜んで、先生!」

 

 私の選択に、エリちゃんは応えた。

 

「とんだ状況ですね……まさかクーデターされる側になるとは」

 

「カヤ?大丈夫?」

 

「えぇ、まぁ」

 

 護送車の中で寝ていたカヤがトキに肩を貸されてよろよろと出てくる。うーん、グロッキー状態。この子を連れて行くのはちょっとなぁ。

 

「カヤちゃん!無事でよかった!」

 

「えぇ、お陰様で。皆さんも、ご苦労様でした」

 

 カヤが頭を下げた。迷いなくお礼を彼女は言っていた。最初に会った頃と比べれば、カヤはだいぶ変わったように見えた。なんて言えばいいのかな。単純に言えば、一皮剥けた。そんな感じに言える。でも、もっと言うのなら……カヤの強い意志が私でもわかるようになった。

 

「先生。シャーレを取り戻すのですね?」

 

「そう。カヤは」

 

「どうするか聞かれるまでもないと思いますが?私は防衛室の室長です。このキヴォトスの平穏を守る者です」

 

 顔はまだ気分が悪いから真っ青だけど、トキから離れて、カヤはそんなこと吹き飛ばすように胸を張った。

 

「私も一緒にいきます。エリカさんと」

 

「カヤちゃん!?ダメだよ、君は先生と」

 

「私がいれば相手も連邦生徒会が抵抗をしていると思うでしょう」

 

「それは……」

 

「RABBIT小隊の皆さん、FOX小隊に伝達を。防衛室長の権限を以って、SRT特殊学園としてシャーレ奪還を正式に命令します。事後となりますが、このことは連邦生徒会の行政官に承諾”させます”」

 

「RABBIT1、了解。各位、よろしいですね」

 

「RABBIT2了解。当たり前だ。私たちはそのためにいるんだからな」

 

「RABBIT3了解〜。まぁ、相手が盛大に破滅する瞬間を見届けてあげようよ」

 

「ら、RABBIT4、了解。みんなが行くなら、私も」

 

「よろしい。では、先生の護衛を。エリカさん。あなたもSRT特殊学園生徒会長代理としての権限を復旧します。先生、悪いですが、彼女の指揮権は頂きますよ」

 

「私はいいよ。あとは、エリちゃんの判断に任せる」

 

 本当に、子供の成長って早いなぁ。カヤはこれでエリちゃんに有無を言わせないつもりだ。もちろん、私が拒否すれば無効だし、エリちゃんだって私ほどではないにしても、外郭組織としてシャーレの権限は使えるから拒否することもできる。

 

 けれど、カヤの普段はあまりはっきり見えない翡翠色の瞳はエリちゃんを真っ直ぐ見てる。……エリちゃんはこういう子の覚悟と信念を否定することはできない。ナギサに対してが本当に良い例だ。

 

「………承知しました。草鞋野エリカ、SRT特殊学園生徒会長代理として、不知火防衛室長の護衛につきます」

 

「お願いします」

 

 これで決まりだ。私はミヤコに目配せすると、彼女は頷いた。

 

「合流地点はこちらで把握しています。RABBIT3、護送車で向かいます」

 

「了解。エンジンはつけっぱだし、乗って」

 

「先生、搭乗を」

 

「わかった。頼むよ、ミヤコ、RABBIT小隊のみんな」

 

 私は乗り込む前にエリちゃんに駆け寄る。春、彼女に出会ってからずっと見てきた。出会ったばかりの頃はどこか危うくと、一人だった。でも今は……違う。私以外にも、彼女の周りにはたくさんの生徒がいる。

 

「エリちゃん。無事でね」

 

「先生こそ」

 

 頭を撫でてあげると、彼女はわかりやすく尻尾まで振っていた。ふふっ、これはずっと変わらない。愛らしいワンコみたいだけど、彼女の熾烈な覚悟も同じく変わらない。それでも周りは今のエリちゃんを知っている。シャーレの──みんなを助ける草鞋野エリカだと。

 

「じゃあ、また後で」

 

「はい!」

 

 手を振って私は彼女から離れた。トキはこのまま私に付いて行くのか、車内で待機している。私が乗り込んで、護送車の扉を閉めれば、すぐにバックして元来た道を戻り出した。車内にはここに来るまでと違ってRABBIT小隊の子達もいる。あとなんかしれっとソラまで乗ってた。いつの間に。

 

「それじゃ、よろしくね。みんな」

 

「お任せください。我々SRTがかならず先生をシャーレに送り届けます」

 

「頼もしいよ」

 

 ミヤコたちも変わった。出会った時とは違う。自信に溢れた表情。迷いなんて微塵も感じさせない。特にミヤコはちょっと、エリちゃんに似てきた。無茶しがちなところは似ないでほしいなぁ、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

「ほむ……群を凌駕する個というのは本当に存在しているのですね」

 

「教授?」

 

 D.U.の外れのどこか。トリニティにあってもおかしくないクラシカルなアパートメントの室内で、ふわふわとした長い金髪を揺らしながら、呼ばれた称号とは不釣り合いなまでの愛らしい姿の少女が納得したかのように独り言を呟いていた。

 

「あぁいえ、アケミ。あなたは圧倒的な全てを凌駕する個、というものを知っていますか?」

 

 アケミ、と呼ばれた教授の傍にいる少女は教授の数倍はあろうかという巨躯と筋肉を姿見で確認しながら、教授の言葉に応えた。

 

「自惚れるつもりはございませんが、私もそう、と思っていますわ」

 

「そうでしたね。失礼しました。あなたも、そちら側でした」

 

「……ですが、この世にはおかしなことに、そんな存在がたくさんいます」

 

「でなければ、あなたのような規格外の存在が矯正局に収監されることはありませんでしたね」

 

 教授がくすくすと笑うが、アケミは特に気分を害した様子もなく話を聞き続ける。アケミが苛立つこともないのは、それが事実であり、敗北は屈辱ではなく次の糧となることを知っているからだった。

 

「カイザーによるクーデターは失敗に終わるでしょう」

 

「お膳立てをあれだけしていたというのにですか?」

 

「私がしたことは些細なことです。ただ少し、囁いたに過ぎません。そうですね、例えば──」

 

 教授は座っていた安楽椅子から立ち上がると、杖をつきながら背後の棚へ向かうと、扉を開け、中に並べられていた小瓶を一つ取り出す。小瓶の蓋を開ければ、室内に甘い金木犀の香りが漂った。

 

「──ただ、”彼女”はこの社会の構造の犠牲になっただけ、とか」

 

 教授の表情は変わらない。穏やかで愛らしい、庇護されるべき少女のままで、アケミは教授の背を見て慄く。力では圧倒できる、このまま掴んで体を捻りちぎることさえできる矮小なはずの存在がアケミには巨大な光なき影に見えた。

 

「カイザーのクーデターはどちらかといえば副産物でしたし、成否は重要ではありません」

 

「まさかやるとは思っていませんでした、ということですの?」

 

「えぇ。大人というものはもう少し慎重かと思っていたのですが。……トカゲの尻尾切りと言っても、根本を掴まれていては意味がありません。カイザーは厳しいバッシングに晒され、セイントネフティスの勢いが戻る、と私は思っていますよ」

 

「それが教授の狙い?」

 

「いいえ。……ふむ、ではアケミ、ズバリ問題です。私の目的はなんでしょうか」

 

 金木犀の香りを漂わせる液体の入った小瓶を仕舞いながら、教授は振り返る。可愛らしい笑みと共にアケミに投げかけられた問いはまるで、無邪気な子供の質問のようにもアケミには思えた。

 

「……教授が俗物的な欲求を果たすために動くとは思いませんわ」

 

 アケミは今まで手に持っていた、教授の体ほどはありそうな鉄塊を静かに床へ起き、思考のために脳を含む全身の筋肉を働かせる。

 

「そうでしょうか?私だって女の子ですからね。案外俗っぽいことをしていますよ」

 

「あえて言わせて頂きますわね。どの口が、と」

 

 くすくすと教授はアケミの言葉に笑うだけで、咎めることはしなかった。

 

「それで、答えは」

 

「力試し、それだけでしょう?教授」

 

 アケミの答えに、教授はぱちぱちと拍手をした。

 

「正解です。連邦生徒会の機能不全、それでもなおシャーレという組織がどのように動くか。見たいものが見れましたよ」

 

「先生、そして草鞋野エリカでして?」

 

「どちらもです。といっても、後者は嫌というほど教えてもらいましたからね」

 

「怪盗さんですわね」

 

「はい。困ったものです。自分を捕まえた相手をあんなに想うというのは流石の私も予想外でした」

 

 わざと落ち込んだように肩を落とす教授にアケミは近くの椅子にかけていたタオルを手に取り、滲んできた汗を拭く。

 

「さて、見たいものは見れましたし、しばらくは大人しくしていましょうか」

 

「何か次の布石でも打つのかと思いましたのに」

 

「物事を確実に成し遂げるためには動と静をテンポよく挟むことが大切ですよ、アケミ」

 

 教授は淹れていた紅茶の入ったカップに角砂糖を一つ、優しく落とす。波紋が広がり、砂糖は紅茶の中に瞬く間に溶けていく。

 

「そして、布石というものは路傍の石でないといけません」

 

「路傍の石?」

 

「よく漫画では伏線が張られるものですが、現実でわざわざそんな悟らせるような真似をする必要はありません。路傍の石。誰が見てもそれが躓いてしまうような位置にもない、目に留まるものでもない。けれども──意図せず子供が蹴飛ばした先で、それが障害になる」

 

 教授はカップを手に取ると、湯気が立ち上る紅茶を覗き込む。トリニティ産のものでも最高級の品質であり、香りは少女の口元を綻ばせる。

 

「何より、人を陥れるのは悪意だけではありません。──善意、これが一番恐ろしい。傷つけたくない、守りたい、助けたい。正しさほど、人の心を酔わせる薬はないのですから」

 

 紅茶を淑やかに教授は飲み干す。

 

「連邦捜査部シャーレ……先生、草鞋野エリカ、聖園ミカ。世界を救った時、あなた方はその善意に酔わずにいられますか?」

 

 世界の片隅で、仄かな悪意は影の中にひっそりと潜航していった。

 

 




また次回は明日です。
ニヤニヤ教授はあんなに可愛いけど底なしの影を見せてほしいですね。


ところでお時間にナギちゃん来たってことは今年の水着って…。


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