一万UA超えてビックリしてます。
ありがとうございます!
『闇オークションね。確かにコユキが行きそうだわ』
『大方、競り合いの博打性を楽しみたいというところでしょうか』
杏山さんのおかげで黒崎さんが行きそうな場所がまず一つ出たので、情報共有も兼ねて先生も交えて早瀬さんたちとの通信をしていた。今いるのは先生が泊まっているトリニティの合宿所だった。
ちなみに、この合宿所は今先生が見ている補修授業部の子たちが最初の学力試験がダメだった場合、実際に合宿所として使うらしい。
「闇オークションなんて漫画の中だけかと思ってたけど身近にあるんだね」
『先生!楽観視しすぎです!』
「ごめん、つい…けど、エリちゃんが見つけたのはあくまで例の一つ。他にもあるかな」
「わかりません。ただ、現地の生徒に聞く限りではかなり厳しい取り締まりを受けてるようで、秘匿性の高い、それこそ影響力ある人物が絡んでいないと違法行為は難しそうです」
『そこまで厳戒態勢なのですね…大きな条約だとは噂で聞いてますが、相当重要なんですね』
生塩さんも流石に学校の生徒会の一員なのでエデン条約のことは耳に挟んだことがあるみたいだけど、ここまでの警備が敷かれているとは思わなかったらしい。元はヴァルキューレがやる予定だったけど、ヴァルキューレだとここまで厳しくできたかは微妙だ。たぶん、地元の治安維持組織と上手く連携が取れなかったと思う。
「うん。とりあえず、できるだけのことはやってみよう。ユウカ、ノア。ひとまず、コユキのことは見つけてあげるから、もう寝ないと」
『う、もうこんな時間。わかりました』
『お願いします。先生、エリカさん』
通信はそこで切れる。なんにせよ、手がかりは多くない。あるのは唯一、闇オークションだけ。どうしたものかと先生に目を向けると、先生は私が座っているベッドに、私の横に座ってきた。
「先生……」
「大丈夫だよ。エリカならきっと、事件を解決できるよ」
「そうでしょうか」
「頑張れるか、不安?」
「いいえ、まさか。万全を尽くすつもりではいます」
「つもりではいるけど?」
私は先生の手を握る。
何かが、おかしい。漠然としない不安な気持ちがある。これはそう、大きな事件の前に時折感じた予感だ。特異現象捜査部でのことは先生に既に、共有してある。先生はそれを聞いて、今度、明星さんと会うと言っていた。だから、それはきっとこの不安とはあまり関係がない。
私の不安は、直感は、いつ感じたのか。
「………先生、何か、大きな事件が起きていませんか?」
「どうだろう?今のところは何も起きてないね」
「犯人はいませんか?」
「事件は起きてないよ」
「私、頑張れて、いますか?」
「頑張れてるよ。今日も一つ、成果を上げてるし」
「でも、一つだけです」
「数は関係ないよ」
「……そう、でしょうか」
捜査が行き詰まるのが怖い。目標がなくなるのがこわい。私が、役目を果たせなくなるのが怖い。必要とされなくなったら、怖い。
ネガティブになるな、草鞋野エリカ。お前はなんだ。今はシャーレの、先生の補佐官だ。
「……すいません。変なことを言って」
「大丈夫。エリカはいつも、私のことを支えてくれて嬉しいよ」
「ありがとうございます」
「うん。だから、私もエリカの力になれるよう、一緒に頑張るよ」
先生の手は、温かった。
エリカが闇オークションの情報を見つけてから一週間が経過した。一週間、つまりは補修授業部の第一次学力試験が行われたけど、結果は惨敗。流石に一週間の詰め込みで受からせてくれるほどトリニティは甘くないらしい。
そして、エリカの捜査も甘い道のりとはいかなかった。件の闇オークションの開催がいつになるのかわからないのだ。だからといって張り込みも厳しく、怪しい人が入り込みやすいという入管の記録を漁るわけにもいかない。
あの夜、初めて見せたエリカの弱った姿に、私はなんとかしてあげたいと思った。近くにいるのに、いつも手が届かない。私はエリカへそういう気持ちが強くなっていた。私の大切な生徒の一人で、一番近くにいる子なのに。
「ふふ……先生、ずいぶんと上の空のようですが、お疲れですか?」
「あ、いや、違うよ。ごめんね。ナギサ」
エリカのことを考えていたら、ナギサに注意されてしまった。
陽が落ちて、もはや夜の時間。ナギサにはそんな時間にティーパーティーの席に呼ばれた。そこで伝えられたことが、私を少しだけ目の前のことから逃避させたのかもしれない。
退学させるために用意されたという補修授業部の真実、トリニティとゲヘナの不可侵条約であるエデン条約の目的。そして、トリニティの裏切り者。
「先生が先生なりのやり方をされるのはわかりました。それがトリニティに利することになるかは……ここで論じないでおきましょう」
大人顔負けの政治をしているナギサの言葉に私は上手く返せない。エリカほどじゃないけど、私だって腹芸は苦手だ。だから生徒には真正面からぶつかって行くしかない。ときには誤解を与えてしまって変態とか、言われちゃうけど。
けど、ナギサのやろうとしていることは、正しいけど、間違ってもいる。それを正すというのは今の私にできることじゃない。私にできるのは、私なりのやり方で補修授業部の生徒を救うことだけだ。
「あぁ、それと……草鞋野さん、騒ぎを起こされたそうですね?」
「騒ぎ?あぁ、一週間前の」
「えぇ。あんな往来の中で。無用な衝突は避けてくださると助かります。ただでさえ、信用はないのですから」
「信用が、ない?」
ナギサは紅茶に口をつけてから続きを話す。
「まさか、知っているとは思いますが……“事件わらし”の名前を」
知ってるし、まさかこの話がナギサというお嬢様の口から出るとは思わなかった。この話は元がゴシップ記事だ。だから、悪く言えば低俗な記事そのもので、そんなものに彼女が目を通しているのが逆に驚きだった。
「あんな低俗な記事に目を通していたのが驚きですか?」
「あ、ごめん。気を悪くしたら謝るよ」
「いえ、そんなことは。ただ、そう思われるのも致し方ありませんね。ですが先生、火がないのに、煙が立つことはありえますか?」
「妖◯けむりんならありえるかな」
「………?なんですかそれは」
「知らないの?駄菓子屋さんで売ってるおもちゃなんだけどね」
私が説明しようとするけど、ナギサはあんまり興味がなさそうなので、途中で説明を止めた。ナギサが言いたいことはわかるし、なんとなく、今のナギサがどういった状況なのかうっすらわかった。
つくづく、今の私に不甲斐なく思える。何が先生だ、と。ナギサは私も信じられないぐらい、全てを疑うしかない状態に陥っている。下手なことをすれば、私の首もおそらくは締まる。
「話の腰を折られましたが、私は彼女の活躍を知っています。もちろん、それは信頼できる情報媒体からです。一時期は公安局の狂犬と対になるように、安全局の狛犬なんて呼ばれてましたね」
「それは知らなかったかな」
「随分前の話ですから。ところで先生、この世に絶対はあると思いますか?」
絶対があるか。なんだか最近、「――はあるか」なんて問答を、どこかで聞いた覚えがある。どこだったかな。けど、絶対があるか、といえば今私のすぐそばに一つ、いや一人、それを証明できる子がいる。
「あるよ……エリカがそうだ」
「本当に、そう言い切れますか?」
「どうして?」
「彼女が行く先で、かならず事件が起きます。そして、かならずその犯人は捕まります。失せ物、探し人、強盗犯、暴行犯、罪を犯したものや逃げたものは彼女の前ではかならず捕まるそうです」
ナギサの語ったことは全て事実だ。エリカが自慢のように言った犯人の確保率100%は誇張でもなんでもない。全て“事実”だ。どれだけ汚名を被せられても、残した事実はかき消しきれない。だから、シャーレ周辺でのあの子の市民からの信頼はそのまま残っていて、今でもシャーレの支援要請ではしっかり結果を残している。
「ですが、彼女の傍にいない人は?彼女のことを疎む人は?嫌いなものを、気に入らないものを人は見ますか?中には見ようとする人もいるでしょう。ですが、大半の人は目を背けます。嫌なものから」
「それは……」
見えないものは証明できない。ナギサはそう言った。
「ゆえに、私は彼女が真実、正義を成したのか、それとも行く先々でわざと騒動を起こし、それを解決し自らの手柄としているのか…わからないのですよ、先生」
ナギサは、見たことがない、エリカのことをよく知らない。
そんなこの子に、今私がエリカのことを証明することは不可能だ。
「………それでも、私は信じてるよ。どんなことを言われても、あの子が頑張り通して、笑顔でいられるのを」
「羨ましいですね、本当に。そこまで、本気で信じられるのは」
信じたい。信じたくさせてくれるものがエリカにはある。彼女と触れ合った生徒たちも、みんな後からそう言っていた。ホシノが一番印象的なことを言っていた。
――頑張りすぎて倒れちゃわないか心配になるけど、同じぐらい私たちを支えてくれる頼れる存在にも見えるんだぁ、エリちゃんは。
きっと、ナギサもそのうち、わかってくれるはずだ。エリカのことを。
「もし次に騒ぎが起きるようであれば“少し”だけ、草鞋野さんには静かなところでご静養して頂きますので、よく言っておいてくださいね。先生。担任、なのでしょう?」
「どうだろうね。仮にあの子に休んでなんて言った日にはもっと働いてしまうから」
「期待していますよ。先生、では、ごきげんよう。良い夜を」
私は席を立った。今のナギサを私が導くことはきっとできない。私のことを受け入れてないのだから。
捜査の進展は変わらずない。幸いと言っていいのか、オークションはまだ始まっていないようだった。今日は気晴らし…というほど気楽な気持ちではいられないけど、最初の先生の希望通り、補修授業部の手伝いに来ていた。
「ここの公式はこうやって当てはめるといいよ、コハルちゃん」
「本当だ……ありがとうございます」
「うんうん。いい子だね」
いや、気晴らしにはなってる。補修授業部の一員である下江コハルちゃんだ。またピンクな髪の子だった。この子は本来は正義実現委員会だけど、成績が悪すぎてここにいるらしい。けど、使っているライフルはかなりしっかり整備してるし、かならずやっているという狙撃の練習を合宿所で見せてもらったけど、結構な腕前だった。
弾道計算とか風とか、諸々の計算はどうしてるのか聞いたらちゃんとできてた。もしかしたら、自分の興味のあることはしっかり覚えられる子なのかもしれない。それに、素直でいい子で、思わず甘やかしたくなる。ついついしっかりして〜って気持ちになってしまうホシノちゃんとは何が違うのか。
ホシノちゃんは同い年で後輩じゃないからかな〜。
「うふふ、ちょっと嫉妬してしまいますね」
そんなコハルちゃんの様子を見て言ったのは、浦和ハナコさん。この子もなんとピンクの髪で、ただ幼いコハルちゃんとは対照的なナイスバディな子だ。ゆるくてふわふわしてて、ホシノちゃんとはまた違う方向にゆったりしてる。この子がここにいるのはその、公然わいせつそのものなどが原因だったので擁護のしようがなかった。おまけにテストは壊滅的だったらしい。ただ、実際ここに来て話して思ったのはきっと優しくて、人のことをよく見ている子なのかなと思った。
「あはは……コハルちゃん、草鞋野先輩には素直ですね」
苦笑いしているのは補修授業部の部長を任されているという阿慈谷ヒフミさんだ。この子もこの前出会った栗村さんのように、どこにでもいそうな普通の子で、成績も普通だったらしい。ただし、一点彼女が普通じゃないと思ったのはモモフレンズシリーズのペロロというキャラクターにものすごい愛情を注いでいることだろうか。例のアビドスの事件にも関わってしまったのはそれが原因だったとか。ここにいるのもグッズ集めに熱を上げすぎて単純に試験の結果が悪かったらしい。
「な、なによ!二人とも!この人はすごいんだから!正義の警察官で、偉くて!」
コハルちゃんは恥ずかしそうに私を褒めて誤魔化している。私も恥ずかしくなっちゃうな〜、確かに偉かったといえば役職はあったし、正義……といえば正義の警察官だったかもしれない。
「それにしても、すごいな。警察官とはこんな万能なのか?」
私にそう問いかけてきたのはトリニティでは珍しくない、有翼の生徒である白洲アズサちゃんだ。コハルちゃんもそうだけど、トリニティの子たちの羽は綺麗で、アズサちゃんもそうだ。特にアズサちゃんは全体的に髪も含めて白いからか、どこか神秘的だ。
万能かって聞かれると、どうなんだろう?
「私、成績はこれでも普通のほうだったよ?それにヴァルキューレだと、法令とか記憶系の方が多かったし」
「法令?」
「うん。私たちヴァルキューレは当然ながら法律に縛られた警察組織だからね。だから強引な捜査とか、できないんだ」
アズサちゃんにそう伝えると「即応性に問題がありそうだな」と言われてしまった。事実だ。実際、それで私が独断専行してしまったこともある。生徒の不確かな情報だけを頼りに。その事件はうまく解決できたからよかったけど、当時の上官からはこっぴどく叱られてしまった。
「だからね、私たちヴァルキューレがやれることは基本的に風邪薬と同じなんだ。事件が起きてからじゃないと、犯人を捕まえられない」
「え……でも、それじゃあ被害とか…」
「コハルちゃん、風邪薬を常用するとどうなっちゃうかな?」
「えっと……体を壊してしまうと思います」
「その通り。過剰な治安維持行動は当然、市民や生徒のためにならないんだ。そうだ、せっかくコハルちゃんは正義実現委員会に入ってるわけだし、この言葉を授けよう」
なんだか、キリノちゃんたちを指導していた頃を思い出して、私はついつい気分がよくなってる。でも、楽しいから、いいよね!
「揺るぎない正義は正当な権限のもとに行使されるべき権利である。これ、私の信念なんだよね」
「どういう意味だ?」
「正義は誰かの悪にもなりうる。けれど、それでも私たちヴァルキューレは正義をなさなくちゃいけない。だから、せめて、出来うる限りの正しいプロセスを通して、行動して、私たちに許される限りのことを為そう、って意味合いだよ。絶対の正義なんてないからさ」
私の講義に、みんながしーんとしてしまった。なんか哲学すぎたかな?それに、今みんなが勉強してるのはこういう精神的な話じゃないし、ちょっと余談が過ぎたかも。
「絶対の……正義はない……?」
コハルちゃんも目がぐるぐるしだしちゃった。ふぉ、フォローをしないと。
「えっと、コハルちゃん。つまりは自分の正義を貫くための心構え、ぐらいに思っていいよ!別にこれは私の心構えだから、コハルちゃんもコハルちゃんだけの考えを持っていいからね!」
「それなら、なんとかわかります」
よかった。キリノちゃんなんかものすごい影響されちゃって一時期杓子定規になりかけちゃったので、大変だった。私が行く直前は私も理想とするぐらいにしっかりしてくれたけど。
さすがに元のお勉強に戻そうと思ったら、意外ところから、私の知ってる名前が聞こえた。
「それ、聞いたことありますね。確かSRT特殊学園の子たちがニュースでだいぶ前に言ってましたよね?」
ハナコちゃんが言うインタビューとは、FOX小隊の子たちが行った禁止兵器の制圧作戦後に行われたインタビューで、確かにあの子たちは私の理念を言っていた。
「“SRTの正義はいついかなる時も、正当な権限にもとづき、正当に行使されます”だったでしょうか」
「よく知ってるね。そうだよ、あの子たちも学校は違うけど、同じ警察組織であるSRTの子だからね。研修で何度か会ってたんだ」
本当にFOX小隊は今どうしてるんだろうか。ヴァルキューレに無事合流できたのかな?あの子たち、SRTであることを誇りに思ってたから。
ハナコさん、本当は頭いいのかもしれない。だって、あのニュースの言葉をいきなり一言一句、間違わずにいえてるんだから。少なくとも記憶力は相当だ。先生、気がついてるのかな?
「す、すごい……!」
「え?」
「すごいです!先輩!あのSRTにも教えてたんですね!すごい!」
「こ、コハルちゃん!?」
コハルちゃんが今にも羽で飛びそうなぐらい興奮していた。素直すぎるし、いい子すぎる。これで実力もあるんじゃ、正義実現委員会では可愛がられてるんじゃなかろうか。そうだと思いたい。
「ごめんみんな、お待たせ。って、コハルどうしたの?」
「うわっ!?なんでいるのよ!先生!」
ほぼ雑談で終わってしまったこの時間は先生の休憩時間だった。貴重な時間をこんなことで消費してしまったのが申し訳なかったけど、先生が戻ってきたなら、私の休憩も終わりだ。捜査に戻らないと。
「あはは……お帰りなさい。先生。コハルちゃん、席につきましょう」
「わかってるわよ!」
授業が再開されるので私は立ち上がる。
「ありがと、エリちゃん。私がいない間」
「いえ、大したことは。じゃあ、補修授業部の皆さん。また」
手を振って教室を私は出る。去り際、コハルちゃんが「待ってます!」と目一杯手を振っていた。いい子すぎるなぁ、コハルちゃん。あぁいった子が傷つかないようにするのがきっとエデン条約なんだろうね。締結されるといいなぁ。
無為に時間だけがすぎて、流石に焦りが私の方も強くなってくる。先生と補修授業部の方も明らかにおかしい。あの合宿で会った日から数日後にあった第二次試験、コハルちゃんから泣きつかれて教えてもらったのはひどい妨害だった。試験会場が直前で変更、試験の範囲も全く違い、最後は試験用紙が騒動で燃えて、全員0点扱い。もはや、強制的にあの四人を退学させようとしていることは間違いなくて、私は先生に何が起きているのか聞いて唖然とした。
あの四人はエデン条約を妨害しようとしている容疑者の集まりなのだと。疑わしきは全て罰するなんて行き過ぎたことがされていた。
けど、今の私たちにはどうすることもできない。あの四人を私が救おうにも、何をしようというのか。シャーレだからって無茶苦茶ができるわけじゃない。
だから、断腸の思いで、先生と私は改めてそれぞれの役目を果たすことを誓った。先生は補修授業部を無事、学校に残れるようにすることを。私は、黒崎さんを連れ戻すことを。
「今日も収穫なしか……」
誓ったけれども、事は簡単に進まない。歩き続けて、トリニティのことはだいたいわかってきたけど、それでも何も見つからない。本当に、過剰なまでに治安維持が行き届いて、目に見える怪しいところは何もない。
杏山さんから聞いた通り、残ったのはあの屋敷だけだった。もうあそこしかないのだろうか。だとしても、オークションはいつ行われるかわからないし、忍び込む方法もわからない。
「ふふっ、お困りでしょうか?お嬢さん」
途方に暮れていると、私の前に人影が立った。誰だろう。
「どちら様?」
「あら、ヴァルキューレの方ならわたくしの顔、ご存じかと思いますが」
そこにいたのはすごく綺麗な人だった。ハッチング帽子を被って、おしゃれなサングラスをかけて、着ている服も大人っぽいパンツスタイル。声もまるで身体に合わせたかのように透き通っていて、スタイルもスラッとしていて抜群。言葉遣いもいかにもお嬢様のようで、様になっていた。
彼女がサングラスを外す。知ってるなんてもんじゃない。私がヴァルキューレのままだったら問答無用で銃を向けていた。
「黒舘ハルナ……!?」
「お気づきになられましたか」
美食研究会。治安最悪なゲヘナ学園の中でも特に、他の自治区でも平気でテロ行為を行う、なんで指名手配されないのかわからないヤバい集団。その首魁……というか会長が彼女だ。指名手配されない理由はなんとく私、察している。それは彼女がどこの生徒か身元がちゃんとしていて、その功罪もハッキリしているからだ。
彼女とは初対面じゃない。彼女が爆破したレストランは私が独断専行で摘発しようとした悪徳なものもあった。一部の美食家からは義賊なんて言葉も投げかけられており、彼女に認められてようやく一人前なんて掲げる奇特な料理人もいる。
「まさかあなたとこうして、また合間見えるとは思いませんでしたわ」
「ここで会ったが百年目……としたいけど……そんな元気はないかな」
何より、私が今彼女を捕まえる立場じゃない。あと、騒ぎは極力避けたいし。こんなに線が細くてお嬢様にしか見えないけど、何度も様々な組織から逃げおおせている実力は並じゃない。真正面から戦えばすごい消耗戦になる。
「重症ですわね。先生から聞いてはいましたが」
「どういうこと?」
「まずはあそこでお茶でもいかがですか?」
ハルナがカフェを指差す。そこはここに来て何度かお世話になったおいしいカフェだった。ただ、価格はリーズナブルでよくトリニティ生が利用している。
悪魔であり、そもそもゲヘナ学園所属の彼女が厳戒態勢のこの自治区になぜいるんだろう。
席に着くと、カフェラテをハルナが頼み、私はなんとも言えない気分で座った。かつては犯罪者として追うはずだった彼女。不思議なことに、追ってはいたものの、私が出会うときは決まって彼女が犯人じゃないときだった。
そして、今日はシャーレの生徒として、向き合うべき生徒の一人として彼女は目の前にいる。
「不思議な因縁ですわね」
「同意しちゃうかも。なんでここに?というか、今ここに入るの、ハルナの立場じゃ無理だよね?」
「えぇ、もちろん」
いくらトリニティにいてもおかしくないようなお嬢様に見えても、彼女はゲヘナだ。おまけに変装はしても入管では帽子もサングラスも取らなくてはいけない。なのにどうやって?
「ですので正攻法で参りましたわ」
「意味がわからないけど」
「ちゃんと通りましたわよ。入管」
「どうやって…!?」
ハルナは悪戯っぽく笑って肩にかけていた小さな革製の鞄から一枚の紙を取り出す。そこにあったのは見慣れた筆跡で、こう書かれていた。
――右のものをシャーレ所属の生徒として証明する。
「先生…!?」
「本当に大事にされていますのね、あなた。嫉妬しますわ。素直に」
「え、いや、意味がわからない。なんでハルナがシャーレに?」
頭が混乱する。何を考えて先生はこの人をここに寄越したんだろう。いや、先生のことだから意味もなく送ったのではないとわかるし、わざわざゲヘナの生徒をシャーレのお墨付きにして寄越したのもリスクが多すぎる。そもそも入管できないかもだし、それで先生の立場が悪くなることだって考えられるのに。
ハルナは「まだわからないのですか?」と呆れた様子だった。いやなんか、よくないけど、久々にむかつく、って感情が湧いた。
「先生が無為にリスクを負う事はありませんわ。それでもわたくしをここに来させたのはあなたのためですのよ。エリカさん」
「私の、ため?」
「えぇ。あなたはよくご存知でしょう?わたくしが美食のためならば、なんでもすることを」
知ってるし、だから捕まえたかった。
けど、理解した。そんな彼女がここにいるということは、先生が今、私に彼女が必要だと思ったからだ。
「三日後の夜中、ですわ」
「………一応聞くけど、何が?」
「あのお屋敷で行われるオークション。その開催日」
三日後の夜中。その日は先生と補修授業部の子たちの最後のチャンス、第三次試験の日の前日の夜だ。また、なんてタイミングなんだろう。
「本当に偶然ですわ。あのオークションにわたくしの探していた、ある食材が出品されるのですが、それを確認したのが実に2日前。参加予定者からチケットを“お譲り”頂いたのが昨日。そして、先生にどうにかここへ再度入れないか交渉したのが今日の朝でした」
「前々から思っていたけど、ハルナは私に逮捕されたくて現れてるのかな」
「まさか。ですが、運命めいたものは感じますわね。とても神秘を感じますわ」
「本当にね」
けれど、助かったとしか言いようがない。これであとは忍び込むだけだ。
「チケットは?」
「もちろん2名分」
「準備いいね。ドレスコードとかある?」
「えぇ。ですので、あなたの分も用意してありますわ」
「どんなの選んだの?」
「あなたに似合う可愛いドレスを…と思いましたが目的は聞いています。なので、スーツを」
「他には何かあったり?」
「普段の銃ではヴァルキューレと疑われてしまいますから、先生から借りて来ていますわ」
「え?先生から?」
「使いもしない銃だからたまには使ってと」
ハルナが取り出してテーブル上においたのは彼女の言う通り、先生が一度も抜いたことのないハンドガンだった。よく手入れはされてるけど、先生のように綺麗で使われた形跡がなかった。
私はその銃を手に取った。不思議と馴染んで、まるで一緒にいけない先生が代わりに来てくれたように感じた。
「ありがとう。それじゃあ、明後日、だね」
「えぇ。あなたは目的の方を見つけて、オークション終了時に一緒に連れて、3人で会場を出れば問題ありませんわ。その方をこの自治区の外へエスコートするのも、わたくしが請負ます」
「え?どうして?」
「あなたは先生とここから出なくてはいけないのですよ?……少しはわたくしのこと、信用なさってくださいな」
先生に頼まれて、ハルナはここに来ている。なら、今は信用するしかない。
「わかった。じゃあ、黒崎さんのこと、お願い。もしオークションにいて、保護できたら、ミレニアムに絶対返してあげて」
「もちろん。それに、黒崎さんという方は絶対いますわ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「だって、わたくしは知っていますもの。あなたの追ったものはかならずあなたの手に捕まる。確保率100%。保安局の狛犬様」
“そっち”の名前で呼ばれたのは本当に久々だ。
もう、あとは頑張るだけだ。ここまでお膳立てされて、引き下がるものか。絶対に黒崎さんを連れて帰る。
「それに、わたくしこんなものも手に入れてますの」
「なにを?」
ハルナが取り出したのはまた一枚の紙で表が入っている。受け取って見てみればそこに載っていたのは参加者名簿だった。
「わたくしたちはそのマーカーした客に扮します。それと、他の参加者の中に見覚えのある名前がなくて?」
「……あ…………」
表の中にある名前を見つけた。“白兎”という名前だ。これは事前に早瀬さんと生塩さんから聞いた黒崎さんがゲームで遊ぶ時のハンドルネームだそうだ。ぐっと黒崎さんがオークションにいる可能性が高まった。
「さて、憂いはもうありませんでしょう?参りましょう」
「うん。よろしくね」
決戦は明後日。先生も私も、あとは役目を果たすだけだ。
ハルナっていい女だと思います。テロリストじゃなきゃ完璧すぎる。
なお主人公はプロローグで書いた通り、自身への好意はしっかり鈍感です。