──カイザーPMC義勇軍によるクーデター発生より16時間。D.U.外郭地区。
シャーレビルが存在するD.U.の外郭地区ではクーデターを起こしたカイザーの部隊がシャーレビルを中心に防衛ラインを築いていた。シャーレビルを中心に10km弱、最も警戒されている方角では3kmごとに陣が築かれ、並の生徒であれば挑むことは躊躇する戦力が揃っている。
夜明けから時間が経ち、空は青く敵の出現に備えるカイザーPMCの兵士たちの上にあった。
幹線道路上でバリケードを築き、彼らは現れる敵を待っていた。歩兵に加えてトーチカ代わりの突撃砲も5台以上がその場で待ち構えている。
「こちら第一防衛ライン。異常なし」
『了解。引き続き警戒──』
「…ん?なんだ?」
陣地の奥、指揮車両に搭乗していたPMC兵士が定時連絡を行なっていると、指揮所の通信が途絶える。雑音と共にそれ以降通信は繋げようにも応答が返ってくることはなかった。
「通信妨害…!?警戒しろ!敵が」
咄嗟に警戒を呼びかけようと彼はしたが、足元が光り、刹那、彼が乗っていた指揮車両は車体下部から大爆発を起こし爆散する。乗員たちは少なくない怪我を追いながら、爆発によって吹き飛ばされ、指揮車両の乗務員としての役割を果たすことなく全員気絶した。
陣地の最後方、忍び込むことなど不可能なはずの場所での爆発に、他のPMC兵たちは立ち上る爆煙に呆然とする。
そして、ようやく事態を飲み込んだのは数秒後。
「てきしゅ──ぎゃっ」
慌て、叫び出そうとしても、一人が頭を撃たれ意識を刈り取られる。ガシャリと崩れ落ちる体の先に、ようやくその場のカイザーPMCは敵の姿を見る。朝陽を背に、逆光となったことでその面持ちは幽かで窺いしれない。
青い瞳だけが光を宿したかのように、彼ら……キヴォトスの脅威となったPMC兵たちを射抜いていた。風が彼女の髪を揺らし、制服のケープがはためく。青のセーラーと白のスカート。手に持つライフルは実戦に投入されるには鑑賞品のように艶やかだった。
そのライフルの銃口から僅かな硝煙が溢れていた。
「て、敵だ!撃てェッ!」
統制も取れず彼らは正面に現れたたった一人の少女にありったけの銃弾、砲弾を放つ。周囲のビルにも控えていたスナイパーたちも含め、正面180度全て、隙間さえないような夥しいまでの、壁のような弾幕。
少女──草鞋野エリカはまともな生徒であれば回避もできず、神秘によるダメージの軽減も超える攻撃を前に、ただただ自然体だった。
「──作戦開始。これより、シャーレを奪還する」
告げた言葉は反撃の合図。エリカの優しげな表情は鳴りを潜め、猟犬のように彼女は目の前の敵に飛び込む。地を這うような前傾姿勢、僅かに舗装を削り取る常軌を逸した加速力。それが成し得たのは迫り来る弾幕に唯一できた地表との隙間をすり抜けるという、胆力があるとは言えない、気が触れているとさえ思える突撃と回避だった。
まるで瞬間移動をしたように見えるエリカの素早さに、最前線の兵士が驚愕する。彼らからすれば、実際にエリカは目の前から消えたのだ。どこにいったのだ、と振り向けば彼の視界には一台の突撃砲の上に立ち、ライフルをキューポラへと向けているエリカの姿があった。
「上だ!」
周囲のPMC兵が呼びかけるが突撃砲は成す術なくエリカの神秘を込めた一撃が撃ち込まれ、敢え無く爆散する。エリカは爆風を利用し大きく飛び上がると、4階建て程度のビル屋上の角に降り立った。
一瞬で指揮車両と突撃砲の2台を失ったPMCの兵士たちはエリカに畏怖する。
「残り突撃砲4、歩兵が30。周辺ビルに狙撃手が数名」
『はっ!こちら中務、狙撃ポイントの一つに突入します!』
「美食研はそのまま共同溝内を不知火室長と進撃」
『よろしくてよ!』
シャーレ奪還作戦──奇襲、陽動が開始される。最初の指揮車両爆破がまさかこれほどまでに上手く行くとはエリカも思っていなかった。指揮車両はたまたま、マンホールの上に停車し、そのマンホールから繋がるライフラインの通る空間から忍び寄ったハルナにより爆弾が指揮車両にセットされ爆破されていた。
『こちら合歓垣。クリア』
『尾刃、同じくクリアだ』
「了解」
強烈な一撃に続けて、エリカ単騎での圧倒。これで釘付けになったところに、キリノ、フブキ、カンナが狙撃手の排除を行う。相手が既に情状酌量の余地もなく、明確な敵であると判定したエリカから戦闘に対する忌避感は消え、彼女の銃口が向く先に迷いはなくなっていた。
『エリカさん!どうぞお好きに!責任は私が持ちますので!』
「ありがとうございます。室長」
彼女たちが成すべきことは可能な限り暴れ尽くすこと。故にカヤは、手綱を離す。エリカに求められたのは一方的なまでの正義だった。
「正義とは、正当な権限のもとに行使されるべき権利である」
彼女の足元にいる兵士たちはひどくエリカの動きが緩慢に見えた。実際には素早く、隙もないというのに、ゆらりと弾丸を装填する彼女に震えながら銃口を向ける。
「そして、私は──その権利を持つ者である」
突撃砲が信地旋回し、砲身を上げ、エリカに照準を向ける。エリカが突撃砲のスコープを距離があるにも関わらず見つめ、砲手と目が合った。
恐怖が砲手の指を動かし、砲弾は放たれる。砲弾はエリカを確実に捉えていたが、爆発したのは突撃砲側だった。
トンっ、という軽い着地音は爆音にかき消され、PMCの兵士たちは燃え盛る突撃砲に目を向ける。這々の体で飛び出した搭乗員たちはすぐに力尽きて倒れ、彼らはその惨劇を背に立つ”正義の味方”を見た。
「化け物が……!」
「コイツ!草鞋野エリカだ!」
「なに…!?討ち取るぞ!社内賞金首だ!」
「狙撃手は何をやっている!援護はないのか!?」
エリカを討ち取ろうと勇む者、援護が途絶えたことに狼狽えるもの。防衛ラインは一瞬にして一層目が崩壊していた。
『副局長〜、援護するよ』
「頼む」
狙撃ポイントを奪取したフブキが、簀巻きにして拘束したPMC兵士から奪ったスナイパーライフルでエリカへの援護射撃を開始する。PMCの兵士たちは突如味方から撃たれたかのような状況に、混乱に極致へと落ちた。
「な、なんだ!?味方から!?」
「どうなっているんだ!?何が起きているんだ!」
「とにかくコイツをやるんだ!」
かろうじでエリカへ反撃する兵士の攻撃を彼女は容易く、すり抜けるように避けていく。回避の間際に装填を済ませ、一発、一発と打ち込んでいく。本来、エリカの使用している銃は間違っても敵陣に単騎突撃をかけるためのものではない。
だが、トリニティの名工が手ずからに生産したそのライフルは、ミカやナギサといった強大な神秘を持つ生徒が力を引き出すことを補助することが出来、エリカにも等しく恩恵が与えられた。
「ちくしょう!当たらねぇ!なんなんだ……ッぐあ!」
ばら撒くようにアサルトライフルをフルオートで放っても、エリカには当たらず撃っている側が次々に倒れていく。たった一人の生徒に蹂躙されるなど、彼らは信じたくもなかった。
「大した練度ではないというあたり、捨て駒ということか。カイザーのやり口は相変わらず反吐が出る」
エリカが生み出す地獄絵図を上から眺めつつ、カンナは吐き捨てるように言った。エリカの実力は確かに一校の生徒会長に匹敵するものだったが、それにしてもたった一人相手に一撃も与えられないことにカンナはPMC兵たちの脆さに失望していた。
「これで我々の代わりに治安維持など呆れるな。ヴァルキューレも舐められたものだ」
『いやいや、副局長がおかしいだけだって』
『フブキ!そんな副局長が化け物みたいな!』
「アイツは足が速いだけの猪だ。それを抑えられん相手が弱いだけだ。二人とも」
『あ……そういえば公安局長もソッチ側だったか〜…』
どういう意味だ、とフブキの言葉にカンナは首を傾げた。
『イズナです!目標地点のマンホール蓋の近くに敵はいません!』
カンナがフブキ声をかける間もなく、イズナから通信が入る。彼女は忍者らしくビルからビルに飛びながら、地下を進むハルナたちの進路上の索敵を担当していた。
「了解した。黒舘、聞いたな?」
『もちろん。あとはわたくしたちにお任せくださいな』
「……頼む」
『うっわ、物凄く嫌そうな声』
「合歓垣。修正を入れられたいのか?」
『フブキ!マズイですよ!』
『ごめんって』
犯罪者に頼るなどカンナからすればプライドを捨てるようなものであったが、同じヴァルキューレのフブキやキリノが意外と抵抗感がないことに眉間を揉む。グレーなことも平気でやれるのは元上司譲りかと彼女は呆れた。
「報告!」
「外郭地区39番地の防衛ラインが崩壊!現在第二防衛ラインを押し上げて対応中です!」
「崩壊だと…!?」
シャーレビル正面、本陣となっているカイザーPMC──否、義勇軍の指揮官である元PMC理事である彼は報告を受けギリギリと拳を握る。
「第一防衛ラインを食い荒らしたのは草鞋野エリカだと報告がありました!」
「ええい…!あの犬がいるのならあのクソ女もいるはずだ!」
「それは…」
「先生だ!アイツが指揮しているはずだ!」
「そ、それが!相手はほぼ単騎だと…!」
「……陽動か…!?」
捨て駒とされ、このクーデターが失敗すれば待っているのは残酷なまでの終わり。彼は冷静ではなかった。それでも彼の積み上げたものは崩れることなく、エリカ単騎での突撃が敗れ被れではないことを即座に見抜く。
「あの駄犬に戦力を割きすぎるな。あの女のことだ。後方から仕掛けてくる」
「では」
「先生、奴は撃てば死ぬ。エデン条約事件で判明したことだ。他の生徒には目もくれるな。あの女を消せ」
先生の殺害を容赦無く彼は指示する。
「了解!」
「ゴリアテ隊を向かわせろ。”ラストドロップ”でのブーストもさせろ。おそらくあの女が本命なら連れているのも精鋭のはずだ」
「アレを許可するのですか。しかし、あの薬は適合しなければ──」
「ゴリアテ隊は私と共にここまできた。あいつらも先生をヤレるのなら本望だ」
「了解……連絡します」
義勇軍指揮官はPMCの最高責任者であるジェネラルより与えられた強化薬の使用も許可し、先生を確実に仕留めるつもりで部下たちを差し向けた。
「好きにさせるものか。今度こそ貴様との因縁も仕舞いだ」
エリカたちによる陽動が始まり、壊滅的な打撃をPMCの一部が受けている頃、手薄な方向からシャーレを目指すため、D.U.外郭地区に足を踏み入れた先生は珍しくハンドガンをホルスターから抜いていた。シッテムの箱も当然のように起動し、最低限流れ弾の1・2発までなら耐えられる状態だ。
「いやぁ晴れたね〜いい天気で清々しい朝だ」
「呑気なもんだな相変わらず」
これから敵陣に突入しようというのにいつもの調子を崩さずにいる先生にサキは呆れていた。
「ま、大物ってことなんじゃない?」
サキとは別に茶化すように言うのはクルミだ。彼女は先生の前に出て、今はミレニアムで借り受けた縦長い六角形のライオットシールドを手にしている。
「先生は実質的に今作戦の指揮官です。これぐらいどっしり構えられた方が私たちとしては助かります」
「そうだね、ミヤコちゃん」
むしろ、いつも通りの方がいいと言うミヤコと同意するニコ。今先生の周りにいる生徒はこの4人だった。FOX小隊、RABBIT小隊双方から前線での戦闘に長けたメンバーが選出された結果であり、この臨時小隊の小隊長はミヤコだ。
「こちらRABBIT1。配置に着きました」
『了解。FOX1他、臨時第二小隊は第一小隊の支援を行う』
「お願いします。……各位、最終チェック」
ミヤコが僅かに間を置き、意識を切り替え最後の装備点検を指示する。先生はその姿がエリカに被って見えた。それはニコも同じく感じたことだった。
「(……ミヤコちゃん)」
憧れや尊敬、それだけではなく、特別以上の感情もエリカへ向けているニコはエリカの危うさをよく知っている。知っているからこそ、後輩がその道を進むのではないかと不安になってしまう。
だが、仮にミヤコがエリカと同じような道を歩もうとしても、彼女たちには頼れる小隊の仲間と、ニコたち自身──先輩もいる。かつてエリカを追い、結果彼女が地獄に落ちていく様を見ることしかできなかった時とは違うと、ニコは思った。
臨時小隊の隊員たちが準備を完了したことをミヤコが確認すると、先生へと目を向けた。
「先生。お願いします。指示を」
「ミヤコに任せるよ。エリちゃんがおっ始めたみたいだし。あとは私たちが走るだけ」
「そうですね。了解しました。では、これよりシャーレに向け進撃します。先生の身の安全を最優先に」
「任せなさい。私がしっかり先生の盾になってみせるわ」
「お願いします。FOX3」
クルミの自信に満ちた瞳を見て、ミヤコは頷く。
「では……総員、シャーレに向け、突撃!」
「「「「了解!」」」」
ミヤコを先頭に、ニコ、サキ、クルミ、先生と続いて駆け出す。先生の速度に合わせて生徒たちの速度は抑え気味だ。
彼女たちが走っているのは幹線道路のど真ん中であり、この奪還作戦の要である先生を守るには適していない。むしろわざと目立つようにも見える動きを彼女たちはしていた。
カイザーPMCが戒厳令を敷くことができたのはシャーレからサンクトゥムタワーの制御権をどうにかして間接的に奪ったからだ。先生には、その制御権を奪い返す役目があり、脱落は許されなかった。だというのにこのようなわざと目立つ真似をしていることには理由があった。
──僅かに時が遡り、シャーレ奪還作戦開始の一時間前。D.U.外郭地区付近まで近づきつつあった先生はチヒロが用意した専用回線を通してカヤからある作戦の提案を受けていた。
「放送をして生徒たちを扇動する?」
『はい。各務さんという方から先生やシャーレに対してさまざまな応援のコメントが寄せられたことは私も承知しています。しかし、現状ではまだ大きな動きは見られません』
「そりゃまだ私たちがおっぱじめてないからじゃない?」
『それもあると思いますが、あと一押しが必要ではないかと』
「どういうこと?」
『大義名分ですね。いくらキヴォトスといえど、生徒全員が無茶苦茶をやるというわけではありません』
カヤの話を先生はある程度理解する。確かに、エリカの案でD.U.の状況は伝えられ、先生の安否に関しては多くの生徒から連絡が寄せられたが、それ以上……シャーレ奪還に手を貸そうという生徒はまだそう多くない。特に、ヴァルキューレを始めとした半行政と言っていい学園の生徒たちは未だ沈黙を保っている。
「私が演説でもすればいいの?」
『誰が、ということは置いておけば、踏み出せずにいる生徒たちにはそれが効果的かと思います。ただし、それを先生がするのはよくないと思っています』
「私じゃダメ、と。理由を教えてくれるかな」
『今回の事件はクーデター……PMCの彼らはある種のテロリストですが”先生”が彼らを打倒することを私は望ましく思っていません』
「どういう意味?カヤ、教えてほしい」
『防衛室の室長として、テロリストに名前を与えたくはありません。同時に、彼らを先生が打倒すればそれは”英雄”として先生が見られてしまいます。そうすれば彼らは”英雄”に倒された”敵”という名前が与えられます』
「うーん、噛み砕くと?」
『えっ』
「私わかんないな〜」
『せっかく人が助言をしようというのになんですかその態度は!?』
「カヤ。人に説明をするときは結論から言おう。これ大事よ」
『報連相の話とは別ですよね!?これそういう話じゃないですから!』
「いいから、一言でお願い」
『あぁ、もうっ……!わかりましたよ!PMCのクーデターが無意味なものとするために生徒みんなで潰した方が誰の功績にもならず都合がいい!というだけです!』
「なるほどね。わかりやすい。じゃあその放送は誰がするのかな?」
『私がしますよ!言い出しっぺなんですから!連邦生徒会の防衛室長なんですから適任でしょう!』
「じゃ、お願い」
カヤからの提案を快諾した先生は、今回のPMCの指揮官が誰であるかをアロナ経由で知っていた。先生は間違いなく相手がカヤの策に引っかかると確信した。
「(アイツなら私を最優先で殺しにかかるはず。ならお望み通り私はあんたらの前に姿を晒しだすよ)」
駆けつつ、彼女は見せびらかすように拳銃を構える。
「(放送局を利用しての扇動……私すら囮で本命は生徒たちに火をつけること。テロリストに名前なんてあげない。それを打倒するのも同じくそこにいる誰もでなくてはいけない、か。カヤも言うようになったなぁ)」
春先に出会った頃とは見違えたカヤに、先生は嬉しくなっていた。もっとも、カヤ自身は演説による名声を得るチャンスだと思っての提案であり、決して先生の身を案じているわけではなかった。
『RABBITマムより第一小隊へ。敵さん来たよ』
『FOX4よりRABBIT1へ。ドローンで見てみたけど、敵は……見たことないタイプ。ゴリアテ型の改良機の模様』
モエ、オトギの報告に続き、先生たちの前に現れたのは黒色の装甲に包まれた2.5mほどの長躯を持つ人型兵器だった。ゴリアテと呼ばれるカイザー製の砲戦用パワードスーツの系譜らしく、右腕は大型砲やガトリングガンと一体化したマルチランチャーになり、左肩には大型のキャノン砲を搭載している。
機動力を補うためなのか脚部には無限軌道とローラーを組み合わせたユニットを装着する。
「へぇ、かっこいいじゃん」
先生はカイザーの兵器デザインのセンスは気に入っていた。なので、素直に賞賛する。現れた改良型ゴリアテは5機。先生たちの正面から迫り来る彼らは1機を残し、2機ずつ左右に展開した
「RABBIT1、どうする?」
「正面突破します。FOX2」
「了解」
正面の1機を囮としていることは明らかであったが、シャーレに辿り着くことが目的である以上、彼女たちは止まることはできない。ミヤコの指示に従い、ニコはショットガンを構えた。
「FOX2、吶喊します」
エリカ仕込みの歩法を使い、ニコは一瞬でゴリアテ改の懐に入り込むと、頭部に向けてショットガンを放つ。しかし、相手もギリギリで反応してみせ、左腕を盾に頭部への直撃を避けた。
「上手い…!」
動きの良さに、思わずニコは言葉を溢す。相手がただの先遣隊というわけではない、ヴァルキューレ分校などで遭遇したPMCたちとはレベルが違う、彼らこそ、PMC側の防衛線を支える精鋭であると悟った。
『FOX1よりFOX4、支援砲撃。左翼に展開した2機。RABBIT4は右翼のほうだ』
『『了解』』
ユキノの指示により、オトギはレールガンを先生たちの左側へ展開したゴリアテ改、二機に向ける。アンカー付きのバイポッドにより固定されたレールガン・スーパーノヴァMk3は甲高い給電音を立て、砲身が青白く光る。
スコープで覗いた先、ゴリアテ改の進路上に向け、オトギはトリガーを引いた。特徴的な発射音と共に、砲弾が飛ぶ。狙われたゴリアテ改2機は通常であれば回避できないはずだったが、彼らは──回避した。
『外した!?』
「オトギが外す…!?先生ッ!」
「うわっ!?」
右翼に展開したゴリアテ改がマルチランチャーのガトリング砲を向け、先生を蜂の巣にせんと射撃する。クルミがカバーに入り、ミレニアム製の相転移装甲を施されたライオットシールドで攻撃を防ぐ。
「クソ!やらせるか!RABBIT4!」
『……っ……』
サキがミユに呼びかけ、ミユはクルミがカバーしきれない左翼側のゴリアテ改を狙う。装甲が厚いことはニコのショットガンを至近で耐えたことからも間違いないため、ミユはマルチランチャーのガトリングガン下部に設けられたロケットポッドを狙う。
放たれたミユの一撃は確実にロケットポッドを捉え、撃ち抜く。しかし、撃たれたゴリアテ改を操るPMC兵士はマルチランチャーを躊躇いなくパージし、先生に向かい放り投げる。
「なにぃ!?コイツ…ッ?!」
咄嗟にサキは手に持つ機関銃で投げ飛ばされたマルチランチャーを迎撃してしまい、マルチランチャーを爆発させてしまった。爆炎が広がり、一瞬の視界不良。サキは己の失策を悔やむ暇もなく、黒煙を突き破り、左肩のロケット砲、右手に大型のアーミーナイフを構えたゴリアテ改が突っ込んでくる。
「通すかっ!食らえ!」
だが、それでサキは怯まない。彼女は即座に腰に据えていたフラッシュパンを投げ、ヘルメットに新たに備えた遮光シールドを降ろす。カメラで視界を確保しているフルフェイスのゴリアテ改は遮光機能の使用が間に合わず、カメラが焼きついた。
視界を奪われた一機のカバーに入ろうと追従していたもう一機はオトギの追加の砲撃が足元に着弾し、脚部に装備されていたユニットが破損し、機動力を失った。
「なんか強くない…?」
カイザーPMCにしてはまるで生徒のような異常な実力の高さを見せるゴリアテ改たちに先生は疑問を持つ。先生はニコの方へと視線を向ける。ニコは被弾こそしていないが相手に決定打を与えられていなかった。
「先生!足を止めては!?」
「ごめん、ミヤコ!でもなんかこの人たちおかし──」
「頭下げて!」
「うぎゅっ!?」
先生がクルミに引き倒されると、先生の頭があった場所を砲弾が通り過ぎていく。ゴリアテ改から放たれたロケット弾だった。
「RABBIT1!どうするの!?」
行き足が止まり、その場に縫い付けられたことにミヤコは気が付く。クルミに打開策を求められ、彼女は先生のカバーに入りながらも考える。
「(明らかに先生を狙っている。ニコ先輩が戦っているのは彼女の足止めに専念していますが、それ以外の4体は先生だけに銃口を向けている)」
先生が言いかけた相手がおかしい、という言葉。
『ミヤコちゃん!』
「ッ…!?」
ミユの狙撃を受けながらも小隊の右翼に展開していたゴリアテ改が1機、アーミーナイフを左手に突撃を敢行する。考えていたミヤコに懐に簡単に入り込むと、厚く長い刃がミヤコに振り抜かれていた。
咄嗟にミヤコは腰の左前に装備していたナイフを逆手で抜き、相手の一撃を受け止める。特殊な強化がされていたミヤコのナイフはゴリアテ改のアーミーナイフに耐えて見せた。
しかし、膂力はゴリアテ改が上回り、ミヤコはそのまま弾き飛ばされる。
「なんて力…!」
弾かれても彼女は空中で一回転して立ち直ってみせ、サブマシンガンで相手を迎撃する。先生への進路上からミヤコが退かなかったことに、ミヤコへ格闘戦を挑んだゴリアテ改はたまらず両腕でガードし下がって行こうとする。
そこをミユが見逃すことはなく、ミユはゴリアテ改の左肩ロケット砲の弾倉を見破り、一撃で射抜く。そのまま呆気なく1機のゴリアテ改は背中から爆発し、うつ伏せに倒れると操縦者が気絶したのか動かなくなった。
「馬鹿な……!?動いている中で弾倉だけを…!」
「足を止めたっ」
まさかやられるとは思っていなかったのか、ニコと戦っていたゴリアテ改の動きが一瞬乱れる。ニコはその隙を見逃さない。ここが使い所だと彼女は全力で地面を蹴り、エリカと同等の速度でゴリアテ改の背後に回り込む。
「たあああっ!」
そのまま、彼女は容赦無くショットガンを連射。そして即バックステップで離脱し、ゴリアテ改がまた1機沈んだ。
「総員前進!前が開きました!先生っ」
「わかった!」
ニコが正面の敵を倒したことで、再び先生が駆け出し、ミヤコたちも走り出す。クルミとサキが後方に付き、戦闘はゴリアテ改たちの追撃戦へと変わっていく。ゴリアテ改の部隊は自身らの失敗を察した。
「だが時間は稼がせてもらった…!終わりだ!先生!」
残った3機のゴリアテ改のうち、1機を操るPMC兵士が言う。彼はその言葉を発した直後、レールガンの直撃を受けゴリアテ改がばらばらになり地面に叩きつけられる。
『敵の増援だよ〜!って、装甲車3台?うわミサイル積んでる』
進撃する先生たちの前へ次に現れたのはPMC仕様の装甲車で、車体の天井にはミサイルランチャーが装備されている。それらは全て先生を狙っていた。
「流石に飽和攻撃されたら保たない…!FOX1、援護を!」
ミヤコがユキノに支援を求めるが、装甲車3台はドリフト気味に停車し、ターレットを全て先生に向けていた。先生はまさかミサイルを全て自分に撃ち込んでまで倒そうという相手の恨み深さに、若干引いた。
「いやぁ、やりすぎじゃないかなぁ。私一人に」
「呑気に言ってる場合!?」
後方からのゴリアテ改の攻撃を盾で的確に弾きながらもクルミはツッコミを入れる。先生の緊張感の無さにサキはもはや呆れていた。
一方で、装甲車のPMC兵士たちはこれで先生を抹殺できるとミサイル発射のトリガーを引こうとし、次の瞬間には装甲車が爆発していた。
「なにが…!?」
ニコは何が起きたのか認識できずにいた。まるで、エリカのような規格外の何かが攻撃したかのような目の前の惨状。一瞬にして3台の装甲車が貫かれ爆散する。
『索敵!RABBIT3!』
ユキノも状況を確認し、モエに指示を出すが、索敵をするまでもなく、先頭に立っていたニコの目の前にそれは現れた。
「あら?フフ……久しぶり…とでも言えばいいのでしょうか、小狐さん。今日は狛犬さんを連れていないのですね」
「そん、な」
ニコはたまらずショットガンを向ける。燃え盛る輸送車の残骸を背に”彼女”は現れた。黒の和服の意匠を取り入れたセーラー服型の制服は百鬼夜行連合学院の生徒が纏う特徴的なもの。風に揺れる艶やかな長い黒髪に、先にリボンが結ばれたふさふさの立派な尻尾。
ニコたちFOX小隊と同じ狐の獣人が持つ獣耳。
容姿だけを並べればニコの目の前に現れた少女はどこにでもいる百鬼夜行の生徒に見えるが、作り出した地獄絵図と顔を覆う禍々しい狐の面、そしてキヴォトスでは珍しい銃剣付きの百鬼夜行で生産されたライフルによって、その評価はされることはない。
「狐坂…ワカモ…!」
かつて、ニコたちFOX小隊が交戦した破壊を振り撒く危険な生徒であり、4対1という圧倒的有利な状況にも関わらず大苦戦した生徒でもあった。
ワカモは仮面を外す。仮面の下にあったのはニコたちと変わらない、あどけない少女の顔。百鬼夜行の生徒らしくどこかたおやかにさえ見えた。だが、彼女は薄い笑みを浮かべたそのまま、ライフルを構え、ニコ──その先へと向ける。ぞわりとした感覚がニコ突き刺さり、毛が逆立つ。ニコは本能的にワカモの射線から飛び退いた。
「先生を狙うとは……万死に値します。そのまま、お亡くなりになりなさい」
神秘を込め、ワカモが先生たちを追っていたゴリアテ改2機に射撃する。淡い桜の花びらのように弾丸に込められた神秘から散り、光跡を残してゴリアテ改に突き刺さる。PMC兵士たちの纏うゴリアテ改はたった数発の弾丸で装甲が砕け、被弾の衝撃だけで意識を失い、無力化された。
その場にいた生徒は全員SRT生である。突如現れた不倶戴天の敵と言っていいワカモが先生を助けたことに混乱した。
「ワカモ!」
「あなた様!……ンンッ!こほん。先生、ご無事で何よりです」
一瞬先生に向けた思わず可愛いとその場にいる生徒たちが思わずにいられない、ぱぁっ、という明るい表情をワカモが見せたことで、その混乱はまた別の意味に変わる。先生がワカモに駆け寄ると、彼女はエリカを撫でる時と同じくわしゃわしゃとワカモを撫でた。
「ありがとワカモ!助けてくれて!」
「そ、そんな、あなた様、こんな往来で」
「いやぁ、やっぱり来てくれると思ったよワカモは」
「む、むしろこのような状況になるまで何もできず面目ありませんでした…!」
「そんなことないって〜」
ニコがショットガンを下ろす。彼女は改めてこの大人がシャーレの先生であることを思い知らされた。少なくとも、目の前の狐坂ワカモはニコたちと死闘を繰り広げた”怪物”としての覇気はなかった。
「なによあれ」
「あれがクルミ先輩たちが苦労して捕まえたっていう」
「そのはずだけど……」
クルミは飼い犬のように凶悪犯罪者をわしゃわしゃと撫でる先生に、春先の頃の気持ちがわずかに出たが、既に先生が獣人生徒に目がないことは知ってしまっているため、呆れて受け入れるしかなく、サキはもはや慣れつつあった。
『FOX2、状況を』
「FOX1、ユキノちゃん。たぶん味方だと思う」
『了解した。対応は任せる』
「………いいんだ?」
小声でニコはユキノに問いかける。それは──最後の確認だった。
先生たちが進む通りから少し離れたところでモエと護送車の中で指揮を取っていたユキノはオトギのドローンから回された映像を見た後、瞑目する。FOX小隊が一度道を逸れ、正義を捨て、敬愛した”先輩”を裏切る行為に手を染めようとした理由。それが今、彼女たちの前にあった。
即ち、脱獄した凶悪犯罪者を可愛がる先生……シャーレの姿。
『ニコ』
「………うん。そうだね。私たちは、SRT、だもんね」
『そうだ。だから、アレも、私たちが守らなくてはならないんだ』
ターニングポイントというものは認識できないものであり、それはニコたちとってもそうだった。それが、今だった。引き返すことができない別れ道。彼女たちの足は光差す道に向いた。
「失礼します。あなたは?」
猫可愛いがりされるワカモに物怖じせず、ミヤコが声をかける。怖いもの知らずな後輩にクルミもニコも思わず「え」と固まった。サキは「そこは空気読んでやれ…」と小隊長の無遠慮さに若干呆れた。
先生の撫で撫でタイムを邪魔されたワカモはミヤコにムスッとした顔を向け、見下ろす。
ワカモはミヤコとは初対面だったが、どうしてかミヤコに既視感のようなものがあった。他者からの評価などワカモは知ったことではないが認識はしている。災厄の狐とも呼ばれ、恐れられ、相対したものたちは怯えていた。真っ向から立ち向かったのはFOX小隊、そして彼女たちの師である──草鞋野エリカ。
「お可愛らしい方ですこと。その生意気な瞳、あの狛犬にそっくり」
「褒め言葉と受け取ります。ありがとうございます」
「面の皮の厚さも同じでしょうか?」
「私はSRT特殊学園の月雪ミヤコです。狐坂ワカモですね、あなたは」
「そうと知って、どうしますの」
「何も。先生を助けたあなたは先生に協力するということでよろしいですか?」
割り切り、ワカモが協力者であることを受け入れるミヤコ。ワカモはくすりと笑う。SRTという正義の看板を背負い、その実力は一見してもワカモには遠く及ばないが、退くことなく真っ直ぐに目を向けるミヤコをワカモは面白いと思った。
「SRTにしては柔軟な方ですわね。えぇ…先生をシャーレに送り届けるのはこの私。あなた方は邪魔です」
「あなたが圧倒的な力を持っていようと、私たちも”先生”に協力していますので」
何よりも、ワカモは言葉選びに感心する。決して、ワカモを味方と思わずに、先生の協力者であると強調するミヤコ。いっそこの将来の脅威たりえる芽を摘んでしまうのも乙かとワカモは思考が過ぎるも、心の中の手を引っ込める。
今はそれどころではない。ワカモはカイザーが先生に向けた明確な殺意を前に、無駄な戦いをする暇はなかった。
「先生。私も加勢致します」
「助かるよ。じゃあ、ワカモが援軍第一号だ」
「嬉しいです、先生」
「そろそろ始まるからもっと増えるだろうし」
「……?それはどういう」
援軍第一号。嬉しい言葉だったが、続いた話にワカモは首を傾げた。直後、僅かなノイズが街中に響いた。
『──キヴォトス、D.U.にお住まいの皆様。私は連邦生徒会、防衛室室長、不知火カヤです』
最後の一押しが、カヤの声でされようとしていた。
次回はまた明日です。
ゴリアテ改のイメージはヘビー・ガンダ○にボト○ズに出てくるターボカスタムみたいなものを足に付けたやつ
やっっっとワカモを出してあげられました。画面外では普通にシャーレに行ったりしてましたが差し込む余裕がなかなかなく…当然規格外の実力の持ち主の一人です。
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