頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

112 / 143
お待たせしました。今回は単発投稿です。

ナギちゃんはネコとの情報を受け狂っています。
あとアオバにも狂ってました。

では今回もどうぞ!


Area-14「シャーレビル #幕間」

「ククッ……先生、見苦しい姿で失礼しますよ」

 

「黒服……へぇ、随分男前になったね」

 

「それはどうも」

 

 赤く染まった空の下で、先生はシャーレの屋上にやってきていた。彼女はシャーレビルの機能を取り戻し、リンの救出やビル内の施設復旧を任せてここにいた。先生が右手に”大人のカード”を取り出した瞬間に、黒服は彼女の背後に立っていた。

 

 顔とも言うべき部分はより激しい亀裂が走り中から白い炎のようなものが吹き出して揺れ、彼が身に纏う自慢のスーツはズタズタになっていた。

 

 先生は黒服のことを未だに許してはいない。ホシノのことも、アリスに何かをしようとしていたことも。

 

「ゲマトリアは壊滅しました」

 

「あんたらが?」

 

「えぇ」

 

「敵は取りたくもないけど、誰にやられたのさ」

 

「色彩。我々はそう呼んでいます。意志も目的も欲望さえない、観念、概念……そのように解釈をしていたのですが、正しく色彩は”侵略”をしてきたと言えましょう」

 

 まるで何かのミームのような存在が一人でに動いているかのような不気味な話に先生は寒気がしたが、黒服の言葉は続く。

 

「この世界に到来した色彩はまず、狼の神と接触したようです。必要なものに真っ先に手を伸ばす本能なのか──」

 

「まさか」

 

「あなたの想像する生徒で相違ありませんよ。砂狼シロコ。彼女は色彩と接触し、恐怖に反転しました」

 

「お前がホシノにやろうとしたやつか」

 

「憶えていましたか。私は彼女もサブプランとしていましたよ、先生」

 

 先生の目が今にも銃を抜きトドメを刺さんとする剣呑なものに変わり、黒服は「失礼しました」と陳謝する。

 

「余計な話でしたね。生死の境にいるせいか、あなたと話していると少し、気が緩むようだ」

 

「あのさ。時間ないんだわ」

 

「続きを話しましょう。砂狼シロコの本質は──”死の神『アヌビス』。全ての生あるものを死へと導く崇高です。その力は、見ての通りです」

 

 黒服が両腕を広げて自らの惨状を先生に見せつける。

 

「それで?色彩っていうのは何がしたいわけ?まぁ、この状況見ればわかるけど」

 

「これ以上時間を取るのは心苦しいので簡潔に言いましょう。色彩の目的はこのキヴォトスの全ての神秘を反転させ、自らのものとして吸収……つまりはこの世界を呑み込み、破滅させることと言っていいかと」

 

「わかりやすいね。で、それをやってるのがあのわけわからん赤い塔ってわけか」

 

 先生が目を向けたのはすぐ近くに見えるかつてサンクトゥムタワーが存在したキヴォトスの中心部。そこには赤い塔が空から地面に突き刺さっていた。それが遠くからでも視認できるものも含めて6本ほどあった。

 

「理解が早くて助かります。あの赤い塔は反転したサンクトゥムタワーとも言いましょうか。元よりサンクトゥムタワーは名もなき神々が作り上げた技術の一つ。それを色彩は模倣し、色彩の光を伝播し、全てを反転させます」

 

「つまり怪電波流してる塔ってことね」

 

「………先生」

 

「言いたいことわかるけど、教師になる前の私だいぶ頭悪いし気が短いの。概要はわかったし、義理もないのに私に敵を教えてくれたことは礼を言うよ。ありがとう」

 

「ククッ。まさかあなたから礼を言われるとは。ならその礼に応えましょう。敵の首魁を伝えます」

 

「やっぱいるんだ親玉」

 

「自意識とも云うべきものがない色彩が戦術的に動いているのは意志ある者の存在があってこそ。色彩の教導者──プレナパテス。先生はこれからヤツと相対することになるでしょう」

 

「なるほど、わかりやすいねぇ。フランシスだっけ?あの人が言ってた通り随分と王道じゃん」

 

「おや、もう彼に会いましたか。彼は残念ながら色彩によって反転しましたが」

 

「ジャンルの解体だのなんだの言ってたけどさ、そもそもジャンルごった煮のキヴォトスで何を言ってるのかと思ったけど、なるほど主人公ね。ヤバい塔破壊して敵の親玉ぶっ倒せと」

 

「それでそのカードを?」

 

「そうだよ。切り札ってもんはこういう時に使うもんでしょ」

 

「正解と言えばよろしいですかね。ただ一つだけ忠告を。それを使い過ぎればいずれ、あなたは私たちと同じ末路を辿りますよ」

 

「それは御免だね」

 

「話は以上です。クククッ。ゲマトリアに接触したことで色彩は、あなたの好みに合わせれば”再生怪人”軍団で対抗してくるでしょう。デカグラマトン、ミメシス……私たちの成果を横取りされたのは業腹ですが」

 

「楽しむなんて言っとくけどないからね?」

 

「そう言ってもらえるとマエストロは喜ぶでしょう。それでは先生、私はこれで。次はゆっくりお茶でもしたいものです」

 

「寝言言ってんじゃないよ。消えな」

 

「相変わらず手厳しい。──ご武運を」

 

 黒服がまるで最初からそこにいなかったかのように姿を消す。先生は短くため息をついた。

 

「はぁ。あの怪人共があっさりやられるなんて。マジもんの世界の危機ってやつかぁ」

 

『先生!無茶です!まさか一人で』

 

 大人のカードを行使しようとした先生をアロナが呼び止める。

 

「いやいやアロナ、時間稼ぐだけよ。このままだとここ、D.U.外郭地区が真っ先に落とされるでしょ。なんかいるんでしょ敵」

 

『は、はい。ミレニアムで草鞋野さんが戦った不可解な軍隊やミメシスを模倣した色彩の軍隊が増殖してます』

 

「アロナ。クロノスは生放送してる?」

 

『しています!』

 

「ならあの塔に近づかず、すぐに退避してほしい内容のメッセージを送って。避難先の準備は誰かしてる?」

 

『いえ、今は皆さん混乱していて』

 

「……リンたちも動けないから、私がやるしかないかな」

 

『あっ。待ってください。カヤさんが動いているみたいです!』

 

「お、流石だね。それじゃあ避難指示はカヤに任せよう」

 

 先生が大人のカードを掲げると、青と紫の光が交互に漏れ出す。これまで、数度先生が大人のカードを通して行ってきた彼女の特権──”生徒募集”。時間や空間に支配されず、縁を結んだ生徒を呼び出す力。

 

 そして、かならず彼女の側に現れるのは決まって、少し大人びたどこかの未来にいる鷲見セリナだった。

 

「わお。今回は重装備だね、セリナ」

 

「──────♪」

 

 言葉こそ紡がれずと、先生は確かにセリナが応答していることがわかっていた。まるでミネの跡を継いだかのようなセリナの装備はセリナに似合ってはいなかったが、先生に必要だからと彼女が選んだことがよくわかった。

 

 先生が周囲を見れば、セリカやユウカ、イオリなど他の生徒もいたが、彼女たちはセリナのように意志は見せない。

 

「ずっと疑問だけど、セリナだけなんだねぇ」

 

「────?」

 

「あぁ、ごめん。なんでもないよ。それじゃあ少し一緒に戦ってもらおうか」

 

 声がなくとも、セリナは「はい」と力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 先生がシャーレビル周辺の安全確保に動き出した頃、シャーレビル内の普段は使われず埃が被るほど放置されていた広い会議室では、この難局に立ち向かうことを決めた連邦生徒会の生徒たちが急ピッチで本部の構築を急いでいた。

 

「先輩!救援に応えてくれた学校ありました!」

 

「アユム、どこです?」

 

「ミレニアム、トリニティ、ゲヘナ……は風紀委員会他複数の部活、レッドウィンター、

 

百鬼夜行です!」

 

「わかりました。人員の派遣は?」

 

「百鬼夜行を除く、各校から数名、ゲヘナ以外は全権委任の生徒を派遣するとのことです。ゲヘナは個人的な協力になりますが」

 

「この状況で応援にかけつけてくれるだけで十分でしょう。受け入れ態勢を急いでください。先生が戻るまでに代表生徒を受け入れ、司令本部を構築します」

 

「はい!」

 

 アユムが駆け出す。サンクトゥムタワーが崩壊し連邦生徒会の生徒も集まれた生徒は少なく、連邦生徒会会長としての権限をほぼ失っていた。

 

 リンが動いているのは先生からの指示を見越しての勝手な行動であり、それでも付いてきてくれる連邦生徒会の役員は元よりリンの直向きさに惹かれた生徒たちだけだった。

 

「各地区のヴァルキューレの分校に可能な限り避難所を構築するんですよ!えぇ、そうです、学園に属さない生徒や一般市民を優先してください!は?何故、とは?………状況がわかっていないのですか?!シャーレは現在最前線なんですよ!こっちが出来たらとっくにやってます!いいですね!各自治区の分校にもそれぞれの自治区の生徒会に従って対応をさせてください!」

 

 リンの近くで電話をしているカヤは、動きが鈍いヴァルキューレ本局を連邦生徒会が機能していないにも関わらずハッタリなどを織り交ぜつつ動かし、避難所の構築や市民の保護をするように指示していた。

 

 彼女の周囲には防衛室の生徒はいない。代わりに、会議室の隅でSRTのメンバーのうち、モエとオトギによって早くもSRTの司令所は完成し、先生が対応している方向とは別に出現している色彩の軍団をへの対応を行うSRT生徒の支援を行っていた。

 

『ポイントS2、掃討完了』

 

「りょうか〜い。RABBITマムよりFOX1へ、そこから300先のブロックでRABBIT1とFOX2が交戦中、援護よろしく〜」

 

『了解。RABBIT4、支援求む』

 

『イエス・マム』

 

 小隊の垣根を越え、SRTは可能な限り指揮系統を統一していた。なお、エリカは手当を受けている最中のため、リンが室内を見渡しても姿はなかった。

 

「(またしても彼女は負傷したと言いますが……大丈夫なのでしょうか)」

 

 エリカの負傷に関しては大事件の度、シャーレから上がってくる報告書に載っていた。驚異的な治癒力によりすぐ現場復帰をするエリカのことがリンは気掛かりだった。いつか取り返しのないことになるのではないかと。

 

「大変なことになっちゃったね」

 

「モモカ」

 

 僅かに立ち止まったリンにモモカが声をかけてくる。モモカの指揮する交通室はサンクトゥムタワーを追い出された後、独自に正体不明エネルギーの観測を続けていたが、赤い塔の出現で、元より鉄道などの公共交通を管理する彼女たちの手に負えなくなり、観測を続けることは完全に不可能なった。

 

「他の交通室のメンバーは?」

 

「今、ミレニアムにあの赤い塔とかの解析とかは全部預けたよ。これで交通室はもうやることなくなった。だから避難させたよ」

 

 モモカは交通室の現在の役目はもはや無くなったと判断し、最後まで観測を続けていた数名を退避させていた。

 

「どうせこれ乗り越えたらぐちゃぐちゃになった交通網をどうにかしないといけないし、ま、早めの休暇ってことで」

 

「………そうですね。私たちにはこの”後”もありますね」

 

「そういうこと。そのほうが、なんか、あ〜……ガラでもないけど、なんとかなりそうじゃん?」

 

 仮に問題を乗り越えても日常は続く。それは世界の危機であっても同じであり、モモカの自然体を貫く姿勢はリンの精神の強張りを解くには十二分だった。

 

「そういえば、ハイランダーが支援物資や人員の搬入出用に各自治区の路線を全て強制的に繋ぐという件、モモカの判断は?」

 

 リンはハイランダーからの申し出を思い出し、モモカに確認する。ハイランダーが新たな路線を敷いたり、つなげたりするには多くの協議・申請がいるため、簡単に首を縦に振れるものではない。それは非常時であっても変わらないが、モモカの判断はお役所的なものではなかった。

 

「承認も何もない、って言っといたよ。タワー吹っ飛んで連邦生徒会は機能してないし。全部終わったら元に戻すことだけは約束させたけど」

 

「ありがとうございます。流石の柔軟さですね」

 

「やめてよ、褒められるのなんか気持ち悪いってぇ」

 

 素直な賞賛にモモカは照れるが、リンはこれで一気にこの後にできることが増えたと内心ガッツポーズを決めていた。線路さえあれば一挙に多数の物資を運べる鉄道の威力は凄まじく、なおかつハイランダーの路線は各自治区に延ばされていることが更に効果を高めるだろう。

 

「モモカ、あなたは引き続きミレニアムとの連絡役を。あと、ハイランダーとの窓口は全てモモカに集約させます。許認可に関しては全て事後で構いません。責任は私が持ちます」

 

「いやいや、そこはさすがに私に持たせてほしいなぁ、先輩。一応私も交通室の室長なんだし」

 

「……すいません。では、よろしくお願いします」

 

「了解。それじゃあやろうかな」

 

 モモカがリンから離れ、機材の準備を進めている役員たちへ、もう準備が済んだものがないか声をかけていた。リンは周囲の状況を再び確認する。

 

「──あなたは!一体どのツラ下げて…!」

 

 慌ただしい喧騒に紛れて、会議室の入り口から怒鳴り声が響く。SRTの生徒を除く、室内の全員の手が止まってしまう。何事かとリンが目を向ければ入口では一人の連邦生徒会役員がある生徒の胸ぐらを掴んでいた。

 

「財務室長!あなたが不信任決議案なんて出さなければ!」

 

「…………ッ………」

 

 アオイは反論もせず、目を逸らすしかなかった。リンは周囲に「手を止めないでください」と一言告げ、いざこざへの対処は自身がすると駆け出し、行動で示した。

 

「財務室長を離してください」

 

「代行!?しかし…!」

 

「今は時間が惜しいのです。使えるのならなんでも使う。私はそのつもりです。彼女は私が預かります」

 

「………………わかりました」

 

 リンの言葉は冷たく、アオイを詰めていた生徒は不服と言わんばかりだが離れて会議室内に戻っていく。リンは僅かにため息をついてからアオイに目を向ける。アオイはバツが悪そうにしていて、リンを直視できないでいた。

 

「……アオイ」

 

「……………」

 

「アユム!ここはしばらく任せます」

 

「はい!」

 

 リンはアユムに呼びかけ、彼女の返事を聞いてから、アオイの手を取って強引に会議室から抜け出す。アオイは黙ってリンに連れられていく。リンが向かったのは会議室のすぐ近くにある個室だった。”生徒相談室G”と札がかかげられたその部屋も使用頻度が皆無なのか、僅かに埃が室内のデスクの上に積もっていた。

 

「…………先輩、ごめんなさい。私は」

 

「アオイ。私はあなたを責めません」

 

 アオイはリンの言葉に愕然とした。アオイは防衛次長などからの訴えを受け、不信任決議案を代表して提出した。カヤの頑張りを否定するかのように、本来防衛室が担うべき正体不明のエネルギーに関する調査を交通室に任せたことをアオイは許せていなかった。

 

 事を起こす前に、リンに冷静でない、と言ったアオイ自身こそ冷静ではなかったと彼女は今、自身を強く責めていた。そしてアオイがリンに告げた謝罪をリンは受け取らなかった。

 

「なっ。どうして、だって、私は」

 

「カヤが置かれていた状況を把握していたのは私と先生ぐらいです。共有していなかったのですから、あの時、あなたが私に抱いていた感情は間違いとも言えません」

 

 半歩、アオイはリンから後ずさる。リンの瞳にアオイは見覚えがあった。

 

 

 

 

 

──お主は!こんなただひとりを犠牲にするかのような…!

 

──はい。私は彼女を犠牲にします。

 

──……貴様……!

 

──竜華会長。わかってほしいなどとは言いません。ですが、これが最悪の中での、最善なんです。

 

──それが連邦生徒会長、其方の採決なのか…こんな……こんなことが…!

 

──………ひとりの少女を犠牲にして救われる世界なんて、滅んでしまってもいいのかもしれません。でも、その業を背負うのは私だけです。これが私の…”選択”です。

 

 

 

 

 

 連邦生徒会長。彼女が明確に、一人の生徒を犠牲とすると決めた際に見せた、捨て身となる者の目。

 

「先輩、あなたまでそんな全部を背負うような」

 

「………それが、私の今成すべきことです。アオイ、あなたの言うとおり、私は連邦生徒会長ではありません。彼女のように、超人にもなれません。ですが、今必要なのは……あの人なんです」

 

 リンがメガネを外し、アオイを見た。フレームに重なっていたせいか、見えづらくなってなっていた隈が顕になっていた。

 

「だから、今は止まることができません。それに、ふふっ。少しは休めたんですよ。ここに軟禁されている間」

 

「え」

 

 フッ、とリンは肩の力を抜いて言った。

 

「軟禁されている間、どうすることもできなかったので仮眠も取れましたし、シャワーも浴びれました。だから今は見た目ほどに疲れていません。だからアオイが思うほど、思いつめてもいません」

 

「そんな顔をして、信じられるわけが」

 

「アオイ。さっきモモカに言われましたが、私たちはこの難局を乗り越えても復興という仕事が待っています。それを放り出すほど私は無責任になれません。だからこそ、そのためにも今、私に求められた役目を果たすためにいます。アオイも、だからここに戻ってきたのでしょう。みんなのように」

 

 メガネを掛け直し、アオイにリンが言う。

 

「シャーレを見ていると、私もそのように立ち向かわなければと思わされるのですよ。最初は悩んでいましたが、先生や草鞋野さん、どんな困難な状況でも彼女たちはかならず戻ってきます。問題を解決してからこそ、その後のケアが大事だと」

 

 リンは確かに、連邦生徒会長の代理として、彼女のように全てを背負うような覚悟でいる。それが苦しく重く、辛いとも感じても、投げ出さずにいられたのは、どんな状況でも挫けずに生徒のためと奔走するシャーレの姿を見ていたからだ。

 

「アオイ。ですから力を貸してください。今は、猫の手も借りたいのです」

 

「……………先輩」

 

 アオイは、また目を合わせられなかった。リンは連邦生徒会長ではない。だから彼女のように無理をしないでほしい、とアオイは思い続けていた。しかし、彼女を連邦生徒会長の代わりだと押し付けていたのはアオイ自身であることに気がついた。

 

 リンはリンなりの覚悟を持っているのだと。それは、かならず何があっても帰ってくる。そういうことなのだと、アオイは思った。

 

「………何をすればいいのかしら、私は」

 

「財務室の役員たちは?」

 

「サンクトゥムタワーが吹き飛んだのよ?叩ける算盤も一緒に消えた以上、彼女たちもできることはないと避難させたわ」

 

「それでも、アオイはここに来たのでしょう」

 

「……この混乱を引き起こした者として、ケジメをつけにきたの」

 

「結果論ですが、クーデターが起きていなければあのままサンクトゥムタワー周辺の生徒住民は皆無事では済まなかったと思います」

 

 サンクトゥムタワーに残っていればタワーと運命を共にしたことは想像に難くなく、リンはなんであれクーデター発生のタイミングは良かったと思っていた。

 

「でも」

 

「クーデターを実際に起こしたのはカイザーで………繋がっていたのは防衛次長です。不信任決議案自体も正当性は全くないワケではなかったのですから、アオイが気に病むところは正直に言えば、私はないと考えています」

 

 この話はもうこれで終わりだと、部屋の出口へリンが向かっていく。

 

「あなた自身の納得がいかないことは理解できますが、今は目の前の問題の解決が優先です。アオイにはまだ叩いて貰わないといけない算盤がありますから」

 

「何の?」

 

「この状況です。これから多くの自治区の物資や戦力が集約されます。それらの整理、誰がするのですか」

 

 

 

 

 

 

 

 時は僅かに遡り、先生から全学園へのメッセージが飛ばされてから数十分後、トリニティ総合学園、ティーパーティーのテラスにハナコは足を踏み入れていた。

 

「あら、皆さんお揃いで」

 

「ハナコさん。お待ちしていました」

 

 ハナコの前には、ナギサ、ミカ、セイアの3人の他、サクラコとミネの姿も会った。現在のトリニティ首脳陣揃い踏みの状況を前に、ハナコは普段の調子を崩さない。空が赤く染まり、トリニティ自治区内では聖徒会のミメシスが出現し、混乱が始まりつつあった。

 

「ハナコ、すまないね。こんな状況で呼び出して」

 

「いいえ、セイアちゃんと私の仲ではないですか」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。現在、トリニティ内にて混乱が起きているのはわかっているね」

 

「もちろん。一般生徒の退避も始まっているのはわかっていますよ」

 

「ミレニアムからの情報共有で、どうやらこの赤く空が染まった影響で化け物どもが湧き出ているようだ。そこで、先生……シャーレがこの状況に対応するらしい」

 

「なるほど。では、私はその応援に──」

 

「いや、君にはナギサの代わりにここで指揮を取ってもらいたい」

 

「はい?」

 

 ハナコは予想していなかったセイアの言葉に彼女らしくもなく固まった。

 

「あぁいや、全ての指揮を取れというわけじゃない。主に生徒の退避、それを支援するための部隊の指揮かな」

 

「それは私でいいのですか?」

 

 率直な疑問をハナコが投げかけ、彼女は視線をナギサに向ける。ティーパーティーの3人のパワーバランスが崩れ、実質ナギサが現在は単独で生徒会長となっている中、この混乱を納めるにはナギサの力が必要だとハナコは思っていたからだ。

 

 しかし、セイアは頷く。ハナコでいいのだと。

 

「時間がないので、手短に話そう」

 

「セイアちゃんが!?」

 

「私はいつだってわかりやすい説明をしているが?」

 

「え、本気で言ってる?これはハナコちゃんに同意だよ」

 

「君らは私をなんだと思ってるんだ」

 

 ハナコとミカの反応にセイアはやれやれと肩を落とす。サクラコがくすくすと笑った。

 

「まぁいい。結論から言えば、現在シャーレに各校から代表生徒を集めて、”敵”を迎え撃つ準備をしているのだが、その代表生徒にはナギサに行ってもらおうと思っている」

 

「どうしてですか」

 

「……パワーバランスが歪すぎた結果です」

 

 答えたのはミネだった。ハナコはその言葉だけで全てを察した。

 

「なるほど。シャーレや連邦生徒会の要請を受け、全権委任する生徒を用意できないのですね?」

 

「そういうことだよ。だからナギサを行かせて、シャーレからの指示をナギサというフィルターに通せば”ナギサからの指示”ということになる。そうすれば無駄が少なくなる」

 

 ハナコはナギサという”英雄”の誕生がマイナスに働いた結果であることを理解した。彼女はなるほど、とこの場に集められた生徒たちを見渡して、一人納得する。

 

「私は言わずもがな札付きですし、ミカさんは権限がないというか、そもそもシャーレ側。サクラコさん……シスターフッドは生徒住民の退避に専念。ミネさんも同じく、現場指揮で手を離せない、といったところでしょうか」

 

「概ねそのとおりさ。私のことは何もコメントしないのかい?」

 

「セイアちゃんは元から象徴的、いえ、百鬼夜行風に言うと巫女ですから。ティーパーティーの他の役員の方も反対されたのでしょう?」

 

 ハナコがチラリとテラスの隅に控えている給仕担当の役員に目を向ければ、彼女たちは力強く頷いていた。

 

「そういうわけで、ナギサに行ってもらう」

 

「押し付けるような形になってしまい、申し訳ありません。ハナコさん」

 

 ナギサが立ち上がり、躊躇なく頭を下げる。ハナコは「あら」と春先のナギサを思い出して、本当に変わったのだと顔を綻ばせた。ハナコはこの目の前の少女たちが何故顔を揃えてナギサを送り出そうとしているのか、とっくに察しがついていた。

 

 それが本来は許されないことであるとわかりながらも、こんな回りくどい建前を用意することにハナコは笑いたくなった。この柔軟さがあればエデン条約に絡んだ一連の事件はもっと簡単に決着が着いていたはずだと。

 

 だが、それは彼女たちがこうも変わるために必要な出来事であり、ハナコもまた、同じくあの事件がなければそもそもトリニティに残ろうとも思っていなかった。

 

「(不思議と怒りが湧かないのは、私も存外、メルヘンな乙女趣味が嫌いではないということでしょうか?でも、そうですね──1人の少女の恋を犠牲に救われる学園なんて滅んでも構わないと思いますし……うふふっ、いいじゃないですか)」

 

 トリニティは大きく変わっていく、ハナコはそのことを強く感じた。ならば、手を貸してやってもいい、とハナコは心の中で頷いた。

 

「そのお役目、受けましょう」

 

「ハナコさん…!」

 

「うふふ。それに、その方が面白いことになりそうですし……一時的に、私、ナギサさんの持っている権限を貰えるんですよね?セイアちゃん」

 

「そうだね。ハナコ、君の言うとおりだよ」

 

「では、制服を下……水着に変えてしまってもいいですね」

 

 ハナコは己の欲望を隠す事なく伝えた。ナギサが顔を赤くして立ち上がる。

 

「何を言っているんですか!?」

 

「半分冗談です。そんなことはしませんよ、今は」

 

「半分冗談というのが恐ろしいですね」

 

 おそらく本気なハナコに、サクラコは言いつつ苦笑いする。

 

「とりあえず、決まりだね。ミカは当然、シャーレの救援に向かうからナギサと一緒に行ってくれ」

 

「うん。じゃ、いこっか、ナギちゃん」

 

「は、はい。皆さん……トリニティのこと、お願い致します」

 

「じゃあ、こちらはキヴォトスのことをお願いしますだね。二人とも、どうか無事に」

 

 ミカに連れられ、ナギサがテラスから去っていく。二人を見送ると、テラスの空気ががらりと緊迫したものに変わった。

 

「私もこれで。出現したミメシスを撃滅しつつ、救護を行います」

 

「頼むよ、ミネ団長」

 

 セイアに頷いて、立てかけていた盾を手に、ミネはテラスから飛び降りていく。ハナコは彼女の出陣を横目に、用意されていた椅子に着く。ナギサの席は専用のものであり、ハナコのために来客用の椅子が新たに置かれていた。

 

「状況はある程度わかっています。生徒、住民の避難状況は」

 

「現在30%がトリニティ校舎近辺に設けられた避難所に退避を完了しています。正義実現委員会他、対応可能な部活はミメシスを退けつつ誘導中です」

 

 ハナコに問われたティーパーティーの役員は澱みなく答える。ナギサの身の回りの世話も担当している生徒であり、彼女もまたナギサのためにハナコの言葉は拒絶しない。

 

「わかりました。ミメシスの発生源はわかっているのですか?」

 

「エデン条約の際に崩壊した古聖堂跡地の地下からのようです」

 

「……今は耐える時間ですね。一般生徒、住民の退避を最優先に。ナギサ様がシャーレに到着するまで待ちましょう」

 

 反撃の時間はかならずやってくる。今はそのときではない。ハナコは役割を全うするために、その頭脳を働かせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 私は左肩の手当てを受けた後、シャーレビル内のブービートラップを確認していた。幸いにもカイザーはそこまで手が回っていなかったのか、そもそも執務室に踏み込まれた様子がなかった。

 

「……よかった。写真も無事で」

 

 私のデスクの上にあるナギサちゃんとの写真もいつもと変わらずそこにあった。窓の外へと目を向ければ空は赤く、時折爆発音のようなものも聞こえる。今は先生やSRTの子達が周辺の安全確保をしているし、コノカちゃんがモモトークで教えてくれたけど、ヴァルキューレはサンクトゥムタワーがあった場所に落ちた赤黒い塔から住民たちを避難させるために動いている。

 

 何もしなくていいのか、と私は思わずにいられないけど、先生やミヤコちゃん、ニコちゃんから無理をするなと言われて、シャーレ内の状態の確認をするしかなかった。みんなは上手くいってるかな。

 

「エリカさん。他のフロアの確認は済みましたわ」

 

「ありがと、ハルナ」

 

 執務室の扉が開くと、ハルナが入ってきた。お嬢様でテロリスト、特に爆破という手口をよく使うハルナは爆弾の扱いにも慣れているので私の手伝いをしてもらっていた。他の美食研究会の子達もやってくれたみたいで、ハルナの両手にも爆弾はないから大丈夫だったかな。

 

「無かった?爆弾」

 

「ありませんでしたわね。わたくしだったら仕掛けそうな場所も探しましたが、見当たりませんでしたわ」

 

「それならよかった。他の子達はどうしてるの」

 

「休息を取らせていますわ。ここまでノンストップでしたもの」

 

「それならハルナも一度休んで。たぶん、これから対策本部が出来たら、脅威に対抗するために駆り出されると思うよ」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 いやに素直だなぁ。ハルナはなんでか私の傍に寄って、私の席に座った。なんで?

 

「ここ私の席なんだけど」

 

「あら、ごめんあそばせ。知っていますわよ、もちろん」

 

「何度も来てるからそうだろうけど……コーヒーでも淹れるよ」

 

「頂戴しますわ」

 

「……止められると思った」

 

「その方が、今は気が紛れるのでしょう」

 

 よくわかってるなぁ、この子は。そうだね。今の私は何かをしていた方が、気が紛れる。

 

 ゆっくり淹れている時間はないので、コーヒーメーカーを使う。カップは…来客用のと、私が普段使ってるステンレス製のもの。ヴァルキューレの時から使ってるもので、愛着もだいぶある。

 

「お砂糖とミルクはー?」

 

「いりませんわ」

 

 いらないらしい。私はミルクだけ入れることにした。この執務室内にはミレニアムから供給されたものも多くて、このコーヒーメーカーもエンジニア部がくれたものだった。自己診断プログラムが走っていて、故障があったらすぐにエンジニア部に伝わるという優れもの。

 

 同時にコーヒーを2杯まで入れる事ができて、忙しい時に私と先生は重宝している。ミカさん?ミカさんにはちゃんと紅茶を淹れてあげている。

 

 併設されている給湯室で淹れてすぐにハルナのところへ持っていく。

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

「口に合わなくても文句言わないでよ」

 

「わたくし、エリカさんの淹れたもので文句言ったことがあって?」

 

 言われてみればないかな。彼女のことだからお世辞なんてことはないだろうな。ハルナは一口熱々のコーヒーを飲んで、カップをデスクの上に置いた。彼女の視線はナギサちゃんと私の写真に向いていた。

 

「本当にその羽を写真と一緒に飾っているのですね」

 

「うん。おまじない、まだ続くといいなって」

 

「おまじない、ということなら、わたくしの髪留めも付けてくれているのですね」

 

 ハルナが私のもみあげに触れた。ハルナからもらったリボンの形をした髪留め。ハルナのように三つ編みにはしていないけど、付けてある。なんでかみんな付けてるのに突っ込まない。ナギサちゃんもちらりと見るだけどで終わったし。

 

 似合っていないのか、とも思ったけど、ナギサちゃんの羽と違って常に身につけられるから出来るだけ付けている。

 

「これはハルナとのおまじないだからね」

 

「そうですわね。おかげで、シャーレも無事に奪還できましたし」

 

 それはこのおまじない関係あるのだろうか。水を差すのもなので、気にしないでおこう。

 

「シャーレの席、まだあと一つ空いていますのね」

 

「そこは空いているというよりは当番の子が来た時用だよ。ハルナも座ってるでしょ」

 

「そうでしたの?てっきり空いているところを貸しているのかと」

 

「まぁ、あと一人来たら二人ずつで分隊……じゃないや。コンビ用意できるからシャーレの活動は安定するだろうね」

 

 これは本当にそうで、特に戦闘力のない先生に誰かが常時付けるのは大きい。飛鳥馬さんがいてくれてだいぶ先生は助かっていたらしい。その飛鳥馬さんは今ミレニアムに大急ぎで戻っている。ミレニアムでも正体不明の敵が現れたので、調月会長に呼び戻されたようだ。

 

 代わりに早瀬さんがミレニアム代表としてこちらに向かっていると聞いた。

 

「肩のお加減はいかがでして?」

 

「問題ないよ」

 

「……本当に?」

 

「本当だよ。ほらっ」

 

 ぐりぐりと肩を動かす。違和感はあるけど、もう問題なく動く。

 

 ハルナは席から立ち上がって、私の左肩に触れた。

 

「痩せ我慢をしている…わけではありませんわね」

 

「嘘つけないし」

 

 特にあなたには。

 

「でもハルナ、もしかしなくても世界の危機なわけだからさ、無茶をしなくちゃいけないと思うんだ」

 

 あの赤黒い塔が現れ、空が赤くなったとき、私の体に走った悪寒は尋常じゃないものだった。おそらく、尋常ならざる状況なのは間違いなく、先生が単独で戦いに行くなんて本来は私も容認できないけど、先生は有無を言わせずに行ってしまった。

 

 本当に今の状況は、普段の事件とは状況の悪さが違う。機能しない連邦生徒会、正体不明の敵勢力が全土で出現。………世界の危機、なんて想像だけにしてほしかった。

 

「怖いのですか、エリカさん」

 

「……情けないけどね」

 

「そんなことはありませんわ。わたくし、安心しました。エリカさんにも、怖い、と思うところが残っていて」

 

「どういうこと?」

 

「いつもボロボロになって倒れているのですから、そういった恐怖心がないものかと」

 

「そんなことはないよ。ただ、私がやらないと、って思ったら、そんなことは気にしていられないよ」

 

 恐怖して、それでやらなくてもいい、なんてことは私にはできない。先生はその責任を大人が負うと言うけれど、私には少なくとも伸ばされた手を掴んで、引き上げようとする力はあるのだから。

 

「でも、だから約束したでしょ。ハルナとも……それにナギサちゃんとも」

 

 私はナギサちゃんとの写真の下にある羽根に目を向ける。無茶をする自分を止めることはできない。だからせめて、約束をした二人の前には絶対に帰ってくる。それが約束だから。約束を破るほど、私は無責任でありたくない。

 

 ハルナの顔に触れる。彼女は何も言わず、私の手の甲に掌を合わせてくれた。一晩駆け抜けて、少し汗ばんだのか、いつものするりとした肌の感触はなくて、どこかぺたりとしていたけれど、普段から綺麗に手入れされたハルナの顔にはシミひとつなくて、白い肌は綺麗なままだった。

 

「私は絶対に帰ってくるよ。どこにいっても。二人のところに」

 

「……わたくしのところ、ではないのですね」

 

「そりゃ約束したのは二人だから」

 

「…………本当にそういうところはわからない方」

 

 わかってる。私は、わかっている。

 

 でも、怖い。死ぬよりも、今は怖い。ナギサちゃんやチヒロちゃんハルナ、そしてニコちゃんから向けられる感情がどんなものか知っていて、それが、怖い。

 

 だからずっと、気がつかないフリをし続けている。無意識にするように努めている。

 

 その感情を向けた相手が、どうなったか。

 

 私を優しく見守ってくれる温かな瞳が好きだった。私を優しく撫でてくれた柔らかな掌が好きだった。落ち込んだ私を励ましてくれた声を愛していた。

 

 それら全てが私の目の前で真っ赤な血溜まりの中で沈んで、飛び散っていた。

 

 ハルナから手を離す。

 

「そういうことってなんのことさ」

 

「なんでもありませんわ。まぁ、あなたが本当に大切な約束は破らないこと、知っていますから」

 

「ちゃんと帰ってくるよ。何があってもね」

 

「当然ですわ。そうしてくださいまし」

 

 約束もそうだけど、先輩が生きれなかった今日、明日、それより先。シャーレの生徒として、変わらない毎日。SRTの子達だって、先行き不透明だ。だからもう、私は春先の頃のようにはいられない。

 

 これまでの事件もそうだった。終わらせても、それが解決ではない。事件の後始末。シャーレは連邦生徒会が復旧するまでは大忙しだろう。

 

『ビル館内の皆さんへ。大会議室へ集合してください。各自治区からの代表団を迎え入れる前に、現在いるメンバーの確認を行います』

 

「呼び出しだね。ハルナ、行こう」

 

「わかりましたわ」

 

 コーヒーを一気に飲んで、ハルナと共に執務室を後にした。

 

 




次回は未定です。感想やここすき、いつもありがとうございます。頂けると大変励みになっています。

ハナコが残ったということは神聖なティーパーティーテラスで……?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。