「先輩…」
赤く染まった空の下、アビドス高校の屋上でホシノは佇んでいた。ノノミの声に、ホシノは振り向かない。
「なぁに、ノノミちゃん」
「シロコちゃんのこと…本当は」
「やだなぁ、おじさんがそんな無鉄砲に飛び出すと思ってる〜?」
振り向かずに、声だけはいつものおどけた調子でホシノはノノミに応える。ホシノたちアビドス高校の面々は現在シャーレビルにて結成されるこのキヴォトスを脅かす異常な状態への対策本部にアヤネを送り出したところであった。
「……思ってます」
「まぁ、そうだよね」
だが、その前にカイザーPMCの状況を確認し、外に出ていたシロコが、空が赤く染まるのと同時に行方がわからなくなっていた。最後にシロコと交信をしていたアヤネが耳にしたのは困惑するシロコの声と、彼女が乗っていたと思われるバイクが倒れた音。
何かがシロコの身に起きたことは違いなく、ノノミはそうとわかったときに、ホシノが真っ先に飛び出しかねないと彼女を制止しなければと考えたが、ホシノが焦って飛び出していくことはなかった。
──なんで探しに行かないのよ!
──セリカちゃん。もしかしたら、シロコちゃんは誰かに攫われたのかも。
──だったら余計に!
──こんな状況だよ。私たちまで出ていって、ミイラ取りがミイラになっちゃマズイ。今は、先生たちを待とう。
それどころか、セリカを諭すという信じられない姿をノノミは見ていた。彼女は本当にノノミの知るホシノなのか?と、目の前の小鳥遊ホシノが偽物なのではないかと疑うほどに、ありえなかった。
「人間、自分より無茶する人を知ってるとさ、変に冷静になるよね。正直言えば、シロコちゃんのこと探しに行きたいよ。また、手遅れになったらとか、思ってるよ」
「それなのに行かないのは、どうしてですか?」
「ねぇ、ノノミちゃん。おじさん……ううん、私はさ、無茶苦茶強いよ。自惚れなんかじゃなくて、私のこの神秘は、ノノミちゃんたちが束になろうが、相手にならないぐらいに」
「………」
「でもさ、私一人で出来ることなんかたかが知れてるんだよ。銃を撃って、壊して、それで物事が解決するわけがない。あてもなく彷徨って、手遅れになるのは目に見えてる」
「先輩……」
「……私は、対策委員会の委員長なんだよ」
ホシノにとって、草鞋野エリカという少女はかつての愛した太陽のような女性に、似ても似つかないのに、どこか面影が重なり、それでいて自分とは鏡のような姿にも見えていた。
愛する人を失い一人になり、それでも尚折れずに立ちあがろうとする。それはなんとも眩しく、尊くも見えるが、ホシノは次第にこうも感じていた。
そんなエリカを失うことが恐ろしいと。
梔子ユメを殺したのは小鳥遊ホシノだ。そして同時に、小鳥遊ホシノは無茶をする人に、遺されてしまった者だった。今のホシノは誰かにとっての梔子ユメであり、その誰かはいつかの小鳥遊ホシノだった。
そのことを、死んでも前に進むかのような捨て身の前身をする草鞋野エリカを見続けたことで、ホシノは理解してしまった。もう、ホシノは、一人ではないと。
「今ノノミちゃんさ、やっとわかったんですか、って顔してない?」
「そんなことないですよ〜」
ホシノはようやく振り向く。ノノミの表情は微笑んでいたが、若干の呆れも見えていた。まるで、物分かりの悪い誰かがやっと理解したのを見たかのようだった。
「全く、生意気な後輩だね。本当に君は」
「全然生意気じゃないと思いますけど」
「どの口が言うんだか。最初の頃はしつこかったし……」
「それはホシノ先輩が冷たかったからですよ〜」
「こんな優しいおじさんがそんなことないってぇ」
あくびをしながら、ホシノは歩き出す。ノノミのいる方向、つまりは校舎への扉に向かってだ。
「シロコちゃんのことを放っておくわけじゃない。ただ、今はできることがない。闇雲に探しても、どうにもならないし、とにかく情報がないからさ。この空のことも」
「はい…アヤネちゃん待ち、ですね」
「うん。こんな状況だから、たぶん情報も集約されるだろうし、それを聞いてからでも遅くはないよ」
ホシノはシロコが攫われたという前提で動いている。それが、今の彼女が飛び出さなかった大きな理由の一つだった。
「攫われたってことは何かあるよ。この空の状態と、何か関係がね」
彼女の知る警察官の少女なら、背後にいる何者かがいると考えるはずだと、ホシノは燃え盛るような想いの上に、冷たい思考を覆い被せた。
赤い塔──虚妄のサンクトゥムと呼ばれるオブジェクトが現れてから三時間が経過し、シャーレのビルの前にある小さな広場には様々な機材や生徒などが多数の自治区から集まりつつあった。
「百鬼夜行、エビス分校からの支援物資です!」
「食材が主ね!?SRTが確保したルートを使って各避難所に分配急いで!」
サンクトゥムタワー崩壊に加え、市街での戦闘が勃発したことで多くの避難民が発生したD.U.では避難所が既に乱立し始め、連邦生徒会が機能不全となっていることから、避難民への支援はD.U.内のみでの完結が不可能となっていた。
そこでアオイの相談を受けた先生が早急に支援物資の融通を各自地区へ願い出たことで、被害の少ない自治区を中心に早速物資や人員が送られ、シャーレビル前の現状が出来上がっていた。物資の分配を行うのは当然のようにアオイであり、アオイが帰らせたはずの財務室の生徒たちも現れ、迅速に支援物資は仕分けられていく。
「財務室長!ゲヘナから給食部の選抜隊が到着しました!」
「早いわね。責任者をこっちに!」
アオイの視界の隅に、ゲヘナの生徒会組織であるパンデモニュウム・ソサエティの紋章が刻まれた大型トラックや炊き出し施設を牽引した車列が目に入る。その先頭の車両のキャビンから大きな一対のツノが特徴的な小柄な生徒が降りてくる。
「ゲヘナ給食部です!シャーレからの要請に応えて来ました!」
「連邦生──いいえ、今ここで物資の切り分けを先生から任されている扇喜アオイよ。あなたは?」
「給食部部長の愛清フウカです!私たちはどこへ行けば?」
どうすれば、ではなくどこに行けばいいのかと聞くフウカに、アオイは本当にゲヘナの生徒なのかと驚いてしまう。また嫌味ひとつもなく、フウカの目は真っ直ぐアオイに向けられ、世間一般で知られるゲヘナの生徒とは大きく乖離した印象を受けた。
「あの…」
「ごめんなさい。考えていたの」
「すいません」
「いえ……そうね。ゲヘナ給食部はシラトリ地区外縁部の近隣公園の避難所に展開して。あそこは地区一つ全体が待避をしているから人員が足りないの」
「わかりました!行き方はどうすれば」
「ガイドを付けるから従って。──ゲヘナ給食部の先導をお願い!」
アオイの呼びかけに反応した財務室の生徒二人ほどが返事を返し、フウカは「ありがとうございます!」とお礼を言って車列に戻っていく。それと入れ替わるようにアオイの前にやってきたのと同じくゲヘナ所属の生徒、風紀委員会の書記、天雨アコだった。
風紀委員、というにはいささか大胆な改造制服を着ているアコに、アオイは表情にこそ出さなかったが面食らった。
「(すごい格好ね)」
「ゲヘナ風紀委員会の天雨です。シャーレビルの中に入っても?」
「物資の仕分けをやらせてもらってる扇喜アオイよ。私にことわりを得る必要はないわ。中に入れば他の連邦生徒会役員が案内をしているからそっちに聞いて」
「わかりました。では」
アコが通り過ぎていく。アオイはアコのことを見送らずに、財務室の役員が乗った原付バイクに先導され、その場から動き出したゲヘナ給食部の車列の方を見送った。
ミレニアム自治区、技術研究都市エリドゥから程遠くない閉鎖区画の“廃墟”では身体のリミッターを解除され、アリスの7割程度の力を手にしたケイが白いアビ・エシュフ──以前の事件でアカネが搭乗したプロトタイプであったそれ──に乗り込んで、色彩の突兵となった不可解な軍隊と戦闘を繰り広げていた。
「まさか色彩に乗っ取られるとは…!」
Type.Fという名称の球体から触手を生やしたかのような機体からのレーザーをケイは器用にスラスターを使い最低限の回避で避けていく。ケイが乗るアビ・エシュフはアカネが乗ったものから改修が施され、背部は飛行用のフライトユニットと、武装はケイが現在貸し与えられているスーパーノヴァMk.Ⅱ“アララト”を装備している。
「ええい、光よっ!」
数が多いため、空中からケイはアララトを連射する。アビ・エシュフの剛腕によって両手持ちで構えられたレールガンはケイの細い腕では不可能だった大出力での射撃を可能とした。
青白い光跡が色彩の軍隊に突き刺さり、幾つもの火球を地表に生み出す。
「これで少しは…!?まだくる!」
ケイの視界に映るコンソールが警告音を鳴らす。廃墟に住まう暴走ドローンが空中から迫り、ミサイルを大量に発射する。ケイはたまらずその場からブーストして一気に加速し離れ、更に臀部の付近にあるスカートアーマーからフレアを放出する。
いくらかのミサイルはフレアによって逸れていくが、全てがそうではなかった。
「だいたい…武装が少なすぎるんですよ!これじゃあノーマルもいいところじゃないですか!?」
ケイは最近、ミドリに勧められてプレイしたゲームのことを思い出しながら、武装がアカネの使用していた頃と違って少なすぎることに悪態を吐く。
『いい動きね。ケイ。それと武装が少ないも何も、その装備が基本よ』
単騎で戦うケイをモニターしているのはリオだった。彼女はケイのサポートをしつつも、ミレニアム各所から上がってくる正体不明の赤い塔に関する報告を纏め、更にノアを通して各部活に解析を振り分けていた。
「私に対する当てつけですか!?」
『言ったでしょう。その機体は先行量産型よ』
「ぐっ…納得できる自分が嫌です…!」
ゲーム開発部との短く濃い日常にかなり毒された自覚があるケイは自身に苛つきながらも、元からのマシーンとしての気質から動きにブレはなかった。
アームユニットの左人差し指を伸ばし、ピストルのように構えると指先の装甲がスライドし、弾丸が吐き出された。トキの使用していたアビ・エシュフに搭載されていたマシンキャノンを小型化、汎用性を上げるためにハンドユニットにし、人差し指先に内臓されたものだった。
その装備を使ってケイはミサイルを迎撃し、落としてみせる。
『……ブレが大きいわね。それに指関節への負荷も大きすぎる。反動が小さい荷電粒子ビームに換装すれば連続使用できそうね』
「世界の危機なのに何故実戦テストさせられてるんですか私は…?!」
『王女を戦列に立たせられないと言ったのはあなたでしょう。ケイ』
「言いましたが何故一人で戦わせられているのですか!?C&Cは!?そもそもあなたのお付きのメイドは!?」
『C&Cにはシャーレの救援をさせる予定よ。今はその準備。トキもだけれど、あの子は今、こちらに戻っている最中よ』
ケイはそれ以上、単騎で戦っていることに文句を言えなかった。ケイ以外のゲーム開発部の面々もエリドゥにいるものの、現在はエリドゥに少なからず滞在しているミレニアム市民や非戦闘員の生徒の避難誘導を担当している。
当初はアリスが最前戦での戦闘を引き受けようとしたが、これをケイが却下したため、代わりにケイがここで戦っていた。
「人使いが荒すぎる…!ますます王女にはこんなことをやらせなくてよかった…!」
しかし、ケイの表情には僅かに喜色が浮かんでいた。まるでゲームの世界の中のように動かせるパワードスーツ。それが現実で、本当に敵を倒すために使うことができるというゲームで遊ぶものならば誰しもが夢を見る体験ができていることに、ケイは無意識に喜びを覚えていた。
『……やはり、敵はエリドゥを目指しているようですね、リオ』
リオと同じ部屋にいるヒマリから、ミレニアム自治区内の色彩の軍勢の動きが伝えられる。情報は戦闘中のケイにも伝えられ、現在エリドゥ内に侵入した相手の一団が第一波ですらない、先遣隊であることもデータで示される。
「これほどの駒を一気に…!?アトラハーシスを使わないとここまでの用意はできるはずがありません」
『やはり一筋縄ではいかないようですね。“色彩”は』
ヒマリの口から溢れた色彩の名にケイは驚く。ただの生徒風情が何故知っているのかと。
「何故それを──」
『さすがはAL-1Sの守護者と言ったところでしょうか?ケイ。あなたは知っていたのですね』
「当然です。しかし、明星ヒマリ、何故知っているのですか」
レールガンでの迎撃を続けながら、ケイは問いかける。ヒマリは特に普段と変わらない、穏やかな声音で答えた。
『ミレニアムはトリニティと同盟を結んで日が浅いですが、シャーレの繋ぎもあって意外と幹部同士の顔合わせは済んでいるんですよ』
「人間の世界の話はどうでもいいです」
『ケイ。あなたにもそのうち必要になるわ。王女の鍵であれ、アリスの妹となるのであれ、あなただってミレニアムを担う次代の生徒なのだから』
生徒会長ぶるリオにケイは辟易としながらも、作業を続けながら耳を傾ける。
『トリニティの百合園セイア…彼女は預言者です。その彼女が色彩の到来を既に予見していたのですよ。先生がここ最近駆け回っていたのも色彩の到来を警戒してのことでした。もっとも、今の今まで、ついさっき先生からモモトークがくるまで“色彩”の明確な名前は出てこなかったのですが』
「調月リオ、あなたがこの都市を建造したのは私と、王女を警戒しているだけではないですね?」
現在、ミレニアム自治区内での退避は異常なほどにスムーズに進み、シェルターへと非戦闘員や非常呼集に対応をしない生徒は移動している。ケイが今戦っているエリドゥも、まるで待っていたと言わないばかりに迎撃体制を整え、都市の外縁部には迎撃用の兵装群が稼働している。
初動こそ侵入を許したが、ケイやセミナーの生徒たちが掃除を終えればエリドゥは要塞都市へと再び名前を変えることになる。
『──終末の予言。まことしやかに囁かれる噂話、そんなものに過剰反応してこの都市を作ったのですよこの女は。横領までして』
『過剰反応ではないわ。現にこうして役立っているもの』
『そこは事実として認めますが…まぁ、いいです。ケイ、そういうことで、この都市は対色彩要塞都市というわけです。そして、色彩の予測進路、わかりますね?』
ケイは視界の中に表示されているデータに集中すれば、エリドゥの地図に色彩の侵攻ルートが示されていく。その矢印は全て、エリドゥのある施設に向いていた。
「宇宙船ドック…!」
『あのサンクトゥムタワーを滅ぼした赤黒い塔は宇宙から降ってきました。となれば敵は成層圏以上に存在している可能性があります。それを裏付けるように、現在唯一大気圏突破が可能な艦艇が収容されているそこへ集中している』
『ヒマリの推測はほぼ事実と見て間違いないでしょう。となれば、マスドライバー、そして大気圏外用航行用のユニットを追加したウトナピシュティム破壊を最優先としてくるのは自明の理』
「ならとっとと宇宙に出ればいいじゃないですか」
『あともう少しでシャーレとの作戦会議だけれど、さっき、ヴェリタスから報告が上がってきたわ』
『なんでも、チーちゃん曰く、私たちに残された猶予は然程ないようですよ?今日を除いて──72時間。つまり3日後、あの塔のエネルギーは臨界点に達して…ぽんっ♪世界は終わりというわけです』
まるでゲームのようにボスを倒すためには目前のギミックを全て突破しなくてはならない状況が現実として現れ、ケイは苦い顔をした。
「ゲームが面白い理由が今わかりましたよ。王女よ」
背後からのレーザーをエリドゥからの予測に従い、ケイは脚部スラスターのみを噴射して逆さまになりながらも背後へと振り向き、突撃してきたType.Fをレールガンで撃ち抜く。
「現実じゃないから、面白い。そういうことなのですね」
エリドゥを襲う色彩の先遣隊が壊滅したのはそれから10数分後だった。
七神代行の館内放送に従って私とハルナはシャーレ内の大会議室にやってきた。室内はここを案内した時とは別物の状態で、中央に会議用の円卓があり、上座側にテレビ会議用の複数のモニターが設置されてる。
あとは円卓を囲うように司令部機能を持った通信設備とか、電話も多数配置。基本的には大規模災害時と同じ準備されてる。円卓にはもう各校の代表者が席に着いていた。ほとんど見知った顔。
「エリカさん、ナギサさんですわ」
ハルナの言う通り、ナギサちゃんが席に着いている。まさか彼女が直接ここに来るとは思いもしなかった。ナギサちゃん以外を見れば、ゲヘナからは天雨さんと、便利屋68の鬼方さん。アビドスからはアヤネちゃんに、ミレニアムは早瀬さんだ。
テレビ会議用のモニターも画面が点き始め、画面の向こう側で準備をしている生徒たちの姿から山海経、百鬼夜行、トリニティ、レッドウィンター、ミレニアム…この場にはこれない各校の生徒会長も会議には参加するようだ。
「やっほ、エリカちゃん」
「ミカさん…?!」
錚々たる顔ぶれに私が驚いていると、ふらっと横に現れたミカさんに声をかけられた。シャーレの制服に身を包んで円卓の外側にいるあたり、彼女はあくまでシャーレの生徒として来てくれたのかな。
ありがたいけど、トリニティは平気なのか。
「ミカさん、ナギサちゃんと来たの?」
「うん」
「トリニティは平気なの?ナギサちゃんが抜けたら大変じゃ」
「そこは大丈夫だよ。むしろ、ナギちゃんがここに来ないとトリニティ動きづらいし」
どういうこと?私が首を傾げると、代わりにハルナが口を開いた。
「これまでの事件でナギサさんの実績は華々しすぎましたわね。そういうことでして?聖園さん」
「そうだよ。ゲヘナのくせしてよくわかるね。流石お嬢様」
うー、相変わらずこの二人の間は胃が痛くなる。二人とも顔を合わせれば張り付いたような笑顔になってこの調子で困る。
「あの、政治詳しくないからもう少し噛み砕いて教えてくれたりしない?二人とも」
「英雄を差し置いて一般生徒を代表として出しても言うことを聞くと思いまして?権威を重んじるトリニティで」
ハルナが言った内容で理解できた。まさかこんなところまで影響が出るなんて。つくづく尾を引く事件だ、エデン条約事件は。ミカさんも今のハルナ説明は間違っていないのか頷く。
「代わりに出そうとしてたのなんせハナコちゃんだよ?」
付け加えるようにミカさん教えてくれたことで、私は納得する。浦和さんかぁ…いや、悪い人じゃないのはわかってるし、先生からの話や支援要請の報告書を見る限り物凄く優秀な人なので、人選としては間違ってないんだけど、今のトリニティの状況では悪すぎる。
じゃあミカさん、となっても彼女は立場的にどうやっても無理だ。
「というわけで、私も一緒に来ちゃった。頑張ろうね、エリカちゃん」
「まぁ、ミカさんがいてくれるなら百人力だけど」
「でしょ?」
ぶりっ子されても困ってしまう。ミカさんの外見は本当に可愛いから効いてしまう。それになんでか私の横にいるハルナから威圧感のようなものを感じる。
少し声が大きくなったからか、ナギサちゃんが私のことを認めて、軽く手を振ってきたので、ぎこちない笑顔で手を小さく振りかえしておく。
「と、とりあえず私はSRTの子たちの状況を確認するから、ハルナは会議に参加するならそのあたりにでも座ってて」
「わたくし、居場所がありませんが?」
「私も私もー。難しいことは他の子に任せて、私は戦いに来ただけだし」
こうなるのはなんとなくわかってたので私はため息をついて二人を連れて、会議室の中に設けられたSRTの簡易司令部に足を向ける。そこでは風倉さんが紙パックのジュースを飲んでいた。ひとまず周辺の敵は片付いたのだろうか。
「風倉、指揮を任せてすまかなかった。状況は」
「会長さんじゃん。各隊健在、敵の先遣隊はひとまず片付いたみたいだよ。今は補給のためにビル前の野営地に戻ってきてる」
「そうか」
みんな無事みたいだ。あの子達のことなので、何かあるとは思えないけど、こうして無事を聞けると嬉しい。
「しかし相変わらず会長は両手に花だね。会うたびだいたい美人を侍らせてない?」
「随分と余裕だな。ここは任せて隊に合流していいぞ」
「冗談だって。いやほんと……うっ、スイマセンデシタ」
笑顔でお願いしたら断られた。まったく。
会議はあともう少しで始まりそうな雰囲気だけど、一旦外にいるみんなを確認しよう。
「風倉、FOX1を呼び出してほしい。状況を確認したい」
「りょうかーい。こちらRABBITマム、FOX1、応答せよ〜」
風倉さんが通信を飛ばして、すぐに繋がったらしい。
「会長さんが話したいみたいだから、はい」
ヘッドセットを借りた。
「FOX1へ、草鞋野だ」
『お疲れ様です、会長。お加減は』
「問題ない。状況を報告してほしい」
『了解。現在、FOX、RABBITの両小隊は補給中です。敵先遣隊と思しき集団の撃退は完了しています』
ユキノちゃんの声は普段通りで、この様子なら損害は本当に無さそうだ。
『現状、こちらの損害はありません。避難誘導も順調です』
「了解した。各小隊は補給を受けたあと待機。これから始まる会議でこちらも打って出る可能性がある」
『FOX1、了解』
「頼む。……あと、少し休憩してね。これからどうなるか、わからないから」
それこそ、今が最後の休息になりかねない。敵の正体もわからず、何が起こるかも予測できない。ユキノちゃんは私のお願いに「わかりました」と、彼女も少しだけ肩の力を抜いたことがわかる声音で返してくれた。
『先輩も無理をなさらないよう……なんだニコ、ちょ──先輩、お疲れ様です。お身体のほうは』
向こうで何があったのかユキノちゃんの声が聞こえなくなり代わりにニコちゃんの声がするようになった。こういうことは稀にあるので、気にしないでおく。
「ニコちゃん?うん、大丈夫。そっちも大丈夫そうで何よりだよ」
『先輩が鍛えたSRTですから』
いや私何もしてないけど?みんなが今の実力になったのは個々の努力だと思うよ。
でも、迫力のあるニコちゃんの声に「それはよかった」としか返せなかった。なぜだ。
「ユキノちゃんにも伝えたけど、別命あるまで待機お願い」
『わかりました。次の休息もいつ取れるかわかりませんから、喫食も済ませます』
「うん、そのほうがいいかも。よろしく」
『はい!』
「じゃあ、会議も始まりそうだから。通信終わり」
ヘッドセットを外して、風倉さんに渡す。軽食を取るんだろうけど、ニコちゃんの作ったいなり寿司でも出るのだろうか。ちなみに風倉さんには休憩を別に出す気はない。なんでかって?
風倉さんが座っているこの席の周りにはお菓子が大量に積まれている。ジュースも多い。
「風倉さん。そのお菓子どっから出てきたの」
「あそこから」
出所を聞いたら指を差されたので、目で追えば見えたのは濃いピンクの髪色の小柄な連邦生徒会の生徒。交通室長だ。彼女の周りにはソラちゃんが供出したのか、エンジェル24の箱が大量に積まれてお菓子などが見えていた。
「みんな自由にとっていいのに全然食べないからもらっちゃった」
「………ほどほどにね」
緊張し無さすぎるもどうかと思うけど、まぁ、ガチガチになるよりは全然いい。仕事の手を抜くことはまずないから、風倉さんにはこのまま頑張ってもらおう。
SRTの子達が大丈夫とわかったところで、室内中央の円卓の上座に七神代行が着いた。どうやら始まるらしい。ビデオ会議に参加する生徒会長たちの姿も映る。まさか竜華会長がほんとに出てくるなんて。
「お待たせ!」
そして、会議室の中に響く、先生の声。室内ざわつき、多くの生徒の視線が入り口に集まる。私も目を向ける。そこにいたのはシッテムの箱を持った先生だった。シャツを腕まくりして、少し煤けている。本当に戦っていたみたいだ。
「先生。ちょうどよかったです。これから会議を始めます」
「了解、リンちゃん。じゃあ、みんな、よろしくね」
その場にいる全員、私も含め、頷いたり返事を声にしてする。七神代行が立ち上がる。
「それでは、これより作戦会議を始めます。代表団の生徒は手元の資料を。その他の生徒は画面に資料を写します」
会議室の一際大きいモニターに資料が映される。
虚妄のサンクトゥム攻略作戦。
それが、これから私たち生徒の行う反抗作戦の名前だった。
お読みいただきありがとうございます。ここすき、感想大変励みになっています。いただけると嬉しいです。
次回はまた明日です。