頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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今回はこの投下だけです。

ちょっと長めです。


Area-17「キヴォトス各地 #あなたのいる世界 #正義の覚醒 #攻略開始」

 シャーレから発令された虚妄のサンクトゥム攻略作戦は、ただちにシャーレに協力する自治区や生徒たちへと伝わり、平時では考えられない勢いで準備が始まっていた。

 

「オーライ、オーライ、ストップ!」

 

 アビドス砂漠の第一サンクトゥムから離れた位置の平地では、深刻な砂漠化により道路網が破壊されているため、急ピッチで敷設された線路の上をハイランダーの貨物列車が走り、現地司令部の構築に必要な資材を運び込んでいた。

 

「うう……なんでこんなクソ寒いところに来なきゃならないんですか…」

 

 ハイランダー鉄道学園の生徒、内海アオバは流されるままにフォークリフトを使ってコンテナを列車から下ろしていた。砂漠の夜は冷え、アオバはぼやきながらリフトを操作してコンテナを持ち上げる。

 

 砂漠の上だが、沈み込まないように軽量化された鉄のマットで養生されているため、多少不安定ながらもアオバの操作するフォークリフトは問題なくコンテナを運び始める。

 

 誘導灯を持った生徒に従い、アオバがフォークリフトを走らせた先には今彼女が運んでいるようなコンテナが多数置かれて、人の胴体ぐらいはありそうな太いケーブルで繋がれていた。

 

「よし!ここで降ろして!」

 

「は、はい」

 

 コンテナが下されると、待っていたであろう生徒たちがそのコンテナに群がる。鉄のマットが敷いてあるとはいえ、砂の上、まるで蟻のように群がる姿にアオバは、よくやるなぁ、とシートの背もたれに体を預けながら思った。

 

「(………こんな何が起きてるかよくわからないし、もしかしたら世界が滅ぶのかな……そのほうが、なんだか、楽になれそうな気がするのに……)」

 

 どこにでもいそうな、何者でもない内海アオバという生徒は今起きている事態を深くは知らされていない。しかし、予感としてこのまま何もしなければ、それが痛く苦しくとも、終わりを迎えられるのではないかと考えていた。

 

 それでも彼女がこうして、争う人々の歯車としてこの場にいるのは心の奥底にあった僅かな灯火のおかげだった。

 

「あの人も、どこかで頑張ってるのかなぁ」

 

 ハイランダーの生徒、とりわけD.U.に配属されていた生徒の中で真しやかに囁かれる“救世主”の存在。それが不正確なものではなく、事実に基づくものであるとアオバは知っていた。

 

 トレインジャックは当たり前、列車の大破は日常。そのたびに無茶な工程を組まれ車両の復旧や、業務範囲外のことをやらされる。シャワーは浴びれて三日一回、家に帰れるのは一ヶ月に数回。頑張ったところで返ってくるのは罵詈雑言。

 

 こんな腐った世界を残す意味があるのだろうかとアオバは考えずにいられないが、それでも、どうしても彼女の手はリフトを操作し始める。

 

「(こんな世界でも、あの人みたいに眩しい人がいる)」

 

 新入生の頃、たまたま乗った列車を襲ったトレインジャック。入学早々に遅刻かとアオバは絶望したが、そうはならなかった。ハイランダーの保安部員が対応をする前に、たまたま居合わせたたった一人の警察官によって犯人たちは制圧されたからだ。

 

 ヴァルキューレ警察学校の中でも特に貧弱で、侮られている生活安全局の制服を纏ったその生徒は、人質となってしまい殴られ、蹴られたアオバを救ったその警察官は“日常”とされていたトレインジャックという犯罪を“非日常”という認識にD.U.路線を変えた。

 

 そして、何度も、その警察官はトレインジャックを防いだ。二度居合わせたアオバは二度人質になったが、都度彼女は救われた。

 

 そこでアオバは警察官に問いかけた。キヴォトスの住民らしからぬ、あまりに真っ直ぐな姿に、何故何度も同じことが起きても、面倒くさそうにしていないのか。

 

 

 

──こうして頑張っていれば、いつかは報われるかなって。たとえば、君がトレインジャックに巻き込まれないとか。

 

 

 

 そんなわけないだろう。アオバは言うだけ言って去っていく警察官の背中を見て無意味なことをしている人だと哀れみの目を向けていた。

 

 だが、現実としてアオバは以降、通学で使用する列車でトレインジャックに遭遇することはなくなり、所属路線でのトレインジャック発生件数が激減する。

 

 その事実を受け、何度もトレインジャックに居合わせながらも列車の破損がほぼなかった車両の運転手と車掌が表彰されたが、その際に車掌だった生徒はこう言った。

 

 

 

──自分たちは何もしていない。救世主がいたんです。

 

 

 

 それ以来、D.U.路線ではトレインジャックを起こせば救世主が現れると噂されるようになった。その救世主の名は──。

 

「──エリカちゃんたちはそっちに行くんだねぇ、気をつけてね。……うん?いやいや、おじさんたちは心配しないで、シロコちゃんもきっと無事だろうからさぁ」

 

 アオバはハッとして声のした方を向く。桃色の長い髪をした、アオバよりも下級生に見える見たことがない制服の生徒が電話をしながら、簡易司令所へと歩いているのが見えた。

 

「(エリカって、あの、草鞋野エリカ?)」

 

 アオバは思わずフォークリフトを止める。最後に会ったのは思い返していた二度目のトレインジャックから救われた時。それからは一度も見ていない。

 

「まぁなんとなるって。アビドスだけじゃなくて他にも協力してくれる生徒さんたちがいるし。いやぁ、おじさん感無量だよ。こんなに若い子がたくさん協力してくれて。泣いちゃうよ〜およよ〜」

 

 おじさんと自称する生徒に変な子だとアオバは思いながら、耳を傾けてしまう。

 

「頑張った分だけ報われる、ってまさに痛感してるとこだよぉ。春先から外交なんて苦手だけどやった甲斐はあったかなぁって」

 

 アオバは確信する。あの生徒の電話の相手が草鞋野エリカであると。

 

「それじゃあ、電話切るね。ヒマリちゃんから後輩を預けられちゃったし、おじさんも頑張らないとだからさ。誰って?マキちゃんって子。元気でいい子だよ〜」

 

 その後、二、三言告げて、桃色の髪の生徒は電話を切った。アオバはどうしてか、その場からアクセルを踏んで進めなかった。

 

「それで何かようかにゃ?そこの可愛こちゃん」

 

「はっ、えっ!?うわっ!」

 

 気がつけば、少し離れていたはずの距離が縮まり、アオバの目の前にエリカと電話をしていたであろう生徒………ホシノがいた。

 

「あ、いや、よ、用があるとか、そういうわけではなくて、あの、その、ええっと、ちょっと、し、知ってる人の名前が出てきてぇ!」

 

「…………あぁ〜なるほど。ハイランダーの子だよね、君。エリカちゃんに助けられたとか?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「そりゃいるよね〜。名前は?」

 

「う、うちゅみ、内海っ、内海、アオバです!」

 

「アオバちゃんか〜、よろしくね。私は小鳥遊ホシノ。まぁ、アビドスの委員長だよ〜」

 

「よろしくお願いします!」

 

 緩いホシノに、アオバはいつ豹変して怒られるのだろうとビクビクしたが、特にホシノがそのようなことはせず「じゃ、お互い頑張ろうね〜」と告げて、肩をポンポン叩いてから離れていった。

 

 アオバはわけがわからず、バクバクと早鐘を打つ心臓を抑えることもできず、数分固まっていた。

 

「おい!内海!なにやってんだよ!早く次の運ばないと!」

 

「あっ!ご、ごめんなさい!」

 

 同僚から怒鳴り声が飛び、アオバは慌てて仕事に戻る。

 

 このどうしようもない世界で、それでもなお頑張れば報われると信じている少女がいる世界を、アオバはまだ、嫌いにはなれなかった。

 

「(びっくりした。でも、でも…………あの人が、まだ頑張ってるなら………)」

 

 あの激減したトレインジャックのように、この先に報われることがあるかもしれないと、アオバは真っ暗闇の中で灯る一本の蝋燭を消さずにいられそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 第四サンクトゥムの攻略準備はトリニティ内で進められていたが、トリニティ自治区内では未だに色彩によって生み出されたミメシスが増殖していた。そんな中、コハルは避難する一般生徒や市民の護衛をこなしていた。

 

 エデン条約事件ではティーパーティーからの指令も受け、特別な探索任務に着いたり、エリカとの交流もあったことからコハルの鍛錬は確かに彼女の技量を底上げし、その結果、コハルを正義実現委員会内の落ちこぼれという立場から気がつけば脱していた。

 

「下江さん!8時方向から来てます!」

 

「手榴弾を投擲して!」

 

 そして今、コハルは僅か3人とはいえ、小隊員を与えられ、一年生ながら小隊長という立場になっていた。

 

 コハルの指示によって手榴弾が避難民を追う聖徒会のミメシスに降り注ぎ、爆発によって消えていく。エリカのように。コハルの目指している先は小隊の訓練に反映され、投擲技術はコハルを含めた4人が研ぎ澄まされていた。

 

「遮蔽!」

 

 素早い指揮で、コハルの小隊はバズーカを持ったミメシスから放たれた砲弾を回避する。追跡しているミメシスたちは逃げる人々と盾になるコハル達を区別できないのか、単純に近い距離にいるコハルたちを攻撃する。

 

「反撃よ!構え、撃て!」

 

 遮蔽物に隠れた彼女らは爆風をやり過ごすと、即座に反撃の体制をとって射撃する。コハル以外はアサルトライフルであり、薄いながらも弾幕を形成する。痛覚などないミメシスたちは構わず突撃をかけ、倒されてはその後ろが突撃しまた倒される。完全な肉壁戦法で進み続けていた。

 

「(キリがない……!でも、私に、草鞋野先輩みたいな力はないし、ハナコみたいに頭がキレるわけでも、ヒフミやアズサのように無茶苦茶なことはできない)」

 

 多すぎる敵の数に、コハルはこのままではジリ貧になることが明らかで、打開策を浮かべられずにいた。補習授業部のメンバーたちはシャーレの協力要請や、ハナコに至っては生徒会長の代理という大役も任され、それぞれがそれぞれの成すべきことをこなそうとしている。

 

 今、コハルがすべきことは逃げ遅れている避難民たちを安全地帯まで送り届けることだった。

 

『こちら先頭側です!下江さん!前方で教会を取り囲んでいるミメシスがいます!』

 

「どういうこと!?」

 

『まだ逃げ遅れている人たちが立て籠っているかもしれません!ど、どうしましょう!?』

 

 どうしましょう、と言われてもそれはコハルが聞きたいぐらいだった。コハルたちが護衛している一団だけでも守ることに精一杯なのに、その上で更に救援など回せるはずもなかった。

 

 だが、このままコハルたちが立て籠っている人々を見捨てればどうなるのかなど火を見るよりも明らかで、コハルは迫り来るミメシスに対してヘッドショットを決めながら必死に頭を働かせる。

 

「避難所まで、そっちの小隊だけでいける!?」

 

『え、下江さん!?どうするつもりですか!』

 

「見捨てるなんてできない!そんなの、正義じゃない!」

 

 だが、考えなどまとまらない。だから今のコハルに出すことができるのは蛮勇だけだった。コハルの指揮する小隊員たちも驚きの目をコハルに向ける。たった4人で群がるミメシスを退け、何人いるかもわからない市民を救い出すことができるはずもないと。

 

「無茶だよ!下江さん!」

 

「そ、そうだよ!コハルちゃん、私たち、そんな先輩たちみたいな力なんてないし!」

 

「無茶でもなんでもやるのよ!私たち、正義実現委員会なんだよ!?」

 

 コハルが立ち上がり、ライフルに装填する。エリカの持つ同型のライフルとは対照的な漆黒のそれは、銃に刻まれた正義の文字をはっきりとさせる。黒という色でありながらネガティブな意味を与えない、絶対という印象をコハルのライフルは見せつける。

 

「でも私たちだけでどうやって」

 

「3人は私が突っ込んだら教会の裏の壁を壊して中の人を逃して!」

 

 コハルは普段から抱えていた鞄や、帽子を脱ぎ、一人の小隊員に押し付ける。更には結っていた髪も解く。それが何を意味するのか、コハルと同じく未熟な3人でもすぐにわかった。

 

「だ、ダメだよ!下江さん!そんなことしたら」

 

「逃げましょうよ!あんな数、勝てっこない!」

 

「そうだよ!コハルちゃん!」

 

 コハルは銃を抱え、目を閉じる。彼女に勝算なんて全くなかった。けれども、下江コハルという生徒は、正義実現委員会の生徒だった。目の前で虐げられる生徒はたとえどんなに恐ろしくとも助けなくてはならない。

 

 手の中にある銃は、コハルが想う正義の先を向く。

 

 今目の前で失われようとしている命がある。しかし、切り捨てればより多くの人々を救える。そんな現実を前に、それが正義と選択できるのか。

 

「絶対に違う。それは正義じゃない」

 

 目を開く。コハルの目の前で、憧れた背中はもう駆け出していた。

 

「あとはお願い!」

 

「下江さん!」

 

 コハルが駆け出す。残された小隊員たちは引き止めようとするが、それは叶わない。その場で3人は駆けていくコハルを見て、どうすることもできないと悟った。しかし、駆け出す直前に言ったコハルの言葉が、どうしても消えない。

 

「………い、行こう」

 

「で、でも」

 

「だってあの子、あのままじゃヘイロー壊されちゃうよ!」

 

「………ここで逃げたら、私たち、正義実現委員会なんて、言えないよ」

 

「うう………」

 

「やろう!下江さんができるなら、私たちだって!」

 

 落ちこぼれから這い上がる。それがどれだけ大変なことか。努力は報われる。それをコハルは同級生たちに見せつけていた。ならば、そんなコハルを見捨てた自分たちは正義実現委員会などと名乗れるのか。3人も意を決して、コハルに言われた通り、教会の裏手に向かって駆け出す。

 

 一方で、教会の正面にやってきたコハルは間髪入れず、持っていた手榴弾数発全てを群がるミメシスに投げ入れる。正面の扉へ群がっていたミメシスが一気に吹き飛ぶ。間髪入れずにコハルは素早い装填でミメシス数体を打ち抜き、叫んだ。

 

「あ、あんたたち!これ以上の好き勝手はさせない!」

 

 震える声を精一杯に張り上げて、彼女はミメシスに自身を脅威と見せつける。意志などないミメシスたちが、攻撃され被害が出たというわかりやすい反応を受け、コハルの方へと向くのに時間はかからなかった。数多の銃口がコハルへと向けられる。

 

「ひ──っ、んぐっ」

 

 悲鳴を上げようとして、コハルは無理やり口を押さえた。わかっていたことだった。それでも恐怖という感情を、今のコハルは外に出すことができなかった。半壊していた教会の扉の向こうに見える、逃げ遅れた市民たちがコハルを見ていた。

 

「わ、私は」

 

 幾つもの銃口の向こうから見えた、幾つもの目の奥に、コハルはいつかの自分がそこにいるのだと悟った。

 

「わたしは」

 

 コハルが再び目を閉じる。敵を前にしての自殺行為。恐怖で強張るはずの心が、なぜかすーっと静かになっていくのをコハルは感じた。

 

 それは、絶望したからでも、諦めたからでもない。今、ここに立っているコハルが、いつかのどこかの、下江コハルから見た──。

 

「私は、正義実現委員会のエリートの下江コハル!あんたたちの相手は、この私よっ!」

 

 ──正義の体現者。

 

 コハルが小さな羽を広げて、銃を構える。エリカのようにいくはずがない。これから殺到する弾丸の雨に、耐えられるはずがない。なのに、どうしてか、コハルは負ける気がしなかった。

 

 それは蛮勇による無謀なのか。それとも、自身が絶対の正義だという自負か。

 

 コハルに向けられた幾つもの銃口が煌めく、その瞬間だった。コハルへと殺到するミメシスが突如、爆炎に飲まれ吹き飛んでいく。

 

『命中。修正無し、次弾装填を………射撃指示、一斉射』

 

 わざと広域の通信で流されたセイアの声は、コハルの耳に届く。コハルはまさか支援砲撃が飛んでくるとは思ってもいなかったが、その理由はすぐにわかった。

 

『コハルちゃん!無事ですか!?』

 

「ハナコ!?これまさかあんたが」

 

『……よかった、無事みたいですね。はい、セイアちゃんからコハルちゃんが危ないということで。セイアちゃんの勘に任せて砲撃してもらいました』

 

「セイア様が……」

 

 コハルは雲の上の存在であるセイアから助けられるとは思わず驚くが、続けてセイアはコハルに呼びかけた。

 

『コハル。君は以前、私の友を助けてくれただろう。これはそのお礼と思ってくれていい』

 

 どういうことだろうとコハルは思い返せば、心当たりがあった。エデン条約事件の際に、リンチを受けていたミカにコハルは割って入って生徒たちを止めたことがあった。

 

「あの時は、私、必死で」

 

『関係ないよ。君が残したのは私の友を救ったという事実、そして、正義を示したということだけ。だから私は、生徒会長として、生徒に応えただけさ。──撃て!』

 

 再びの砲撃により、大半のミメシスが吹き飛ばされ、教会の安全が確保される。コハルの小隊の隊員たちはコハルの指示通り、教会の裏手から市民を逃がしている。コハルの決死の行動の成果だった。

 

「み、ミメシスはほとんどいなくなりました!もう、大丈夫です!」

 

『わかった。攻撃止め。コハル、武運を祈るよ。…よし、次だ。迫撃砲、射撃命令──』

 

『コハルちゃん!無理をしないでくださいね!』

 

「ハナコこそ。そこで変なことしないでよね!」

 

 コハルはミメシスたちが吹き飛んだ教会の前を駆け出す。コハルは、今自分に満ちている万能感の正体がなんであるのか理解する。コハルは特別な一人ではない。しかし、この世界は特別な一人によって回されているのではない。

 

 今の支援砲撃のように、誰かが誰かの頑張りに報いて、それが繋がっていく。そうとわかれば、彼女に恐怖などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「(なんだか随分と雰囲気が落ち込んでいるわね)」

 

 第三サンクトゥムが存在するミレニアム自治区、スランピア・ミレニアムへとやってきたゲヘナ風紀委員会の委員長、空崎ヒナは既に築かれている野営地で、まるでこの世の終わりのような空気を醸し出している二人を目にした。

 

 その二人とは、キャンプ用の椅子に腰掛けながらも漫画的な“ズーン”という表現しか言いようがない落ち込み方をしている、ニコとミヤコだった。

 

 ヒナは誰か話しかけられる相手はいないかと周囲を見渡すと、生真面目そうな黒髪の狐耳にセーラー服の少女と、黒髪を肩ほどまで、ウルフカットのようにしている赤目のミレニアム生が話しているのが見えた。

 

「(アコからの話だと、ここの担当はSRTとミレニアムの生徒だったわね)」

 

 おそらくはあの二人が2校の責任者だろうと考え、ヒナは二人に近寄った。

 

「こんばんは、ゲヘナから来たのだけれど」

 

「ゲヘナ……?あぁ、あの大人が言っていた」

 

 ヒナに対して反応を示したのはミレニアムの生徒──ケイだった。彼女は対外交渉ができないゲーム開発部の代表として致し方なく、嫌々、攻略に関する打ち合わせをユキノと行っていた。

 

「SRT、FOX小隊の七度ユキノです。あの鬼の風紀委員長とは、心強い援軍です」

 

「どうも」

 

 ユキノから手を差し出され、ヒナは握手を交わす。悪気が一切のない心からの賞賛であることが見えて、ヒナはユキノにその呼び名は苦手とは言えなかった。SRTのことをヒナは先生からある程度聞かされているため、草鞋野エリカという生徒の下に着く生徒たちとしては納得の真っすぐさをユキノに感じていた。

 

「そちらは?」

 

「…………私はミレニアムサイエンススクール1年生、ゲーム開発部の天童ケイ」

 

 なぜか嫌々というのが目に見えてわかる自己紹介にヒナは内心首を傾げる。何か彼女には事情があるのかとヒナは思い、聞こうとはしなかったが、その理由はすぐにわかった。

 

「廃遊園地にいる幽霊とかネタに使えそうじゃん!」

 

「お姉ちゃん!流石に今の状況考えてよ!?」

 

「でもアリスもわかります!」

 

「でしょ!?いやぁ、さすがアリスは話がわかる〜!」

 

 世界滅亡寸前という状況で、元気にゲームに関する話をしている様子がヒナの視界に入った。ケイ、と名乗った少女の双子の姉か妹の姿と、また別の双子が騒いでいる。なるほど、とヒナはケイに同情的な視線を向けた。

 

「やめてください。そういう目を向けるのは」

 

「……ごめんなさい。ただ、あなたも苦労しているみたいだから」

 

「えぇ本当ですよ。こういうのは早瀬ユウカの役目だというのに。はぁ」

 

 早瀬ユウカという名前はアコの愚痴で聞かされたことがある。ミレニアムの堅物女、などとアコは言っていたが、先生から聞いたことがある早瀬ユウカの印象は面倒見のいい、優しい生徒である。

 

「(アコのことだから、その側面が見れなかっただけでしょうね)」

 

 概ね先生からの印象が正解なのだろうと、ユウカの後輩であろう彼女たちを見てヒナはふぅ、っと息を吐いた。

 

「それで、ここの編成はどうなっているの?」

 

「SRTは我々FOX小隊と、あちらのRABBIT小隊が参戦します」

 

 ユキノが手を差し出せば、ユキノと同じ制服を着た生徒と、落ち込んでいるミヤコと同じ制服を来た生徒が装備の点検などを行っていた。

 

「あの二人はどうしたというの」

 

「作戦が始まればいつも通りになります。問題ありません」

 

 有無を言わさぬほどの返答速度に、ヒナは何も言えなくなった。ニコとミヤコの落ち込み方はやはり尋常ではなく、ヒナは気になってしょうがなかったが、彼女はそれ以上聞こうとはしなかった。

 

 ヒナはその場で振り返り、背後にある廃遊園地の入り口を見る。スランピア・ミレニアムという遊園地の名前を表示した看板からはサビが流れおどろおどろしく、当然明かりも点かず、時折吹く風が園内の機材を軋ませて不気味な印象を強く受ける。

 

「SRTといえば、草鞋野エリカはここには来ないのね」

 

「草鞋野会長は現在、別の虚妄のサンクトゥム攻略に参加しています」

 

「そう。……信頼されているのね、あなたたちは」

 

「どういうことですか?」

 

「私は心配よ。風紀委員の子達が」

 

 ヒナは実際のところ、そこまでは心配していないが、あえてそのように語った。なんとなくだが、ニコとミヤコの様子を見ていて、アコが過ったからだ。

 

「できることなら私が全て片付けてあげたい。でも、それはどうしても、私一人では無理なこともある。彼女も同じ気持ちなんじゃないかしら。何があったかはわからないけれど、共に戦えないということを悲観することはないわ」

 

「申し訳ありません。空崎委員長、そのような」

 

「今のは独り言よ」

 

 ヒナが得物である重機関銃を抱え直す。彼女はまず、この場にいる全員に挨拶回りをすることにした。

 

「敵の詳細は確認しているわ。七度さん、私の力は好きなように使ってちょうだい。先生からもそう言われているから」

 

「お力添え、感謝します」

 

 ユキノは歩き出したヒナに敬礼し、感謝した。ヒナのパーソナリティをユキノは知らなかったため、ここまでゲヘナ生とは思えない思慮深さを感じさせる生徒とは思ってもみなかった。

 

 何より、同じ治安維持組織の生徒として、どうにもウマが合うかもしれないと感じていた。

 

「七度ユキノ、話の続きをしましょう」

 

「すまない。そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 百鬼夜行連合学院、陰陽部の部長用の広間で、天地ニヤは忍術研究部を大雪原に送り出したところだった。彼女は軽くため息をつく。

 

「いやぁ、まさかほんとに生きとるとは思いませんでしたなぁ」

 

「部長……?」

 

「あぁ、ごめんね〜カホ。変なこと言ってしまって」

 

「本当ですよ…そんなまるで、死人を見たみたいな」

 

「まぁ、当たらずとも遠からずって感じですかねぇ」

 

 本当何を言っているんだと、陰陽部副部長の桑上カホはニヤの言葉を理解できなかった。まるでその言い分は、過去に誰かを………と聞こえてしまい、僅かにカホはニヤから引く。

 

「いやいや引かないでくださいよ〜。やったのは私じゃないですし」

 

「どういうことなんですか」

 

「カホ、忍者っていると思います?」

 

 今さっきまでいたではないか、とカホは半目でニヤを見る。

 

「あぁ、忍術研究部みたいに有名なのじゃなくて、本物の」

 

「少なくとも、イズナさんは本物の類ではないのですか?」

 

「いやいや、彼女たちは陽が過ぎますからねぇ。ほら、ドラマとかでもあるじゃないですか、御庭番、ってやつですよ」

 

 百鬼夜行の主力産業の一つである時代劇。その中でも忍者を題材にしたものは多くあり、かつて戦国時代の百鬼夜行自治区では、生徒会長の密命を受けて諜報活動を行う生徒たちの集団がいたという話もある。

 

「ドラマの中での話ですよね」

 

「それがそうでもないみたいなんですよねぇ」

 

「どういうことですか?」

 

「百鬼夜行の古い家って言うと、勘解由小路が有名だったりしますよねぇ。あれもなんでお取り潰しにならないんだか」

 

「ぶ、部長、そんな滅多なこと」

 

「古い家にはしょうもないしきたりなんかもあったりで大変、ですよねぇ」

 

 カホは慌てた。公然と百鬼夜行でも強い力を持つ名家の悪口を陰陽部の生徒が言うなど、その立場を追われかねない危険な行為だった。

 

「まぁ、障子に耳あり壁に目ありとも言いますし、あんまり言うことじゃないのはそうなんですけどねぇ、やりすぎちゃったお家には潰れてもらった実績ありますし〜」

 

「潰れてもらった実績って」

 

「これは私も噂程度にしか知らないんですが、百鬼夜行にもいたらしいんですよ〜百花繚乱とは対になる絶対的な暴力装置……御庭番」

 

「そんな組織が……?つまり、陰陽部直属の忍者ってことですか?」

 

「さぁ、詳細までは。でも、そこの部長を何人も輩出してた名家がいたんですよ」

 

 ニヤが手に持つ扇子を閉じて、カホを見上げる。

 

「その家の名前は………草鞋野家。いやぁ、その家最後の“失敗作”なんて放逐されちゃった子がいたって聞いたことあったんですけど、まさかシャーレに転がり込んでたなんて。やっは〜過去はおいかけてくるもんですね〜」

 

 カホは何も声を出せなかった。自身の自治区がそんなどこか、生臭さを感じさせるようなことが起きていたなど、考えたくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしょん!」

 

「何エリカちゃん、風邪?」

 

「違うと思う」

 

 なんでかくしゃみが出てしまったのでミカさんに聞かれたけど違う。

 

 私とミカさんは反応だけが観測されている第七サンクトゥムが存在するD.U.の閉鎖区画へとやってきていた。この前、アリウスに乗り込んだ時と変わらず瓦礫が積まれて、廃墟と化している状況は変わってない。

 

 他にメンバーはいない。正確にはナギサちゃんがシャーレの本部で控えていて、私たちに他のサンクトゥム攻略情報を逐一伝えてくれることになっている。

 

『先生はどうしてお二人だけを向かわせたのでしょうか』

 

「さぁ?まぁ、エリカちゃんと私ならそこらへんの敵なんて相手にならないと思うし」

 

「ミカさんの言うことはだいたい合ってるかな。ミレニアムかシャーレが本命かわからないし、先生曰く、ここは少数精鋭で威力偵察気味にって感じだと思うよ、ナギサちゃん」

 

 先生から当然、ヤバイと思ったら引くこと、という言葉を頂いている。それに、メンバーをミカさんとナギサちゃんだけにしてくれたのはおそらく私への配慮だ。先生はもしかしたら、竜華会長からあの事件のことをほとんど聞いているのかもしれない。

 

 ハルナもついて行きたかったみたいけど、彼女にはシラトリ地区での炊き出しを手伝ってもらうことになった。私としても、テロリストということを除けば、ハルナはこんな状況で戦う人じゃない。少し安心していた。

 

「それでエリカちゃん。ここに何があるわけ?」

 

「う…………それはその」

 

「嘘はいけないじゃんね。さっき、何も、って言った時にちょっとだけ耳がピクピクしてたし」

 

 バレてた。結構我慢したのに。

 

『そうだったのですか?』

 

「うん。流石に傍にいないとわからなかったと思うし、ハルナちゃんも気が付いてたんじゃない?」

 

『エリカさん……』

 

 どうしたものか。元からここまで来たら隠すつもりもなかったけど、せめてあの場所に辿り着くまではと思っていた。でも、二人になら、いいかもしれない。なんとなくだけど、ミカさんとナギサちゃんは、これからも付き合いが長くなりそうな予感がしている。

 

 特にミカさんはこのままシャーレが本所属になってしまいそうだし。

 

「とりあえず、歩こうか」

 

「どこに?あの虚妄のサンクトゥムだっけ、心当たりあるの?」

 

「まさか。でも、何かこの場所であるとしたら、って場所があるからさ」

 

 ミカさんと一緒に、あの時とは違って歩いて瓦礫の中を進む。同じ夜だけど、今日は雨も降っていない。空が暗いけど赤いせいか、完全な真っ暗闇という感じでもなく、ライトはいらなかった。

 

「なんか不気味。エリカちゃん、そもそもここってなんで閉鎖区画なの?」

 

「人が住めないからだよ」

 

「どういうこと?地上げとか?」

 

「ううん。連邦生徒会長の決定だよ」

 

「は?」

 

 ミカさんから信じられない、といった感じが漏れる。連邦生徒会長といえば、何かと大鉈を振り回す印象が多い人も少なくない。彼女は枝が腐ったら根ごと伐木するタイプだ。だとしても、都市一つを犠牲にするなんて思わないだろうね。普通は。

 

「いやいや、流石にそれはおかしいんじゃない?私でもわかるよ」

 

『どういうことなのですか、エリカさん。連邦生徒会長といえど、あまりにもそれは』

 

「乱暴だよね。けれど、それが正解なんだよ」

 

 以前にミカさんと向かった方向とは別の方向へと進路を変える。2つ、3つと瓦礫の山を越えると、汚れているけど、明らかに整備されていた道路に出る。街路樹は枯れ果て、まるで終末戦争が起こった後かのように、建物も何もない。

 

「エデン条約事件で二人は見たよね、黄金の一滴を」

 

「あの強くなる薬?」

 

「そう。あんなものがばら撒かれたらキヴォトスの治安はどうなると思う?」

 

「どうにもは…なっちゃうかぁ」

 

『ミカさんやエリカさんみたいな生徒がたくさんいるわけではありませんし、あんな薬がばら撒かれては…………待ってください。エリカさん、あの事件は、エリカさんだけではなかったのですか、犠牲と、なったのは』

 

「この街ひとつ。住んでた人は強制的に退去させられて、建物も連邦生徒会が押収した爆弾で吹き飛ばしたんだよ。あの薬は、存在そのものが許されない。なかったものにしなくちゃならない」

 

 かがんで、瓦礫の下に埋もれていたものを掘り起こす。この都市がまだあった頃に売られていた拳銃だ。もはや使うこともできないだろう。

 

『そういえば、エリカさんが失脚された頃、D.U.のニュータウンで、新エネルギーの研究所が爆発して都市が壊滅したというのは』

 

「ここだよ。正確には、ミレニアムのOGがやってた核融合炉の実験施設、だったかな。そこが爆発して、ここの都市は人が住めなくなった……ってなってる。表向きには」

 

 落ちてた拳銃をまた地面に置いて、私は進み始める。どれだけ吹き飛んで景色が変わっても、私は覚えている。あのお店への道を。

 

「なんで街を吹っ飛ばしたの?エリカちゃんに濡れ衣着せるだけじゃなくて」

 

「言ったよね、あの薬が存在していたという痕跡を消したかったって」

 

 横断歩道を渡る。信号機は倒れていて、車は全部、そこらで朽ちている。誰もここにはいない。不良でさえも寄りつくことはない。

 

『……これはまるで…言い伝えの、終末のようです』

 

「やめてよナギちゃん、縁起でもないこと」

 

『ごめんなさい。ですが、こんなあまりにも』

 

 ミレニアムの廃墟と呼ばれる場所は自然が生きていた。先生の報告で目にした姿はそうだった。でも、ここは植物の息吹なんてものは何ひとつない。

 

「ナギサちゃんの感覚は正しいと思うよ。ここは、何も生きてる存在がいない」

 

 私の弱さが、先輩もろとも、この街を殺した。私はそう思っている。

 

 あぁ、そろそろだ。

 

「は………?」

 

『ミカさん、どうしたのですか?』

 

「ねぇ、待ってよ、エリカちゃん」

 

 この、何もかもが死に絶えたはずの世界で、この匂いが漂ってくることは本来ありえない。

 

『ミカさん?どうしたというのですか』

 

「おかしいよ、なんで、エリカちゃん」

 

 ミカさんが、私の肩を掴んできて、強制的に向き合った。あのミカさんが、珍しく、顔色を悪くしている。

 

「なんで、こんな何も植物もないのに──金木犀の香りがするの!?」

 

『金木犀の香り?ミカさん、どういうことなんですか、何が』

 

「ミカさん。落ち着いて、着けばわかるから」

 

「どこ、に」

 

「…………私の、行きつけのお花屋さんだよ」

 

 ミカさんの手は私を掴んでいたけれど、するりと外れて、私は歩み出す。

 

 見えてきた。薄くもやがかった向こうに、仄かに光る影が。

 

「なに、あれ」

 

『光る、木?』

 

 あぁ、変わらない。やっぱり、時間が経っても、何一つ。

 

「……………こんばんは、先輩。こんな夜遅くに、すいません」

 

「何言ってんの、エリカちゃん」

 

 姿が顕になる。そこにあったのは、何かの戸建を地面から突き破って生えている、碧く光る巨木。その木からは、金木犀でないはずなのに、金木犀の香りが漂ってきている。

 

「ここが、あの事件の現場。フラワーショップ・エニュオのあった場所」

 

 木を見上げる。あの日、茫然自失となった私をチヒロちゃんとカンナちゃんが地上へ連れ出して、その後にこの巨木は生えてきた。おそらくこれは──先輩の身体が変化したものだ。

 

「そしてこの木が…………黄金の一滴を摂取した者の成れの果て」

 

「意味わかんないよ、何言ってんの?!エリカちゃん、おかしいよ!こんな木が、生徒……?」

 

『黄金の一滴の過剰摂取による症状は………肉体の変異、そして、崩壊』

 

 ナギサちゃんは知っていたらしい。竜華会長とも交流があるみたいだから、そこで知ったのかもしれない。

 

「二人とも待ってよ!?私の知らないこと多すぎない!?というか、そんなヤバイ薬なのアレ!?」

 

「うん」

 

「うん、じゃないよ!?…あぁ、でも、そっか、そうじゃないと、あんなにエリカちゃんも怒らないもんね……」

 

 だから、今あの薬を復活させようとしている人がいるのが、信じられない。

 

「私はあの事件の最後、先輩をこの花屋の下にある実験施設で追い詰めた。でも、先輩は薬を過剰摂取した後だった」

 

 木に触れる。感触はどこまでも普通の木で、光っていて金木犀の香りさえしなければ、不思議なものではない。

 

「投降するように私は促した。でも、先輩は、私に応える前に──化け物に変わった」

 

 今でも覚えている。大好きだった彼女の姿が、内側から樹木のような何かが突き破っていく様を。そして、最後には、まるで巨木が人型になったかのような、化け物へと姿を変えたことを。

 

「だから私は………どうすることもできず、先輩を銃で撃って、ヘイローを壊した」

 

 崩壊する肉体。残ったのは、先輩の面影なんて残っていない、肉塊。先輩だったものは、私の目の前で弾けて、飛び散って、何もわからなくなった。

 

『それが………キュドモス事件の……本当に起きたこと』

 

「待ってよ!それでエリカちゃんが殺人犯っておかしいよ!だってそれって」

 

「ミカさん。私が先輩を殺したことは、事実なんだよ。私がこの手で、撃ったんだから」

 

 私は確かに覚えている。ヘイローが壊れる感覚。あれこそが、この世界で、紛う方のない、死、そのもの。

 

「そして、死んだはずの先輩の遺体から、この木は生まれた。連邦生徒会長はどうにかこの木を滅ぼしたかった」

 

「なんで?この光ってる木……えっと、エリカちゃんの先輩、さん?に何か力が残ってるの?」

 

『ミカさんと同じく疑問です。何故街ひとつごと消し去ろうとしたのですか、彼女は』

 

 私は、ナギサちゃんにも見えるように、ボディカメラの位置も合わせつつ、ライフルを一発木に向けて放った。弾丸は容易く木の表面を削りとり、削れたところからとろりと蜜が溢れ出す。

 

 その蜜は黄金色で、強い金木犀の香りを放つ。

 

「濃縮された黄金の一滴を吹き出すんだよ。これを飲めばどうなるかわからない。もしかしたら、みんな、怪物に体が変質するかもしれない」

 

「…………バイオハザードじゃん……」

 

「そのとおり。だから消そうとした。この都市ごと焼き払ってでも。それでも、ダメだったんだよ」

 

 木の削れた表面がどんどん再生して、元通りになっていく。

 

『これは、木が元通りに』

 

「燃やしても、切っても、根から腐らせるために枯葉剤を撒いても、一瞬で再生する。核となるものがどこにあるのかもわからない。………誰かが言ってたけど、不死の木、生命の樹とか、言われてるね」

 

『なるほど…そうなれば、連邦生徒会長がそこまでしようとした理由もわかります。存在するだけで、キヴォトスの生徒化け物に変えかねないとなると』

 

「けど、どうすることもできなかった。だから、この都市ごと消し去った」

 

『ですが、それも失敗した』

 

「そうだよ。結果が、この今の何もいない、滅んだ世界。……私には、黄金の一滴がもたらす破滅の行き着く先に見えるよ」

 

 そして、そんな場所で確認された虚妄のサンクトゥム。先生曰く、今回の敵は“再生怪人”らしい。だとすれば、ここの守護者は。

 

「エリカちゃん!」

 

「わぷっ!?」

 

 突如、ミカさんに抱きしめられ、私はミカさんの胸の中に顔を埋められた。い、いきが。

 

「ごめん、ごめんっ。私、こんな、エリカちゃんが」

 

「むーっ!むぅー!」

 

 ミカさん、ちょっと、ほんと、息ができないんだけど!?

 

「私何も知らなかった……なのに私、エリカちゃんのこと、条約の時は……」

 

 いやそれは別になんともないし、そもそも前にも言ったけど大してあのときは関わりなかったよね!?

 

「私は絶対に、エリカちゃんのこと、人殺しなんて思わない。エリカちゃんは、私の大切な…お友達だから」

 

「むぅ〜!んむぅー!?」

 

 まじで、これまずい、落ちる。あともうちょいで、落ちちゃう。

 

『み、ミカさん!?エリカさんが苦しんでます!』

 

「え?……あ、ごめんっ」

 

「ぶほっ、はぁーはぁー、し、死ぬかと思った」

 

 胸の中で窒息死なんてありえるんだ。ものすごくミカさんの胸は柔らかかかったけど、そんなこと考える間もなく息ができなかった。

 

『ミ〜カ〜!』

 

「うぇ!?ナギちゃんごめんって、私こんなつもりは」

 

『戻ってきたら、わかっていますね』

 

「本当にわざとじゃないんだってー!」

 

 私は平静を装いながら居住まいを正した。

 

 もう正直に言えば、どうやっても私はトリニティの天使属の子が性癖なので、ミカさんに抱きしめられたという事実が大変よろしくない。

 

『エリカさん、大丈夫ですか?ミカさんには後でよく言っておきますので』

 

「あ、大丈夫だよ。全然」

 

『ミカさん』

 

「耳めっちゃ動いてる」

 

 やめて、言わないで。

 

『エリカさんも、あとでよろしくお願いします』

 

「何を!?」

 

 ナギサちゃんの逆鱗に触れてしまったらしい。いや、ほんと、ごめんって。待った私が謝るのおかしいな。

 

「ミカさん、私も後でお話が必要かも」

 

「エリカちゃんのお説教は嫌!怖いもん!」

 

「今してもいいんだぞ聖園」

 

「やめて!?」

 

『ラブコメってるお嬢様方、横から超天才病弱ハッカーの明星ヒマリが失礼しますよ』

 

「明星さん!?」

 

 突然、明星さんが通信に割り込んできた。

 

『明星さん?一体何が』

 

『現在急速に第七サンクトゥムのエネルギーが上昇しています。それで、守護者の位置が割り出せたので報告をと』

 

『どこなのですか?』

 

『今現在、草鞋野さんと聖園さんがいる位置です』

 

 頭に稲妻のような閃きが走った。嫌な予感どころじゃない。明確な死のビジョン。避けなければ終わり。

 

「散開!」

 

 私とミカさんはそれぞれが出せる最高速でその場から離れた。刹那、木の正面、お店前にあった舗装が砕け、巨大な影が飛び出してくる。漂ってくるのは強烈な金木犀の香り。思わず顔をしかめる、悪臭とまで言えるほどの濃さ。

 

「くっさ、何これ!」

 

「………やっぱり、そうだよね」

 

「エリカちゃん、コイツは!?」

 

 おそらく、本物じゃない。色彩が模倣したものだからか、ネガポジ反転した色みたいになってるけど、姿形は間違いなく、あのときの化け物だ。

 

 何かを核に、樹木が人型になった、化け物。

 

『なるほど、それが黄金の一滴の行き着く先ですか……このキヴォトスの主人とも言えた連邦生徒会長が消そうとしたのも納得です』

 

「明星さん、何を言って」

 

『生命の樹、そしてそこから零れ落ちた黄金の一滴。さしずめお二人の前に現れたそれは──堕落の悪夢、といったところでしょうか』

 

 悪夢、悪夢か。確かにそうかもしれない。でも、あの事件は終わった。私が先輩を殺したことで。

 

『エリカさん、ミカさん!作戦開始時刻です!』

 

 赤く染まった空の下でもわかる、夜明けが近づいている。おそらく、ナギサちゃんの言葉が確かなら、今この瞬間、第六を除く全ての攻略が開始されたはずだ。

 

 悪夢はいつか醒めるもの。こんな出来の悪い悪夢は、見る必要もない。

 

「聖園、やるぞ!これより我々は、第七サンクトゥムの攻略を開始する!」

 

「くさいんだけど!?鼻栓ないの!?」

 

「ない!我慢しろ!」

 

「最悪!さっさと倒して、こんなの終わらせるんだから!」

 

 私とミカさん、そしてナギサちゃん。3人での第七サンクトゥム攻略が、始まった。

 

 




お読みいただきありがとうございました。ここすき、いいね、大変励みになっています。どうぞよろしくお願いします。

アオバはイベントで出てきてこの子出したいな〜となってたので出せてよかったです。実際最終編では何をしていたんでしょうね?
コハルは髪を解いて堂々としていたらすごい綺麗なんじゃないかな〜と思い覚醒して頂きました。
そして、やっと主人公がこうなった事件に触れられたなと思います。黄金の一滴は禁断の果実、というところもようやく出せて嬉しいです。


次回はまた未定です。お待ちいただけます幸いです。
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