頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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皆様大変長らくお待たせしました。リアルで体調崩すわ忙しいわでなかなか執筆時間が取れず…。

今回は今日と明日連続投下します。今回はちょっと短めです。


Area-19「■年前防衛室長執務室 #女神 #堕天 #悪」

──■年前。D.U. サンクトゥムタワー 防衛室長執務室。

 

 

 

 連邦生徒会の一般行政官である七神リンは防衛室長の執務室に足を運んでいた。部屋の前まで来てノックをすれば、扉の向こうから「どうぞ」と柔らかく、それでいてよく通る声がリンの長い耳に届いた。

 

「失礼します。絵庭室長」

 

 扉を開け部屋の主に声をかければ、リンの視界に映ったのは執務室内に置かれた大きな鉢に入っている植物に水を与える少女の姿だった。

 

「こんにちは。七神さん」

 

 手を止め、屈んでいた少女はリンに振り返る。既に見慣れたはずだが、同性であるリンからしても“女神のよう”と言いたくなるような姿がそこにあった。

 

 部屋の奥から差す陽の光に照らされた腰ほどまでの長い神は金糸のように煌めき、碧い瞳は優しさを閉じ込めたかのように深く、それでいて澄んでリンの姿を捉え、体つきは決して高身長でないながらも均整のとれたもの。

 

 リンへ向いた顔立ちは愛らしさと美しさを拒むことができぬほどに押し付けてくる。

 

 連邦生徒会長とはまた種類の違う人を惹きつける、危険とも思える“女神のような”と、形容するしかない美貌。

 

 廃校となった薬学系の学園で生徒会長勤め、僅かな期間でありながらヴァルキューレ警察学校において科捜研のトップとして多大な成果を挙げ、防衛室長となった異色の経歴を持つ生徒──絵庭サロネ。

 

「……お疲れ様です。そちらの木は、絵庭室長」

 

「あぁ、これですか。これはですね、金木犀の木ですよ」

 

「室内での生育は不可能では……?」

 

「もちろんこのあと、陽が当たるところに持って行きますよ」

 

 サロネは「ちょっとお手入れをしたかったので」と言いつつ、手に持っていた犬をディフォルメした形のじょうろを鉢植えの横に置く。

 

「それで、どうされましたか?七神さんが来られたということは、何か書類に不備がありましたでしょうか」

 

「いえ。特には」

 

「なら、一体……?」

 

「先日のトレインジャックについて、防衛室が防止策を上げていないから被害が広がったと交通室長から連邦生徒会長へ苦情が」

 

「あぁ、そのことでしたか。交通室長でしたら先ほどいらして、私に元ハイランダーらしい御言葉を置いて行きました」

 

 苦笑いするサロネに、リンはため息をつきそうになる。

 

「実際のところ、防止策を上げることは必要だったと私は思います。連邦生徒会長も、不思議に思われていました」

 

 リンがこの部屋にやってきたのも、連邦生徒会長の思いつきで「ちょっとリンちゃん聞いてきてよ、サロちゃんに」という言葉に従ってのものだった。

 

 問われたサロネはもみあげを指先で軽くもみながら、執務机へと歩み寄る。机上には、まだ入れたばかりなのか湯気が僅かに上がる紅茶の淹れられたカップが置かれていた。

 

 そのカップを手に取り、サロネは窓を背にリンへと振り向く。

 

「防止策、必要だとは思いませんよ私は」

 

「え」

 

「七神さん。私、お医者さんではないですけど、この防衛室の役割は“予防”ではないと思っています」

 

 サロネがカップに口をつける。その所作はトリニティ育ちと思われてしまいそうなほどに上品だったが、リンはある意味職務放棄とも捉えられるサロネの発言に衝撃を受け、気にする余裕はなかった。

 

「あぁもちろん、予防や症状を抑える薬……ワクチンとかはありますけど……効きもしないものを“毒”として投与することと、変わりありません」

 

「では、防止策は無駄だと」

 

「トレインジャックの予防って、何をすればいいんでしょうか。交通室長はハイランダーと協力して何かキャンペーンをしろと仰っていました。治さないといけないのはハイランダーなのでしょうか?」

 

 陽の影となって、サロネの瞳の碧が、リンを吸い込むように真っ直ぐと向く。

 

「ハイランダーの装備を防衛室の権限でさらに強くするのでしょうか。でもそれはトレインジャックを防ぐためのものではありません。それとも啓発のポスターを駅に貼るのでしょうか。これは既にヴァルキューレがやっています」

 

 カップをソーサーの上に置く最小限の音が、言葉の隙間に響く。

 

「それとも、トレインジャックを起こしかねない相手を何もしていないのに矯正局に入れますか?あくまでトレインジャックは手段でしかないのです。病の根源は、投与しなくてはいけない薬は防止策ではないのです」

 

 ゆっくりとサロネがリンへと歩み寄る。サロネの表情は真剣なもので、リンが聞いてくれていることが嬉しいのか、饒舌だった。

 

「ですから我々防衛室ができることは何もありません。できることは万事、起こったあと。つまりは手遅れでしかないのです。私たち治安維持組織ができることは」

 

「………お言葉ですが、もっともらしいことを言って、サボっている、そういうわけではありませんよね?」

 

 リンの指摘に、サロネは少し目を泳がせながらリンから目線を外した。

 

「いやだなぁ。そんなことできませんよ、私は。まぁ、連邦生徒会長は大鉈を振るえますから、予防とか出来てしまうかもしれませんが」

 

 わかりやすく嘘をついています、という反応にリンはため息をつくも、苦し紛れに言ったようなサロネの発言を聞き返す。

 

「どういうことですか?」

 

「どういうことでしょうか……あ、いえ、えっと、そうですね。たとえば、トレインジャックをしちゃうような子は根無し草なことが多いですから、どこかの学校に転入を促すとか」

 

「中には学校生活を拒んでいる生徒もいると思いますが?」

 

「おおらかな学校ならいいのでは……?レッドウィンターとか!」

 

 おおらかとは程遠い学風と気候に支配されているレッドウィンターを例として挙げたサロネに今度こそリンは大きくため息をついた。サロネは何かまずいと思ったのか、続けて口を開いた。

 

「今のは一例ですから!こほん。話を戻しますね。とにかく、防衛室としてはこれまでどおり、ヴァルキューレへ協力のもと、発生時は速やかに対応を行うつもりですから。生徒会長にはそのようにお伝えください」

 

「わかりました」

 

 防衛室長の考えはこれまでと変わらない。リンはその確認が取れれば、これ以上の話は不要だろうとサロネに一礼して、踵を返す。

 

「あの、よければお茶でも…」

 

「お気持ちだけ頂きます。戻らなくてはならないので」

 

「そうですか。じゃあ気持ちだけ!」

 

 カップを置いて胸元から手で作ったハートマークをリンに飛ばすサロネに、連邦生徒会長とはまた違う面倒な絡み方だと再びため息をついたリンは今度こそ執務室の扉を開けて、出て行った。

 

「失礼しました」

 

「お疲れ様でした」

 

 リンは廊下へ出ると、扉を閉める。

 

「……弱い私が……学校一つ守れない私が……連邦生徒会長のような正義を語れるわけがない………弱者は、悪だから……」

 

 閉める直前、何か聞こえたような気がしたが、リンは聞き取ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

──現在。シャーレビル、休憩室。

 

「それが最後でした。私と絵庭元室長が対面で話をできたのは」

 

「………噂に聞く、絵庭サロネの人物像との乖離はありませんね」

 

 虚妄のサンクトゥムの攻略が進む中、ナギサは一時シャーレに帰投したエリカの左肩についた夥しい出血の跡を見て、エリカへの追求はせずにミカへと何が起きたのか問い詰めた。

 

 頑なに何が起きたのか話すのを拒んでいたミカだったが、ナギサへ条件を一つだけ付けて、第七サンクトゥム攻略戦で起きたことを明かした。ナギサにミカから突きつけられた条件はただ一つ。エリカのことを気持ち悪がらないこと。

 

 そんな気持ちになるはずがない、とナギサは言い切りエリカの身に何が起きたのかを聞く事ができた。

 

「桐藤会長。あなたが聞いた、草鞋野さんの中に絵庭元室長がいる、というのは少々考えづらいかと思います。少なくとも彼女は、今桐藤会長の認識のあるとおり、理性的な方でした」

 

 腕が吹き飛び再生した。このことにナギサは衝撃を受けたが、それ以上にナギサが気になったのはエリカの中にいる“何か”。

 

 トリニティでは魔法・魔術の類は信じられていないことが通説であり、自治区の長であるナギサも表向きはそんなものは存在しないと、過去にあった事件等で断言している。だが、実際はナギサ自身が魔法としか呼びようがない力を持ち、幼馴染のミカも同様、親友であるセイアにいたっては未来予知の力さえあった。

 

 理外の力は存在する。世に混乱を起こす事がないよう、当事者が明かさないだけで──それがナギサの持論であった。

 

 故に、ナギサはエリカに対しての忌避感は出ず、むしろ、彼女の身に何が起きているのか。どうすれば、何か、助けになるのか。暗中模索の中、ナギサは今手元にある事実を武器に、生前の絵庭サロネのことを知っているリンを別室に呼び出しているのだった。

 

「少なくとも、絵庭元室長がそのような……なんでしょう、まるで超常の存在かのように振る舞ったことを私は見た事がありません」

 

「……そうですか」

 

 ミカが目にした、まるで“暴虐を愛するかのような女神”はエリカがただ大怪我をして、追い詰められ、露わにした内面なのか。そうであることをナギサは信じたくもなく、また、二度も命を救ってくれた草鞋野エリカという少女を否定したくなかった。

 

 それは愛故に目を曇らせているからではなく、正義であろうとしている少女の姿をその目で見て、純然たる事実として知っているからだ。

 

「七神代行。お時間を取らせてしまいすいませんでした。こんな状況で」

 

「いえ。私は本部に戻ります」

 

「はい」

 

 リンが休憩室から出ていく。ナギサは狭い室内の壁に背を預ける。

 

 リンから聞けた絵庭サロネの人物像はナギサが以前、キサキへ密かに問い合わせた際に確認した内容の通りのもので、エリカの現在の姿勢がサロネを理想像としていると思えることから偽りとは感じられなかった。

 

 エリカは、シャーレというこのキヴォトスそのものを左右できるほどの権限を持ちながら決して強権を振りかざすことはしない。それはナギサが初めて出会った時、知った時から変わらない。

 

 サロネが防衛室長として過剰な介入を避ける姿勢をとっていたのも、エリカの今の姿を見れば、ナギサは理解できた。

 

 だからこそナギサは最期に、何故エリカとサロネが相対することになったのか理解できなかった。ミカから伝え聞いた、エリカが語った街一つを消し去るほどの事態となったキュドモス事件。その最中で起きた、エリカの全てを狂わせたと言っても過言ではない、サロネへのトドメの一撃。

 

「………理性的であろうとする方の天秤を奈落へと落とすには……」

 

 エデン条約事件の、FOX小隊やエリカと列車に乗った時のように、ナギサはまだ足りないピースがありながらも、今組み上げる事ができるものを摘んで行く。

 

「やはり誰かが……彼女を教唆した?それとも、かつての私のように何か追い込まれていた…?」

 

 リンが語った中で、絵庭サロネは廃校となった学園の生徒会長だったということもあった。エデン条約事件に直面し、何もかもを失いかけたナギサはそのときの恐怖、やるせなさを思い返す。

 

 結果としてナギサは、トリニティ総合学園は、潰されることはなかったが絵庭サロネはそうではなかった。自身の学園を失った生徒会長の心情など、ナギサには考えたくもないほどのものだった。

 

「………この事件、本当の“核”はそこですか?」

 

 幾重にも積み上げられ、加えて、絡み合った情報の山の下敷きとなった扉。

 

 エリカがヴァルキューレを追放され、街一つを滅ぼし、エリカがサロネを殺し、違法薬物が作られ、サロネが連邦生徒会を辞め、セントシリウスが廃校となった。

 

 表層から強引に剥がして底を覗き見た時、ナギサはその底にある扉から先こそ、現在に至るまでエリカを苦しめ、様々な人々を狂わせるものがあるのではないかと推測する。

 

「ですが、公的な記録は全て抹消されていると言いますし……」

 

 だが、その扉を開けるには鍵がまるでなかった。加えて、記録という鍵穴も塞がれていた。今残されている事実は、草鞋野エリカが絵庭サロネを殺したことでキュドモス事件は終息したというものだけだった。

 

 街一つを犠牲にするほどの徹底した情報の消去は黄金の一滴の秘匿、“生命の樹”を排除するためのものでしかなかったか、そうではないかもしれないとナギサは思った。

 

「誰なのですか。その先にいるのは」

 

 仮に、絵庭サロネを狂わせた者がいるとすれば、それは一体何者なのか。影も形も見えず、操る糸さえもない。ナギサの推理は止まった。

 

「なんにせよ、今考えられるのはここまで……エリカさん……あなたを苦しめているものがあるのなら私は……」

 

 博愛を持たねばならない天使が一人のために堕天していくことを咎める者は誰もいなかった。

 

 




お読みいただきありがとうございました。ここすき、感想、いつも大変励みになっています。ありがとうございます。

次回はまた明日投稿します。
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