「お似合いですわ」
「ありがと。ハルナも綺麗だね」
「お世辞でも嬉しいですわ」
闇オークション当日の夜、私たちはトリニティの一角にあるホテルで落ち合ってから着替えた。私はハルナの用意した黒のスーツに青のネクタイ。髪は襟足から少しリボンで結った。先生から借りた銃はジャケットの裏に忍ばせて、警棒は腰に。
ハルナは青から紫にグラデーションがかかったようなドレスだった。太ももまでスリットが入っていて、大人っぽくてお世辞でもなんでもなく、ものすごく綺麗だった。お化粧も決まっていて、とても生徒には見えない。彼女も普段のスナイパーライフルは屋内での戦闘に備えて持っていかず、取り回しのいい拳銃を太ももにバンドで装備している。
「それで、私はハルナの若い燕役ってところかな」
「えぇ。エスコートしてくださります?」
「あんまりこういうのは柄じゃないけど、やれるだけのことはやるよ」
私たちがいるホテルは目的の屋敷からそこまで遠くない場所で、現地まではタクシーだ。
ハルナを連れて街の中に出る。……なにか、嫌な空気だ。私の中の予感が強くなる。夜でここが郊外の街なせいもあるけど、人気が全くない。こんなにもトリニティの夜は不気味だっただろうか。しばらくこの自治区にいたけど、こんな感覚は初めてだ。
「どうされましたの?」
「なんか、変な感じがするんだ」
「確かに、あなたのお耳がぴーんとしていますわね」
「んひゃぅ」
いきなりハルナが私の耳触った。もぅ!変な声出るとこ触らないでよ!
「や、やめてよ…耳、そこは敏感なの」
「あら、これは弱点を見つけてしまいましたわね。今後の参考にしますわ」
「次やったら逮捕します」
「ごめんあそばせ。ほら、行きますわよ」
「わかったよ」
不確かな予感のせいで身動きがとれなくなるわけにはいかない。私たちは近くのタクシープールに留まっていた一台のタクシーに乗り込んで、オークション会場へと移動した。
お屋敷につくと、当然ながら入口で身分証明をさせられたけど、招待状を見せて一発だった。警備をしていたのはあろうことかトリニティの生徒で、この学園はなんともただのお嬢様学校とは言えない。
「よくもまぁ、あれでわたくしの母校を邪悪な学校などと言えたものです」
「ハルナ…?」
「失礼しましたわ。ふふ、わたくしも驚いております。不正を許せないあなたの気持ちが少しはわかりましたわ」
対立しているゲヘナの生徒であるハルナからすれば、トリニティからあまりよくない言葉をかけられているのは知っていて、それなのにこんな違法行為をしている場所に加担する生徒がいるのは「どの口が」という気持ちになるのかもしれない。
「けど、これから行いを改めようなんて気はないよね」
「もちろん。あなたが頑張ることを止めないように、わたくしも美食への探求を止めることなど不可能」
ハルナの手をとって、中庭を進んでいく。屋敷の中に入れば、メイド服を着た生徒が私たちに「こちらです」と案内する。まず通されたのは立派な広間で、立食パーティーだった。腕時計を見ればオークションまでにまだ時間はある。
どうしよ、こういう場所でのマナーなんてわからないし、困った。ハルナに視線を向ければ彼女は優しく微笑んでくれた。
「あなたは自然体で構いませんわ。今はわたくしに身を預けてくださいませ」
「……いいの?」
「もちろんですわ。でなければ、先生からあなたを任されたわたくしの立つ瀬がありませんもの」
今度は逆に、ハルナに引っ張られる。参加者はかなり多い。よくもまぁこの厳戒態勢の中でこれだけ集まったものだ。となると、もちろん私がヴァルキューレの時代に見かけた指名手配犯たちもいる。
「狛犬さん」
「……あ、ごめん、私の名前だったね」
「あまりそういう目をされないほうがよろしいかと。あのような手合いたちは目でわかってしまいますわ」
「そ、そうだよね。ごめん……」
「ふふ、素直で可愛いですわね」
「むぅ」
なんかハルナにあそばれてる気がしてやだ。この子、私のこと愛玩犬か何かと勘違いしてるんじゃないかと、過去に会った時も思った。
「ほら、これでもいかがですか?」
ハルナから差し出されたのはクラッカーに乗ったトマトとチーズ。カプレーゼだった。間違いなく餌付けだった。正直、違法行為をしている場所で出ている食事なんて食べたくはないが全く口にしないのも怪しまれる。
仕方がない、と私はハルナの手にあるそれを口にした。その時に、ハルナの指先を舐めてしまったので、なんかものすごい色っぽい声がハルナの口から少し出た。
「んぅっ…仕返しのおつもりで?」
「そんなつもりはないよ」
「いけずですわね」
「……どうしたいわけ?」
「ふふ、今のあなたの役目、わかっておられるのでしょう?」
あくまで私たちがカップルということで今は通すらしい。潜入操作は当然だけど生活安全局ではやることはないので、経験値ゼロだから、悔しいけどハルナに従うしかない。今の私の役割は、こういう場所に恋人に初めて連れてこられた初々しい彼氏、というところだ。
「料理に関しては残念ながら80点は出せていますわね。この蒸し焼きに使われている魚も、オデュッセイアで高値のついたものでしょう」
「……食べないの?」
「食べさせてくださらないのですか?」
同じことをやれと言うのか。私は近くの料理、それこそハルナが今言っていた魚の蒸し焼きをお皿にとって、フォークで差し出す。リップのついた唇が瑞々しさを感じさせていて、なんだか私も変な気分になる。
ハルナは私がおかしいのをわかってか、明らかに色目を使ってくる。な、なんかだめだ。ものすごいダメなことしてる気分。なんだろう、これ、背徳感?なんに背徳感を感じてるの私は。
「んっ……ふぅ、悪くはありませんわ。それに、あなたに食べさせてもらうと先生と同じ、おいしくなってしまいますわね」
「い、意味わからないんだけど。普通に食べてよ」
「食べていますわ」
料理を置くと、露骨にハルナは腕を絡めてきた。周囲の参加者からの視線は特にない。くっ、ハルナの狙い通り、私の不慣れさが逆に初々しいカップルのようになってる。
「そもそも、なんでこんな時間が用意されているの?」
闇オークションには流石に踏み込んだこともないし、話を聞いたこともないのでハルナに聞くと、ハルナは会場の隅に私を連れてきて、テラスへと出てくれた。
「なんでテラスに?」
「パーティーでテラスを使うときはこういうことをするためですわよ」
「えっ、あっ……」
ぐいっ、とハルナが私の顎に指を当てて引き寄せられる。や、やだ、さすがにファーストキスをこんなところで奪われるのは!?
「なんて、今は仮初の関係。あなたに手を出せば怖い狐さんたちが来てしまいますわ」
「うぅ、うっ、び、びっくりした、やめてよ」
ほんとにキスされるかと思ったけど、ハルナは私の顔を避けて耳元で囁いてくる。これはこれで耳がふわふわしてやだ。ハルナの声、認めたくないけど本当に綺麗だからぞくぞくして変になる。尻尾ぴーんってしちゃう。
「それで、なぜこのようなパーティーをするのか、でしたわね」
「そ、そうだよ。教えてくれる?」
「裏社会では横のつながりというものが大切です。しかし、なかなか大々的に集まるのは難しいのが現実。となれば集まれるときにこうやって関係作りをするのが大切ですわ」
「なるほど……」
納得の理由だった。ハルナの影からひょっこり顔を出して会場の中に目を向けると、談笑をしている参加者がかなりいる。お酒の席、というのもあるんだろうね。話が弾んでるのが目に見えた。
「確認できるだけでも、カイザーグループの役員に、武器商人、自治区間で指名手配されてるヤバい連中ばっかりだね」
「えぇ。ですからあまり目立つとあなたもバレてしまうかもしれませんわ。しかし、こんなところで人目もはばからずに行為に及ぶようなカップル、相手にしたくはありませんでしょう?」
「………それはそうだけど、私、そんなはしたないことするような子じゃないです」
「え・ん・ぎ、ですわよ?」
「ハルナが女優すぎるんだよ」
「褒め言葉と受け取っておきましょう。さて、戻りますわよ」
弄ばれてるせいで、ハルナが本物の悪女のようにも見えてきた。私よりも背が高いし、余計に。夜風の涼しいテラスから会場の中に戻る。黒崎さんはいないのか見回したけど、見つからない。もうオークション会場にいるのだろうか。
「そういえば今日落としたいのって何なの?」
「カタログを見せていませんでしたわね。これですわ」
ハルナが見せてくれたカタログには順番はわからないけど出品予定の品が載っていた。ハルナが指をさした欄には“永久凍結バナナ”と記されていた。
「……なにこれ」
「そのままですわ。かつて、古代に何者かが“永久に溶けない氷の中では時間も凍結しているのでは?”という理論を考え、実験の果てに生み出された逸品ですわ。これまで長い間様々な者の手に渡り“不老不死のお守り”として扱われてきたオーパーツなのです」
「流石に腐ってるんじゃないの?」
「いいえ。氷の中のバナナは本当にそのまま、ずっと綺麗な…黄色のままだそうです」
ものすごい馬鹿げた見た目であることは想像にかたくないのに、事実なら本物のオーパーツだよそれ。先生もシャーレの予算が少ないからオーパーツ集めてたけど、週に何回かやっても完品は出てこない。
それぐらいオーパーツ……完品となると、キヴォトスでは紫グレードのものは正当な売り方でも結構な額になる。
「ハルナ、そういう美術品の類って好きだったっけ」
「それなりの知識はありますがそこまでは」
「……まさかとは思うけど」
「えぇ、食べますわよ」
「お、お腹壊しても知らないよ?」
「大丈夫ですわ。先生からはバックアップも準備いただいていますので」
先生、一体どれだけハルナに条件つけられてこの潜入のお願い通したんだろう。相当無茶なことお願いされてない?大方、体調崩したら鷲見さん呼ぶんだろうなぁ。あの子ならなんとかしてくれそう。
「そもそも、絶対溶けない氷なんてどうやって溶かすの?」
「それもツテはこれから作りますわ。何せ、借りはできるわけですし」
察した。黒崎さんをダシにハルナはミレニアムを強請る気だ。さ、最悪だ。早瀬さんに何を言われるかわかったもんじゃない。先生、そこらへんちゃんと考えてるのかな。
「もしかして、わたくしが強請るなんてお思い?」
「うん」
「……微塵も疑われていないのは悲しいですわね。大丈夫。先生からはそういうことに情熱を燃やせる部があると聞いていますので」
エンジニア部だろうか。先生の支援要請の報告書見るに、発明品をたくさん作ってるらしい。ただ、なんだろう、氷は溶かせてもバナナごと消し飛びそうな気がしないでもないし、ハルナの頭がアフロになっている可能性も否定できない。
「まぁいいや……私はどうでもいいし、それ」
「えぇ、お互い目的のものを落としましょう」
時計を見ればそろそろオークション開始の時間だ。私たちは会場へと移動した。
オークション会場は劇場を利用しているようで、私たちは指定されている少し後方に座った。ここからなら参加者を見渡せる。黒崎さんは今度こそいるだろうか。
「……いた…!」
特徴的なピンク色のツインテール。格好は会場に合わせてか何故かバニースーツにジャケット。あとは髪に黄色のメッシュを入れてる。
「あの方が……ずいぶんとお可愛いウサギさんですこと」
「けど、あの子、何を狙ってるんだろう……」
「それはわかりませんわ」
黒崎さんは見つけた。あとは彼女をどうやって連れて帰るかだけだ。無事にオークションが終わればそのまま連れて行けばいいだけなので、すんなり終わるはずだけど。
『皆様、お待たせしました。オークションを開始いたします』
しばらく待っていると、司会が登壇して開始を告げる。はじまった。
『今宵も珠玉の逸品を取り揃えております。どうか、お楽しみくださいませ』
「……さて、どうやって落としましょうか」
「楽しそうだね」
「それはもう。わたくし、これでも狙ったものはかならず落としていますのよ」
「私の真似?」
「ふふ。どうでしょう。なかなか落とせない方もいますけど」
「……?」
ハルナは私に視線を向けたあと、舞台のほうへと目を戻す。先生のこと好きなのかな?ハルナって。わかんないけど。
それからオークションは順調に進んだ。出品されたものはどれも私がヴァルキューレだったら確実にここで騒ぎを起こしかねないものだった。明らかに盗品と思しき芸術品や、ブラックマーケットですら流通していない違法な兵器、果ては違法薬物。まるで社会の闇の”煮凝り”を見せられているようで、気分が悪い。
「目を背けてもいいのですよ?」
「……やだ」
「無理をするあなたは本当に愛おしいですわね」
ハルナが手を握ってくれる。先生とは違って、低い体温でひんやりとしていたけれど、私を落ち着かせようとしてくれているのか、優しい手つきだった。
『さて、次からは更にワンランクアップした品々です。では参りましょう!まずはこの品から──永久不滅の象徴!不老不死の証明!永久凍結バナナです!!』
来たっ!ハルナの狙ってたやつ!
『三千万クレジットから!』
「四千万!」
『そちらの貴婦人から、四千万!』
ハルナがまずジャブのように一千万クレジットを上乗せする。いや、どこにそんなお金あるのハルナ!?最初から手を出せる額じゃないよこれ!だってこの直前の品のスタート額、五百万クレジットだったよね?
「四千五百!」
『黒の紳士!四千五百!さぁ、まだありますよね!?』
価格が次第に吊り上がっていく。明らかにオークションの熱の入り方が違う。ここからが本番なんだ。ハルナの顔はとても楽しそうで、これまで何度も見た余裕のあるお嬢様の顔じゃなくて、私たち同年代の可愛い女の子そのものだった。
「七千二百!」
『またしても貴婦人から!七千二百!どうか!?』
決まった?ハルナの言い値に、周りは動きを鈍らせ始める。いきなり目玉ゾーンに入った一品目でこれ以上は、というところなのかな。ハルナが不敵に微笑む。勝利を確信、そんな感じだ。
『ではこれでこの品は――』
「八千!」
『まだいきます!そちらの白兎様から八千万!』
「…なんと、おやりになりますわね。ウサギさん」
「黒崎さんが入れてきた…!?」
可愛らしい声から出されたとんでもない額。黒崎さんがここで初めて競り合いに参加してきた。黒崎さんはこちらをチラリと見る。笑ってる…!?
「これは少し、おいたが必要ですわよ。あなた」
「おいたって」
「ふふ……こうするのですわ。すぅ――九千九百!」
い、一億クレジットになっうちゃうよ!?またさっきと違う意味で気分が悪くなる。く、くらくらするよこんなお金の飛び合い。
「一億!」
『なんと間髪入れず!いきなり大台に載ってきました!白兎様から一億です!』
会場が大きくざわつく。
「は、はるなぁ」
「問題ありませんわよ。まだまだ…!一億一千!」
思わず私が涙目でもうやめようと言いそうになるけど、ハルナは逆にやる気になってしまってまた吊り上げる。ほ、ほんとにやめよ?お金払えるの?絶対そんなお金ないよね!?
「ちっ…!一億二千!」
「一億三千!」
「一億五千!」
「一億七千!」
待って!?待って!なんで二千万単位であげてるの!?ハルナ、なんか汗ばんでない!?絶対やばいよね、これ!?ねぇ、ほんと!
「ここまでの強敵だとは……しかし、これは?──二億!」
『ついに二億!なんということでしょう!これは決まったか!』
たぶん、これがハルナの限界。かなり真剣な表情で、もはや黒崎さんを睨んでいる。とてもじゃないけど、学生が払える額じゃない。こんなの連邦生徒会が、業者に年間の業務で支払う契約金クラスだ。
「──五億」
『は?』
「五億クレジット!」
『え?えぇぇぇぇっ!?なんと、ご、五億クレジット!』
黒崎さんはそれはもう、いい笑顔で最後にこちらを見た。私の手を握ってくれていたハルナの手がわなわなと震えている。
「ふふっ、ふふふっ」
「ハルナ?」
「エリカさん?」
「なにかな」
「兎鍋は…お好きでしょうか」
それはもう、壮絶な笑みをハルナは浮かべて、黒崎さんを見る。黒崎さんの顔が真っ青になる。ハルナが怒っていることに気がついたらしい。
「ダメだからね?食べちゃダメ」
「冗談ですわ」
「はぁ…本気にしか見えなかったよ。けど、いいの?降りるの?」
「何を言っていますの?言いましたでしょう。わたくしは狙ったものは確実に落としていますの」
これ以上吊り上げるなんて無理だ。それに黒崎さんがこんなパワーゲームをできるのは簡単だ。単純に彼女の資金力が自治区そのものだからだ。学校の資金を横領すれば、五億ぐらいポンと出せるのだ。
それに対してハルナはあくまで、同好会の会長にしかすぎない。実家がめっちゃ太そうだけど、それにしたって限界があるはずだ。限度額がないというノノミちゃんが持っていたカードでもない限り黒崎さんとこれ以上競り合うのは無謀すぎる。
「時間ですわ」
「え?」
『ではこれにて永久凍結バナナはらくさ』
バナナが落札される。その瞬間だった。大きく会場が揺れた。これは、爆発音?そして、響いてくるたくさんの足音。
「一体、何が?」
「過剰なまでの正義は毒そのもの、そうでしょう?エリカさん」
「それはそうだけど」
「その毒は振り撒く側にも回ります。そう、正義とはあなたの言うように正当な権限によって行使されなくてはなりません――」
大きな音が会場に響く。会場の入り口の扉が吹き飛び、警備をしていた生徒がゴム毬のように転がっていく。私は入り口のほうを見た。そこにいたのは、黒、黒、黒黒黒黒──黒一色の集団。
「正義実現委員会っす。しんみょーにお縄についてください!」
先頭に立つのは糸目の黒髪ロングの生徒。手にはライフル。彼女の背後にはたくさんの黒い制服を着た生徒。コハルちゃんと同じものだ。
ただ、彼女たちの目つきは等しく、ぎらぎらとしていた。まるで、興奮しているようにさえみえる。
「──エリカさん。あなたの正義は間違っていないとわたくし、思うのですよ」
「総員、かかれっ!」
「「「わぁぁぁぁっ!」」」
突入してくる正義実現委員会。私とハルナは銃を抜いた。
すっかり書き忘れてましたが、主人子には耳に加えて尻尾があります。だから腹芸はそういった意味でも苦手です。
オークションの描写は超適当です。すまない…。
ちなみに、一見ハルナは余裕たっぷりにエリカにちょっかいかけているように見えますが、内心めちゃくちゃ必死な上、無茶苦茶心臓バクバクしています。頑張って格好付けてます。