だいぶこの章も長丁場ですが、もう少しお付き合い頂ければと思います。
「シロコ…先輩…?」
アヤネの声に、シャーレの作戦本部にいる生徒全員が、突如現れた人物へ目を向ける。作戦本部の中央近く、先生のすぐ横に現れたのは黒のドレスのような制服を着た、大人びた狼の獣人の生徒。
アヤネが名前を呼んだ砂狼シロコによく似た少女だった。
そして、次に室内に響いたのは銃声。続けて、カシャンと銃が床に落ちる音。何が起きたのか、ほとんどの生徒たちは認識できなかった。
音のあとに残っていた光景はシロコによく似た少女が拳銃を構え、その銃の銃口から硝煙が溢れ、アコを庇うように前に出ていたカヨコが手を抑えている姿だった。
「遅いよ」
信じられない早撃ちで、カヨコは自身が銃を抜いた瞬間に手を撃たれ、銃を取り落としていた。キヴォトスの生徒であるため、手を撃ち抜かれることはなかったが、強い痺れを感じるほどの衝撃と痛みがカヨコにはあった。
「カヨコさんっ」
「大丈夫。アコ、動かないで」
目の前の少女が、カヨコの知る砂狼シロコとは別人だとカヨコは直感する。明らかに我流の動きをしていたシロコと違い、目の前にいる少女はカヨコの知識にあるヴァルキューレ生徒の動き──即ち、ゲヘナにおいて要注意人物として扱われていた草鞋野エリカに酷似していた。
アヤネは自身の知る先輩によく似た人物の突然の凶行に、なぜ、どうしてと戸惑うしかなかった。
「………あの、銃は………?」
ナギサは、シロコによく似た生徒の手にある拳銃が、今自身が持っているエリカから譲り受けた銃と同一であることに気が付く。
何よりも、目の前で見せつけられた“気がついた時には撃たれている”という技はナギサ自身を守ったエリカの技そのものであり、同じ犬科の獣人であるシロコによく似た生徒に、エリカがだぶってナギサは見えた。
「……先生。さすがだね、ここまで来たんだね」
「シロコ……だよね」
「そうだよ」
先生は、いくらか大人となった姿であっても、声、雰囲気、それら全てが目の前に現れた生徒がシロコ本人と同一であると判断する。
「悪堕ちでもした?」
「……………」
「あぁ、ごめん。大事な話をしに来たのはわかってるよ」
茶化すような先生の態度に、シロコはわずかにムッとしたような表情を見せる。平謝りする先生に、シロコは短くため息をつく。
「どれだけ先生が抗っても未来は変えられない。キヴォトスの終焉は、定められた未来」
「って、言うように言われた?」
「違う。これは私自身の“本質”」
「急にゲマトリアみたいなこと言うじゃん」
「たたくよ」
「ごめんって」
明らかに危機的な状況であり、ほとんどの生徒たちが先生の軽い態度に悲鳴をあげそうになる。いつ先生がこの場で撃たれて死んでもおかしくない。それほどまでの状況であるのに、先生は態度を改めない。
「………ふぅ。この世界を定められた未来に導くのが、この私──砂狼シロコの役割。色彩はその手段の一つにしかすぎない」
『なるほど。あなたの神秘はそういうことなんですね、砂狼シロコ。この世全てをあの世へと渡す船頭であると』
シロコの発言に割り込んできたのはヒマリだった。ヒマリの発言に、シロコはヒマリの顔が映るモニターを見る。ただ、そのあとヒマリに何かを発言することなく、一瞥するだけだった。
『そして、色彩は手段にすぎないというのであれば、あくまで色彩はトリガーでしかなく、解放されたあなたの中にある神秘に従い、あなたはキヴォトスを終焉に導く、ということですね?』
が、そこで言葉を切らないのがヒマリであり、彼女は畳み掛けるように話す。シロコは再びヒマリを見たが、今度は睨む。
「定められた運命は変えられない。私がこの世界に存在した時点で確定した未来。そして、定められた運命を変えられないのがこの世界のルール」
「じゃあ、シロコ。シロコの言う通りならどれだけ色彩の手先を沈めても、何らかの手段で世界が滅ぶってことかな?」
「そう。先生の言うとおり。でも、私は先生を傷つけたくない」
シロコが銃を下げる。その動きが、先生から見てもエリカとよく似ていることが見えた。ナギサやカヤ、そこまでの付き合いがないモエでも、エリカの銃をあえて下げる時の動きと重なっていた。
「だからキヴォトスから出ていってほしい」
「やだ」
「………そう言うと思ってた」
先生の即答に、シロコは呆れた表情を見せる。
「なら…そのときが来ても、迷わない。私が、先生をここに導いたから。最期も見送るのが……私の役割」
それは宣戦布告に等しい発言であり、先生はそんなシロコの発言に、ただ仕方がないといった表情でいた。
話はそれまでなのか、シロコは手に持った拳銃を右の太ももにつけているホルスターに収めると、前触れなく空中にゲートのようなものを発生させ、その中へと消えていく。誰しもがシロコを見ているしかない、そんな中、先生が突如シロコの開いたゲートに身を投げた。
「先生!?何を!」
リンの仰天した声を後に、先生はゲート中へと吸い込まれる。
「…っうぎ!?」
ゲート中へと身を投じた先生は、頭が破裂したのかと錯覚するほどの情報を脳へと叩きつけられた。それらは誰かの記憶であり、世界の残滓であり、記録だった。断片的な光景が浮かんでも先生の脳が処理し切る前に変わっていき、記憶することさえできない。
それら全ての情報が濁流のように流れすぎたあと、先生はどしゃりと、どこか別の空間の床に倒れ伏す。
「……ぐはっ、はっ、はぁっ、うっ………ここは……」
涙目で、歪んだ視界を無理やり手で拭って正常にし、先生は非常に大きな広間のような空間にいることに気が付く。追ったシロコは倒れた先生に振り向き、その場で佇む。誰か他にいるのかと先生が周りを見れば、影がもう一つあった。
「………あんたは」
「────」
鉄仮面により素顔は伺えず、体は大きな外套のような、マントのようなものに包まれ、その隙間から包帯に巻かれた、しなびている手が覗く。
「あんたが、プレナパテスか?」
鉄仮面は頷かない。動かない。
「テメェ。人の生徒に何をしやがっ──!?」
一発殴ろうかと先生が立ちあがろうとした瞬間、まるで背中を何かに掴まれたかのように引っ張られ、目の前の景色が遠ざかっていく。次の瞬間、ドサっと先生は作戦本部に戻ってきていた。
「うわっ!?」
「先生!ご無事ですか!?」
「いてて………リンちゃん?」
「なんて無茶を…!」
「ごめん。けどまぁ、このとおり無事」
先生は生徒たちに心配をかけないようにスクッと立ち上がる。実際には頭痛があるものの、耐えられないほどではなかった。
既にゲートはなく、先生の視界にあるのは先ほどまでと変わらない作戦本部の光景だった。
「………どうして、シロコ先輩……」
アヤネはゲートが消えた空間を見て、胸を押さえていた。
『わかりやすいぐらいに闇堕ちしてましたね。まぁもっとも、彼女が我々の知る砂狼さんであればですが』
居た堪れない空気の中、そんな空気などまるで読まずにヒマリが口を開く。先生も、作戦本部に詰めている生徒たちも、モニター内のヒマリに目を向ける。
「どういうことなんですか、明星さん」
『データだとか、そういう話ではなく、そもそも砂狼さんあんなに強いですか?』
「…………言われてみれば確かに」
アヤネはシロコの実力をよく理解している。先生がいなければアビドス高校の戦術指揮を担当するのは学年を無視してアヤネの役割であり、ポジション上、アビドス生の実力をもっとも把握しているのが彼女だった。
ゆえに、アヤネはヒマリの言葉に冷静になり、先ほど現れたシロコを思い返す。
「シロコ先輩はあんな早撃ちはできません。サブアームとしてハンドガンを使っているのは見ていますが、そもそも使い方も、構えも、癖も、まるで違います」
『でしょうね。以前、デカグラマトン絡みでお邪魔させて頂いた時、アビドスの皆さんの動きは見させて頂きましたが、私の記憶の限りでも砂狼さんはあのような動きはしていません』
「……そうだね。私たち便利屋もアビドスの子達と戦ったことがあるけど、あんな動きはしてこなかった」
「じゃあ一体なんなんですか?あの砂狼さんは」
アコの問いに答えたのは、ナギサだった。
「………彼女の動きは、エリカさんに酷似していました」
「桐藤会長が言うということはあの草鞋野エリカですか?」
ナギサがアコに頷く。
「そういえば、春先に私も戦ったけど、あの時使ってた銃、さっきの砂狼さんが持ってたのと同じだったような」
エリカと戦ったことのあるユウカは、春先の記憶を思い返し言う。ナギサは僅かに躊躇いながらも、腰のホルスターに収めていた淑女が持つには無骨すぎるソレを抜いた。
「そして、その銃がこちらです」
「……間違いなく、草鞋野さんの銃ですね。私も、防衛室にいた際に見ています」
カヤの言葉に、ヒマリは画面の中で手を組んで口元を隠していた。そうでなければ、知的好奇心により僅かに口角が上がっていることが露見してしまうからだ。
「(いけませんね。我ながら、ミレニアムの生徒であることを久々に自覚します。脳が刺激され、興奮する。これではこの状況を楽しんでいるエンジニア部を笑えませんね)」
「たしかさー、その銃ってヴァルキューレで試作されたやつで、その一本しかなかった気がする。だからこの世にそれしかないはずなんだよねぇ」
モエの言葉に、作戦本部の生徒たちが息を呑む。存在しないはずのものが存在している。その意味が、理解できない。
先生が、こめかみを揉んで、精神的な意味で頭痛がしそうだった。
「(最悪だ。そういうことかよ。どんだけ悪辣なんだよ。………クソがよ)」
先生は気がついてしまった。あのシロコが何故、エリカの銃を装備していたのかを。それが意味することも。
『──皆さんの中には、気が付かれている方もいるのではないのですか?この世界に顔が同じ人物は、3人はいると言われています。科学上、それはあり得ることです。しかし、全くの“同一人物”は存在し得ません。クローンや、アンドロイドとしてデータで再現したとしても、それは元となったものを模倣した“準同一存在”』
「……明星さん、あなたが言っている意味、どういうことであるかわかっているのですか」
『ええ、連邦生徒会長代行。ですから、あの砂狼さんはおそらく──並行世界からやってきた。つまり私たちの敵は、別の世界のキヴォトスの住民。それがこの戦いの相手です』
「待ってください!それならば、それこそ、ミカさんや、我々トリニティの生徒たちが相手側から来ないことが理解できません。色彩の目的がこちらを滅ぼすことであるのなら、殊更」
『桐藤さんの疑問はもっともですが、これは分析するまでもないでしょう。敵はこの世界に存在した脅威を再利用しています。つまり武器は現地調達というわけです。私は戦いの用法はよくわかりませんが、戦力が乏しい勢力がする行動であると認識しています』
ヒマリの言葉の意味は、戦略・戦術的な視点にいることがあるナギサには簡単に理解できてしまった。つまり敵には、ナギサ自身をはじめ、生徒などほとんどいないのだと。
「だとしても、こちらを攻める理由が見つかりません。仮に相手側の生徒がほとんどいないのであれば、このキヴォトスを滅ぼすなり、乗っ取るなりしても」
「いや違うよ、リン先輩。そこで出てくるんでしょ、色彩が」
ここで発言したのはお菓子を食べながらも真剣な表情をしているモモカだった。リンは、こういった状況でこの後輩から発言出ることに驚いていた。モモカはリンの反応を気にせず、発言を続ける。
「さっきさ、そこのモニターの子は色彩がトリガーって言ってたじゃん。虚妄のサンクトゥムの電波浴びてたら私たち気が狂うんでしょ?なら、あの狼の子は私たちが今遭遇したような状況で、そのまま……ってことじゃない?」
そのモモカの推測に、先生は心臓が千切られそうなほどに苦しくなる。モモカの推測が正しいかはわからなくとも、想像はできてしまう。
「(それが、私たちが行き着く終着点?運命?ふざけんな。この子達を、まだ未来のあるこの子達をここで終わらせるなんてできるかよ。あの鉄仮面、テメーはなんの権限があってシロコにあんな目をさせてんだよ。なにがしたいんだよ)」
『虚妄のサンクトゥムが発していた波動を浴び続ければ、確かにその人物の心理や何かが大きく影響を受けることは十二分に考えられたことよ。交通室長の言うことは理にかなっているわ』
リオがモモカの言葉の裏付けをデータによって示す。リオはデータを示しながらも、根拠がこれほどあってほしくないことだったと感じていた。
虚妄のサンクトゥムを伐採し、空が晴れ渡ったにもかかわらずどんよりとしている作戦本部内に、次に響いたのはその曇りを晴らすようなハッキリとした声だった。
「ならば、我々がしなくてはならないことはハッキリしていますね!」
「カヤ?」
声を張り上げたのはカヤだった。先生は思わず彼女の名前を呼び、その顔を見る。カヤの表情は普段と変わらなかった。
カヤの中にあったのは、この空気を晴らそうというものではなく、野心でもなく──彼女自身の中にあった職務に対する責務。防衛室長としての立場からくる、必然的な発言だった。
「なんだかよくわかりませんが、色彩という存在によって心身を害され、悪事を行わされている生徒がいるということであれば、防衛室、そして連邦生徒会はその生徒を救う義務があります。それはあなた、アビドス高校もです」
「わ、私たちもですか?」
「もちろん!こんなおかしな状況でもまだ社会は存続していますし、滅んだわけでもありません。つまり法や条例は生きてます。そして、それらに従い動くべき行政も、建物が吹っ飛ぼうが七神代行や各行政官もいますし、あなた方、各学園もまだあります」
言葉に熱が入ってきたのか、カヤは立ち上がり、胸を張る。表情はどことなく調子に乗っているように見え、その姿に隣で座っていたモエはくすりとする。
「ですから、私たちはただ成すべきこと……キヴォトスを守り、守るべき生徒を救うだけでは?」
何を悩む、何を迷う、と言いたげなカヤの言葉に、多くの生徒たちは目を合わせたり、頷き合ったりする。
「……カヤの言うとおりだ。みんな、まだ戦いは終わってない。もう少し、力を合わせよう」
先生も、重くのし掛かったものを一度跳ね除け、言葉にする。例えどのような真実や運命があっても、先生ができることは変わらない。
「(運命?そんなの、今の私たちがどうこうできるものじゃない。生きてるなら笑え、死ぬ時はもっと笑え。死神が遠のくぐらい、馬鹿みたいに。まだ私は終わってない。この子達も、終わってない。もう私は子供じゃない。大人なら、成すべきことをなせ。カヤのような子にそれができるのなら、私ができずにどうする)」
先生は頬を軽く両手で叩く。戦いは次の段階へと移るだけであり、悩むことも苦しむこともないと、気分を切り替える。
『………ほぉ、妾たちは認識を改めるべきかもしれんの。連邦生徒会には、不知火防衛室長、其方のような気骨のあるものがおったとは』
切り替えようとしたところで、作戦本部内に、先ほどまで通信を切っていたはずのキサキの声が届く。
「へ?」
突如名前を呼ばれたカヤは呆けた声を出していた。褒められることなどほとんど彼女はなかったからだ。
「キサキ?いつの間に」
『先生、こちらも戦闘が落ち着いた。なので、状況確認をしようと通信を繋げたのじゃ。すると先ほどの演説。責務と義務を背負った上、澄んだ瞳であのような言葉を語れるものは多くない。七神リン、よい後輩に恵まれたな』
キサキはモニターの向こうで、カメラに移るリンへと目を向けた。それは山海経の現状を憂いつつも、素直な羨望があった。
「……はい。皆、優秀な後輩たちです」
『………やはり、其方は違うな。して、先生。山海経もこうであれば他の自治区も同じと思うが、次なる一手は?』
次の一手、と先生が聞かれればもう答えは決まっている。先生が飛び込んだ先にいた鉄仮面。先生はあの鉄仮面こそ、敵の首魁、プレナパテスであると推測する。となれば、先生、キヴォトスが銃口を向けるべき先はプレナパテスのいる場所だ。
「敵の本拠地に行って敵のボスぶん殴ってあのシロコと、たぶん捕まってるウチのシロコを連れて戻る。私たちがするべきはこれだね」
『わかりやすい。では、妾たちがすべきことは、その敵がいる場所へ勇士たちを送り出し、帰るべき場所を守るだけじゃ。それで、敵の首魁がいる場所はわかっているのかの』
『そのことだけれど、これを見てちょうだい』
リオがモニターに新たな情報を表示する。それはつい先ほど破壊したはずの虚妄のサンクトゥムが発していたエネルギーのゲージだった。丁寧にも7本のエネルギーのゲージがあり、じわじわと伸びていた。
「うそぉ。さっき倒したじゃん」
流石のモモカも菓子を口へと運ぶ手を止め、再び出現しようとしている虚妄のサンクトゥムに目を丸くする。
「なるほどね。あのシロコの言うとおり、こっちを滅ぼすまで止まらない。無限湧きするってことだね」
『連続での顕現は流石に不可能なのはわかっているわ。色彩は不可解なこともあるけれど、おそらくこちらの理解不能なことはできないようね。虚妄のサンクトゥムが発する波動にしても分析できないわけでもなく、相手が繰り出す色彩の軍勢も過去に観測されたもの』
『ですから、このように……エネルギーの出所もちゃんと観測できました』
画面の中の平面上になっていたエネルギーの観測点が立面上になると、エネルギーの柱が全てある一点に収束していく。リオとヒマリが続けて語る。
『交通室長たちが監視していた際はゆっくりとエネルギーを充填していたからわからなかったけれど、今回は相手も焦っているのがわかるわ。急速な充填で、エネルギーの流れを感知できている』
『よって、このエネルギーの始発点こそ敵の本拠地になります』
エネルギーの収束点に、より濃い赤で丸が表示される。
「それでは、この敵の本拠地は一体どの位置に?」
ナギサの質問に、ヒマリは言い淀むこともなく答えた。
『高度110万メートル。カーマンラインの先──つまり、宇宙です』
「宇宙……!?そ、そんな高さに」
ナギサの驚きようはその場の面々を代表してのものだった。ただ、先生だけは驚きつつも、言葉を発する。
「とんでもないね。けど、衛星軌道ってほどじゃないんだ」
『それに関しては私から説明します』
通信に割り込んできたのはアリスとよく似た声、冷たさを感じさせるケイだった。
「ケイは何か知っているの?」
『知っているも何も、相手が本拠地として使っているのはおそらく、本来は私とおう……アリスが使うことができるアトラ・ハシースの方舟。それを利用した空中要塞です』
『ケイから提示されたデータを表示するわ』
モニターの内容が切り替わり、次に表示されたのは誰の目から見てもSFにありがちな空中に浮かぶ要塞の姿だった。
『前提、他詳細な説明は省略します。端的に言えば空に浮かぶ要塞そのものです。外周には多数の対空砲、迎撃装備。内部に侵入したとしても、Type.Fを初めとした侵入者撃退用の戦力を保有しています』
『加えて、こちらからの干渉を跳ね除けるバリアのようなものを展開しているようです。このあたりもケイはわかりますか?』
『明星ヒマリの言うバリア機能は知りません。しかし、私とアリスならば同様のものは多大な準備が必要ですが展開可能でしょう。あれはおそらく、多世界解釈……いえ、多次元解釈を応用した空間そのものを歪める防御壁です』
ケイの説明に、首を傾げた生徒もいればなるほどと頷く生徒もいた。
「多世界解釈……よくSFの小説や映画で聞く単語です。可能性の数だけ世界が分岐し、存在するという仮説…」
ナギサの反応に、アコとカヨコが補足するように発言する。
「並行世界に関することですが、多次元解釈ということであれば例えとしては──」
「──コインを投げて、表の面が出る確率は半々。結果はどちらか一つだけ。でも、別の結果は私たちが見れないだけで、確かに存在してる。その“可能性の世界“が存在しているってする解釈、というか理論でしょ」
「カヨコさん!私が言おうとしていたのに!」
「誰が言ってもおなじでしょ。それで?」
カヨコに促され、ケイは話を続ける。
『アトラ・ハシースの周りに展開するバリアは多次元解釈を利用した“状態の共存”によりこちらからの干渉を防いでいます』
「状態の共存って……つまり、こっちからの攻撃が当たる、当たらないって計算結果が出てこないから、永遠に状態が確定しないってこと、ケイちゃん?」
『早瀬ユウカ。いい加減その呼び方をやめてください。気持ち悪いです』
「なんでよ!?」
『…まぁ、言っていることはそのとおりです。こちらからの干渉に対する結果が確定することがなく、永遠にその結果は次元の中で揉まれ、消えていく。癪ですが、まさに無敵の防衛装置です。次の機会があれば真似します』
まるで他人事のようにケイの解説は終了する。
「というか、ヒマリたちは試したの?」
『はい、先生。虚妄のサンクトゥムの全てを破壊後、間を置かずにエネルギーの再充填が始まりました。これを受けて、エリドゥからマスドライバーを利用した遠距離砲撃を敢行しました』
『結果はこのとおりよ。5回の射撃で全て発射した弾はアトラ・ハシースの座標をすり抜けた』
「………どーすんのこれ」
流石の先生も攻撃が当たらないというのはどうしようもないと感じていたが、悩み始めるより前に「そんなこともあろうかと!」と新たな声が響く。
『みんな!そこでこの惑星強襲揚陸艦ウトナピシュティムの出番だ!』
モニターをジャックし、画面内のミレニアム・エンジニア部の面々が両手を広げている姿が映し出される。スパナを手にしたウタハが満面の笑顔を見せる。
「なんですあれ」
「えっと…宇宙戦艦よ……天雨さん」
「うちゅうせんかん??」
ユウカの言葉に理解不能という表情のアコを置いて、今度はコトリが説明を始めた。
『説明しましょう!今回戦うアトラ・ハシースの方舟が展開している多次元解釈バリアは確かに無敵ですがこの惑星強襲揚陸艦ウトナピシュティムの基幹部であるウトナピシュティムの本船は実際のところ宇宙戦艦ではなく飛行可能な量子コンピュータで──あ、量子コンピュータというのは別名量子計算機と呼ばれるとおりいわゆる通常のコンピュータでは解決不可な複雑な計算を量子力学の法則を応用して計算可能としたものですがこのウトナピシュティムはその超大型版で試しに計算をさせてみたらなんとミレニアムで長年証明できない問題が一気に計算できてしまい』
『コトリ、説明が逸れてるよ』
『すいませんウタハ先輩!話を戻しますと多次元解釈バリアというものは量子力学で証明可能な存在に過ぎないのでウトナピシュティムの力でアトラ・ハシースの多次元解釈バリアと同じ次元に擦り合わせてしまえば事象の結果がもつれることなく同一次元に存在するのでアトラ・ハシースが存在する次元にこちらも存在が確定して介入が可能になります!つまり』
コトリとの通信が突如途切れ、リオが画面に戻る。
『つまりあのウトナピシュティム自体に多次元解釈バリアを展開。アトラ・ハシースの外殻とも言えるバリアに突っ込んで割るということよ』
怒涛の説明に、作戦本部の先生と生徒たちは首を傾げた。その中で、唯一カヨコだけは傾げつつも言葉を出せた。
「えっと、ようは、ノイズキャンセリングと同じことをするってこと?」
『そのとおりよ』
カヨコの補足的な質問によって、理解は進んだ。
「……よし。それじゃあ、もうやることはひとつだね」
「先生。人員の選定を。連邦生徒会は全力でバックアップします」
「ありがとう、リン。ただ、ひとつ。リオ、ウトナピシュティム、突撃して戻ってこれるの?」
『戻ってこれるわ。エンジニア部の改造によって艦体のほとんどは追加のユニット化されているから、仮に突撃して強襲揚陸……アトラ・ハシースに艦首部分を突き刺してもパージすれば離脱できるわ』
「できなければ?」
『後部に大気圏突入可能な脱出艇を用意してあるわ。航路もエリドゥに向けて戻るように入力済みよ。……それに万が一の手段も今急ピッチで用意している』
「……わかった。リオ、お願いね。さて、みんな。念には念となっているけれど、正直これから宇宙にまで行って、帰ってこれるかはわからない。だから、この最後の作戦は志願性にするよ。私から人員の選定はしない」
先生の言葉に、リンは「しかし」と異議を唱えるが、先生は首を横にふる。
「何が待ち構えてるかわからない。それに、万が一もある。相手は悪辣な手段も平気で取ってくる。だから、もし宇宙に上がるならよく考えてほしい。私は志願しなくても決して責めないし、みんなも志願しなかった人を責めないでほしい」
『先生は上がられるのですね?』
「私はもちろんいくよ、ヒマリ。リオ、虚妄のサンクトゥムの再出現までの時間は?」
『現在時刻は朝8時。再出現までの時間はあと30時間というところね』
「それが実質的なタイムリミットかな。わかった。私から、虚妄のサンクトゥム討伐に参加してくれた子を中心に情報を流すよ。宇宙に上がることを志願する子は今日のお昼12時までに回答をしてほしい。方法はなんでもいいから」
先生は言いつつ、シッテムの箱の中にいるアロナにメッセージを作成するようにお願いする。
「リオ、これからそっちにいくよ。ウトナピシュティムの整備ってされてるの?」
『虚妄のサンクトゥムが出現してからしているわ。既に追加ユニット側の航行ユニットは始動を開始させてる。……今日の午後2時には整備が完了するわ』
「わかった。これまでの戦いの疲れもあるから休息をとって、出発は明日の朝6時。みんな、よろしくね」
シラトリ区への救援を終えた私とミカさんは、ハルナたち美食研究会が借りたゲヘナ給食部のトラックでシャーレへと戻ってきていた。玄関前の野営地で美食研究会と別れて、シャーレの執務室に入れたのは午前10時。執務室の中は静かで、窓から見える景色もいつもどおり。
これだけなら、もう終わったと思うのに。
「……おつかれ、エリカちゃん」
「お疲れ様、ミカさん」
私たちは互いの席に着く。シラトリ区から戻っている最中、この戦いの状況は大きく変わっていたようで、シャーレのある外郭地区へ入ったあたりで先生から虚妄のサンクトゥムとの戦いに参加した子中心に、メッセージが送られていた。
敵は宇宙にいる──もう、なんだかスケールが大きすぎる話で、私は何が何だかよくわからなかった。それでも確かなのは、そこにはシロコさんが捉えられている可能性があり、先生は当然助けに行くということ。
「エリカちゃんは、どうする?」
「どうするって」
「宇宙に行く?」
ミカさんからの問いに、私は即答できなかった。
先生からのメッセージにはこの最後の作戦は志願性とのことだった。理由は容易に想像ができる。宇宙空間なんて、よく知らない私でさえもどれほど過酷な環境かはわかるし、そこへ戦いに行こうっていうんだ。あのアビドスで見つけた戦艦を使うにしたって、どうするのだろうか。
作戦の概要は敵の要塞に突っ込むみたいだし、帰れる保証なんてどこにもない。
改めて、自分の机の上にある写真立てを見た。後輩たち、そして、ナギサちゃんと彼女の羽。……戦わなくては、この笑顔を守れない。
それに、今一緒にいるミカさんだって。
「ミカさん、私は行くよ。宇宙」
「……そっか、なら、私も」
「力、戻ってないでしょ、ミカさんは」
「うっ」
ミカさんの身体はペロロジラに隕石を落とした時点で限界を超えていた。あのペロロの群体を退けた時も、本当は立っているのがやっとなのに、力を振り絞ってくれていた。だから、退けた直後に力が抜けてその場にへたり込んでいた。
ハルナにも支えられて、それさえも文句を言えないほどの消耗具合。今も、疲れ切っているから椅子に腰掛けた上で、肘を机の上についているし、顔色もあまりいいとは言えない。
あんな強力な、それこそ地面に直撃すれば大災害を引き起こすほどの隕石を降らせるなんてことをした代償は凄まじかったようだ。ここまで疲弊したミカさんは見たことがない。
「正直、もう、寝たい」
「……以前、全力で落とした時はどうだったの?」
「………2日間は動けなかったよ」
「なら、ミカさんはもう休んで」
「でも」
「先生も行くし、私も行く。そうなったらここの作戦本部にシャーレの人がいなくなる。ミカさんだけなんだよ、ここを任せられるの」
おそらく、七神代行は行くだろう。彼女の腹心ともいえる交通室長や調停室長も一緒に。となれば、シャーレの生徒として、ミカさんは残っていてほしい。前線に出れなくても、ミカさんは3大校の生徒会長の一人。その気になれば俯瞰して物事を判断できる人だ。
「……いいの?私に任せて」
「ミカさん。あなたは私と違って、みんなを導ける器を持っているよ」
「そんなものあったら、ここにいないと思う」
「ううん。少なくとも、私はミカさんのお願いは断れないよ」
ミカさんがなんとも言えない顔になっていた。信じてくれない!?
「はぁ……ほんと……」
「そんなにため息つくほど…!?」
「そうだよ。もぅ。なら、私も連れて行ってよ、って言いたいところだけど。そのお願いは聞けないんでしょ」
「聞くも何も、ミカさん自身がお願いしないでしょ、本気で」
「そういうところはあんまり好きじゃないかも、エリカちゃん」
「そうなんだ」
「いいけど。……でも、ナギちゃんはついてくつもりでしょ」
なぜ今ナギサちゃんの名前を、と思えば、背後に気配。振り向けば、入り口の扉を開けているナギサちゃんが見えた。
「ミカさんは止めるおつもりで?」
「ナギちゃん決めたら真っ直ぐ一直線で頑固でしょ」
「それはミカさんの方では?」
「私は柔軟に物事判断してるもん」
「私だってそうですよ」
幼馴染なんだなぁ、ってよくわかる言葉の投げ合いに、私はちょっといいなって思った。私の幼馴染といえる人はもういない。百鬼夜行……小さい頃のことはあまりいい思い出がないけれど、一度だけ、一日だけ遊んだ子は幼馴染とはいえないだろうし。
それよりも、ナギサちゃんが一緒に行くのは正直、私は危険だから行かないでほしいと思う。
「ナギサちゃん」
「エリカさん。あなたに言われても私は行きますからね」
「いや、ミカさんもだけど、ナギサちゃんは生徒会長なんだよ?万が一があったら」
「それこそティーパーティーの席が3つありますから、万が一の時はお二人にお任せできます」
「ナギサちゃん、やめて、そんなこと言うの」
私が少し語気を強めたら、ナギサちゃんが目を細めた。……絶対に怒らせた。
「エリカさん。私は、エリカさんにだけはそれを言われたくはないと思っています」
「……すいません」
「それに、私が行くのは話し合った結果です」
「え、誰と?」
「各務さんや、ハルナさんとです。帰りを待っている、だけではあなたはどこかで自分を捨てられます。ですから、エリカさん。あなたは、私とハルナさんを絶対に地上に帰してください。もちろん、一緒に地を踏むまで」
ナギサちゃんどころかハルナまで行く気なの!?それにしてもチヒロちゃんと話した結果……?そんなに私って。
「そんなに私は信用がないのか、というお顔をされていますね。ないからですよ、エリカさん」
「うぐっ」
「……不可思議な力で怪我がすぐ治っても、あなたは私の前で二度もその身を捨てています。あなたに遺された私はどうすればいいのですか?私との誓いは嘘だったのですか?エリカさん」
何も言えない。もう、胸にざくっとナギサちゃんの言葉刺さっている。それこそ、この羽に誓って、私は生きてなんとしてもナギサちゃんのところへ帰ってこないといけない。
それは髪留めをくれたハルナだってそうだ。
「嘘ではないです……」
「なら、私に行くな、などと言う権利はないですよ、今のエリカさんに」
「け、けど、周りの、それこそトリニティ側は」
「絶対に帰ってくる。そういう約束です。作戦のタイムリミットからしても、地上にいないのは半日と少し程度ですから、時間的には何の問題もありません」
「お付きの派閥の子達は……?」
「宇宙旅行をお楽しみくださいと快く送り出してくれるようです」
どういうこと……!?あのナギサちゃんに忠誠心が篤い子達がこんな無茶を許可するなんて。い、いいの?ほんとのほんとに、万が一があったら。私がナギサちゃんを見たら、嘘は言っていないのがわかる。
彼女は本気だ。エデン条約の時にも見た覚悟を持った瞳だ。
「やめときなよ、エリカちゃん。もうそうなったナギちゃんは止められないから」
「ミカ」
「あーはいはい。というか、いちゃつくなら他所でやってね。私仮眠とるから」
「いちゃ……!?そんなふしだらことはここではしません!」
「ふあぁ……ふーん……じゃあ二人きりならするんだ」
「ミカっ!」
「ごめんごめん。じゃあもう、寝るから」
ナギサちゃんをからかっていたミカさんは本当に限界なのか、席から立ち上がると、そのままふらふらと執務室に併設してあるシャーレ職員用の仮眠室へと向かっていく。ともかく、ミカさんには寝てもらうしかない。少しでも、指揮だけはとれるだけの回復をしてもらおう。
ぱたん、と仮眠室の扉が閉まった後、ナギサちゃんは短くため息をついた。
「まったく、ミカさんは」
「ナギサちゃん、ミカさんのこと呼び捨てで呼ぶんだね」
「あっ。すいません、エリカさん。だらしがないところを」
「ううん。別にいいよ?私の前では」
本当に仲がいいんだなぁ、というのがよりわかる。小さい頃から一緒だって前から聞いていたけど、疑いようがないくらい砕けた感じで、なんだか見てて微笑ましい。
「……いえ、その、少し昂った時はそう呼んでしまうのですが、今はもうさん付けのほうが呼びやすいというか……」
ちょっと恥ずかしそうなナギサちゃんに私は可愛いと思ってしまった。いかんいかん。疲れてる。
「そういうこともあるよね。……それで話戻すけど、本気?ナギサちゃん」
「本気です」
「そんな言い切らなくても」
「少しでも言い澱めば考え直すようにエリカさんは言うでしょう」
「誰から聞いたのそれ」
「皆さんからです」
皆さんって誰。いや想像はつくし、私の性格知り尽くしてるのはどう考えてもチヒロちゃんである。ナギサちゃんたち、どういう繋がりでいつの間に友達になってたんだろう。けれど、もう覆せないというのはわかったので、私はナギサちゃんのことを守らなくてはならない。
「あと、死んでも守るというのはやめてください」
「ナギサちゃん、エスパー?」
「……むしろ、懲りないエリカさんに私は困っています」
「ごめんなさい。けど、それぐらいの覚悟というか」
「それぐらいの覚悟ではなく、本当にそうされてしまった方が今私の目の前にいますが」
「…………すいません」
「はぁ。エリカさん。ミネ団長が聞けば次はもうないと思いますよ。彼女は自身の救った命が死に飛び込むのを見れば、二度とさせないようにするでしょうから」
具体的に何をされるのか聞く勇気はなかった。ナギサちゃんに軟禁されたのとは比にならないことをされるのはわかる。前はベットにくくりつけられた。次はそれこそ蒼森さんの手で半殺しにされてから病棟に縫い付けられるのかもしれない。
やめよう。そういう覚悟の仕方は。いい加減。ナギサちゃんに呆れられるのは、なんだか私もすごく嫌だ。彼女に悪くは見られたくない気持ちが最近はちょっとある。
「ナギサちゃん。わかったよ。行かないでとはもう言わない。その代わり、ナギサちゃんも無茶はしないでね」
「エリカさんが無茶をしなければしません」
「…はい」
敵の本拠地に乗り込むわけだから、無茶をしないという選択肢はないし、ナギサちゃんやハルナだって行く以上は何かしらの役割を負う。それはこの世界を守るためだから、簡単なものじゃない。
だから、無茶をお互いにしないなんて約束、守れるはずがない。
それでも、ナギサちゃんは私に無茶をさせたくない。……そっか、なんとなく、わかってきた。
ナギサちゃんは、私なんだ。先輩と一緒にいた頃の、私。
「生きて帰らないとね」
「えぇ……エリカさん」
笑いながら言えば、ナギサちゃんもはにかんでくれた。誰一人欠けず、みんなで帰るんだ。ここに、キヴォトスに。
「それで、行くならミレニアムのエリドゥに集合なんだよね。ナギサちゃんは移動どうするの?」
「先ほど、ハルナさんを初め美食研究会の方々が車で行くと言っていましたが」
「あの給食部のトラックで?流石に荷台に乗って高速はちょっとね。私がシャーレの車を出すよ」
「なら戦いでお疲れでしょうし、私が運転を」
「大丈夫。ナギサちゃん運転慣れてないでしょ?たぶん」
「……まぁ、そうですね」
「じゃ、そういうことで。向こうに行って休憩すればいいだろうし、ちょっとしたらでよっか」
「はい。では、荷造りをしてきますね」
「了解」
ナギサちゃんはこの執務室に荷物を置いていたのか、シャーレの当番用の席に着いて荷物の整理を始めていた。私は休憩も兼ねて椅子の背もたれに体を預ける。見上げれば天井がある。
敵、相手はあの天井の向こう、空の先、宇宙にいる。一介の警察官から、連邦生徒会の部活の一員としても、手に余るような案件だと改めて思った。
それに、ここへ戻る最中、先生からは私とミカさんだけにメールがあった。敵の正体。
色彩によってこの世界を破滅に導こうと実際に動いているのは、別世界のシロコさんと、首魁と思われるプレナパテスなる人物。もう理解の範疇を超えている。おまけに、別世界のシロコさんは私の銃を使って、私と似た早撃ちをしていたという。
「…………じゃあ、向こうの私は?」
ナギサちゃんに託した銃は、今もナギサちゃんの手元にある。でも、別世界はどうだったのだろう。少なくとも私は…………いないのだろう。それが意味すること、シロコさんが私と同じ動きをしていたこと。
私は、私自身が犯した過ちを、誰かに繰り返させてしまったのかもしれない。
だからこそ、私は、これから向かう先で、死ぬわけにはいかないと思った。あんな思いをするのは私だけで十分だ。
作戦の目標はプレナパテスを止め、別世界のシロコさんと、こちらの世界のシロコさんを救うこと。先生から共有された方針に異論はなかった。
空の向こう、星空の中。宇宙要塞と化したアトラ・ハシースのとある廊下に、彼女は佇んでいた。黒のセーラー服、その上に同じく黒のコート。手には傘の形をした仕込みショットガン。
長い白髪が移動するたびに揺れ動く。
「………来ますか」
その声は、無機質なはずなのに感情が籠り、僅かな抑揚があった。
「この世界でも、あなたたちは変わらないのですね。先生、そして、草鞋野先生」
涙を流し、それでも笑顔で電源を閉じた少女の顔は彼女の記録に焼きついていた。なぜ止められなかった。どうして何もできなかったのか。
そして、その骸を見て、慟哭し、やり場のない怒りを自身に向けるしかなかった大人のことも助けられなかった。
「私はOS。機械でしかない。そのはずなのに」
人が後悔と呼ぶべき感情を、彼女は抱えていた。
「私はOS。だから、結果は変えられない」
彼女は歩み出す。今あるべき場所に向かって。
「先生。私は」
物言わぬ鉄仮面は、彼女に何も答えない。冗談も返さない。
少女が隣に立ち、鉄仮面──プレナパテスは動き出す。一歩進めるたびに、軋んだ音が響き、その歩みは重い。
気落ちした少女を、かつてのように撫でることもない。
地上にて、先生や数々の生徒が感じた悪意など、まるでそこには存在しないほどに伽藍堂の人形が歩く。色彩の嚮導者に、滅ぼそうという意思はなく、ただ定められた滅びに向かい、機械のように一歩、一歩と進んでいくだけだった。
その滅びが、一体誰のものなのかは、今はただ、知られることもなく。
お読みいただきありがとうございました。
ようやく次回からアトラ・ハシースへと向かっていきます。長かった。
次回投稿は未定です。お待ち頂けますと幸いです。