「や、エリカちゃん。艦内ツアーは終わったのかな?」
「うん、ホシノちゃん」
アリスちゃんに連れ出された艦内冒険?はある程度この船の中を歩き切って終わった。想像以上に中は広くて、居住区も用意されていたり今回の作戦で使い潰すには勿体無いぐらいに設備が整っていた。
冒険の後にゲーム開発部とは一旦別れて、私は艦内にあるレストルームにやってきた。
「ウチで見つかったお船がこんな素敵な感じになっちゃうなんてねぇ」
ホシノちゃんがしみじみ、といった感じで言いつつ、この部屋の内装を見渡す。休憩用なだけあってソファが用意されていたり、ガラス張りなのか外の景色がここはよく見えるようになってる。
宇宙に出れば外の景色がよく見えることだろうね。
そしてホシノちゃんはこんな部屋にいるのでソファに深く腰掛けていた。他のアビドスの子達はどうしてるんだろう。
「それにしても、まさか桐藤ちゃんが来るとは思わなかったよ」
「私も。あの子はトリニティに残るかなって思ってた」
あの子は、ハルナやチヒロちゃんと話し合って私に無茶をさせないためと言っていた。理解はできる。実際私にはこれまで嫌な実績がたくさんある。けれども、ナギサちゃんはトリニティの生徒会長だ。ティーパーティーという組織の仕組み上、トップに替えが効くといっても限度がある。
何より、ナギサちゃんはエデン条約事件からここまで政治的な発言力は絶大になってしまっていて、今回の騒動で彼女の代理を派遣できなくなるほどに一強状態になってる。
政治に疎い私でさえもわかるぐらいにナギサちゃんを取り巻く環境は好き勝手できる状況じゃない。
なのに、ただ私を無茶させないために一緒にここまでやってきた。
「私のせいなんだよね」
「うーん。そんなネガティブに考える必要はないんじゃない?」
「ナギサちゃんだけじゃなくて、他の子達からも私をお願いされたみたいで」
ホシノちゃんの目つきがなんだかとても悪くなった。こんな表情見た事ない。いや、ホシノちゃんで見たことがないだけで、似たような表情をされたことはある。カンナちゃんに。
「そんな顔しなくても」
「いや……ごめん。つい、というか、うわぁ…って流石の私も思っちゃったよ」
「そこまで!?」
「でもさぁ〜おじさんが思うにエリカちゃん心当たりたくさんあるだろうし、正直ちょっと、私も同じ気持ちかも」
「うっ」
「だってぇ、初めて会った時から天井ぶち破るぐらいぶっ飛ばされて血がダバダバになってたし、トリニティの事件の時もお腹から滝のように血を流したし、前の違法採掘場の時だって」
「ごめんなさい私が悪いです」
だめだ。ホシノちゃんの目が笑ってない。………思えば、ホシノちゃんの目の前でも私は無茶しまくってる。
「反面教師ってこういうこと言うんだなぁ、って」
「うぐっ………って反面教師?」
「おじさんも昔はヤンチャしてたからね。だからエリカちゃんも、そろそろ一緒におじさん側になろうよってこと」
そう言ったホシノちゃんの表情はとても同い年に見えないぐらいに大人びていた。それでいて、包み込むような優しさも感じる微笑みもあった。
それにしても、ホシノちゃんがヤンチャしていたなんて。……いや、わからなくもない。ホシノちゃんの本来の戦闘スタイルはテクニカルにかつ超攻撃的なものだと思う。この前のアビドスでの一件で私も見たけれど、恐ろしいぐらいに容赦がないのだ。
じゃあ普段のあの盾を使った堅実に前へ詰める動きは………もしかしたら、彼女が誰かの動きを真似てるような気がする。どこか、私の動きを学んでいたクルミちゃんのことを思い出すから。
例の尊敬しているという先輩さんなのだろうか。
「おじさん側……えっと、大人になろうってこと?」
「ちょっとニュアンスが違うけどね。でも……まぁ、今はエリカちゃんらしいままでいいかも、やっぱり」
「意味がわからないんだけど…」
「そのうちわかるよ。その時は色々、また大変かもだけど」
頭に疑問符がたくさん浮かぶ。ホシノちゃんの言ってることが一気に意味わからなくなった。たぶん聞いても教えてくれないんだろうなぁ。
「それで、ホシノちゃんはここで何してたの?」
「んにゃー、やることないから横になってた」
「他の子達は?」
「アヤネちゃんは艦橋にまだいるだろうけど、ノノミちゃんとセリカちゃんは艦内探索まだしてるんじゃないかなぁ」
ホシノちゃんはこんな状況でも通常運行だった。私もアリスちゃんたちとの艦内冒険を終えたあとなので、一息つこうかな。自販機とかないかな、と見まわせば流石にあったのでラインナップを見てみると、全て栄養ゼリーとかに使われるようなパックに入っていた。どうしてなんだろう。
おまけに自販機も落ちてくるのではなく、商品ごとに扉がある。
「なにか飲むの」
「うん。ホシノちゃんも飲む?」
「じゃあおじさんも。ってなんか不思議な自販機だね」
「ね。この船が宇宙船だからなのかな」
「あー、そうかも。前に何かの雑誌で言ってたけど、宇宙って重力ないらしいから、ペットボトルとかだとだめなんじゃない?」
「そういうことなのかな。ホシノちゃんもあんまりそういうのは詳しくないんだ」
「こういうのはアヤネちゃんがよく知ってるからねぇ」
話しつつ、パッケージに面食らったけど商品ラインナップ自体はミレニアム内でよく見られるものに準じていた。つまりはエナドリがちょっと多いのだ。もちろん他のジュースとかもあるので、私は緑茶にしてみた。
「じゃあおじさんはこれかなぁ〜」
「麦茶にするんだ」
「この麦茶は結構好きなんだよね」
ホシノちゃんが選んだ銘柄は私も知ってるけど、結構老舗のでよく見るやつ。おじさんと自称するホシノちゃんらしいチョイス。自販機から取り出した飲み物はパックに入っているので蓋を開けて飲み口を咥える。
まさかゼリーじゃないよね、と吸ってみたら特別何か変わったものが出てくることもなく、普通に緑茶が口の中に入ってきた。
「んっ……普通だね」
「そだね。じゃあやっぱり宇宙で飲まないと違いがないのかな〜」
わざわざこんなパッケージをしているぐらいなので、そうかもしれない。
「おや?こんなところにお二人でなんて、逢引きですか?」
「んげ、げほっげほっ!?」
「ホシノちゃん!?」
突如、明星さんがこの部屋に入ってきた。ホシノちゃんがめっちゃ咽せてる。背中を少しさすってあげた。
「失礼しました。大丈夫ですか、小鳥遊さん」
「だいじょぶだいじょぶ。………ふぅ、いきなり変なこと言わないでほしいなぁ。おじさん困るよ」
「まさかそこまでの反応をするとは思わなかったので。草鞋野さんも先ほどぶりですね」
「は、はぁ」
車椅子に乗ったまま明星さんは軽く会釈して、入り口から私たちの方へとやってきた。顔を合わせる度に思うけれど、明星さんは気後れしちゃうほどの美人さんだ。美少女、なんて自称するのはこの人ぐらいだろうけれど、自称してもそれが自慢でもなんでもなく事実。私からすれば可愛くて綺麗で、さらに天才的な頭脳もあるという凄すぎる人だ。
それでいてジョークも言うし、親しみやすい。そこもすごい。
「というかヒマリちゃん。もう終わったのレク?」
「おおまかには。私はもう頭に入ってるので一旦休憩です」
どうやら艦橋要員へのレクチャーはまだ続いてるみたいだ。ナギサちゃんたちは大丈夫なのだろうか。
「桐藤さんは飲み込みが早くて助かりますよ。彼女、好奇心旺盛ですね」
なんて思ってたら明星さんがそんなことを言ってきた。エスパーかなにかなのかこの人は。
「ふふっ。草鞋野さんはすぐに表情に出ますから」
「うー……そこまで出る?」
「出てますね」
「これはおじさんも否定できないかな」
いや、まぁ、その、私が顔に出やすいのは自覚あるから……。
「それで、ナギサちゃんはその様子だと平気なんだね、明星さん」
「はい。生徒会長、というとウチのリオのイメージがありましたけれど、桐藤さんは現場レベルでの経験も積まれているみたいですね」
「わかるかも。桐藤ちゃんって意外と動けるし、案外叩き上げなのかもね」
実際のところ、ナギサちゃんがティーパーティーの席に座るきっかけは神輿にされてしまった、ということだけど、ナギサちゃん自身はちゃんと場数を踏んでいるので、結果的にそういう風に見えるのかな。
「話は変わけど、桐藤ちゃんこの自販機とかこの船、ちゃんと使えるようになってるんだね」
「そうですね。エンジニア部だけではなく、結局公然の秘密としてミレニアムの多くの部が関与していたようです」
「おじさんよくわからないけど、浪漫ってやつかな」
「ふふっ。宇宙戦艦──そう聞いて心を躍らせないミレニアム生はいないことでしょう。世界がこんなことにならなければこの船は別の飛び方を選べたかもしれません」
明星さんの表情はこれまで見たことがないぐらい子供っぽいもので、どれだけ天才で、美少女で、すごい人であっても、この子がミレニアム生であることの証左のように思えた。
以前に、ミカさんと感じたことがあるこのミレニアムという学校の素晴らしさ。戦艦という戦うためのものを生み出してもなお、込められたのは存在そのものへのロマン。数多の夢を追いかけるミレニアムという学園が私はどうしたって綺麗に見えた。
「本当にミレニアムってすごいね」
「どうしたんですか、草鞋野さん」
「あぁ、ごめん急に。けど、あのアリスちゃんたちの事件の時も思ったけど、本当にミレニアムって、いい学校だって思うの」
「隣の芝……ということもあるかもしれません。でも……そう言ってもらえるぐらいにはこの学校はいい学校だと私も自負しています」
胸に彼女は手を当てて明星さんは言う。
「先ほど、この船のことを惜しむようなことを言ってしまいましたが、しかし、このミレニアムの叡智、その結晶を手に世界の危機に立ち向かう。このシチュエーションに燃えない生徒はいないことでしょう」
「いいねぇ、前向きで。若者がそんなに燃えてるならおじさんも頑張らなきゃね」
「そうですね。私も失敬なことに部の後輩たちからおばあちゃん、なんて思われてることもありますが、まぁ、先立つものとして小鳥遊さんには同意します」
先輩としての役目。後輩たちが頑張るのならその努力を、目指す先を否定するなんてできない。私も頷いた。
それにしても、
「明星さんがおばあちゃんって」
ヴェリタスの子達はすごいことを言っている。怖いもの知らずなのか。いや、そもそもあれだけ言っても盗聴器をしかけたりする時点で怖いものなんてないのかもしれない。
「全く、この超天才病弱薄幸美少女のどこがおばあちゃんなのですか。あんなことを言う子達にはもう飴ちゃんあげませんよ」
それが原因では?
「今それが原因、って思いませんでしたか?草鞋野さん」
「思ってない!思ってないから!」
やっぱりエスパーの類なのでは!?
船の発進まであと4時間というところまで私は結局やることと言えば武器の整備や、艦橋での訓練が終わったナギサちゃん、それにハルナと艦内の食堂で振舞われた料理を食べたり、地上に残るミカさんにシャーレの状況を確認するとかしていた。
そして発進が間近に迫った中、ミレニアムのエンジニア部から搭乗員全員に宇宙で着る戦闘服のようなものが配られた。配られたんだけど……。
「………………」
「その……これ、本当に着なくてはいけませんの?」
艦内の更衣室というか、ロッカールームで順番に着替えたんだけど、私とハルナとナギサちゃんがどういうわけか一緒の組で最後だった。
配られた服は私のは黒と白のツートンで、はっきり言えばものすごくぴちぴちで体のラインがモロに出るし、ところどころ、素材が薄いんじゃないという部分があって、具体的には──。
「エリカさん、その…視線が」
「……あ、ごめんナギサちゃん」
思わず見てしまったのはナギサちゃんのおへそのあたり。いやこれダメでは?はっきり言ってスケベなデザインにしか見えない。宇宙での放射線とか気圧差とかあらゆる環境に耐えられるとは猫塚さんの評だけど、こんなデザインで本当にそんな機能があるのだろうか。
「エリカさん。不潔ですわ」
「ごめんってば…!それに私だって同じ格好だよ!ちらちらハルナも見てるでしょ!?」
ハルナに釘を刺されたけどあなただって私のこと見てるしお互いさまだよっ。
だらしない身体をしている自信はあるけど、とはいえ、こんなラインが出る服水着じゃないし……いや、恥ずかしいと思うからよくない。これは戦闘服と見れば無駄のないデザインだ。
宇宙空間で被るためのヘルメットだってついてる。
「見ていませんわ。わたくしたちのような淑女がそのような不埒な」
「いやいやガン見してたよねさっき!?」
「気のせいですわ。それに、それはナギサさんにも言えましてよ」
「す、すいません、エリカさん。…お互い様ですね…」
やめて、頬を赤らめないでナギサちゃん!気にしないように意識変えたのに!?
うぅ。でもこれはもうしょうがないんだ。だって二人が綺麗なのがいけない(?)
ハルナとナギサちゃんのは私とデザイン同じだけど、差し色がそれぞれのパーソナルカラーになっていて、腕とか足の側面に走るラインが私は青、ナギサちゃんはブロンド、ハルナは銀色になってる。
「まぁ、見た目はともなく、着ていて違和感が全く感じられないことに関しては認めてもよくってよ」
「それは同感です、ハルナさん。そう言えば、エリカさんの制服もミレニアム製ですし、技術力は確かなのでしょう」
「普段のエリカさんのシャーレ制服は可愛いのですが、なぜこのようなデザインに…」
「これは宇宙服だからじゃない…?」
シャーレの制服も猫塚さんデザインなので、同じ人からこんな全然方向性の違うものが出てくるとは。ただ性能はやっぱり折り紙付きだろうね。シャーレの制服の防弾性能は正直言って常軌を逸してる。
ミカさんが着用した結果、アリウス自治区での戦いではガトリングを正面から受けても無傷だった。そもそも私がもらった時もレールガンを受けても焦げるだけで済んでた。
「よし。とりあえず服のことは気にしないようにしよう。すごいデザインだけど、戦うために急いで用意してくれたわけだから」
「はい。エリカさんの言うとおりですね」
「そうですわね。では、行きましょうか」
服のことは我慢だ。
更衣室から出て向かうのはこの船の中にある会議室、ブリーフィングルームと先生は言っていた。なんだか先生は艦内構造にやけに詳しい様子で、ほんとにこの船が戦艦に改造される過程で先生も悪ノリしてたみたいだ。
こんな大変な状況なので、せめて楽しく……というのはわかるのだけど、先生やっぱりそれはそれとしてこの船のこと結構本気で楽しんでいるような気が。いいのだろうか。いや、いいんだ。先生への普段からの負担を思い返せば。
「あと4時間、ですか」
「ナギサちゃん?」
「いえ、とうとうなのだと」
「そうだね。でも、これで終わるはずだよ」
宇宙での決戦。それで終わるはずなんだ。このキヴォトスの危機は。
「けれども、そのあとは大変ですわね、エリカさん」
「………うん。そうだね。戦いは終わる。でも、私たちはそのあとのこともあるから」
少なくとも一ヶ月は連邦生徒会の機能回復に時間がかかるはずだ。その間、キヴォトスがどうなるかはわからない。普段通りなのか、それとも連邦生徒会を邪魔に思うような派閥が何かをしでかすのか。
どうなっても、私は、私たちシャーレの役目は続く。
「しばらくミカさん帰せないかも、ナギサちゃん」
「それはお構いなく。ミカさんの力が先生、エリカさんを助けとなるのなら喜んで」
「そう言ってくれると助かるかな」
空の向こうには、何が待っているのだろう。誰が、こんな世界を危機に陥れたのだろう。わかりやすい悪人がいるのか、それとも、何かの事情があるのか。
シャーレの生徒として、警察官としても、私は動機を問いたい。それが私の力を振るう上で大事なことだから。
「順調みてぇだな」
「えぇ。発進まであと10分よ」
エリドゥの宇宙港、その管制室でリオはウトナピシュティムの状態を確認していた。リオが覗くコンソール内にはアビドス砂漠で発見された時の原型をほぼ留めていない艦体が映り、全てのブロックがオールグリーンの状態だった。
「しっかし、ウチもとうとうこんなもん作っちまってよ。会計サマは大丈夫だったんか?」
「既存の部材を流用してコストは大幅に抑えてあるわ。ネルが心配する必要はないわね」
「ふふっ。むしろ観光資源化しようとユウカちゃんは試算してましたよ、ネル先輩」
「そうかよ。逞しいやつだ」
管制室内にいるのはリオや、ネル、ノアを始めマスドライバー施設のコントロールなどを担当するセミナーの生徒たちで各々が宇宙戦艦の発進に心を躍らせている。
『ウトナピシュティムより管制室へ。全ブロックの閉鎖完了。各員配置につきました』
「管制室よりウトナピシュティム、了解しました。会長」
ウトナピシュティムのオペレーターとなったアコからの報告、そしてノアからの伝達でリオはその場で立ち上がる。彼女がどれだけ合理主義者であっても、それはミレニアム生であることの否定にはならず、リオの中にある浪漫という火種に目の前の現実は薪をくべていく。
「すぅ──マスドライバー起動。艦を格納庫からレールへ」
一呼吸置いて、リオは号令する。管制室内の生徒たちが一斉に行動を開始する。
「発進シークエンスを開始します。格納庫内の生徒は退避!」
「退避完了後エレベーターで艦を発進位置へ上昇させます」
格納庫内で最終点検を終え、最後まで待機していた生徒たちがウトナピシュティムから離れていく。その中にはエンジニア部の生徒たちもいた。
彼女たちは格納庫内を放送に従って離れていくが、格納庫内から出ていく際に一度だけウトナピシュティムへと振り返った。
エンジニア部の夢であり、実現は実際のところ不可能だと部長が直感していたはずのものはそこにある。そしてそれは世界の危機という難題を解決する剣として飛び立とうとしていた。
「(本当にどうしようもない──これから彼女たち危険場所に乗せていくあの船が、どうしようもなく、美しい)」
「(これが部長の言っていた私たちの夢の結晶)」
「(あぁ、ずるい、部長たちは。その夢の先を見れるなんて)」
彼女たちから見れば白い艦体は無機質と言うには少し無粋であり、汚れの一つもない芸術的な官能を刺激する。その芸術品に乗り込み、宇宙という無限の空へと行こうというウタハに嫉妬した。
ウトナピシュティムが置かれた固定具、その下の床が格納庫内の人員退避完了と同時に動き出す。それは巨大なエレベーターであり、大きな動作音を庫内に響かせる。
その音はウトナピシュティムのブリッジにも微かに届いた。
「最終チェックを」
ブリッジの艦長席でリンはオペレーター担当の生徒たちに指示し、アコ、モモカ、アユムが艦の状態を確認する。
「艦内格納庫を始め、各ブロック内の備品、固定を確認。問題ありません」
「エンジン順調。もう臨界になるよ」
「搭乗員全員、身体の固定、完了しています!」
ブリッジ内に設置されたモニター内に報告の通り、状況が映される。リンはそれを一瞥し、次に艦長席の手前、一段下段にある副長席──火器管制を担当するナギサに声をかける。
「副長。そちらは」
「風倉さん」
「艦首ハイパーノヴァ砲の展開準備完了〜発進と同時に撃てるよ」
「問題ありません、艦長」
生徒会長といえば一癖も二癖もある人物ばかりのキヴォトスにおいて、ナギサの妙に誰かの下に就くこと慣れた様子はリンからしても少々不思議だった。それでもこの状況では迅速に判断、実行ができる人材であることには変わりなく、貴重な存在であることからリンは助かっていた。
『管制室よりウトナピシュティムへ、発進位置に着いた後、30秒で射出する』
「了解しました。先生、よろしいですね」
「ばっちこい!」
「……だそうです」
艦橋内の空気は極度の緊張もなく、自然に流れていた。宇宙戦艦での突撃という彼女たちの人生で想像したことのない状況であるにも関わらず。
エレベーターが止まり、少々の振動が艦に伝わる。操舵手であるアヤネの視線の先に、宇宙へと伸びていくレールが見えた。
『発進位置に到達確認。ウトナピシュティム、ファイナルシーケンススタート』
マスドライバーによる宇宙戦艦の射出。キヴォトス史上初、ミレニアム開校以来初となる偉業が始まろうとしていた。
「リオ、少しはこういうとき、気の利いた言葉はないのですか?」
この偉業とも言える船出を前に、艦橋の中にいるヒマリがリオに問いかける。リオは一瞬無視しようかとも考えたが、僅かに彼女の中に過った過去のヒマリへの想いの残滓と、生徒会長として旅立つミレニアムの生徒への言葉がないとは言えなかった。
射出してしまえば船は一直線に敵要塞へと矢のように突っ込んでいく。ゆっくりとした言葉をかける機会はもう二度と来ないのだ。
『……ないわそんなもの。けれど、私たちミレニアムはその船に全てを託したわ。持てる技術も、全ての叡智も』
『カウントスタート。30、29、28──』
『ミレニアム生徒会長として、いいえ、私がこんなことを言うのはガラではないけれど、どこかの誰かが素敵な言葉を言っていたから、引用させてもらうわ。一つの手で足りなければ二つの手で、二つで足りなければ四つ、それでも足りなければいずれ千の手で』
『15、14、13、12──』
『既に千の賢者が剣を鍛えた。だから………行きなさい、勇者たちよ。星の海を駆け抜け、この世界を守るために』
『残り5秒』
リオの短い演説に、艦橋にいる生徒たちも、艦内にいる生徒たちも各々が感じいるものがあった。
「勇者ですか」
「そうです勇者ですケイ!私たちは!」
「………因果なものです。私と王女は魔王でしたのに」
『3、2、1──』
「リオ。……気の利いた言葉、あるじゃないですか」
『──0』
アヤネの視界の先、マスドライバーのレール上に設置されていたランプ全てが赤から青に変わる。発進可能。アヤネは手の中にある操縦桿をいつでも押し込めるように力を入れる。
『射出!』
「ウトナピシュティム、発進っ!」
「発進!」
リンの号令と同時に、アヤネが操縦桿を押し込み、さらにマスドライバーによりウトナピシュティムは一気に射出された。艦橋にいる生徒たちは射出による強烈なGを感じていることもなく、僅かに前から押されるような感覚があるだけだった。
慣性制御。艦内には想像を絶するような機能が作動していた。
「副長!続けて艦首ハイパーノヴァ砲!」
「了解!艦首ハイパーノヴァ砲、展開っ!」
「てんかーい!」
「撃てっ!」
剣の切先が開くかのように展開したウトナピシュティムの艦首から巨大な砲口が現れ、直後に青白い強大なビームが放たれる。そのビームは空間を焼き、ビームの軌跡に真空を作り出す。
青い光の進んだ後に、碧い光の道が走り、船はその道に導かれるかのように更に加速して重力から逃れていく。
その様はキヴォトスの各地から見ることができた。
「……あれは、星?」
「まるで魔法みたいだねぇ」
「あんな流れ星が登っていくなんておかしいよ!」
「でも、現実として起きていますね」
芸術の故郷とも言える学び舎の屋根の上、魔法を探す少女とその仲間たちが天上へと昇る星を見上げていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回投稿はまたしばらくお待ち頂ければと思います。