頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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ちなみに今章のメインキャラは主人公ちゃん、ミヨ、ミカになります。


Area-02「シャーレビル執務室 #支援要請 #ダメ元 #免罪」

「先生。次の視察の時間です」

 

「おっと、もうそんな時間なんだ。じゃあ二人とも、カヤとまた行ってくるから」

 

 シャーレのオフィスはとうとう4人で詰めることになったけど、ここ数日、ほとんどカヤちゃんと先生は出かけている。色彩の襲撃で大きく被害を受けたD.U.の復興ではシャーレの超法規的な力も必要だった。

 

「あ、カヤちゃん!傘!今日雨振るみたいだから」

 

 朝の登庁前に見た天気予報では午後から雨だと聞いていた。私が席を立ったカヤちゃんに声をかけると、彼女は元気なく「そうですね」と言って先に出て行った先生と一緒に執務室から出て行ってしまった。

 

「………心配?エリカちゃん」

 

「そりゃ……」

 

 あの子はあからさまに元気というか、覇気がなかった。カヤちゃんがシャーレに身を寄せて、防衛室閉鎖から今日まで。色彩との戦いの中で見せた彼女らしい防衛室長としての誇りのようなものは全く見えなくなってしまった。

 

 先生はおそらく、そんなカヤちゃんのことが心配で、目を離したくないのか秘書のように極力一緒に行動させている。

 

 ミカさんはカヤちゃんにあえて声をかけていない気がする。それは嫌ってるとか、そういうことではなくて、きっと気を遣って。

 

「まぁでもさ、大切な人に気遣われると却って辛いのもあるよ」

 

「そう、なのかな」

 

「うんうん。私もさー、ナギちゃんにあの条約の時に気遣われるのすっごく嫌だったし」

 

「それは随分と実感に籠ったやつだね」

 

「でしょ?……きっと、今必要なのは時間だよ、あの子」

 

 ペンをくるくるとしながら、曇り空を執務室の窓から横目にミカさんは語る。

 

「ミカさん、何かあったの?カヤちゃんと」

 

「なんにも。けどちょっと、なんとなくね。自分のこう、中にあった芯?そういうのが砕けちゃったみたいに見えるんだよね。カヤちゃん。エリカちゃんもそれならわからないかな」

 

 それは果たして、人は耐えられるものなのだろうか。私自身……己の信念を折るようなことがあった。それが結果的に私の進む道に大きく影を落として、苦労してここまで歩いている。

 

 私の実家から逃げ出した、追い出された時もそうだ。人は自分の信じるものが折れた時、耐えられない。2本の足があっても、立っていられない。

 

「ミカさんは」

 

「ん?」

 

「耐えられたの?」

 

「やだなぁエリカちゃん。………私、耐えられるわけないじゃん。だから先生と、エリカちゃんと一緒に、ここに座ってるんだよ?」

 

 その笑顔はあまりにも儚かった。ミカさんは「あー今のなしなし」と顔の前で手をひらひらと振って、曇り空に釣られて暗くなったような部屋の雰囲気をかきけす。

 

「まぁまぁ、そういう生徒のためにもシャーレはあるんでしょう?なら、私とエリカちゃんもあの子を支えようよ」

 

「うん、そうだね」

 

 彼女の言う通りだ。カヤちゃんが今苦しんでいるなら、私たちも苦しんでいるわけにはいかない。今、カヤちゃんを支えるのは私たちシャーレなんだから。私はデスクに着く。色彩による攻撃で、様々な相談事もメールや電話で入っている。

 

 ほとんどはお話を聞いて、それだけでも解決できてしまうことが今回は多い。復興に関しては連邦生徒会の動きが素早く、また虚妄のサンクトゥム攻略戦で各校のパイプが強化されたおかげか、復興に協力してくれる学校も多い。

 

 中でも、土木に関してはレッドウィンターの工務部が八面六臂の活躍を見せているみたいだ。

 

「エリカちゃん。この申請書なんだけど合ってるかな?」

 

「どれ?」

 

「これ。この戦車って許可取れたっけ」

 

 ミカさんには勉強も兼ねて、今シャーレに移管されている防衛室のお仕事をお願いしていた。質問されたのは戦車の通行許可だ。基本的にキヴォトスのほとんどの道路は戦車の通行を前提とした道路の作りなんだけど、一部の車両は大きすぎて通行制限があったりする。

 

 ちょうど今ミカさんの見ている書類に書かれているゲヘナの超重戦車とか。

 

「うーん。これは無理だね。重すぎ」

 

「どうするのこういうの」

 

「担当の生徒さんに連絡して、ルートの変更をしてもらわないとだね。超重戦車をそもそもなんて通行させるのか目的は書いてある?」

 

「えーっと……なにこれ。農地開拓用だって」

 

「絶対嘘だね。あとで電話するから避けておこう」

 

「はーい」

 

 そもそも、まともな書類が上がってくる確率は4割である。ちゃんとみんな書いてほしいね。それでも、こうして申請してくるだけえらい。

 

 それからしばらくは黙々と書類仕事を続けた。不思議と電話も今日はパタリと止んでいて、静かだった。今はテレビも消しているので、流れてくるのはミカさんのちょっとした独り言や、最近は慣れてきた感じの彼女のタイプ音。

 

 チラリと見れば、真剣すぎない表情でミカさんは仕事に取り組んでいて、もうだいぶ彼女もシャーレに慣れたのだと思った。

 

「あ、そういえばエリカちゃん……って、なんで私見てるの?」

 

「え?あ、いや、もうシャーレのミカさんも見慣れたなって」

 

「そうかな。私も慣れてきたとは思うけど」

 

「うん。……あぁごめん、話あるよね。どうしたの」

 

「そろそろお茶飲まない?」

 

 言われてそういえばと時計を見る。ティーパーティーだと一服入れるタイミングだ。あっちでは根を詰めると集中力が落ちるので適宜、紅茶や一口サイズのお菓子なんかを手にする時間を作っている。実際私は悪くないと思ったので、ミカさんと二人きりのときは取り入れていた。

 

 先生?先生はもう、その、自由なので。

 

「今日は私が淹れるよ。お茶っぱあったっけ」

 

「あるよ。今日来る時に持ってきたんだ」

 

「ありがとミカさん。じゃあそれ淹れるね。お菓子は?」

 

「スコーンを幾つか買ってきてあるよ」

 

 流石に用意がいいね。じゃあ、一旦給湯室に……と席を立ったところで執務室のドアがノックされた。申請に来た人だろうか。ちょうど私が立ったので、出入り口のドアへと向かう。

 

「どうぞ!」

 

 わざわざノックをするという時点で警戒は薄れているので、私が呼びかけると扉の向こうから「失礼します!」と声からしてお行儀の良さが滲み出る返事がくる。

 

 扉が開く。現れたのは深緑のブレザーが特徴的な制服の女の子。ふわりとした銀に近い髪色が綺麗で、顔つきはあどけなく、ちょっと控えめな感じもする。一言で言ってしまえば、クラスのアイドルと言われてもおかしくないような美少女、って感じだろうか。

 

 そこはかとなくミカさんの可愛らしさと共通するような部分もあって、こんな子を見たら絶対忘れない。

 

 使っている装備はボルトアクションライフル。今私も使っているのはボルトアクションなので親近感を受ける。このタイプは………うん、確かワイルドハント自治区でよく見るもの。

 

 制服も左肩にワイルドハント芸術学院の校章がある。どうやらワイルドハント生のようだ。

 

「こんにちは。ようこそシャーレに」

 

「ど、どうも」

 

 少し緊張しているのかな。わからなくはない。ワイルドハント芸術学院の生徒を外部で見ることは多くない。詳しくは知らないけれど、校内の規則が厳しく、かつ生徒は学院敷地内での寮生活がほとんどとのことで、外部に出るのは手続きが必要だったはず。

 

「エリカちゃん、誰が来たの?」

 

「ワイルドハントの生徒さんだよ」

 

「ワイルドハント?ふーん」

 

 ミカさんも出てくる。彼女はやってきた子を見て、驚いた様子はないけど、珍しいって感じ。私と同じかな。ワイルドハントの子はミカさんを見て少し目つきが、驚いてる?のかな。ほとんど気が付かないレベルだけど。

 

 ひとまず、座ってもらおうかな。この感じだとおそらく支援要請だと思うし。

 

「とりあえず、あちらの席に。ちょうどお茶を入れるところですから、一緒に飲みながらお話しましょう」

 

「すいません……!急に押しかけているのに」

 

「大丈夫ですよ」

 

 怪しい子ではないかな。そもそも礼儀正しい時点で私は警戒心なんて湧かない。使っているライフルも使用感はそこまでない。荒事は苦手そうなのが見て取れる。ワイルドハント生のやらかしでヴァルキューレが出動するなんてほぼないし。

 

 ミカさんが「こっちだよー」と応接用のテーブルとソファがある方へ案内してくれているので、私は給湯室へと一度向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい。どうぞ」

 

「ありがとう、ございます!本当にすいません!」

 

「いえいえ」

 

 給湯室でお茶を入れて、3人分のソーサーとカップ、それにスコーンも持ってきた。ミカさんが今日持ってきたお茶はアールグレイ。茶葉は山海経産の高品質なもの。それなりに値段がするはずなんだけど、ミカさんこのあたりは割と節約せずに選ぶあたり流石こだわりが強い。

 

 カップとかは来客時に一緒に飲む用のトリニティで揃えたもの。こっちは私のこだわりだ。数少ない趣味だからね。

 

 一式をワイルドハントの子の前に差し出すと、彼女は目に見えて額に汗をかくような雰囲気となった。

 

「……え、えぇっと、このカップとか、その、かなり良いものでは……?」

 

「へぇ。流石ワイルドハントだね。そうだよ」

 

「い、いいんですか?」

 

「気にしないでいいですよ」

 

 ミカさん、さらっと生徒会長っぽい威圧感滲み出しちゃうのはやめてって。相手の子がはちゃめちゃに恐縮してるから。

 

 緊張を和らげるために出来るだけ柔らかく笑って、私はミカさんと一緒にワイルドハントの子の対面に座った。

 

「初めまして。私は連邦捜査部シャーレ補佐官の草鞋野エリカです。こちらは同じく補佐官の聖園さん」

 

「聖園ミカだよ。よろしくね」

 

 まずはこちらから名乗っておく。彼女は私の名前を聞くと今度こそ驚いたのか眉がピクッとしていた。シャーレの名前はそれなりに広がってるし、知ってるからこそここにやって来たけど驚くのはちょっと変ではある。まさか某清澄さんみたいな仮面が分厚いような子ではあるまい。

 

「えと、私はワイルドハント芸術学院……2年生の、桜井ミヨと申します。本当に急な訪問、すいません……」

 

 私たちの自己紹介のあと、ワイルドハントの子──桜井ミヨさんはおずおずと返してくれた。深々と頭を下げられてしまった。気にしないでほしい。

 

「桜井さん。はじめまして。それで、今日はどうしたんですか?」

 

 訪問の目的。支援要請なのは間違いないけど、その内容だ。ここまで恐縮する子ってことはシャーレが最終手段で意を決して来たというのも全然ありえる。

 

「その……シャーレって、探し物とか、そういった要請も大丈夫でしょうか」

 

「うん。もちろん。落とし物?それともペットが逃げちゃったとか?」

 

「あ、そういう感じのもいいんですね……」

 

 話すのを悩んでいるのかな?なら遠慮しないで言ってもらわないと。

 

「大丈夫ですよ。シャーレのことを知って来署…じゃない……来られたのでしょう。遠慮はせずに話してください」

 

 私が促すと、桜井さんは少し悩んだ後、意を決したように口を開いた。

 

「……満月の夜にしか咲かない金木犀を探してもらえませんか?」

 

 なにそれ。思わず私は頭がフリーズした。なんだっけ…?最近流行りの漫画であったねそういうの。特定の時にしか咲かない花みたいな。

 

「えっと〜……ミヨちゃん?だっけ。もう一回言ってくれる?」

 

 ミカさんも何を言っているんだと思ったのか聞き直している。桜井さんは変なことを言っているという自覚があるのか遠い目をしつつも、もう一度言い直してくれた。

 

「満月の夜にしか咲かない金木犀……探してもらえませんか?」

 

 聞き間違いではない。そんな金木犀は聞いたことがない。……絵庭先輩だったら知っていたのだろうか。残念ながら私は花にそんなに詳しくない。先輩からは多少話は聞いているけど、とても語れる知識はない。それに、金木犀。

 

 ミカさんがちらりと私を見た。気にしないでほしい。ただ金木犀といえば色々と私にとってはある花だ。黄金の一滴、そして先輩のくれた香水。どちらも金木犀の香りする。後者は間違いなく金木犀を使ったものだけど。

 

 私の因縁はおいといて、そんな満月の夜にしか咲かない金木犀なんて聞いたことがない。

 

 私たちがそんなものあるのか、という顔をしているのが桜井さんはわかっているのか半分諦めたような顔をしている。

 

「すいません本当に変なこと言って……いや、わかってはいるんです。そんなもの存在はしないって」

 

「ごめんなさい。私たちも支援要請を聞きながら。そもそも、どういった経緯でそのようなものを探しているんですか?」

 

「あ、それはその。い……」

 

「い?」

 

「い、いえ、決して虐められてるとかではなく、学院内でそれを使った作品を作りたいという方がいたので、私に知らないかと……相当に悩んでいたので、私も何かしてあげられればと思って」

 

 急にすらすらと桜井さんが話しだした。友達のために探してあげてるのだろうか。どうしようか。最初から無い、と決めつけてしまうのはよくない。キヴォトスは広い。摩訶不義な植物の一つや二つあってもおかしくない。

 

 紅茶を一口。受けるのは確定している。生徒からの支援要請だから。問題はどう探すか。それに期限は?

 

「桜井さん。期限とかありますか?」

 

「えっ!?う、受けて頂けるんですか!?」

 

「エリカちゃん本気?そんな花あるのかな?」

 

 桜井さん本人は立ち上がってものすごい驚いているし、ミカさんも本気かと聞いてくる。

 

「ミカさん。生徒からの支援要請だよ。それに、何も桜井さんは押し付けてきてるわけではないから。……見つかるかは正直わかりませんけど、それでもよければ」

 

「ぜんっぜん!むしろありがたいです!お手隙な時にでもやっていただければ!」

 

 90度のお辞儀をされたのでまさか受けてもらえるとは思ってなかったのかもしれない。お手隙な時に……といっても、今は大きな依頼はない。D.U.の復興作業でシャーレが担う役割は先生がほとんどなので、私とミカさんはトラブルが起きた時やヴァルキューレですら対応不能な状況でのピンチヒッターだけど、あんな世界滅亡みたいな状況になったので意外と今は平和なんだよね。

 

「それでは、桜井ミヨさん。シャーレはあなたの支援要請を受託しました。要請の完了等の報告はどちらに?」

 

「あ、それなら、こちらに……」

 

 スッ、と慣れた様子で桜井さんはメモを渡してくれた。綺麗な字で書かれていて、内容は彼女の電話番号とおそらく住んでいるワイルドハントの寮の部屋番号、第5寮 402号室。

 

「わかりました。見つかりましたら連絡しますね」

 

「本当にありがとうございます!」

 

 ミカさんがマジか、と言わんばかりに見て来てる気がするけど、スルーする。

 

「………えぇっと、やっぱり迷惑ですよね……」

 

「ミカさん?」

 

「えっ。そんなことないって〜!」

 

 ナギサちゃんっぽく呼んだら露骨に肩を跳ねさせている。ダメだよミカさん。そういう態度は。

 

「それでは少しお茶でも。その、よければワイルドハントのお話を聞かせてもらえませんか?私たち、なかなかワイルドハントに伺うこともないので」

 

「わ、私がですか?あまり面白い話もないかと思いますが」

 

「いえいえ。じゃあ早速ですが、ワイルドハントでは校則が厳しいというのは……」

 

「本当です。実は外出もちゃんと理由がないと……理由があれば簡単なんですけど」

 

「じゃあ今日はどういう理由で?」

 

「シャーレに行くと。そうしたらすんなり。すごいんですね、シャーレ」

 

 そこまでシャーレの信頼具合が浸透してきたのだろうか。箱舟まで行ったのは当然伏せているので、これは普段の活動の賜物だと思う。

 

「ですが、今D.U.は先日の災害の被害も大きいので色々と大変なことになっています。それなのによく許可が」

 

「そこは私も不思議なんです。ただ、寮監隊…他校では風紀委員会相当と言えばよいでしょうか。とにかく、寮監隊がシャーレだったらと妙に緩くて。なんだか裏でもあるのかと」

 

 私とミカさんは目を合わせる。ワイルドハントの風紀委員会相当の組織となんて接点がない。それだけシャーレが信頼されている、ぐらいしか理由が浮かばない。それなら殊更ワイルドハント生にはその期待を裏切らないようにしたほうがいいかも。

 

 ミヨさんがカップを手に紅茶をようやく飲んでくれる。改めて見るとワイルドハントの上流階級の子女と言われてもおかしくない子だ。かなり様になっている。

 

「あっ。すいません、なんか変なことを。私、文学専攻でつい」

 

「そういうこと。じゃあミヨちゃんはそういう物語とか好きなんだ」

 

「推しジャンルというわけではないのですが……そうですね、最近探偵ものを読んだのでつい」

 

 桜井さんはどうやら作家さんの卵のようだ。……現実、私の隣にいるミカさんは陰謀渦巻く中に身を置いたりしてたし、何か裏があるなんてことはシャーレにいると日常茶飯事だ。桜井さんのような一般生徒は巻き込まれてほしくないものである。本当にそういうことから遠そうな感じなので。

 

「ミヨちゃんは本好きなんだね。それならトリニティの図書館に来たことある?」

 

「噂に聞くキヴォトス最大の中央図書館ですね。文学専攻と言っておきながら行ったことがなくて。……というと、聖園さんはトリニティの方なんですね」

 

「うん。もし行きたいなら言ってね。それだけ厳しいのも、シャーレって理由なら出て来れるんでしょ」

 

「いいんですか?」

 

「もちろん」

 

 中央図書館は確かにキヴォトス最大のすごい図書館……らしい。トリニティに居たのになんで私がよく知らないかと言えばナギサちゃんの護衛時は用がなかったので行ったことがないのだ。ものすごい大きいのは外からでもわかるけどね。

 

 ミカさんが案内をしてあげると率先して言うなんて。桜井さんは嬉しいのか、ちょっと笑顔が溢れていた。だいぶ緊張ほぐれて来たのかな。

 

「ありがとうございます。ワイルドハントの図書館もそれなりの規模なんですけど、中だと蔵書の禁書指定も多いので……行ったらしばらく帰れないかもしれません」

 

 なんというか、話を聞いていると同じキヴォトスの学校とは思えないぐらい窮屈に聞こえてくる。ただそれでもゲヘナみたいに反発して大爆発やレッドウィンターみたいに常時クーデターみたいなことにならないあたり、基本的にはいい子が多いのかもしれない。

 

 それなら、こんな桜井さんみたいな子がいるのも納得だ。

 

「そっか、よかった。逆に私ワイルドハント行ったことないから、もしよければミヨちゃんが案内してくれたりしない?」

 

「構いませんよ。無理なお願いを聞いて頂いたので……それぐらいなら全然」

 

「エリカちゃんもそのときが来たら行かない?」

 

「芸術といえばワイルドハント、って言うぐらいだからナギサちゃんも連れて行きたいね」

 

「ナギちゃんは忙しいんじゃないかなぁ。エリカちゃんが呼べばくるだろうけど」

 

 まぁ、今は絶対ダメなのはわかる。この前のお昼も結構無理して来たみたいだし。今は色彩がらみの災害の復興がトリニティもある。ちなみにD.U.以外で最も大きな損害を受けているのはミレニアムなんだけど、その被害を受けたのはエリドゥなので、次点であるトリニティのほうにミレニアムが支援をしているらしい。これはナギサちゃんが教えてくれたことである。

 

 それはそれとして、ナギサちゃんとワイルドハントに行くのはありかも。絵画とか描くの好きって言ってたもんね。

 

「時期によっては個展とかも開いていますから。好きな作家さんとかいましたら教えてください」

 

「ありがと。ミヨちゃんってすごい良い子なんだね。こうして話してるだけでわかっちゃう」

 

「え、えぇ?そんなことは」

 

「謙遜しないでいいよ。本当のことだもんね。ねぇ、エリカちゃん」

 

「それは言えてるかな。……みんな、桜井さんぐらい丁寧な要請の仕方だと、嬉しいは嬉しいですね」

 

「大変そうですね、シャーレも…」

 

 同情的な目線を向けられた。こうしてシャーレまでわざわざやってくるぐらいである。桜井さんはそもそも人のお願いをよく聞いてくれる子なんだろうね。ミカさんの言うとおり話せば話すほど良い子なのがわかるというか、彼女みたいな子が多ければ世界は平和になるんじゃないだろうか。

 

「桜井さん。今後もこの依頼以外で何かあれば来てもらって大丈夫ですよ」

 

「え」

 

「なんだか、桜井さん、色々と頼まれがちじゃありませんか?」

 

「………えっと、そう、ですね。今回みたいに頼まれちゃうこともあるので、もし自分でどうにもできなくなったら、いいですか?」

 

「もちろん」

 

 なので、ついつい私はこんなことを言ってしまう。しょうがない。それに、困ってる生徒を助けるのもシャーレの本分。何も間違ってない。何ミカさん。なんでジトっと見てるのこっちを。

 

「すいません。そろそろお暇させて頂きます。寮の門限に間に合わないと大変なことになるので」

 

 桜井さんは執務室の時計を見てもう帰るという。でもここから駅までそこそこ歩くので、送ってあげようかな。

 

「それなら車で駅まで送りますよ」

 

「いえそんな……申し訳ないです」

 

「大丈夫です。それに、万が一遅れても私からワイルドハントに一報を入れさせてもらいます。支援要請以上のことを話したのは我々ですから」

 

 私がそう言えば、桜井さんは少し悩んでいたものの「じゃあ、すいません」と送ってもらうほうを選んでくれたようだ。よし、それなら私が行ってこよう。

 

「じゃあミカさん、桜井さん送ってくるね。戻ってくるまでよろしく」

 

「はーい」

 

「………気のせいじゃなければ何か私しちゃった…?」

 

「さぁ?でもまぁ…大変だね、ナギちゃんも、って」

 

 ナギサちゃんの何が大変なんだ……?よくわからない。私は首を傾げつつも、机の中からシャーレのパトカーのキーを取り出す。

 

「じゃあ降りましょうか」

 

「はい。あ、お茶にお菓子まで、ごちそうさまでした」

 

「いえいえ」

 

「気にしないで〜」

 

「ではこれで失礼します」

 

 桜井さんは一礼して先に執務室を出て行った。なんて良い子なんだ本当に。そして何故ミカさんは私をずっと「何やってんのこいつ」と言わんばかりの目で見て来ている!?全く、何もこれまでの行動でミカさんの機嫌を損ねる行動をした覚えがない……!

 

「み、ミカさん」

 

「私なんにも不機嫌じゃないよ」

 

「それ不機嫌な人が言うやつ!」

 

「じゃあ言うけど、エリカちゃん鼻の下伸ばしすぎ」

 

「何言ってんの!?え、私があの子に?いやいやそんな私節操なく見える!?」

 

「うん」

 

「ひどい」

 

「それに、エリカちゃん、あの子ヒフミちゃんそっくりだよ?感じない?」

 

 阿慈谷さんに?いや確かに阿慈谷さんもとっても良い子で──。

 

「……ミカさんは何か感じたの?彼女に」

 

「ううん。勘?なんとなく」

 

 ミカさんが勘、って言うのは珍しい。阿慈谷さんは確かにやる時は平気でとんでもないことをやらかすのは知っている。正義実現委員会と戦車一台でやり合ったというのは流石にデマだとは思うけど、ティーパーティーの記録に残っていたので本当なのだろう。

 

 桜井さんがその阿慈谷さんと似ている?少なくとも私の勘というか、これまで見て来た一見善良そうな人でも何かを抱えている人、には思えない。友達想いで穏やかで優しい子、というのがこの少しの間でもなんとなく読み取れた。

 

 ………うーん。考えすぎじゃないかなぁ。でも、ミカさんが感じたってことは何かあるのかな。

 

「わかったよ。油断はしないでおくね」

 

「そうしたほうがいいと思う。じゃあ、いってらっしゃい、エリカちゃん」

 

「うん。いってくるね」

 

 ミカさんにシャーレを預けて、私は桜井さんのあとを追った。

 

 

 

 

 

 

 

「(はぁ〜よかった。まったくフユもどこであんな滅茶苦茶な依頼を…流石にそんな依頼、私たちだけじゃ無理ですよ)」

 

 シャーレの執務室から出て、エレベーターホールでエリカを待っていたミヨは心の中で無茶な依頼を受けてくれた部員に悪態をついていた。

 

 桜井ミヨはワイルドハントきっての令嬢でもなんでもない、ただの一般生徒である。穏やかで、友人たちからは落ち着くと言われるクラスの癒し枠というのは間違いではない。

 

 しかし、彼女は決してそのような善良な側面のみで構成されている少女ではなかった。

 

「(それにしても、あの人が噂に聞く草鞋野エリカさん。とっても真面目そうで、警察官みたいだったけど……噂は噂、なのかな)」

 

 裏社会ではよく流される噂である汚職警官、草鞋野エリカによるヘイロー破壊。ミヨが対面したエリカは決してそのような蛮行に及ぶ姿は想像もできない印象を受けた。さらにはその隣にいた生徒も、ミヨは知っていた。

 

「(あの人も噂が流れていましたけど……トリニティ転覆を狙った聖園ミカさん。彼女もそんな風には見えませんでした)」

 

 そして、学外であれば限られた人物しか知らないはずのミカのかつての罪さえもミヨは噂程度に聞いたことがあった。

 

 だが、ミヨはこうして実際に会って話せば二人ともとてもそのような非道を働く人物にしてはまともだった。むしろ、確実に秩序側に立つ人物であることがミヨには十二分に伝わっていた。

 

「(まぁ、噂は噂にすぎないってことですね。……シャーレ、これからも何かあったら相談してみましょう。それに……もしかしたら特殊交易部も上手く終わらせられるかも)」

 

 エリカたちに見せた姿は決してミヨの演技ではない。同時に、自然とエリカたちシャーレを“利用する”という思考をミヨはしていた。していたが、罪悪感はあった。よくしてもらった相手に考えるようなものではないからだ。

 

「(………騙すようで申し訳ないですね。特に草鞋野さんは。聖園さんはなんだか話していると頭の中まで覗かれてそうでちょっと怖かったですけど……)」

 

 生徒会長という重責を負った生徒との対話はミヨにとって初めての経験であり、ミカとの会話はミヨにとって、物書きとしては良き知識となり、それ以外では警戒心しかなかった。

 

「(絶対私のこと怪しいって思ってそう。うう。でも、うん、今回のは悪いことじゃないから……)」

 

 正体が今の時点で暴かれてしまえば、どうなってしまうのかミヨは想像がつかない。だからミカは少し怖かった。それでも図書館に誘ってくれたのは本心であることはミヨもわかっていて、そこは嬉しかった。

 

「(それはそれとして、中央図書館には絶対行こう。あそこならワイルドハントでも読めない本が…!)」

 

 ちょっとだけ楽しみな未来に期待しつつ、ミヨは後方から聞こえて来た足音に振り返る。エリカが穏やかな表情で、早足で来ていた。

 

「ごめんなさい。待たせてしまって」

 

「いいえ。こちらこそすいません、お忙しいのに」

 

 ミヨは微笑んでエリカを迎える。エリカの目には一部も桜井ミヨから影は見えなかった。

 

 




お読みいただきありがとうございました。次回はまた明日です。

主人公、ミヨちゃんに何も感じられず。
原作でミヨちゃんはあれだけやっててもヒロミちゃんにミリも疑われていないのがまた……。
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