先生は夜の教室に降り立つ。崩壊した壁の向こうの海は静かで、夜空には数多の星が瞬いていた。
「よっと。こんばんは、プラナ」
「はい、先生。こんばんは」
「先生!アロナちゃんもいますよ!」
「こんばんは、アロナも」
生徒たちの帰ったあとのシャーレで、先生はシッテムの箱の中にいる生徒二人に会いにきていた。一人はキヴォトスに来てから最も長い付き合いのある生徒であるアロナ。もう一人は、別世界の先生から託されたアロナとそっくりなA.R.O.N.Aもとい、プラナと名を変えた生徒。
二人は先生にそれぞれ歩み寄る。アロナは駆け足気味で、プラナはゆっくりと歩いて。
「ごめんね、なかなか纏まった時間をとれなくて」
「いえ!先生は頑張っていますから!」
「はい。アロナ先輩の言うとおりです」
「嬉しい事を言ってくれんな〜二人とも!」
先生はわしゃわしゃとアロナとプラナの頭を撫でる。二人の言うとおり、先生は色彩による侵攻──別世界の自分を利用されキヴォトス存亡の危機を脱した翌日から変わらぬ多忙さの中に帰ってきていた。
エリカやミカによる助けがある中、突如居場所を失ったカヤを加えて始まったシャーレの新たな日々。D.U.の復興にあたりシャーレが持つ超法規的な権限を先生は専門外の復興事業で振るう事となり、慣れないこともあって心労が増えていた。
「まぁ実際頑張ってるというか、ガムシャラというか……カヤには悪いけど、あの子いなかったらちょっと大変だったね」
「……不知火カヤがシャーレに加入したことに関しては私も驚いています」
「プラナも?」
「はい。彼女は本来、シャーレと敵対関係にあり、私たちの世界では最終的に取り返しがつかないところまで行きました」
「……マジで?」
「マジです」
先生は電脳空間だが頭が痛くなった。カヤがそのような状態になることも苦しい上に、それを先生は想像が出来たからだ。幸か不幸か、今先生がいる世界ではそのようなことが起きないような立場にカヤはなってしまったが。
「……プラナ、たぶん全部は教えてくれないんだろうけどさ……あの、エリちゃんって何があったの?」
先生は知りたいことがあった。そのために今日はプラナと直接会いにきていた。それは別世界で、相棒と言っていいエリカがどのような最期を迎えたのか。
プラナは先生に問われ、固まっていた。フリーズなどではなく、聞かれたこと自体に、どう答えたものかわからなかった。悩み、浮かんでくるのはどうしても二人の先生を失った二度の悲しみ。OSであるが故に何もできなかった無力感。
「ぷ、プラナちゃん……?」
「あ……」
無意識のうちに、プラナの目尻からは涙が流れていた。先生は膝をついてプラナを抱きしめた。
「ごめん、プラナ。……聞くべきじゃなかったね」
「いえ、私は」
「いいや。私が無神経だった」
「……申し訳ありません」
「もう二度と聞かない。もし、プラナの心の整理がついて、あの二人がどんな道を歩んだのか教えたくなったら、教えてほしい」
プラナは全く同じ、ただ違うとわかる温もりの中で静かに泣いた。アロナは声をかけることはできなかった。励ましてどうにかなることではない。失ったものは戻らない。それが覆すことのできない事実だった。
しばらくプラナを抱きしめたのち、先生は彼女から離れる。プラナは僅かに目元を赤くしていた。色白なためかよく目立つなと先生は感じた。
「……ありがとうございます。先生」
「うん」
「……お二人の最期をお話しすることはできませんが、一つ伝えなくてはいけないことがあります。これはアロナ先輩にもです」
プラナは気持ちを切り替え、一度教室の黒板へと近づく。先生とアロナは並んでプラナのことを目で追った。
「詳細は省きますが、私たちの世界では一時的にですが草鞋野エリカは先生となりました」
語られた言葉は何一つ難しいことは言っていなかった。しかし、アロナは尋常ではない衝撃を受けた。
「そ、そんなことありえるのですか!?」
アロナは叫びに近い確認の言葉を投げかける。それはまさに現状のキヴォトスの不文律のようなものを根底から覆すようにアロナには思えたのだ。先生と生徒。大人と子供。子供がいきなり大人になるようなものだった。
「シロコが言ってた代わりにって言うのは文字通りだったんだね」
先生は数日前の事件の最終局面で、別世界のシロコが語った内容が想像以上のことであったことに頭を抱えそうになる。絶対に先生自身がもう倒れられない事をそれは意味していた。
子供が大人の責任負うという、あってはならない、先生がエリカとシロコに語った言葉を嘘にするものだった。
「そしてここから本題ですが、私がアロナ先輩の箱に合流した事で………草鞋野さんも箱に次触れれば、アクセス権が復旧します」
冗談だろうと先生はいよいよ顔を覆った。
「待って、プラナ。それはどういう」
「これは機能的な話なので仕方がないのですが、私がメインOSを勤めていたことからこの箱に移ってもログイン情報が一緒に適用されてしまったようです」
「プラナちゃん、つまり草鞋野さんも箱の力を使えるということですか…?」
「可能です。大人のカードとの併用こそできませんが、その気になれば何が出来るか、この箱の力は先生もアロナ先輩も体感されたと思います」
二人はプラナに言われたとおり思い返す。箱舟での戦いで空間ごと塗り替えた力を。それ以上のことも出来ることは十分に二人には想像できる。そうする必要がないからアロナと先生はこれまで、せいぜい防御や生徒募集などの力しか使ってこなかった。
「……プラナはやっぱり、使ってほしくないってことだよね」
「はい。彼女は……草鞋野“先生”は、必要があれば、先生……あなたのようになんでもやってしまう人でしたから」
なまじ先生と違い、エリカには力があった。そこに箱の力も加われば何が起こるかなど先生も想像がつかない。
「少なくともエリちゃん何やらかすかな」
「…………自身をリテクスチャし、砂狼シロコが恐怖に堕ちたこととは逆の、畏怖へと存在を昇華させます」
「うわぁ……絶対碌でもないやつでしょそれ」
「そんなこと出来ちゃうんですかシッテムの箱」
いやアロナはわからんかい!と先生は思わずツッコミたくなったが空気を読んで言わなかった。
「わかった、プラナ。エリちゃんのことはこれまで通り、ちゃんとよく見ておかないとだね」
「はい」
「でも、プラナ、エリちゃんとは話したい?」
それはそれ、これはこれ、として先生はプラナにそのように問いかける。
「…………話したいですが、今はやめておきます」
「そっか」
「たぶん話したら私は彼女にいきなり説教をします」
「プラナちゃん!?」
「………ですので、また、いつか。落ち着いたら、私は話したいです。私の、もう一人の先生である彼女と」
アロナも先生も、何も声をかけられなかった。先生は一体プラナがどれだけの後悔を抱えて、それでも消えずにアロナと共にいることを選んだのか、想像を絶する葛藤があったことはわかっていた。
「じゃあ、そのいつかを迎えるために、明日からも頑張らないとね」
「そうですね、先生!ね、プラナちゃんも!」
「はい。明日も、明後日も。私は先生たちをサポートします」
「よろしくね、二人とも」
先生は二人をもう一度抱きしめ、目一杯に元気をもらった気がした。
「……全く、とんでもないものを残してくれたな。私、それにエリちゃん」
彼女はシャーレの執務室の中で目を開ける。既に執務室内の時計は日付を跨いでいた。当然、執務室内には先生以外の生徒はいない。先生は一度席を立って体を伸ばし、それぞれの生徒の机を見る。
エリカの机は防衛室の業務を引き継いだ関係で、申請書類を整理するためのボックスが用意されていることが大きな変わったことで、あとは机の上のナギサの羽が封されたガラス製の写真立てに1枚の写真が増えていた。
それは箱舟から脱出し、草原地帯で撮られたエリカがナギサとハルナに挟まれた写真。3人とも弾けそうな笑顔で写っていた。
「いい写真なんだよなぁ……二人がどっちもエリちゃん好きなのを考えなければ」
果たしてこの決着はどう着くのか。そもそもエリカに想いを寄せる生徒が少なくともあと二人はいることを先生は知っているため、穏便に纏まってほしいと願うばかりであった。
「……うん。ミカの机もいい感じに整理されてるね」
次に見たミカの机はエリカを見習ってか、整理整頓がなされていた。最初の頃はどこか借り物感のような雰囲気が漂っていたが、今はここがミカの席だと先生から見ても言えた。机に敷かれた透明なマットの下には様々な機関の電話番号や連邦生徒会の内線番号の入った座席表もあった。
それらはミカの努力の現れの一つであり、デスクの引き出し内には仕事上で必要な本なども多数入っている。先生はミカの成長しようとする姿が好きだった。
最後に、先生はエリカの机の対面へと移動する。そこが新たに用意されたカヤの席であり、デスク上の整理はされているが書類などが少々置かれていたマグカップもそのままで、先生はカヤに余裕がないのが目に見えた。
「……まさかこんなことになるなんてね」
先生はミカからカヤがここで嘔吐していたことを聞かされていた。エリカには伝えられなかったことであり、色彩の事件の最中、先生の目が届かないところで、人知れずカヤの中で何かが折れてしまったことは誰の目から見ても明らかだった。
初めてカヤと出会った時から先生が感じていたどこか不遜な様子は嘘のように雲散し、今はただ、先生の秘書のように大人しくなっていた。あの、虚妄のサンクトゥム攻略戦時などに見せた毅然とした防衛室長の役目を果たそうとする姿も想像できないほどにカヤの纏う空気は変わっていた。
リンやアオイからも先生はカヤの置かれた状況はかなり厳しいものであると聞いていた。防衛室が閉鎖となるなど前代未聞であり、本来であれば責任追及をされてしまう立場のカヤはシャーレに移籍してしまったことで連邦生徒会から介入ができなくなってしまったという。
その結果、他の事情を知らない連邦生徒会の役員たちから、カヤは冷たい目で見られていた。
「なんとかしてあげたいけど」
クーデターに加担した防衛室の生徒は行方不明となり、元よりカヤを認めていなかったという防衛室の生徒たちは職を辞して母校へと戻った。確かに、組織の長としてこのような事態となったことに対する説明責任があるだろうということは先生も理解はできる。
理解できたものの、そもそも肝心のカヤがクーデター発生以降はほぼ単身で活動するしかなく、防衛室自体の指揮を取る前に虚妄のサンクトゥムにより連邦生徒会が機能不全と陥ったことからもうカヤにはどうすることもできなかったと先生は思っている。
彼女の再起は簡単ではない。今先生にできることはとにかくカヤの隣に寄り添うしかないと無力さに歯噛みした。
「ふぅ。そろそろ私も一旦風呂入るかぁ」
先生は切り替える。いつまでも悩み続けても今は解決できないことであり、朝は嫌でもやってきてしまう。最低限の身だしなみという点でも先生は可能な限り毎日湯船に浸かることにしていた。
シャーレビルは各学園による手が徐々に入っており、百鬼夜行風の浴場も用意されていた。
「その前にみんなの明日の予定見るか」
湯船に浸かれば、その一時だけ先生は先生という立場を置いて、一人の女性としての時間を過ごす。故に入る前に先生としてこなすべきことはこなす必要があった。
「どれどれ。ミカは明日いるのね。カヤは私と引き続き同行。んで、エリちゃんは……」
エリカのスケジュールに先生は目を通す。今日はトリニティの古書館に予定通り向かったことは先生も知っていた。明日も出張の二文字があり、パトカーの使用も記載されている。行き先も当然、記されていた。
「出張……ワイルドハントから山海経?随分遠いね。あと同行生徒1名……また引っかけたんかエリちゃん?」
先生はエリカに同行する生徒はまだ会ったことさえないと気が付く。同行生徒の氏名は桜井ミヨ。ワイルドハント生だった。
「……まーたこりゃエリちゃんが好きそうな顔で」
シッテムの箱で先生は桜井ミヨのことを確認する。先生はある程度、絶対に認めようとしないエリカの“好み”が最近はわかってきていた。
「支援要請を受けたのは聞いたけど、存在しない花の捜索ねぇ……絶対あるしなんか厄ネタだ………山海経に行くなら、キサキに朝イチ一声かけとこう」
キヴォトスは空が晴れても未だ混乱の中にあった。先生は絶対者ではなく、救済者でもない。シャーレをたった一人で維持することもできない。生徒の力を借りて、彼女は小さな手を広げている。
先生という一人の人間にできることは多くない。それを彼女は知っている。
「どうにもエリちゃん自身も力が弱くなってるし、ミカから聞いたことも気になるし」
──エリカちゃん、たぶん前にはあった“勘”なくなってるよ。
──どういうこと?
──なんかほら、ハイランダーのトレインジャックとかに必ず居合わせたりとか、事件が起きそうなところに自分から起きそうだな、って行っちゃうやつ。
プレナパテスと対峙した際にプラナが告げたエリカの神聖。その特性によりエリカが事件に遭遇しやすいという話。先生はプラナに再度確認し、それがハッタリでもなく事実でしかないと言われていた。
それがなくなっている。
「ケイが言ってた通りってこと?」
また、ケイから先生はエリカの中にいる人物から「しばらく手助けができない」と言われたことも聞いている。
「………勘は働かないけど、自然と事件の中に行っちゃうってことか今のエリちゃん」
<肯定。そうです、先生。草鞋野さんの神聖は完全に機能不全となったわけではありません>
「うわびっくりした。プラナ寝てないんだ」
<まだ寝ていません。そもそも私たちは本来寝る必要はありません。OSですから>
そりゃそうだと先生は思いつつ、アロナは以前からよく寝ていたことを思い返す。アロナだからなぁ、と先生は流した。
「で、プラナちゃんの言う通りだと、エリちゃんめちゃ危ないね」
<はい>
「……ミカに行ってもらうかぁ」
<シャーレが無人になりますが>
「申し訳ないけど、SRTの子達に手伝ってもらおうかな」
<なるほど。であれば、人員の選定は私に任せてください。現在のシャーレの業務状況から適正にあった生徒を選抜します>
「ありがと、プラナ」
再び少女に降りかかる困難に、先生は出来る限り行く先を整えたかったが、そうするには時間が足りなかった。
ワイルドハント芸術学院自治区。その日は雨が降っていた。
「ごめんね、ヒロミちゃん。荷物を」
「全然。これぐらいさせてよ、ミヨちゃん」
校内から出た自治区内のとある街区でミヨは友人であるヒロミと共に傘を差して歩いていた。ヒロミは雨に濡れないようにキャリーバッグを持っていた。
「それにしても1週間もネタ探しの旅だなんて……ミヨちゃん、大丈夫……?」
「うん。正直最近、筆が全然進まなくて」
「そっか…そうだね。最近、ミヨちゃんちょっと悩んでたね」
心配するヒロミに、ミヨは罪悪感を募らせる。筆が進まないというのは嘘ではないが、わざわざそのために他の自治区を旅するほどでもない。
「心配かけちゃってごめんなさい。でも、シャーレの人たちが一緒にいてくれるから大丈夫」
「シャーレ……噂の」
「そういえばヒロミちゃん。前から気になってはいたけど、どうしてシャーレだけ外出外泊許可が緩いの?」
「えっと、幹部会で提案があったの。晄輪大祭の時になんでもウチの幹部がシャーレにえらく助けられたらしくて、あの組織ならワイルドハント生が外で何かあっても助けてくれるって」
ミヨはその幹部は何者か気になったが聞きはしない。しかし、具体的に何があったのかは気になっていた。なので、気になっている顔をミヨはする。そうすれば、ミヨのことを大切にしているヒロミは口を開いた。
「気になる?」
「うん、ちょっと」
心の中でミヨは涙を流しながら「うわぁ〜〜ヒロミちゃんごめんなさい……」と謝罪していた。
「詳しくは私たちもわからないんだけど、スリ…?かなんかに遭ったらしくて、それでシャーレの生徒さんが一緒に探して見つけてくれたんだって。あれだけ親切な人々はいないってさ。あとあの頃色々物騒な話も多かったから、いっそ言うこと聞かない外出したがる生徒をシャーレと同行なら丸投げできるって打算もあったんだよね」
ヒロミの語る理由に、ミヨはなるほどと頷き、思考する。
簡潔に言えば、自治区外でのトラブルの対処は骨が折れるし、全てシャーレに丸投げしてしまおうという魂胆が透けて見えていた。
「(となると、シャーレに行きやすくなったのは偶然ですね)」
「でも、うちの子たちってみんな、別に他の自治区まで行ってトラブル起こすこと少ないでしょ?まぁ、万が一ってこともあるからそうなったんだけど。ミヨちゃんみたいに使う子もいるのは初めてかな」
「ダメかな……?」
「全然!そんなことないよ!実際、アイデアとかフィールドワークで出ることもあるから。それでも寮の門限までに戻るってなると大変だし、遠くにいけないでしょ?寮監隊としてはそういう使い方もあるのか、ってことでわりとミヨちゃんはいいモデルケースかもって話になってるから」
変に注目されているとミヨは内心ため息をついた。ただ、学院自体はほぼ真っ白に近い白であるとミヨは感じていた。ワイルドハント芸術学院内の規則は、それを設定する寮監隊でさえも異常な厳しさや、変と言われるものもあり、バランスが悪いというのは共通の認識として多くの生徒が持っていた。
ただ、それを変えようという意識は生徒たちにはなく、当たり前として過ごしている。
「(………その幹部の方はこの停滞したものに一つの風穴を開けたいのでしょうか。窮屈さが生み出す芸術は確かにあるけれど、自由が生み出す芸術があることも事実。…事件とは別に、これも私は動かされてる気がしますね)」
ファーストペンギンにされたとミヨは思った。
「ミヨちゃん?」
「ごめんなさい。責任重大だなって」
「そんなミヨちゃんが重く感じる必要はないよ。いいなぁ旅行。私も行きたいなぁ」
「ヒロミちゃん、忙しい?」
「忙しいよ〜。みんなミヨちゃんみたいないい子ならいいのに」
またしてもミヨは罪悪感に心の中を埋め尽くされる。ヒロミの疲労の3割程度は間違いなくミヨ率いる特殊交易部の密輸に関連したものである。バレてしまえばおそらく今のような関係は続けられないどころか、ワイルドハント内に残れるかどうかさえわからない。
だからこそミヨは、不本意な活動である特殊交易部を廃部にしたいと考えている。今回の旅行をするに至った理由も、そんな不本意な活動をズルズルと続け、結果無関係なはずの生徒を巻き込んでしまい、その始末を自分でつけるためだった。
「それでミヨちゃん。今回シャーレの人と一緒に行くけど、どんな人なの?」
「それなら、迎えに来るから挨拶できると思いますよ」
「じゃあ、私のミヨちゃんを預ける人たちによろしくしないとね」
「もう。なんです、私のって」
「だってミヨちゃんと1週間も教室で会えないんだよ〜?ミヨちゃん分が補給できないと私…」
じゃれ合いのはずだったが、本気でヒロミが参ってしまうのでは?とミヨは思った。それぐらい落ち込んでるように見えていた。
「その……なんかすいません」
「謝らないで、悪いのは全部規則破っちゃう子達だから!」
自分もその一人ですとは口が裂けてもミヨは言えなかった。
「(とはいえ、私がいない間の活動は自粛するように言いましたし……ヒロミちゃんに迷惑はかけないはず)」
ブレーンであるミヨを欠いた状態での活動はリスクが大きすぎることを彼女はルームメイトたちに伝えていた。万が一のこともあるからだ。
雨足は強くなるばかりで、旅行の出発日としてはまるでこれから始まる“物語”の行末を示しているようであまり気分がいいものではない。
「……あ。もういますね」
「あのセダンがそうかな?」
待ち合わせ場所である街角に、シャーレの覆面パトカーはハザードランプを点滅させて止まっていた。ヒロミはいかにもな車種を使用していることからシャーレというよりヴァルキューレなのではとすら思った。
ミヨが早歩きになり止まっているセダンの助手席の窓をノックすれば、中にいた少女が振り向く。
「あ、来たね。ミヨちゃん。こんにちは」
「はい、こんにちは。聖園さん」
助手席にいたのはミカで、彼女は外行き全開の微笑みと共にミヨを迎え入れる。ヒロミは助手席に座るミヨにも劣らぬ絶世の美少女に衝撃を受けた。
「あれ?その人は?ミヨちゃんの彼氏さん?」
「なっ、あっ、いや、わ、私はミヨちゃんのお友達です!」
「そうなんだ。私は聖園ミカ。よろしくね」
「は、はい」
露骨な反応にミカはくすくすとしていた。ミヨは早速いじられているヒロミに苦笑いする。運転席側のドアが開く音が聞こえ、雨の中、エリカがミヨたちに駆け寄ってきた。
「桜井さん、こんにちは。早速荷物を」
「あ、はい。ヒロミちゃん、ここまでありがとうございました」
「いや、そんな。大丈夫だよ。ではすいません。よろしくお願いします」
ヒロミはエリカにキャリーバッグを手渡す。シャーレの生徒のイメージはもう少し柔らかいものとヒロミは想像していたが、エリカはどう見てもヴァルキューレの警察官のような硬さがあり、なぜかミヨが一瞬連行されていくように思えた。
「(いやいや、ミヨちゃんはそんな世界から遠いから)」
ミヨがヒロミに手を振りながら後部座席に乗り込み、エリカもテキパキと車のトランクの中へミヨの荷物を積み込み、ヒロミに一礼してから運転席に戻って行く。シャーレの車は雨の中ゆっくりと発進し、ワイルドハント自治区の外へと向かった。
「………やっぱり可愛い子の周りって可愛い子が集まるんだなぁ」
なんのためにミヨが旅行に行ったのかヒロミは深く考えることもなく、ミヨを見送っていた。
お読みいただきありがとうございました。次回はまた明日です。
主人公の弱体化は戦闘力に加え、今まであったなんかヤバい時に嫌な予感がする、みたいな危険感知能力がなくなっています。相手がいて経験からなんかしてくる、みたいな予測はできますが、不意打ちに対してニュータイプみたいな反応もできません。
なのでほっとくと勝手にヤバい状況に一人で巻き込まれてえらいことになります。