頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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連続投下はこれで一旦停止です。


Area-05「山海経自治区付近 #長距離運転 #誘拐事件 #幕開け」

 ワイルドハント自治区を楽しむ暇も…なんてことはなく、実はミカさんがカフェに行きたいと言っていたので待ち合わせ時間ギリギリに私たちは到着していた。結果的にはうまく桜井さんを待てたのでよかったけど。

 

 しかし今日はひどい雨だ。ワイパー全開だよ。

 

「すいません、無理を言ってしまって」

 

「そんなことないよ〜」

 

 後部座席でシートベルトを締めながら桜井さんが申し訳なさそうに言う。そもそも、桜井さんを何故ここまで迎えに来たかと言えば、花の捜索にまずは山海経に行ってみようと決め、桜井さんに中間報告をしたところ、電話を切ってまたすぐ彼女から話があった。

 

 なんでも、よければその捜索に同行したいというもの。理由を聞くと、桜井さんは作品の執筆で行き詰まったそうで、ネタ探しもかねて普段はいけない他の自治区に行きたいというものだった。

 

 ワイルドハント側の了承を得ればいいよ、と伝えればあっさりと許可され、こうして私たちは桜井さんを乗せている。

 

 助手席に座るミカさんは先生から一緒に行ってね、と言われてついてきてもらった。シャーレを空けてしまうので本当は私と桜井さんだけで行こうと思っていたけど、そこはミヤコちゃんたちが代理で執務室に詰めてくれることになったので大丈夫だった。

 

「それにしてもすごい雨ですね」

 

「ねー。そういえばミヨちゃんさっきのカッコイイ人、友達なの?」

 

「あ、はい。ヒロミちゃんのことですよね?寮監隊の副隊長さんで、学院内ではモテてますよ」

 

「そうなんだ。そんな子にわざわざ送ってもらえるなんてミヨちゃんも隅に置けないね」

 

「いえいえ、そこはヒロミちゃんが優しすぎるというか」

 

 なかなかそういう話をできないからかミカさんが桜井さんになんか言っている。確かに、さっきの桜井さんの荷物を持っていた人はスラッとしていて、かっこい人だった。白石さんとはまた違う系統だね。

 

「桜井さんと並んでいると、確かにおしゃれなカップルみたいに見えたね」

 

「わ、草鞋野さんまで!?」

 

「エリカちゃんがこういう話に乗るの珍しいね」

 

「……ミカさん、私をなんだと思ってるの?」

 

 あからさまに口笛吹いて誤魔化すな、聖園ミカ。

 

 はぁ。まったく。

 

 ワイルドハント自治区の関所が見えてきた。通行証準備しないと。自動通行証はまさかのカードの発行遅れてるし。

 

「そういえば、シャーレは関所の通行は」

 

「連邦生徒会発行のものがあるからどこでもいけますよ、桜井さん」

 

「すごい…!」

 

 といっても、関所で止められる生徒はそんなに多くない。私の記憶で出禁になるような生徒はせいぜい温泉開発部ぐらいだろうか。彼女たちはそんなのお構いなしに勝手に自治区に乗り込むようだが。

 

 あのハルナでさえも止められない……というより、彼女は黒舘家のご令嬢としてそういうところでは振る舞うので正規の手段で他の自治区に入り爆破である。よくまぁ外交問題にならないものである。

 

「紙の通行証を使われているんですか?」

 

「この車新車なんだけど、前の車に積んでた自動通行証システム、カードごと戦闘に巻き込まれて爆破されちゃったんですよ」

 

「えぇ……」

 

「でもエリカちゃん念願の新車だもんね」

 

 それはそう。これまでのオンボロばかりを回されていたのが嘘のようだった。装備もヴァルキューレの覆面パトカーに準じたもので、すぐに慣れた。

 

 関所は……空いてるレーンに上手く入れたので、すぐ通行証の提示ができた。他の車は時間がかかっているけど、私たちはほんの十数秒で通れた。シャーレの信任はかなりのものとなってる。これは裏切れないね。

 

「桜井さんは車の運転とかされます?」

 

「いえ、私は全然。ワイルドハント生が車で出かけることってそんなにないので」

 

「なるほど」

 

「なんか気のせいじゃなければ私たちよりお嬢様っぽくない?」

 

「そんな。トリニティの方と比べれば私たちはどう見ても一般市民ですよ」

 

 なんというか、ワイルドハントが厳しいのはそれだけ生徒を大切にしようとも見えるので、ちょっと悪い言い方すれば箱入りって感じなのかな。比較すると現ティーパーティーの3人がお転婆…というか、名家のお嬢様にしては現場レベルのことが出来すぎちゃうのが、ミカさんがそんな言葉を出した理由じゃないだろうか。

 

「ワイルドハントの制服可愛いね。私もブレザーとか着てみたいかも」

 

「トリニティはセーラーでしたっけ」

 

「そうだよ〜。シャーレもセーラーだもんね」

 

「うん」

 

 言われてみればそうだった。シャーレの制服のデザインはミレニアムの猫塚さんの趣味だ。たぶん言ってくれれば変えてくれるんじゃないだろうか。カヤちゃんは今の所、連邦生徒会の制服のままだけど、今後制服はどうするんだろう。

 

 桜井さんが着ているワイルドハントの制服は確かに穏やかな彼女に似合っていて、可愛らしかった。

 

「山海経までは遠いです。大丈夫ですか?桜井さん」

 

「はい!私、そういうのも初めてなので、いい経験になるかと」

 

「よかった。ミカさん、運転は途中で交代しようね」

 

「はーい」

 

 山海経はキヴォトスでも秘境、というか人によっては辺鄙なんて言われちゃうぐらいD.U.からは遠い。当然、ワイルドハントからも遠い。流石に距離があるからどこかで雨の外に出るかな。

 

 

 

 

 

 

 

「全然雨、抜けませんね」

 

「ジメジメする〜!」

 

 出発して既に6時間近くが経過。途中でミカさんと運転を交代しながら山海経自治区にだいぶ近づいたけど全く雨は止まない。酷さもそのまま。日が暮れてきたのでライトもつけたけど余計に見えない。

 

「……うわぁ。エリカちゃん、山海経も今日は天気悪いみたい」

 

 ミカさんがたまらず天気予報を見たけど、こっちも天気が悪いらしい。赤い空が晴れたと思ったらこんな曇りや雨が続くなんて。D.U.の復興作業は大丈夫だろうか。

 

 雨のスクリーンの向こうに前を行く数台の車のライトが見える。豪雨なためかバックフォグまで付けてる車も見えた。これだけ降ると災害も心配だ。

 

「山海経のホテルって自治区入ってすぐなんだっけ?」

 

「うん」

 

「着いたらお風呂入ろ〜」

 

 宿のお風呂がどんなものかはわからないけど、旅先のいい感じの宿をチヒロちゃんに頼んで探してもらったところいい感じのところらしい。期待しておこう。

 

「あの、草鞋野さん」

 

「なんですか、桜井さん」

 

「えっと、山海経……ってワイルドハント以上に排他的と聞きますが」

 

「排他的というか、他の自治区の人が来ることが少ないので悪目立ちするんです。一応、先生が竜華門主に一声かけてもらっていますよ」

 

 流石は先生で、朝イチで竜華会長に声をかけてくれている。なので、私たちは安心して山海経の中を探索できる。山海経は外部の自治区の人が少なく目を引くので、シャーレといえど下手にうろつけない。

 

「シャーレ、すごいですね……いろんな自治区と繋がりが」

 

「役割上そうなりがちですね」

 

「でもワイルドハントの会長さん?とかは私会ったことないなぁ〜」

 

「そもそも三大校以外が顔を合わせること自体少ない気がするんだけど、ミカさん」

 

「それもそっか」

 

 クーデター直前の時もミレニアム、トリニティ、ゲヘナしか集まらなかったし、虚妄のサンクトゥム攻略戦でも全ての自治区が協力したわけではない。関わりのない自治区もある。

 

 トリニティは過去にワイルドハントと芸術的な交流があるにはあるようだけど。

 

「ん……?」

 

「どうしたの?エリカちゃん」

 

「いや、無線。このあたりにヴァルキューレの支所はないはずだけど」

 

 何故か無線がどこかから呼びかけられているのかランプが点滅している。D.U.から離れれば離れるほどヴァルキューレの支所は減って行く。ミレニアムなんかは例外で署があったりするけど、山海経はハイウェイですらヴァルキューレ交通局、高速隊はいない。

 

 無差別で無線を飛ばしているものがいる?

 

「………どうする?エリカちゃん」

 

 応答はしてみるべきか。出ない理由はない。

 

 

 

 

 

 

 

「取れ、聖園」

 

「りょーかい」

 

 目の前で、運転席に座っている女の子が別の大人のような警察官に変わっていた。シャーレで初めて会、聞いた優しい声から、深く低い切れのある声。バックミラーに僅かに映る表情さえ、鋭い目つきになる。

 

「はいはーい。こちらシャーレ1号、どうぞー」

 

 助手席の聖園さんは変わらない。でも、心なし草鞋野さんに呼ばれてから彼女も気持ちを切り替えたように見える。会った時から感じているどこかふわふわとした雰囲気は消えた。

 

 シャーレ。生徒の支援要請を受けてくれる優しいお人好しの集団。私はそのように思っていた。だから草鞋野さんが私のせいで危険な目に遭うのではないかと思っていた。でも、それは思い違いだったのかもしれない。

 

 警察ドラマに出てくるような警察官のペア。目の前の女の子二人はそう見えた。

 

「……あれ?もしもーし。こちらシャーレ1号だよー」

 

 この車両は警察車両と同じのようで、無線が装備されていた。お世話になりたくはないけど、資料としてものすごい勉強になる。目の前で使ってくれたこともいい。

 

 無線をかけてきた相手は応答しないのか、聖園さんが不思議がっている。

 

「まさか故障か?」

 

「え、新車だよ?」

 

「………やめて。ほんとにありそう。これまでがひどかったから……」

 

 一瞬、草鞋野さんから張り詰めた空気が消えて、ピンと立ってた耳がぺしゃりとした。う、ちょっと可愛いかも。落ち込んでるワンちゃんみたいだ。

 

 私は治安維持組織は寮監隊しか知らない。ヴァルキューレはこんな感じなのかな。

 

「じゃあ切るよ?応答ないし」

 

「あぁ。……はぁ、本当に故障だったらどうしよ……」

 

「財務室長さんに文句言いに行けばいいんじゃない?流石に今回のはしょうがないし」

 

「だね。申し訳ないけど、納車されてすぐこれなら故障──」

 

『助けて…』

 

 か細い声が聞こえた。車内にいる私たちの声じゃない。聖園さんが無線を握ったまま固まってる。幻聴?

 

『たすけて、ください』

 

 幻聴じゃなくて本当に聞こえてます。ひっそりとした声です。

 

「こ、これはどういう」

 

 思わず私が狼狽えてそんなことを言ってしまう。こんな天気ですし、まさかホラーな…?

 

「聖園。応答しろ。……赤色灯はまだ付けるな」

 

「どういうこと?」

 

「おそらく誘拐だ」

 

 え、誘拐?草鞋野さんは断定していた。

 

「もしもし?聞こえる?私たちは連邦捜査部シャーレ。あなたは?」

 

『み、ミレニアムの生徒です。たすけてください……わたし、いま、どこかのトラックの荷台に詰められて』

 

 トラックに積まれて攫われてるなんて、そんな小説みたいなことが…?草鞋野さんを見ると、既に彼女は周囲の車に目を向け始めました。わ、私も何か手伝えないかな。彼女のように周りを見て、それらしき車両を探すとか。

 

「車はどんなものかわかる?」

 

『目隠しされてるので……よくわかりません……』

 

 聖園さんが草鞋野さんにどうする、と目で訴えかけています。車内の空気が破裂しそうなぐらい張り詰めてる気がする。

 

「……貸せ」

 

「はい」

 

「……先ほどとは別のものです。落ち着いて、次のことを教えてください」

 

 顔つきは鋭いのに、草鞋野さんの声は柔らかなものに戻ります。すごい切り替えの仕方だ。

 

「音を。あなたが乗せられているトラックのエンジン音、排気音を教えてください」

 

『………かなり、大きい。トレーラーとかに使われる音、に聞こえます』

 

「………わかりました。探しますので、そのまま待っていてください」

 

『ありがとう、ございます……』

 

 まさか、音だけで探すんですか?そんなことできるのかな。草鞋野さんが躊躇いなく運転席の窓を開けました。本当に音を頼りに…!?

 

 窓から聞こえるのは激しい雨の音に加えて、車を雨粒が叩く音や走行音も大きい。それに、周囲にはトラックや他の乗用車の排気音もする。こんな中であんな曖昧な情報だけで探すことができるんでしょうか。

 

「…………これか………?」

 

「わかったのエリカちゃん」

 

「数台前にそれらしき音が聞こえる」

 

 窓を閉めながら草鞋野さんは言い、彼女はアクセルを更に踏み込んだ。排気量に余裕のある車なのか、もっと加速していく。あ、雨の中でこんなスピード、大丈夫なのかな。ちょっと怖いな。

 

「3台いるね。どれもおっきいね」

 

「このどれかだな」

 

 ある程度追い抜いて行くと、私たちの前には3台のトレーラー……いや、一台はトレーラーヘッドだけが走っている。

 

「あれ後ろついてないし、他の2台がそうかな」

 

「……どれだ?」

 

 再度、草鞋野さんが無線の通話を行うようだ。

 

「すいません。もう少し教えてください。車両の音の特徴とか」

 

『よ、よくわかりません、トラックの音の違いなんて』

 

 草鞋野さんが苦い顔をしている。私も同じ立場なら、トラックのエンジン音がこれだからこう、なんてことはわからないだろうし、しょうがないことだと思う。……でも、他に何か、手掛かりになりそうなものはあるかな。

 

 考えよう。音の特徴は出せない。ならあとわかるものってなんだろう。音、音……大きさ?

 

「草鞋野さん、いいですか?」

 

「何か」

 

「あの、音の大きさとか、聞いてみてはどうでしょうか」

 

「大きさ?どういうこと?」

 

「……なるほど。聖園、よく見ろ。トレーラーを引いている2台。一台は冷凍車だ」

 

「冷凍車?」

 

「冷凍車は冷蔵庫の作動音がかなり大きい。あのサイズになるとな。それに、コンテナ中にいたらそもそも声がもっと震えている」

 

 すごい。たった一言伝えただけで、草鞋野さんはそんなことを言い出した。……これが、本物の警察官。

 

「そして、あのもう一台のトラック。あれは電気自動車だ」

 

「ほんとだ。EV、ってドアに書かれてるし、なんか燃料タンクみたいなのないね」

 

 彼女の言う通りで、2台目のトレーラーのヘッドは電気自動車だった。あれ、でもそうなるとトレーラー2台は対象から外れてしまって、残り一台はトレーラーなんてない。

 

「……すいません。最後に一つ。エンジン音、近いですか?」

 

『……はい。近い、です』

 

 草鞋野さんは答えに辿り着いたみたいだ。……私も推理したいけど、するまでもなく消去法で私も犯人はわかった。

 

「わかった。聖園、回転灯出せ」

 

「どれかわかったの?」

 

「あのトレーラーヘッドだけのやつだ」

 

 答え合わせ。草鞋野さんの推理の。

 

「トレーラーヘッドの上には簡易的な寝台を設けていることがある。あのヘッドにはそれがある。冷凍車のやつはない。EVはエンジン音がしない」

 

「そうなの?」

 

「そうだ。そして、この無線機に無差別に語りかけるなら短距離でしかできない」

 

「……冴えてるねぇ、エリカちゃん」

 

「いや、桜井さんの助言がなければ気がつかなった」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 少し照れてしまった。

 

「桜井さんは捕まっていてください。鳴らせ!」

 

「はーい!」

 

 ウーっというサイレンの音と共に、暗い中に赤色が瞬く。

 

「そこの白色のトレーラーヘッド。速度を落とし、こちらの後に続きなさい」

 

 マイクも兼ねていたのか、草鞋野さんが車載のスピーカーを使って呼びかける。その上で前に出ようと車を加速させようとする。車内の無線をかけてきた方からも草鞋野さんの声が聞こえる。間違いなく近くにいる。

 

「……っ……!速度を落とせ!」

 

 トレーラーヘッドだけのが速度を上げている。逃げるつもりみたいだ。

 

「どうするの?」

 

「銃は最後まで使うな。この状況で転ばせたら被害者の怪我が怖い」

 

「りょーかい。でもそうなるとどうやって止めるの?」

 

 聖園さんの言う通り。ドラマや小説なんかだとよくタイヤをパンクさせて〜とか聞くけれど、草鞋野さんはどうするつもりなんだろう。

 

「ちょっとなんで私をそれで見るの?」

 

「……止めることはできないとなったら方法は一つだろう」

 

「………エリカちゃん、人使い荒くない?」

 

「あとで玄武商会のスイーツ奢るから許して」

 

「もうっ!財布軽くしてやるから覚悟してね!」

 

「すまない!」

 

 な、何をするつもりなのでしょうか。お二人は。車は逃げるトレーラーヘッドに追いつき、並走します。そ、速度は……ひゃ、百五十キロ。こんな雨の中で。

 

「きゃあっ!すごい雨!」

 

 今度は聖園さんが窓を開けました。わ、私の方まで雨が。

 

「……えぇっ!?」

 

 思わず声が出てしまう。なんと聖園さんが窓から身を乗り出すと、あっという間に車の屋根へと回った。高速で走る車なのに。……聖園ミカさんの素性は知っています。何をしたのかも。裏社会ではそこそこ流れています。

 

 彼女はかのトリニティの頂点に君臨する3人の生徒会長の一人で、名家聖園家のご令嬢。こんな荒事なんて不得意なはずの、同性の私も可愛いと素直に思ってしまうほどのふわりとした人。

 

 そんな人がこんな動きをできるなんて!

 

 とん、っと屋根の上で何かが跳んだような音がして、数秒後無線の向こうから明らかに鉄が引きちぎられる音が聞こえた。え、えぇ!?ま、まさか素手で鉄板引きちぎってる!?

 

『う、うわぁっ!?』

 

 向こうでも怯えた声が。それはそうでしょう!お嬢様なんてとんでもない。これではまるで……パニック映画の怪物では…!?

 

『あ、借りるね。エリカちゃん、確保』

 

「戻れ」

 

『はーい』

 

 4、5秒後、どんっ、と屋根の上から音がした。草鞋野さんは後方を確認すると、ブレーキをゆっくり踏んで一気にトレーラーヘッドから離れる。トレーラーヘッドはそのまままっすぐ進んで行ったのち、結構遠くで止まった。

 

 草鞋野さんが素早く車を一度路肩に寄せると、停車させる。

 

「はいはい後ろ入って!」

 

「す、すいません!」

 

 聖園さんが屋根の上から降りて、私の隣に助けた人を詰め込む。どこかの研究職を思わせるような白衣と、その下には制服が見える。表情は怯え切っていた。

 

 再び聖園さんが助手席に座る。

 

「どうするのエリカちゃん。アレ、あのままじゃ済まないでしょ」

 

「要救助者は確保した。………正義とは、正当なる権限のもとに行使されるべき権利である。我々はそれを行使するものだ」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 車が急加速する。トレーラーはなんとUターンしてこっちに突っ込んでこようとしていた。こ、このままでは。

 

 こっちに向かってくるトレーラーヘッドのライトの光。聖園さんはその中で、左手で何かを足元から取り出す。それはワイルドハント生が見れば、それだけでも芸術品のように思えるほど綺麗に仕上げられたサブマシンガンだった。

 

「一応警告しとくね?車を止めてね、さもないと──身の安全は保証しないよ」

 

 相手に聞こえるはずもない警告の言葉を聖園さんが告げていた。その直後、トレーラーヘッドの左前輪に向けて聖園さんが左手に持ったサブマシンガンから銃弾を放つ。容易くトレーラーヘッドのタイヤは弾けて、大きくバランスを崩したトレーラーヘッドは中央分離帯を乗り越えて、反対車線に飛び出して、そのまま横転して止まった。

 

「だから言ったのに。ま、聞こえてないだろうけど」

 

 ……これが、シャーレ?私は絶対に思い違いをしていた。

 

 危機感のない、お人好し……そんなはずはない。彼女たちは、私たちのような子悪党なんか軽く捻ってしまうような……本物の、正義の味方だ。それでいて、私の無理なお願いに真摯にあろうとしてくれる。

 

 まるで、物語の主人公のよう──。

 

「まったく、目的地を前に。……聖園、悪いが事故処理とあのトレーラーヘッドの運転手の身柄を玄龍門に引き渡すまで待機だ。もうここは山海経自治区だ」

 

「え、そうなの?」

 

「関所はまだだが、さっきトレーラーを追っている時に入った」

 

 もう山海経に入ってしまったようです。……一応これで、解決、なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 チヒロちゃんに紹介された宿……山海経の文化をメインにしたホテルに到着した時にはもう夜と言ってもいい時間になっていた。

 

 ハイウェイでの誘拐事件の解決後、その場で私たちは助けた生徒のケアと、玄龍門の執行部に事故のことを通報して待機していたからこんなにも時間がかかってしまった。竜華会長にも電話で事故を結果的に起こしてしまったことを伝えたけど「はいうぇいの中で片付けてくれたことを感謝する」とのことだった。

 

 自治区の中心部で起こされるより確かによかったのかもしれない。

 

 助けた子にはどうしてこんなことになったのか聞いたところ、彼女はミレニアムでは薬品関係の研究をしているらしく、研究に予算が必要なことから少し足しにしようとアルバイトを募集しているアプリを通して応募したところ、待ち合わせ先で誘拐されてしまったとのことだった。

 

 ヴァルキューレには当然、玄龍門から通報済み。私からミレニアムへも連絡し、明日の朝、セミナーから迎えを寄越すと早瀬さんが御礼と共に伝えてくれた。

 

 ただ、被害者の引き渡しに絡んではちょっと玄龍門の執行部と揉めたけど。

 

「……本当に部外者の方には厳しいんですね」

 

「えぇ。被害者を更に取り調べで1週間は拘束というのはちょっと」

 

 宿の部屋は広く、3人分のベットも確保され、ゆったりできるテーブルも備え付けられていた。びしょ濡れになったミカさんが今はお風呂に入っていて、私は桜井さんと二人きりで部屋の中にいる。

 

 桜井さんは玄龍門執行部が、誘拐の被害者であるミレニアム生を拘束しようとしたことに驚いていた。

 

「いわゆる、闇バイト、ですよね。あのミレニアムの生徒さんが巻き込まれたのは」

 

「そうですね。直近で大きいものは検挙されたのですが」

 

「大きいものですか?」

 

「オクトワイズ社というカイザー系列の人材派遣会社が起こした事件です」

 

「それ新聞で見ました!あんな大規模な事件があった後でもあるんですね」

 

「……その程度で皆やめるほど、利口ではないのです」

 

 こっそりまたコノカちゃんに電話したら、ヴァルキューレでも最近はあのオクトワイズ社の一件があってから闇バイト撲滅に力を入れてるらしい。……キヴォトスではまぁまぁグレーゾーンな話が多いのは事実だけど、その中でも特に悪質なものに絞って。

 

 いわゆる、明確な悪意の有無。私たちヴァルキューレの中にある基準。それを犯すようなもの。

 

 なので、今回の誘拐の犯人についてもヴァルキューレで調べてみたいのだけど…。

 

「犯人は流石に玄龍門の取り扱いとなりましたけど、あの様子ではヴァルキューレとの連携が上手くいくかどうか」

 

「大変なんですね…」

 

「えぇ。ヴァルキューレと協定を結んでいない自治区とは特に」

 

「協定?」

 

「ヴァルキューレは特定の地域に自治区を持ちません。本部はD.U.にありますが、あとは各自地区等へ支所を配置したり、支所のない自治区とは犯罪人引き渡し協定を結び、重大事件があればヴァルキューレに問題を起こした生徒を預けることができます」

 

「山海経はそれがないんですね」

 

「はい」

 

 山海経だけではないけど、治安維持組織の力が強い自治区とヴァルキューレは協定を結んでいない。ハイウェイに高速隊まで配置させてくれるどころか、校内の重要施設の警備まで任せてくれるミレニアムが特殊なだけで、トリニティとゲヘナは協定も結んでいない。

 

「すいません、桜井さん。いきなり事件に巻き込んでしまって」

 

「いえ、そんな。被害者の方は助けられたみたいですし……私はあくまで同行させてもらっているだけですから」

 

「それでもです。それに、事件はまだ解決していません」

 

「それは……あっ。そうですね、あの犯人が向かっていた先」

 

「はい。おそらく、山海経にあるのでしょう。その闇バイトの元が」

 

 他に被害者がいれば、違法な労働をさせられているのかもしれない。大概はあのトレーラーを運転していたような運び屋は末端どころか、闇バイト自体とは関係のない犯罪者で、何も知らない可能性が高い。

 

 山海経の執行部はおそらく、自治区内で闇バイトの拠点があるとなれば自治区内だけで処理をしようとするだろうけど、上手くいくのか。

 

 私たちの目的はあくまで、桜井さんの依頼である花を探すこと。何より、一般生徒な上、花とは別に小説のアイデアのために旅行をしたいという支援要請で同行している桜井さんを危険な目に遭わせるわけにもいかない。

 

 竜華会長は信頼のおける人だ。私たちは私たちで、やることをやろう。

 

「……山海経にここは任せましょう。私たちは私たちでやることがありますから」

 

「え、いいんですか?」

 

「桜井さん。確かに私たちシャーレは他の自治区に入って取り締まり行為もできますけど、過度な介入は各自治区の自治権の侵害です」

 

 本当に、今の私は何でもできてしまう。先生と同じくシャーレ所属であると同時に──SRTの生徒会長であるから。しかも、カヤちゃんは当分、私に出動の判断を預けると言ってきた。つまり、私の意志だけで、今であれば山海経からさっきの誘拐犯を取り上げてヴァルキューレに引き渡すこともできる。

 

 ただそれは、山海経の玄龍門執行部へ「あなたたちは信用できない」と言うに等しいい。

 

 何でもできることは、何でもしていいわけではない。改めて、シャーレの立場の難しさを理解する。

 

「……すいません、失礼なことを聞いてしまいますが、シャーレはもっと、なんでもしてしまうものかと思っていました」

 

「そうできたらいいんですけどね。私たちシャーレは確かに超法規的な権限を持っていますが、あくまで連邦生徒会連邦捜査部シャーレ……名前が示すとおり、連邦生徒会に連なる組織でしかないんです。連邦生徒会の基本スタンスは各自治区の自治・判断を尊重します。……自治区同士の争いなどには調停を促したり、危険なことをしていたら何か提案はしますけど。ですから、シャーレも本来は必要ないですが自治区への介入時、何らかの手段で自治区の生徒会長に一言お伝えしています」

 

 エデン条約事件。あのときもナギサちゃんたちに手紙を書いていた。今回の、山海経を歩くだけでも先生から一言、竜華会長に声をかけている。

 

 桜井さんは私の話を聞いて、少し考えるような表情をしていた。

 

「すごく……すごく現実的なお話ですね」

 

「ふふっ。小説の参考になりましたか?」

 

「あっ。えっと、はい。でも、キヴォトスではそのように……筋を通すこと自体少ないように思えます。だからこそ、もしかしたら私たちワイルドハントはシャーレへ強い信頼を寄せたのかもしれません」

 

「そうでしたら嬉しいです」

 

 正規の手続き、正規の処理。このキヴォトスでそれが成されることはあるにはあるが、上手くいかないことが多い。だからこの前、ハイランダー鉄道学園がアビドス高校へ許可証を持って話をしに来たことに感動してしまったのだ。

 

 私たちシャーレは無茶な介入は極力避けてきた。無茶な介入をするときも、ややグレーでも手続きを踏んできた。その結果がこうして桜井さんのためになるのなら、よかったと思う。

 

「なら、山海経に来れたのは……草鞋野さんたちのおかげです。ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 お礼を言われるのは嬉しいけど、いきなり事件に巻き込んでしまったのは本当に申し訳ない。ただ、あのとき桜井さんが助言をくれたのは助かった。ナギサちゃんもそうだけど、桜井さんからもなんだか探偵さんというか、そういった推理が得意そうな感じに見える。

 

 作家さんの卵だから、色んな資料を見たりしてるのだろうか。

 

「そういえば、桜井さんは作家さんの卵とのことですけど、どんなジャンルを書かれているんですか?先ほどの助言は見事でしたから、ミステリーとかですか?」

 

「えっ。あぁ〜その……えぇっと………」

 

「すいません。答えづらいものでしたら」

 

「いや、そんななことはなくて……私が書きたいのは、恋愛モノなんです……」

 

 ちょっと頬を赤くしながら桜井さんが答えてくれた。……うっ。なんだろう、なんか悪い感じがする。で、でも、恋愛ものかぁ……私だと縁がなさそうなジャンル。

 

「そっ、そうなんですね。桜井さん自身もお綺麗ですから、そういった経験も豊富そうというか、なんというか」

 

「ぅえっ!?き、きれい!?そ、それにそんな経験なんてしたことありませんっ」

 

「ごめんなさい!変なこと言いました!」

 

「それを言われたら、草鞋野さんだって、あんな聖園さんと息ぴったりで……!お二人は、どういう関係なんですか!?」

 

「友達かな」

 

「急にあっさりとした答え?!」

 

 あ、いや、ミカさんとの関係を言い表そうとするとそれがぴったりというか。ミカさんは確かにものすごく可愛いし、綺麗なんだけど、これまで一緒に仕事したり、色んな危機を一緒に乗り越えてきたので、なんというか……シャーレでの相棒みたいな感じになってきている。

 

「なになに?喧嘩〜?」

 

 お風呂から上がったのかミカさんがバスローブに着替えて出てきた。喧嘩はしてないよ。

 

「違うよ。なんでもない。……温まった?」

 

「うん。おかげさまで。次はミヨちゃん入ったら?」

 

「え、いいんですか?」

 

「いいでしょ?エリカちゃん」

 

「いいですよ。桜井さん、どうぞ」

 

 なんだか変な感じにはなってたのでミカさんがちょうど出てきてくれたのは助かった。桜井さんはバタバタと色々準備してバスルームのある洗面所の方へと消えた。ミカさんは髪も既に乾かしたのかふわふわだ。羽も同じく。

 

「もう。目を離すとすぐ口説いちゃうんだから。ナギちゃんにまた監禁されちゃうよ?」

 

「いや口説いてないって」

 

「会って二回目の女の子にお綺麗です、とか言うのはどのキザ野郎かなぁ〜」

 

「やめふぇって」

 

 ミカさんが意地悪な顔をして私の口を摘んで揉んできた。というか聞いてたの!?

 

「んぅっ、そもそも、桜井さんが綺麗な人なのは事実でしょ」

 

「開き直りよくないな〜」

 

「いやほんとだって。ミカさんに近いというか」

 

「………」

 

「ちょっ、まっ、また」

 

 じとーっとした目でまたミカさんが口をくにくにとしてくる。やめてってば。

 

「はぁ。まぁいいけどさ〜。エリカちゃんが軟派なのはいつものことだし」

 

「うぅ」

 

「そんな子犬みたいな表情してもダメだからね。……それで、明日からどうするの?」

 

 この話はおしまい、といった感じでミカさんが話を切り替えてくれた。

 

 うーん、明日から。

 

「予定通り、花の捜索と桜井さんを連れて山海経めぐりかな」

 

「てっきりエリカちゃんのことだから闇バイトの捜査とかしそうと思ってたのに」

 

「それは山海経自体がするから。私たちはあくまで誘拐を止めただけ。あと、一応ヴァルキューレもコンタクトするみたいだから、玄龍門執行部に」

 

「そっか。じゃ、予定通りだね」

 

 それでいいはず。桜井さんにも答えたとおり、ここは山海経。自治区の人たちに任せるべきだ。

 

「でも、支援要請が来たら、違うんじゃない?」

 

「来るとは思えないけど、もし来たら、そうだね」

 

 ただ、私たちシャーレは生徒から助けを求められればその手をとる。だから、支援要請を受ければ──自治区への介入を行うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

「……私が、綺麗……?」

 

 シャワーを浴びながら、先ほど草鞋野さんに言われたことを思い返す。可愛いとか、そういうことはワイルドハントで冗談混じりに言われていた。特にヒロミちゃんから。

 

 でもあんなまっすぐ、澄み切った目で見つめられながら言われたのは初めて。

 

 いやいや。何を考えているんですか、私は。

 

「………それを言ったらあなたの瞳はとても……」

 

 草鞋野さんの瞳はまるで幼い子供のように、澄んでいた。大変な目に遭っているのは想像がつくのに、ついさっき見せてくれた正義の味方としての葛藤も抱えているのに……それでもと言い続けられるような真っ直ぐな目。

 

 リツちゃんとはまた別の純粋さを抱えているように見えた。

 

「碧い瞳が見つめた先に映った姿は──ちょっと、良さそうですけど」

 

 恋愛を題材にした小説はたくさん読んできた。官能的な表現をしている作品にもこっそり触れてきた。それでも、その作品に宿った熱はきっと、半分も理解できていない。今の私が紡げる言葉はどこか、模倣……真似っこ。

 

 彼女を──草鞋野エリカを通して、その熱を知れるのではないかという馬鹿げた考えが浮かんでしまう。

 

 自分の創作のために、他人を利用するのはいくらなんでも、私は……。

 

「けれど、昨日今日、会った相手に美しいと言われることは」

 

 今まで一度もない。私自身、自分の容姿は……嫌な言い方ではあるけど、武器にできてしまうとわかってしまう。本当に、このように考えてしまうのは、嫌だけれど。でも、私は草鞋野さんにはそうしなかった。

 

 それなのに。

 

「…………これはうん。ネタ探しのための、取材だから」

 

 あと、ミステリー作家を目指しているのかと言われたことはちょっと悔しかった。

 

 この1週間。目一杯使ってみよう。

 

 シャーレは、生徒のことを助けてくれるんですよね?

 

「……ねぇ……草鞋野エリカ……さん?」

 

 体の奥でもどかしく感じるこの熱。これを筆に向けるために……教えてくださいね。この取材旅行で。

 

「………っていやいや違う。私はフユの尻拭いに来たんでしょう」

 

 何か変な思考をしてしまった。今回同行したのはフユのやらかしの尻拭い。あの花が山海経にあるとは限らないけど、あったら何かが起こるはず。

 

 少なくとも私たちは舞台に上がった。この物語をあなたはどう動かすのですか?花を探す人。

 

 




お読みいただきありがとうございます。次回はしばらくお待ちください。

ここまでで第二部プロローグ、といった感じです。
なお新車の屋根はミカの着地で凹んでます。
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