「ん〜おいしかった!」
「ほんとにあんなに食べるとは思わなかった…」
玄武商会に行って朝ごはんを食べたけどミカさんは容赦なく私の奢りで食べた。あの細い体のどこに消えるんだと言わんばかりに。お腹がほんのちょっぴり膨らんでる気がするのは気のせいだろうか?
私と桜井さんはほどほどに食べた。桜井さんは山海経の料理は初めてなのか最初はちょっとおそるおそるといった様子で食べていたし、ワイルドハントだと箸はそこまで使っていないとのことで文化を体験できたようだ。
「エリカちゃんはあんまり食べなかったね。いつもならもっと食べてる気がするけど」
「そうかな」
「……ご飯は大盛りじゃありませんでした?草鞋野さんも」
「ミヨちゃん、エリカちゃんいつも行ってる定食屋さんだとおかずもすごい量だよ」
「そうなんですか?」
「そうですね。身体が資本ですから。いっぱい食べて、いっぱい動きますよ」
そんなにすごい量を食べている自覚はないけど、身体づくりのために結構食べているうちに胃が広がったのか私もそれなりに食べるほうではある。今朝はそんなにお腹が空いていないのでほどほどにしておいた。
「それでエリカちゃん、これからどうするの?」
朝食も済んだことだし、これから本格的に桜井さん依頼の花の捜索に移りたい。
といっても…。
「桜井さんの依頼を進めるけど、問題は手がかりがないんだよね」
「そうだね。聞き込み?」
「それしかないかな」
ミカさんの提案通り聞き込みしかないとは思う。桜井さんの取材旅行も兼ねているので、地道にやっていくのが一番かな。じゃあすぐにそこいらの人に声をかけるかと言えば、それはそれで効率がよくない。
うーん、いっそ竜華会長に聞いてしまうのも手かなと思うけど、昨日、あの誘拐犯の件で少しだけ話した時かなり忙しそうに見えた。シャーレといえど、私は生徒の身なので何があるかは深く聞かなかった。なので、この手はやっぱりなし。
ならさっきまでいた玄武商会で朱城さんに聞けばよかったのではとも思ったが、彼女も忙しそうで私たちに挨拶のみして、そのまま厨房に入っていた。
どこかの自治区の要人でも来るのだろうか。
「エリカちゃん、何か考えてるの?」
「あ、いや。聞き込みするにも非効率に聞くのもなって」
余計なことを考えてた。依頼に集中しよう。
「たしかに地道に聞くにしても、周りの人みんなに聞くってわけにもいかないもんね。古いお話に探してる花が出てきたなら、そういう歴史に詳しい人に聞くとか」
ミカさんの考えは良い。確かにそのとおりだ。土地柄の風習とかそういうのに古い伝承とかって残ってたりする。コノカちゃんの受け売りだ。そういえば、コノカちゃんといえば昨日の犯人の引き渡しの交渉をしにこっちに直接来るみたいだけど、会えたりするのだろうか。
「草鞋野さんがトリニティお聞きした話からすれば、お年を召した方に聞くのはいいかもしれませんね」
「そうですね、桜井さん。ミカさん、ひとまずこの方針でいこう」
「オッケー。じゃあ早速──……」
聞き込み開始、とミカさんがいつものごとく明るく動き出そうとして、足を止めた。どうしたのかな。何か周りにあるのか、と見渡しても特に異常は………ないけど、理由はわかった。
「……視線が……一体これは」
桜井さんが私の影に少しだけ体を入れて小声で言う。ミカさんを縫い留めたのは気が付けば四方から私たちに刺さる視線だ。悪意やそういった類のものではなく、山海経特有の“余所者”に対する視線。
じっくりと見られているわけではなく、通りすがる生徒たちや市民たちから絶え間なく向けられている。
「ふーん。こういう感じなんだね」
ミカさんの纏う雰囲気が変わる。シャーレの生徒としてのどこかゆるく明るい感じから、生徒会長としての重みあるもの。それはそれで変に目立つというか、ちょっと私苦手なんだけどなぁ。
「ま、いっか。エリカちゃん、それでどうするの?どこに行くの?」
振り返りミカさんが聞いてくる。改めてだけどミカさんのシャーレ用の制服は私のものと色が違って白地にスカートの裾にピンクのラインが入ってたりして、ミカさんの美貌と天使の羽の美しさもあってものすごく目を引く。今の振り返りに口元に指を添えつつ聞いてくるのはおそろしいほどに可愛らしい。
うーん、周りの視線も心なし刺々しいものは半分ぐらい。もう半分はミカさんに目を惹かれている感じかな。
気にしていてもしょうがない。元よりシャーレだからどこいっても私たちは異邦人だ。
「まずはお土産屋さんとか。長そうなお店にいこう」
携帯を取り出して、地図アプリで周囲にそういうお店があるか探すとすぐにヒットした。いくら排他的と言っても山海経は観光地としてそこそこ名前が上がる。むしろ、排他的だ、なんて印象が上がるということは裏を返せばそれが広まる程度には観光客がいるってこと。
「あっちの方にあるみたい。いってみよう」
私を先頭にお土産屋さんへと足を向ける。生徒さんからの依頼があってだけど、山海経の街を歩くのはほぼ初めてだ。整備されているけど、建築様式はまるで他の自治区とは違うし、舗装も石畳風。街中にいるだけでも旅行であればわくわくしてしまうような気がする。
桜井さんはどうだろう、と見れば彼女は熱心に周囲を見ていた。良い刺激になっているみたいだ。
「ねぇ、エリカちゃん。これ見て、チーパオだって」
「ん?あぁ、竜華会長も着てたね」
「……そういえばそうだね。この前のモニターで写ってたかも」
服屋さんのショーケースにあったのは山海経の服、チーパオだった。体のラインが物凄く出るので、私はちょっとおいそれと着れない。ミカさんは着たいだろうなぁ。おしゃれさんだし。
「ミカさん買いたい?」
「今は買わないよ。でもちょっと興味あるかも」
「なら今度オフの日にでもね。D.U.なら売ってるところあるよ」
「そうなの?じゃあそっちで見ようかな」
飾られているチーパオは白地に赤のラインが特徴的で、ミカさんに似合う……というか、ミカさんなら大抵の服は着こなしてくれるんじゃないだろうか。
「ミヨちゃんはこういう服に興味ないの?」
「あえ!?いえ、ないというわけではないんですけど……お金は趣味に回してしまっていて」
「へー?どんな趣味?」
いきなり話題を振ったと思ったらミカさんは桜井さんの趣味を聞こうとしていた。文学専攻ということもあって、小説とか本集めだろうか。
ミカさんに問われた桜井さんはなんだか答えようか迷っているように見えた。言いづらいことならミカさんを止めないとかな。
「えっと……実は、私、タイプライターを蒐集してまして」
「タイプライター?」
首を傾げるミカさん。タイプライター。トリニティではバリバリ現役なのを見たけど、他の自治区ではもうほとんど使われてない。私もトリニティで使われているのを目にしてちょっと驚いたりしてた。
「へ、変ですよね」
「ううん、別に変とかじゃなくて。コレクターさんがいたりするって聞いたことがあったから本当にいたんだ、って思っただけだよ」
ミカさんの言葉に桜井さんが露骨にホッとしていた。私も特に変とは思わない。珍しいとは思ったけど。何にでもオタクな人やマニアな人はいるからね。
「ヴァルキューレだとタイプライターはもう使われてないけど、本局の地下倉庫に使われてないタイプライターが積まれてたかな」
「そうなんですか!?は、払い下げの予定とかありますか!?」
わっ。急に桜井さんが私にぐいっと詰め寄って顔を真正面から近づけてきた。目がものすごくキラキラしていらっしゃる!?うう、というかこの子、本当に綺麗というか可愛いというか。優しく甘い香り、女の子の良い匂いがする。
いやいや何を阿呆なことを考えているのか。そうではなく、タイプライターの話。
「そ、そんな特別なものではないですよ。おそらく官給品ですから、機種も最安値のものでしょうし。廃棄待ちぐらいの勢いで置いていたと思うので、状態も悪いかと。あ、でも一応ヴァルキューレの刻印はあったかな──」
「刻印……!どんな刻印なんですか…!?」
「え。いえ、その、そこまでよくは覚えてなくて」
「ミヨちゃん落ち着いて?エリカちゃん困ってるよ」
「あっ。す、すいません……!急に興奮してしまって」
「大丈夫です。とってもお好きなんですね」
ありがとうミカさん助かった。私が目を向ければミカさんは呆れた表情である。勘弁して。しょうがないでしょう。
ともかく、桜井さんはタイプライターが本気で好きらしい。ここまで目を輝かせるほどなら本気なんだろう。普及していた昔はともかく、今集めるとなると相応にお金がかかるはず。バイトとかしていても、きっとタイプライター集めに全投資されているのかもしれない。
何かに純粋で一生懸命な人は好きだ。
「それにしても、そんなに好きならますますミヨちゃんのことはトリニティに連れて行ったほうがいいかもね。タイプライターの専門店もトリニティにはあるよ」
「知ってます!メーカー直営店ですよね。トリニティさんはまだ現役のところも多いと聞いてますから、私行ってみたくて──」
ワイルドハント生の遠出が難しいからこその憧れとか、そういったものを感じさせる桜井さんの話はなんだかいろんなところに連れて行ってあげたくなった。ミカさんもシャーレに来てからは出かけること多いし、そういったところが共感できるのか意外とお土産屋さんに着くまでの間、話は続いていた。
……ナギサちゃんはまたトリニティで多忙な日々を送っている。今度は誰かに攫われるようなことなく、彼女が楽しく遊べるようなことがあればな、なんてふと考えてしまった。
目的のお土産屋さんは今歩いている通りに面したお店で、大きいわけではないけど品揃えが結構あることが外からもわかるし、大通りに面しているわけだからそれなりに客入りはあるお店に見えた。
ちょうど開店したばかりなのか、まだお店の中にお客さんはいない。チャンス。
「ついたよ、二人とも」
「ここ?結構感じ良さそうなお店だね」
「だね。桜井さん、昨日の今日ですけど、お土産とか買っていきます?」
「ありがとうございます。でも、ワイルドハントは物品の持ち込みが厳しいので」
「大変だね、ワイルドハント」
「そういう校風ですから、仕方ないと思ってます。聖園さん」
厳しい、窮屈と思ってしまうけれど、徹底しているからこそワイルドハント生の蛮行を外で聞かないんだろうなと思った。買い物をしないということなら純粋な聞き込みだけとなるな。
店員は………いた。ちょっとご年配な鳥類の獣人の女性。何か手掛かりになりそうなお話が聞ければいいけど。
お店のドアに手をかけて押して入る。
「いらっしゃいませぇ」
中に入って、私は足を止めた。
「ちょ、エリカちゃん。入り口で止まらないでよ」
「……あぁ、すまない」
「…エリカちゃん?」
お店の中に入った瞬間だった。本当に、気がつくか気がつかない程度だけど、臭いがした。金木犀とよく似たあの臭い。
「どうしましたの?」
「いえ、なんでもありません」
店の中、カウンターから店員に声をかけられる。気のせい、か?中に入った一瞬だけだった。似た臭いだから、別のものと間違えたのか。………パッと見て、店の中にそれらしきものはない。
とにかく話を聞いてみよう。
「失礼します。私は連邦捜査部シャーレの草鞋野エリカと言います」
「シャーレ……あぁ、あの若いお姉さん、先生さんのところの」
「先生をご存知で?」
「えぇ。前にいらしてくださってねぇ」
先生を知っている人だったらしい。なら話は聞きやすそうだ。
「すいません。私たち、生徒さんからの支援要請…お願い事で探し物をしていて──」
私は後ろの桜井さんからの依頼ということはぼかして、満月の夜にしか咲かない金木犀について店員さんに聞いてみた。まだ聞き込みも一件目。当然答えなんて返ってこないだろうと思ったら、
「それはあれだねぇ。月光華、なんて呼ばれてる花だねぇ」
いきなり答えが出てきて私は面食らった。
「あるんですか!?」
驚いた声を上げたのは桜井さんだった。私以上に動揺している気がする。
「大昔、そのずーっとさらに前にあったってお花よ。私たちだって昔話で聞いたぐらいだから、本当にあったかはわからんけどねぇ」
「あ……やっぱり昔話なんですね」
桜井さんと同じく私もどうしてかホッとした。いやいや、そうだよね。あったらそれはそれで……。
「ねぇ、おばあちゃん。その昔話ってどんなお話なの?」
「ん〜……お月様にはとっても裕福な王様とお姫様がおって、その二人のお屋敷の庭に生えていた金色とっても綺麗な木があったんだよ。それをな、お姫様が王様に切ってみせるように言ったんだが、その木、斧で切ろうとしてもすぐに傷が癒えてしまってのう。……そのお話の中で、その木の実が地上に落ちて、生えた木に咲く花が月光華と言う」
月からもたらされたという点はトリニティで古関委員長から聞いた話と同じだ。ただ、今の話、気になったところがある。傷を入れても、すぐに傷が癒える木。私はそれを……知っている。
「じゃあ、そのお花は故郷が恋しくて満月の夜に咲くとか、そういうお話?」
「綺麗なお嬢ちゃん、勘がいいねぇ。そうだねぇ、私の頃はそういう、郷愁のお話として聞いたのよ。金木犀はその木が元になって広がった、なんてのも聞いたことがあるけど、それぐらいだねぇ、その話は」
「ふーん。帰れないなんて寂しいお話だね」
「そうじゃろう?だからたくさん子孫を増やしたなんてお話もあったのよ。金木犀としてね」
「伝播した伝承がさまざまな解釈を持っているんですね。となると本当に古い話……草鞋野さん、やっぱりあの花は……」
「え、あ、桜井さん。どうしましたか?」
「いえ、どうしたんですか。体調が…」
「大丈夫です。少し考えていただけです」
金木犀に関連して、古い昔話に出てくる──先輩の遺体が変化した、明星さんの言葉を借りるならば“生命の樹”と同じ特性を持つ木。偶然なのか、それとも、あの事件に関係があるのか。
「それでね、当然こういうお土産もあるのよ。ほら、月光華クッキー。そこの青髪のお嬢ちゃんは疲れてそうだからおすすめだよ。滋養にいいもの入ってるよ〜」
店員さんが言いながら見せてくれたのはいかにもお土産用なクッキーで、パッケージにはデカデカと“繁栄”と書かれていた。さっき子孫を増やして、なんて話もあったし、えっと、まさかそういう…?
「せっかくだしエリカちゃん買えば?しばらく滞在するしおやつ代わりに」
「え」
「おばあちゃん。ひとつちょーだい!」
「ちょっ」
ミカさんを止める間もなくクッキー1箱が荷物に増えた。いやあの、これから聞き込みなんだけど。はぁ。支払いもすぐに済ませちゃったし。
「あはは……お上手ですね。もしかしてさっきのお話って結構有名なんですか?」
「こうしてお土産があるぐらいだからねぇ。そこそこだよぉ。そのクッキー食べて、元気出してねぇ」
「ありがとうございます」
仕方ない。一旦ホテルに戻って置いてこよう。ちょっと、さりげなく私に持たせようとしないでよミカさん。
「自分で買ったんだから自分で持って」
「んも〜」
「あと一回それ置いてくるよ。荷物になっちゃうんだから」
「はぁい」
まったく。ここで聞ける話はこれぐらいだろうか。一礼してお店を出ようと思ったら、桜井さんがお店の入り口近くにある商品が目についたのか見ていた。
「桜井さん?」
「あ、すいません。いかないとですよね」
「いえ、桜井さんの旅行も兼ねていますから、お買い物をしたいのであれば」
何を見ていたのだろう、と桜井さんの手の先を見れば、そこにあったのは香水の瓶が幾つか入ったバケットだった。手作り香水、と札がバケットに貼られていた。香りは……あぁ、お店に入った時の臭いの元はこれだったのか。
金木犀の香水のようだ。
「さっき金木犀のお話が出ていたのでちょっと目についてしまって」
「買います?待ちますよ」
「大丈夫です。気になっただけなので」
桜井さんは遠慮しているわけでもなく、そのまま店員さんにお辞儀をしてお店を出ていった。金木犀の香水か。先輩が私に遺した香水と似ているけど、僅かに違う香り。黄金色の容器だった先輩のものと違って、銀色のラベルが巻かれた目の前の香水の瓶。
「エリカちゃん気になるのそれ」
「うわびっくりした。まだ出てなかったの…?!」
いきなり声をかけないでよミカさん。
「そんなびっくりしなくてもよくない?それでその香水気になったの?」
「そういうわけじゃないけど、金木犀の香水に思い入れがあるだけ」
「ねえ、おばあちゃん、この香水って手作りって書いてあるけど誰が作ってるの?」
まさかこの香水も買うつもりなのだろうか。店員さんはミカさんの質問に快く答えてくれた。
「郊外にある花畑だよぉ。茶園もやってて美味しいお茶も飲めるよ」
「そうなんだ!ありがとう!行ってみるね!」
いや行き先を……まぁ、でも植物に関することだし、いいか。
なんだかミカさんに振り回された感じ。お土産屋さんから私たちは出た。桜井さんを待たせてしまったな。桜井さんはお店の入り口横で待ってくれていた。
「ミヨちゃんお待たせ」
「いえ、大丈夫です。一度ホテルに戻るんですよね?」
「うん」
「荷物を持ったままとはいかないので」
とりあえずクッキーを置いてこよう。
「次はおばあちゃんが教えてくれた花畑だね。いいよね、エリカちゃん」
「まぁ……桜井さん。次に行く場所は花畑になります」
「そうなんですか?」
「はい」
桜井さんに先ほどの香水の件を伝える。彼女も「植物に関することですからいいですね」と花畑に向かうことは了解してくれた。ミカさんは何故か、ふふん、と胸を張っていた。……少し冷静になったけど、やっぱりミカさんは私が何か動揺していたから積極的に動いてくれたのか。
それとも、ミカさんもあの臭いに気がついたのか。わからない。桜井さんもいるし、閉鎖区画の“生命の樹”のことは話せないし。
「ちょっと遠いね。車で行った方がいいんじゃない?」
ミカさんは早速、花畑について調べてくれた。遠いらしい。
「なら出すよ。ミカさん、荷物を置いてきてね。車をホテルの下に回すからさ」
「了解っ」
「じゃ、戻ろう」
悪いねミカ。エリカのことお願いできるかな──。
先生からそんなお願いをされたのは昨日のこと。エリカちゃんが宇宙での戦いで弱くなったのはナギちゃんから聞いたし、本人に模擬戦をせがまれてしたら、前に戦った時のような強さはなくなってしまっていた。
そんな状況でワイルドハントから急に降って湧いたような依頼にエリカちゃんは取り掛かって、挙句こんな山海経なんて辺鄙なところまで来ちゃった。
妙に事態がとんとん拍子に進んでる気がする。ナギちゃんは頑張るエリカちゃんを助けたくて図書委員長を紹介したんだろうけど、紹介しないほうがよかったんじゃないかと思う。
桜井ミヨちゃん。シャーレにまで来て支援要請をしに来た子。エリカちゃんが入れ込んでしまうタイプ。いい子だとは思うよ?シャーレに入ってまだ短いけど、D.U.の暴れん坊な子達を見てると比較にならないぐらい。ウチの模範生徒だって思っちゃうぐらい品もある。
でも、初めて見た時からさ、エリカちゃんじゃないけど私の勘が告げてるの。
たぶんこの子は、ヒフミちゃんと同じ。あたかもどこにでもいる凡人のように見えて、いざという時には私たちみたいな相手を凌駕する非凡さを秘めてる。そして……それをおそらく、自覚してる子。
シャーレに来た時、私がいることに驚いていたのは見逃さなかったし、どう見てもその反応は私がしでかしたことを知っている様子だった。平静を装っている。それがかえってわかりやすかった。
そんな子が持ち込んだ依頼。ミヨちゃんが善か悪か、とかそうじゃなくて、その依頼を嫌にスムーズに進めているエリカちゃんが危ないと思った。
先生から聞いた。エリカちゃんの力。中にいる誰かさんのせいで、事件のあるところに誘われてしまうってもの。さっきのお土産屋さんだってそうだ。セイアちゃんに以前、こんなことを言われたことがある。
──いいかいミカ。私は偶然が3つ重なったらそれを疑うことにしている。
──何それ。
──世の必然は積み上げられた結果観測されるものに過ぎないということさ。
おかしな金木犀の花を探す依頼、おとぎ話に出てくる“傷がすぐ塞がる木”、そしてエリカちゃんのつけている香水によく似た匂いの香水。偶然が今3つある。
エリカちゃんは事件がそこにあるなんて予感を感じられないまま、進んでる。だから、危ない気がする。探してる花がただのおとぎ話に出てくるもので、無ければいい。でも、あったらそれは……。
あの世界が全て終わったような場所で見た、絵庭サロネだったという木。お土産屋さんのおばあちゃんが話した木とよく似ている。ナギちゃんだったら今ある情報だけで、探偵さんみたいに推理してくれるだろうし、ヒマリちゃんだったら分析してくれるかもしれないけど、私にはできない。
だから、私はこのまま、エリカちゃんと一緒に行くしかない。幸いなことに私は強いから、並大抵の相手なら対応できる。
……なんだか、私なんかよりよっぽどお姫様してない?エリカちゃん。王子様したり、突然こんなか弱くなったり、つくづくずるい子だと思う。でも、そんな風に思うことがあっても、今のエリカちゃんと一緒にシャーレで誰かを助けたりするのはすっかり心地よくなっててさ。
ナギちゃんの好きな子だから、そういうのもあるけど……それ以上に、今の草鞋野エリカという子は、私にとって大切な相棒って呼べる存在になっている。ふふっ。舞台や小説みたい。
でも、これは紛れもない現実だから。
「ミカさん!乗らないの?」
「あ、ごめんね。乗るよ」
今はちょっと頼りなくなってしまった相棒のために、私は今持てる力を振るおう。
それが私を受け入れてくれた君へ、私からできる精一杯の恩返しだから。