頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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大変長らくお待たせしました。四月から忙しすぎてなかなか時間取れず……。
それではどうぞ。

※投稿ミスでこの話の前が抜けていました。




Area-08「シャーレ執務室 #突然の訪問 #らしくない #正体」

「チワーっす。ヴァルキューレだ……ってあれ、SRTだったかここ?」

 

「お疲れ様です。志真副局長。シャーレの部員さんは全員外されていますよ」

 

 シャーレ執務室の扉を開き、中に入ったコノカを出迎えたのはシャーレ部員ではなくSRTの制服を着たニコだった。SRTといえばコノカの知る草鞋野エリカが代理で生徒会長を勤めているため、無人とならないように詰めているのだろうと勝手に納得した。

 

「吉野だっけ?FOX小隊の」

 

「はい。今日はどうされたんですか」

 

「いや、ちょっと先生と姉貴に相談した方がいい案件があったんで来たんだけど。そっか、アテが外れたな。モモトークで聞いときゃよかった」

 

 頭をぽりぽりと掻きながらコノカは嘆息する。ニコは苦笑いするしかなかった。

 

「せっかくいらしたので……お茶でもいかがですか?」

 

「もらうわ。喉乾いたんよ。いやぁ、個人的に来たから車出せなくてさ」

 

「個人的にですか」

 

「そ。連邦生徒会だとカドが立つし、かといってヴァルキューレに言っても自分でどうにかしろって言われちゃう。下手に偉くなるとこうなるから怠いんだよなぁ」

 

 話が見えないが、ニコは深くは聞かない。コノカの言葉を受け止めるにとどめる。SRT生である以上、当然、ニコはコノカのパーソナリティも記憶している。何より、エリカを“姉貴”と慕う元同格のヴァルキューレにおける副局長であり、かつ彼女の所属が公安局であるため、デリケートな案件も扱うことを容易にニコは想像できた。

 

「(自治区を跨ぐ案件かな。……自己判断はできないからダメだけど。個人的に、先輩ならたぶん相談に乗って支援要請を受けるかな)」

 

 執務室併設の給湯室に入り、ニコは食器棚から急須を取り出し、先生から使っていいと聞かされている茶葉を取り出し急須にセットする。お湯は既に沸かされているため、ポットから給湯した。

 

 備え付けのお盆にコップやお茶請けの煎餅も数枚載せ、ニコは執務室の応接テーブルへと向かった。

 

「緑茶でよかったですか?」

 

「いいよ。煎餅あると嬉しいかも」

 

「ありますよ」

 

「気が利き過ぎでしょ。流石姉貴の部下」

 

 コノカはニコのエリカ譲りとも見える気の利き方に感心したが、ニコの気が利くのはエリカ譲りではなく彼女自身のものだった。

 

「先輩もそうだったんですか?」

 

「姉貴って仕事ん時は厳しいけどさぁ、そうじゃない時はもう可愛いのなんの。ケーキとか作ってくれた時とかカフェに来たかと思っちまうぐらいだったよ」

 

「そうだったんですか」

 

「そうそう。姉御も姉貴のケーキと一緒にコーヒー飲むのは好きでさぁ」

 

 ヴァルキューレ時代のエリカの話をニコは知ってはいても、日常的な部分は聞いたことがなかった。安全局と公安局という所属の違いがあっても、ヴァルキューレ生として交流が深かったことは容易にニコも想像できた。

 

 警察官としてではなく、一人の少女として見たエリカはお菓子作りなどが好きで振る舞うのも好きという側面があった。その姿が可愛い、と称したコノカには全力でニコは内心首を上下に激しく振った。

 

「……んま、だから表向きには色々あっけど、姉貴のこと慕ってる局員はそこそこいるんよ。あーしもその一人ってわけ」

 

 煎餅を手に取り、コノカは一口齧る。

 

「んまっ。流石いいの置いてんなぁ。どれお茶も……ん、いいねぇ。姉貴の職場は出るモン全部美味いぜ」

 

「あはは……公安局では違うんですか?」

 

「総務が用意するのが毎回お得用ので更に安いやつなんだよ。美味くも不味くもないってやつ。口が寂しい時には食うけど。SRTはそういうのも無さそう」

 

「そうですね。当然食事に関しては厳しく管理されていました」

 

「今は違うの?」

 

「はい。もちろん即応体制は維持していますけど、各隊員の食生活までには関しては自由ですね」

 

「兎の連中はずっとサバイバルしてっけどアレ食えてんの?」

 

「……えっと、よくシャーレ下のコンビニの廃棄とかはもらったり、ちょっとした支援要請は受けてるみたいで、それでもらったものとかで自炊はしてますよ」

 

 RABBIT小隊の現状は変わらず公園でサバイバル生活であり、コノカは相変わらずの様子に意地をまだ張っているのかと思った。

 

「でも、この前の事件でキャンプが破壊されてしまったので、今は一時的にシャーレ内で寝泊まりしてます」

 

「あぁ例の小隊の連中だっけ。アレに襲われたんだよね」

 

「はい。実を言うと私たちも今はシャーレを一時的に拠点としています。仮の拠点としていたSRTの訓練場建屋を破壊されてしまったので」

 

 元SRT隊員たちによるクーデターへの加担に関する捜査はコノカの担当案件の一つとなっていた。加えて、数日前のクーデターで発覚したカイザーPMCに寝返ったヴァルキューレ分校にまつわる様々な汚職問題に¬ヴァルキューレ内部は大きく揺れていた。

 

「(ったく。だからってぇ公安局の副局長一人だけ動かすとかアホかっての)」

 

 そんな内部がガタガタの状況でコノカの元に舞い込んできた事件があった。

 

「お互い大変だなぁ。悪ぃな忙しい時に」

 

「いえ。今はシャーレのお手伝いですから。今日訪ねてきた生徒さんは志真副局長だけですし」

 

「ならよかったけど。んっ……ふぅ、茶、あんがとさん。邪魔したわ」

 

「いえいえ。これでお戻りに?」

 

「おう。このあと山海経に行かなきゃなんだよ」

 

「山海経?」

 

「そうそう。なんか誘拐事件起こした犯人の身柄受け取りに。人員は自分で決めろと来たもんだ」

 

 ニコは山海経といえばちょうどエリカが向かった先であることを知っていた。

 

「もしかしなくても」

 

「お察しの通り姉貴が捕まえたらしい。んで、あそこはウチと協定結んでないし、元から山海経ってお堅いのよ。だから直接あそこの生徒会に協力要請しなきゃいけないわけ」

 

「先生たちに相談しようとしたのは」

 

「先生ならフリーパスっしょ山海経も」

 

 シャーレの信用は各自地区の長から厚いことはニコも十二分に知っていることであり、公安局副局長たるコノカでさえも頼りたくなるものであることは理解できた。

 

 ソファからコノカが立ち上がり、体を伸ばしつつ彼女は執務室の出口へと向かっていく。ニコは一瞬、同じ警察組織であるコノカを手伝ってもいいのではないか、と考えたがすぐにその思考は払い去る。

 

「じゃ。姉貴の留守よろしく頼むよ〜」

 

「はい。お気をつけて」

 

 やや音を立てて執務室の扉が閉まった。ニコは携帯を取り出し、友人に電話をかけた。

 

『ニコか?どうした』

 

「ごめんユキノちゃん。訓練中に」

 

『いや、今は休憩中だ。……携帯にかけてきたから少し驚いた』

 

 FOX小隊の小隊長であり、友人であるユキノは任務中ではなく私用の携帯での連絡であったため、ニコに小隊員ではなく友人として柔らかな声音で応答した。

 

『何かシャーレの仕事で問題でもあったのか?先生からはニコであれば問題ないと言っていたが』

 

「シャーレの仕事は平気だよ。大丈夫。現場に出るタイプの支援要請はミヤコちゃんとオトギちゃんが頑張ってくれてるし」

 

『そうか。私はあの二人を組ませるのは少々心配だったが』

 

「ミヤコちゃんは姿勢が柔らかいし、オトギちゃんも話しやすいから上手くいってるみたいだよ」

 

『ならいいが。っと、すまない。かけてきた電話に』

 

「ううん。ユキノちゃん気にしてたもんね。……それで、私が話したかったことだったんだけど」

 

 ニコはユキノに、コノカがシャーレに訪れたこと。エリカが捕まえたという容疑者の引き渡しのため山海経に向かうことを伝えた。

 

『──なるほど。流石は会長だ。それで、ニコはそれを聞いてどうしたんだ』

 

「手伝いたいって思っちゃって」

 

『………ニコ、らしくないぞ』

 

「うん……」

 

 僅かにユキノの声音が任務中と同じものになる。ニコはわかりきっていた反応に耳を下げた。

 

『ヴァルキューレにはヴァルキューレの領分がある。そして、この前のクーデター騒ぎ……DINGO小隊の件もある。ヴァルキューレから私たちSRTに対する疑念は積もっているんだ』

 

「下手に介入すれば、余計な騒ぎになるのは、うん。わかってるよ」

 

『先生を襲撃。それに襲われた警備局の隊員はそれなりの大怪我だった。今私たちにできることはまた力が必要になるまで、おとなしくしていることだ』

 

「そうだね」

 

『……ニコまで会長のようになってしまっては誰があの人を止めるんだ』

 

「そう、だね。ごめんね、変なこと言って」

 

『あぁ。切るぞ。もし問題が起きたら遠慮なくかけるように』

 

「うん。あとでね、ユキノちゃん」

 

 通話が切れ、ニコは携帯を持ったまま執務室の窓へと歩み寄る。異様な赤い空は青くなり、これからの未来も希望をもっていける……異変の解決直後はニコもそのように考えていた。

 

 しかし、今目の前にある空は雲が塞ぎ、どんよりとした陰を復興中の街に落としている。

 

「らしくない、か」

 

 ニコはいつから自身はこんな暗い顔をするようになったのだろうと、窓にうっすらと映る顔に答えが返ってくるはずもない問いかけの視線を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 花畑に着いたのはお昼を過ぎたあたりだった。山海経の端もいいところで、だいぶ移動したからなのか、天気は曇りだけど僅かに切れ目から日差しがある。一応あった駐車場に車を停めた。

 

「着いたね。運転ありがと、エリカちゃん」

 

「いつものことでしょ」

 

 助手席のミカさんが言うけど、シャーレの車両を運転する比率は圧倒的に私が高い。先生も運転できるけど私と一緒にいる時に上官たる先生にさせるわけにはいかないし、ミカさんは緊急走行に不安がある。

 

 そこそこの時間移動したけど桜井さんは……大丈夫そうだ。外の花畑を見ている。

 

「桜井さん、降りましょうか」

 

「はい」

 

 声をかけて私たちは車から降りた。途端にどちゃ、っとぬかるんだ感触。わかってはいたが昨日の雨であまり地面はいい状態ではなかった。私はいいけど、二人はこういうの平気だろうか。

 

「あ……すいません。これだと車の中が戻った時にどろどろに」

 

「大丈夫ですよ桜井さん。捜査……支援車両ですから、多少の汚れは前提です。あとでマットを洗いますよ」

 

「スニーカー履いてきてよかったぁ。エリカちゃんの言う通りだったね」

 

「そりゃそうでしょ。いつもの靴だったら今頃大変だよ」

 

 ミカさんも私と同じくスニーカーだ。ただ色が白だし汚れが目立つね。

 

 ローファーな桜井さんは大丈夫なのだろうか。ワイルドハントの制服高そうだし。

 

「なんかちょっと日が差してるからジメッとする」

 

「そうかも」

 

「私、ジャケットを脱いでもよいでしょうか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 桜井さんがジャケットを脱いだ。まぁ暑いよね。私とミカさんは微妙な時期なので長袖だ。シャーレ制服は半袖もあるけどセーラータイプなのでジャケット脱いで微調整ができない。まぁヴァルキューレの制服も夏冬あるので私は気にしていないけど。

 

 花畑へと目を向ける。濃い匂いでわかるけど、ちょうどこの駐車場の周りは金木犀が植えられているようだ。昨日の雨でかなり散ったのではと思ったけど、そんなこともなく綺麗に黄金色が広がっている。

 

「いきなり金木犀の花だね。まぁ咲いてるしミヨちゃんの探してる花じゃないだろうけど」

 

「ですけど、綺麗ですね。あ、せっかくなので資料に写真を撮らせてもらいます」

 

 携帯のカメラで桜井さんが写真を撮る。日の差し方がなんだかいい感じで、花畑は絵になる。花畑の向こうには山も見えて、観光スポットなのが一目でわかる。お土産屋さん曰く、茶園もあってお茶も飲める……つまりはカフェも併設されているのはそういうことなのだろう。

 

「なんだか旅行っぽいね、エリカちゃん」

 

 私の隣にミカさんが並んで言う。まぁ、旅行といえば旅行だからね。前にハルナと旅行に行った時は列車で襲われるわ、アリウスの脱走した生徒と遭遇したりで色々あったけど。いや、それを言ったら今回も山海経に入った時点で誘拐事件に出くわしている。

 

「なんでそんな微妙な顔をしてるの?」

 

「いや……なんかさ、こうして穏やかな時間を過ごせても、結局事件が起きるんだなって」

 

「でも、その度に解決すればいいじゃん」

 

「それはそうだけど」

 

「もー、すぐに暗い顔しちゃうのよくないよ。楽しもうよ、楽しめるうちに」

 

「そうだね。ごめん。ありがとミカさん」

 

 やめやめ。一人でネガっているならまだしも、ミカさんもいて、今は支援要請をした生徒さんもいる。シャーレの生徒がこんな浮かない顔をしているのはよくない。空元気でもしっかりしないと。

 

 花畑に併設されているであろうカフェに行って、そこで探している花のことを聞いてみよう。

 

 カフェを目標として駐車場から歩き出す。駐車場は若干高台にあるおかげで、離れた場所に建物が幾つかあって、カフェのような小綺麗な建物が見えたので、そこを目指す。観光地、とは思ったけど私たち以外に訪れた人はいないようだ。

 

「立派な場所だけど、どこが管理してるんだろうね。エリカちゃん」

 

「どこだろう。……玄龍門とか?」

 

「看板とかなかったもんね」

 

 ミカさんの疑問は気になるところ。これだけの規模なら自治区自体が管理していると想像してしまう。もしくは何らかの部活か。茶園があることも考えれば、山海経はお茶の生産でトリニティほどではないにしても有名だ。

 

 やっぱり玄龍門管理なのでは。

 

「勝手に入ってよかったのでしょうか」

 

「立ち入り禁止を掲げている看板もなく、あのような高台に駐車場が整備されていますからおそらく大丈夫ですよ。それにお土産屋さんの言葉を信じるのであれば、ここは観光にもってこいの場所ですから」

 

「そうですよね。すいません、心配性で」

 

「いえ、慎重なぐらいがちょうどいいですよ、桜井さん。別の自治区にいる時は」

 

「ありがとうございます」

 

 いい子だなぁ、桜井さん。本当にこれぐらい世の生徒が慎重ならいいんだけど。

 

 どこぞの温泉開発部とかもさ。

 

「ほんとにミヨちゃんいい子だねぇ〜。ワイルドハントってみんなそうなの?」

 

「いや私もそんないい子かどうか……ただ、確かにワイルドハント生が他の自治区で問題を起こすことは少ないです。ゲヘナの噂は私たちも聞いています。どこでも温泉を掘る部活がいるとか」

 

「あーね。エリカちゃんその部活のこと知ってるもんね」

 

「知ってるというか一度戦ったというか……」

 

「戦った……?」

 

「D.U.でもお構いなしに彼女らは開発行為をするので。ヴァルキューレだった頃に止めようとしたことがあるんです。結果は散々でしたが」

 

 温泉開発部の部長。彼女はただ温泉を掘っているだけだが、接触した印象としては絶対に捕まえなくてはならないという勘があった。ゲヘナの方針が基本自治区内で処理する方向性なのもあっておそらく捕まえたとしてもできなかったが。

 

「本当にいるんですね……?!」

 

「えぇ。ワイルドハントにそんな生徒がいないことを願っています」

 

「そうですね……」

 

 もっとも、桜井さんぐらいしっかりしてる子が多いなら平気だろう。

 

 カフェらしき建物がだいぶ近づいてきた。うん、当たりだ。テラス席のようなものもあるし、ちゃんと営業しているみたいだ。

 

 入り口までいけば開いていることがわかりやすくOPENと書かれた札が目に入る。

 

「ごめんくださーい」

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ドアを開けて声をかければ店員さんらしき生徒がいた。玄武商会の制服とちょっと似てるけど、藍色基調。山海経の子ってなんだかスタイルいい子多い気がする。だからこんな体のラインが出ても平気というか。ちょっと羨ましい。

 

「お好きな席にどうぞ!テラス席がおすすめですよ!」

 

 テラス席がやっぱりおすすめらしい。私たちは促されるままテラスへと出た。テラスのテーブルや椅子は仕舞われていたのか濡れた様子もなかった。テーブルを囲うように私たち3人は座って、店員さんはテキパキとメニューをそれぞれの前に置いていた。

 

「へー、山海経のお茶ってあんまり飲む機会がないけど、どれにしようかな」

 

「お客様はどちらから?」

 

「トリニティだよ。どれがおすすめ?」

 

「なら──」

 

 ミカさんはさっそくお茶を楽しむ気満々だ。桜井さんは……メニューではなく花畑に目を向けている。こうして目の前でミカさんと桜井さんが花畑をバックにしていると画になるなぁ。

 

 注文して、淹れたてのお茶が出てくる。磁器製の茶器は品があってそれを手にするミカさんと桜井さんはやっぱり綺麗だった。

 

「杏仁豆腐でーす」

 

「わぁ、おいしそう」

 

 ミカさんはまたデザートを食べていた。いやいいんだけど。

 

 あぁそうだ。店員さんに例の花のことを聞かないと。

 

「あの、すいません」

 

「追加のご注文ですか?」

 

「いえ、私たち花を探していて」

 

「お花ですか?それなら向こうの方にお花も売ってますよ」

 

「えっと、月光華って花なんですが」

 

 私が花の名前を言うと、店員さんはちょっと驚いた顔をしてから笑った。

 

「あの伝説上の花ですか〜。あれは昔話に出てくるものですからないですよ〜」

 

「ですよね」

 

「……ですが、昔話、そういったものには元ネタが付き物です。何か知りませんか?」

 

 桜井さんが店員さんに問いかけると、店員さんは「ん〜考えたこともありませんでした」と指を顎に当てながら言われてみればという表情だ。ここも空振りかな。いや簡単に伝説上のものが見つかったら大変だけど。

 

「すいません、変なことを聞いてしまって」

 

「いいよ〜。というか、お客さんたちはそんなもの探してるの?」

 

「あはは……学校の友人が作品に使いたいって…」

 

「へ〜、外の自治区にはそんな人もいるんだね〜」

 

 頑張ってね〜と店員さんはお店の中に戻って行った。まぁこんなものだろうとは思っていた。桜井さんはデスヨネー、といった表情だ。

 

「次どうする?」

 

「ミカさん。いっぱい今日は食べたしカロリー消費しないとね♪」

 

「足を使って捜査って普通に言えばいいんじゃないの…?」

 

「冗談だよ。まぁそうだけどさ」

 

「エリカちゃんあんまりふざけないから素で返しちゃった」

 

「悪かったね。可愛げのない女で」

 

「そこまでは言ってないって!」

 

 おふざけはともかく、実際のところ引き続き地道な調査が必要そうだ。桜井さんの外泊許可期間内には見つからない可能性が大。ほどほどのところで完全な旅行に切り替わってしまうかも。

 

「ま、まぁ、お土産になったりしてるぐらいですから。ゆかりのあるところとかに行ってみましょう」

 

「桜井さんの言うとおりですね。ミカさんは杏仁豆腐食べたら行くよ」

 

「え、もう?」

 

「逆にどうするの?」

 

「せっかく来たしお花畑見ていこうよ。ね、ミヨちゃん」

 

「そうですね……草鞋野さん、いいでしょうか?」

 

「依頼された桜井さんがそうされたいのであれば拒む理由はありません。観光しましょう」

 

「ちょっと。私には厳しくない?」

 

「いや支援要請中だからね、今」

 

 ミカさんとじゃれつつも、桜井さんも見たいというのであれば断ることもない。ここまで運転してきたし、少し休憩がてら散策してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 花畑からの帰り道は──もう陽が暮れかけている。そりゃ時間をあそこでそれなりに潰せば山海経の中心部から遠いので、戻っているうちにこうなることはわかっていた。ただ、花畑を歩いて3人で写真を撮るのはちょっと楽しかった。至って健全な学生の旅行で新鮮な気分を味わえた。

 

 たまにはこんな休暇もいいかも……とヴァルキューレ時代なら絶対考えないようなことを思った。

 

「こんな時間になってしまって、すいません」

 

「いえ、私も楽しかったので」

 

「あはは…それならよかったです」

 

 桜井さんは遠慮しないでほしい。支援要請中だけど、穏やかな気持ちなのはいくらか彼女のおかげでもあると思う。もちろん、頼れるミカさんがいるからなのもある。

 

「夜ご飯今日はどうしよっか」

 

「山海経はD.U.によくあるようなチェーン店がないし、探さないとね」

 

「そうだよね。ちょっと携帯で探すね」

 

「お願い」

 

 なんだかミカさん山海経に来てから食べることに全力すぎやしないだろうか。でも、彼女は美味しいものも好きなので、シャーレの当番に来た朱城さんの料理を知っているからもしかしたら色々食べたいのかもしれない。

 

 車もだいぶ泥が跳ねてしまったし、明日早く起きて動く前に洗車しないと。フロアマットは今日中に洗って明日の朝までに乾くかな……?いやしばらく天気が悪いからなぁ。

 

 そろそろこの田舎道も終わりかな。遠くに街灯が見える。辺境なせいもあるのか、その街灯は切れがちでチカチカとしていた。夕暮れ時が一番危ないのでもうライトは点けているから関係ないが。

 

「ん………?」

 

 そんな街灯の下に人影が見えた。小さい人影だ。子供かな。……いやこんなところに一人で?

 

「あ、このお店とか美味しそ〜。ねーミヨちゃんもどう?」

 

「え?あ、どんなお店ですか?」

 

「見て見て。玄武商会でも新しめなものを取り入れたりとかで口コミサイトに載ってて──」

 

 私は街灯に近い位置についたところで車を止めた。何故か?その街灯の下にいた人影が進路上に出てきたからだ。そして、その人物を誰であるか見て、ハンドルを握る手が嫌な汗をかく。

 

 こんな場所にいるはずがない。いてはいけないはずの人物が目の前にいる。

 

 左右の大きなお団子から垂れる綺麗な黒髪、髪型と体格だけ見れば一見幼い子供。しかし、その表情、目はこのキヴォトスの中で一つの自治区の頂点に立つ人が持つ深く鋭いもの。

 

 右手には大きなアタッシュケースを持ち、それに振り回されている様子もない。両手に嵌められた黒い手袋は隙間なく彼女の指から人の温かさを隠しているように見える。

 

「なんで車止めたのエリカちゃん?って、あれって」

 

「……どなたでしょうか…?」

 

 ミカさんと桜井さんの言葉を聞いている余裕はなかった。状況が異常だ。ありえない。

 

 私はドアを開け、車外に出る。

 

「………どうしてあなたが、ここに」

 

「息災じゃったか?草鞋野。こうして直接顔を合わしたのは晄輪大祭以来かえ」

 

 山海経の生徒会長、玄龍門の門主、竜華キサキ。

 

 近辺警護の厳しさから本人でさえも一人で出歩くことが難しいはずなのに、彼女はこんな辺境に来て、私のことを久々に会った友人として呼び──その表情には一分の笑みもなかった。

 

「エリカちゃん、そこの人って山海経の会長さんだよね」

 

 ドアがパタンと閉まり、ミカさんが車の中から出てくる。彼女の右手には愛用のサブマシンガンが握られている。セーフティも外されて。

 

「お主は確か……桐藤の友人か。竜華キサキじゃ」

 

「へー、あなたがここの会長さん?ナギちゃんのことも知ってるんだ。聖園ミカだよ」

 

「そしてその奥にいるのは………先生から話のあったワイルドハントとやらの生徒」

 

 竜華会長が桜井さんを見ていた。桜井さんも車から降りてきている。暑いと言って脱いでいたブレザーを着て、何故かライフルも肩にかけず、両手で持って。

 

「……お初にお目にかかります。ワイルドハント芸術学院の桜井ミヨです」

 

「ふむ。……率直に聞こう。桜井ミヨ。妾と来い。お主の身柄を預かる」

 

「え」

 

 どういうこと?なんで竜華会長が桜井さんを…?

 

「待ってください、竜華会長。今のは一体」

 

「草鞋野。其方には悪いが、妾は山海経の門主。これは玄龍門が門主、竜華キサキの採択じゃ。シャーレといえど、異は挟ませぬ」

 

「へぇ、ナギちゃんから聞いてた話しと違うなぁ。キミ、だいぶ話が通じるって」

 

 ミカさんが私と竜華会長の間に入った。待って、なんでこんな状況に。このままだと何か、取り返しがつかないことになりそうな気がする。

 

「桐藤は妾を深く知らぬ。しかし、一側面で妾を図り切ろうとする浅慮なものでもない」

 

「そりゃそっか。友達の友達なんてそんなものだよね。で?ミヨちゃん渡せってなんで?」

 

「異は挟ませぬと言ったはずじゃが」

 

「私たちシャーレって超法規的権限持ってるんだよね。今この子、私たちに支援要請してるし、何かあるって言うのならウチで預かるけど」

 

 一瞬触発、そんな空気になっている。桜井さんが本当は何か犯罪行為に手を染めている手配犯なのか。でも、彼女の名前を指名手配犯のデータベースで見たことはない。

 

「竜華会長。桜井さんが何か山海経に不利益になることをしたのでしょうか」

 

「………其方は何も知らぬのか?」

 

 この反応、まさか、本当に桜井さんは何か隠して──。

 

「なら、それはそれでもよい。…………もう其方にこれ以上業を背負わせぬ」

 

 意味がわからない。私に背負わせない?どういう意味。

 

「聖園。道を開けよ」

 

「イ☆ヤ」

 

「そうか。──許せ」

 

 次の瞬間、私の真横を人間大の物体が通り過ぎ、後方で車がひしゃげた。

 

 え、何が。

 

「み、見えませんでした、何を」

 

 桜井さんの絶望を滲ませた声が、聞こえた。竜華会長はミカさんが立っていた場所で掌を突き出していた。銃が入っていたであろうアタッシュケースはさっきまでいた場所に置かれたまま。

 

「ッ……ミカさん!」

 

「いたたた。何今の」

 

 何をされたのかわからない。でも、ミカさんの声は返ってきた。ひしゃげた車にめり込んでいたけど、何事もなかったかのように立ち上がる。顔は、一切笑っていない。

 

「ほう。今のを受けて倒れぬか」

 

「ちょっと張り手してきただけじゃん。なんか当たった瞬間、体の中も痺れたけど」

 

「まさか八極拳…!?」

 

「桜井ミヨ。ワイルドハントでは文学専攻と聞く。知っておるようじゃな」

 

 八極拳……って名前は聞いたことがあるけど、どういう武術なの…?

 

「私のことをどこまで……」

 

「何も知らぬ。しかし、まるで白く塗られ一片の黒もない其方のようなものは妾からすれば違和感だけしかない。草鞋野を利用しようというにはもってこいの人材じゃの」

 

「…………」

 

 何を話しているの。桜井さんが私を利用………?私の経験から、全く彼女にはそのような影は見られない。けれど、竜華会長ほどの人が根拠もなくこんなことを言うはずもない。

 

「して、あまり時間がないのじゃ、妾は。素直にその娘の身柄を引き渡すが良い」

 

「あのさ、いきなりぶん殴られたのに、はい、わかりました!なんて言えると思う?」

 

「ミカさん待って!竜華会長が理由もなくこんなこと!」

 

「じゃあその理由を聞かせてよ。………シャーレ所属でも一応トリニティの生徒会長の私を、いきなり殴ってぶっ飛ばすほどの理由をさ」

 

「語れぬと言ったら?」

 

 次は竜華会長が大きく飛んだ。ただ彼女は上手く衝撃を逃したのか、空中で一回転して華麗に着地する。ミカさんは全力で拳を振り抜いたらしい。どうやってあんな一撃を受け流したの……。

 

「渡すわけないじゃん。エリカちゃん、ミヨちゃん連れて逃げて」

 

「待って。逃げるって言っても」

 

「理由も言えない、いきなり殴ってくる。それに生徒会長一人だけでこんなところに来るなんて変じゃん。もし変装した慈愛の怪盗だったらどうするの?」

 

 それはないと思うけど。清澄さんが人を攫ってどうのこうのとすることはないし。

 

 ただ、状況が異常であることに違いはない。知っている竜華会長だから混乱しているけど、それでも、シャーレとしていきなり理由なく生徒の身柄を引き渡すことなんてできない。

 

「ほお、妾が偽物との。確かに、山海経の門主が単独で斯様な辺境に来るわけがないの」

 

「トリニティもそうだよ。ちゃんとお付きの人がいるものだもん」

 

「其方の言う通りじゃの。だが、のう?妾も所詮小娘じゃ。周囲のことなど放って来ることもあろう」

 

「じゃあ独断ってこと?」

 

「如何にも」

 

 竜華会長の独断での行動。彼女だけが動くべきもの……?それが、桜井さん。山海経とは全く縁がないワイルドハントの?理由、思い当たるものなんて一つも……いや、あるとすれば、桜井さんのここにいる目的だ。

 

 満月の夜にしか咲かないモクセイ。それを探してここにきた。頭の中で急速に情報がつながっていく。…………まさか、この花が、そうなの?

 

「竜華会長!まさか、今私たちが探しているものと関係があるのですか!?」

 

「………っ………気がつく前に済ませたかったが、いかにも。桜井ミヨが探す花はこの山海経において禁制のもの。いや………この世界、キヴォトスそのものにとっても」

 

 桜井さんが息を呑む。チラリと見れば、桜井さんは目を見開いていた。明らかに、そんなものだと知らなかったという表情。取り乱している。

 

「ま、待ってください。あんな花はないと今日、聞いて」

 

「火のないところに煙は立たぬ。伝承とは教訓。そして教訓には原因がある。満月の夜にしか咲かぬ花──月光華は実在する」

 

「そんな」

 

「……まさか本当にあの花を知らずに探しておったのか?」

 

「知りません。私は、頼まれただけで」

 

「ならば、その頼んだものは誰じゃ?」

 

 明らかにしまった、という顔を桜井さんがしていた。そのまま、彼女は黙ってしまう。

 

「………どうやら、ただ純粋に頼まれたわけでないようだの。語れぬというのなら、話は変わらぬ。今、あの花に構う余裕はない。その娘を預かる。草鞋野、わかっておくれ」

 

 どうすれば。私は、どうすればいい。もうすでに、竜華会長はミカさんに攻撃を加えていて、ミカさんも反撃をしてしまった。竜華会長ほどの理性的な人が最初に攻撃をしてくること自体、相当に差し迫った状況だ。

 

 それに、私の推測が正しければ………確かに、桜井さんを捕える理由と、そこまで性急な動きをした理由も理解できる。

 

 ミカさんをいきなり吹っ飛ばしたのはこちらとの力の差を見せつけるためだろう。ミカさんがタフすぎて、ミカさんには効果は出ていないけど、少なくとも今の弱体化した私は竜華会長の足元にも及ばない。

 

 だとしても──私は。

 

「竜華会長」

 

「草鞋野、なんじゃ」

 

「……シャーレ補佐官として、玄龍門、竜華キサキ門主の要請にはお応えしかねます」

 

 私は、桜井さんの身柄を拘束させない。おそらく彼女は、利用されている。

 

 竜華会長は私の言葉を受けて、悲しそうな顔を一瞬して……次の瞬間には私を射抜くように見た。彼女から、そんな目で見られるのは、嫌だった。

 

「そうか。ではシャーレの草鞋野エリカ、聖園ミカ。……山海経の門主として、其方らに告げる。その娘は山海経に仇なす者の糸口になる者。みすみすここで取り逃しはせぬ。共に玄龍門で眠るか、それともシャーレに戻るか、選ぶが良い」

 

 パチン、と竜華会長が置いていたアタッシュケースを開け、中から彼女の銃を取り出す。出てきたのは……サブマシンガン?竜華会長の体が小さいからかなり大きく見えるけど、彼女は苦もなく片手で構える。

 

 ミカさんを容易く吹っ飛ばす相手。桜井さんを連れて逃げられるのか。このままでは、ミカさんの足手纏いにしかならない。

 

 車はダメにされた。おそらく、ミカさんを吹っ飛ばしたのは車を潰すためでもあったのだろう。逃げるにしても、ここから最寄りの別の自治区は遠く、正直に言えば絶対絶命。

 

 やるしかないのか。

 

「ミカさん。逃げるよ」

 

「どうやって?」

 

「そりゃもちろん──全力で」

 

 胸の奥に意識を集中させる。ふわりと風が吹いて、私の身体から溢れ出す金木犀の香り。

 

「…ッ…!草鞋野……其方は…!」

 

「金木犀の香り……?」

 

 竜華会長の驚愕した声と、桜井さんの匂いに反応した声が聞こえた。

 

 うっ。なんだ。つい数日前に箱舟の中でやったのとは違って、嫌に心臓の音が大きい。身体に負担がかかっているのは察していたけど、こんな数日スパンでやるべきものじゃないのか、これ。

 

 でも、あれほどの達人を前に今の私はここまでやらないとおそらく逃げきれない。仮にミカさんに桜井さんを頼んでも、足止めすらできない。やるしか、ないのだ。

 

「桜井さん!失礼します!」

 

「え、ひゃっ!?」

 

 桜井さんを両手で前に抱える。彼女は急に私に抱えられて目を白黒させる。ごめんなさい。

 

「全く、無茶するんだから!」

 

 ミカさんがマシンガンを乱射しながら私と同じ方向へ駆け出す。突破が無理なら逃げるしかない。それこそ、山海経の端まで。

 

「待たぬか!」

 

 竜華会長も当然追ってくる。速い…!

 

 狙いは当然私の抱えている桜井さん。銃口が少しぶれている。ぐっ、私自身を盾にしていることで竜華会長に苦しい思いをさせているっ。

 

 それでも彼女は引き金を引いた。音が小さい。消音性に優れた銃なのか。

 

「口を閉じていろ!」

 

「……っ!」

 

 桜井さんに言ってから全力で私はジグザグの軌道を取って回避する。射撃は当然ながら正確な上、こっちの回避も潰そうという狙いも見える。竜華会長がどこまで戦えるかなんて私は当然ながら知らない。考えてみれば晄輪大祭の時にバックアップも無しに単独で捜査をするような人だった。

 

 もしかしなくてもワンマンアーミーのような力があるのか。

 

「そこを開けよ!」

 

「やだよ!」

 

 弾丸のような速さでミカさんへと距離を詰めた竜華会長が裏拳をミカさんに叩き込む。それをミカさんはかなり強い力で弾いていた。

 

「技は無いと見た。これはどうじゃ!」

 

 今度は拳の乱打に加えて至近距離での射撃も交えてくる。あのミカさんが押されている!?

 

「力だけで妾を阻めるとは甘い!」

 

「なに、この子…!」

 

「聖園!」

 

「だい、じょうぶっ!」

 

 猛攻に対してミカさんは受け流し、避けられない弾は腕で受け、急所だけの被弾は避けていた。このままではと思ったけど、ミカさんがとった対応は常識外れだった。

 

「そーれっ!」

 

「なんとっ!?」

 

 ミカさんはただ、全力で足元を踏み抜いた。彼女が足を地面に下ろす瞬間、空気が破裂するような音がした。刹那、竜華会長の足元が爆裂したかのように隆起する。竜華会長はバランスを崩した。

 

「確かに私、格闘技は修めてないけど、そんなのここまでいけば関係ないもんね」

 

「なるほど。ここまで理外の力を持っていたか」

 

「すごいでしょ?エリカちゃんみたいに空気を踏んで動けないだろうし、地面をぐちゃぐちゃにしたら腰なんて入らないよね」

 

「……其方も相応の修羅場をくぐってきたようじゃの」

 

「見逃してよ。エリカちゃんに免じてさ」

 

「できぬ」

 

 まずいな、正直逃げられる気がしない。いや、今の状態の私ならミカさんと二人がかりで竜華会長を倒せるとは思うけど、相応の怪我を竜華会長に負わせることになる。それも避けたい。

 

 ミカさんはこっちの逃げるって方針に従ってくれてるけど、当然倒すためにとなれば加減なんてできないし、竜華会長も全力で抵抗するだろう。

 

 むしろ、争いを回避する方法を模索したい。

 

「……草鞋野さん。ごめんなさい。私のせいで」

 

「いえ、あなたのせいではありません。竜華会長も自治区のためにできることをしているだけでしょうから」

 

「でも」

 

「今は逃げることしかできません。なんとかお互い傷付かず」

 

「………お互いに、傷つけず?」

 

「えぇ」

 

 少なくとも、何か大きな目眩しができればいい。でもそんなものは──いや、あるというか、呼べる。

 

「ミカさん!」

 

「なに?あんまり余裕ないけど」

 

「お星様!」

 

「………え。ちょっとそれはマズくない」

 

「でもそれしかない!」

 

 まぁ、マズイのはマズイ。何せ夜が明ければ大きな騒ぎになるだろうからだ。けれど、今この場を切り抜けるにはそれしかない。

 

「何をするのか知らぬが聖園、悪いがここで仕舞いじゃ!」

 

 竜華会長がミカさんに突っ込んでくる。ミカさんは私のことを信じて翼を広げて大きく後方に飛び上がる。私は間に割って入り、桜井さんを抱えたまま右足で突き出された竜華会長の掌底を受け止めた。

 

「うっ!?」

 

 途端、骨まで響くような強烈な衝撃。それでも、今の全力状態の私なら耐えられる。そのまま足で押し返す。押し返したけど、竜華会長は即座に銃口を桜井さんに向けている。普通なら回避はできない。

 

 あの箱舟での戦いのように、私は何も無い空を蹴った。斜め上に私は飛び上がった。

 

 流石の竜華会長も驚いている。

 

「──聞こえる。星の声が。聞こえる。私を呼ぶ声が」

 

 ミカさんが登り始めた月を背に、祈っていた。

 

「何をしようとしておる」

 

「ふふ。もうどーなっても知らないからっ!来るよ!エリカちゃん!」

 

「わかった!竜華会長も退避を!」

 

「待て!本当に何をする気じゃ!?ええいっ…!」

 

 私とミカさんはそれぞれ跳んで、飛んで、全力でその場から離れる。

 

 竜華会長もミカさんの尋常では無い気配を察知したのか、素直に退避してくれた。これで当たったら大変だからね。

 

「草鞋野さん、一体なにが……!?」

 

 桜井さんの困惑を他所に、それは落ちてきた。隕石だ。

 

 

 

 

 

 

 

 キサキはこの世の終わりのような衝撃と爆風により、エリカたちを見失った。

 

「………よもやトリニティの生徒がこのような術を使えるとはのう。今後は気をつけねばな」

 

 山海経にも仙術などの伝承は残っているが、キサキはまさかそういった類のものを現実で見せられるとは思ってもいなかった。

 

「こほっ……時間切れか」

 

 咳き込みながら、キサキは携帯を取り出し、着信履歴からコールする。

 

『門主!大丈夫!?』

 

「すまぬ。サヤ。取り逃した」

 

『身体は!?』

 

「幸い、激しい衝突は避けた。特に問題はない」

 

『よかったのだ……いくら良くなってきていてもまだ全力はダメなのだ』

 

「わかっておる。ただ、あの花を探しておるワイルドハントの生徒はあまり情報を持っておらぬ。依頼した相手ぐらいは聞けそうではあったが」

 

『………本当に狙ってるのかな。カイ先輩が……』

 

「事実として、妾の薬膳用として残したものを例のエデン条約事件で、彼奴の息のかかった生徒が使っておったじゃろう」

 

『そうなのだ。アレ以降は管理をより徹底したし、そのために花畑のカフェにも部員を置いておいたり……』

 

「どういう経路かはわからぬが、ワイルドハント生……否、シャーレを使ってカイが手に入れようとしたのじゃろ。あやつの考えそうなこと。もっとも、草鞋野と聖園は決して愚鈍ではない。取り逃しこそしたが、警告にはなったはずじゃ」

 

『警告?』

 

「問うじゃろう、あのワイルドハント生に誰が依頼してきたのかを。そして知れば、草鞋野は動く」

 

 キサキはすっかり夜の帳が下りた空を見上げる。雲は流れ、切れ目から星々も僅かに顔を覗かせる。未だ完全には晴れてはいなかった。

 

「カイ。お主が利用しようとしたお人好しはの………常軌を逸したお人好しじゃ。そして斯様な者が利用されたと知ればどうなるか。正義の味方とは妾のように道理などわきまえぬぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

「………桜井さん。教えてください。あなたに、月光華を探すように言った人を」

 

 山海経の門主……バケモノのような強さを持つ人から私は草鞋野さんと聖園さんによって逃がされ、そして、山海経の辺境の更に先、自治区の果て近くまでやってきていた。ここから山海経に戻るのは大変だけど、そうするしかなかった。

 

 そして、逃げ延びた先の休憩できそうな岩場で、私は草鞋野さんに問いかけられていた。聖園さんは未だ、銃のセーフティを外していない。私のことを明らかに警戒している。

 

 あぁ、これはもう正直に話す以外、私がこの場を切り抜けることはできない。

 

 そして、話す以上、私は自分の身の上を嘘偽りなく告げなくてはいけない。

 

 この短い期間で十分にわかった。草鞋野さんは正義の人だと。さっきも、いきなり襲ってきた相手と争いを避ける方法を考えていた。こんな人がいるなんて信じられなかった。

 

 私のことを明かすということは少なからず私は、草鞋野さんに嘘をついていたことを告げることになる。もう、ワイルドハントに帰れなくなるかもしれない。

 

 それでも、これは打算でもなんでもなく、私は彼女に全てを明かして、それでもなお、この状況を一緒に打開してくれることを信じるしかない。

 

 何より、巻き込んだのは私だ。始まりが部員であったとしても、持ち込んだのは私であり、自分自身が招いた不正な行為は自分で始末をつけなくてはいけない。

 

 草鞋野さんの瞳は私を見ている。揺れていた。私の返答次第で、何かが彼女の中で崩れてしまうかもしれないように見えた。私は、あなたが思うような綺麗な人じゃない。それでも…物語の正義味方のように真っ直ぐな彼女に、私はもう、嘘をつきたくはない。

 

 私は、一歩、草鞋野さんから下がった。

 

 すると、聖園さんの手にある、芸術品のように整備されているサブマシンガンの銃口がこちらを向いた。

 

「ミカさん…!?」

 

「ミヨちゃん。そろそろ話してくれるかな──あなたが、何者なのか」

 

 このまま押し潰されそうなほどの威圧感があった。先ほどの山海経の生徒会長さんもそうだったけれど、一つの学校の生徒会長さんが本気で人を威圧するとこんなにもすごい重圧がかけられるものなのか。

 

「最初に……謝罪します。ごめんなさい」

 

「桜井さん……?」

 

「私が、シャーレを利用したことは、事実です」

 

「そ、んな」

 

「ふーん。で?」

 

「………私の目的は花を探すことではありません。草鞋野さん、シャーレを利用した人を探すためです」

 

 聖園さんの銃口が空を向く。

 

「どういうこと?」

 

「この目的を話す以上、私は──」

 

 考えてみれば、私たちは今舞台のバックヤードに追いやられたも同然。つまり、黒子に徹することができるかもしれない。あの山海経の門主がそれを狙ったかはわからないけれど。

 

 彼女は、独断だと言っていた。それはつまり、突発的な判断で起こされたことであって、いわばアドリブ。私をこの舞台に上げさせた相手からすれば想定外の事態を引き起こしたのかもしれない。

 

 だから、私は仮面を外す。

 

「──私は、もう、明かすしかありません」

 

 舞台から降りたなら、私自身をあなたに見せるしかない。

 

「私の、すべてを」

 

 




※投稿ミスでこの話の前が抜けていました。大変申し訳ありません。

お読みいただきありがとうございました。
次回はまた明日です。

本作での門主様は諸事情あって割と元気です。仕事人みたいでかっこいいですよね、門主様の衣装。
あとミヨちゃんが焦土作戦実行しそうな勢いですがこっちは特に原作と戦闘力は変わらないと思います。
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