頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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開発者コメンタリーでミヨちゃん試案というとんでもないものを見せつけられてしまった。


Area-09「山海経辺境 #密輸犯 #舞台裏 #距離感」

「この目的を話す以上、私は──私はもう、明かすしかありません。……私の、すべてを」

 

 月明かりの下、私の前で艶やかに銀色の髪をそよ風に揺らしながら、桜井さんは私を見ていた。まだ過ごした時間は少ないけれど、それでも私が守るべき日常の世界にいるはずの子が、覚悟を持った表情で立っていた。

 

 彼女はシャーレを利用しようとしたと言った。けれども、それは私たちシャーレを利用しようとした人を探すためだとも言った。

 

「話してもらえる?内容次第じゃ覚悟してもらうけど」

 

 ミカさんはナギサちゃんにも劣らない威圧感を滲ませながら桜井さんと相対している。私は口を開けない。

 

「……私のワイルドハントでの所属部活は、非公式ですが特殊交易部と言います」

 

「どんな部活なの?」

 

「ワイルドハントの規則が厳しいことはお伝えしたと思います。特に物品の持ち込みは他校であれば行き過ぎと捉えられてもおかしくないレベルです」

 

「で?」

 

「ワイルドハントではどんなに持ち込み禁止に指定されても物品の持ち込みをしたい人が多いんです。ですから、私たち特殊交易部は学院の目をかいくぐって校内に物品を持ち込み、生徒たちに渡しています」

 

「端的に言えば密輸?」

 

「はい」

 

 そんな……桜井さんが密輸犯?とてもそんなことをしているようには今も見えない。でも、彼女の目は真っ直ぐで、全く嘘が見えない。

 

「……幻滅しましたか?」

 

 桜井さんが僅かに目線を下げて私に言う。そんなことを言われても。

 

「………いえ、その、正直今は困惑が優っています」

 

 ヴァルキューレとしての私ならば追及をしただろう。

 

 SRTの生徒会長としては自治区内で処理すべき問題で介入する話ではない。

 

 シャーレとしては……まだ何かを言うには判断材料が足りない。

 

「ミヨちゃんがエリカちゃんに嫌われるかどうかは今置いといてさ。それで花の探索を頼んだのは誰?」

 

「依頼を直接受けたのは私ではなく部員です」

 

 部員……この言い方だと、桜井さんは特殊交易部とやらの部長なのだろうか。今こうして堂々と話している様子を見るに、かなりの胆力があるように思える。……しっかりしている子、という私の所感は間違っていなかった。それがどこで生かされているのか、今はあまり考えたくはないけれど。

 

「依頼を持ち込んだのはワイルドハント生ではなく、山海経で医者をやっている人物だと」

 

「お医者さん?」

 

 医者……どうして医者があの薬の原料らしきものを集めている?

 

「はい。ただ、依頼を受けさせ、私を利用してシャーレに探させようという意図がありそうだと私は推測しました。相手は私……桜井ミヨのパーソナリティを何らかの手段で分析し、私がシャーレに相談するように仕向けたと思われます」

 

「桜井さん。その根拠をお聞きしても?」

 

 落ち着いてきた。桜井さんに問いかけると、彼女は言い淀むこともなく話を続ける。

 

「依頼の仕方がダメ元でもあれば、という形に加えて依頼金額は私が無視することができない程度のものであり、最近緩くなり始めたシャーレへの依頼をするにはちょうどいい内容でしたから。相手は、シャーレという組織の信用と信頼を利用し、公然と静かに花を探させようとしたのでしょう」

 

 あぁ、そういうことか。シャーレの信用と信頼。つまり私たちが積み上げてきたものを利用すればどこの自治区にも入れる。そして、大ごとになることもなく当たり前のように捜索ができる。

 

 過去にこんな事件があった。公園でモニュメントの銅像が白昼堂々、工事業者を装い切断して窃盗されるという事件だ。あまりにも大胆すぎて誰も銅像を切断しているものたちが窃盗犯だとは気が付かなかった。

 

 今、私たちシャーレはその窃盗犯たちと同じだ。

 

「意味はわかったけどさ。それでなんでミヨちゃんはわざと罠にかけるような真似をしたわけ?放っておけばそもそも私たち巻き込まれなかったんだけど」

 

 ミカさんの指摘はごもっともだ。そこまでわかっていながらなぜ、とは思う。

 

「……利用されて黙っていられる人がいますか?それに、私たちの活動は秘密裏です。あと、私はこの部活解散したいですし」

 

 え、どういうこと。解散したい?

 

「あー、わかった。足を洗いたいけど、それも当然誰にもバラしたくない。だから自分の正体を知っていそうな相手を見つけたいってことかな?ミヨちゃん」

 

「流石ですね、聖園さん」

 

 ……つまり桜井さんはなし崩し的に密輸をし続けていて、その違法行為を辞めたい。でも、当然そのことが後で明るみになってしまうのも避けたいと。

 

 ただ、気になったことがいくつかあるけど、一番の問題がある。

 

「桜井さん」

 

 代理でもSRTの生徒会長である以上、私は再び警察官という身分を許された。カヤちゃんの厚意で託された。だから問わねばならない。

 

「あなたは私たちを利用した相手を見つけたら、どうするのですか」

 

 彼女の目的は正体を知っているであろう相手を見つけて、そのあとどうするか。私たちを前にここまで堂々と話すぐらいだ。相応のことはするかもしれない。それを止めるべきなのか、どうするべきかなのかは、彼女の話をまずは聞かなければ。

 

「……そもそも、私は正体を明かすつもりはありませんでした。私たち特殊交易部を使って、さらにはシャーレをも利用するような人です。簡単に姿を現しはしないと思います。でも、姿を現したら…その時点で相手は詰みなハズです」

 

「ふーん。なるほどね」

 

「ミカさんはわかるの?」

 

「うん。ねぇ、ミヨちゃん。ミヨちゃんはさ、私たちが何をしてシャーレにいるのか噂ぐらいは知ってるんでしょ」

 

 ミカさんからの問いに桜井さんは頷く。私たちの経歴をある程度知っている。私たちと出会ってから調べたのか、それとも……いや、これは考えてもしょうがないことだ。

 

「相手が姿を見せればミヨちゃんの勝ちなのはわかったよ。エリカちゃんがいるからね」

 

「え?私?」

 

「……生活安全局の狛犬。失せ物の発見率100%の生活安全局副局長。草鞋野さんのヴァルキューレでの活躍を知っています」

 

 なるほど。それならば私たちを利用した、と言った桜井さんの言葉も理解できる。

 

 いやいや、過大評価では。それにだ。

 

「桜井さんが私に期待していらっしゃるのはわかりました。ですが、今の私にはそんな力がありません」

 

「それはどういう」

 

「単純に事情があって過去のような戦闘力がありません」

 

「え。ですが、先ほども山海経の門主さんからわ、私を……お姫様抱っこして……助けてくれましたよね?」

 

「詳しくは話せないのですが、あんな力を何度も出すとどうなるかわからないんです。少なくとも心臓にかかってはいけない負担がかかっているので」

 

 なんでか桜井さんは狼狽えていた。

 

「エリカちゃん。言っとくけど、次はないからね。さっきどうだったの」

 

「心臓の音が異常におっきく聞こえたかな」

 

「しばらくダメだよ」

 

 ミカさんから叱られる。当然だ。

 

「す、すいませんでした!私のせいで、まさかそこまで」

 

 さっきまでの肝の座った様子から一転して、桜井さんがあわあわと90度に腰を折って頭を下げた。

 

「いえ、謝らないでください。事情がどうあれ、先ほどの状況でシャーレとして桜井さんを突き出せませんから」

 

「ですが」

 

「大丈夫です。本当に」

 

 うん。混乱はしたけど、こうして嘘ではなく本気で頭を下げられる彼女を見て私は確信する。桜井さんが抱えるものを見抜けなかったのは、私の今の状態から来る衰えなのだろう。それでも、私の経験から来る直感が、彼女は間違いなく真っ当な善性も持ち合わせていると感じている。

 

 なるほど。阿慈谷さんに似ているというミカさんの評はそうなのかもしれない。

 

 それに、私はどうしてか清澄さんの顔が過った。桜井さんの私たち前に尻込みせずに話してみせた姿を見て、彼女は芯の通った人なのだろうと思った。

 

「顔をあげてください」

 

 桜井さんに歩み寄り、彼女に声をかける。

 

 おずおずと彼女の顔が上がり、間近で見ると本当に彼女が密輸をしているなんて思えない。……辞めたい、と思うのは本当なのかも。

 

「私は大丈夫ですから」

 

「ひゃ」

 

「ひゃ?」

 

「いや顔近すぎ!」

 

「うびゃっ!?」

 

 げし、っとミカさんに後頭部にチョップを入れられた。

 

「ちょっと!なんで殴るの!?」

 

「当然でしょ。パーソナルスペースないの?エリカちゃん」

 

「いやこれは警察時代からの癖で……」

 

「ハァァァァ………」

 

「そんなおっきなため息つく!?」

 

「あのね、ミヨちゃん。こういう子だから」

 

「あ、あはは………わかりました。聖園さん」

 

 こういう子ってなに!?なによっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 桜井さんの隠していた所属についてはわかったので、次は今の状況とこれからどうしていくかを整理しなくてはいけない。

 

 その前に、だ。

 

「ミカさん。私は桜井さんに依頼をした人物を突き止めたいと思ってるけど、ミカさんは?」

 

 ミカさんは協力してくれるのかどうか。

 

 私が聞けば、ミカさんはきょとんとした顔をした。

 

「え?私そんなに状況見えないわけじゃないよ…?」

 

「ごめん。変なこと聞いた」

 

「ほんとに。ミヨちゃん。私は確かに面倒なことに巻き込まれちゃったな、って思ってるけど、ちょっとその花の話は放っておけないから協力するよ」

 

「すいません。本当に……」

 

 桜井さんが申し訳ないと肩を落としていた。

 

「えっと、それで、その、月光華……山海経の門主さんが言うほど危険なものというか、実在しているんですよね…あの口ぶりだと」

 

 けど、すぐに花のことを聞いてくる。私はまさか黄金の一滴の材料だとは思ってもいなかったけど。

 

 もう桜井さんは聞いてしまった以上、話すしかない。

 

「月光華…と呼ばれていることは私も初めて知りました。私は、その名前では知りませんでした」

 

 私は知っているどころか、現物を見たことがある。どこでといえば──先輩と最期の戦いをした彼女の花屋、その地下にあった研究所。そこで育てられていた金木犀に酷似した植物。

 

 当時の私は金木犀だと思っていた。匂いも花の形も、木の生え方も金木犀によく似ていた。けれど、あれこそが月光華。

 

「桜井さんはキュドモス事件のことはどこまで知っていますか?」

 

「週刊誌に語られていたこと……それと、噂で流れていたD.U.ニュータウンでの奇妙な生物による襲撃事件のこと」

 

「何それ?初めて聞いたよ」

 

 裏社会に流れた噂までは止めきれなかったようだけど、ミカさんのようにそんなところと縁がない人は知るはずもない。キュドモス事件。そう呼ばれる原因となった、D.U.ニュータウンでの最初の異変。人を襲う怪物、キュドモス。

 

「ミカさんは閉鎖区画……D.U.ニュータウンの跡地に一緒に入ったよね」

 

「うん」

 

「たぶん、連邦生徒会長が街を焼き払った理由の一つがそれ。あの街には黄金の一滴を作る過程で使われた実験動物が変異した化け物が住人を襲っていたの」

 

「漫画じゃないんだからさ〜……え、本当にそうなの?」

 

「本当だよ。桜井さんは黄金の一滴、という薬物のことをどこまで知っていますか?」

 

「よくは……噂では肉体がものすごく強化される代わりに副作用がすごいと……まさかその副作用で」

 

「人も一般的なアンプル10本以上はヘイローが破壊され、化け物となります。小柄な動物は数本で……私があの事件で戦ったものはネズミがほとんどでしたが」

 

 思い出すのもおぞましい。先輩がそうだったように、まるで木の実に足が生えたかのようなものに変質した実験用のラット。それが凶暴化し住民を襲っていた。重傷を負った生徒もいた。

 

「待ってエリカちゃん。今まで聞いてた話よりも更にヤバい薬じゃん」

 

「重ねて言うけど、だから連邦生徒会長が事故を装って街一つ消し飛ばして、私を使ってまでこの事件を表向きには葬り去ったんだよ」

 

「……現実では、起こってほしくない物語のようですね……」

 

 桜井さんが少し顔を青くしていた。うん。本当にそうだ。

 

「その……これは聞いてはいけないのかもしれませんが、草鞋野さんは、どうして副作用でヘイローが割れるとご存知なんですか」

 

 鋭い彼女はやはりそこが気になったようだ。

 

「待ったミヨちゃん。そこは聞いちゃだめ」

 

 話すしかないと思って口を開こうとしたらミカさんが桜井さんに釘を刺す。ごめん、ありがとう。でも、これを話さないと竜華会長があそこまで強引な手段を取った理由がわからない。

 

「ミカさん、ありがとう。けどこれを話さないと竜華会長が襲った理由がわからないと思う」

 

「いいの?」

 

 心配そうなミカさんの目に、本当にこの子は優しいと思った。感謝してる。

 

「桜井さん。キュドモス事件において死亡した生徒がいたことは知っていますね?」

 

「………はい。もしかして、それが」

 

「主犯と“された”絵庭元防衛室長。彼女の最期は何らかの理由で過剰に摂取した黄金の一滴による肉体の変態、それに伴うヘイローの破壊。化け物と化した絵庭元室長の暴力は凄まじいの一言でした。もしあんなものがばら撒かれればキヴォトス全体で同じ悲劇が起きる可能性があるんです」

 

 桜井さんが息を呑む。このキヴォトスで人の死は遠い。それが簡単に起こせてしまう危険な薬。その原料を探すことに利用されていたんだ。竜華会長が本気で襲ってきた理由もわかってもらえたと思う。

 

「山海経も当時、原料の一部を流していたということもあり、事件以降は厳重に管理されていると聞いています。加えて、黄金の一滴自体の作成方法も。……少し前にトリニティの事件に関連して作成方法と一部の材料が流れてしまったようですが」

 

「あー……あのババァが流したやつ……」

 

 ベアトリーチェなる怪人がアリウスで使用した薬。そして、先のクーデターでその類似品を使っていたカイザーPMC。見えない黒幕がさらなる薬の配布や研究をするために桜井さんたちに接触したのか。

 

「私、そんなことも、し、知らずに、す、すいません!すいませんっ!」

 

「いえ、まさか私もあの事件に繋がるとは思いませんでしたし、シャーレを利用してまでという相手が悪いですから。むしろ………これはチャンスかもしれません。あの事件の全容は未だに解明されていませんから」

 

「草鞋野さん……」

 

「逆に、桜井さんの力をもしよければ貸してください」

 

「わ、私にできることなんて」

 

「利用されたことに気がついて、逆手にとって相手の正体を探ろうとするなんて、桜井さんは才能がありますよ」

 

「……それは……その、喜んでいい才能なのでしょうか」

 

「もちろん。警察官は清廉潔白な思考で捜査することなんてできません。薬と毒が表裏一体であることがあるように、私たち警察官は犯罪を防ぐために自分ならどうするか、と考えることだってあります。先ほどの話を聞いていると、桜井さんはその才能があるように見えます」

 

 思わず彼女の手を握って言う。気にしないでほしい。そう込めて。

 

「あわわわっ。わ、草鞋野さん、ありがとう、ご、ございますっ」

 

 うーん。こんな恥ずかしがり屋な子がさっきまであんな堂々と話せていたのがちょっと嘘みたいだ。

 

「こほん。それで、これからどうするの?結果的にあの門主さんが私たち襲ったから、もうあの花を探せそうにないけど」

 

「確かにそうかもね、ミカさん」

 

 竜華会長がこのあと山海経全体に桜井さんを公開手配するかもしれないし、私たちは迂闊に動けなくなる可能性が高い。そうなれば花の探索どころではなくなる。というか、竜華会長の様子からしておそらく花は玄龍門が厳重に管理しているのだろう。手に入れるなら山海経そのものと戦う羽目になる。

 

 どうして山海経が根絶やしをしていないのか気になる。

 

 などと考えていたら桜井さんがおずおずと口を開いた。

 

「その……これは推測なんですけど、先ほどの門主さんは単独行動だと言っていました。月光華の危険性も考えれば、おそらくは隠密行動では……ないかなと」

 

「あーね。私も一人で処理できるならそうする気持ちもわかるかも。それにあの花のこと考えるとあんまり人に知られたくないだろうし」

 

「はい」

 

「それなら、竜華会長に事情を説明すれば……」

 

 竜華会長は決して話がわからない方ではないので、事情を話せば理解してくれるはず。が、それには桜井さんが待ったをかけてきた。

 

「いえ、ここはそのまま密かに探しているフリをしてもいいかもしれません」

 

「どういうこと?ミヨちゃん」

 

「わざわざ私たちを利用して物を手に入れようとしているわけですから、相手は私たちが入手した瞬間を狙って割り込んでくるはずです。そこで口封じができれば尚いいと」

 

 なるほど。確かにそうか。私たちはあくまで捨て駒。

 

「でもさ、じゃあミヨちゃんに頼んだ人がどうやってそれを知ろうとしていたかだよね」

 

「内通者がいるのかもしれません。山海経に」

 

「内通者潜り込ませるならその人に取り行かせればよくない?私だったらそうさせるよ、ミヨちゃん」

 

 ミカさんの言う通りだし、突っ込んではいけないがものすごい説得力がある。

 

「そうですよね………それとも………その内通者自体は身動きが取れないか、動いた時点でバレてしまうような立場……?」

 

「あー……わかったよミヨちゃん。私たちたぶん、ただの火種だね」

 

 何かミカさんはわかったらしい。

 

「どういうことですか?」

 

「私たちが騒ぎを起こせばその隙に内通者が目的のものを入手できるって算段かな。その規模も……洒落にならないレベルのやつ」

 

「洒落にならないというと…?」

 

「例えば……そうだね。山海経が転覆しちゃうぐらいのとか♪」

 

 冗談めかしくミカさんが言うと、桜井さんは考え込む。笑えない冗談を言われて、そこからこんな、まるで探偵のように考えている。すごい子だ。

 

「………そもそも前提が間違っていた?私たちは利用されたとしても、あくまで種の一つ?自治区そのものを混乱に落とすなんてどうすれば………」

 

「そんなの簡単だよ、ミヨちゃん」

 

「え?」

 

「今の生徒会を倒す──クーデターをすればいいんだよ」

 

 妖しい笑みを浮かべるミカさんはぞくっとするような艶やかさがあった。声は柔らかいのに、その奥に孕んだ暗いものを感じてしまった。もちろん、茶化すように言っているのかもしれないけれど……これが、エデン条約事件の時に先生が相対したミカさんなのかもしれない。

 

 桜井さんはミカさんの突拍子も無い話に目を丸くしている。

 

「…確かに、それしかないとは思います。ですが、そんなことを本当にする人は」

 

「山海経ってシャーレの資料とかで見たことあるけどさ、門主……生徒会長がかなり強い権限を持ってるみたいだよ。太陽が明るければ明るいほど影が濃くなるみたいに。歴史という時間をたくさん積み重ねたところは──その影が底抜けになるんだよ」

 

 トリニティとアリウスのことを言っているのだろうか、ミカさんは。

 

「ワイルドハントはどうなのかな?ミヨちゃん自身、本意じゃないけど体制には従ってないよね」

 

「で、ですが、私はそんな転覆させようなんて……」

 

「うん。普通はそうだよね。でも、そうまでしてもしたいと思うようなものがあったら?それが確実にできるって確証があったら?そうしたあとに──自分の立場が保障されるってわかっていたら?」

 

「み、聖園さん…もしかして、あなたは」

 

 桜井さんが半歩下がる。ミカさんの真に迫った語り口……いや、ミカさんがそうしてしまった事実を前に、私もたじろぐと同時に──もっと早くミカさんに出会えていれば、と思わずにはいられなかった。

 

「なーんてね♪元生徒会長として、そういうのも怖いなーって思うよってだけの話」

 

「そ、そうですか」

 

 とはいえ、あまり桜井さんを怖がらせてもしょうがない。ただ、ミカさんという“前例”の話を聞けて、私も考える。

 

 エデン条約事件は最終的な主犯としてゲマトリア……先生が対峙している怪人の結社の大人、ベアトリーチェがいた。ミカさんがいなければ私は最後のピースである黒幕の正体に気がつけなかった。

 

 それまではミカさんが内通者であり、それを利用していたアリウス分校そのものによる大規模なテロ事件だと考えていた。

 

 今はまだ、何も山海経では起きていない。これから起こる、起こすための火種の一つとして私たちはここに呼び込まれた。

 

「………何かを起こすにしても、まず何が起こるのかがわからないと、動きようが無い。情報収集も兼ねてこのまま引き続き花を探すしかない。そういうことですかね、桜井さん」

 

「は、はい。そうだと私も考えています。草鞋野さん」

 

「わかりました。ひとまず、山海経に一度戻りましょう。桜井さんの推測からいきなり拘束されることはないと考えて」

 

「あくまで推測ですので……」

 

「竜華会長が本気で私たちを捕らえるのなら先ほどのような確実性の低い手段は取らないと思います。それなのに単独で動いたのですから」

 

 もしかしたら、さっきの襲撃は私たちに何かを気が付かせるために……?ううん、わからない。なんとか直接話せればいいけど。

 

 じゃあ戻らなきゃ、と思ったらミカさんが携帯を取り出していた。

 

「ミカさんどうしたの?」

 

「え?普通に面倒なことになったから先生とかナギちゃんに相談しようと思って」

 

「…………それもそうだね」

 

 危ない。また報連相を怠っていた。そうだ、先生に相談すれば何か突破口が開くかもしれない。

 

 ミカさんは手早く先生に電話をかけた。わざわざスピーカーモードにして。先生はいつものようにワンコールで出た。

 

『ミカ?どしたの?』

 

「あ、せんせー!すぐに出てくれてよかった〜!」

 

『そりゃミカからの連絡だからねぇ』

 

「さっすが!それでね、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど〜」

 

 そこからミカさんが雑談するかのような軽い口調で今まで起こったことを伝えた。

 

 先生は最初こそ軽く相槌を打っていたけど、途中からちょっと声音が低くなった。

 

「──って感じでさ」

 

『うーん………まいったね。キサキがそんな焦るレベルって相当ヤバいな』

 

「エリカちゃんもそう思ってるみたいでさ。先生、何か山海経ってこれからイベントあるの?」

 

『いや何かお祭りとかそういうのは……ん?カヤ何か………えっ、マジで?』

 

 電話の向こうでカヤちゃんが何かを先生に伝えたらしい。

 

『あー、今聞いたんだけど、明後日ぐらいに山海経にレッドウィンターの子達が来て交流会があるみたい』

 

「何それ?」

 

『キサキからメールが来てたみたいで、その会のオブザーバーになってほしいって。さっきまで外出てて気がつかなったのよね』

 

 まさかその交流会を台無しにしようというのが相手の目的?

 

『急だけど明日山海経に向かわなきゃいけないから。カヤにはシャーレをお願いして、ニコに車で連れて行ってもらおうかなって。よければそっちで合流しようか?』

 

 私は一瞬、先生と一緒に、と思ったけどやめた。

 

「先生。ここは竜華会長と一緒にいてあげてください。事が起こるとすれば、山海経にこそ先生の力が必要かもしれません」

 

『………了解。エリちゃん。わかってると思うけど、無茶はダメだよ』

 

「善処します」

 

『いや善処じゃなくてね……まぁ、ミカ、頼んだよ』

 

「任せて!エリカちゃんがやらかしたらグーしてでも止めるから!」

 

 いやグーって。ほんとに拳を強く握らないでよ。

 

『よろしくね。じゃあ、みんなも気をつけて』

 

「はい。先生も」

 

『っと、切る前に……桜井ミヨ……桜井ちゃんはいるかな?』

 

「え、あ、はい。初めまして……」

 

『初めまして。私はシャーレの先生だよ。色々大変だったね』

 

「そんなっ。私こそ、お二人を巻き込んでしまって」

 

『大丈夫。シャーレはそういうところだからさ。あと、君に悪意がないことはわかるよ。もしあったら今頃、エリちゃんに捕まってるだろうからね』

 

「そ、そうなんですか?」

 

『ふふっ。そうだよ。君もあまり無茶はしないようにね。じゃあ、切るよ。お疲れ様』

 

「お疲れ様でした、先生」

 

 通話が切れる。まさかレッドウィンターと……。

 

「ふーん。なんだかあのときみたいだね、エリカちゃん」

 

「あのときって…」

 

「条約の時みたいだねって」

 

 それは思ったが、今回はあくまで交流会。何かを結ぼうという話ではない。それを妨害するような真似をして、黒幕は何か得があるのだろうか。いや、それを起こして火事場泥棒の類をしようというのか。

 

「エリちゃん………」

 

「はい?」

 

 急に愛称で呼ばれたので反応すると、桜井さんが肩を跳ねさせた。

 

「あぁっ!?すいません!」

 

「別にそんな。その呼び方でも大丈夫ですよ?」

 

「いえ、その、そういうわけではなく、知り合いにもエリちゃん、と呼ばれている方がいて」

 

「へー。まぁ世界には同じ顔の人が3人いるーって言うし。エリカちゃんと同じ名前の子もいるよね」

 

 世の中、同姓同名の人もいる可能性はある。私の苗字は流石に被らないと思うけど。名前ぐらいはありふれてるのでどこかに同じ名前の子はいてもおかしくはない。

 

「それでさ、どうするのエリカちゃん。このまま歩いて戻るんだよね?」

 

「車壊されたからね……」

 

 冷静になるとせっかくの新車がもうおじゃんである。財務室長に何を言われるか考えたくも無い。山海経は保証をしてくれるのだろうか。竜華門主ならそのあたり全部終わればなんとかしてくれそうだけど。

 

 先生は車で、と言っていたけどSRT用の指揮車はこの前のDINGO小隊の襲撃でも壊されなかったので、それで来るつもりなのかな。

 

 仕方がない、歩いていこうと覚悟を決めたところで、今度は私の携帯が鳴った。

 

「エリカちゃん電話」

 

「うん。誰からだろ」

 

 ポケットから出して見れば、見慣れた名前。志真副局長。つまりはコノカちゃんだ。

 

「草鞋野です」

 

『姉貴〜、お疲れ様っす』

 

「お疲れ様。どうしたの?」

 

『いや、山海経に今着いたんで、近くならちょっと飯でもって』

 

 そういえば、誘拐犯の身柄引き受けの件で。

 

 そうだ。もしかしたら頼めるかな。

 

「コノカちゃん、ちょっとお願いしたいことあるんだけどいいかな」

 

『なんすか?』

 

「今から指定するところまで車で迎えに来てくれないかな。護送車とか持ってきてるんでしょ?」

 

『なんかあったんすか』

 

「ちょっとね。車がそれで壊れちゃって」

 

『マジすか。なら迎えに行きますよ。……おう、ちょっと車借りっぞ…いやいや、遊びに行くわけじゃないって………すいません姉貴。行きますわ。モモトークで送ってもらっていいっすか、場所』

 

「了解。悪いね。何人ぐらいで来たの?」

 

『3人っす。公安局の手が足りないんで、姉貴の後輩二人借りましたわ』

 

「もしかしてキリノちゃんとフブキちゃん?」

 

『そうっすよ』

 

「悪いね。私が捕まえたやつを」

 

『そんな姉貴が気にする必要ないっすよ。そもそも、この前のカイザーのアレでウチも滅茶苦茶になってますし、その皺寄せっす。じゃあ行くんでしばしお待ちを〜』

 

「うん。ありがとう、コノカちゃん」

 

 通話を切った。よかった。タイミングが本当にいい。

 

「迎えが来る事になったよ」

 

「ほんと?タイミングがいいね」

 

「本当にね」

 

 このあと、それなりに時間はかかったけどコノカちゃんがヴァルキューレの護送車で迎えに来てくれた。本当に助かった。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
次回は未定です。

マイペースに書いてたら本物エリカも原作で実装が決定して嬉しい限り。そのうち登場させたいですね。
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「ゲヘナ最強の姉」ではなく、「ゲヘナ最強」の姉である。本人は別に最強じゃないというか普通に雑魚。見た目と振る舞いでなんとか取り繕っているだけの変態。▼そのせいか周りとは認識が異なるようで……▼このたび、猫型探索者様から素晴らしいファンアートをいただきました!▼【挿絵表示】▼ミツキとヒナが仲良くくっついていてかわいいですね。▼※掲載許可は頂いております。


総合評価:10546/評価:8.95/連載:112話/更新日時:2026年05月07日(木) 16:00 小説情報


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