頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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今回はこの話までです。


Area-11「六和閣 #玄龍門門主 #肩書 #猿の手」

「門主さまの、おなーりー!」

 

 私たち小隊の故郷のドラマでしか見ないような光景があった。ここは山海経の生徒会租組織が構えている六和閣という建物。その中にある山海経門主のお部屋。先生に連れられて入ることができた、本来であれば部外者が立ち入ることさえできない場所。

 

 こういうときは……跪いた方がよいのでしょうか。でも、先生はとても自然体です。格好もいつものラフなYシャツに黒のスラックス。とてもこれから自治区の最上位者に会うような格好ではない気がしますけど、なんでか先生がカチッとした格好をしているのも似合わない気がします。

 

 ……視線。周囲の玄龍門の構成員たちから敵意に近しいものを私たちに向けられています。銃口が向けられていないだけでいつ撃たれてもおかしくないぐらいのもの。サングラスをかけ、明らかに高価とわかるスーツを纏っている。

 

 身綺麗に見せるためのものではなく相手への威圧のための装いです。

 

 そして、部屋の奥からその人は出てくる。

 

「……っ……」

 

 産毛が逆立つような感覚。……草鞋野先輩が副局長や会長としての姿を見せている時に感じる上位者の威圧感。それとよく似た、それでいて底冷えするようなもの。なるほど、山海経とはどういう場所なのか、こういうことなのでしょう。

 

「急に呼び立ててすまなかったのう、先生」

 

 容姿は幼く、私よりも年下にしか見えないはずなのに、先輩以上の貫禄さえ感じる。彼女が山海経の生徒会長、竜華キサキ門主。この前の赤い空の異変のときは直接支援は叶わなかったけど、本部で円滑に話が進むような言葉をかけてくれていたとモエちゃんからの報告書には書いてあった。

 

 なるほど、まるで聳え立つ巨城のような雰囲気があるけど、同時に柔らかさもあるような気がする。思えば、あの事件で先輩を擁護してくれたとも聞いた。きっと、いい人なんだろう。吉野ニコ、私個人としては信頼したいな。

 

「いいよ、キサキ。気にしないで」

 

 竜華門主への先生の返答はいつもの通りの気さくなものだった。だけど、その声がこの部屋に響き渡れば周りの構成員たちは明らかに表情を固くしている。

 

 ……唯一静かなのは門主の横に控えている子。スラッとしていて、肩からスーツのジャケットをかけていて、前頭部にサングラスをひっかけている。携帯している武装は二艇のハンドガン。おそらく側近か、警備責任者。靴は磨かれているけれど使い込まれている。映画に出てくるような、という印象を受けるかな。でも、実態を伴ったものに見える。

 

「あのようなメールで不躾もいいところじゃった」

 

「いいって。シャーレはいつでもウェルカムだからね。それに、あんなことがあったばかりだし、できるだけ生徒の支援要請は受けるようにしてるんだ」

 

「そう言ってもらえると気が楽になるのう。して、今日、其方を招いたのは言う通り、玄龍門として支援要請をシャーレにしようと思っての」

 

「うん」

 

「明日からのレッドウィンターとの交流会、それに其方、シャーレにはオブザーバーとして参加してもらおうと思うての」

 

 一瞬、ざわりとしたような感じがした。ひそひそ、声もした。本当に決行するのかとか、門主様が決めたことなら意味があるはず、とか。山海経のデータはSRTとして確認したことがある。キヴォトスには多くの自治区があるけれど、その中でも最も排他的と言われるほど外部との接触が薄いということ。

 

 ここ最近、それこそ竜華門主に変わってからは多少風向きが変わったようだけど、なるほど。……まだ、ここは変わり始めたばかり、ということですか。

 

 先生も気がついているのか少し話しづらそうな顔をしていた。

 

「門主様の御前だ。厳粛に」

 

 乱れた空気を竜華門主の横に控えているスラッとした子が一言引き締める。これで一時的に静かにはなった。やっぱり、あの子は責任者なのだろう。

 

「ふむ………場所を移すとしようかの。妾の部屋であれば肩の力も抜けよう」

 

 え。山海経門主の私室!?そんな、絶対SRTどころかこのキヴォトスの誰もが入れないような場所に、先生がこんな簡単に招かれるなんて……!いえ、わかってはいます。先生に対する信用というのがどうやって培われてきたのか。

 

 それでも、ここまでのものだったなんて……一度でもシャーレ解体を企てたなんて、口が裂けてもいえません。

 

 それはともかく、門主の言葉は当然、玄龍門の構成員の方達にも爆弾発言だったのか、明らかに取り乱している子たちがいた。

 

「六和閣の私室に……?!門主様!外部の人間を招くとは!」

 

「お改めを!玄龍門の伝統としてそれは──ッ!?」

 

 半歩下がりかけた。龍が目の前に現れたのかと思いました。なんて気迫。

 

「──いつから其方らはそのような無礼を働くようになったのじゃ。シャーレは山海経の客人じゃ。先の萬年参、そして月光華の事件で先生がいなければどうなったか忘れたのかえ?」

 

「うっ……」

 

「其方らが云う伝統。報恩もまた山海経の伝統。其方らが妾の決定に異を申し立てるというのなら、その伝統に異を立てるに違いないと思うが?」

 

「そ、そんな、滅相もございません!申し訳ございません!」

 

 ひ、ひれ伏した……。なるほど、ここまでわかりやすい専制的な……いえ、そうまでしないと制御できないということなのでしょうか。

 

「部屋へは妾が案内する」

 

「も、門主様……!?よろしいのですか」

 

「よい。それよりもミナ、高速道の検問は明日より厳とするように整えを」

 

「御意に……」

 

「出も入りもじゃ。先の赤き空の異変で中央は今、体をなしていない。明日からの客人に万が一のことがあってはならぬからの」

 

 となると、山海経から出るのは交流会の間は難しいと。………先ほどの、先生、いえ、先輩からあったお話の件もあるので好都合ではあります。

 

「承知しました。……何かありましたらお呼びください、門主様」

 

「何も起こらぬ。先生じゃぞ?」

 

「……杞憂でありますね。失礼を。下がります」

 

 ミナ、と呼ばれた側近の子が手で静かに指示を出すと、構成員の方々は不承不承といった形ながらも素早くこの部屋から出ていった。

 

「では行こうかの。こっちじゃ」

 

 って、わ、私も行ってもいいのでしょうか。

 

「す、すいません!その、私は外にいたほうが……」

 

 慌てて私が竜華門主に声をかけると、彼女は先ほどまでの威圧感など嘘のように雲散した柔らかな笑みを私に向けていた。

 

「構わぬ。其方は草鞋野の後輩。我ら山海経はあの者へ、それこそ報恩などできておらぬ。せめて、これぐらいはさせておくれ」

 

 何も言えなかった。……そうだ。草鞋野先輩が罪を被ったことで、山海経は……。私は黙って頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 山海経門主の私室は確かに優雅さを感じるものだけれど、華美な印象はなかった。それより、この入った瞬間から漂っている匂いは……お香、なのかな。百鬼夜行で嗅ぐようなものとは違う。山海経ものってこうなのかな。

 

「私室に客人を招いたのはいつぶりだったか。茶を淹れよう」

 

「キサキの淹れたお茶か〜」

 

「そんなに楽しみかえ?其方SRTの……苦手なものはあるか」

 

「お茶は大抵のものは大丈夫です」

 

 先生はどうしてこんな平気そうに。私は恐縮してしまっている。

 

 それにしてもシャーレの先生の信頼と信用……正直に言えば侮っていたかもしれません。春先の頃の認識でいたらどうなっていたか。結果として今はこうして、SRT生として史上初となる場所に踏み入れている。

 

「そういえばこれはお香かな?キサキ」

 

「そうじゃ。正確には香薬になる。専門的な用語は妾も詳しくはないが……心身の疲れを癒す効果がある。錬丹術研究会からは必ず焚くように念をおされていてのう」

 

 先ほどの様子だと激務であることは想像がつくので、そのためのものでしょうか。

 

 竜華門主は手慣れた様子でお茶を淹れて、私と先生の分を用意してくれた。自然と先生と私は竜華門主と卓を囲むことになった。

 

「お主の名前を聞けていなかったのう。聞かせてくれぬか?」

 

「いえ、こちらも自己紹介が遅れました。SRT特殊学園、FOX小隊の副隊長をしています。吉野ニコです」

 

 一度席から降りて、敬礼をしつつ挨拶をする。私と竜華門主は初対面のはずなのに……まるで私を孫でも見るかのように優しげな目を向けてくれています。

 

「知ってのとおり、妾は山海経が門主、竜華キサキじゃ。其方に会えて嬉しく思う」

 

「私に……?」

 

「ふふっ。初対面の、それも自治区の長にこのように言われるのは気味が悪いのも仕方がない」

 

「いえ、そのような!」

 

「気にしてはおらぬよ。ただ、そうじゃの………草鞋野を生徒会長として其方らが認めていると知り、妾は嬉しい」

 

 先輩が生徒会長であることが嬉しい。その理由は──察しがつきます。そこまで、そこまで、恩義を感じていらっしゃるのですか、竜華門主は。

 

「キサキ。エリちゃんのこと、本当に心配していたんだね」

 

「……そうさな。草鞋野は山海経を守ったに等しい。しかし、それでも草鞋野に浴びせられたのは賞賛ではなく濡れ衣。妾はそれを払うこともできなかった。山海経の門主ゆえに……」

 

 何を言えばいいのか、いいえ、何も言うことなどできなかった。私たちFOX小隊がどうすることもできない過去の事件。史上最悪の結末を以て幕を閉じたあの事件を私たちは知らない。

 

「春、草鞋野が先生の下へと入り、それからかつての名声を取り戻していく様を妾は見ておった。そして、今再び吉野よ、其方らのように慕うものがついておる。もちろん、他にも多くのものが草鞋野の周りには増えた。……妾はだから、嬉しかった。勝手な話だがの」

 

「私も、同じ気持ちです。草鞋野会長は──いいえ、エリカ先輩は明るい場所で、笑顔でいてほしいですから」

 

 私、考えるより前に、普段ならしないような発言した。してしまった。それでも、口は勝手に動いていた。竜華門主は「そうか」と噛み締めるように頷いてくれていた。

 

「……吉野。其方のように、多くのものがあの者を繋ぎ止めてくれるのならば、安心じゃ。草鞋野はそうと望まずともその身を顧みぬ。のう、先生」

 

「そこはエリちゃんのいいところでもあり、悪いところでもあるし……まぁ、私も人のこと言えないね」

 

「似た者同士じゃな」

 

 くすくすと先生と竜華門主が笑っている。

 

「ふふ……さて、本題に入ろうかの。先生、先ほどのとおり交流会は賛否ある。いや、否のほうが多いか」

 

 空気が変わった。先ほどまでの柔らかな印象が竜華門主から消えて、言葉から重みを感じる。

 

 否の方が多いと仰っているけど、その通りだとはこちらも感じています。

 

「キサキも大変だね。山海経の門主は他自治区を呼び寄せて交流会なんてしない……ってところかい?」

 

「くふ。先生はわかるかの。そうじゃ。これまで歴代の門主もそのようなことはしなかった。吉野はわかるかの」

 

 まさか私が声をかけられるとは思いませんでした。竜華門主は私の目を覗いている。……そこまで重くはないのでしょうが、これは試されています。私が、草鞋野先輩の後輩としてどれほどのものか。

 

 問題に対して回答をするわけではなく、これはどのように感じるか。それを聞かれている。

 

「山海経の歴史の長さからすれば、その交流会はまさにこれまで静謐だった湖上に波紋を広げるようなもの、ということでしょうか」

 

「そうじゃの。そのとおり。そしてその波紋を広げたのは清らかな湖に煙を落とす墨。玄武商会のように来るものを拒まず…湖上に船を往かせるとは全く異なる」

 

 山海経が排他的という話はD.U.でも知られているけれど、これが実態ということなのでしょう。広間で語っていた伝統。交流会はその伝統という保全されてきた清流に新たな流れが混じるようなもの。

 

「人は変化を嫌がるっていうのは年取ってくるとさぁ、結構あるんよ」

 

「大人はそうなのかえ?」

 

「私はまだまだ小娘だけど、ババァになりゃそうなることもありえるかもね。個人的には山海経の子達には子供の頃からそういう感覚にはならないでほしーなーとは思うよ」

 

「ふふっ。そうさな、大人から見ればただの意地じゃろうて」

 

「いやいや、そこまでは思ってないし、私だって子供の頃はそうだったよ」

 

 先生の子供の頃……改めて彼女は過去の経歴が謎に包まれています。連邦生徒会長が指名し、シャーレの部長に就いた彼女。わかっていることはほとんどない。それでも彼女がこうして信頼を勝ち得てきたのは私たちに真摯、まるで年上の友達のようにも気安く、それでいて“踏み込まない時は踏み込まない“。

 

 私たち子供の、譲れないという部分は認めつつも軌道修正してくれる。そこが問題児たちからすればこれまでの押さえつける形で指導をしてきた各自治区の風紀委員組織やヴァルキューレとは違うところでしょう。

 

「私の子供の頃だとさ、よく通ってた蕎麦屋があったんだよね」

 

「蕎麦屋……ですか?」

 

「そ。そこがおいしくてさーおばちゃんが一人でやってたこじんまりしてて静かなお店だったのよ。……あ、ごめんねキサキ話逸らしちゃって」

 

「構わぬ。其方の身の上話などなかなか聞けぬからのう」

 

「ありがと、キサキ。それでその蕎麦屋のおばちゃんも歳でさ、引退して息子さんに変わっちゃったの。最初の頃はちょっと味が変わったかな、ぐらいだったんけどさ、段々と新しい店主になった息子さんの色が出てね。若い子向けのメニューとか、バズり目的のが増えて」

 

「商いゆえに仕方がなかったのではないかえ?」

 

「うん。そうだよ。儲かった方が当然いい……お店がなくなったら元も子もない。でもね、気がついたらお店は静かじゃなくなって、たくさん人がくるようになった。私が好きだった蕎麦屋はなくなっちゃったの」

 

「………それで、先生はどうしたんですか?」

 

「何も?別に私がどうされたわけでもないからね。ただ、寂しくはあったかな。知っていた場所が変わっていく感覚。今回、交流会に忌避感を感じている子は山海経の伝統がそれで変わっていくって思ってしまっているんじゃないかな。私は寂しさだったけど、人によってはその変化に恐怖を感じてしまうことだってあるよ」

 

「そうじゃの。先生が経験したそれは商い……守ってきたものを変えて行かねば進むこともできぬもの。しかし、山海経の伝統はどうじゃ?変わる必要はない。変えずともよい、守るべき良き慣習だと妾は思う」

 

 竜華門主の言いたいことは理解できた。自分たちの在り方を変えていくわけではなく……。

 

「玄武商会はその点において一歩先を行っておる。伝統を守りつつも新しきを取り入れておる。先生の話と比較すれば……旧来の顧客も満足できる業態を残しつつも、新規の顧客向けのものも双方潰し合わずに、といったところかの」

 

「ルミはそうだよね。結構色んなものにチャレンジしてるよね。シャーレに来ると色んな自治区の子に感想聞いたり郷土料理のこと教えてもらったりとか」

 

「それじゃ。伝統を守る。それは決して、変化を受け入れず化石のようになるのではない」

 

 山海経という自治区の指導者、そのイメージは改めたほうがよいのは間違いありません。保守的で専制……そんな噂さえあったけれど、彼女は全くそのような人ではない。先輩を気にされるのもわかる気がします。

 

「なるほどね。ただ、キサキの口からは言えないと」

 

「話が早いの。もちろん、皆は成すべき事を為しておる」

 

「一生懸命に、だよね」

 

「そうじゃ」

 

 あ……そうだ。私たちもそうだ。

 

 先生が、シャーレが現れた時。

 

「………ニコ?」

 

「いえ、考えさせられる話だな、と」

 

 私たちの知らない大人。それが、多くの市民や生徒たちに手を差し伸べ、問題を解決していく。私の先輩が、その大人の下に就いて、以前のように生き生きとしている。世界は変わっていないのに、私たちの中の世界は変わってしまったような変化に対して私たちはどうしただろうか。

 

 結果として、私たちは不知火室長の下で変わらない事を選ばずに変わっていく事を選んだ。守ってばかりでは──私たちの信じる正義は、いずれどこかで、正義とは言えないものになっていただろうから。

 

「SRTのことは妾も噂程度には聞いておる。環境こそ変わったが、それでも其方らは今も変わらずSRTのままなのじゃろう?」

 

 そう。私たちはSRTのままだ。取り巻く環境は丸きり変わっても、SRTのままなんです。オトギちゃんがDINGOの子達に言われたように、この道が正道ではなくても、それでもまだ、陽の当たった道を私たちのままで歩けている。

 

 どれだけ環境が変わっても、纏う制服が変わっても、歩む事を止めなかったエリカ先輩がそうだったように。

 

「山海経も──そうであってほしいと妾は願っておる。世界を識れば驚異に満ち、守るばかりで変化を恐れてしまっては、却って失ってしまうということを」

 

「端的に言えば荒治療ってとこ?」

 

「先生は相変わらず風情がないのう。吉野はそのあたりよくわかっておるようじゃが」

 

 苦笑いするしかありません。先生、時と場合を選んではいますけど、選ばなくていい相手にはとことんそんな感じですね。

 

「まぁそのようなところじゃな。そして、その交流会の招待文がこれじゃ」

 

 竜華門主が懐から一枚の文書を取り出し、先生に渡された。丁寧に畳まれていますね。先生はササっと広げて私にも見えるようにしてくれました。

 

 日付はどうやら数日前のあの異変以前のもののようですね。あんなことがあったばかりなのに開催をするのは決まっていたから、というところでしょうか。

 

「あれかなキサキ。この前の色彩の件があったからあえて予定通り、というところかな?」

 

「流石に先生は気がついたかの。そうじゃ。山海経は他の自治区……特に自治区内で大規模な戦闘があったトリニティなどと比べれば損害は無いも同然。よって、平常通りに振る舞い続けたほうが安定するのは自明。連邦生徒会が物理的に機能しておらぬからの」

 

「来月ぐらいにはとりあえず通常の窓口業務を復旧できると思うよ。リンちゃん……連邦生徒会長代理が言ってた」

 

「それはよいことを聞いたのう。あとで各所に伝えておこう。特にルミに。玄武商会は最近輸入も増えた」

 

「そうなんだ」

 

「うむ。話を戻そう。その手紙の差出人は見ての通り、山海経の門主からとなっておる」

 

 至って普通だと私は思いましたが、違うのでしょうか。……いえ、これが公文書だとしたら文書番号とかそもそも生徒会長の押印がない。自治区間の生徒会長同士が交わす正式な願い、協議の文書ではありません。

 

「この手紙は、公文書というよりはレッドウィンターの書記長に向けた私文書ということですか?」

 

「行政側じゃから理解が早いの。いかにも。通常、当然ながらいくら山海経が閉鎖的といえど、連邦生徒会への書簡は発生する。もちろん、その際は妾を決済者として文書を発行するのじゃ」

 

「あー、なるほどね。私もシャーレとしてたまに公式文書出すけど、文書番号取って出してる。確かにこの手紙、ほんとにただの手紙なんだね」

 

「それは其方らの言う通り、ただの手紙じゃ。レッドウィンターは正式な回答文書を送ってきたがの」

 

 ひらりともう一枚の紙を竜華門主は私たちに見せます。それはレッドウィンターの校章も入ったちゃんとした回答文書でした。レッドウィンター側にどういった意図があって応えたのかはわかりませんが、そこには確かに交流会に賛成する内容が記載されていました。

 

「ということは“玄龍門”はちょっとこの交流会」

 

「反対とまではいかぬが大半は案じておる」

 

「失礼しますが、大半ということは」

 

「もちろん、敬遠しておいる者もおる。妾個人の独断が通るのも妾が玄龍門の現門主であるが、玄龍門の門主は決して妾個人のものではないからの」

 

 その発言を聞き、私は鱗が落ちたような感覚だ。私たちの立場は、私たちの持つ肩書は決して、私、吉野ニコのものではない。SRTの持つ、シャーレに近い強権はあくまで、連邦生徒会のもの。

 

「先生、なんじゃその手は」

 

「今必死にキサキを撫でようとするの止めてる」

 

「………そうかえ」

 

 先輩から聞いてますけど先生、こういう方のこと褒めたりするの好きなんですね、本当に。

 

「んんっ。まぁ褒められたと思うとそれはそれで悪く無い気分じゃの。先生、よって妾はこの場で改めて、シャーレに支援要請をする。レッドウィンターとの交流会、手伝ってほしいのじゃ」

 

「いいよ」

 

 私の頭の中で、クルミちゃんが「軽っ!」と突っ込んだ気がします。竜華門主は慣れていらっしゃるのか特に調子を見出したりしていません。……内容はそれなりに重い気がするのですが、なんでしょう、先生の応答が深刻じゃなさそうなおかげで、これから困難が待っている、という気になりません。

 

「妾も玄龍門も交流会どころか、他の自治区の会長を招くなど慣れておらぬ。シャーレならばその辺りの作法も知っておろう」

 

「別に作法なんてないと思うよ。来るのがチェリノなら山海経を知ってもらえばいいんじゃないかな」

 

「無論そのつもりじゃが、やはり彼女は純粋な娘なのじゃな?」

 

「うん。側近の子達もしっかりしてはいるから、普通に観光する分なら穏やかに交流会できると思う。大丈夫だよ、キサキ」

 

「其方がそこまで言うのなら信じよう。そうであるのなら荒波立つこともあるまい」

 

 レッドウィンターの蓮河チェリノ書記長は先輩が懐かれていると聞いたことがあります。それに、危険人物としてリストに上がっているのはチェリノ書記長ではなく、その補佐……右腕とされる佐城トモエ秘書室長。

 

 とはいえ、彼女もアウェーで無理をするような人ではないはずです。というより、レッドウィンターの生徒がSRTからマークされるほどの迷惑行為を他自治区で起こすことはほとんどありませんから、先生の所感は信じられます。

 

「但し……足許がそうはいかぬ状況じゃな」

 

「エリちゃんたちのことかな」

 

 竜華門主の目が一瞬見開かれた。昨日、竜華門主は先輩たちを襲撃した。その事実を先生はここまで話そうとはしなかった。山海経へ移動中に聞いたこと。

 

「知っておったか」

 

 バツが悪そうな竜華門主に、先生は咎めるような表情を──することもなかった。

 

「キサキ、別に叱るつもりはないよ。ただどういうつもりなのかは話を聞きたくてね」

 

「話そう。妾も隠し立てるつもりなかったのでな。……昨日、妾がしたかったのは草鞋野たちと同行しているワイルドハント生の拘束と尋問じゃな」

 

 さらりと穏やかではない言葉が出てきた。ワイルドハント芸術学院の生徒を拘束、それも自治区の長自ら。大きな外交問題になりかねない。それでもしようとしたのは──黄金の一滴が絡んでいるから。

 

「ミヨって子は一応、連邦生徒会のデータベース上でもおかしな様子はなかったよ」

 

「そうじゃろうな。妾も直接見た限り、あの者はただ使われただけじゃ。問題は誰がそれを依頼したか」

 

「キサキは心当たりあるの?」

 

「でなければ、他校の生徒を拘束などという山海経に対してのリスクを負わせるような真似せぬよ」

 

「私は見当つかないけど、一体どんな子なのかな」

 

「申谷カイ。かつての山海経、錬丹術研究会の会長であり、妾自らが追放し矯正局へ放り込んだ。……今では七囚人などと呼ばれておるようだの」

 

 そんな……!七囚人の申谷カイ………っ……いえ、そうです。あの事件、キュドモス事件で山海経からは黄金の一滴の原材料の提供があった。まさか。

 

「竜華門主……!まさか、申谷カイはキュドモス事件に関わりが」

 

「関わりなど易しいものではないの。彼奴こそ絵庭サロネに黄金の一滴、その原材料を渡した者。そして今も何らかの暗躍を続けておる。エデン条約事件じゃったか?あの事件で使われた黄金の一滴には、カイの手癖が僅かにあった」

 

「そんな…!」

 

「カイはかつて山海経で仙丹を作ろうと躍起になっておった。その過程でどれほどの生徒が犠牲になったことか。どのような繋がりかは妾でもわからぬが、絵庭サロネ……薬学系の学園の生徒会長だったあの者とは元から交流があったようじゃ」

 

 先輩はこのことを知っているのだろうか。絵庭元室長と申谷カイに繋がりがあったなんて。……知る前に、連邦生徒会長が隠した?SRTにさえ、そのことは伝わっていない。

 

「吉野が知らぬのも無理はない。表向き、カイの追放は仙丹製造の過程で多くの生徒に危害を加えたことじゃからの。知っているのは玄龍門の構成員ぐらいじゃ」

 

「確か、エデン条約の時にキサキたちが管理してる原料が盗まれたんだよね」

 

「あれは確かな失態じゃ。カイの影響力を見誤っておった。玄龍門も未だ蝕まれていたとは思わなんだ」

 

 私たちFOX小隊もあの事件中に黄金の一滴を服用したアリウス分校の生徒と交戦している。噂に聞くオリジナルと全く変わらない効果を発揮していたのは申谷カイが関わっていたから?…戻ったらユキノちゃんたちにも話さないと。

 

「あのとき盗まれた量からしてそろそろ枯渇してきておるのはわかる。追加で入手しようとしてワイルドハントの生徒を利用したのじゃろう」

 

「実を言うと、アリウスの子からその薬の入手時の話を聞いてね。2本渡してそのあとアリウスで製造したらしいんだけど、材料も一緒に渡してたのかな?そのときに」

 

「それなりの量が持っていかれたからの。そうじゃろうな。アリウス産のものはおそらくカイが手を加えたか再現したレシピをつかったのじゃろう」

 

 これは、本当に私一人で聞いていい話なのでしょうか。今すぐにでも草鞋野会長にお伝えして、SRTとして申谷カイを捕まえなくてはいけない。あの薬を作れる、材料を入手すれば誰でもできるようにまでして。

 

 そして、あのクーデターでカイザーにも類似品が提供されている。

 

「先生。キヴォトスの危機に該当する事態です。草鞋野会長にお伝えしてSRTに指示を」

 

「落ち着いてニコ。原材料は山海経でしか取れないんでしょ、キサキ」

 

「そうじゃ」

 

「なら、防ぐしかないわけだ。それに……あのエリちゃんが捕まえた誘拐犯が向かおうとした先、気にならない?」

 

 先生がまた一つ新しい話を展開する。ここへと招かれる前に先輩から先生に伝えられた志真公安副局長が山海経内で捜査をしたいという話。そこに、私も同行してほしいという。

 

「あの誘拐犯か。玄龍門に捜査を指示したかったが、交流会を前にできなんだ。引き渡しの件も今朝方追い返したと報告を聞いての」

 

「犯人引き渡しには応じてくれる?」

 

「妾個人としては問題ないのじゃがな」

 

「それならシャーレの権限でキサキにお願いするね」

 

「……思い切りがいいの。わかった。それならば山海経は従わざる得ない。あとで指示をしておく」

 

 そんなあっさり……竜華門主が言いづらいのを察して先生はわざと悪者になるようにシャーレの強権を行使していた。これが大人のやり方、ということなのでしょうか。

 

「して、あの誘拐犯の向かおうとした先をどうするのじゃ?」

 

「ヴァルキューレの子が探したいみたいだからさ。一応、シャーレの生徒を付けるから自治区内の捜査を許可してくれない?」

 

「シャーレの生徒とは誰じゃ?草鞋野か?」

 

「いやここにいるニコだよ」

 

「SRTの生徒じゃったはずだが?」

 

「私がお願いをするからね。シャーレ当番の子って当番の時は一時的にシャーレへ所属することになってるんだよ」

 

「そういう使い方ではあるまいの、先生。本来は先生の監督責任というところからじゃろう」

 

「キサキは察しがいいね。そう、何かあっても私の責任になるようにそうしてる。それを恣意的に運用しようとしてるんだよ今」

 

「先生。本当にお主はそういうところを厭わぬの」

 

「悪いことはしてないからね。それに、生徒からの頼みだからさ……都合よく、ここは結果がよくなるように過程を省こうかなって」

 

「まったく狡い大人じゃ。よかろう。今、山海経は動けぬ。玄龍門の門主としてヴァルキューレの捜査を受け入れよう」

 

 スムーズに、私が志真副局長と一緒に捜査できる状況が整ってしまった。これが大人の……いいえ、今の流れは先生と竜華門主、それぞれは信用信頼しているからこそできたものでしょう。

 

「吉野。妾からも頼む。もしあの薬の関わるものであれば、本来は妾が始末をつけるべきもの。すまぬ」

 

 私は再度、竜華門主に敬礼した。

 

「全力を以って捜査します」

 

「頼りになる限りじゃ。では、一度この場はお開きとしようかの。明日からは頼む、先生」

 

「うん。こっちも任せて」

 

 

 

 

 

 

 

 ワイルドハント自治区、そのとあるカフェにて、その女性は山海経産の茶葉を使用した紅茶を口にしていた。服装こそ洋装であったが、黒と白に分かれた髪は目を引き、加えてゆったりとした服であっても隠しきれない豊かな身体付きが羨望の目を引いていた。

 

 彼女は手に持った携帯の画面に映った画像を見ていた。

 

「醜悪だね」

 

 そして、静かに嘲るような声音でそう言った。

 

 その声は目の前の、旅装の山海経の生徒に向けられていた。

 

「これが君たちの成果かい?」

 

「は、はい。カイザーの研究で月光華無しでも……」

 

「あの薬は月光華抜きでは意味がない。それに、アレは仙丹にはなりえない」

 

「……!」

 

「用方用量を守ればただの強力な栄養剤でしかない。100倍に希釈し服用すれば半死人も蘇る。そういう薬だよ」

 

「そ、そんな」

 

「そして、あの薬はただ一人のためのもの。私の目指すものとはまるで違う」

 

「し、しかし、会長は以前あの薬を作るために」

 

「あれは使えそうなシンパになりそうだから願いを叶えただけさ。もっとも、今はどこにいるのか」

 

 女性の目の前にいる山海経の生徒は愕然とする。

 

「では我々の同志は…なんのために」

 

「ふふ。少なくともあのときは山海経への望郷がなかったと言えば嘘になる。今はもうないがね」

 

「そ、そんな」

 

「……しかし、月光華自体にはまだ使い道がある」

 

「え」

 

 女性は携帯をポケットに仕舞い込み、紅茶を一口に飲み干す。

 

「君たちがやっていることはセント・シリウスの後追いだ」

 

「これが…ですか……!?」

 

「もっとも手遅れのようだが。ただ古巣のよしみもある。一つ、頼まれてくれるのなら、軌道修正ぐらいはしてあげよう」

 

「……軌道修正……?」

 

「君の目は野心に溢れている。もう、私など本当はどうでもいいのだろう?」

 

「け、決してそんな」

 

「最初はそうだったのかもしれないが、目的は変わったのだろう?なに、咎めてはいないさ。先輩として後輩の成長は嬉しい限りだよ」

 

「…………」

 

「それで、どうかな?」

 

「…………」

 

「うん。いい子だ。それじゃあ頼むよ」

 

「しかし、どうすれば……あの条約の時に、内部の手は」

 

「君も覚えなくてはいけないことがまだあるね。手段は選ぶ必要はないだろう。仕方がない……アドバイスをしよう。君は、シャーレという組織のことを知っているかな?」

 

「知っています。……あの竜華キサキが懇意にしている」

 

「彼らを使えばいい」

 

「彼らを?」

 

「時に、この自治区では最近、シャーレに対するガードが甘くなったらしい。理解に苦しむが」

 

「つまり」

 

「君は察しが良さそうだ。そう。何も君自身が頼む必要はない。あとは、わかるだろう?」

 

「……はい」

 

「特殊交易部なる部活がこの自治区には存在しているらしい。首領の正体はわからないが、かの“教授”にも匹敵しうるように見える。しかし、即物的な衝動もあるようだ。それとなく、望み薄であると言いつつ声をかけてみれば動くだろうね」

 

「………やってみます」

 

「うん。そうだね。地位は……本当のことも交えてみるといい。例えばそう──山海経で医学に携わるものだとか、ね」

 

 女性の対面に座っていた少女は会釈をして静かに立ち去っていく。その様を見届けながら、女性は口元を釣り上げた。

 

「盲信。君自身はもう私も、自分自身も見えていない。だから自身がただの人形であることにも気がつけない。悲しいね」

 

 悲しさなど微塵も感じさせずに彼女は言う。

 

「ただ、成長は認めよう。セント・シリウスの二の舞は悲しいが、それはそれで、あの学園のかつての技術力に独学で近づいた証拠に他ならない。先輩として嬉しいのは本当のことだよ」

 

 くくっ、と彼女は嗤う。

 

「もっとも、私はあれを醜悪と思うことには変わらない。もはや軌道修正も不可能。キサキ、残念だねぇ。私が戻った頃に山海経はなくなっているかもしれない」

 

 ソーサーにカップを静かに女性は置いた。

 

「望郷の念がなくなった?ふふっ、そんなわけはない。ただ、私は重しになるようなものはいらないんだ。すまないね」

 

 それは謝罪ではなく、勝手に自身に期待する愚人たちへ吐き捨てたものだった。

 

 




お読みいただきありがとうございます。次回は未定です。

某申谷さんは髪下ろした流れの姿とか、えぇ、結構好きなんですよね。
キサキの先生に対する親愛度は結構高めです。主人公ちゃんを偏見なくシャーレに入れてくれたので。
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