コノカちゃんと話をした午前はあっという間に過ぎて、気がつけば午後。お昼は露天で済ませた私がホテルに戻れば、ミカさんと桜井さんはホテルの1階にある食堂でお茶をして待っていた。
うーん、華があるなぁ。割って入るのに少し躊躇するぐらい。
「二人とも、休めた?」
「はい。おかげさまで。草鞋野さんは?」
「私も十分ゆっくりできましたよ、桜井さん」
「ほんとに?」
「ほんとだってば、ミカさん」
ジト目で見られても困るんだけど……。
「ミヨちゃん、エリカちゃんの耳がピクピクしてるから嘘だよ」
「え…可愛い……じゃなくて、そうなんですか?」
「ほんとにゆっくりできたってばぁ!」
「絶対嘘じゃんね」
「うぐっ……すいません。元同僚と打ち合わせしてました」
ダメだった。でもさぁ、キリノちゃんたちの顔も見れたし、それで心はやすらいだんだよぉ。
というか桜井さんに私の癖教えないでほしい。
「打ち合わせですか」
「はい。ヴァルキューレ側も例の誘拐犯を連行する前にここで捜査の必要があるので」
話しつつ、椅子に座る。丸いテーブルを囲う形となる。飲み物を頼もうと思えば、すぐに桜井さんが店員さんを呼んでくれた。なんて気の利く子なのか。お茶を頼み、それが来てから私は話の続きを始めた。
「あちらはあちらで、闇バイトの拠点の目星は付けたいところです」
「目星だけ?」
「ここがD.U.ならコノカちゃん……今来てるヴァルキューレの子がやるだろうけど、山海経だからねここ」
「大変だね。SRTならそのあたり無視できないの?」
「あのねミカさん。私たちSRTは基本、疑い程度じゃ動けないから。特に他自治区への介入はかなり筋通さなきゃダメだよ。連邦生徒会長がいないんだから」
「その言い方ですと、連邦生徒会長がいらしたら介入できるのですか」
桜井さんが指摘してくる。そう。できてしまうのだ。
「昨日の話じゃないけど、いればとっくに山海経をどうこう──んぐっ」
「ミカさん。軽率にそういう言い方はしないでね」
事実といえど山海経の中でそんな発言は流石にまずいのでぱしっ、とミカさんの口を塞ぐ。なるほど?ロールケーキを突っ込みたくなる気持ちがちょっとわかったぞ。いやナギサちゃんがそんな真似をするはずはないんだけどさ。噂で聞いただけ。
ミカさんが不満げな目で見てくるけど無視。
「ぷは、じゃあどーゆー言い方がいいんですかー草鞋野せんせー」
「小難しい話し方でもすればいいんじゃないかな」
「なにそれ。もしかして私が普段アホっぽいって?」
「いやそうではなく。…少なくとも私より生徒会長としての威厳ある姿出せるんだからナギサちゃんみたいにすればいいんじゃない」
「えー……ナギちゃんみたいに話すの肩凝るんだけど」
「出来はするんだ」
「そりゃあ幼馴染だし。あ、もしかしてエリカちゃん恋しくなっちゃった?飼い主」
その言い方はやめて。なんか桜井さんの目が興味半分引き半分って感じになってる。あとまるで私がナギサちゃんの飼い犬のような表現は不適切………ではないのかもしれないがこういう場では言わないでほしいよ。
違う、とミカさんに目線を向けつつ、私は桜井さんに顔を向けた。
「話を戻すよ。……桜井さんのご指摘通り、本来であればできる立場ですが、現在SRTの置かれている立場は春先の閉鎖時にはなかった形でかなり悪くなっているので、大々的には動けません。ヴァルキューレから睨まれていて…」
「深くはお聞きしませんが、下手に動いてしまうと却って縛られるようになるということでしょうか」
「そう思ってもらって差し支えないです」
理解の早い子で助かる。
「でも、ニコちゃんは行かせたんだよね。シャーレの先生の補佐でいるからシャーレの生徒で、そこから支援要請を受けて協力するからSRTじゃないってこと?」
「そのとおりだよ、ミカさん」
「ふーん。先生とか結構好きだよね、そういう小細工というかさ」
「そうだね。時々グレー過ぎること考えてるからちょっと心配」
「まぁ、シャーレだもんね。正道だけで支援要請できないし、気にすることでもないね」
だいぶミカさんもシャーレ流に染まりつつあるというか、よく言えば柔軟なこのやり方はミカさんの肌に合っているようだった。ナギサちゃんのところで静養していた時に聞いたけど、指導者としてのミカさんはわりと柔軟らしい。
だからこそアリウスとの和解しようとしたわけだ。
「それで、今日はこれから予定通りまた花探し?エリカちゃん」
「そうだね……」
予定通り、情報収集も兼ねて再び花探しをするしかない。しかない、のだけど、私はこのままでいいのかと引っかかっている。桜井さんを利用しようとした相手。仮にそれがあの七囚人、申谷カイであるのなら、果たしてこのまま何かが起きるまで待っていて、いいのか。
しかし、先手を打とうにも手立てが……。
「エリカちゃん、自分だけで考えないで私たちにも考えを話してほしいな」
「……あ、ごめん。ミカさん」
「いいよ」
いけない。今は一人でいるわけでもないし、ミカさんがいる。ただ、ここで七囚人、それも申谷カイのことを話すのは良くない気がするので、流石に場所を変えようかな。
「出よう。話しながら歩こう」
お茶を飲み干す。すっかりぬるくなっていた。
ホテルから出て歩きながらコノカちゃんとの話しを二人に伝えた。申谷カイが絡んでいる可能性がある、というところで流石のミカさんも顔を顰めた。
「ミカさんはやっぱり七囚人知ってるね」
「一応生徒会長だったし?……けどさぁ、その人はなんかヤバそうな感じがすごくて気持ち悪いというか」
「被害が洒落にならないからね」
「そうそう。クスリとかそういうのはトリニティではほぼなかったけど、だから七囚人の指名手配情報聞いた時はナギちゃんとか過剰反応してたし」
「過剰反応っていうと」
「ちょうど条約に向けての話もあったから、締め付けかな。実際それでアウトな資産家とか会社潰したし」
あぁ……もしかしなくてもあのハルナと潜入した闇オークションが潰された背景にはエデン条約絡みだけではなくそんな背景があったのか。
「もう大変だったんだよ?恨みも買うし」
「でもナギサちゃんが逆恨みで何かされたりなんてなかったね」
「抑えたの正実だから。ツルギちゃんがいる以上は変なことしようとは思わないでしょ」
「あぁ……そういう……」
納得だ。剣崎委員長がいるからね。それで元資産家はハルナの方に手が出たわけか。今更だけど色々繋がった。
「それで、ミヨちゃんに仕事を頼んだがその申谷とかいう人なの本当?どうなの、ミヨちゃん」
「私もよくは……部員が接触した限りでは山海経の医療関係者と自称していたと」
「容姿など何か特徴は?」
「着込んでいて顔はわからなかったそうです。ただ、大人っぽい方ではあったそうです」
「怪しすぎるんだけど」
ミカさんの反応はわかる。そのまま受け取れば変装か何かをしている申谷カイだったのかと思う。しかし、ヴァルキューレ副局長以上のクラスのみに共有されている矯正局からの報告書にあった限り、あの申谷カイが直接手を動かすとは考えづらい。
山海経の自治区内にシンパが残っている可能性もある。
「……草鞋野さんは、違うと思っているんですか?」
思わず足を止めた。桜井さんが真剣な表情で私に問いかけている。本当に彼女はまるで探偵のようだ。
彼女は密輸犯。以前の私であればその両手首を結んでいたであろう相手のはずなのに、むしろ私が彼女の目を見つめ返すことにささくれのような抵抗感がある。
「えぇ、桜井さん。私は特殊交易部の部員さんに声をかけたのは本人ではないと思っています」
今回の支援要請の発端である満月の夜にしか咲かないモクセイ──月光華と呼ばれる黄金の一滴の原料の花。その捜索を依頼した人物が申谷カイでない可能性は高い。何故そう思うのか。
「ふーん。慎重派なんだね、あの申谷とかいう人。でもシャーレを使うってリスクを考えればわかるかも」
そう。ミカさんの言うとおり、リスクが高過ぎるのだ。桜井さんを利用し、シャーレを使う。それはいい。だが、こっちにはまずもって先生がいる。普段、先生は私たち生徒が多少の“おいた”をしているぐらいなら見逃すというか、ある程度は泳がせている。取り返しがつかないラインを見極めて。
だけど、本気の悪意とか、そういうものがある時は話が変わる。容赦がない。ベアトリーチェがいい例だった。あれは大人だったが。
加えて、ミカさんや今はSRTの生徒だってシャーレに協力している。勘づかれた時点で申谷カイは終わりなのだ。だけど、相手は事実としてシャーレを利用し、山海経に来させている。
「……すいません。私の考えが甘かったかもしれません」
「どういうこと、ミヨちゃん」
「聖園さん。私は最初、特殊交易部とシャーレを利用した相手は私たちを人形のように糸で操ろうとしているのかと考えていたんです。この山海経という舞台で」
桜井さんが語り出す。言いたいことはわかる。まさに駒として利用されていたのだから、私もそう考えていた。人形を操る黒子は舞台にいない。まさに影。その影に依頼主はいるのだと。
しかし、桜井さんはそれが違うという。
「この、今回の事態の………黒幕とも言える存在はただの傍観者です」
「傍観者、ですか?」
「はい。先ほどの聖園さんのリスク、という言葉で思ったんです。糸で操る人形は当然、人形師の手元の糸で操っています。だから糸を辿れば人形師がわかってしまう。今回の人形は私、そしてこの依頼をした人物」
「でも違うの?ミヨちゃん」
「短い間でしたが、草鞋野さん、そして聖園さんの手にかかればこの黒幕に手を伸ばすことは十分に可能だろうと思ったんです。……犯罪にはかならずその“舞台”を用意した脚本家の癖が出ます。草鞋野さん、そうですよね」
「劇場型犯罪……ということでしょうか。そういうことであれば、わからなくもない話ですし、独特のスタイルを持っている相手がいるのは事実です。慈愛の怪盗などいい例でしょう」
慈愛の怪盗──清澄さんの独特の美学は彼女の手口に反映されている。彼女以外にはハルナだって爆破するには一定のラインが実はある。世間での噂と違い美食研究会はところ構わず爆破していないのだ。認めた店にはお墨付きと言わんばかりに、何様なのかシールを勝手に貼っている。
獣人の警察官の間ではそういった手口に出る癖は“臭い”なんて言ったりする。
あぁ、そうか。なるほど。桜井さんの話で私は合点がいった。
「………なるほど、無臭ですか。桜井さんの言葉を借りるなら、申谷カイの手口は本人の癖がない」
「えぇ。まるで神様みたいに石を落として、湖面を叩いて出た波紋を眺める。本人のアクションはあくまで石を落とすことだけ。あとの波紋は石と水が起こしたもの。だから人形劇を見ている観客、傍観者。私たち特殊交易部に頼んだ人物の、その更に先に申谷カイ……彼女がいると仮定しての話ですが」
“猿の手”。申谷カイの報告書に載っていた山海経内での評価。確か、願いを叶えるけど、手痛いしっぺ返しが来るという伝説からとったというものだ。実際のところ、被害にあった生徒たちは皆、申谷カイが直接手を下したわけではない。
被害にあった生徒が望んだ。だから薬を処方した。そして、その生徒が問題を起こしたり、重篤な健康被害を受ける。だけど、それを望み、行動したのは被害者自身。
有り体に言えば申谷カイは教唆が主な手口だ。
ミカさんもわかったのだろうか。明らかにうんざりとした顔をしている。
「じゃあ今回の何?ミヨちゃんたちに頼んだやつ捕まえても意味ない感じ?」
「……どうなんでしょう。草鞋野さん」
「いえ、教唆というものも罪には問えます。ただ……今回は物探し。今のところはなんとも」
厄介なことこの上ない。そして、本当にそうならば野放しにしてはいけない相手だ。
……先生は、そんな相手も生徒として、手を差し伸べようとするのだろうか。
私にはそのようなことができるかは、わからない。
「まぁ仮定の話なんでしょ?私たちがすることは花を探してるフリして、その“お人形さん”を捕まえればいいんじゃないの」
「そうだね。そうするしかないと思う。今は」
申谷カイが関わっているかは仮定の話だ。私たちが防げるのは月光華の流出を阻止することで、桜井さんに依頼した人物を止めること。
「花についてですが、昨日のことを考えるとこの自治区で管理されているのではないでしょうか」
再び歩き始め、話は花探しに戻る。桜井さんの言うとおり、竜華門主の昨日の様子からして月光華は玄龍門管理と見て間違いない。となると、そもそも私たちみたいな外部の生徒がやすやすと手は出せない。
「その可能性は高いかと。ですので、いざ探すとなるとどうしたものか」
「強引な手段しか思いつかないかも。ねぇ、エリカちゃん」
「できるけどやめてね」
「やるわけないって」
私とミカさんで月光華を奪い取ることは恐らく不可能ではない。ただそんなことをすれば今度こそ山海経に追われるし、シャーレどころか連邦生徒会、SRTでさえも敵に回すことになる。選択肢としてはまず無い。
「やりはしないけど、で、できるんですね」
桜井さんが若干引き気味だった。ミカさんは「冗談だってば〜」と誤魔化していた。
「けどさ、そうなると探すの効率悪くない?」
「悪いね」
実に現状は八方塞がりだ。どうしたものか。
ため息をつきたくなりながら前を見直すと、スーパーだろうか、食品を扱っているお店から一人出てくる。出てきたんだけど、その子はとても小柄で前が隠れるぐらいのダンボールを積み上げていた。
「何あの子。危なくない」
「だね。手伝おうか」
流石に前もちゃんと見えてなさそうなので手助けしてあげよう。花探しが暗礁に乗り上げてしまった以上、即座にどうすることもできないのだから、頭の切り替えも兼ねてシャーレらしい活動だ。
「すいません、大丈夫ですか?」
「え?あ、わっ」
危ない!声をかけちゃったせいで却ってバランスを崩してしまった。ダンボールが崩れる──というところを素早くミカさんが支えて、8箱ぐらいあったうち5箱をひょいっと掌に乗せて持ち上げた。
「???」
助けた子……銀色の髪が綺麗で山海経らしい制服に身を包んだ子がミカさんの容姿からは信じられない、とんでもない怪力に目を点にしていた。うん、わかるよ。ミカさんの細腕から出されるパワーが結びつかないのは。
「ごめんなさい急に声をかけてしまって。私たちはシャーレの者です」
「あ、えっと、シャーレ……って言うと先生の」
「ご存知でしたか」
どうやらシャーレ、先生のことを知っているらしい。先生は顔が広過ぎる。
改めて見ると荷物をたくさん持っていた子はとても可愛らしい子だった。山海経のいいところのお嬢さんなのだろうか。いや、だったらこんな荷物を一人で持っていないか。
「私はシャーレの草鞋野エリカです。こちらは聖園ミカ」
「よろしくね。君すごいね?そこそこ重いよ、この荷物」
「ありがとうございますっ。……えぇっと、わ、私は春原ココナと言います……」
春原さんというらしい。いきなりこんな声をかけられたらびっくりしてしまうだろう。でも、あのままたくさんの荷物を一人で持っていくのも危ないだろうし。
「春原さんですね。よければ手伝わせてください。流石にこの量を一人では危ないですし」
「い、いえ、そんな、大丈夫です」
「本当に〜?前見えてなさそうだし」
「うっ」
バツの悪い表情。うーん、なんだろう、背格好通りのちょっと意地になってる感じかな。深くは聞かないでおこう。
「理由は聞きませんが、流石に先生のお知り合いなら見過ごせません。手伝わせてくれませんか?」
見下ろす形で言うのはよくないと思い、少し腰を落として笑顔で告げれば、春原さんは何故か固まっていた。だめだったのだろうか。数秒ほど経つと、彼女は頭を左右にぶんぶんと振ってから口を開いた。
「そこまで言うのであれば……でも、条件があります!」
「なんでしょう」
「先生にはこのことを言わないでください!」
「構いませんが……」
よくわからない、と思ったけど、この子は少し先生からしてからかい甲斐のある可愛がっている子かもしれない。先生そういうところあるし。私は澱みなく頷いておく。そうすれば、春原さんはホッとしていた。
「じゃ、分担しても持とうよ。ミヨちゃんもいい?」
「はい。私もお手伝いします。あ、自己紹介が遅れました。私はワイルドハント芸術学院の桜井ミヨと言います」
「ワイルドハント…!?随分遠いところから……」
ワイルドハントを知っている、というところでちょっと春原さんを見る目が変わった。遠方の自治区を知っているような年齢には見えないからだ。いや、流石に偏見かもだけど。
「そうですね。だいぶ遠かったです」
「ワイルドハントの生徒さんは初めて見ました!春原ココナです!」
笑顔が眩しい。桜井さんもなんだか表情が解けていた。
「それで春原さん、この荷物を持ってどちらまで」
「着いてきてください。ちょっと歩きます」
ミカさんが持っていた荷物は私たち3人でそれぞれ分配した。しれっとミカさんが私に2個渡してきた。いいけどさぁ。
そうして十数分、歩き続けた先で私たちがやってきたのは小規模な校舎のある敷地だった。校門らしき場所にあった看板には“梅花園”と書かれていた。山海経で梅花園と言えば付属の幼稚舎のようなものと聞いている。
この子はここの生徒さんなのかな。
春原さんの先導でたどり着いたのは梅花園の校舎裏にある明らかに教員用の入り口だった。まさか先生に頼まれてこんな荷物を?それはそれでもしそうならちょっとシャーレとして何か言わなくては。
「ねぇ、ココナちゃん。まさかこんな大量の荷物を一人で取るように言われたの?」
「いいえ、言われていません」
「そうなの?」
ミカさんが気になったのか聞いてしまったけど、帰ってきた答えも予想していないものだった。こんな荷物を誰かに指示されたわけでもなく取りに行ってなんでこんな場所にまで持ってきたのだろうか。
「それよりもすいません、中の方までお願いしてもいいですか?」
「あ、はい」
春原さんが慣れた様子で扉を開け…というか懐からこの扉の鍵を取り出して開けている。扉の向こうは職員室のようで、春原さんは特に気後れした様子もなく中に入っていった。
なんだかおかしな感じがしてミカさんと桜井さんを見るけど、二人も同じ気持ちらしい。箱の中身は食材のはずなので、危険物ではないのはわかっている。それに、何かあってもミカさんといるから大丈夫だろうと私たちも春原さんに続いた。
そのまま、春原さんの指示のとおりに部屋の隅に一度荷物を置いた。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。すいません、失礼でなければ春原さんは梅花園の」
「教官です!」
え。
「教官……というと、先生、ということでしょうか」
固まった私に変わり、桜井さんが問いかけると春原さんは「はい!」となんだか機嫌良く答えた。彼女が教官、というにはちょっと失礼だけど、全然見えない。ミカさんもなんとも言えない顔をしている。
「あ、信じていませんね。それなら……これでどうですか?」
春原さんは室内のあるデスクの上から何かを取り出して首にかけた。生徒証のようだけど、そこには確かに身分が書かれている。梅花園教官、春原ココナと。
「え、ほんとに先生なの?飛び級?」
「はい、そうです。飛び級してますよ」
「飛び級されてる方は初めて見ました……」
二人の驚きように私も声は出てないけど本当に驚いている。キヴォトス内にはいくらか例はあるけど、こうしていざ実例を見せられると驚きだ。よく見れば先ほど春原さんが触っていた机の上にある小物も可愛らしいものが多くて、彼女の容姿相応に思える。
「失礼しました。春原教官」
「すのはらきょうかん……!」
何故か感動された。……舐められていることが多いのだろうか。
「はっ!こほん。草鞋野さん、よければココナでいいです。春原呼びだと姉と被ってしまうので」
「お姉さんがいるんですか?」
「はい。同じ教官です。今は出てしまっていていないのですが」
流石に彼女一人で切り盛りしているわけではなくお姉さんがいたようだ。あれだけの荷物を持っていたのも本来なら一緒に出かけようとしていたのだろうか。
「みなさん、ここまでありがとうございました。あの、よければお茶ぐらい出します!」
「どうする、エリカちゃん」
「せっかくだし貰おうか」
さっき飲んだばかりだけど、お礼を断る必要もない。ココナさんが「ではこちらでお待ちください」と職員用のテーブルとパイプ椅子が四脚ある方に手を指し、私たちはテーブルに着いた。ミカさんは私の隣、桜井さんは私の前だ。
「エリカちゃん、そもそもここ何?」
「トリニティで言えば幼稚舎だよ」
「あぁ、そういう。じゃああの子は保母さんってこと」
「そうなるのかな。といっても、教官ってぐらいだから自治区でも立場はそれなりだよ」
自治区の教官となれば学園のBDやカリキュラムの設定を担当することもあるので、ちゃんとした立場と役職になる。あの身分証が本物で、本当に飛び級しているということであれば、ココナさんは冗談でも侮れない才媛ということだ。
事実、彼女の肩にかけられていた、扱うには大きく見えるアサルトライフルは使い込まれている様子があった。だから私は教官と付けて呼んだ。……それは正解で、ココナさんとしても嬉しかったようだ。
「なんというか、現実は小説よりも……をこんなに眼にするなんて」
「参考になりそ?ミヨちゃん」
「あ、はい」
「というか、改めて聞くけど取材旅行は嘘じゃないんだ」
「あ。えっと、実を言えば方便半分、本気半分ですね……」
「ふーん。まぁ、確かに小説とか、ドラマとか、そういうのでしか見ないもんね、飛び級なんて」
トリニティのティーパーティー3席もそれぞれ掛け値なしの才媛の集まりなんだけど、飛び級というのは本当に特別感が強いとミカさんは感じたのだろうか。
桜井さんの取材旅行も全くの嘘では無いということで、これはこれでここに来たのはよかった。
話していると、ココナさんがお盆に人数分のコップに入ったおそらく烏龍茶を持ってきていた。よく冷えていそうだ。
「お待たせしました。烏龍茶です」
「ありがとうございます」
「いえいえ!どうぞ!」
有り難くいただいておこう。
「これを頂いたら私たちは戻りますね」
「わかりました。手伝っていただきありがとうございました」
「シャーレの役目ですから」
グイッと烏龍茶をあおる。市販品なんだろうけど、なんだろう、普通においしい。山海経で飲んでいるからだろうか。
「そういえば、ここって幼稚園なら園児さんたちはいないの?」
「いますけど、今はお昼寝の時間ですね。他の教官が見ていて、それで私はその間に買い出しに」
「こんなに食材を揃えてるってことは給食もここで出してるの?」
「はい。毎日玄武商会の方が出張で出してくれています」
なんだろう、玄武商会と聞くと絶対美味しいだろうなと思うのは。そう思うのは朱城さんが直接シャーレで腕を振るうからだろうけど。
「他校の幼稚舎なんて知らなかったし、ちょっと新鮮かも」
「えっと、聖園さん……でしたよね。シャーレの生徒さんってD.U.の外からも所属してるって聞いたことがあるんですけど、聖園さんは」
「私はトリニティだよ。君本当によく知ってるね。本当に教官なんだね」
「む。疑ってたんですか?」
「疑ってたんじゃなくて見たことなかったから。トリニティで飛び級の教官なんて」
「まさか桜井さんも」
「いえいえ!私はそんな!」
なんだろう。ココナさんのむーっとした顔はちょっと可愛い。ミカさんもたぶん同じこと考えてるし、桜井さんも……なるほど、先生はたぶんこの子のこういうところが好きなんだな。
それはともかく、確かなこととして彼女は飛び級をしているのだろう。幼さはあるけど、そもそもここまでの彼女の態度で私たちに失礼となるところはない。侮ることも、変に年上ぶって接することもない。自然体でいるのがいいだろう。
ヴァルキューレにも学年はあるが、階級や所属によってそんなことは気にしてもいられない場合がある。
「ココナ教官。そういえば先ほどの荷物は本来、お姉さんと一緒に運ぶ予定だったのでは?」
話題を変えるためにそう言えば、当たりだったらしい。
「よくわかりましたね。そうなんです。でも、急な用事が入ってしまって」
「急な用事?」
「玄龍門からの呼び出しがあったんです。シュン姉さ……教官のことなので、何か悪いことがあったわけではないと思うのですけど」
「なるほど。ココナ教官はレッドウィンターの交流会の件は聞いていますか?」
「はい。先生もお手伝いにくるって聞いてます。玄龍門から通知があったので。シャーレの皆さんもそれで来たんですよね」
交流会の件も知っているのでココナさんはかなり玄龍門から信頼されているようだ。
そういえば、先生は以前、エデン条約の少し前に山海経で支援要請を受けていた。そのときにココナさんと知り合ったのだろうか。
「私たちは違います。こちらの桜井さんの取材旅行のお手伝いです」
「取材旅行?」
「桜井さんは小説家の卵なんですよ」
「小説家さんなんですね。山海経はどうですか?」
「えっと、驚きの連続というか、これまで触れたことがない文化ばかりで、とても参考になっています」
「それはよかったです。色んな逸話も多いですから、インスピレーションを得るにはもってこいだと思いますよ!」
うわ、すごい教官っぽい!とても失礼だけど!嫌味なくこういう言葉がすらりと出るあたり、そこそこの期間彼女は教官としてここにいるのだろう。桜井さんはありがとうございますと返していた。
さて、そろそろお暇しよう。いい気分転換になった。じゃあ私たちはこれで、と席を立とうとしたら、園内側の方のドアが勢いよく開いた。入ってきたのはココナさんと少し似た制服、おそらくこの梅花園の教官と思しき生徒だった。
「どうしました?急に──」
「ココナ教官!園児が一人いないんです!」
「え……」
私とミカさんは即座に目を合わせて頷いた。どうやら花探しは一旦中止のようだ。
お読みいただきありがとうございます。いつも感想、ここすき、大変励みになっています。
次回はまた明日です。