ありがとう…ありがとう…。
というわけで本当は投下する気はまだなかったのですが、嬉しくて小躍りしてるので今日と明日連続投下します。
「本官にそれを尋ねるあたり、よほど大切にされているのですね」
「私の生徒だからね」
金色の髪は綺麗で、耳はピンと気質を表すかのように立っていて、前髪の下の目つきは猟犬のように鋭く私を見ていた。着古したジャケットの下にヴァルキューレ警察学校の制服を着て、私の横に座っている。
彼女は尾刃カンナ。エリちゃんのヴァルキューレの同期であり、現在の公安局局長。この前のRABBIT小隊のデモの時に現場にいた子だ。
エリちゃんはなかなか捕まらないというか、私をおそらく意図的に避けてシャーレにいる時間を少なくしてる。その間はいつもと同じく細々とした支援要請をしてるようだけど。
今、カンナといるのはシャーレに程近いカフェだった。シャーレの近くなせいかお客さんも少なくて、たまに相談ごとをしたいけど、シャーレではないところで話をしたい場合はよく利用してるんだよね。
なんでシャーレでしたくないかと言えば、耳がありすぎるから。しょうがないね。
「本官と先生の付き合いはまだほんの数時間ではありますが、話を聞けると思っているのですか?」
「うん。だって君も、エリちゃんのこと大切にしてるでしょ?でなきゃ、そもそも聞いた時点で怒ってるよね」
「そのような言い方は好ましくないですね。ただ、正解です。私も限界を感じていたところですから…シャーレに吐き出すのも手かと思いました」
カンナがコーヒーに口をつける。どうやら話してくれるらしい。
「エリカの過去、ヴァルキューレ時代の様子ですか」
「そうだね。そもそも、エリちゃんってどんな警察官だったの?」
「一言に言えば、優秀でしょう。彼女ほどの者は二度と現れないほどに」
そう言うカンナの横顔は“狂犬”なんて呼ばれてるようには見えないぐらい優しそうで、私はきっとエリちゃんは大切にされてるんだなというのがわかって嬉しくなる。
「確保率100%の話は有名でしょう」
「うん。エリちゃん自身も何度も自慢してるからね」
「あれは誇張でもなく、ただの“結果”です。自信がないエリカはよく自らを奮い立たせるように言っていましたが。私からすればそこまでしておいて自信がないとは嫌味かと」
エリちゃんが自信がないというのはスッと私は納得できた。ついこの前のトリニティで一瞬見せた弱々しい姿。手がかりが一つしか見つからず不安になっていた。
「エリカから聞く限りではあいつは小さい頃、とことん何もできなかったそうです」
「どういうこと?」
カンナから語られたのは今のエリちゃんからは想像もできないことだった。
幼い頃に捨てられそうになるほどの無力さで、与えられた役目も満足にこなせず、辛くて苦しくて、それを乗り越えるために頑張り続けて“役目”を与えられ、その役目を全うして初めて自分が存在してもいいと思うようになった。そのように、エリちゃんは過去にカンナへ語ったことがあったという。
「ヴァルキューレにおける“役目”は究極的には事件を解決し、市民と生徒の生活を守ることです。そして、エリカにはその才能がありました。怒られないようによく相手を観察する癖が生活安全局の性質……日常的なパトロールと化学反応を起こしたのでしょう」
「エリちゃん、人に怒られるなんて想像もできないけど」
「私もですが、小さい頃はそうでもなかったようです。しかし、その“癖”は先生も覚えがありませんか?」
カンナに言われて、私は思い返す。ユウカから受けた黒崎コユキという生徒の確保の支援要請の報告書。妙に相対した人物や団体への所見が具体的であり――的確だった。例としてはトリニティの市街で襲ってきたという“宇沢レイサ”という生徒について。彼女がトリニティ自警団の生徒ということで、私は繋がりのある同じくトリニティ自警団の守月スズミに宇沢レイサのことを聞いてみた。
エリちゃんの所感では、見た目に反し、非常に優れた戦術眼と相当数の場数を踏み、装備の選択も自警団組織として的確。スタンドプレーを前提とした強烈なフィジカルを感じる。しかし、性格に難があり、思い込んだら一直線。というものだった。これをスズミに聞くと、なんと全て合致していた。
初対面、しかも会話も碌にできなかっただろうに。
私がそのことを思い返していると、カンナは「やはり心当たりがありましたね」といった表情をしていた。
「エリカのその癖の結果、何が起きたか。それが“事件わらし”と呼ばれるほどのエリカがいるところに事件が起こる、という状況です」
「自作自演を疑われたんだよね」
「えぇ。トレインジャックを起こしそうな相手がいると思い、同じ電車に乗って、それで本当に目の前で事件を起こされた。こんな偶然が何度も起きますか?常識的に考えてありえないでしょう」
「けど、何度も起きた」
「そうです。あいつが生活安全局副局長まで上がれたのはその“嗅覚”のおかげです。生活安全局で最も大事なものが観察眼であり、日々のパトロールで異常をどれだけ見つけ、犯罪や事故を防ぐか。それがあいつの場合は異常に鋭かったんですよ」
カンナが言うには特に重大犯罪が犯されそうになると、かならず事件が起きる直前にふらりと現場に現れていたんだって。銀行強盗がされそうだと立ち寄った銀行に入った途端に銀行強盗が現れたりとか。
「今回のRABBIT小隊のデモも、始まればわかったでしょうが、始まらなければ簡単には気がつけない、公園の外からは一見分かりづらい陣地になっていました。ですが、エリカなら気がつくでしょう。特にD.U.はエリカにとって庭も同然。異常を見つけるのは容易いかと」
「なるほどね。けど、シャーレに来てからはそこまで重大な事件に居合わせていないと思うけど」
「それは今の“役目”が生活安全局とは異なるからでしょう。ただそれでも失せ物や探し人は相変わらず100%見つけてくるのでは」
「それはそうだね」
今の所、支援要請で探したものはかならず見つけている。100%、絶対を証明し続けている。
「他人に強要することはないですが、エリカはある種の完璧主義者です。以前、小さな失敗をしたことがエリカはあります」
「失敗?」
「新人の頃です。スモークグレネードを投擲失敗し、無関係な店に投げ込んだことがあります。その際に追っていた相手は捕まえられましたが、エリカのその時の失敗を良しとせずに、投擲の練習を一ヶ月ずっとやり続けていました」
「い、一ヶ月!?」
「その結果、元から高い身体能力も相まってグレネードを軽く水平投げできるようになりました」
「エリちゃん、もしかしなくても滅茶苦茶強かったりする?」
これまでのエリちゃんのシャーレでの活動の報告書だけだと、何かと奇襲を受けがちで、アビドスでの戦闘でもお腹に酷い殴打を受けたり、トリニティでは一方的に街中で襲われたり、オークション会場で包囲されたところを何とかハルナのおかげで脱出…どれも私がこれまで見たような圧倒的な力を持つ生徒とは程遠く見えた。
「エリカの戦闘能力は端的に言えば一自治区の生徒会会長に近しいものです」
けれど、カンナが言う限りでは違うらしい。一自治区の生徒会長ともなれば、直近で私が知る限りミカが象徴的だ。あの子はセイアが生きてることを知らなければ……補習授業部ごと私はやられていた。あのときミカは傷ひとつなかったし。
RABBIT小隊のサキとモエへの取り調べで、異常な飛び方をするスモークグレネードを受けたというものがあったけど、エリちゃんは水平投げしたスモークグレネードで防塁を一部破壊したらしい。尋常じゃない威力だ。それに、トラップを強引に解除しながら回避しつつトラップ祭りだった陣地までの道のりを容易く突破したらしい。実際、エリちゃん自身には怪我が何ひとつなかった。
「しかし、どれだけ強い力を持っていても、エリカが生活安全局では相手を暴力で押さえ込むことはあまりありませんでした。自然と説得をエリカはしていました」
「すごいね。何かとキヴォトスだと撃って終わりなことが多いのに」
「そういう意味では、あいつは奇特かもしれません。エリカには“最初から暴力で制圧するのは正しい権利の行使か?”と、私は言われたことがあります」
エリちゃんは何にしてもプロセスをできる限り重視している。ある程度の無茶な介入が通るはずのシャーレでも、エリちゃんはかならず自ら、私の代わりになるかのように使者となってくれる。
トリニティでの捜査だって、本来はもっと強引に押し切ってもよかったはず。自治区間の安全保障を脅かすものってリンちゃんが言ってたし「捜査しますのでよろしく」と決定事項の手紙を送るだけでよかった。それでも、エリちゃんは“協力のお願い”として書類を送っていた。
それは私としても好ましいと思っていた。何かと言葉が足りないこの学園都市で、エリちゃんは出来うる限り、言葉を武器にしているように思えた。銃は自衛や仕方がない状況でようやく抜く。アビドスでのカイテンジャーへの“警告”だって、わざわざ言う必要はなかった。
「ただし、市民を守るためであればエリカは暴れることも良しとします。過去にあったレストランで生徒がカイザーPMCに袋叩きにされそうになった事件では一人でPMCの一個中隊を沈めています」
カイザーPMCはアビドスの子たちが異常に強いので弱く見えるけど、十二分にこのキヴォトスの中では戦闘のエキスパートだと思う。それを一人庇いながら制圧は凄まじい実力だってことがよくわかる。
「……すごいね、エリちゃんは。シャーレに来てからは暴れられない状況が多かったから、何かとやられがちだったんだよ」
「あいつらしいですね。大方、暴れれば追ってるものを抑えられないと踏んでのものでしょう」
ある種の自己犠牲にも思えるけど、それもエリちゃんの確保率100%に繋がってたのかな。
「……ありがとう。カンナ。これが全部ってわけじゃないんだろうけど、エリちゃんの知らなかったこと、たくさん知れたよ」
「それはどうも。ここまで聞くのですから察しますが、エリカがどうかしましたか」
私はカンナにエリちゃんの現状を伝えた。そうすると彼女は呆れたようにため息をついた。
「先ほどもお伝えしたとおり、エリカは失敗すると自分が納得するまで、行動を反復します。“役目”がなくならないようにするために」
片っ端から支援要請を受けているのはそれが理由らしい。なら、話は簡単かもしれない。もしエリちゃんがあのミヤコとの会話を失敗だと思っているのなら、そうではないと伝えるべきなんだ。まだ、彼女はRABBIT小隊へシャーレの生徒としての“役目”を果たせてすらいないのだ。
「スモークグレネードの時も私が止めなければ逆に肩を壊していましたから。先生も止めるべきでしょう。あいつを」
「なるほどね。カンナ。これだけ聞ければ大丈夫だと」
「本官ごときの話でよいならいくらでも」
「本当にありがとう。エリちゃんと話をしてみる」
「そうですか。――あなたならエリカを任せられそうだ」
「任せてよ」
「お願いします」
あとはエリちゃんと話してみよう。彼女が無茶をして潰れてしまう前に。
カフェを出る際、RABBIT小隊の釈放とその後の処遇は今日の夕方と聞いたので、私はエリちゃんをその場に連れていくためにD.U.の中で彼女を探すことにした。D.U.の今日の気温はまだ過ごしやすくて、梅雨の気配はない。シャーレの周りなので相変わらず人も少ない。なんでこのあたり人少ないんだろうね。別に再開発地区ってわけじゃないのに。
エリちゃんを探すって言ってもどこを回ろうかな。アテもなく歩き続けてもすれ違いそうだ。
カンナに行きそうなところを聞いてみたけど「今回はシャーレの役目そのものに対してですからわかりません」と言っていた。今エリちゃんが受けている支援要請のほとんどは突発的に起こるもので、街中を歩き回っているみたいだし。
D.U.内にいるって言ってもD.U.の広さは実際凄まじいもので、車で動く必要があるけど、うちの車はエリちゃんがアビドスで壊したっきり修理の目処は立ってない。リンちゃんというか、財務室から予算が降りないんだって。ケチ。
「チャリで回るしかないかなぁ」
エリちゃんに素直に電話をかけてもいいんだけど、あの子はたぶん私の“指示”には従ってしまう。けど、それじゃダメなんだ。あの子が自分の足で、進めるように。
「あの〜…」
「はい?」
いきなり真横から声をかけられた。たぶん生徒かな?と思って左の方を見たら、割烹着を着た狐耳にピンク髪の子が立っていた。穏やかそうで優しそうで、割烹着がよく似合ってる。母性を感じる。あ、いや、うん。ヴァルキューレの生徒と話したあとにこの思考はまずい。
ただ、なんかこの子見覚えあるな………あっ!!
「君!確かエリちゃんと写真に映ってた!」
「ご存知でしたか。ニコです。先生」
そう、ニコという生徒。SRTの子で、エリちゃんが自慢してた子だ。写真の頃より少し成長してるけど、ほぼ写真で見た通りだね。しかし、なんで割烹着?
「うん、初めましてだね。ところで、君はなんで割烹着を?」
「あ、これはバイトで」
ニコが指で示したのはカフェから少し離れたところにある食堂だった。あ〜、たまに出前頼むとこだ。安くておいしいけど、配達はいつもドローンだから店員さんは見たことなかったんだよね。こんな可愛い割烹着なんだ。
「たまに利用させてもらってるよ。いつもありがとうね」
「出前が入っているのは知ってました。ご贔屓にしてもらって嬉しいです♪」
あ〜、なんかすっごくいいな〜優しい声で、優しい雰囲気で、甘えたくなるな〜……。いやいや、ダメだ。この子確かSRTだ。この様子を見るに、抵抗をしていないヴァルキューレへの編入待ちの生徒なのかな。彼女は。そりゃそうだよね、あのエリちゃんと仲がいいぐらいだもんね。
「君も確かSRT特殊学園の子だよね」
「はい。流石に先生は知っていますよね」
「うん。ヴァルキューレへの編入手続き中なのかな?」
「そうです。ただ、今ヴァルキューレへの編入手続きは一時停止されていますから」
「え?」
それは初耳だった。リンちゃんからは思うように進んでいない、とは聞いていたけど。
「一部の生徒が廃校に反対しているのは先生も耳にされていますか?」
「聞いてるし、ちょうど今日、その絡みでヴァルキューレに行くんだ」
「そうなんですね……」
「もしかしなくても、その反対活動で編入手続きが止まってるの?」
「はい。そうみたいなんです。ヴァルキューレ側も一部がそのような統制を取れないなら、他の生徒も厳しく確認をしなくてはならないと」
あとでリンちゃんに再確認してみよう。それにしても、じゃあ、彼女たちは編入が終わるまで宙ぶらりんのままなんだね。この状況で校舎が撤去されて廃校が決まれば彼女たちは一時的に生徒ですらなくなってしまう。少し、急ぎすぎていないかな。
「大変なんだね……それで、ニコはこうして空いてる時間を使ってアルバイトしてるんだね」
「SRTにいた頃は当然ですが、学生とはいえ警察組織なので学校からお給料も入っていました。しかし、それも今は止まっているので」
「……もしよければシャーレからお仕事回そうか?」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫です!普通にアルバイトするのも楽しいですから」
あまり不憫なのでそのように提案してみたけど、ニコは申し訳なさそうに胸の前に手を出して断ってきた。学校は違うけど、この子もエリちゃんの後輩なんだなぁ。
「それに、草鞋野先輩にも心配をかけてしまいますから」
「あはは、エリちゃんのこと、君は慕ってるんだね」
「はい!先輩は私たちに“正義”を教えてくれましたから」
まるで自慢するかのようにも聞こえたその言葉に、私は温かくなる。エリちゃんがこれまで歩いてきた道のりは決して楽なものじゃなかったけど、こうやって君のことを認めてくれて、残したものを大切にしてくれる子がいる。役目を果たさないと存在しちゃいけないなんて決まりはないんだから。
「先生?」
「あ、ごめんね。……エリちゃんはやっぱりすごいなって、嬉しくなったんだ」
「嬉しく…?」
「色々あってね。今、実を言うとエリちゃんを探してるんだ」
「お電話はされなかったんですか?」
「してもいいんだけど、それだときっと命令になっちゃうから。私はエリちゃんに先生として話したいんだ」
私がそう言うと、彼女は少し驚いたような顔をして、くすりと笑った。まるでおかしなものを見たような。
「先生って、不思議な人ですね」
「そうかな?」
「えぇ。でも、そうですか。なんだかようやく納得できました。先輩の先生があなたなんだって」
なんだかよくわからないけど、ニコは何か私に思うところがあったのかな?ニコは割烹着の懐から彼女の雰囲気に似つかわしくないゴツいケースのスマホを取り出して、どこかに電話をし始めた。
「あ、ごめんね、オトギちゃん。ちょっと探してほしい人がいるんだ。……うん、草鞋野先輩。………お願い」
「今のは?」
「はい。私の所属する小隊の隊員に協力をお願いしました」
「いいの?」
「暇ですから。実を言うと、私も勤務時間は終わったんです。ちょうど今、寝泊まりしているところに戻ろうとしたら、先生を見かけて」
「そうだったんだ。なんかごめんね、疲れてるところ」
「いえ、全然!体力には自信がありますから」
力瘤を作ってみせようとするニコ。ただ、着ている服のせいかほぼ腕の状況がわからず、なんだかお母さんが子供に空元気を見せるようになってしまっていた。
「すぐに見つかると思います」
「優秀なんだね」
「はい。SRTですから」
謙遜しないところもちょっとエリちゃんみたいだ。それにしてもケモ耳っ子かぁ。エリちゃんも可愛いけど、この子の長めの狐耳も可愛い。撫でたいが、流石に初対面の子にはできない。エリちゃんは一回撫でたことあるけど、ものすごい声を出してめちゃくちゃ気まずくなってしまったことがあるのでそれきりだ。でも触り心地よかったなぁ。
「先生」
「ん?」
「同じ女性ですけど、そういう視線はすぐわかってしまいますからね?」
「…………ごめん」
まるでお母さんに悪戯を見つかったような気分。けどジト目もいいなって。
「あ、きましたね。見つかったみたいです」
「え?早いね」
ニコの仲間からもうエリちゃんが見つかったと連絡が入ったらしい。
「探してくれた子は遠くのものを見るのが得意ですから。それじゃあ、先生、モモトークを交換しませんか?草鞋野先輩のいた場所を転送しますから」
すぐにニコとモモトークを交換して友達登録する。そうすると、いなり寿司のアイコンのアカウントが追加された。
「いなり寿司?」
「はい。先生も注文されてましたよね」
「…あ、そういえばものすごくおいしかった。ニコが作ってるの?」
「はい。得意なんです」
「そうなんだ。じゃあまた頼むよ」
「ふふっ、またのご利用、お待ちしてます」
そのあと、ニコには手伝ってくれたお礼を言って別れる。本当にいい子だった。エリちゃんの言う通り。さて、早くエリちゃんが目撃されたところに向かおう。
「………先生、あなたならきっと、先輩を任せられます。私たちがいなくなっても、先輩のことを……もし、私たちが壊れてしまったら…どうか、お願いします」
エリちゃんがいたのはD.U.の端にある少し治安の悪いところだった。治安が悪いって言っても停学中の生徒がたむろしがちだったり、ブラックマーケットに出入りするような子が多い。私も何度か足を運んでいて、仲がよくなった生徒たちもいる。みんな話していけば自然と悪い子じゃないってわかるんだよね。
「お、先生じゃん」
その地区に入るなり、スケバンの子たちに声をかけられ手を振ると相手も振り返してくれた。
「久しぶりじゃん。どうしたのさこんな場末に」
「ちょっとウチの子がこのあたりにいるって言うから迎えにね」
「元サツのあいつ?確かに今日見かけたわ」
どうやら本当にエリちゃんはここにやってきているらしい。
「どこにいるかわかる?」
「流石にそこまではわかんないや。けど、こんなとこであんなサツの制服着てると余計なトラブルになるんじゃね」
ごもっともだ。エリちゃんの制服はそろそろ新しく用意してあげようとは思っていた。今の制服のままだと、やっぱりヴァルキューレと勘違いされてしまうようだったから。
とりあえずこの入り口のあたりにずっといるわけにもいかないので中に入っていく。端的に言えばスラム街なんだけど、大抵の子は私が挨拶すると返してくれる。ブラックマーケットから更に流れた違法品も売ってたりするけど、通常の武器程度なら私も見逃す。
それにしても、なんでエリちゃんはここに来たのか。
しばらく歩くと、騒ぎが聞こえてきた。たぶんエリちゃんかな、と思って建物の影からその騒ぎの方を覗けば、エリちゃんがなんかものすごい数のヘルメット団に囲われていた。いや本当に20人ぐらい?なんで囲まれてるの?
「あたしたちぐるぐるヘルメット団になんの用だよ」
リーダー格と思しき子がエリちゃんに凄んでる。うーん見事なメンチだ。
ヘルメット団ってなんだか分派が多いんだよね。一番有名なのはラブって子が率いてる派閥だけど。あの子たちはどこらへんがぐるぐるなのかと思ったらヘルメットの頂点がドリルみたいになってた。どういうことなの…。
エリちゃんは全く怯んでいないようだ。
「君たちがある子から取り上げた銃を返してあげて欲しいんだ」
「どんな銃だよ?」
「今君の後ろにあるショットガンだよ」
「おいおい、こいつは拾ったんだ」
エリちゃんが言うショットガンはヘルメット団のリーダー格の子の後ろにあって、やけに綺麗な銃だった。まだ買われて間もないのかなってぐらい。
「その銃は初めて買ったんだって。アルバイトして、初めてのお給料で。なんでそれを君は奪ったのかな?」
「だから拾ったって言ってるだろ。証拠はあるのかよ」
「ううん。その子の証言だけ」
「流石ポリ公だな。証拠がないのに私たちの風貌からそんな判断してんのか?」
「けど、ドリルみたいなヘルメットを被ったのは君たちぐらいだよね。このあたりは」
「ドリルじゃねぇよ!!巻貝だよ!」
どういうこだわりなの…巻貝メット団、って言えばいいのかなあの子たち。
「まぁ大体一緒だね。それで、返してくれるのかな。それ」
「しつこいな。拾っただけって言ってるだろ」
「けど、君、あの子に“そんなちっこいのに使えるわけないだろ、銃が可哀想だからもらうぜ!”って言ってたよね」
まるでその場にいたのかのようにエリちゃんは目の前にいる子に雰囲気をよく寄せてセリフを言った。ヘルメットで表情が見えないとはいえ、相手は露骨に動揺していた。一言一句間違わなかったらしい。
「て、テメェ……!いたのかよ!」
「うん。なんかしそうだなって君を遠くから見てたら目の前でそんなことをしてたね。おまけに奪った子に怪我までさせてたからその場では追わなかったけど」
「チッ!スカしやがって!正義の味方気取りかよ!ぶっ飛ばしてやる!」
うわっ。相手が逆上しちゃった。流石に生徒同士の喧嘩はまずい、と思って私は動こうとして、足がすくんだ。相手が逆上してエリちゃんに持っていたライフルのストックで殴りかかった瞬間、信じられないほどの重圧をエリちゃんから感じた。
「警告します。今すぐ銃を下ろしなさい」
「あぁ!?」
「警告はしました。……ごめんね」
振り下ろされた銃をエリちゃんは掴んで、そのまま銃を持っていた子ごと放り投げた。ブンッ!といい音がなって、リーダー格の子は悲鳴を上げながら近くの荒屋に落ちていった。あれぐらいならおそらくは怪我もないと思うけど、ありえない怪力に他の子たちは固まっていた。
カンナから聞いていたとはいえ、エリちゃんの本当の実力はとんでもないものだとわかった。エリちゃんはそもそも銃すら抜いていない。たぶん、あの子のことだから相手が撃ってこなかったから素手で対応したんだ。
「り、リーダー!」
「や、やべぇ!逃げようぜ!こいつクソ強いぞ!」
そして、蜘蛛の子を散らすように他の子たちは逃げていく。エリちゃんはそれを見送ると木箱の上に無造作に置かれていた綺麗なショットガンを回収する。回収したところで、投げ飛ばされた子が戻ってきた。
「くそっ!おいお前…って、あいつらどこに」
「皆さん帰りましたよ?」
「は、薄情な…!クソ、覚えてろよ!」
結局リーダーの子も逃げてしまい、少し開けた場所にエリちゃんは一人残されてしまった。
私はエリちゃんに歩み寄った。
「エリちゃん」
「っ!?」
声をかけると耳も尻尾もピーンってしてエリちゃんは飛び上がった。可愛い。
「せ、先生!?どうしてここに!?」
「エリちゃんを探してたんだ」
「わ、私を!?な、なんで!?」
なんて言おうか。うーん……………。
「君が必要だからだよ」
「え」
ミヤコのためにも、エリちゃんのためにも、一緒にきてもらう必要がある。まだエリちゃんは失敗以前の問題で、ミヤコと向き合いきれていないからね。
「これからヴァルキューレに行くんだ。RABBIT小隊の件でね」
「あ……はい。なら私も従い――」
「違うよ。エリカ。私は指示してるわけじゃない。君が行かなくちゃなんだ」
「どういう意味ですか?」
わかりづらいよね。伝えづらいし、上手くわかってもらえればいいけど。
「まだ、エリカはミヤコと向き合いきれていないから」
「………いえ、私は失敗しました。役目を果たせず、月雪さんたちを止められず……」
「エリカは失敗なんてしてないよ」
「失敗しました」
「ミヤコに、君の言葉は届いていたよ」
エリカに歩み寄って、少し屈んであげるとエリカはまるで怯えた子犬のように僅かに後ずさる。
「私の言葉が、届いてた?」
「うん。銃まで収めて、ミヤコたちと対話をしようとしていたのは、ミヤコもわかっていたよ。あのとき、あの子は余裕がなくて……君に銃を向けてしまったけど」
ミヤコのあの後悔は本当だった。信じたい。生徒を信じることで、生徒を救えると。
「けれど………」
「大丈夫。私もついてるから。これからRABBIT小隊は釈放されるんだ。その後の処遇は私の判断ってことになっててね。そのときに、エリカとミヤコを会わせたいなって」
「会って、どうすればいいんですか?」
「もう一度、話をしてみよう。エリカ」
エリカはミヤコに言っていた。困っている生徒は放っておけない、と。だからもう一度向き合えば、伝わるはずだ。
「先生、私、いらない子じゃないですか」
身体が震えていた。彼女の肩に手を置いてあげる。
「エリカには助けられてばかりだよ」
「私、役目を果たせなくても、いいんですか?」
「そんなこと言ったら、私だって救えなかった生徒がいたよ」
でもね、エリカ。
「みんな、生きてる。みんな、まだ会えるんだ。だから、話すことはできるんだよ。終わりじゃないんだよ」
ミカのことを救えなかった。けれど、彼女の味方であり続けることを諦めたことはない。彼女の、ミカという一人の女の子がこれから歩む人生は終わらない。だから、彼女に私はもう一度手を伸ばす。
ナギサを助けられなかった。疑心暗鬼に陥って、自分の首さえ絞めてしまった彼女の重荷を、大人である私は背負うことができず、あまつさえ最後には彼女のことを追い詰めて心に傷を負わせてしまった。けれど、傷を負った彼女のこれからを支えることはできる。
諦めなければ、いずれ手が届く。
「カンナから色々聞いたよ。でも、君は諦めなかったからここにいる。流されてシャーレに来たかもしれない。でも君はシャーレの生徒で“在ろう”としてる」
ある意味、左遷。それでも彼女は腐らずにその場で“役目”を果たそうとする。そんな、頑張り続ける子を報われるようにするのは、彼女自身だけじゃない。周りにいる大人もなんじゃないのか。
「それに、失敗してもいいんだ。役目を果たしきれなくても大丈夫。そのために私が、大人がいる。だからね、エリカ」
「先生…?」
「君が絶対を証明し続けられるように、私が支えるよ。失敗をしても、君が手を届かせるまで支えるよ」
手を伸ばす。その手をエリカは見つめていた。そうして、しばらく沈黙して……エリカは私の手をとった。柔らかく、暖かな優しい手。その手を握り返す。エリカは涙を流しながら私に微笑んだ。
――それに、失敗してもいいんだ。役目を果たしきれなくても大丈夫。そのために私が、大人がいる。だからね、エリカ
――君が絶対を証明し続けられるように、私が支えるよ。失敗をしても、君が手を届かせるまで支えるよ
先生のその言葉を聞いた時、何か、私の中にずっとあったものが軽くなった気がした。
心のどこかで、私は思っていた。頑張り続けて、どうするんだろうと。頑張っても、また周りから疎まれて、その頑張りは泡のようになってしまうんじゃないかと。
けど、先生は私が失敗しても、役目を果たせなくても、支えてくれると言った。
ずっと、欲しかった言葉だった。胸の奥に感じたことがなかったものがあった。初めて、報われたと、何かが実ったと、暖かな感覚だった。
月雪さんに会うのはまだ怖い。怖いけれど、先生が隣にいてくれる。これまで、先生とはどうしても別行動になりがちだった。でも、今日は違う。手が暖かくて、優しい気持ちがずっと寄り添ってくれてる。
あのヘルメット団の子たちから取り戻したショットガンを奪われた子に返した時にもらった「ありがとう!シャーレの人!」って言われたのは嬉しかった。ここ数日焦ったように支援要請を受け続けて、何度も聞いていたはずなのに、今日初めてお礼をはっきり聞けた気がした。
……そうだ、もう私はヴァルキューレの生徒じゃないんだ。先生の、シャーレの生徒。だから、絶対じゃない――諦めないことが、これから頑張るべきことだ。先生のように、私と同じ生徒が一緒に前へ進めるように。
だから、月雪さんに怖くても、向きあって、傷ついてでも前に進もうともがく彼女を支えてあげたい。
「先生、ありがとうございます。それと、ごめんなさい。何日もシャーレを空けてしまって」
「全然。エリちゃんのおかげで仕事は元より溜まってないから、平気だよ」
先生のお化粧は薄く、それでも隈はほぼ見えない。私が来た時、化粧を落とした顔を見たことがあったけど、その時は隈が濃かった。それが今はもう、綺麗な先生の顔がそこにあった。
改めて、さっき私に真剣に向き合ってくれた時の先生はかっこよかった。大人って、あんななんだ。
私は、まだ子供なんだね。だから、我が儘言ってもいいのかな。
「先生、お願いをしてもいいですか?」
「なにかな。エリちゃんからなんて珍しいね」
「制服を用意してもらいたいんです」
「制服?」
「はい。ヴァルキューレの制服ではやはりもう、活動に支障を来すことも増えました。ですから、よければシャーレの制服が欲しいんです」
困らせてしまうかな。初めて、大人の人に我が儘を言ってしまった。先生は少し考えてから、笑顔で答えてくれた。
「うん、いいね!新しいエリちゃんの服!可愛いの、用意してあげるね!」
「ありがとうございます!」
近いうちにこの制服の袖を通すのは最後になるだろうけど、そのときはきっと、未練なく、新しい制服で前へ進めると思いたい。
なんで主人公のメンタル補強したのかと言うと友達が大変なことになりますからね