「ん……今日のはいいですね。予約待ちした甲斐がありました」
連邦生徒会のサンクトゥムタワー、その一室。キヴォトス内の防衛をその名の通り担う防衛室、室長である不知火カヤは昼下がりの何も邪魔が入らないこの時間を満喫していた。手には予約して何ヶ月も待って手に入れたコーヒー豆で淹れたコーヒーがあり、カップからは湯気とカヤ好みの香りを発していた。
彼女は至高のコーヒーを飲みながら平和そのものなD.U.地区の様子を大きな窓から眺めるのが好きだ。まさに自身の優れた才覚がこの美しい景色を生み出しているのだと心が満たされていく。
しかし、そんな素晴らしき時間は終わりを告げる。部屋の扉がノックされた。
「おやおや、誰でしょうか」
邪魔された苛立ちを抑え、理性的で寛大な指導者であることをカヤは見せつけるため、優雅にカップをデスクの上にあるソーサーの上に置く。茶器は彼女のお気に入りであり、トリニティ自治区の名工が手がけた並の生徒では購入できないものであり、カップとソーサーが触れる音ですら美しいとカヤは波立つ感情を落ち着かせる。
「どうぞ」
「失礼します」
「……おや、カンナではありませんか。何かありましたか?」
扉の向こうからカヤのテリトリーへと侵入したのはヴァルキューレ公安局の局長、尾刃カンナだった。まるで警察犬のような精悍さと、ピンと立った金の毛並みの耳、同じくところどころはねる金色の髪が特徴的であり、ヴァルキューレ公安局の制服は着慣れた様子がすぐにわかる。ベテランの風格であった。
皺一つなく手入れされたカヤの連邦生徒会の制服とは大違いである。
カヤの言葉にカンナは内心舌打ちする。
「………防衛室長から、本日の15:00にこちらへ来るよう、指示を受け参りました」
「え?……あぁ、そうでした」
「どういったご用件で」
「いえいえ、今日はあなたと“おしゃべり”をしようと思いまして」
一度は置いたカップをソーサーごと持ち上げ、カヤは応接用のソファへと歩みよる。
「かけてください」
「はっ。失礼します」
座れ、という指示にカンナはブレなく行動し、実行する。その様子にカヤは「なんて利口な子なんだろう」と愉悦感を覚えずにいられない。
「では私も失礼して」
「……それで、ご用件は」
「まぁ待ってください、カンナ。そう、話を急かすのはよくありませんよ」
余裕を以って、カヤはカップに口をつけ、コーヒーの香りと風味を享受する。
「(なんの話をしようとしていましたっけ)」
待ちに待っていたコーヒーを入手した喜びからか、カヤはカンナに話そうとした内容を忘れていた。忘れたが、カンナをあえて呼ぶあたりそこに理由があるとカヤは考える。
「(例の計画は……昨日、おしおきをしたばかりですし。カンナと話すようなことはそれきりしばらくはなさそうでしたが)」
昨日もカンナを呼び出していたが、カヤは別件だったはずだと頭を巡らせる。そして、ようやく思い出す。
「草鞋野エリカ、という生徒をあなたは知っていますか?カンナさん」
カヤは一昨日にクビにしてシャーレなる組織に飛ばした平の防衛室役員の名前を告げた。カンナの動きが、目に見えてぴくりとして、止まる。
「確か、ヴァルキューレからの推薦でしたよね…彼女」
「………不知火室長の言う通り、草鞋野はヴァルキューレからの推薦で連邦生徒会へ加入しています。それに、防衛室への配属であったと、記憶していますが」
「ヴァルキューレ時代はどうだったんですか?」
「職務に対し、誠実かつ正確な判断と行動。遭遇した事件の犯人の逮捕率100%。市民からの信頼も厚く、優秀なヴァルキューレ生でした」
「へぇ、なるほど」
「それぐらいのことは履歴書で不知火室長もご存知かと思いますが」
「えぇ、確かに。まぁ……そんな優秀だったのですね。とはいえ、クビにしたんですよ、彼女。一昨日」
「は?」
あまりにも間の抜けた表情をカンナが見せ、直後、カンナに名付けられたあだ名通りの表情が踊る。カヤはその壮絶さに一瞬、膀胱がキュッとする。
「そ、そんなに動揺しなくてもいいじゃないですか、カンナ」
「……ッ……ぅ………失礼、しました。不知火室長」
まるで今にも“狂犬”が喉元を食い破ろうとするのを強引に理性で抑え込んだカンナの姿に、カヤは初めて飼い犬に手を噛まれたような気分になる。わずかな放心のあと、咳払いをしてカヤは話を続ける。
「んんっ!それで、あなたと草鞋野さん、お知り合いでしたか?」
「同期ですが」
「なら、よほど仲がよかったのでしょうねぇ?先ほどのカンナの気迫、すごかったですよ」
「………………」
「あぁ、なにも苛めてるわけじゃないんですよ。私、クビにしましたが気に入ってはいたんですよ?」
カヤがまるで、旧友との思い出を語るかのような雰囲気を醸し出しつつ口を開く。
カンナの中にいる狂犬は今にも目の前の羊を食い散らかしてしまいそうだった。
「庶務として加入して、雑務はバッチリ、受付業務もしっかりしていました。先ほどの評価を聞けば納得です。何より、そう!私の趣味にすごい理解があったのです!」
匂いだけでコーヒーの種類を当て、飲み方まで簡潔にカヤへ教えてくれたことを彼女は徐々に思い出していた。カヤの趣味を理解する役員は少ない。その中で、非常に貴重な理解ある役員。
「であれば、何故、クビに?」
「疫病神だからですよ」
今度こそカンナはカヤに噛みつきそうになるが、寸でのところでこらえる。
「彼女が来てからすぐに何が起きたと思います?連邦生徒会会長の失踪ですよ」
「……それが何故、エリカと関係あるのですか」
「なにも?そして次は何が起きたと思います?」
カンナはもう口を開けない。ギリギリと、歯を食いしばり出していた。
「次に起きたのは矯正局の大失態。そう……7囚人の脱走ですよ」
キヴォトスそのものを危険に晒す、重犯罪を犯した7人の生徒たち。災厄ともされるそれが解き放たれたことは悲しいことであるとカヤの頭に記憶されている。
「そして極め付けはついこの前に報告のあったアビドスでの一連の騒動。本来なら防衛室が介入しなくてはいけない案件を会長代行のシャーレが解決してしまいました」
「……なにも」
「なにも?」
「なにも、エリカには、関係がありません、が?」
「ありますとも。彼女が来てから!私の周りでおかしなことばかりです!他の役員も言っていました。仕事が奪われたり、勝手に問題を解決したり…ですから、素晴らしきリーダーである私は苦渋の決断をして、彼女をクビにしたんですよ」
「それで、あいつは、どうしているのですか?」
「あぁ、もちろん。再就職先は用意しましたよ?シャーレに行ってもらいました。人手が足りないようですから」
得体の知れない新しい組織に親友がいる。カンナは怒りのままに立ち上がり、カヤには敬礼をして立ち去ろうとする。
「おやおや、カンナ。あなたらしくもない。どこへ行くのですか?」
「これで失礼いたします。本官にも、仕事がありますので」
扉は静かに、しかし、いつもよりも大きな音を立て閉められる。カヤはかくかくと、生まれたての子羊のように密かに震えていた足を落ち着かせるためにもコーヒーに口をつける。
「はぁ、何がいけなかったのでしょうか?」
本心からカヤはそう言った。
「………お友達になれそうでしたので、本当に残念とは思っているのですよ?草鞋野エリカのことは。私の趣味、初めて真正面から、いいと言ってくれたのですから」
お世辞などではない純粋な言葉。カヤの独り言は誰の心にも届かずコーヒーと一緒に真っ暗闇へと流し込まれた。
「ユキノちゃん、草鞋野副局長のこと、聞いた?」
「聞いている」
「………私たち、これからもあの人の下で動いていいのかな?」
「方針は変わらない。無駄な足掻きをするよりも、確実だ」
「本当に?」
「そうだ。“揺るぎない正義は、正当な権限のもとに行使されるべき権利である”。草鞋野副局長の理念は新しいSRTのために必要だ」
「正当な権限、なのかな」
「それを今から作る。私たちで」
「できるのかな」
「FOX2、私たちは武器だ。“行使されるべき権利”だ。だから、草鞋野副局長の新たな居場所を我々が用意する。それは、私たちの大願も同時に叶えることになる」
「…………そうすれば、きっと、報われるかな、副局長は」
「あぁ。――新たなSRT、新たなSRTの生徒会長の席。それを為すために、感情はいらない」
「…了解、FOX1。けど、私、許せないかも、あの人のこと」
「その感情は不要だ。……今はな」
カヤは好きです(強調)
カヤはただ主人公のことをカンナに聞こうとしただけで煽るつもりは全くありませんでした。
ちなみに主人公クビにしなかった場合、カヤは頑張りを褒めてくれる友人が出来、でろでろに依存します。そして強化されてしまうのでクーデターが大変なことになってしまいます。