Area-01「シャーレ執務室 #夏休み #休日出勤 #休日割り増し」
『ご覧ください!異常気象に見舞われているレッドウィンター自治区では現在南国のフルーツが売られ――』
「なんかすごいことになってるねチェリノのところ」
「そうですね」
梅雨の時期も過ぎて夏に入りかけたある日のこと。仕事を先生と二人でやりつつテレビを流していたら、年中冬のレッドウィンター連邦学園の一部地域で異常気象が起きてるニュースがやっていた。それでも大半は冬のままだからどれだけ広いんだろうあの学園の自治区。
「こっちは台風かってぐらい雨ひどかったし」
「ミヤコちゃんたちからいきなり機材の宅急便が送られてきた時はびっくりしましたね」
苦笑いしつつ、一番ひどい雨が降った週の途中でシャーレのロビーに通信機器の類がなんの断りもなく送り付けられたことを思い出した。ソラちゃんが怖くて慌てて私を呼びにきて事態が発覚したけど、ミヤコちゃんがなんとか風倉さんの装備だけでも守ろうと行動を起こした結果だった。
弾薬関係は全部ダメになってしまったみたいだけど、シャーレに送った代わりの効かない機材は無事だった。
もちろん私たちも心配になり4人を見に行ったらキャンプ装備の半分以上が雨による浸水と強風で大破し、やむなくトラックの中で過ごしているのを発見した。あまりに可哀想なので暖かい飲み物を差し入れて、キャンプ用品のアウトレットのチラシをさりげなく渡したらミヤコちゃんからものすごい感謝された。空井さんにはたぶらかすなって言われたけど。
「梅雨も先週開けましたし、とうとう夏到来ですね。先生はどこかに夏季休暇とられます?」
「夏季休暇取れるの?シャーレって」
「………七神代行に聞いてみましょう!」
あまりに悲惨すぎる先生の表情に私は慌てて連邦生徒会へ電話をかけた。5コールぐらいして代行は出てくれた。
『連邦生徒会、七神です』
「代行!お久しぶりです!お元気ですか?」
『……えぇ、まぁ。どうしましたか?』
「シャーレって夏休み取れますか?」
忙しそうなので早々に本題を出すと、七神代行はしばらく沈黙したのち、ため息をついた。
『特にこちらから制限するものでありません。先生に聞いてください』
「了解です!失礼します!」
電話をすぐに切った。忙しい時間にかけてしまったようだった。先生は私をじーっとみていた。なんか目の奥が濁っている。
「せ、先生!代行に聞いたら特に決まりはないみたいなので、先生が決めてよさそうです!」
「よし!今日は夏休みだ!休もう!」
「わひゃう!?」
突如先生が私の胸の中に飛び込んできた。つ、疲れて先生がおかしくなってる!最近は細々とした依頼も多かったし、ミヤコちゃんたちの件が落ち着いたから余計に何かのタガが外れてる。ちょ、顔を私の胸にすりすりして匂いかいでる!?
「せ、先生!ダメですって!」
「いい匂いだな〜、この香水の匂いすき〜」
「もう、先生ってば!」
ど、ど、どうしよう。せ、セクハラされてる。強引に引き剥がすと先生を怪我させちゃうし、気絶なんてとうてい出来ない。困っていると先生は私から一旦顔を離すと立ち上がった。
「せ、せんせい?」
「よーしよしよし」
「ん!?」
今度は私が先生の胸に埋められてものすごい頭を撫でられた。お、おっきい先生の胸に挟まれて若干苦しいのと柔らかさの安心感が交互にやってくるし、頭の撫で方が気持ちよくておかしくなりそう。
「せ、せんせい、やめてください!わたし、わんこじゃないん、ですからっ」
「はっ…ご、ごめん、つい…」
少しじたばたしたら先生は離れてくれた。もうっ!
「先生。こういうこと、他の生徒にしてないでしょうね」
「イズナはモフってるかな……」
「それは知ってます!逮捕しちゃいますよ!」
「わーわー、ほんとごめんって!疲れててつい……」
「まったく。……それで先生、夏休み、実際どうしますか」
気を取り直して聞き直すと、先生は席に座って「うーん」とデスクに肘をついて考え出した。
「実際問題、取れると思う?」
「どうなんでしょう……」
「それ答えだよエリちゃん…」
夏になるとトラブルが増える。これはヴァルキューレのサイトで毎年公表されている統計のデータ通りだ。水着売り場が戦場と化すのを皮切りに、違法水着(布に見える精巧な紙製)、密猟、シージャック、砂浜占拠……と数えきれない事件が増す。ヴァルキューレ時代はこの時期に遊びたい部下たちを激励してなんとか頑張らせていた。私だって遊びたかったのに。
当然、シャーレにもお鉢が回ってくる。最近の細々とした支援要請はヴァルキューレだけでは対応不能なものを任せられてるからだ。
「粗方のものは片付けて、あとはこの山のような報告書を出せば終わりですが……まだ夏は始まったばかりですからね」
「手が足りなさすぎてアビドスの子たちにも手伝ってもらったけど、流石にこれ以上は申し訳ないし。それに、エリちゃんこそ夏休みとっていいんだよ?」
「先生、私はシャーレの生徒です。先生一人を放っておけないですよ」
「え、エリちゃん〜〜〜!」
うわーんとまた先生が抱きついてきた。しょうがないのでもうされるがままにした。実際問題先生を放置したら鷲見さんのご厄介になるのは目に見えているので放っておけない。鷲見さんとは個人的に先生の健康状態のことでモモトークしてるけど、やっぱり夏は熱中症とかで救護騎士団も忙しいらしい。
せめて避暑地に行けたら、なんて思っていたところで、執務室の扉がノックされた。誰だろう。今日は誰も訪問の予定はないはず。
先生が私から離れてお客さんに呼びかけた。
「はーい!どちら様ー!?」
「私です。佐城です」
「トモエさん?」
「はい、トモエですよ。先生、エリカさん」
扉が開けられ、現れたのは薄い紫に近いピンク色の髪を襟足のあたりから長い三つ編みにしたとてもスタイルの良い生徒。普段の厚着ではなく、夏らしい涼しげなパンツスタイルのレッドウィンター事務局秘書室長の佐城トモエさんだった。
なんでここに?レッドウィンターって僻地も僻地で、D.U.へは飛行機で来ないとそれなりの日数がかかる。いつもは電話で話が来るのに直接来たのは初めてじゃないかな。
「直接お会いするのはお久しぶりですね」
「そうだね。元気にしてた?」
「おかげさまで」
先生の声にトモエさんはなんとも営業スマイルで答えている。彼女との出会いはレッドウィンターの生徒会長であるチェリノちゃんから来た支援要請で会いに行ってからだ。そのときの支援要請は単純に顔合わせと美味しい外のプリンを教えろ、というもので本格的なものじゃなかったんだよね。
お菓子作りが意外にも得意な先生がプリンをチェリノちゃんに作って上げてから「カムラッド」と呼ばれて気に入られて、私もついでに構ってあげられたら「エリーシャ」と呼ばれた。トモエさんは子供のようなチェリノちゃんの代わりにあの無限に広大なレッドウィンターを取り仕切っている実質生徒会長で、チェリノちゃんの貴重な友達ということで私たちを少し厚遇してくれた。
そんな一自治区の長が護衛もつけず、私服に着替えてここに来るということはきっと何かある。私と先生は察して、応接用のテーブルにトモエさんを案内して、対面した。
「急にすいません。何の連絡もせず」
「気にしないでください。それで、トモエさん。今日はどうしたんですか?」
「そうですね。アイスブレイクをしている暇はないですし、すぐに本題に入りましょうか。その前に……これをどうぞ」
トモエさんが肩掛けのバックから取り出したのは2枚のチラシだった。それぞれ私と先生に手渡してきて、内容を読むと“イワン・クパーラ開催のお知らせ”と書いてあった。
「確かこれって、レッドウィンターの夏至祭ですよね?ちょっと時期が遅い気がしますけど」
「はい。エリカさんの仰る通りですが、今年はチェリノ会長きっての要望で、よりレッドウィンターの威容を他の自治区に知らしめようと、大きなお祭りにしようとなりました」
「そうなんだ。チェリノらしいね」
「えぇ、あの子らしいですし、実際外貨入手の手段として、観光事業は使えますから久々にまともな案を出したなと」
トモエさんはチェリノちゃんに盲目的に仕えてるように認識されてて、実はヴァルキューレ時代に公安局からものすごい危険人物としてマークされてた。実際に接すると盲目的な部分は真逆で、チェリノちゃんがただの子供ということを理解していて、その上でその体制を支えてる“ホンモノ”だった。
加えてアジテーション能力はおそらく全自治区において最高と言ってよく、彼女がその気になればレッドウィンターがキヴォトスで覇道を征くことも可能だと。……もっと危なくない?と思ったのは内緒。
「へー、それなら私たちも招待しようって感じかな?」
「えぇ、最初はチェリノちゃんや私もそうでした。他の部活の生徒も先生が来れば盛り上がると一部は張り切っていました……」
表情が翳る。問題が起きたらしい。私と先生が無言で続きを促すと、トモエさんは更に目の前の背の低いテーブルの上に大きな地図を広げた。レッドウィンターの自治区全域の地図だ。本当に広大な自治区で、連邦の名の通り、さまざまな衛星学園が自治区内には分校として存在していた。
トモエさんがそんな広大な自治区の一角を指差した。
「問題が発生したのはこの地区です。最近、連邦に編入した地域です」
「あれ、これって」
「テレビはご覧になられましたか?異常気象が起きていると報道されているところですね、ちょうど」
さっきクロノスの報道番組で言われてたところだ。
「南国気象になっているんですよね?」
「そうです。ですが、問題は“そこ”ではありません」
次にトモエさんが出したのは……なんだろうこれ。よくわからない書類が出てきた。
「先生、これは…」
「土地の謄本だね。流石にこの地区の全部じゃないから一部のかな?」
とうほん?なにそれ。先生が少し説明してくれたけど、ようはその土地を”誰が持っている”というのを書いたものらしい。
「えっと……抵当権の設定が……?ん?オクトパスバンク?」
「銀行ですか?」
「みたいだけど、レッドウィンターの所有になってれば“レッドウィンター連邦学園”になってるはずだね、ここは」
編入された土地の所有が変わっていないのが問題らしい。私はこのテの事件取り扱ったことないからよくわからないけど、トモエさんの表情がかなり深刻なものなので結構まずい問題のようだ。
「当初、編入条件として自治区の全ての土地所有権を移譲されるはずでしたが、渡されたのは全ての土地の“賃借権”でした。つまり、逆に編入されたことでレッドウィンターがこのオクトパスバンクに賃料をとられています」
「……詐欺?」
「実際、この編入は私がいない時間を狙ってチェリノちゃんに結ばせたものだと聞いています。実行した生徒は既にマリナ保安委員長が粛清していますが、チェリノちゃんには当然、この事実は知らせていません。むしろ、南国のリゾート地が出来たとここでイワン・クパーラを開くことになっています」
なんとなくわかるけど、これ絶対詐欺の類だ。シャーレに相談じゃなくて連邦生徒会へ相談した方がいいんじゃないのかな。
「トモエさん、連邦生徒会へ相談は?」
「していません。というより、できません。下手に動くと、レッドウィンターが滅ぶので」
「「は?」」
思わず私と先生が間の抜けた声を出してしまった。れ、レッドウィンターが滅ぶ!?そんな大ごとになってるの!?
トモエさんの話は続く。
「現在、この地区はオクトパスバンクが勝手にあらゆる学園の自治区に“アウトランド・リゾート使用権”と呼ばれる土地の開発権を配っています。中には商店街のおみくじで配っているところもあるそうです」
「つまり…?」
「あらゆる自治区の生徒が今この地区に集まり好き勝手に領土権を主張し、争い始めています。ここにレッドウィンターが介入すれば他の自治区から反撃を受け滅ぶ可能性があります。正直に言ってしまうとレッドウィンターは領土が広く、兵器も数が多いだけで士気なんてものはありません。毎週のように革命をしていますから、むしろこれに乗じている生徒もいます」
なんか無茶苦茶なことになってません……?私と先生が呆然としていると、トモエさんはこれまでの表情を一変させてとても弾んだ声を出した。
「というわけで、先生、エリカさん。この夏はこのアウトランド・リゾートで過ごしませんか♪」
スッ…と一枚の券が差し出される。先生がそれを手に取って、なんともいえない表情で私に渡してきた。確かにアウトランド・リゾート開発権と書かれていて、裏面を見れば発行元はオクトパスバンクとなっている。
そこにはこのように書かれていた「全てのエリアを開発頂いたお客様には土地の使用権を差し上げます。その後のリゾートでの売上はオクトパスバンクへ毎月一部をお支払い頂きます」もうなんか色々怪しい。
「これつまり」
「えぇ、そうです。私、レッドウィンター連邦学園、佐城トモエはシャーレへ支援を要請します。このアウトランド地区の全てのエリアを開発し、土地の利用権を入手後、レッドウィンターへ返還してほしいのです」
なるほど、完全な第三者であるシャーレが矢面に立てば角が立たない。
うん、そうだね。トモエさんの考えはわかった。
「り、リゾート地、いけそうだね?エリちゃん」
この夏も退屈しないお仕事になり、歪な笑みになっている先生が可哀想なので、せめてお互い可愛い水着で遊べる時は遊ぼうと思った。
こうして、私たちの夏は……味方と敵が入れ替わり立ち変わる過激な夏へと突入するのだった。
というわけで夏編に突入です。
過酷なリゾート開発戦争を先生と主人公は生き残れることができるか?
ちなみに本作のレッドウィンターのチェリノ以外の粛清は割と熾烈です。
トモエの底知れなさが恐い