「トモエ!元オレンジパウンドはちゃんと準備をしてくれているのか?」
「えぇ、滞りありません。順調にリゾート地としての開発を続けているようです」
「ならいい!彼奴らの工業力だ。仕上がりは悪くないものだろう」
レッドウィンター連邦学園の生徒会長、蓮河チェリノからの進捗確認に、トモエはまるで問題ないかのように答える。
「チェリノ会長。ゲヘナの羽沼議長との会談は夏至祭の後でよろしいのですか?」
「無論だ!先に楽しんでもらった方が後で話も弾むだろうし、いいだろうからな!」
トモエはマコトが既にアウトランド・リゾートで無茶苦茶をやっていることは承知していたが、最終的にエリカによって鎮圧されたことも聞いていた。チェリノの耳に入る前に叩いてくれたことにトモエは心底感謝しつつ、単独で戦車を仕留めたというエリカの能力に危険だとも感じていた。
「(よくも手懐けられているものです。先生も。不正があれば隣にいる友人ですら撃てる彼女を相手に)」
トモエはエリカがシャーレという組織に入った時点で彼女に関する情報は集めていた。何故、ヴァルキューレで多大な功績を残したのにも関わらず追い出されたのか、その理由を。
一つの学校を預かる幹部生徒としてトモエはエリカとの関わりは程々にしておく方がよいと考えていた。チェリノの良き友人となれそうであるが、トモエとしてはあまり関わってほしくない、というのが実情だった。
草鞋野エリカの犯した汚職は本来、ただの不良などとはワケが違う。矯正局で無期限に収監されてもおかしくはないものであると、トモエは盗み見たヴァルキューレのデータから判断した。
「(追い出されるだけで済んでいるのは奇跡でしょう。むしろ、事を大きくしたくないから公には伏せているのか……いずれにせよ、使えるうちに使う、という気持ちでいた方が良さそうですね)」
トモエはチェリノに一度離席を伝え、チェリノの執務室から出ると先ほどからバイブレーションで震えていた携帯を取り出す。相手はエリカだった。
「はい、佐城です」
『お疲れ様です。草鞋野です。あの、今いいですか?』
「お疲れ様です。えぇ、構いませんよ」
ゲヘナの温泉開発部により通信網が故障していた事をトモエは知っていたが、アウトランド・リゾート内にいるエリカから連絡が来たということは温泉開発部をどうにかしたということ。流石の手際の良さだとトモエはエリカの能力を評価する。
『リゾート内の子がオクトパスバンクの営業マンから名刺を貰い、カイザーの関連会社であることがわかりました。このことは把握されてますか?』
「いいえ。チェリノ会長に話をしてきた生徒からはそのようなことは」
薄々はトモエも“悪い大人”のせいでオレンジパウンド高校がおかしなことになっているのは勘づいていたが、もう尻尾を掴んだのかとトモエは舌を巻く。
『これから私たちはその営業マンを追います。相手は収益性の高い開発地に先行投資をしているようです。おそらくは後から“回収”を狙っているのかと思います』
「つまりは、アウトランド・リゾートの覇権を握った相手から最後に巻き上げる。ということですか」
『その可能性は高いです』
開発権に書かれていた内容と合致はしているとトモエは思った。
「なるほど、わかりました。いずれにせよ、他校の生徒を巻き込み、最終的にそうなれば傀儡的な“何か”が出来上がるでしょう」
『それはどういう……』
「ここはキヴォトス――学園都市です。その“何か”がどういうものであるかはわかりませんが」
トモエはオレンジパウンドの生徒と、エリカの今の話だけでなんとなくであるがオクトパスバンク、その元のカイザーグループが何を目指しているのかを悟った。それは間違いなく将来的にチェリノの安全を脅かすことも想像できた。
「(そういえば、人材室長から、防衛室の不知火カヤがカイザーグループのPMC主催の講習会をヴァルキューレにやってはどうか、という話が出ていると聞きましたが……なるほど)」
レッドウィンターの情報網はその巨体に見合うものだ。生徒数が多いということはそれだけ目と耳があり、連邦生徒会に排出したOGの存在は数知れない。トモエはうっすらであるが点と点が線でつながったことがわかった。
「では、こうしましょう。当初の支援要請では先生とエリカさんには“全地区の開発”をお願いしましたが、内容変更です。オクトパスバンクとオレンジパウンドの契約が不当である証拠を見つけてください。その営業マンが全貌を知っていればあとは連邦生徒会の調停室にでも垂れ込めばオレンジパウンド高校は元に戻るかもしれません」
『わかりました。……それにしても、オレンジパウンド高校の生徒はレッドウィンターへ転入したのでは?』
「して貰いましたが、一時的にです。大半の生徒はまさか自分の学校が財政難で気がつけば借金のカタに土地を持っていかれてるとは思いませんから、問題が解決したら戻ってもらう予定です」
ただでさえ内部の統制を取ることに時間を費やしているトモエは、緩衝地の管理の手間を省くために、元から工業高校としての技術力を買ってオレンジパウンドと貿易を重ねて衛星学園として維持してきた。故に、今回のオレンジパウンド高校の一件はトモエとしては不本意なのだ。
『わかりました。ではこちらも先生と連携して動きますので』
「はい。お願いします。朗報をお待ちしてますよ」
通話はそこで終了する。
「ふぅ………全く余計な手間を……」
そもそもとして実態のない会社がした契約など、そもそも契約元が存在しないのだからその気になればいつでも連邦生徒会へ言えばこの状況は解消できるのだ。トモエはそれをわかっていた。わかっていて、この状況を利用した。
「タイミングがいいのか、悪いのか」
チェリノが言い出した夏至祭の大規模な開催は実に2週間前のことである。そんな短期間で小規模とはいえ、自治区一つ丸々使ったお祭りなど開催できるわけがない。どうしたものかと頭を悩ませていた時にトモエのところにオレンジパウンド高校の話が流れてきた。
工業製品の生産用の機器を更新したらとても払いきれないもので、土地を担保にローンを組まされ、あっという間に土地を持っていかれたと。そして、勝手に土地をリゾート扱いにされ、さまざまな学園が乗り込んできたと。
それをトモエは利用した。他校の生徒という人海戦術を使用しまるで各学園のパビリオンのようにリゾートを建造させれば夏至祭には間に合うと。そうして最後にシャーレを投入し、カドが立たない形でまとめあげ、連邦生徒会へ垂れ込めば少なくとも調停が入り、オレンジパウンド高校は元に戻る。それで残った観光資源をオレンジパウンドに渡せば、そのあともオレンジパウンド高校は生き延びていくことができる。
「シャーレがここまで強制的でないやり方をする組織だったとは。少々、手間を省こうとして痛い目を見ましたね」
だが、当初想定したトモエのシナリオは最後の部分だけ崩れていた。シャーレが強制的に観光地を全て占領し、開発した生徒たちは一掃されると思っていたのだ。現地で監視をしている生徒たちからはそうなっていない、とトモエに報告が入っている。
「まぁ、結局残ったリゾートを運営するための人材育成をオレンジパウンドにしてもらうつもりでしたし…土地が戻れば単純に商業施設として土地を賃貸している、という形に戻すのが妥当でしょうか」
巨人の頭脳が描いた結果は変わらない。生徒たちを掌の上にあると過信し操っていると思っている“大人”は、より大きな“巨人”の掌の上にいることに気がついていなかった。
「――ということで、トモエさんからは支援要請の内容が変更されました」
『ほーん、なるほど〜……わかったよ』
なんとか電波を復活させて、先生に一度電話したら、トモエさんにも電話してみて、と言われたので電話したら依頼内容の変更がかかった。先生はこのことを読んでたのかな?
『まぁ、トモエには諸々終わった後に“お話”するとして、じゃああとは営業マンを探そっか』
「そうですね。先生の方はどうです?」
『いやぁ、こっちは調査とかそれどころじゃなくてさ。ちょくちょく別のリゾート狩りから攻撃受けてるのよ』
イズナちゃんに連れていかれた先生は水着姿でウェイトレスと度々襲い掛かるリゾート狩りとの戦闘で指揮を取らされてるらしい。大変そうだ。ただ、出張版の百夜堂自体は好評らしく、売上はいいのでシズコちゃんの悪い顔が止まらないとのこと。どんな顔なんだろうか。
それにしても先生の水着姿……気になる。
「リゾート狩りはまだこちらは遭遇していませんけど、どんな感じなんですか?」
『ヘルメット団の本流かな。みんな元気で参るよ』
ヘルメット団、本当にどこにでも現れる気が。でも、ヘルメット団程度ならイズナちゃん一人でもなんとかなるかな?百夜堂の子たちもいるだろうし。
「ひとまず、合流させてください。今後のこともあるので」
『そうだね。ただ、無理はしなくていいよ。もう夕方だから、最悪一晩どこかで明かして、明日の朝合流でも』
「そうですか?いいのでしょうか」
『エリちゃん。君は大丈夫だけど、ナギサとハルナはどうかな?』
あぁ……先生に咎められた。私、熱くなりすぎてる。
今、私たちがいるのは温泉開発部の露天風呂から程近い電波塔の下だ。ホシノちゃんがチヒロちゃんと連携を取ってくれていたおかげで、復旧はスムーズに進んだけど、私が振り返れば、ナギサちゃんは気丈に振る舞ってるけど、電波塔を囲むフェンスに少し寄りかかってる。
ハルナは意地なのか立ってはいるけど、表情が固い。ダメだ、私。二人に甘えて…。
「……すいません。先生、私」
『一生懸命になることは間違いじゃない。なにしろ、今回は事が事だからね。でも、一人じゃない。みんなで力を合わせないとこの事件は解決できない。一旦休憩して、遊びなさい。エリカ』
「はい。わかりました。じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」
『よろしい!なんだかんだ、私もこっちで楽しんでるから。接客なんて久々でさ〜』
「先生も楽しまれてるなら、よかったです。それじゃあ、また明日」
私が電話を切ると、ホシノちゃんが「また明日?」と首を傾げていた。私は携帯をしまいつつ、先生と話した内容を今この場にいるナギサちゃん、ハルナ、ホシノちゃんに伝えた。そうすればホシノちゃんが残りの二人を見て納得したのか、表に出していた威圧感のようなものをキュッと奥に引っ込めてくれた。
「うんうん。確かに先生の言う通りかもな〜、おじさんもくたくただし、ここいらで休もうか〜」
ものすごい脱力にナギサちゃんの目が点になっていた。いやほんとこのホシノちゃんの切り替えには驚くし、こんな柔軟な生徒会長ってなかなかいないと思う。
「休むのは構いませんが、どこで……テントなどはありませんのよ?」
ハルナの指摘通りだ。野営用の装備はない。キッチンカーの中だ。今から取りに行くことはできなくもないけど……。むっ?なんか近づいてくる音がした。きゅらきゅらと、これって。
「話は聞かせてもらったぞシャーレの!困っているようだな!この私、羽沼マコトが助けてやらんこともないぞ!」
声は大きいけど割と普通に坂を登ってきたIII号戦車に乗った羽沼マコト議長が現れた。流石にもう暑いのか帽子とマントはそのままだけど、服じゃなくて随分とセクシー(?)な黒ビキニに着替えていた。金の模様が入ってエレガント、に見えなくもない。
「……えっと、どちら様?」
ホシノちゃんが微妙な顔つきで指差した。
「キキキキッ!イブキと同じぐらいのちびっこ!わかるように説明してやろう!私はゲヘナの偉大なる指導者にして万魔殿の議長である羽沼マコト様だ!」
ホシノちゃん、ピキッて一瞬なってなかった?ちびっこ、って言われてものすごい今一瞬怒ってなかった?……察しのいいナギサちゃんも気がついたのか顔を青くしていた。
「あ〜、羽沼議長!どこの誰から何を聞いて手伝ってくれるんですか!?」
「温泉開発部から現状は聞いた!先ほどは貴様らに辛酸を舐めさせられたが、この海よりも広い心で許す!共に悪党を懲らしめようではないか」
何がどうして私たちを手伝うってなったのかはわからないけど、人手が多い方が助かるのでまぁいいか。今は猫の手も借りたい。
「ありがとうございます!ですが、本日は一旦休憩し、明日から再度調査を開始する予定です!」
「なんだ、そうなのか!?」
あ、待った。これはチャンスだ。戦車隊が来てるぐらいだ。この人たち野営地を準備してあるのでは?
「あの、もしかしなくても野営地あります?」
「あるが?」
「良ければ泊めてもらっても……」
私のお願いに、羽沼議長は少し考えてからニヤァってした。あ、これダメなやつだ。
「ダメだ!……と言いたいところだが、私も鬼じゃない」
「どういうことです?」
「テントやBBQセットは貸し出してやる。食材もやる。だが遊んでいるところをカメラで撮れ!」
私とナギサちゃんとホシノちゃんの頭の上に疑問符が飛びまくった。
「こんなおじさんの遊んでるところを売っても売れないよ〜」
「違う!売るんじゃない!イブキに見せるのだ!」
なるほど……って、まだ諦めてなかったんだそれ!?まぁ、それぐらいならいいかな。交換条件としては安いものだと思う。ホシノちゃんに私は近づいて、耳打ちで何故こんなことを言ってるのか説明してあげると納得したのか柔らかい笑みになった。
「ま、いいんじゃない?そっか、そういう理由で砂を持っていったわけね。言ってくれれば幾らでも渡すのに」
「……よくわからないが、撮ってくれるのか?」
「個人用ならいいと思います。ただ、流出させればヴァルキューレに通報しますからね」
「機密情報の取り扱いでこの私の右に出るものはいない。それは安心しろ」
信用していいかわからないけど、これで今晩はなんとか過ごせそうだね。
湖の畔に程近い場所に私たちは降りてきて、ゲヘナ戦車隊から借りたテントなどを立て始めた。ご丁寧に発電機や冷蔵庫も用意してくれて、言っていた通りBBQセットもあったのでお肉が食べれる。あと、何故か花火まであった。
カメラは定点とハンディを渡されて、テントの準備から既に定点は置いてある。楽しそうに準備しろ、とだけ注文が付けられたけど、なんとしても羽沼議長はイブキという子にここで遊んでほしいらしい。
「準備完了〜。ま、こんなもんかな」
「ありがと、ホシノちゃん。それにしても今日は随分積極的だね」
「んま〜、ちょっとお世話になった子がいるし」
言いつつ、ホシノちゃんは先に用意したビーチパラソルの下の椅子に腰掛けてうつらうつらとしているナギサちゃんを見た。そういえば、以前のアビドスの騒動の時、阿慈谷さんを通してカイザーとの戦いにトリニティは力を貸してくれたんだっけ。
「随分頑張ったんだねぇ。噂だと隙なんて見せない、ってタイプだと思ったけど」
「そうかな?今日1日一緒にいたけど、いい子だったよ」
「へぇ、さすがエリカちゃん。女の子誑かすのがお上手で」
「からかわないでよ」
「ごめんごめん。けど、やっぱりよく見てるね。そりゃシロコちゃんも気に入るわけだ」
ハルナも言うけどまるで私が遊んでるような言い方はご勘弁。私はただ、嘘もとか下手だから正直に生きるしかないんだけで…。
だけなんだけど……ちょっと、考えてしまうことがある。
「ホシノちゃん」
「ん?なにかな」
「私、人に冷たくした方がいいのかな」
私をよくしてくれる人たちがいる。そのことが、嬉しく、力になると同時に。
怖い。
「え……急にどうしたのさ〜、そんな深刻な顔をして」
「ホシノちゃんは、知ってる?私がヴァルキューレから追放される原因になった事件を」
私の問いに、ホシノちゃんはしばらく黙っていた。
さざなみと、風の音がその場を支配して、夕暮れが生暖かく包む。
「知らないって、言えば嘘になるよ。気になって、調べた」
ホシノちゃんが答えてくれた。
「けどさ、私は……人の傷を目の前でほじくるようなことはしない。それに、エリカ。人の傷は、自分の傷を思い出してしまうことだってある」
「……それは」
どういうことなのか、なんて聞けなかった。ホシノちゃんの瞳が、どこかで、鏡の中から私を覗いていた目だったから。
「だからさぁ、今は夏だしハメを外して、みんなで幸せになろうよぉ〜」
「うわわっ」
急に雰囲気が変わって、まるでムササビみたいにぴょんっと私に抱きついてきて、私は慌ててホシノちゃんを抱きとめた。
「それにさ……誰かが誰かを好きになるのも、それでどうにかなっちゃうのも、しょうがないよ」
「……っ」
「誰かのために優しくするのが罪だって言うなら、この世界で誰が銃を置かせて、言葉でみんなを繋ぐのさ。君はきっと、間違ってないよ」
その言葉は、先生みたいな温かみがあった。
体の力が抜けて、私は砂浜の上に膝をつく、気がつけばホシノちゃんの胸の中に顔を埋めて、私はみっともなく啜り泣いていた。
「よいしょ、っと」
ホシノは泣き疲れて寝てしまったエリカをナギサの隣に用意したビーチチェアの上に寝かせた。ヘイローは消え、エリカは完全に寝入っていた。
「……ぁれ……エリカさん?」
「おっと、起こしちゃった?悪いね。桐藤さん」
「いえ、そんな……っ!?何故私の名前を………!?」
「お世話になった人の名前はちゃーんと調べておくものだよ〜」
目が覚めたナギサの横に胡座をかいてホシノは座った。ナギサも身体を起こそうとするが、ホシノが手で制した。
「いーよいーよ、そのままで」
「あなたは……」
「おじさん?おじさんはね、小鳥遊ホシノ、っていうんだ。知ってるよね」
「あなたが、アビドスの……」
ナギサは知っている。アビドスの小鳥遊ホシノの名は一時期、三大校の中に出回っていた。“暁のホルス”と言われる並大抵でない“神秘”の持ち主であり、その戦闘力は計り知れず、熾烈なまでの攻撃性と暴力性がある――とナギサは諜報員から聞いていた。
だが、ナギサの目の間にいるホシノはどうみたって気だるげで、背の低い子供であった。マコトに身長のことを言われた際に見せた威圧感は、また別の話だったのだろうとナギサは思った。
「エリカさんとはカイテンジャーの一件で?」
「お、知ってるんだね」
「はい。以前、こちらにも調査の協力依頼を受けまして」
「なんかそっちの生徒さんかもーって言われたんだよね」
「……仮にそうだとしたら、アビドスにご迷惑を」
「まぁいいよ。ウチも広すぎて管理がおっついてないからね。だから砂だって持っていかれちゃったし」
たははっ、とホシノは笑ってみせる。規模は違えど、同じ学校を預かる生徒会長同士であったが、ナギサは次第にホシノの方が先輩なのではないかと感じてしまう。
「……懺悔を、させてもらってもよろしいですか」
「え?なになに?私、そんなシスターみたいなことできないよ?」
突然のナギサの言葉にホシノは戸惑う。そうしていると、水辺のほうでばしゃ、っと水から何かが上がる音がする。二人が視線を向ければ、現れたのはハルナだった。せっかく水着に着替えたのだから、と彼女は湖で泳いだのだ。
「ふぅ……気持ちよかったですわ」
「おかえり〜。どうだった?」
「綺麗でしたわ。これだけ澄んだ湖はないでしょうね」
ハルナは満足げに答えながら、空いているビーチチェアにかけているタオルを取ると濡れているところを拭く。その途中で、目を泣いて腫らしたであろうエリカが視界に映る。
「……どうされたのですか?エリカさんは」
「泣き疲れて寝ちゃった。色々、溜まってたみたいだね」
「…………そうですか」
「君も知ってるのかな?エリカちゃんのことは」
「知っているから、愛せているのですわ」
「おぉ、情熱的。けど、おじさん安心だよ。ハルナちゃんみたいな子がちゃんとこの子にいてさ」
「それで、お二人はなんの話を?」
「ん?なんか急に懺悔したいって言い出してさ」
ホシノからナギサが言いかけたことを聞き、ハルナはタオルを首にかけたまま、ナギサの前に立った。ナギサは改めて正面に立ったハルナを見る。美しい、という印象しか抱けず、腰のあたりに見える悪魔の羽が、その美しさを魔性のものであると証明する。ナギサは悪魔に見惚れたのだ。
「懺悔?桐藤さんは、何を懺悔されたいのですか?」
「それは……」
「天使であるあなたが、悪魔のわたくしの前で告白など、確かにおかしな話になりますわね」
「……………まぁ、そんな懺悔とか固くならずさ、悩みがあるならバーっと打ち明けちゃおうよ。夏なんだからさ」
ホシノは場が重くならないように軽く言う。ハルナはくすりとして「そうですわね」と肩の力を抜いた。ナギサはその言葉に甘えることにした。
「私は以前、エリカさんのことをよくは知りませんでした。だから、本人に言っていないとはいえ、ひどいことをたくさん言ってしまいました」
ナギサの告白に、ホシノとハルナは黙って耳を傾けた。
「しかし、今日1日彼女と共にあって、それらは間違いであると知りました。彼女ほど、このキヴォトスで、銃を簡単には撃たない人はいないと思います。そして、相手への理解を努めることも。ゲヘナの羽沼議長のことも、彼女がいなければ、友人想いの方であるとは知る由もなかったでしょう。温泉開発部の方と言葉で分かり合うこともできなかったでしょう」
それらは全てゲヘナの生徒で、ナギサのトリニティとは不倶戴天の関係。校内から悪い話はいくらでも集約され、ティーパーティーに挙げられる。ナギサはそれを、ある種の毒であると今は思い始めた。ナギサはひどい行いをするゲヘナの生徒をたくさん見てきた。同時に、伝聞だけで様々な話を受けた。
そして、纏めて相互理解はできぬと判断し、武器を抜けば互いに滅びる――そんな“制約”となるエデン条約を推し進めた。
本当にそれは、正しいのか。そんなことをしなくても、ダメなものはダメと根気良く伝え、やり過ぎてしまえば止める。これまで通りの、エデン条約のないままで、いいのではないだろうか。
ナギサはその可能性をエリカに見た。
「私は彼女を知らず。不誠実な者であると思っていました。けれど、違いました。彼女は真摯です。このキヴォトスには不釣り合いなぐらいに。真っ直ぐで、そのせいで傷ついてしまう……私は、彼女とどうすれば」
勢いで、エデン条約時の護衛をナギサは頼んでしまっていたが、それで何か、彼女に謝れないかと思っていた。だから、どうすればいいか、とナギサはエリカの友人二人に問いかける。
「別にどうもしないんじゃないかな?エリカちゃんと仲良くすれば」
「……あまり、そうは言いたくありませんが、わたくしも同感ですわ。気にする方が、かえってエリカさんの負担になりますわ」
「それでいいのでしょうか」
「いいも何も、エリカちゃんは真っ直ぐだからさ、こっちも真っ直ぐにいてあげようよ。それに、一生懸命すぎて無理しちゃうから、隣に誰かがいないと。特に先生がこうやっていれない時はね」
ホシノは優しい目で、ナギサを見る。特別なものは何もいらない、と言っているようだとナギサは感じた。
「……ありがとうございます。話を聞いてくれて。楽に、なりました」
「そりゃよかった」
「黒館さんも、ありがとうございます」
「礼には及びませんわ」
本来はヒフミの安否を確認するために同行していたが、気がつけばナギサはエリカの行く先が気になり、ここまできてしまっていた。
「そういえばさ、桐藤ちゃんって、ヒフミちゃん探してるんだっけ?」
「え、ご存知なのですか?」
「うん。山に入る前にずっと向こう側にいたよ」
「よかった…無事なのですね?」
「そりゃあね。一緒にいた子、おじさんは知らなかったけど、強そうだし、戦車もあるし、あと、観光客なら変なことにならないと思うよ、ここ」
予想外なところからヒフミの安否を知らされ、ナギサは安堵する。ホシノほどの実力者が言うのであれば間違いないだろうと。
「ふふっ……では、このお話はおしまいにしましょう。エリカさんが目覚めたらお夕飯にしましょうか」
「お〜〜いいねぇ。ところでBBQってみんなできるの?」
「「……………」」
「そっか二人ともお嬢様だもんねぇ」
「そ、それぐらいできますわ!串にお肉を刺して…」
「無理しない無理しない。エリカちゃん起きるの待ってよーねー」
ホシノは苦笑いしつつ、遠くで撮影をしているカメラを見た。いらない映像はカットしなくてはならないのだ。
「ちょっとごめんよ。お花摘みだ〜」
「どうぞ」
トイレに行く、と嘘を言ってホシノはそのついでと言わんばかりにカメラまで近づいて手に取る。
「……もしもしチヒロちゃん?」
「……んあっ――ごめん、仮眠取ってた。どうしたの」
「おおっと、ごめんよ。ちょっとビデオカメラのことで教えてほしいからいいかな?」
「よくわからないけど、それぐらいなら」
「あ、そうだ。ついでに、みんなの方はどうかな?」
「予定通り、ビナーとの邂逅はできたよ。ただ妙なことになって」
「なにかな?」
「砂狼さんが、セーラー服の狐耳の生徒たちがこっちを観察してたんだって」
「なにそれ?まぁいいや、戻ったら色々教えてね」
今回までで立ってしまった今後のフラグとして、ナギサは例の爆撃で”気絶”できなくなっています。気絶できなくなるということは庇う人がいるわけで……。
裏でこっそりカヤちゃんが動いてたり、狐と狼が邂逅しかけたりしてますが、その辺りはどこかで挟みたいところですね。
マコトが協力してきたのは単にレッドウィンターへの手土産を用意しようとしてるだけです。
というわけで今回の連続投稿はここまでです。
もう少しで夏編が終わります。今しばらく続きをお待ちくだい。