「近づいて来ましたが……あれは戦闘が始まったようですわ」
対岸にだいぶ近づいてきたってタイミングでそもそもスナイパーとして目がいいハルナが報告してきた。ちなみに、空から投下されたカイテンジャーグリーン(?)の集団はどういうわけかある程度の高度で待機しているようで降下はしていない。不気味だけど、手を出してこないなら一旦は放置だ。
それより、先生たちがいるであろうところで戦闘とは穏やかじゃない。私も対岸に目を向ければ何か大きな黒い物体が見える。
「なんでしょうか…あの黒い物体は」
「なんだろうねぇ。黒館ちゃん、見える?」
「確認しますわ……戦車のようです。ただ、砲塔に腕のようなガトリング砲や大きな主砲。更に砲塔後部にも長い砲のようなものが見えます。なんて重戦車……」
報告が確かなら明らかに学生が使うようなものじゃない。まさかオクトパスバンク…カイザーが仕掛けて来た?それなら話は早いかも。
「この距離ですと、私たちが持つ装備では対応が難しいです。迫撃砲があれば」
「ないものねだりをしてもしょうがないね。エリカちゃん、速度はもっと上げられる?」
「いっぱいだよ、これで」
急ぎたいけど、どうにもならない。引き続きハルナに見てもらうように促す。
「ハルナ、何か確認できるかな」
「少しずつですが詳細が見えて……あっ」
「どうしたの?」
「せ、先生があの大きな戦車の前に立ってますわ!!」
血の気が引いた。
「ちょ、えっ!?先生!?なにやってるんですか!?」
やばい。先生がそんな重戦車の前にいるとかまずいって!先生は私たちのように頑丈じゃないんだから戦車に轢かれでもしたら…!
「流石に不味いね。どうしようか」
「けど、ホシノちゃん。これ以上速度が出ないよっ」
「黒館さん。あなたの狙撃銃は」
「揺れるこのボートの上で当てる自信はありませんわ。桐藤さん。流れ弾が怖いですもの」
唯一の長距離攻撃ができるハルナも流石にこの状況じゃ無理。それこそ、Rabbitのミユちゃんぐらいじゃないと狙撃なんて。
「動きがありましたわ。先生の前に……あれは見覚えのあるトリニティの生徒ですわね」
もう一度スコープを覗いたハルナが言うには先生の前に立った生徒がいるという。合流した生徒なんだろうけど、トリニティの生徒って言うともしかして。
「ヒフミちゃんとアズサちゃんだっけ?トリニティの生徒といえば」
「えっ、どういうことですか、小鳥遊さん。お二人にお会いして?」
「言ってなかったっけ?桐藤ちゃん。3人に合流する前に会ったんだよ。バカンスしてたけど、巻き込まれちゃったんだね」
ナギサちゃんが顔を青くしてる。船酔いじゃなくて阿慈谷さんが有事に巻き込まれてしまったからだろうね。……まぁ、過去の報告書見る限り、阿慈谷さんカイザーPMC程度なら遅れを取らない筈だから平気だろうけど。
だんだん、対岸の様子が肉眼でもはっきり見えてくる。確かに大きな戦車だ。あんなのが動き出した、らっ!?
「「「「は!?」」」」
思わず4人揃って間抜けな声が出た。私の耳には確かに届いた鉄がぶつかったような音が届き、大きな戦車は吹き飛んだ。
「な、何が起きたのでしょうか。あんな鉄の塊が…」
「わ、わかりませんわ。ただ、戦車が元いた位置に……あ、あれはあの時の忍者さん!?」
イズナちゃんだ……イズナちゃんが蹴り飛ばしたんだ。やれないことはないはずだ。脚力で影分身をするレベルだ。それを純粋に暴力に変換したらそりゃそうなる。
「ほえ〜、流石だね。イズナちゃんでしょ」
「たぶんね。けど、安心したよ。イズナちゃんがいるなら先生はたぶん大丈夫かな」
それからしばらくはイズナちゃんが暴れているのか先生のほうに銃弾は行くような状況ではないようだった。だいぶ近づいてきて、あともう少しすれば泳いでもいけない距離になったところで、クルセイダーが海の家の影から出て来た。
「あれは…!ヒフミさんのクルセイダーです!」
「思いっきりクラス名書いてあるし備品だよね、ナギサちゃん」
「そ、そうなのですが、ヒフミさんが乗られていることが多くて」
絶対備品を私物化してるよねこの様子だと。
それにしても、先生の姿が見えない。まさかアレに乗ってるのかな。生身よりはマシだろうけど。
「大型の戦車がクルセイダーに向きましたわ!」
「いやいや流石に無茶でしょ〜」
「大丈夫です!ヒフミさんが操っているのであれば!」
ナギサちゃんの阿慈谷さんへの信頼がすごい。羽までパタパタさせてるし、まるでアイドルを前にした子のようだった。そんなナギサちゃんの信頼に阿慈谷さんが操っているクルセイダーは――期待に応える動きを見せた。
大型の戦車から放たれた大口径砲を簡単に避けて、そのあとの砲撃もまるで生きてるかのようにドリフト、滑らせながらの回転、本当に戦車なのか疑わしいような軽やかな動きで避けていく。
「す、すごい!」
「ヒフミちゃんあんな特技があったんだねぇ」
「はい。ヒフミさんは何せ、戦車の演習では毎回トップの成績を収めています。もしティーパーティーに戦車隊があるのであれば今すぐに隊長としたいぐらいです」
「信頼が厚いですわね。ふふ、それも、愛ですのね」
「えぇ、愛です」
とにかく阿慈谷さんがすごいのはわかった。
クルセイダーが巧みな動きを見せて、あっという間に大型戦車に接近すると、至近距離でクルセイダーが砲撃し、大型戦車の履帯付近で爆炎があがっていた。履帯を狙って壊したのかな。これで相手は動けないから先生たちの勝ちかな。
「やりました!ヒフミさん!流石です!」
「いや待った!まだ動いてる!」
そう思ったけど、違った。大型戦車の砲塔の後部に付けられていた細長い砲身が動く。
「まずい、油断してる。動いてないよ」
ホシノちゃんが低い声で言う。本当に動いてない。まずい。あの砲身、どうみても実弾を放つには構造が特殊すぎる。まさかとは思うけど光学兵器?ならまずい。あんなのが至近距離でクルセイダーなんかに当たったら保たない。
「ど、どうしますの!?あの重量ではここからの援護なんて」
「そ、そうです!エリカさん、どうすれば!?」
どうするべきか。私はホシノちゃんを見た。彼女は真剣な表情で頷いて、仕舞っていた、いつもの盾を取り出した。
「きりふっ――ナギサちゃん!舵!」
「え」
「舵を変われ!」
「はいっ!」
ナギサちゃんに舵を任せて、私はホシノちゃんを両手で持ち上げた。この距離からの援護。これしかない。
「エリカさん!?何をされるおつもりで!?」
ハルナの困惑もわかるよ。私もなんでこれを即座に思いついたのかわからないし、ホシノちゃんもなんでされるがままなのか。けど、直感的に今間に合わせられるのはこれしかない。私の投擲能力と、ホシノちゃんの軽さ。これを合わせれば。
「やって、エリカっ!」
「わかったよ!――ホシノちゃん、いっ、けぇー!」
全力で、ホシノちゃんをぶん投げた。びゅんっ、と風切り音を立てて、ホシノちゃんが砂浜に飛んでいく。着弾、その寸前に大型戦車の砲口が青白く光った。ほんとにビーム兵器!?
「間に合え…!」
ホシノちゃん、届いて!
大型戦車から放たれた青白いビームはクルセイダーの前で何かに阻まれて拡散した。上手くいったみたいだ。
「よしっ!」
「上手くいきましたわ!」
ハルナと思わずテンションのままにハイタッチした。いえーい!
「え、エリカさん!ど、どうすればいいですか!?」
おっとナギサちゃんに操縦かわってもらってた。戻らなくちゃ。
「ごめん!かわるよ!」
ナギサちゃんと操縦を変わる。けど、あともう少しで海岸だ。私は操縦しつつ、アサルトライフルを右手に構えた。
「二人とも、このまま勢いで突っ込むから準備して!」
「わかりましたわ!」
「了解です!」
待っててください先生。今すぐそっちに!
エリカちゃんもおじさんに無茶させるねぇ。まさか人間砲弾させられるとは思わなかった。それにしても、この大型戦車、正面から見たら随分と懐かしい顔があった。カイザーPMC理事。なるほど?この戦車はコイツの戦闘ユニットか。
「き、貴様、何故ここに…!」
「いやいや、なるほどねぇ〜、こういう縁かぁ」
まぁ恨んでるよね。すごい憎悪を感じる視線を向けられる。……こっちがそういう目をしてやりたい。生きてのうのうと……という気持ちが湧くが、今はそんな個人的な恨みを晴らす場面じゃない。
「ホシノ!」
クルセイダーの方から声をかけられ振り向けば、ちょっと弾いて飛んだビームのせいかところどころ焦げてる戦車のキューポラから先生が顔を出していた。うん、無事そうだ。
「やっ、先生。おじさんが助けにきたよ〜」
「た、助かった〜!本当に死ぬかと思った」
「洒落にならないよ〜先生」
ほんとにね。二度も大切な人が死ぬのは嫌だ。だから――コイツはここで潰す。
「……そろそろケリを着けようか」
「小鳥遊ホシノ…!貴様、どこまでも邪魔を…!」
「うん。邪魔なのはアンタだからさ……どうせまた、違法な方法でこの自治区を乗っとったんでしょ」
「どいつもコイツも違法、違法、違法…無知なガキ共がっ!」
「少なくとも、私も自治区のトップやってるからさ、ちょっとはわかるよ。どうせ払えきれない法外な額を設定してここをぶん取ったんでしょ」
相手は黙った。図星かな?いやはや懲りないねぇ。アビドスにやったことをちょっと変えてやったのかな。
「オクトパスバンクだっけ?ちょっとツテを辿って調べたけどさ、ペーパーカンパニーだってね。これ、気がつけばカイザー本体にこの土地が渡ってるって寸法でしょ?」
チヒロちゃん様様だ。あの子のおかげでこういうの疎い私でもカイザーの手口がわかった。おそらくはペーパーカンパニーを使って、そのあと色々回して洗浄してカイザーに渡す。全部終わった後にはカイザー自体は綺麗な契約で土地を引き取っていて、争っても長期化して、その間に開発を済ませてしまおうという魂胆。
いやぁ、許せない。オレンジパウンドの生徒会長さん、どんなに悔しかったんだろうね?
「子供がぐちぐちと……!」
「みっともないからもう帰りなよ」
先生がいつの間にか戦車を降りて私の隣に来ていた。みっともない、言うなぁ、先生。
「なんだと!?」
「もうあなたの負けだよ。それに、これからヴァルキューレの子がくる。この自治区をどうこうした罪の前に、百夜堂を襲った方で捕まるよ」
「ヴァルキューレだと…!?この自治区にはいないはずだ!それに、他の自治区に介入は」
「ここ、正確にはもう学園の自治区じゃないんでしょ?それに、今ここには私がいる。現場主義なのが仇に出たね?前みたいに椅子で踏ん反り返ってればよかったのに」
「ふ、ぎっ……!」
おーおーめっちゃ先生挑発するねぇ。ちょっとおじさんスカッとした。先生を見上げれば怒った顔をしていた。先生も怒ってくれてるんだ…嬉しいな。
「観念しなよ。あなたの部下もみんなやられてるし」
「なん、だと」
カイザーPMC理事が戦車から外れた。なーんかよく見たら本人のお腹のあたり凹んでるしイズナちゃんからのダメージか。大型戦車の裏、この人の部下だったであろう人たちはみんな砂浜に転がっていた。その中で佇むのはイズナちゃん。忍者すごいねぇ。
「馬鹿な……!?たった一人に……この人数が」
「主殿!終わりましたよ!」
「よくやったよ!イズナ!……さぁ、どうする?もうアンタに手駒は残されてない」
終わったかな。……お、来たね。
ボートの音が聞こえる。勢いのままボートはこっちに突っ込んできて、強引に砂浜に接舷した。そしたら、桐藤ちゃんがまるで天使みたいに羽を羽ばたかせて着地する。エリカちゃんも続いて桐藤ちゃんの横に立つ。
「警告します!動けば撃ちます!」
「そこまでだ!抵抗せずに手を頭の後ろに回し、その場に伏せろ!」
桐藤ちゃんもだいぶ堂に入ってるねぇ。トリニティの生徒会長のはずなのに、まるで新人の警察官って感じだし、エリカちゃんは完全にその上司って感じだ。PMC理事は動きを完全に止めた。まぁもう抵抗しようがないよね。
「……馬鹿な…それに、貴様は…草鞋野エリカ、だと」
「オクトパスバンクの行員だな?貴様には詐欺をはじめとした複数の罪が疑われている。まずは暴行の容疑で逮捕する」
こわいなぁ、声にドスが効きすぎ。おじさんちびりそうだよ。桐藤ちゃん隣にいるのに若干震えてるよ。
「ふふっ、流石の迫力ですわね」
「お、ハルナ。水着綺麗だね」
「どうも、先生。先生も似合っていますわね」
「ありがと。褒めてくれたのハルナだけだよ」
「あら?あのお狐さんも褒めてくれたのではなくて」
「あ、バレちゃった?」
「先生もエリカさんも、あまりそう誑かすものではなくってよ」
ものすごい会話してるなぁ。あと、エリカちゃん相手にはホの字なんだねぇ、黒館ちゃんは。気が抜けそうになるけど、滑稽でいいかもしれない。エリカちゃんも来たし、これでこの事件は解決、かな?
「くっ…まだ、まだだ…!私だけでも、ここから…!」
え、まだ逃げられると思ってるの!?流石にちょっとその根性は敵ながらあっぱれだけど、私が逃さない。ショットガンを構え直す。
「私はカイザーだぞ!こんな女ガキどもにやられ――」
咄嗟に先生を引き倒して影に入れて盾を構えた。音が聞こえた。上空から。
降って来たのは銃弾の雨。銃弾、というには大きく、大口径の弾をこんなバラ撒けるなんて。
「ちょ、な、なに!?」
「ごめん先生!ちょーっと余計なの入って来たかも!」
「余計なの!?」
空でこっちが揃うのを待ってたのかな?こっちに来る前に見たカイテンジャーらしきやつが動き出した。カイザーPMC理事は多量の弾丸を浴びて流石に気絶したみたいだ。ざまぁみろ、と言いたい。
それにしても、仮に本当にカイテンジャーだったらしっかり借りは返してもらわないとね。この前みたいにエリカちゃんがやられるのは忍びない。
見上げれば、たくさんの寿司を従えたパワードスーツを纏った緑色のカイテンジャーが降りてくる。パワードスーツの両腕には大口径のマシンキャノンがついてて、背中にはブースター。すごいね。
「か、カイテンジャー!?」
「先生、危ないから下がってね。おじさんたちもうひと頑張りするからさ」
エリカちゃんたちの方へ歩いて、その前に立つ。桐藤ちゃんはたぶん無理だ。わかっちゃいたけど、実際の戦闘力は高くない。ならここは、エリカちゃんと一緒にやるしかない。あとはイズナちゃん。
「さて、エリカちゃん。おじさんと一緒にやろうか、アレ」
「もちろん。ナギサちゃんはハルナと下がってね?」
「し、しかし」
「大丈夫。それに、何も戦わないでとは言ってないから。周りのあのオマケ、よろしくね」
「はい!」
いい子だねぇ。あんな子が政治家やってるトリニティ自体は余計に信じられなくなって来たかも。
『SUSHI TABETAI』
「……はい?」
なんか合成音声で喋ったね。
『SUSHI、TABERU、SUSHI、TABERU』
「寿司食べたい?寿司食う?勝手に食べてればいいんじゃないかな」
エリカちゃんの言う通りなんだけど。面倒臭いなぁ……とりあえず相手の出方を見よう。
「先手はもらおうか。いくよ〜」
一発撃ち込む。距離的には掠りはするだろう。そう思った。けど、そうならなかった。
私が放った散弾は全部が外れた。一発も、掠りもしなかった。
相手は避けて、あっという間に私の懐に入って来た。
「速っ…!?」
「そちらは遅いですね」
聞いたことがない、機械のような女の子の声。盾を構える。相手はマシンキャノンがひしゃげてもいいのか、おもいっきりパワードスーツの腕を振り抜いて来た。衝撃は、耐えられない。私の軽さも相まっておもいっきり飛ばされた。
「ぐっ!?」
「ホシノちゃん!?」
「ホシノ!」
エリカちゃんと先生の悲鳴のような呼び声の直後、吹っ飛ぶ私を子機らしき寿司ネタマシンが取り囲んだ。
「うそぉ」
流石の私も空中じゃ動けない。為す術なく、私は四方八方からミサイルや銃弾の嵐に飲み込まれた。
空中で広がった爆炎。ホシノちゃんがカイテンジャーグリーンに吹っ飛ばされて空中で撃たれた。いや、発せられた声は私にも届いてた。アレはあのアビドス砂漠やD.U.で遭遇したものじゃない。この人はカイテンジャーを騙る何かだ。
爆炎の中からホシノちゃんが落ちてくる。気を失って…いるようには見えない。落ちながら追って来ていた機械を一機撃ち落としていた。
「よくもっ!」
私もライフルを構えて警告無しで撃つ。距離は至近。流石にこれなら、って、避けた!?重量があるだろうに、こんなひらひらとどうして!
「イズナも加勢します!とぉ!」
イズナちゃんが背後から相手に苦無を何本も投擲した。けど、それも全部避けられる。やば、あの苦無、爆発するお札ついてる。私がその場から飛び退いて、爆発で砂が巻き上がる。相手は…空中だ。ブースターを使って一気にジャンプしていた。こちらに両腕の大きなガトリングガンを向けてる。
やっぱり、カイテンジャーが作ったにしては性能がっ。
「こんのぉ!」
腰に付けてる電撃グレネードを全力で投げた。当た…らない!?
相手はこっちに狙いを定めたのか一気に降下してくる。銃口を向け、トリガー。射撃にはそれなりに自信あるのに、当たらない。掠りもしない。どうなってるの!?
「エリカさん!」
「やらせませんわ!」
ハルナやナギサちゃんが援護しても、相手は急制動をかけて一瞬止まると、二人の弾を避ける。死角からの攻撃まで…!
「けど、動きは止まった!」
二人が作ってくれた隙を見逃さない。もう一度銃を向けて、撃った。避けられた。
「イズナ流忍法!避雷針の術!」
けど、こっちにはイズナちゃんがまだいる。イズナちゃんがどろん、と煙と共に相手の背後を取る。右手にはいつものサブマシンガン。接射なら避けられない!これでダメージが入る、そう思った。
が、相手は信じられないことで一瞬で振り返るとイズナちゃんを蹴り飛ばした。
「イズナちゃん!?」
悲鳴も上げられずイズナちゃんは蹴り飛ばされた。海に…!まずい、溺れちゃう!?
「はっ、はぁっ、はっ!い、今のは、危なかったです」
ぼふん、っとイズナちゃんが私の横に現れる。じゃあ飛ばされたのは……飛ばされたイズナちゃんを見れば、途中でお稲荷さん人形に変わっていた。危なかった。あんな質量であの速度の蹴りを喰らったら流石に無事じゃ済まない。
パワードスーツは余裕なようで、私たちの前に着地する。カイテンジャーの特徴的なヒーロースーツを着てるけど、とても相手の動きはそうは見えない。人なのはわかるけど、もっと機械的で合理化された…特殊部隊のような動きだ。あの蹴りは、完全にそうだった。
人のできる動きを可能な限りできる上に、この機動力。並の技術力じゃない。この前戦ったロボットよりも遥かに出来がいい。
「……あなたは誰ですか」
「………」
相手はもちろん喋らない。言葉ではなく、代わりに銃弾を返してくる。子機がこちらにも攻撃を加えて来た。
「しゅばっ!」
「付録が…!」
私とイズナちゃんは散開する。周りのみんなを見れば他の子機の対応で手いっぱいだ。ホシノちゃんもしつこくまだ数機に追われてる。あの子機も簡単には攻撃に当たらない。鋭角に細かい動作を繰り返して攻撃と回避を繰り返してる。
「こうも動かれては、狙いも…!」
「黒館さん!もう一機来ます!」
「こんなときは、イズミさんの弾幕が欲しくなりますわね…!」
ハルナとナギサちゃんが危ない。なんとか援護したいけど…!
「私を、執拗にっ!」
相手は何故か私にターゲットを固定している。ブーストして、一気に突っ込んできた。
「直線的な動きなら!」
突っ込んでくる相手をギリギリまで引きつけて一気に飛び越える。一瞬の滞空時間、相手を見れば砂を撒き散らしながらクイックターンを決めている。流石にこの瞬間は避けられないでしょっ!
踏ん張れない状況で、私はスモークグレネードを投げた。直撃は狙わずに、その足元へ。本体を狙わなかったせいか、相手は避けず、煙幕が爆発的に広がった。
着地し、私は煙幕の向こうに向かってトリガーを引いた。
ガンガン、と手応えのある音がする。当たった!
「流石に見えなくなれば当たるみたいだね!」
「そういうことであればイズナも!」
イズナちゃんもこっちを見て気がついてくれたのか、煙幕弾を手に持っていた。それを子機が狙ってくる。
「気がつかれた!?けど、弱点ってことだよね!止めるなら!」
向かってくる子機に銃を向ける。そうすれば相手はこっちが“撃つ前”に避けてくる。私は撃たずに、それを確かめた。
思った通りだ。子機はこっちが撃たなくても避けた。相手はこっちの銃口を認識して予測した射線から避けようとしてる。なんて性能をしてるんだ。まるでミレニアム製だ。でもまだ、腑に落ちない点がある。
相手はナギサちゃんとハルナの死角からの攻撃を避けていた。そう、本人には見えていないのに。どこからか相手は見てる……?どこから?このパワードスーツを降下した飛行機が?けど、空にそんな影は――。
「あれ?」
「どうしたのですか、エリカ殿」
「なんか空に、4機だけ待機してる」
子機のうち、4機が何故か滞空している。どういうこと。
「エリちゃん!」
「先生!?」
いつの間にか海の家まで退避して、シズコちゃんたちと合流していた先生が大きな声でこっちへ呼びかけて来た。
「空にいるの!アレ撃ち落として!アレがたぶん“目”だよ!」
意味は理解できた。そういうこと!?ますますカイテンジャーの技術力じゃない。一体この人はどこの所属なの!?
「ハルナ!空の!堕として!」
私の声にハルナは頷いてすぐに銃口を空の四機に向けた。当然、ハルナへ相手は向かい始めた。流石先生!間違いない。これが“正解”だ!
「やらせない!」
ナギサちゃんが必死に私の拳銃で殺到しようとする子機に牽制するけどまるで当たってない。くっ、相手の方が速い!このままだと二人が!
二人に寿司ネタが迫る。間に合わない。そう思った時だった、サンドブラウンの車体がナギサちゃんの前に割りこんだ。
「ヴァルキューレの人ですよね!大丈夫ですか!?」
クルセイダーが寿司ネタの前に立ち塞がり、にゅっと車体からゴツい機関銃を取り出した阿慈谷さんがナギサちゃんに呼びかける。えっ!?まだ気がつかれてない!?
「え、あっ、だ、大丈夫です!」
「…あれ?声に聞き覚えが」
「ほ、本官は初めてお目にかかりましゅっ」
噛んでる…ともかく、間に合った。クルセイダーが壁になったので寿司ネタの子機はハルナに狙いを付けられない。
「食べ物で遊ばれるとは行儀がよくありませんわね。消えてくださる?」
ハルナが銃を放つ。滞空してる寿司ネタは…避けない。一機が撃ち抜かれ、爆発した。
「迎撃します!」
阿慈谷さんが持ち出したのは砲塔上部の銃座に固定する重機関銃のようだった。それを彼女は躊躇いなく引き金を引いた。ばら撒かれた銃弾は容易く子機を落としていく。さっきまでは避けてたのに。
本体はどうなった、と見れば、動きを止めている。ホシノちゃんが横から迫っていた。
「なるほど、“天の眼”ってことね。おじさんハイテクすぎて、敵わないよ!」
「――!」
接近を許した相手は咄嗟に回避行動に移るけど、明らかに動きが鈍くなっていた。ホシノちゃんが脇腹にショットガンを差し向ける。直撃。鈍い音が鳴った。相手は即座に地面を蹴ってホシノちゃんから離れる。
「逃すか。この一撃でっ!」
畳み掛けるようにどこかに伏せていたアズサちゃんが現れ渾身の一撃をパワードスーツめがけて放つ。一発の銃弾。けれど、まるで何かを纏ったそれは容易くパワードスーツの右腕を貫き、弾薬と誘爆させた。
「やりましたわね!」
「ええ、これなら!」
ハルナとナギサちゃんが優勢になったことに声を上げる。いける、このままっ!
『…サンプリング終了……』
合成音声が流れた。何をするつもり?まさか逃げる気?そうはさせない。ここで逃せばこの人の正体が掴めない。私は捕らえようと地面を蹴った。
「逃さない!」
「ダメ!」
「うぐっ!?」
相手に飛びかかろうとした瞬間、ホシノちゃんに横からタックルされた。直後、私の進行方向に残っていた子機が殺到、砂浜に突き刺さり次々と爆発した。あ、あっぶな!
結果、爆発の影響で上がった砂埃にまじって、相手は空中へと飛び上がり、凄まじい推力で上空へと一条の雲を残して消えていった。残った子機は全て激しく燃えていた。証拠隠滅も兼ねて、ナパーム弾も積んでていたのか、燃え方がすごい。
「ホシノちゃん、ありがと」
「ふ〜、間に合ってよかったよ。あんなのに焼かれたら流石に丸坊主になっちゃうよ」
「そうだね。それは嫌だし……ほんとうに助かったよ」
「ま、おじさんに貸し一つってことで」
「お礼しなきゃね」
ホシノちゃんに支えられて立ち上がる。逃げられた、けどアレは一体どこの誰だったんだろう。ミレニアム……がこんなことをする必要が感じられない。カイテンジャーを装ったなら、私を狙って?それとも、何か別の目的が?わからない。
「……とにかく、やることをやろうか」
脅威は去った。なら、私は私のすべきことをしよう。大型戦車の近くで倒れているオクトパスバンクの営業マンと思しき人に近づく。完全に気を失ってる。ナギサちゃんにちょいちょい、と手招きして呼び寄せる。彼女には幾つか私の装備を分けてる。手錠もその一つだ。
「7時57分。暴行の容疑で現行犯逮捕します」
ナギサちゃんから手錠を受け取り、かけようとする。これでひとまずこの事件は終わり。
「お待ちください!」
「え?」
声をかけられた。砂浜に沿ってある道路の方から駆けてくる集団。白い服。レッドウィンター事務局の制服。先頭にいるのはスナイパーライフルを抱えたトモエさんだ。
「あの方達は…」
「レッドウィンター事務局の佐城トモエさんだよ」
「……彼女が実質のトップの…?何故こんなところに」
場の空気が異様な感じになる。レッドウィンターの人たちは当然武装してるし、彼女らは私とナギサちゃんを取り囲んだ。ナギサちゃんが困惑する。無理もない。
「トモエさん、おはようございます。これはどういうことですか?」
「おはようございます。草鞋野さん。いえ、あなたたちを害そうとはしていません。私たちはこの自治区を陥れたその人を捕らえにきたのです」
目的はどうやら私たちと同じこの人の確保らしい。ただ、あまりにもタイミングが良すぎる。もしかしてこっちをずっと見てたのかな。
どうしたものかと思うと、先生がこっちへ歩いて来ていた。なんだかややこしい話になりそうなので、あとは先生に任せよう。
「トモエ、おはよう。今日はいい天気だね?」
「おはようございます。先生。ええ、今日も快晴との予報ですから」
「この人を捕らえてどうするの?」
「もちろん、この方を使ってオレンジパウンド自地区を元に戻してもらいます」
「具体的にどうするのかな?」
「既に、連邦生徒会の調停室へこの件の紛争を申し入れていますから。法外な手段を用いていたことをこの人が吐けば問題は解決します」
「なるほどね。それにしても、随分準備がよかったね?こんなタイミング良く」
「この砂浜で騒ぎが起きている、と聞きましたから。準備をしていて到着が遅れました」
「騒ぎ、っていえばずっとこの海の家襲われてたんだよね」
「先生、チンピラが暴れた程度では“騒ぎ”になりませんよ」
寒気がしてきた。水着だから?先生とトモエさんはお互い笑顔だけど、全然声音が笑ってない。ナギサちゃんは大丈夫かな、と目を向ければなんだか微妙な顔つきになっていた。
「どうしたの?」
「いえ……私も、あのように見えているのかと…」
「……?」
よくわからないけど、思うところがあったらしい。
それにしてもどうすればいいんだろう。この犯人の身柄をレッドウィンターに渡すのも間違いじゃない。オレンジパウンド高校が動けないなら、元から同盟を結んでいたであろうレッドウィンターに渡すのが通常だ。
先生もそれはわかってるはず。
「じゃあ、今から連邦生徒会に確認するから、確認が取れたら彼の身柄を渡すよ」
「はい、お願いいたします」
先生は水着の上に羽織っていたパーカーのポケットからスマホを取り出した。先生、シッテムの箱とかいうタブレット端末以外に個人用で持ってるんだよね。よくゲームやってるの見る。
「もしもし?アユム?ごめんねこんな朝早くから。……うん、うん。レッドウィンターの件ってなんか聞いてる?」
いきなり調停室の室長に直電かけててびっくりする。隣のナギサちゃんも驚いてるし、トモエさんもピクっとしてた。
「――そう。じゃあ、正式に調停室はそれを受理したんだね。わかった。ありがとう」
電話はすぐに終わって、先生の確認は済んだみたいだった。
「エリちゃん。その人はレッドウィンターに任せよう」
「わかりました」
納得がいかない、でも連邦生徒会を動かしたのならもうあとはレッドウィンターの問題だ。ナギサちゃんを抱えて、私は戦車から降りた。
「ありがとうございます。先生、草鞋野さん。レッドウィンターを代表して、今回の事件解決に尽力頂けたこと、感謝を申し上げます」
「どういたしまして。この自地区、元に戻るといいですね」
「気候以外は元に戻るでしょう。チェリノ会長はオレンジパウンド高校の工業力を高く買っていますから。それにこれで、イワンクパーラを問題なく執り行えるでしょう。あの海の家もしばらくは営業を続けられるのですよね?」
トモエさんがシズコちゃんたちはいる方を指差す。先生は頷いた。
「うん、しばらくはね」
「それはよかったです。チェリノ会長も百鬼夜行の料理を食べる機会なんて滅多にありませんから、喜ぶでしょう。では、私たちはこれで。各位、オクトパスバンクの構成員を回収してください!」
トモエさんの号令でカイザーの人たちが回収されていく。これで本当にこの支援要請は幕を閉じた。
「はぁ〜…」
「エリカさん?」
「いや、疲れちゃったなって」
気が抜けたのか、なんだか疲れがドッと出た。長距離移動に、二人を連れて慣れない交渉もして……先生とは離れ離れなってしまうし、心細かった。先生の無事な姿も見れたので余計に疲れが全部出始めた。
「ナギサちゃんも、阿慈谷さんいるし、話しておいでよ」
「いえ、無事が確認できればそれで。私はここまでです」
「戻る?」
「できれば……流石に3日以上は空けられませんから」
ナギサちゃんからの依頼も完了したし、もう帰ってもいいかもしれない。ナギサちゃんを連れてとなると…いや、直接じゃなくて一回シャーレに戻った方がいいね。
私はくたびれた身体を引きずって先生へと近寄った。
「先生、すいません。彼女を送っていきたいのですが」
ナギサちゃんを指差せば、先生は「わかった」と頷いてくれた。
「最後まで補佐できないのは申し訳ありません」
「ううん。大丈夫。エリちゃんは今回も頑張ったよ。無事、騒動も治まりそうだし」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
「けど、どうやって戻るの?キッチンカーは?」
「あ〜…向こう側の岸、その更に向こうですから…」
帰りの足が遠い。どうしよう。私が悩んでいると、先生はトモエさんに声をかけていた。何やら交渉してくれている。
「エリちゃん!トモエがヘリを貸してくれるって!」
「え、ほんとですか。助かります」
「はい。お世話になりましたからお安い御用です。その車が止まっているところまで飛ばして差し上げますよ」
どうやらキッチンカーのところまで戻れるらしい。よかった。
「ハルナ!戻るけど、ハルナはどうする!?」
「わたくしもご一緒しますわ」
ハルナも目的は私たちの手伝いだったし、一緒に戻るみたいだ。ホシノちゃんはどうなんだろう?と見てみたら、阿慈谷さんたちと話していた。もしかしてもう少し遊んでいくのかな?私が視線を向けると、ホシノちゃんは気がついてこっちに駆け寄ってくれた。
「エリカちゃん、お疲れ様。もう帰るの?」
「お疲れ様、ホシノちゃん。うん、もう今回はね。流石にくたくたで……それに、この子も帰してあげないとだから」
「なるほど。おじさんはさ、一応みんなに休んでこーいって言われてるし、もう少し遊んでから帰るよ」
「そうなんだ。……本当に助かったよ、色々」
「いーよいーよ。お礼はそのうち、ちょうだいね」
「あ、そこはちゃんともらうんだ…わかった。何か用意しとくよ」
ホシノちゃんは「期待してるね〜」と阿慈谷さん達の方へ戻っていった。
慌ただしいバカンスだったけど、これにて一件落着!あとは帰るだけ!
「じゃ、帰ろう!」
「はい」
「えぇ」
二人に声をかけ、ヘリを用意してくれるというレッドウィンターの子についていく。
こうして、一自治区を揺るがす大きな夏の事件は、表沙汰になることなく終わりを迎えた。レッドウィンターのイワンクパーラは大成功を収めたらしく、その後復帰したオレンジパウンド工業高校は他校に土地を貸して財政を健全な状態に戻せる目処が立ったそうな。よかったよかった。
「トモエ」
エリカ、ハルナ、ナギサ。3人の少女が立ち去り、他の生徒も各々の行動に戻っていくなか、先生はカイザー営業を連行されていく様を見届けているトモエに声をかけた。
「どうされましたか?先生」
「今回の件、最初からこうなることはわかってたの?」
「まさか。予知なんて使えませんよ、先生」
「ううん、そうじゃなくて。なんで“海の家”がしばらく続くことに安堵してたのかなって」
先生の指摘に、トモエは押し黙った。言い訳しようにも、声が出なかった。
「レッドウィンターは不当な状態を正すなら、ここの海の家も、他の学校が設けたリゾートも全て撤収させなくちゃいけないんじゃないかな?」
「そ、それはそうですが、問答無用というのも、体裁が」
「ところで、レッドウィンターのお祭りの準備って今から?チラシ見たけど日付ないよね?そんな日程でチェリノが満足するものができるのかな」
「お、オレンジパウンド高校は優秀ですから。復帰すれば、すぐにでも」
「ところで、このまま各校を放っておくとまるで各自治区の特色が出たパビリオンみたいになるね。お祭りには持ってこいだ」
もはやトモエは自分が“詰み”だと悟った。
「お、お手柔らかに」
「無理。少し厳しめにいくよ?トモエ。――自分が楽するために、たくさんの人に迷惑をかけるのは……ね?」
それからしばらく、先生とトモエの姿は消え、次にトモエが姿を見せた時、あのチェリノさえも気遣うほどに落ち込んでいたという。
「すぅ……すぅ……」
「寝てしまわれましたね」
「えぇ…なんて無垢な寝顔なこと…」
夕暮れの中、キッチンカーが法定速度ぴったりの速度で走っていた。ハンドルを握っているのはヴァルキューレの制服に身を包んだナギサだった。ナギサとハルナは、疲れ切っている様子のエリカに運転を任せるわけにはいかず、最初はハルナが運転を代わって、今はナギサが運転していた。
ハルナは二列目の座席で寝息を立てているエリカを慈しむように撫でていた。
「時に優しく、時に厳しく、熾烈なのに…こうして眠っていると、守りたいと思わされますわね」
エリカの寝顔はハルナからすれば初めて見たものだった。ハルナはヴァルキューレ時代の彼女も、今のシャーレの彼女も知った上で、まるで何も染まっていないような無垢な姿に庇護欲を感じていた。
「エリカさんの過去を、黒館さんはどこまでご存知なのですか?」
ナギサは前触れなくそれに触れた。ナギサは知りたくなった。この新たな友人のことを。まるで万華鏡のような印象をナギサは受けていた。厳しく自他を律する秩序の守り手としての姿、ナギサを抱き抱えまるで王子様のように勇猛に戦う姿、そして弱って泣き疲れ眠ってしまうような年相応の弱い姿。
掴みどころもなく、それでいて素直でもあり、ナギサを照れさせるような歯の浮く台詞も言ってみせる。
ナギサは、草鞋野エリカに触れ、その芯を知りたくなった。そのような気持ちを感じたのはナギサは初めてで、立場を捨てている今しか聞けないと思い、聞いた。
「逆に聞かせて頂きますわ。桐藤さんこそ、どこまでご存知なのですか?」
ハルナは答えずに、聞き返す。
どこまで知っているか。ナギサはこの問いに、間を置かずに返す。腹の探り合いなどない、今ハルナとの会話はまさしく心を曝け出したものだ。
「過去の伝聞。つまりは週刊誌や噂の域を出ないものだけです」
「知って、どうするのですか?」
いっそ、拒絶にも近い冷たい感情がハルナの言葉には乗っていた。日々、ティーパーティーとしてテーブルの下で蹴り合うような話し合いをしているナギサにはすぐにそれがわかった。
それでもナギサは歩みを止めなかった。
「彼女の全てを知り、受け止めたいのです」
「何故なのですか」
「よくわからないのです。それでも、知りたい。エリカさんのことを。彼女とは今後、行動を共にしますから」
エデン条約が終わるまでのボディガードとしてエリカを起用することはナギサの中でほぼ確定事項になりつつあった。そのための近辺調査という気持ちも少しはあったが、それ以上に言語化できない欲求がナギサをそうさせていた。
「(…………本当に…罪な人ですわね……)」
ハルナはこのままエリカを起こして嫌味の一つでも言ってやろうか、とも一瞬考えてしまった。真っ直ぐすぎるエリカの姿は、ナギサのような少女には間違いなく効くとハルナはわかっていた。
「いいですわ…と言いたいところですが、わたくしも全容を知っているわけではないのです」
「黒館さんも、ですか?」
「えぇ。私が知っているのは語られることのない、愛の詩」
「それは……」
「愛とはどういうものだとあなたは考えていますか?桐藤さん」
ハルナの問いに、ナギサはしばし考え、答えを出す。
「愛とは、愛し愛され、返し合うものだと私は思っています」
「なるほど。それも、正解の一つといえますわね」
「正解でない愛など、あるのですか?」
「自論ですが、わたくしはあると思っていますわ。そう、例えば、一方的な愛」
ハルナはそれを口にしつつ、自らもそうではないのか?と思わずにいられない。だが、ハルナはもっと行き過ぎたものを知っている。そしてそれが、エリカを深く傷つけ、彼女が”好意に鈍感”になっている原因であることも。
「ただ、好きな人に会いたい。それだけで罪を犯す。そして、引導を渡させてしまう。そんなものが愛などと……わたくしは認めたくありません」
「……抽象的です。ですが、それが“事件わらし”の原因ですか」
「えぇ。……手篭めにして、染め上げて、最後に実ってから刈り取る……そんな真似がエリカさんにできる筈がない。出来ているのなら、とっくにわたくしは堕ちているでしょうに」
ナギサはハルナの口から具体的に全てを明かされることはないと悟った。それでも、出来うる限り話してくれたことはわかった。それほどまでに、語ることさえ憚れるほどのものであるとも理解した。
「愛とは、語られてこそ詩になるのです。語らなければいずれ、それは膨れ破裂し、その身を焼き尽くすでしょう。わたくしはそうなりたくありません」
ナギサは初めて知る“愛”の話に、不思議と納得がいっていた。語り合わねば、知ることさえできない。そして、語らなかった結果、ナギサは自らの愛を毒に変えてしまった。ヒフミへの仕打ちが、改めてどれほどのものであったかナギサは思い知る。謝罪は済ませてもなお、罪の意識はナギサの中で蝕み続けていた。
「……すいません。話しづらいことを」
「いいえ。これでもなお、あなたはエリカさんに“愛”を語り続けられますか?」
ナギサは車を止めた。そして、前を向いたままハッキリと詠った。
「語ります。語り合い、相手を知り、わかりあって、その手を重ね共に歩めるのなら。エリカさんのように真っ直ぐ進み続ける方には、隣でその道を共に歩む人もきっと必要です」
話し合えばわかりあえる。温泉開発部との一瞬触発の状況を鎮めたエリカにナギサは可能性を見た。エデン条約のその先を。だからエリカと共に歩めば、“楽園”にたどり着けるのはではないかと彼女は夢想した。
「……わかりましたわ。桐藤ナギサさん。いずれあなたが全てを知ったその時も、その詩を止めないことを祈りますわ」
それは、黒館ハルナが桐藤ナギサを認めた瞬間だった。エデン条約を結ぶ前に、彼女は成し遂げた。学園の垣根などないことを証明してみせた。だが、それを認識する第三者は瞳を閉じ、そこに楽園は在ると証明されることはなかった。
「ありがとうございました。この話は、これでおしまいにしましょう」
「えぇ。あまり長く話して、エリカさんを起こしてしまうのもよくないですから」
ナギサは一度止めた車を再度走らせようと操作した。
が、エンジンが止まった。
「…あれ?」
「桐藤さん?運転免許はお持ちなんでしょう?」
「も、持っていますが、運転は教習所以来で…」
「ペーパードライバーだったのですか」
「すいません。マニュアル車はあまり得意ではなく……くっ、よかった、エンジンはかかりますね」
「エリカさんが起きないよう、安全運転で頼みますわ」
「もちろん。今だけはエリカさんの部下ですから。上司を起こしてしまうのはよくないですね」
その日、D.U.近郊で不審な動きをするキッチンカーがあると通報が入ったが、ヴァルキューレ警察学校はその程度の通報ならと対応することなく、それを運転していたのがヴァルキューレに扮した別の学校の生徒であることも明るみには出なかった。
「なんだ、やけに部下がしょぼくれているではないか、書記長」
「気にするな!ちょっとカムラッドに怒られたらしくてな」
「ほぉ……まぁいい。早速だが本題に入ろう。今回、貴校の衛星学園であるオレンジパウンド高校。その事件の解決にはゲヘナの生徒――私と同じく三年生の黒館ハルナも尽力した」
「なに?トモエ、事実か?」
「……はい。会長。草鞋野エリカが連れていたヴァルキューレの生徒の他に、もう一名がゲヘナの生徒であったと確認しています」
「それは驚いた。オレンジパウンド高校の事件は解決してから聞いたが、大変だったようだな、奴らも。カムラッドがいてくれて助かったが」
「偉大なるチェリノ会長の威光があってこそでしょう。同志オレンジパウンドも、会長と先生が面識がなければ救われませんでした。会長のおかげです」
「そうだろう!優秀な指導者の元にはカムラッドのような優秀なものが集まる。ただ、そうだな。ゲヘナが手を貸してくれたのなら、それは報いなければな」
「キキキキッ……ありがたい話ですな。蓮河会長」
「うむ。おいらは今気分がいい。ゲヘナには協力の褒賞として、チェリンカを一年分――」
「――同盟を、結んでほしいのだよ。チェリノ会長」
「……ん?なんだ?どう、めい?」
「ゲヘナとレッドウィンター、手を組めば覇道をいけると思わないか?」
「はどう?」
「後ろ盾になってほしいのだよ。事を起こす前にな」
「………チェリノちゃん。少し私から議長に確認しても?」
「いいぞ」
「羽沼議長。何をなされるつもりなのですか?それに、こちらは他の自地区への侵攻をする余裕など」
「いや、侵攻なんてしないさ。ただそうだな。何をしたいのか、といえば……」
「いえば?」
「まやかしのような、理想論じみた条約を掲げる天使どもの駆逐…だな」
マコトちゃんが物騒なことを言ってますがマコトちゃんなので…
あとナギちゃんはきっとペーパードライバーという自信があります。
ハルナはナギサの言語化できない”なにか”をわかっていますが、そこは余裕ぶって塩を送りまくってます。
ようやく夏編終わり!難産でした。
次回は明日、次の章の1話になります。