「すごいです、先輩!全弾命中です!」
「いやぁ、なんとかなるもんだね」
トリニティに来て数日、私は正義実現委員会本部の射撃場にいた。いつかのように隣にはコハルちゃんがいるけど、今回は彼女が先生だ。私は最後の一発を撃ったのでボルトを引く。再装填はとりあえずしない。
「本当にライフルを普段使ってないんですか?」
「うん。私の戦い方はコハルちゃん知ってるよね」
「はい!近接戦主体ですよね」
「そうそう。だからこれで護衛しろはちょっと無茶だよね」
手元にあるライフルを見つつ、苦笑いするしかない。
なんでここに私がいるかというと、今は正義実現委員会にナギサちゃんがやってきていて、お話中だからだ。四六時中ナギサちゃんの護衛をやってるわけだけど、ナギサちゃんがそれじゃあ疲れるだろうと、私と話したそうにしていたコハルちゃんのところへ出してくれたわけだ。護衛は大丈夫かって?大丈夫らしい。正義実現委員会の委員長も同席してるからね。
「あはは……せ、先輩でも流石に厳しいんですね」
「そりゃね。一発一発やってたら手数がね。とはいえ、いつもの銃は取り上げられてるし」
「そ、それなら、私の手榴弾、分けてあげましょうか?」
コハルちゃんがごそごそと置いていたバックから何かを取り出す。出てきたのは手榴弾にしては綺麗な外見の球体だった。見たことあるな。これはトリニティで一番流通してるセイなる手榴弾だね。どういう原理なのかわからないけど、敵味方識別がついてる意味不明な代物だ。ミレニアムで解析したけど原理を解明できない現代の遺物なんて週刊誌で言われてたっけ。
「いいの?」
「はい!そ、それに、先輩に憧れて私、投擲の練習もしてたんです」
「そうなんだ…なんだか照れちゃうね」
コハルちゃんの戦闘スタイルは完全に後方支援特化だけど、投擲は近距離戦の技術だもんね。本当かも。
「それにしても…先輩がまさか私と同じ銃を使うなんて」
「不思議な縁だよね。けどこれ、なんか特別なんでしょ?」
私がトリニティに来た翌日にあった会議。なんでか鷲見さんがいたり、失礼だけど初めて会った時のナギサちゃんよりも胡散臭いシスターさん…歌住さんがいたあの会議だ。会議の後、歌住さんが話しかけてきて、私の銃が特別製であることを伝えられた。
なんでも、トリニティでも選りすぐりの技師が生産したもので、本来は生徒会長並の生徒へ支給されるものらしい。よく整備されてるとは思ったけど、まさかそんなものとは思わなかった。
「ナギサちゃ……ナギサ様が気を遣ってくれたみたい。せめていいものを、ってことで」
「すごいですね。同じ銃ですけど、私のとは雰囲気が違いすぎて」
コハルちゃんの銃は近くに立てかけられてる同じライフルだけど、色は真っ黒だし使い込まれているのが一眼でわかる細かな傷が見える。私からすればコハルちゃんの銃も手入れがかなりされてて、差があるかはわからない。
「撃ってみる?」
「え?いいんですか?」
「射撃場だよここ?いくら撃ってもいいんだからさ」
私はコハルちゃんに銃を押しつけると、コハルちゃんは割れ物を扱うかのように受け取った。しばらく彼女は銃を眺めて感慨深そうにしてたけど、自分のバックの中から銃弾の箱を取り出して、射撃レーンについた。
「そういえば、最近補修授業部の子たちとは仲良くしてる?」
「はい!ハナコは相変わらずですけど……」
「そっか。けど、遊びに行ったりしてるんでしょ」
「ま、まぁ、そうですね。映画を見に行ったり、いろいろしてます」
「いいねぇ」
青春だなぁ。なかなかシャーレの仕事だと遊びに行くのがね。普段、終業後の遅い時間にニコちゃんがいる定食屋さんで先生と一緒に遅い夕飯をとって…ぐらいだもんなぁ、友達というか知り合いと長く話すのは。あれはどうみても私も先生も疲れた社会人みたいな空気感だよね。
ニコちゃんは女将さんで……うーん、どう頑張っても刑事ドラマだ。
コハルちゃんはどうしたかな、と見れば慣れた手つきで弾丸を装填していた。……私よりほんの僅かに装填が早い。最適化された動きだなぁ。
「すごい…」
「どうしたの?」
「ボルトがものすごい滑らかで、装填がしやすいです!」
「へぇ…それは普段から同じものを使ってるコハルちゃんじゃないとわからないかもね」
「ありがとうございます。それに、本体自体の手触りもいいです。表面処理が綺麗で…これだけで装飾品みたいです」
「あ、それはわかるかも。銃でこんなに手触り感よく作られてるのは初めてだし、流石トリニティだね」
私の普段使ってるのなんて無骨なのだからあからさまに高級品です、って銃は初めてだった。壊しちゃったらどんぐらいになるんだろう。最悪の場合はこれで殴り合いしなきゃいけないけど、咄嗟にできるかなぁ。
「じゃあ、試射させてもらいます」
「どうぞ」
コハルちゃんが構える。黒い制服を着ているコハルちゃんに白い銃はものすごく映えるね。射撃の姿勢も綺麗で、模範的。ヴァルキューレに引き抜きたくなっちゃうなぁ。フブキちゃんがそうなると先輩になっちゃから相性は悪そうだけど。
コハルちゃんが撃った。的には直撃。見事に真ん中を撃ち抜く。発射時のブレの抑え方とか、撃ったあとに即座に装填への移行が勉強になる。
二発目も中心から離れてるけど的にしっかり命中。コハルちゃんはそれで満足したのか、それ以上撃たなかった。
「ふぅ…先輩、ありがとうございます!この銃、撃ちやすいです!」
「どういたしまして。そうなんだ。じゃあこの銃やっぱり特別なんだね」
「はい!」
気遣いとナギサちゃんなりの期待の表れだ。うまく使いこなさないと。
コハルちゃんから銃を受け取り、私は一息つく。備え付けのベンチの方に歩いて、私は座った。コハルちゃんも隣に座る。
「……なんだか不思議です。先輩がこうしてトリニティの生徒になるなんて」
「ほんとにね…と言っても、実は他校の制服着るのってこれが初めてじゃないんだよね」
「え?そうなんですか?」
「うん。アビドス高校の制服は一時的に着たことあるよ」
「アビドス…?あ、確かヒフミのお友達がいるって学校ですよね」
「そうだよ。あの子たちもみんないい子でね。まぁ借りた制服はダメにしちゃったけど」
あのときに借りた制服はカイテンジャーのせいでズタボロでダメだったんだよね。弁償するってホシノちゃんには言ったけど「いーよいーよ、どうせ予備なんてカビ生えそうなぐらいあるし」と断られた。
実際予備の新品制服はそこそこあるらしく、問題ないと他の子たちからも言われて私は弁償してない。先生に伝えたらこっそり綺麗な1着を用意してシロコさんに渡してた。
「ダメに?」
「事件でゴタゴタした時にね。この制服は綺麗に返したいよ」
これがダメになるってもうそれはどうにもならないときだと思うし、そうなったらしょうがないのかもしれないけど。今はトリニティ生らしく、祈っておこう。何事も起きないことを。
「コハルちゃん、制服といえば正義実現委員会に入る前は普通の制服着てたの?」
「あ、はい。最初はトリニティ指定のセーラーでした。すぐに正義実現委員会に入ったのでそれからこの服ですけど」
「なるほどね」
コハルちゃんの学年からしてだぶだぶのを買うのはいいんだけど、コハルちゃんのはそれにしたって余裕ありすぎだ。それこそ、正義実現委員会の幹部の人たち並みに育たないと合わないのじゃないだろうか。
その割にはしっかり動けるし、射撃も正確なのですごいものだと思う。
「あの、先輩」
「なにかな、コハルちゃん」
「正義って、なんでしょうか」
「……急にどうしたの?」
「あ、ご、ごめんなさい!へんなことを言って」
「いや、いいけど……もう少し詳しくお話しできるかな」
急に正義とは何か、なんて哲学的なことを聞かれたのでびっくりしたけど、私は茶化さずに聞くことにした。
「私、考えてもわからなかったんです。私、バカだから。補修授業部が…ナギサ様から裏切りものって言われて、ボロボロにされたとき、どうして、って。私たち何もしてないのに。悪くないのに、って思ったんです」
コハルちゃんはあの受からせるつもりのないテストの中で、一度絶望して泣いてしまったと先生から聞いた。ナギサちゃんが犯した罪であり、決して消えない傷となってコハルちゃんにはあのときのことは残ってしまっている。
頑張った結果を無に帰す。全ては無駄だと愚弄するような行為。ナギサちゃんの犯したことは本来、私が許容できないものだと思う。ヴァルキューレの頃の私であれば、警告をせずに銃口を向けていたかもしれない。
「でも、あとから、ハナコから話を聞いて、私、わからなくなったんです。ナギサ様は必死にトリニティを守ろうとして……裏切られたけど、友達のために頑張っていて……それは紛れもなく正義なんだって、私は思っちゃったんです。あんなにひどいことされたのに」
けど、ナギサちゃんの行いは悪ではない。正義の結果だ。ナギサちゃんなりの、正義を成そうとして止まらなくなった。……よく似ていると思う。先生から聞いた聖園さんの思い込んだら止まらないのと。恐慌状態に陥り、全てを犠牲にしてでも進もうとしたナギサちゃんの姿は。
コハルちゃんはナギサちゃんのことを一方的に悪く言えない、と納得してしまったんだ。自分にされたことがどれほどに酷いことなのか、わかっているのに。優しい子だ。優しすぎる子だ。そしてなんて、心が強い子なんだろう。
もし、私がコハルちゃんの立場なら、きっとナギサちゃんのことを想うなんて、できないと思う。
「だから、正義ってなんなんでしょうか」
「“正義とは、正当な権限のもとに行使されるべき権利である”」
「自分の正義を貫くための、心構え、ですよね」
「うん。それじゃ、今のコハルちゃんにはもう少し、細かい話をしようか」
私は立ち上がり、座っているコハルちゃんに銃をくるりと回して差し出し、銃口を私自身に向けた。
「え……」
「銃をとって、引き金に指を添えて?」
「ど、どういうことですか」
「いいから」
有無を言わさずにコハルちゃんに銃を持たせる。私はそのままゆっくりと射撃レーンまで下がって、立てかけられていたコハルちゃんの――私のとは真逆の真っ黒な銃を手に取った。
「え、えっ!?」
「コハルちゃん、もし、もしだよ?私が……正義のために、ってハナコちゃんたちを撃ったら、私を撃てる?」
「そ、そんなこと、ありえません!」
「君は知ってるでしょう?私の噂は、悪い噂もね」
コハルちゃんは私の問いかけに、顔を伏せる。知ってるんだね。それでもなお、私を慕ってくれるなんて、いい子すぎると思う。
「……知ってます。でも、あんなの週刊誌の」
「ほぼ事実だよ。私は、私のことを好きな人を罪人として捕まえた」
だから好意は怖い。感じたくない。
それでも、向けてくれる人のことを無碍にしたくない。
コハルちゃんは苦しそうな顔をする。
「それでも、先輩は、草鞋野先輩は、ひどいひとじゃありません」
「そこまで言ってくれて、嬉しいよ。けれど、今は、そんな私が正義のために君に銃口を向けてる。君の大切な人を撃とうとしてる」
「…………」
コハルちゃんはベンチから立った。そうして、ゆっくりと、しかし、確かな慣れた手つきで、銃口を私に向けた。
「正義は誰かの悪になる。先輩はそう言ってました」
「うん」
「あの時のナギサ様の正義は、私たちにとっての悪でした。けど、ナギサ様にとって私たちの正義は悪です」
「そうだね」
コハルちゃんは私に向けていた銃口を…下げた。そして、真っ直ぐに私を見つめた。まるで、私はヴァルキューレに入りたての頃の自分をみているようだった。
「でも、正義なら、誰かの悪になる前に、一緒になれないのかなって……あのときは遅かったけど、今はそう思うんです」
私はコハルちゃんの出した答えに、銃口を下げて、コハルちゃんの銃を元に戻した。
「そっか。でも、もしその正義が道を誤ってたら?」
「そのときは、言います。これは違うって、正義じゃないって。私に、できるかわからないですけど」
「大丈夫。きっとコハルちゃんなら守れるよ」
正義実現委員会かぁ。本当に、コハルちゃんのような子がいるなら将来は安泰だね。ホシノちゃんが私に向けてくれた言葉が蘇る。誰が言葉でみんなをつなぐのか。きっと、それはコハルちゃんのような子なんだろうね。
「ごめん、急に変な感じになっちゃったね」
「いえ!勉強になりました!」
「それならよかった。それじゃあ外で少し飲み物でも……」
コハルちゃんに飲み物でも奢ってあげようかな、なんて思ったら携帯の着信が入った。ナギサちゃんかな?と思ったので見たらやっぱりナギサちゃんだった。
「はい、草鞋野です」
『お待たせしました、草鞋野さん。こちらの用事は済みました。そちらも、下江さんとの友好は深められましたか?』
「時間を作っていただきありがとうございます。ナギサ様。おかげさまで」
『それはよかったです。次の予定へ移動したいところでしたが、正義実現委員会から別件の話がありました。こちらにこれますか?』
「はい。了解しました」
『お願いします。それと、下江さんも連れてくるようにと、ハスミさんが言っていますのでお願いします』
「承知しました」
よくわからないけど、何か正義実現委員会から話があるらしい。コハルちゃんも一緒にっていうのが気になる。私はコハルちゃんに事情を話して、正義実現委員会の本部へと移動した。
正義実現委員会の本部へとやってきたけど、ここに来て思うのはほとんどの委員の子たちが見た目そっくりすぎてびっくりする。いや、よく見れば顔立ちは違うし目の色も違う。ただ、制服の着こなし、髪型、装備まで一緒なせいで見分けがつかない。
前にハルナとオークション会場で正実とやり合った時もそうだったけど、ここまで格好が一緒だと統率もかなりされてるのかなと思う。コハルちゃんはだいぶ雰囲気違うけど、どういうことなんだろう。
「ねぇねぇ、コハルちゃん。なんでみんなこんな格好揃えてるの?」
「……特に決まりはないんですけど…ハスミ先輩やツルギ先輩にあやかってるのかもしれません」
なるほど?確かに、背格好は離れてるけど、二人とも髪型は近しいものがあるし、何とか似せてあの形になったのかな。けど、あの二人が就任する前からここってこういう格好だった気が。謎だ。
「まぁいいや。で、幹部たちがいる委員長室は?」
「こっちです」
コハルちゃんがすいすいと案内してくれる。周囲の子たちは私のことを見てなんだかものすごい警戒してる。そりゃそうか。私、今はティーパーティーだし、トリニティの子は私の銃を見て新しいホストと勘違いでもしてるのかもしれない。
しばらく館内を歩いてたどり着いた大きな部屋の前に、スラッとした黒髪で糸目の――あっ、この子、あのオークションの時に中隊指揮してた子だ!!うわ〜、覚えてないといいけど。
「お、きたっすね。下江さーん」
「…あっ、ぅ……」
「あ、すいません。で、そっちが」
「草鞋野です」
私はしれっとした態度で名乗ると、彼女は薄く目を開いて首を傾げた。
「…えっと、どこかで会ったことありません?」
「いいえ?初対面のはずですが」
やっぱ見られてた?ぐっ、尻尾動くなよ〜!
「そーすっかね。ま、ナギサ様の護衛に変なことは言えませんね。どうぞ、中で委員長たちがお待ちです」
「ありがとうございます」
軽く会釈して、扉の前に一歩進む。なんとか切り抜けられたようだった。ふーっ、たぶんこの子、私苦手かも。嫌いとかじゃなくて、腹芸的に。なんだか底がしれない感じがあるなぁ。
扉にはドアノッカーがついていたので使ってノックした。
『どうぞ』
中から、ナギサちゃんとは別の生徒の声。落ち着いた女性の声だ。私とコハルちゃんは扉を開けて中に入った。扉を開ければ、この前シャーレでも飲んだナギサちゃんが好きな茶葉の紅茶の匂いが仄かに漂っていた。室内のテーブルではナギサちゃんの前に二人が腰掛けていた。
一人はものすごい大きいのにびっくりするぐらい綺麗な体型が目に入ってしまう、正義実現委員会の羽川ハスミ副委員長。コハルちゃんの憧れる先輩で、優秀なスナイパーだという。私を値踏みするような目が恐ろしく鋭くて猛禽類……鷹のような印象を受ける。
そして、二人目が過去に見た動画とは全く印象が異なる出立ちこそ恐ろしく見えるけど所作はしっかりトリニティらしく綺麗で、しとやかに紅茶を飲んでいる。正義実現委員会の委員長、剣先ツルギさん。
「草鞋野エリカ、参りました」
「し、下江コハル、です。お疲れ様です」
コハルちゃんがガチガチに緊張してる。そりゃそうだよねぇ。学校のトップもいるわけだし。
「ご足労いただきありがとうございます。草鞋野さん。こうしてお会いするのは初めてですね。先生から噂はかねがね」
「羽川副委員長こそ、ご活躍は私も聞き及んでおります。正義実現委員会では非凡な狙撃手であると」
「お上手ですね。ヴァルキューレの方とお聞きしていましたので、その…失礼ですがもう少し、無骨な方かと」
「いえ、本官は皆さんのように華やかさとは無縁でありましたので、ここ最近は日々、学ばさせて頂いています」
こういう会ってからのちょっとした会話…トリニティの癖なのかな。結構言葉を捻り出すの難しい。羽川さんは怖いぐらいの美女なので緊張感もあって変なことを言ってないか不安になるな。
「それと…こちらはツルギ。我々正義実現委員会の委員長になります」
「…………よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
言葉少なく、剣先さんは挨拶をしてきた。戦闘以外だと無口な人なのかな。まるで戦略兵器のような凶暴さは全く感じない。
「ナギサ様、このまま話を進めてもよろしいですか?」
「えぇ。構いません」
「では……草鞋野さん。今回こちらにお呼びしたのは私たち正義実現委員会から、シャーレ補佐官、草鞋野エリカさんへの支援要請があるためです」
「え?私に?」
思わずいつもの口調で声が出た。ナギサちゃんの護衛あるから別行動は厳しいんだけど、それでも頼んでくるってことは相当何かやばいのかな。ナギサちゃんが良いって言ってるんだもんね。
「んんっ、失礼しました。なぜ、本官に?ナギサ様の護衛があり、ここで別件の要請は難しく、更に今はシャーレの生徒ではありません。私はティーパーティーですよ?」
一応建前上聞いておく。どこに今は目や耳があるかわからないからね。羽川さんは少し目を見開いてから、話を続けた。
「承知の上です。草鞋野さんの調査中…といっても1日もかからないと思いますが、その間こちらはツルギをナギサ様につけさせます。あなたの実力から鑑みれば同等の条件で、問題ないかと」
いや、全然釣り合ってない。逆に。あんなビルを穴あきチーズにできるような力は私持ってないよ。ただ、それなら安心かな。キヴォトスでも上から数えた方が早い戦闘力を持つ人がナギサちゃんの側にいるなら少しの間は離れても大丈夫だね。
「そういうことであれば。……すいません、ではここからしばらく、シャーレの生徒として話させてもらうけど、いいかな?」
「構いません。具体的な話に入りましょう」
本題に入ってくれるらしい。羽川さんは私たちをもっと近くに来てほしいと言って、私たちは近寄った。彼女は懐から…いやどこから携帯出したの?その深いスリットから?
「……?何か」
「いえ、なんにも。続けてください」
「………?ともかく、こちらをご覧ください」
画面に映っているのは動画だ。なんだろう、遊園地?羽川さんが画面をタップして再生が始まった。これただの遊園地じゃないな。廃園になった遊園地だ。
『なんだか出てきそうじゃん』
『大丈夫です!このトリニティのスーパースターがいれば何が出てきても』
『レイサっち強気〜』
一人聞き覚えのある声がした。確か、宇沢レイサさん。私が前の支援要請の時に街中で戦った子だ。かなり強い子だったし、トリニティ自警団というまた別の治安組織の子だからなんでこんな廃園に忍び込んでるんだろう。
「あの、これは?」
「…まずこの遊園地が何なのか、説明しましょう。スランピアという名前に聞き覚えは?」
スランピア?どっかで聞いた気がする。どこだっけな……。私が考えてると、コハルちゃんがわりとすぐ答えた。
「えっと……確か、モモグループの、遊園地の名前、だったと思います」
「コハル、よく知っていますね」
「と、友達が!モモフレンズ好きで…それで」
あー、阿慈谷さんか。というかそうか、スランピアか。思い出した。モモトークで有名な企業であるモモグループのアミューズメント系のグループ会社、スランピアが運営してた遊園地で、少し前までは全ての学区にあったんだよね。
そう、少し前、までは。
「けど確か、スランピアって潰れたよね?」
「はい。草鞋野さんの言う通りです。スランピアはご存じの通り、数年前に無計画な規模拡大により大幅な赤字を出しほとんどが潰れてしまっています。大半はなくなりましたが、一部の大きなものはアトラクションもそのまま、残ってしまっているのです。それがミレニアム付近のものと……我々、トリニティの自治区内にあるものになります」
動画を見れば、放置されて時間が経っているせいか砂埃を被っているものも多くて、なんだかおどろおどろしい。
「この子たちは肝試しにでも行ったの?」
「はい。侵入禁止ですので厳重注意しました。それと、もちろんですが、廃園になった上にこの土地はトリニティのものです。本来であれば撤去を進めたいのですが、この園の地下には温泉の鉱脈らしきものが確認されています。下手に業者を募って温泉開発部を呼び寄せようものなら目も当てられず、今日まで放置されていました」
それは情報流せないね。ましてやエデン条約が近くなった今なんか特に。D.U.でさえ無茶苦茶をやる連中だから、トリニティなんて平気で無許可工事するだろうね。ある意味あの子たちは一番学校のしがらみなんて気にしてない。
「けど、今回の話はそういうことじゃないよね?まさか私に遊園地破壊しろと?」
「ツルギなら可能でしょうが、草鞋野さんにそのようなことはさせません」
今、「いや私もできないから」と言わんばかりに剣先さんが首を横に振っていた。ちょっと笑いそうになった。
「動画をご覧ください。問題はここからです」
どういうこと?ともう一度動画を見た。
「ひっ!?」
コハルちゃんが頭の羽で顔を隠しながら私にひっついたし、ナギサちゃんもカタッ、とカップとソーサーが音を立て、私に気持ち寄りかかった。
『な、なんですかあれ!?』
『き、着ぐるみ!?』
『ぼうって、光って…!』
熊の着ぐるみが動画の中で光って、突如現れた。しかも、明らかに…中に人はいないにもかかわらず。足取りはかなりしっかりしていて、それらは腕を前にして、なんと銃撃してきた。
『わわわっ!?』
『ゆ、幽霊だー!』
『こ、ここは私が食止めてっ』
『ばか!逃げるよ!』
追ってくる熊の着ぐるみ、他にも、ウサギの着ぐるみや、しまいには通電しないはずの遊具類までギギギと音を立て、光を灯し動き出す。動画はそれからしばらく流れて、最後、園から脱出したところまで残っていた。あの着ぐるみとかはそこから先は追ってこなかったようだ。
……夏の怪談にしては少し遅くないだろうか?
「あの、まさかとは思いますけど」
「そのまさかです。草鞋野さん。この遊園地の調査に、この動画と同じような時間帯に向かってほしいのです。そして、異常の実態を確かめてほしいのです」
やっぱりね!これまずいでしょ。どうすんのよこれ。私、所詮元は警察官だよ?ホラーは専門外だよ!
「………ハスミさん。まさかとは思いますが、彼女一人で行かせるつもりですか?」
「そのようなことは。コハル、あなたも草鞋野さんの補佐をお願いします」
「ぴっ!?」
コハルちゃん連れてくの?こんなとこに?しかも二人だけ?き、厳しくないだろうか。
「コハル?」
「い、いきます!いきます!」
「お願いしますね。あなたならきっとやり遂げられると思っています」
だ、大丈夫?ただ調査なんてこんな…特異現象なんて私調べようが。
あ、いや、待った。これはシャーレとして受けるんだよね?なら何も今、この場で私だけがどうにかしなくていいじゃん!ある程度、私にもシャーレの補佐官として先生の一部権限が使えたりする。そのうちの一つが“募集”だ。人手が足りない時に生徒の誰かを呼んで手伝ってもらう。
こんなやばい超常現象、専門家がいるのだから素直に頼ろう。
「ハスミさん。せめて…こういったものであれば、シスターフッドにも声をかけるべきかと」
「もちろんです。既に打診し、伊落マリーさんがいらっしゃる予定です」
「………そ、そうですか」
ナギサちゃんがなんでか微妙な顔だけど、シスターフッドの子も来るなら百人力だ。その子がどういう子かわからないけど、霊とか強そうだし。私は携帯を取り出した。
「あの、シャーレとして対応していいのであれば、他校のこういった“特異現象”に特化した部活があるので、呼んでもいいですか?」
「学校によります」
「大丈夫です。羽川さん。ミレニアムですから」
私は言いつつ電話をかけた。かけた先は――。
『はい。どうしたのエリカ?』
「チヒロちゃん、久しぶり。突然だけど明星さんいるかな?」
『え?なんでヒマリ?』
「正確には特異現象捜査部に用があるんだ。シャーレとしてね」
ミレニアムの特異現象捜査部。現在はシャーレと協力して特異現象…デカグラマトンを追っている明星ヒマリさん率いる特殊な部活。デカグラマトンとはまた違うけど、きっとこんな意味不明な現象、明星さんは興味を持ってくれるはず。
『……お待たせ、ヒマリに変わるよ』
『明星です。草鞋野さん、お久しぶりですね』
「久しぶりです。明星さん」
『それで、本日はこの超天才超常現象どんと来い★美少女である私にどういったご用件ですか?』
「例えばだけど、廃園になったはずの遊園地で、一人でに動く空っぽの着ぐるみなんてどうかな」
『……それは、詳しくお話を聞かせてもらえませんか?』
こうして私は一時的にシャーレの生徒に戻って、遅すぎる肝試しに挑むことになった。事が事だけど、この新しい銃の慣らしにはちょうどいいのかもしれない。よし、頑張ろう。
――その報せは全てを無に帰すかもしれないものだった。
「……どういうことだ。トリニティの新しいホストが調査に向かっているだと?」
錠前サオリは、トリニティ総合学園に忍ばせていた一般生徒に扮した潜入員からその報せを聞いた時、耳を疑った。
彼女が聞いた報告はこうだ。桐藤ナギサがどこからか連れてきた正体不明の生徒がティーパーティーのホストにしか与えられないライフルを手にしており、おそらくは機能不全に陥りかけていたティーパーティーを立て直した。そこから更に、どういうわけか“計画”に必要なものを秘匿している廃業した遊園地に向かおうとしている、と。
「馬鹿な…アズサが…?いや、奴には第二段階は教えていない。聖園ミカは…マダムとの接触もない。どこから漏れた?」
犯人探しをしたくなったが、サオリはそれよりもどのように遊園地へ向かっている新しいホストとやらを排除するかという思考に変わっていく。そんな焦る彼女を隣にいた少女が、いじらしくちょんちょん、と指で肩をつついた。
「なにか、もんだい?」
「姫、いや……あぁ、問題だ。2発のうち1発の巡行ミサイルの発射地点にトリニティが勘づいた可能性がある」
サオリは彼女へこの問題を伝えるか悩んだが、伝えた。
「……それだと」
「あぁ。1発では威力が足りない。会場の全員が生き残るな」
サオリの“計画”において巡航ミサイルは初手であり、最大の切り札であった。彼女の指揮する勢力の総戦力はお世辞にも多いとは言えない。だから、そのための巡航ミサイルであった。その威力は絶大であり、1発で生徒を“軽症から重症”、2発で確実に“ヘイローを破壊”する。
「だが、あそこにはミメシスがある。……凌げるか?」
「……あのミメシスの誓約は“観客”。相手が調査目的なら機能しない」
「なに…?」
サオリも無策ではなかった。“マダム”のツテを頼りに自動の防衛戦力を用意していた。だが、それが機能しない、と少女から告げられた。サオリは徐々焦っていく自身がわかった。もし巡航ミサイルが露見すれば全てが頓挫するのだ。
そんなサオリを見て、少女は僅かな思考の後、立ち上がった。彼女の体を包んでいたシーツがするりと落ちる。そのまま少女は自身の衣服をかけていた壁際まで行き、着替え始めた。
「姫…?何をするつもりだ」
「私が行く」
「何を言っている…!?危険だ。姫一人でなど」
「今動けるのは私だけ。それに、私の“血”なら、あのミメシスを直接起動して誓約を上書きできる」
サオリは少女…“姫”が言うことを理解できたが、なんとか心変わりさせようと必死に説得を試みた。
「待て。無謀だ。それこそ姫が捕まればどうなる」
「直接戦闘は行わない。ミメシスの起動後、すぐに離脱するよ」
「ミサイルは…」
「…………私は放棄したほうがいいと思う。見つからなければ、プランB」
「プランB ………あるにはあるが」
少女がその肌を衣服で包んでいく。肌の露出はほとんど抑えられ、上着は大きめでフードを被れば目元は伺えない。
「せめて護衛を」
「一人の方がいい。私、隠れんぼ得意なの、知ってるでしょ?サッちゃん」
「………わかった。そこまで言うなら、姫。仕事だ」
サオリは頑固な彼女の説得を諦め、冷酷な指揮官としての顔で彼女へ向き直った。
「ミメシスを発動後、巡航ミサイルの自爆シークエンスを起動。即座にその場を離脱しろ」
“姫”はその命令を聞き、口元を嗤わせた。そして、それを隠すかのように顔を覆うマスクをつけた。
≪了解≫
返事は手話で行われ、“姫”はまるで“女王”のような堂々たる歩みで部屋から出陣した。
ミサイルは”2発”あったッ!
一旦遊園地に寄り道です。
ちなみになんでサッちゃんが主人公をホストと勘違いしているかというと、主人公にも伝えていませんがシレッとナギちゃんが味方すら欺くかのように幹部(委員長クラス)を除く生徒たちに欺瞞情報をばら撒いているからです。主人公は基本ナギちゃんと寝食を極力共にする形にしているので他の生徒との接触があまりなく、これに気が付いてません。