頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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すいません。今回は連続投下しません。
けど、この章の後半に入る前に入れておきたかったので急遽追加しました。


Area-07「行政官執務室 #防衛室長 #黄金の一滴 #手続き」

 山海経における支援要請を終えた先生は次の支援要請である“エデン条約調印式”のオブザーバーとしてトリニティへ――すぐには向かわず、サンクトゥムタワーのリンの執務室へと足を運んでいた。

 

 応接用のテーブルに着いた先生の前にはリンだけではなく、カヤもいた。まるで数週前のエリカとナギサが遭遇した状況と酷似していた。

 

「ごめんね、リン。時間をとってもらって」

 

「いいえ」

 

「あと、カヤも悪いね」

 

「いえ、全然。先生の頼みであればいくらでも」

 

「嬉しいこと言ってくれるね」

 

 ただし、状況が違うと言えばカヤが今日ここにいるのは先生の頼みであった。カヤの言葉は概ね本心であった。大人である先生に頼られるほど自身は優れている、という自惚れからのものだったが。

 

「早速だけど、二人を呼んだのは山海経の支援要請の報告になるよ」

 

「支援要請の報告ですか?メールではない、となると……」

 

「うん。いつもの」

 

 リンの顔が露骨に嫌そうなものになる。カヤは二人の間でどういうやりとりがされているのはわからないため、素直にハテナマークが頭の上に浮かんでいた。

 

「先生、リン行政官。いつものとは?」

 

「カヤ……防衛室長。先生の支援要請は多岐に渡ります。直接報告を避けるようお願いするほどです。それでもなお、直接報告に上がる際は相応の理由があります」

 

「たまにおしゃべりしたいから来ることもあるけどね」

 

「先生は話の腰を折らないでください」

 

「はい」

 

 茶々を入れる先生にカヤは大して重要そうな話ではないのでは、と考え始める。そうとなればいる必要はあるのか、とカヤは思い、もしそうなら早々に離席し執務室でコーヒーを淹れて優雅な午前中を過ごそうかと思った。

 

「二人はさ、“黄金の一滴”って知ってる」

 

「ごーるでんどろっぷ…?紅茶がおいしくなるというアレですか?私コーヒー派なんですが」

 

 やはりふざけた話だった、とカヤは面倒臭くなり始め適当に話を切り上げようと考えたが、隣に座っているリンの様子がおかしいことに気がついた。“黄金の一滴”と聞いてから、リンが硬直していたのだ。

 

「え、行政官どうされましたか」

 

「その様子だと、リンは知ってるんだね」

 

 なんなんだとカヤは先生とリンを交互に見る。

 

「その口ぶりだと、知ってしまったのですか、先生は」

 

 リンが再び口を開いた時に出たのは、普段は聞かないような重い声音だった。

 

「うん。……まぁ、細かくは聞かなかったけど」

 

 何かの暗号なのか、とカヤは考え出すが材料がなさすぎるため意味がわからない。思い切ってカヤは先生に問うことにした。

 

「先生、一体なんなのですか、“黄金の一滴”とは」

 

「これだよ」

 

 先生の胸元のポケットからアンプルが取り出され、カタ、とテーブルに置かれた。アンプルとくれば、普段から仕事は部下に丸投げなカヤにも意味が理解できた。

 

「薬物ですか?それならヴァルキューレが取り締まりをしているではありませんか。わざわざ行政官と防衛室長である私を呼ぶ意味は……」

 

 違法薬物ならばヴァルキューレで対処しており、連邦生徒会長の代行と防衛室長を呼び出すような案件ではない。なんのつもりかとカヤは問いただそうとして、またしてもリンの様子がおかしいと感じ、言葉を止める。

 

「さっきから一体何を大仰に。このアンプルがなんだというのですか――」

 

「触らないでください!」

 

「いっ!?」

 

 アンプルにカヤは触れようとしたところで、リンが突如叫んだ。慌ててカヤは手を引っ込めた。

 

「な、なんですか、急に」

 

「ありえない…どうして実物が……これは、会長が……」

 

「もうっ、わざわざ私を呼んだのですから、わかるように説明してください!」

 

 カヤもいきなり怒鳴られ話についていけないことに腹が立ち、ついに立ち上がって先生とリンへ説明を要求した。先生は「ごめん」と一言謝ってから、カヤに座るよう促した。

 

「カヤ、報告書の最後の補記を見てくれるかな?」

 

「構いませんが?」

 

 言われるままにカヤは先に受け取っていた報告書を手に取ってバインダーに閉じられ束になっているそれの最後のページまで捲る。そうすれば”補記”と書かれた…“補記”にしては随分長い文が書かれていた。

 

「随分長いですね」

 

「ごめん。エリちゃんがいないと文章が長くなりがちで」

 

「いけませんねぇ。報告は簡潔端的にしてもらわないと。エリカさんが確かにそのあたり得意でした」

 

「そうだね。で、補記の最後らへんを見てほしいんだ」

 

「どれどれ」

 

 カヤが目を通せば先生の言う箇所に、この目の前にあるアンプルの中身の詳細が書かれていた。山海経の練丹術研究会が纏めたレポートの抜粋のようで、薬効や副作用についての記載がある。

 

「…………………ぅ…!?」

 

 読んで、カヤはつい先ほど触れようとしたアンプルから飛び跳ねるように体を引いた。そして、納得した。この場に自分が呼ばれた理由が。

 

「な、なんですか、これは!?こ、こんなものがこの世になんで存在しているんですか!?」

 

 悲鳴をカヤは上げていた。読み込んだ報告の内容が頭に流れ、たまらずカヤの口からこぼれ出していく。

 

「飲んだら、化け物になる…!?肉体が、変異して、崩壊する!?」

 

「あー、それは何十本も投与した場合に想定されるほうだね。実際にはそこまで飲んだらそうなる前にヘイローが壊れるから、やらないだろうって言ってたよ」

 

「なら、この前段の……異常な集中力と全能感、肉体のリミッターの解除……ただし、離脱症状で一ヶ月は寝たきり……これだけでも、もし非合法な組織の手に渡れば」

 

「うん。危ないね。だからカヤを呼んだんだ。防衛室長なんでしょ」

 

 人から頼られているという普段は感じられない気持ちがカヤにはありつつも、これまで本当にキヴォトスの安全保障に関わる重大案件など受けたことはなかった。ようやく最近、FOX小隊を使って独自にデカグラマトンなる機械生命体の調査を始めたところだった。

 

 先生が持ち込んだものはそれと同じく、本当の危機だった。危ういバランスで成り立っているキヴォトスの秩序を脅かすものだ。

 

 ただ、カヤはハッとする。リンはこの存在を以前から知っているような口ぶりなのだ。

 

「待ってください。なぜ行政官はこれを知っていたのですか」

 

 カヤに問われ、リンは悩んだ様子を見せたが、それは一瞬だった。

 

「……カヤ。あなたは、草鞋野さんと友達…と言っていましたね」

 

「えぇ、そうですが?しかし、なぜ彼女の名前がここで?」

 

「草鞋野さんがヴァルキューレの休学となった直接の原因は知っていますか?」

 

「調べましたとも。もちろん知っていますよ。知っても友達でいてあげる私は寛大ですからね」

 

 実際にはニコに殴られユキノに責められようやくであったが、カヤはそれを言わなかった。

 

「エリカさんがよく行っていたという花屋さんを唆して事件を起こさせて、それを自分の手柄にした、というものでしょう?詳細は流石にヴァルキューレのものですから調べられませんでしたが」

 

「そうですか」

 

 まるで残念なものでも見るかのようなリンの態度にカヤはイラついたがまだ抑えた。

 

「じゃあ、なんなのですか?あの花屋の事件は嘘だと?」

 

「唆したというのはフェイクです。ですが、この薬はその花屋で製造されました」

 

「………なぜそれが事件の話にないのですか?」

 

「先生はどこまで聞いたのですか」

 

 リンが先生に問いかける。普段はおちゃらけた様子でいることが多い彼女にしては随分と固い表情を先生は見せていた。

 

「なんとなくは。なんでエリカが私とか、みんなに話さないのか、なんでバッシングを受けてもそのまま放置してるのか全部わかったよ」

 

「……山海経の竜華キサキは当時、連邦生徒会長と連携して捜査に協力していました。全貌を知る数少ない生徒です。彼女から聞いたのであれば概ね事実でしょう」

 

「そうなんだね。ただ、カヤにはこれは言えないかな」

 

「なぜですか?」

 

「君が、エリちゃんの友達だからだよ」

 

「月並みですが、友達であれば全部受け止める、というのがありますけど」

 

「下手な慰めは人を傷つけることもあるから」

 

 真剣な先生の眼差しに、カヤは納得いかないものの、理解はした。

 

「蚊帳の外にされているのは気に食わないですが、大人である先生がそこまで言うのであれば従います。聞き分けいいですからね、私」

 

「助かるよ、カヤ」

 

 あとでユキノあたりに聞こうとカヤは考え、話を進めることにした。

 

「それで、具体的にこの薬について防衛室はどうすれば?」

 

 エリカの過去に関わる内容を一旦保留にし、カヤは目の前のアンプルを再度見る。違法薬物となれば聞く限りではヴァルキューレでバイヤー等を抑えるべきだが、報告書を見た限り、既に山海経の支援要請の中でバイヤーは抑えられていた。だが、そこから先どこへ流通したかはわからないとカヤは確認していた。

 

「純粋な捜査であれば、防衛室はヴァルキューレに劣ります。適材適所ですからね」

 

 謙虚にもカヤは言う。事実として捜査どころかカヤは現場に行ったこともない。先生は何をさせるつもりなのか、カヤはよくわからない。

 

 先生はアンプルを手に取った。

 

「これを欲してる組織にね、目星がついたんだ」

 

「…!本当ですか、先生!?」

 

「うん。やっぱりシャーレは生徒の声に応えるのが一番。ドンピシャだったよ」

 

 驚いた様子のリンに代わり、カヤが先生に尋ねた。

 

「まさかシャーレにその組織が接触してきたのですか?」

 

「ううん、カヤ。エリちゃんは今、トリニティにいるのは知ってるでしょ?」

 

「えぇ。あの紅茶女……こほん。桐藤ナギサ氏の護衛をしていますよね」

 

「そうそう。それで、トリニティって今アリウス分校っていうゲリラ組織に入り込まれててね」

 

 アリウス分校の噂はカヤにも届いていた。正確にはエリカの護衛としてFOX小隊を付けようとした際に交渉材料としてトリニティの内情をFOX小隊に探らせたから知っていたというだけだ。

 

「えぇ、もちろん。防衛室長である私がキヴォトスの安全保証に関わることを知らないということはありません」

 

「流石だね」

 

 感心した先生の様子にカヤは「どうですか!」と言わんばかりのドヤ顔を見せていた。

 

 先生はそんなカヤの様子に苦笑いしつつも話を続けた。

 

「それで、エリちゃんとは少しやりとりもしてて、どうにもアリウスがゲリラ的な攻撃もしてきてるらしいんだ。キサキが言ったこの薬を欲しがる組織の条件にピッタリなんだよ、アリウス分校って」

 

「どういう条件ですか」

 

「数が少なくて、それでいて技量も高くない。けど、目的がある組織。アリウス分校はトリニティと比べれば規模も小さいし、交戦した生徒たちからの報告で大半のアリウス生はそこまで高い技量じゃない。けど、エデン条約を破綻させたいという目的はあるんだ」

 

 先生の語った内容にカヤは確かにピッタリだと思った。

 

「とすると、もうこの薬が相手に渡っていると?」

 

「キサキが言うにはその可能性が高いって。送り先もトリニティの方面だったからね。受け取ったほうは追いきれなかったけど」

 

「状況は飲み込めました。改めて聞きますが、それで防衛室はどう動けば」

 

「カヤ、私と一緒にきてほしい」

 

「へ」

 

 いきなり先生に言われ、カヤは固まった。どこへ、とカヤはまず思い、先生がこのあとトリニティへ行くことを思い出した。

 

「まさか私も調査に同行しろと?」

 

「うん。エリちゃんの代わりにってわけじゃないよ、もちろん」

 

「頼られるのは嬉しいですが、何故私なのですか?まぁ、私が優秀だからでしょうけど」

 

 内心カヤは汗がダラダラと垂れていた。実地調査などやったことがない。それをいきなり補佐、しかも鉄火場へ行けというのだ。どうにか回避できないかとカヤは考えるが、考えをまとめようとするよりも早く先生が話を続けていく。

 

「エリちゃんに倣ってね、ちゃんと筋を通しておくためにもカヤが必要なんだ」

 

「す、筋?」

 

「そう。シャーレの超法規的権限ってなんでもできるんだよね。カヤも知ってるでしょ」

 

 カヤは当然知っているし、その権限が行使される場面にも遭遇している。RABBIT小隊を無罪放免にできたのはシャーレだからだ。だが、カヤが強権すぎると指摘しようにも一分の隙もないぐらい、なんでも出来る権限とは裏腹に先生はしっかりと事前説明や協議をしている。

 

 なんでもできるが、自らなんでもできなくしているという奇特な行為にカヤは大人とは面倒な生き物だと思っていたが、まさか自身がそのためのダシにされるとは思ってもみなかった。

 

「リン。SRTって連邦生徒会会長の指示以外は受けないんだよね」

 

「はい。ただ、シャーレの指示であれば別ですが」

 

「シャーレからだと強制的になっちゃからさ……リンから、会長代行からの指示は?」

 

「私個人では不可能です。ですが、SRTが動くということはキヴォトスの安全保障に重大な懸念がある状況です。そして、その判断は……防衛室長が現在は行うことになっています」

 

「あ、あれは仮の話では……?」

 

 SRTの指揮権の話についてカヤは過去に室長会議でなんとなく、ふんわりとした話が挙がっていたのは覚えている。仮の話で、本決まりではなかったはずだった。

 

「いいえ、SRTほどの強力な組織を遊ばせたままにするのは逆に危険だと意見があって、ひとまず首輪を防衛室が握ることになったではありませんか。だから、RABBIT小隊の処遇はあなたのところに話が入ったのですよ」

 

 カヤはうろ覚えであったが、新作の豆を一刻も楽しみたいが故に何も考えずに発言した覚えがあった。つまり今の状況は身から出た錆であった。

 

「………そ、そうでしたね!」

 

「なので、この場合、不知火防衛室長がこの状況がキヴォトスの安全保障を大きく脅かしていると稟議を上げ、私に承認されれば一時的ですがSRTを復活、動かすことが可能です」

 

 そんな仕組みになっていたのか、と当事者であるはずのカヤが感心しかけたが、彼女は同時にこれはチャンスだと考えた。怖い狐たちからの評価を上げるチャンスだと。

 

「であれば、FOX小隊を使いましょう!彼女たちは優秀です!」

 

 何より実績がある。カヤはかつて、違法な武器をFOX小隊が単独で摘発したのを知っている。危険なものを抑える経験があるのであれば、うってつけだ。

 

「動かせるのですか?」

 

「えぇ!もちろん装備も――あっ」

 

 カヤは言いかけて、まずい、と固まった。先生はありがたそうにしていたが、リンの表情が疑念に満ちている。

 

「この前も思いましたが、不知火室長。なぜ、FOX小隊をここまで推して、それに現状まで把握しているのですか?」

 

 カヤは必死に考えた。この場を切り抜ける方法を。下手に答えれば立場を失い、FOX小隊の面々からもおぞましい拷問を受けるかもしれないと吐きそうになる。だが、なんとか堪えて、カヤは理由をこねくりまわす。

 

「そ、それは、先ほど行政官も言っていたではないですか!防衛室の預かりなのですから、FOX小隊も含め現状は把握しています!装備も、こちらで控えてありますから!」

 

「……アオイから装備の話は聞いていないですよ」

 

「あ、あとで書類上げますからっ!」

 

「……………まぁ、いいでしょう。わかりました」

 

 セーフ、とカヤは大きく息を吐いた。なんとか乗り切れたのだ。

 

「では、防衛室長から安全保障の危機ありと判断を受け、連邦生徒会会長代行として承認します。一時的に防衛室長にSRTの指揮権は一部委譲。危機を脱するまで、SRT特殊学園FOX小隊を不知火カヤ防衛室長の指揮下に置くことを許可します」

 

 迅速に手続きは行われ、FOX小隊は正式にカヤの指揮下におかれた。カヤはなんとか流れについて行こうとするが、ふと気づく。FOX小隊が行くなら自分は必要ないのではないかと。

 

「あの、それなら私は行く必要がないのでは?」

 

「え?リンちゃん、そうなの?」

 

「いいえ。今回はシャーレの権限ではなく、簡易ですが正式に手続きを踏んだものです。先生が望めば可能ですが、基本的に指揮権は不知火室長にあります」

 

「なるほどね。じゃあ、カヤ。FOX小隊の子たちを連れて、一緒にトリニティに来てくれるかな?」

 

 逃れられない、とカヤは悟った。ここで断るのはカヤの評判を傷つけることにもなりかねない。カヤはなんとか平静を保ちつつ、応えた。

 

「わ、わかりました。いいでしょう、先生。大船になった気でいてください!」

 

「期待してるよ、カヤ」

 

 純粋な期待、それを初めて受けたカヤは嬉しさと同時に、怖さを感じつつ、どうFOX小隊へ話をすべきか頭の中がこんがらがっていた。

 

「そ、それで具体的には向こうで何をすれば?」

 

「カヤたちには調査に専念してもらおうかな。エデン条約自体に連邦生徒会が絡んじゃうとややこしくなっちゃうみたいだから」

 

「わかりました。では、そのようにしますね!」

 

 現場など知らないカヤは調査なんて何をすればいいんだ、と叫びたかったが了解してしまった。

 

 先生は、自信満々に応えるカヤを信じることにした。

 

 




というわけで、カヤちゃんはじめての現場&FOX小隊参戦です。
一時的で偶然ですがカヤちゃんはSRT復活もぎとってきました。きっとFOXも褒めてくれると思います(ほんとか?)。リンちゃんにあらぬ疑いもかけられてますがカヤはその場を乗り切ることに必死で気がついてません。


次回はまた未定です!
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