「全く…!どうして私がこんな…!」
「不知火室長。今、トリニティは条約調印前でピリピリしています。不用意な言動はお辞めください」
トリニティの市街にて、カヤは強引に着せられたFOX小隊と同じセーラー服に身を包んで違法薬物である“黄金の一滴”の捜査に乗り出していた。先生の判断でこの捜査はエリカやトリニティに隠して行われることとなっていたため、カヤは先生に一緒に来い、と言われたのに結局別行動となっていた。
おまけに、本来であれば指示を下す側のユキノにダメ出しをされる始末。反論しようにも、現場を知らないカヤは口も回らない。更に追い討ちをかけるように、残りのFOX小隊の隊員は散って捜査にあたっており、ユキノと二人きりとなったのは明らかに“子守り”をさせているのもわかって、余計にカヤはプライドが傷つけられた。
「そもそも、こんなただ歩いてもう4日ですよ?エデン条約の調印式はもう今日の午後だというのに」
「昨日までに怪しいところは全て虱潰しにしましたが、流石にトリニティが先に潰しているせいで収穫がなかったのは事実です」
慣れない重装備でカヤは臨時的に“FOX5”としてユキノに指揮下に付けられた。これも先生の指示のため逆らえず、カヤは満足な動きができないことで小隊員たちからそれとなく指導も受けている。
そのため、カヤはエリカを見たら今すぐにでも「あなたの後輩は失礼だ!」と言ってやりたい気持ちと「助けてください」と素直にどうすればいいのか助言をもらいたい気持ちが同居していた。
それはそれとして、捜査に進展はなく、ついにエデン条約の調印式当日となってしまったこともカヤは焦っていた。防衛室長として、キヴォトスの安全保障を真面目に考えたことはこれまでカヤにはなかったが、今は責務を無自覚であるが焦りという形で自覚し、まずい、とも思っている。
「だいたい、こんなにも尻尾が掴めないなんてどういうことなんですか。ユキノ」
優秀なFOX小隊ではなかったのか、と嫌味も含めてユキノにカヤが問えば、ユキノは一旦足を止めて、カヤを見た。その目つきは厳しいものであった。
「不知火室長。今回は残念ですが、我々は出遅れています。先生が山海経で情報を得なければ、こうして捜査することも出来なかったでしょう」
「それはわかっています」
「……草鞋野副局長も言っていましたが、我々SRTができることは“後始末”だけです」
カヤはまるでユキノがこの捜査活動は無駄だとわかってやっているようで苛立った。
「無駄なことを何故するのですか?」
「無駄だとわかっていても、我々SRT、いや、警察は最後までもがきます。無駄になるかもしれない、それでもそれがもしかしたら報われるかもしれない。頑張りは報われると信じて」
「結果が伴わなければ意味がありませんよ」
「そのときに、最後、SRTの出番です。先ほども言った通り、我々の役目は“後始末”です」
カヤには理解できないものだった。だが、そうであっても反論する素材が今のカヤにはない。実際のところ、違法薬物の受取人は誰だかわからず、トリニティの怪しいところはユキノの言う通り、先に正義実現委員会が潰しきっている。
かなりの厳戒態勢であることはカヤですら、肌で感じるほどだ。先生の口添えがなければ自治区内に入ることさえもカヤたちは難しい。ここに来る際に使用したハイランダー鉄道学園の列車の車掌とトリニティ側の警備責任者が口論になっているのを見かけたほどだ。
ここまでの態勢でむしろどうやって違法薬物を渡したのか、カヤは気になってくる。
「まぁ、いいです。時間がないので、出来ることをしたいというのはわかりました」
これ以上は説教をしてくれるな、という気持ちでカヤは言いつつ、経験が無いなりに考えてみる。足を使っても何も尻尾は掴めなかったのだから、今こそ優秀な自分の頭脳を使うべきだとカヤは思ったのだ。
「密輸手段となると、どういう手段があるかわかりますか?」
「一番多いのは何かの箱に上げ底をして忍び込ませたり、車のドアの裏をくりぬいて詰め込むなどが多いですね」
「こんなネズミ一匹通る隙間さえないのにですか?」
ユキノの言葉にカヤはありえないと否定をぶつける。ユキノはカヤに尊大な態度を取られても特に言い返しはしなかった。そういう人だ、とわかっているし、ここ数日指揮下においてわかったが、ユキノはカヤのへこたれない精神力は評価していた。磨けば光るのではないか、と。
だからユキノはようやく自分で考え出したカヤに、余計な説教を挟まなかった。
「うーん、私ならどうやって密輸しましょうかね」
カヤはふと、思い出したことがあり、それを実践しだした。数少ないエリカとの思い出の中に、こんな話をしたことがあった。
――どうしてすぐに犯罪を防げたのですか?
――なんとなく、やりそうだなぁ、って気がして止めることが多かったです。
――多かった、ということはそれ以外は?
――もし、自分がやるなら、と考えたこともあります。事件の記録は犯罪の手引き書と言っても過言ではありません。
――……それはいいんですか?
――何も、犯罪を犯そうというわけではありません。敵を知り、己を知れば、とも言うじゃありませんか。
確かに、厄介ごとを多く持ち込み、疫病神だ、と罵りもしたが、同時にカヤはエリカの実力は本物であるともクビにしてから思っていた。そもそも、ただの事務職として呼び込んだのにカヤと趣味があって個人的な付き合いがあったにせよ、短期間で室長の秘書的な役回りまでこなせていたのはおかしかった。
その彼女の言葉は今のカヤにとっては金言だった。
ユキノは真っ当な推理を始めたカヤに驚いた。そして、これはエリカの教育であることもすぐに気がついた。
「(全く……副局長らしい。不知火室長のような人にも教えていたのか)」
人望はなく、人の話は聞かず、配慮もせず、自信過剰で傲り高ぶり、目的のためなら平気で犯罪行為にも手を染める。そんなどうしようもない相手とユキノはカヤを思っていた。神輿にされただけの愚かな少女。そのはずだったが、ユキノはなかなかどうして、とカヤを憎めない。
「案外、堂々と運べばバレないのかもしれません」
「どういうことです?」
「今の我々と同じですよ。SRTが閉鎖されているのは知れ渡っています。そんな学園の生徒が何人もこんな状況の自治区に入るのは困難です。しかし、今回は先生…つまりはシャーレの生徒として同行しています」
悪くない推理だとユキノは思った。怪しいものでも“お墨付き”があれば通せてしまう。シャーレという組織の影響力は絶大であり、今回は既にその生徒がエデン条約の手伝いをしているためチェックは甘くなる。
「小さい頃の忌まわしい記憶ですが、悪戯で外れの入ったお菓子を食べさせられたことがあります」
「なんですかそれは」
「辛い餡が入ったチョコ饅頭です。ですが、見た目は饅頭そのもの。人間、見慣れたものは信じて疑わなくなるものです」
カヤは考える。差し迫った状況であるが、考えることが楽しくなってくる。これがエリカと同じ気持ちなのか、とも思ったが、それはまた置いておく。今、カヤの中にある推理の材料をまとめていく。
「ユキノ、“黄金の一滴”はどういう特徴があるのですか?」
「調書によれば、名前通り黄金色に近い半透明の液体で…なによりその匂いが特徴的です。強い金木犀の香り。ちょうど、草鞋野副局長がつけていた香水のような」
カヤの中で推理がまとまった。
「なるほどなるほど…ふむ、となれば簡単ですね。香水として取引すれば堂々と運び込めるではありませんか」
ユキノは推理し不敵な笑みを浮かべるカヤに、確かな成長を感じた。
結果的にカヤを頼ったのは間違いだったが、彼女と出会えたことは間違いではないのかもしれないと感じた。もとより、綺麗なままでは犯罪を防ぐことは至難の技だとユキノは思っているが、カヤには悪にも染まれる素質がある。導く誰かがいれば、彼女は道を間違わないのではないだろうか。
「(あぁ、やはり……私たちの道は間違っていない。SRTを復活させ、草鞋野副局長が生徒会長になれば……!)」
選んだ道は間違っていないのだと、ユキノは確信する。
「ユキノ、行きますよ。トリニティの輸出入管理を洗い出すのです。幸い受け取ったと思われる期間も、物品も限られています。すぐに見つかるでしょう」
「了解しました」
返事はこれまでの仕方がないものから、SRTの小隊長としてのものへと変わっていた。
蜂起までの時間が近づく中、サオリに入ったのはまたしても想定外の報だった。
『サオリ。監視班から報告が入った。自治区内にSRTがいる』
「……本当か?」
『間違いない。FOX小隊……一番厄介なのが来てる』
アリウススクワッドはアリウス分校における最大戦力であり、本来であれば一極集中で運用すべきところを散って各メンバーで他の生徒と班を構成させていた。サオリと幼馴染である戒野ミサキからの報告は耳を疑うもので、さしものサオリも疑ってしまったが、同じくミサキも強く動揺している声音であり本当なのだろうとサオリは感じた。
FOX小隊をサオリは知っている。障害となりうる勢力の情報を収集している中で当然、入ってきた情報の一つ。連邦生徒会会長直属の学校であり、キヴォトスの絶対の正義を体現する存在であるSRT特殊学園。エデン条約が連邦生徒会主導で計画されていた初期段階の頃、最もアリウス分校が警戒していた存在だ。
だが、連邦生徒会会長の失踪によりSRTは廃校が決定され、現在は閉鎖されその力を失い脅威から外れた。そんな相手がいまさらサオリたちの前に現れたのだ。
「どういうことだ。SRTは廃校になったはずだ」
『……駅近くのメンバーから情報が来た。シャーレの先生と一緒に入ってきたらしい』
「シャーレ……邪魔をしてくれる」
サオリは先生という存在が明らかにアリウスを警戒していると理解する。大人というのはこうも嫌らしい手を使ってくるのかと、サオリは先生という存在が憎たらしくなってくる。
「連中の目的は?」
『わからない。ただ、5人のうち2人がトリニティの輸出入管理に向かってる』
「……なんだと?一体なにを――」
なにをしようというのか、と言いかけてサオリはハッとした。
「――露見したか。“黄金の一滴”の存在が」
『あの胡散臭いヤツが持ってきた怪しい薬?アレがどうしたの』
「忘れたのか?アレの受け取りは正規ルートで入れた。“香水”としてな」
『は?』
よく保ったとサオリはむしろ自身の悪運に感謝した。既に、エデン条約の会場となる古聖堂への攻撃までの時間は残り少ない。今更“黄金の一滴”を暴露しようとしても時間が足りない。
そして、もし辿っているのならFOX小隊が行き着く先も読めるのだ。
「チーム8は古聖堂への攻撃に参加せず、洋館で待機させる」
『どういうこと?戦力が足りなくなる』
「FOX小隊をその場で足止めさせる。奇襲時にFOX小隊に乱入されようものなら計画が破綻する。悪いが…」
『生贄になれってこと?』
「あぁ。これも、私たちの復讐のためだ。ここまで来て邪魔をされるわけにはいかない」
『……了解。伝えておく』
「頼む。チーム8には“黄金の一滴”を一本持たせていたな。使うように言っておけ」
『アレを?わかった』
数時間。それだけ稼げればサオリたちの勝ちが確定する。ここまで来て事を起こす前に計画が頓挫することをなんとしても彼女は避けたかった。
「(次から次に……マダムの言う通りだ。先生、貴様は…)」
トリニティの輸出入管理部局に防衛室長の権限で強制捜査し、カヤは容易く“黄金の一滴”と思われる香水の取引先を見つけることに成功していた。拍子抜けするほどのものであり、カヤは「所詮テロリストなどこんなものか」とアリウス分校の工作の稚拙さに嗤いが止まらなかった。
「ふふっ、思っていたよりも容易いではありませんか。身構えて損をしてしまいましたよ」
先生に突然現地調査を言い付けられてあたふたとしたが、カヤは結果的に成果を上げたと思っていた。取引が行われたという洋館の近くまでやってきていたカヤは報告をニコに任せ、残りのFOX小隊の面々と突入の準備を進めていた。
「――はい、はい。了解しました。といっても、廃洋館のようなので、証拠が残っているかは怪しいですが。……そうですね、可能性が0でなければ探るべきですね。わかりました。何かあればすぐに報告します。終わり」
先生との通信を終えたニコがカヤたちに合流する。ニコはカヤとの仲が現在最悪と言っていいが、仕事である以上お互い割り切っているので、いがみ合うような真似はせず、一瞥するのみで終わる。
「ニコ。先生からの指示は」
「無理せず、何もなければ先生たちに合流。調印式の時間までそんなにないからね」
「わかった。……不知火室長、これよりあの洋館に対し強制捜査を執行します。許可を」
ユキノからの声に、カヤは頷き「どうぞ」と短く返事をする。指示は簡潔かつ的確に。ユキノとの行動時にカヤは短時間でそのように教え込まれ、素直に従っていた。そのほうが“エリートらしい”とカヤは思ったからだ。
「(素晴らしいですよ、FOX小隊。これを使いこなしてこそ、超人として箔がつくというもの。確実に連邦生徒会長の椅子が見えてきましたね)」
カヤは妄想しつつ、FOX小隊の一番最後尾に着く。カヤはあくまで彼女たちのお目付け役であり、戦闘もFOX小隊任せだ。
「各位、最終チエック」
ユキノの指示に、ニコ、クルミ、オトギの3人が最後の装備点検を行う。その動作はスムーズであり、カヤは芸術的に映った。
「FOX5、装備点検」
「うっ、りょ、了解」
見とれているだけでは許されず、ユキノからカヤに厳しい声音で指示が飛ぶ。カヤは仮にFOX5というコールサインを与えられていた。これは同行する際の戦闘時にカヤを護衛しきれないとユキノが判断してだ。
「(初めての場所だから護衛できない、だから指示に従えとは…!私をなんだと思っているのですか!)」
内心憤慨しつつも、既に手綱を握られているカヤは渋々従うしかない。暴力では勝てないとわかっているからだ。実際のところ、ユキノの判断は決して間違っていない。カヤの戦闘能力があまりにも低いものだと見抜いているからだ。超人を自称する割には腹部への打撃一発で沈むのは過去のニコの行動でわかっていた。
作戦行動中に喚かれでもしたらカヤ自身の身も危険に晒すと踏んでユキノはコールサインを与え、戦闘中は指揮下においていた。
「点検完了、しましたが」
「了解。ではこれより、FOX小隊は“黄金の一滴”の保管庫らしき洋館へ強制捜査を行う」
カヤの不貞腐れたような声音をユキノはスルーし、強制捜査を宣言する。
「目標物を確保するまで、障害は全て排除する。“正義とは、正当な権限のもとに行使されるべき権利”であり、我々は権利を有するものである」
エリカが言っているという理念をユキノが告げると、それが合図だったのか、カヤを除く全員が武器のセーフティーを解除する。小柄だがライオットシールドを構えたFOX小隊のポイントマンであるクルミが全員の前に出る。オトギはカヤの右斜め前に下がり、ユキノとニコはクルミの後ろで並んだ。
カヤはその場で動かずに、遅れて獲物である護身用のハンドガンのセーフティーを解除した。
「状況開始」
ユキノのその言葉で、一気に5人は駆け出した。しかし、カヤは出遅れ、結果的に最後尾でついていくことになる。彼女たちが踏み込んだ洋館は夏の前に違法なオークションを行い正義実現委員会により摘発され持ち主がいなくなったはずの洋館だった。そこに香水に偽装した薬物が納品されていたのだ。
カヤはこれだから古い学校はセキュリティが、などと思いもしたがTPOを弁えて言わなかった。
だが、こうして解決に向けて駆けているのだと思うと、カヤは感じたことがない充足感を得ていた。
「(これが捜査は足から、というやつですか。エリカさんもこういう気持ちなんでしょうかね?)」
ユキノにエリカのことを何もわかっていない、と指摘されカヤは人生で初めての友人のことを理解しようと努力はしていた。乗り気でなくても現地調査を承諾した理由の一つが、そうだった。
洋館の正面門が閉ざされているため併設されていた駐車場から突入する。駐車場のゲートは車が破ったかのように破壊されていた。駐車場には放置された車両も多く、伏兵がいるにはもってこいの環境だったが、5人は襲われることはなかった。
「FOX1、静かすぎる」
「FOX3、中かもしれない。洋館へ入る」
「了解」
先頭を行くクルミの言葉にユキノは洋館への突入を確定させ、クルミの足が洋館へと向かう。残りの4人も続き、扉が打ち破られている洋館の前へとすぐに到達した。
入り口を前に二手に分かれ、クルミとニコが壁際から覗き込むと、朽ち果てた洋館の内装が見え、人影はなかった。玄関ホールの天井についていたと思われるシャンデリアは床に落下しており、電気も通っていないのか明かりは窓から入り込む陽光だけ。薄暗かった。
クルミがハンドサインで敵がいないことを全員に共有する。カヤはハンドサインがいまいち意味がわからなかったものの、なんとなくのニュアンスで突入が間近であると悟った。
GOサインを出したのはユキノだった。クルミが一気に突撃し、そのあとにニコが続く。カヤはユキノの次に入り、オトギが殿となった。
「クリア。玄関ホールに敵影無し」
「各位、警戒を怠るな。……FOX2、洋館の構造は?」
ユキノがニコに問いかけると、ニコは周囲を警戒しつつ突入前に暗記していた洋館の構造を述べる。
「地上4階、地下2階。地下の最奥に違法オークションで使われた劇場があって、そこは逃走用の隠し通路があるみたい」
「了解した。防衛室長。より内部への突入を試みますがよろしいですか」
「構いませんよ。退く理由はありませんからね」
入った以上は徹底的に。確認は不要なことであったが、形式的にユキノは問いかけていた。カヤもそれぐらいはわかっており、ユキノの律儀さに、間違いなく彼女はエリカの教え子なのだと今更理解する。
「(なるほど。通りで、後輩たちのように暴れるのではなく私を頼るわけです)」
カヤは自然とこの姿勢は使えると学び始めていた。
「しかし、本当にこんな廃洋館にいるんでしょうかね?そもそも、取引場所としてしか使われていないのではないですか?」
「防衛室長。犯人は犯行現場に戻る、ということもあります。可能性は0ではありません」
「まさかそんな………」
言葉をカヤは途中で切った。ふわりと、嗅ぎ慣れた匂いがしたからだ。甘い、優しい香り。カヤがどうにも嫌いになれない匂いだ。それは本来であれば喜ぶべき匂いであり、カヤが会いたいと無意識に焦がれていたものだったが、こんな場所で漂ってくるはずのないものだった。
当然、カヤよりも鼻の利くFOX小隊の面々は警戒を一気に最大限に引き上げる。匂いの発生源はホールの右奥にある洋館内へと続く廊下からだった。
幾つかの駆けてくる足音が聞こえたが、その中に一つ、どうにも不規則な足音が混じっていることにFOX小隊の隊員たちは気がついた。
「何かくる。戦闘準備」
全員が臨戦態勢をとった。カヤは始めての戦闘に少し震えつつも、銃を廊下の入り口に向けた。
「……はっ、ぁ、あ、は、はぁっ」
出てきたのはガスマスクを付け、苦しそうな生徒。身につけている白いコートと左腕に巻かれた骸骨をモチーフにした校章、事前に先生から共有されていたアリウス分校の生徒の格好と一致していた。
だが、まるで何かにもがき苦しむような姿であり、その生徒は廊下の入り口の壁に左手をついて荒い息を吐いていた。
「……FOX3、警戒しつつあの生徒に接近しろ。あの廊下の奥から幾つかまだ聞こえるが、時間差はある」
「了解」
クルミが指示に従い、ゆっくりと苦しむ生徒に近づいていく。カヤは意味不明な状況にどうしたものかと考え、ふと頭に過ったものがあった。
十数本服用した場合、肉体の組成に変異が現れ、異形化する可能性がある。
「……!?」
唾を飲み込んだ。カヤは先生から渡された報告書にあった“黄金の一滴”の効果を思い出してしまった。一本ではあんな苦しむはずがない。カヤは震え出す。
やがてあの生徒は化け物になる。つまりは、キヴォトスの安全を脅かす存在。それを放置するのは防衛室長としての責務を放棄するも同然。化け物がいる。カヤは恐慌状態に陥っていた。
「……FOX1、なんか室長の様子が」
「FOX4、どういう――」
パン、パンっ、と二度乾いた音が鳴った。
「「「「!?」」」」
カヤが突如、発砲したのだ。苦しむアリウスの生徒に一発が命中する。それはガスマスクのバンドを破壊し、苦しむ生徒はその素顔を晒す。
勝手に何故撃った、とニコはカヤに修正を入れようとしたが、銃撃された相手の素顔を見た瞬間、そんな余裕はないことに気がついた。
「ぅ、うぅ、あっ、あ、ああああああああっ!」
苦しんでいたアリウスの生徒が咆哮を上げ、口元から涎を垂らしながら明らかに正気ではない目つきでカヤを睨んだ。
「ひっ!?」
カヤはひるみ、その場にへたりこみそうになるが、そうもしていられなかった。残りのアリウスの生徒たちがやってきたが、3人がかりで持ってきたものが異常だった。長く細い砲身。それは決して携行できるはずがない武器だった。
「……うそでしょ、あれ、アハトアハト…!?」
クルミがその兵器の通称を溢す。ゲヘナで使用されているはずの8.8cm高射砲。戦車砲にも使用される本来は専用の砲台があって初めて使用できるものを、正気ではない生徒に残りの3人の生徒が渡したのだ。
渡されたアリウスの生徒はあろうことか、専用に設けられた持ち手を握り、両手で軽々と構えてみせた。
「FOX1、あの生徒は」
「“黄金の一滴”を服用している可能性がある」
ユキノはどうしたものかと考えるが、そのような暇を相手は与えてくれない。8.8cm持ちの生徒がその砲口をカヤに向けたのだ。まかりまちがっても水平発射で直撃を受けていい武器ではない。
「FOX3!」
「チッ!」
ユキノの号令とクルミのカバー行動、砲撃は同時に行われた。響く轟音と天井から落ちる埃。放たれた砲弾をクルミは視認してみせ、シールドを構えた。
「(これぐらい…!先輩ならっ!)」
既に遠い記憶となり、霞んでいる背中をクルミは幻視し、その幻と同じ構えで盾を動かす。砲弾が盾の表面に当たり、それを逸らすようにすれば砲弾はまるで曲芸のように受け流されて5人の背後にある窓ガラスから外へと突き抜けていった。
クルミの技量に、薬を飲んでいないと思われるアリウス生たちが動揺する。
「連邦生徒会の犬め…!」
忌々しげな悪態に、カヤは初めて感じる戦場の緊張感にガクガクと足を子鹿のようにしつつも、不敵に笑ってみせた。
「ふふふっ、犬とは言ってくれますね。あなたたちはアリウス分校の生徒ですね?」
完全に体が恐怖に震えているにも関わらず挑発的な物言いのカヤにFOX小隊の面々は器用な人だ、と思いつつも警戒は緩めない。
「(……前に殴ってしまったのは正直申し訳ないと思ってるけど、この分だと気にしてなさそう…)」
ニコはカヤを殴ってしまったことがあり、実際のところかなり衝動的なもので罪悪感を多少なりとも持っていたが、どうにもカヤが精神的にはまぎれもなく超人と言っていい強度であることに気がついていた。今も恐怖に震えてこそいるが、倒れずに虚勢を張ってみせている。へこたれなさだけはなかなかのものだとニコは感心していた。
「私は連邦生徒会防衛室の室長、不知火カヤです。この意味、わかりますよね」
正気のアリウスの生徒たちは明らかに驚いていた。SRTだけならまだしも、連邦生徒会そのものが介入してきているとまでは思っていなかったのだ。一人がサオリに連絡をしようと無線を取り出したが、そうしようとした時に8.8cm砲を持った生徒がうめき声をあげ、暴れようとしていた。
「うぅ……いまさら、せいとかい、わたしたちを、たすけない、くせにっ!」
「待て!今スクワッドを!」
「うるさいっ!」
暴走した生徒が駆け出す。カヤは短い悲鳴を漏らし縮みこむが、FOX小隊の面々は構えた。一番先頭にいるクルミは相手の様子が更におかしいことに気がつく。青白い光がバチバチと生徒から発しているのだ。
「(様子がおかしいなんてもんじゃないんだけど!?)」
「FOX4!」
「迎撃する!」
ユキノが叫び、オトギがその手にある対物ライフルを相手に向けた。互いに水平、0距離であり、外すようなことはない。オトギは容赦無くトリガーを引き、弾丸は真っ直ぐ突撃してくるアリウス生に直撃した。
「ぐぅあああああっ!」
だが、直撃したにも関わらず、相手は叫びながら速度を緩めず突っ込んでくる。これには経験豊富なFOX小隊も僅かに動揺した。
「なにっ…!?」
「マズッ…!FOX3、クルミちゃん!」
オトギの驚愕する声と、ニコの呼びかけにクルミはライオットシールドを地面に突きつけ、壁となる姿勢をとった。避けて脇を晒せば砲弾が飛んでくるのは確実であり、残りのアリウス生も連絡を諦めて銃を構え援護を始めたからだ。
「来なさい!破れるものなら破ってみろ!」
「グルァアアアアアア!」
化け物のような雄叫びをあげ、相手は砲を放つのではなく、砲身を“持った”。
「え」
「潰れろぉぉぉっ!」
そのまま、大上段に振られた砲。咄嗟にオトギが援護しようとすれば、他のアリウス生からの援護により射撃ができない。銃で相手の攻撃を逸らすことは不可能となった。クルミは読みを外してこのままでは脳天から直撃をもらいかねない。
「させん!」
だが、ユキノがそれを止めた。銃では構え、トリガーの一糸のラグが出る。ならばとユキノは滑り込むように落ちていた掌大の瓦礫を掴み、勢いよくサイドスローしてみせる。投げられた瓦礫は見事に相手の顔面に直撃し、砲はクルミのすぐ横の床を破砕する。
動きを止めた。ニコは好機と見て、するりと隊列から抜け出し、強く床を蹴って、まるで稲妻を描くように高速移動する。
「FOX2を援護しろ!」
「「了解!」」
クルミが暴れる生徒から飛び退き、ニコと後方の援護するアリウス生の間に割り込み、オトギは正確に暴れる生徒の足を狙って転ばせようとする。
「ぐぅ、ぐぎっ!」
「あんな細い足なのに、全く動かない…!」
オトギは制圧射撃に自負があった。そして、関節部などの部位射撃はエリカから学んだ信頼している技術。それが薬を飲んで暴れる生徒に、通用しない。ニコはオトギの援護射撃が通用しないのを見て厳しいとわかりつつも、懐へ飛び込む。
「ぐがぁっ!」
「フッ…!」
横凪に振られた砲をニコはなんと、振られた砲をタイミングよくジャンプして躱し、無防備となった相手の右側面へと回り込む。カヤは一連の曲芸のような動きに目を奪われる。そして、ようやく気が付く。FOX小隊の全員が、エリカの戦闘技術を一個ずつ模倣していることに。
「警告はしません」
ゾッとするような冷たい声音でニコはショットガンを相手の脇腹に連射した。流石に多少は通じるはずだ、と考えたが相手は身じろぎもしなかった。
「がああああっ!」
「ニコ!」
「きゃっ!?」
まさに間一髪。クルミが咄嗟に押し倒し、再度振られた砲は空を切る。しかし、咄嗟の行動ゆえにクルミがニコを押し倒す形となり、無防備な姿を暴走する生徒の前に晒した。
「へいろーこわす!こわすっ!死ね!死ねぇ!」
「やられる…!?」
「せんぱいっ…」
クルミはなんとか盾を構えるが耐えきれないと直感し、ニコはヘイローの破壊は間違いないと最愛の師を思い浮かべた。ユキノもオトギも間に合わないと悟る。
「この化け物!ウスノロ!」
暴れる生徒の砲がピクリと止まる。放たれたのは銃弾ではなく、暴言だった。
「やはりあなた方はキヴォトスの秩序を乱す悪党のようですね!安全保障を脅かす存在であるということです!」
自分達は救われない、弱者であるという気持ちが人一倍強かった薬を飲んだ生徒は――憎悪の感情をカヤへと向ける。カヤはなんで叫んだのかわからない。わからなかったが、何かをしなくてはいけない、と思った。
不知火カヤは防衛室長だった。
「(キヴォトスの安全保障を、秩序を守るもの、それが私。だから、生徒の安全を、命を助けるのも私。そう、私は超人なのです。超人である“あの女”ができるのですから、同じ超人である私に、できぬはずがないのです!)」
恐怖を強引に抑え込む。嫉妬、憧れ、ごちゃまぜになった感情で今はもう無くなった影をカヤも追いかけ、手を伸ばし――今カヤ自身が為すべき責務を果たそうと、声をあげた。目の前で潰されかけた二人の救われたような顔をして、カヤは己の行動を理解した。
「この偽善者が…!ふざけるな!」
薬を飲んでいない生徒から銃撃がカヤへと飛ぶが、カヤはそれをそのまま受けた。かなりの痛みが走ったが、カヤは耐えてみせた。超人は痛がらないのだ。
「ぐっ、ふっ、ふふふっ、い、痛くありませんねぇ!」
「こ、こいつ…!」
「偽善者?よくも言います。違法なことを働き、違法な手段を取り自らが正当だと訴える!?いいですか?正義とは正しい手段をとって初めて正義を名乗れるのですよ!」
カヤの言葉は完全にカヤ自身のことを棚に上げたものであり、更にアリウスがどうしてこのような手段をとるしかないか加味していない、一方的な発言だった。だが、今のカヤは止まらない。止まれない。
なんとしてでも、ニコとクルミを助けるために。
FOX小隊の名声を上げさせ、SRTへ戻す。代わりにカヤを連邦生徒会長へと押し上げる。その契約のために。
「あぁ、そうですね、これが“正義とは、正当な権限のもとに行使されるべき権利”ですか!わかりましたよエリカさん……私、これであなたの友達に!」
「お、ま、えがああああああっ!」
「ひっ!?」
カヤの狙いは見事に成功した。薬を飲んだ生徒はカヤへとターゲットを変えたのだ。砲口はカヤの顔面に向いていた。冷静さなど元からなかったが、今度の動きは怒りに狂い、隙が見えていた――オトギには。
射撃音は一方からだけであり、そのあとに続く爆発音も一方からだけだった。
「う、がああああああああああッ!!?」
8.8cm砲の砲身の中にオトギの放った弾丸は入り込み、今まさに発射されんとしていた砲弾に直撃し、暴走する生徒の腕の中で砲が破壊される。近くにいたクルミはシールドを構え、庇われたニコも無傷だったが、暴走していた生徒は吹き飛ばされる。
そのままゴム毬のように派手に床を跳ね、最後に転がって暴走した生徒は沈黙する。ヘイローは消えておらず、生きているのはわかった。
「よくやった、FOX4」
「なんとかね。よかった、当たって」
「さ、さすがですよ、オトギさん」
「どーも。室長もいい啖呵でしたよ」
暴走していた生徒を包んでいた青白い霞のような光が途絶える。そのまま彼女はなんとか顔だけを動かしてFOX小隊を睨むが、もう立ち上がることはできないのかそれまでだった。
残りのアリウス生たちはまさか強大な力を手にしたはずの生徒が制圧されるとは思っていなかったのか、硬直していた。
「残りの生徒はただちに投降しろ。これ以上の抵抗は無駄だ」
ユキノが前に出る。薬を飲んだ生徒は厄介であったが、残りの生徒の技量はSRTには敵わないとユキノは判断した。クルミとニコも立ち上がり、それぞれ武器を構える。
「違法薬物の乱用、トリニティ自地区へのテロ容疑等、貴様らには複数の容疑がかけられている。まずは違法薬物の所持、使用で逮捕を」
「は、はははっ、ははっ、いーよ、好きにしなよっ」
動けなくなったアリウス生が笑い出し、ヤケになったかのように喋り出す。
なら望み通りに、とユキノはその生徒を拘束しようとするが、まるで勝ち誇ったかのようなアリウス生の表情に思わず動きを止めた。カヤも、残りの3人の生徒が何故か余裕のある表情を浮かべていることに気がついた。
「なにがおかしい」
「おかしいさ!まんまとお前たちは私たちの時間稼ぎに付き合ってくれた!」
「時間、稼ぎだと」
ニコは血相を変えて携帯である人物に電話をかける。それは、エリカ。いつもなら3コール目で出るはずのエリカは、出なかった。
「恋人か?もし古聖堂にいるなら今頃死んでるよ!」
「なっ……!?」
「どういうことだ!」
ユキノが倒れているアリウス生の胸ぐらを掴み強引に起き上がらせると、アリウス生はありったけの憎悪を込めて、嗤った。
「巡行ミサイルさ…!拠点攻撃用の強力なヤツを打ち込んでやった!これでトリニティも!ゲヘナも!みんな終わりだ!あは、あははっ!」
カヤはまさか、と思い先生にも電話かけるが、1コールもせずに出てくる先生はエリカと同じく反応がない。先生はキヴォトスの人間ではない。つまり、巡行ミサイルなどという代物を撃ち込まれてしまえば。カヤは最悪の想像をして、すぐに指示を出した。
「……!FOX小隊、ただちに調印式の行われている古聖堂へ向かいます!いいですね!?」
「「「「了解!」」」」
カヤの初めての勝利は一瞬にして人生で二度と忘れられない敗北へと代わり、彼女は自らの責務を果たすため、今度は誰よりも前に立って駆け出した。
というわけでカヤちゃんが頑張る回でした。カヤはアホかもしれませんが決して頭は悪くないと思うので、先生ともっと早く出会えていれば、友達がいれば…と思わずにはいられず、実は連載開始からやりたかった回の一つでした。FOX小隊がエリカの技能を引き継いでるのもずっとやりたかったのでようやくでした。
ちなみにFOX小隊の引き継ぎはこんな感じ
ユキノ:投擲
ニコ:高速連続直線機動(ようはクイブ)
クルミ:盾を使った曲芸
オトギ:間接狙いによる行動阻害
次回は明日。ついに全部灰になります。