エデン条約編は、今日と明日投稿分で完結です。
目が覚めると、ちょうど列車が止まった瞬間だったらしい。かなりぐっすりで、少しだけ身体が楽になった感じがする。
「んっ…なんかよく寝た感じする」
「エリカさん!お目覚めに」
「ナギサちゃん、おはよう。ちょっと気分よくなったよ」
「それはよかったです」
体を起こせば、ニコちゃんとクルミちゃんは装備の再点検を行っていた。さて、色々切り替えないとね。“黄金の一滴”に関してはもう使われたのなら今は退けるしかない。ただ、ナギサちゃんの安全を最優先だ。
「ごめん、みんな。とりあえずもうあんな飛び出したりはしないから」
「本当に、よしてくださいね。こっちの心臓にも悪いんで」
「そうだね、クルミちゃん。それじゃあ、これからトリニティへ」
「待ってください」
学園へ戻ろうと思ったらナギサちゃんが何故か待ったをかけてきた。なんだろう。
「エリカさんが休まれている間に、先生から電話がありました。古聖堂で決着をつけるからきてほしいと」
「先生から…?」
先生が無事だったことはものすごく嬉しいけど、古聖堂に集まってほしいというのはどういうことなんだろう。……疑う必要はないと思うけど、私も電話をかけてみよう。携帯を取り出して、先生にかけてみると、すぐに出てくれた。
「先生!お疲れ様です!草鞋野です!」
『エリちゃん!お疲れ!トリニティに着いたの?』
「はい。古聖堂に、とのことですけど、どういうことですか?」
『エリちゃんは幽霊みたいなシスターと戦った?』
「えぇ、戦いましたけど」
『抑えられるかもしれないんだ。詳細は省くけど、アレはエデン条約を悪用したやつでね』
詳しいことはわからないけど、先生が言うにはあのユスティナ信徒は何かのルールに基づいて動いてるようだ。それをもう一度、どういう手段かはわからないけど先生が上書きしてみるらしい。
「そのために私とナギサちゃんが必要なんですか?」
『そう。今のエリちゃんと、ナギサはトリニティの代表者だからね。少しでも格の高い子に来てほしいんだ』
「……わかりました。じゃあ向かいます!」
『頼むよ!…そういえば、エリちゃんもすごい血を出してたってヘリで運ばれる直前見た子がいたけど大丈夫?』
「正直ダメだと思います。冗談抜きでヘイロー壊れかけました」
『そっか。実を言うと私もお腹撃たれてさ、死にそうになってたんだ』
「え!?」
いやいや!なんでそんな軽いテンションで言ってるんですか!?先生は撃たれたら死んじゃう!ほんとに!
「大丈夫じゃないですよね!?」
『うん。けど、ぶっ倒れるのは全部終わらせてからにしようって決めたから』
「………そうですね。じゃあ、終わったらいっぱい有給とりましょ」
『それいいね。じゃ、待ってるから!』
「はい!」
通話はそこで終わる。先生も私と同じで無茶してるようだった。シャーレの役目を果たそう。
ナギサちゃん、ニコちゃん、クルミちゃんに先生との電話の内容を伝えると、みんなかなり微妙な表情だった。
「先輩がこんな無茶するの先生のせいか」
「そうかもしれません」
クルミちゃんとニコちゃんが呆れ返った様子で言った。なんも言い返せない。先生も私も、お互い無茶苦茶やってると思う。
現在時刻を確認すれば、明け方までそう遠くない時間。車窓から外を見ればものすごい嵐みたいだ。体調最悪の状態でこんな雨浴びたらヤバいだろうなぁ。けど、もうひと頑張りだ。ここまで来たんだ。
私はナギサちゃんから与えられたライフルを手に取る。チェックをすれば、トリニティの校章が刻まれた部分は古聖堂の崩落に巻き込まれたせいか削れてしまっていた。細かい傷も見えるし、私の血の痕も白い本体色についてしまっている。
やっぱり私はこれを汚さずに使うことは無理だった。お嬢様なんて柄じゃないな。
「……各位、装備チェック」
「「「了解」」」
気合を入れるために声を出す。指示をすれば手早く3人が装備の点検をしていく。ナギサちゃんの手の中にある銃はもう、私のものではないみたいだ。もしかしたら、それでいいのかもしれない。
ナギサちゃんの羽根は返せなくなってしまうけど、いいよね。きっとこれからも、いつでもあなたには会いにいけるだろうから。返さなければ、そういうことだよね。
「作戦目標は古聖堂まで、桐藤ナギサ会長を護衛することだ」
「同じく、草鞋野エリカ役員も、です」
私の言葉に被せるようにナギサちゃんが言った。もう無茶するな、という念押しだろうなこれ。
ニコちゃんとクルミちゃんが頷き、表情は学生から熟練の特殊隊員のものへと変わった。私は今いる客車から車両の出口まで歩く。扉はもう開けられていた。今着いた駅のホームは当然終電後で誰もいない。
「目標地点の到着まで、障害になり得るものは全て排除しろ。“正義とは、正当な権限のもとに行使されるべき権利”であり、我々はそれを行使するものだ」
ゾクゾクと、耳が反応する。どうやら相手も動き出すようだ。大雨の中、風に揺られて青白い灯火のようなものが浮かんで、人体を形作っていく。
「ユスティナ信徒…!」
ナギサちゃんの声と同時に、ユスティナ信徒の履くヒールが駅のホームをコツコツと叩き始める。完全に顕現したようだ。全力の半分も出せないだろうけど、ここを切り抜けて古聖堂までいければ、あとは先生がどうにかしてくれる。
「いくぞ!古聖堂まで止まるな!」
私は雨の中に身を投じた。襲い掛かる暴風雨。かなりキツイ。もう少し、もう少しなんだ。ライフルを構えて一発放てば、狙い通りにユスティナ信徒を貫いて、倒せる。死にかけだからなのか、古聖堂を脱出する時から私の動きの精度が体調に反比例して上がってる気がする。
ニコちゃんが前に出る。本来ニコちゃんはFOX小隊の副隊長で、前線で戦うユキノちゃんに代わって指揮をとることもあるけど、私が教えた歩法を使っての近接戦闘は一番彼女が上手く使いこなせた。
まるで桜色の光が散るみたいに、すごい速度でユスティナ信徒の間を通り抜ければ、彼女が通った後、ユスティナ信徒が倒れていく。
「エリカさんと同じ…!」
「そうだよ。ニコちゃんが一番上手なんだ、アレは」
ナギサちゃんがニコちゃんの戦闘術を見て驚いていた。ちょっと自慢げになってしまう。
「新人っ!気を抜かない!」
ナギサちゃんの横をクルミちゃんが守る。適切なカバーリング。奥にいる狙撃銃を持ったユスティナ信徒だ。怒鳴られたナギサちゃんは気を引き締め直し、近場のユスティナ信徒を撃った。
そのまま駅を抜けて、市街地に出る。厳戒態勢なせいか車も人も全く動いていない、まるでゴーストタウンのような様相をしている。そんな中で、ユスティナ信徒だけがポコポコと湧いてくる。
けど、どういうわけか動きにキレがあんまりない気がする。数は多いけど、本当にそれだけというか。
「このまま蹴散らす!」
「了解!FOX2先行します!」
車の影に隠れつつもドンドンニコちゃんが前に行く。クルミちゃんは的確に私とナギサちゃんの盾になり、私とナギサちゃんがニコちゃんの撃ち漏らしや彼女を狙うユスティナ信徒を倒していく。
いいリズムになってきた。
ある程度進んだところで、アリウスの生徒も見え始めた。鹵獲されたのか、クルセイダー巡航戦車を囲んでこちらに向かってきてる。
「こちらの戦車まで運用しているとは…!」
「ゲリラ戦となればやるよねっ」
戦車となれば容赦できない。ちょっとここでまずは無理をしなくちゃいけないようだ。
クルセイダー巡航戦車が停車する。撃ってくるな、これ。それをわかって、クルミちゃんが一気に前に出てきた。ニコちゃんみたいに私の歩法を完璧にマスターしてるわけじゃないけど、咄嗟のダッシュに応用して使ってくれてる。
戦車から砲撃。クルミちゃんは真正面からそれを盾で受ける。小柄なクルミちゃんの体は微動だにしない。着弾で爆煙が広がる。雨ですぐ消えてしまうだろうけど、そんなの関係ない。
私はクルミちゃんを飛び越えるように地面を蹴って跳んだ。煙を突き抜けて、相手の真正面に。
「真正面から突入してくる奴が!?」
「草鞋野だ…!チーム13が仕留めに行ったはずじゃ!」
「スクワッドが殺したはず…!ダメじゃないかッ…死んでなきゃ!?」
指揮系統が混乱してる?アリウス生の統制がなんだかあまり取れてない。戦車を囲んでいた子たちがライフル、ガトリング、ロケットランチャーと様々な武器を向けてくるけど、残念私は囮。
「たあああっ!」
ニコちゃんが気合を入れながら敵集団に突撃する。次々とアリウス生は至近距離でショットガンをぶち込まれて倒れていく。
「な、なんだコイツ!?」
「山羊の校章…!?報告にあったSRT――うぎっ!」
私もクルセイダーの上に着地すると、砲塔の上のキューポラをライフルで破壊する。やっぱおかしいよ。こんな威力が出る銃じゃない。どうなってるんだ私。ただ今はありがたい。キューポラが壊れたので蹴飛ばして取れた蓋を外すと、白石さんが用意してくれた煙幕弾をハーネスから外して、ピンを引き抜いて戦車の中にポイする。私は戦車から一旦飛び退いて、車体の前に着地する。
この瞬間もだいぶ体が痛い。気絶するほどじゃないのが救いだけど。
煙幕投入で途端に立ち上る白煙に、たまらず中のアリウス生が3、4人ほど出てくる。
「ゲホッ!ゲホッ!?」
「な、なんだ!?何が起きたんだ!」
「警告します。抵抗は止め、降伏しなさい」
一応の警告をしてライフルの銃口を向けるも、アリウスの子たちはすぐに銃を抜いて応戦しようとしてくる。まるで決死隊だ。こんなここまで後がないような動きをするなんて。
「降伏など!我々の憎しみを思い知れ!」
「その憎しみ、本当にあなた方のものなのですか!」
後方からナギサちゃんが私の拳銃で正確に相手の手元に弾丸を当てる。私にアサルトライフルを向けていた子は手が弾かれ銃を落とす。
「あなたもっ、あなたも!今のトリニティに何をされたのですか!?」
ナギサちゃんの言葉と弾丸がアリウス生に投げかけられていく。この雨の中でヴァルキューレの格好をして、装備品もヴァルキューレなせいか、アリウスの子たちはナギサちゃんとまだ認識できていないようだ。
「連邦生徒会の犬が知ったような口を!」
「私たちは何もされてない!だが、我々は忘れない!貴様らに味合わされた屈辱を!」
私は思わず唖然とする。そんな…!自分達は何もされてないのに、ナギサちゃんたちを殺そうとし、さらに多くの人を巻き込んであんな惨事を…!?暴挙なんてもんじゃない。そんな誰の憎しみかもわからないものに自分のことを捧げるなんて。
「人の憎しみを自分の憎しみにするなど!」
ナギサちゃんの一発がとうとう一人の眉間にクリーンヒットして倒れる。他の生徒たちはそれを受けて激昂したのか、ナギサちゃんに狙いを定め銃撃しようとした。
「いい啖呵っ!先輩が気にいるのもわかるよ!」
放たれた銃弾はまたしても全てクルミちゃんの盾に防がれる。
何をするのか読めた。私は戦車から降りて展開しようとしたアリウス生に突っ込んだ。途端に、後方から凄まじい光量の光。クルミちゃんの盾に仕込まれた撹乱用のライトだ。
「ぐおっ!?」
「クソォ!なんの光!?」
怯んだ。私は一人に接近すると足払いしてうつ伏せになるように倒しながらライフルのストックでさらにドッと押して気絶させる。もう一人はその場で、片手でライフルを構えてハンドガンを吹き飛ばした。
目が見えない状態で残る一人がサブマシンガンを乱射しようとしていたので、素早く懐に潜り込んで、私のライフルを下から掬い上げるように振って、相手のサブマシンガンを上へと向けさせる。
ライフルを左手に持ち替えて、またしても足払い、そのまま空いた右手で相手の右腕を掴んで捻り上げる。
「ガァアアアッ!?」
「銃を離せ!肩を外すぞ!」
「や、やれるもんならっ…がっ、ああああああっ!?」
「脅しではない!」
痛みでサブマシンガンを相手が取り落とし、私は落ちたサブマシンガンを拾われないように蹴って滑らせた。暴発しかねないけど、そんな気にしてる暇はない。肩は外してないので大丈夫だと思うけど、痛みで相手は反撃してこなかった。
ユスティナ信徒はまだ湧いてくるけど、アリウス生の制圧はこれで終わった。申し訳ないけど、私は銃でクルセイダーの右側の履帯を破壊して、追撃できないようにする。
「先を急ぐよ!」
「「「了解!」」」
みんなに声をかけてその場から先へと進んだ。
相変わらずユスティナ信徒は湧いてくるけど、先ほどのアリウス生以外の生徒とは遭遇しなかった。元より少ない戦力だろうけど、重要目標である私とナギサちゃんに数を割いてこない?さっきの子たちから増援の一つはあっていいだろうに。
それに、さっき感じたアリウス生の動きの悪さ。もしかして、アリウスの作戦は上手く行ってないの?じゃあ、あのミレニアムまでの追撃も…独断?
そもそも、戦力的にアリウスって数が少ないから電撃的な作戦でミサイル、そこからの直接攻撃でトリニティとゲヘナの指導者を抹殺して、更に残った生徒たちも“黄金の一滴”で確実に。
あのミサイル、威力が凄まじいからもし二発撃ち込まれてたら私はナギサちゃんを庇ってそれで死んだと思う。あの遊園地の探索はもしかしたらファインプレーだったのかもしれない。
そうか、あそこから、もうアリウスの計画を崩せてたんだ。
やっぱり、世の中無駄なことなんてないね!
「古聖堂までもうすぐです!」
見覚えある街だなと思ったら、ここ、私とナギサちゃんが脱出した古聖堂の裏側にある市街地だ。ユスティナ信徒の数がかなり増えてるけど、やっぱり最初に遭遇した時と違ってまるで木偶の坊だ。散発的なひどい精度の銃撃に、回避も取らない。
私とニコちゃんで全部掃除できる。
「先輩!」
「このまま進めッ!古聖堂の跡地に突入する!」
うっすら、雨の向こうに見えてきた古聖堂の周りを囲んでいた壁。本当に私たちが古聖堂から出たところだ。このまま、一気に突入…と思ったら、人影があった。4人分、まさかアリウス!?
「敵影!4!副局長!」
ニコちゃんの報告に、私は仕掛けるように命令を出そうとして、徐々に見えてきた相手の風貌に見覚えがあることに気がついた。どうしてここに…!?
「FOX2!待て!味方だ!」
「了解!」
突撃しかけたニコちゃんが止まる。あっぶな。ニコちゃんが突っ込んだらニコちゃんやられてたよ。相手側も私たちの存在に気がついたのか、動きを止めていた。
「おーおー、誰かと思えば」
「エリカさん!?」
そこにいたのはアビドス高校の子たち。ホシノちゃんがいつもの調子で、セリカちゃんがかなり驚いた様子だ。
「ん。エリカ、久しぶり」
「お久しぶりです〜」
シロコさんとノノミさんもいた。アビドスから相当距離があるはずなのに、どうやってここに。
「ホシノちゃん…それにアビドスのみんなも。どうしてここに!?」
「そりゃこっちのセリフ。桐藤ちゃんまで連れちゃって」
さすがのホシノちゃん。一発でナギサちゃんがいるの見抜いてる。ニコちゃんたちは初めて見るアビドスの子たちに警戒してる。
「こっちは先生に呼ばれたんだ!この混乱の決着をここで着けるって!」
「奇遇だねぇ。おじさんたちもヒフミちゃんに呼ばれてね」
阿慈谷さんから…?そっか、補習授業部!先生は補習授業部と動いてるんだ。それに、ホシノちゃんたちアビドスと阿慈谷さんは過去の事件で繋がりがあるから、ホシノちゃんたちの実力を知ってる。
「桐藤ちゃん、借りを返しにきたよ。あのときの砲撃のね」
「……小鳥遊さん…!」
そして、アビドス高校はトリニティに借りがある。実弾演習という名目で行われた砲撃支援。当時のナギサちゃんはきっとアビドスに何かを期待してそれを行ったわけじゃないはずだ。
それでも、何かをされた側はしっかりと覚えてる。ナギサちゃん、これはあなたが繋いだものだよ。
「副局長、あちらの方々は?」
「アビドス高校の子たちだよ。詳しくは省くけど、みんなめっちゃ強いよ」
「なに?心強い援軍ってわけ?」
クルミちゃんがアビドスの子たちを値踏みするように見る。セーラーとブレザー、前線は4人の少数精鋭でってところでアビドスとFOX小隊はちょっと比較できちゃうね。
「なによ?文句あるわけ?」
「何も?ただ、素人なら足を引っ張らないでよね!」
「きっ!何よ狐耳が偉そうに!」
「そっちだって猫耳でしょうがっ!」
「「うぎぎぎっ!」」
あちゃー、なんか相性が悪いのかなこの二人。いや逆?似てるからこうなってる?まぁ、とにかくここで喋ってるわけにはいかない。私はクルミちゃんの後ろ襟をつかんで一旦私の横にどけた。
「な、なにすんですか先輩!?」
「今は喧嘩してる場合じゃないよ」
「…ぐっ、わかってますよ」
「ほらほら、セリカちゃんもやめなね〜」
「向こうから言ってきたんですよ!ホシノ先輩!」
「聞き分けいい子のほうがおじさん好きだぞ〜」
私とホシノちゃんで、クルミちゃんとセリカちゃんを落ち着かせる。よし、じゃあ行こうか。
「先に進もう」
「そうだね。あ、その前に……」
ホシノちゃんが動く前に懐から何かを取り出した。それは――覆面というか目出し帽。他のアビドスの子たちも色違いの目出し帽を手に持ち、躊躇いなくそれらを被っていく。まるで銀行強盗に行くかのような格好だ。
「準備おっけ〜。じゃ、いこっか!」
どういう準備?と、ともかく、行こう。駆け出したアビドス高校の子たちに続いて、私たちは古聖堂の跡地に突入した。
サオリは抵抗するアズサに引導を渡そうとしたが、倒れようとしたアズサを背後からヒフミが抱き止めた。一見、どうみてもただのトリニティ生。脅威は全く感じないその姿にサオリは構うものか、と銃を向けたが、更にその背後から3人分の影が見える。
「………なんだ、お前は」
「トリニティの…普通の、どこにでもいる生徒です」
アズサを抱きとめ、毅然とした態度でヒフミはサオリと相対した。その彼女の側に、コハルとハナコ、そして、サオリが殺したはず、と思っていた大人の女性。先生が現れる。
「馬鹿な…!」
「サオリだっけ?そういうの、フラグって言うんだよ」
けろりとした態度の先生にサオリは絶句する。確実に脇腹へ銃弾は撃ち込まれた。にもかかわらず、何事もなかったかのように先生は現れた。生徒と違い、脆い存在ではなかったのか。痛みに何故耐えられるのか。
「どうして、苦しいのに辛いのに痛いのに、死にそうなのに…!」
サオリの隣で、ヒヨリが言うが先生は笑って見せた。
「人間、痛みには勝てるんだよ。大人の意地ってやつだね」
「……馬鹿げてる」
同じく、サオリの隣に立つミサキが先生の態度に苛立ちを隠せず吐き捨てるように言う。
「ヒフミ…ダメだ…こんなところに…きちゃ。ここは…ヒフミみたいな子が……来ては」
アズサがヒフミに去るように言うが、ヒフミはアズサを支えながら口を開く。語気は少しだけ、怒りを孕んでいた。
「確かに、私は普通で平凡です」
「なら……」
「アズサちゃんが、私なんかが届かない世界にいるのも理解しました」
「ヒフミ、わかってるなら、なんで」
「でも、アズサちゃん。アズサちゃんのことを私が知らなかったように、アズサちゃんも、私のことをどこまで知っていますか?」
「え?」
アズサの自ら立つ力が戻ったことがわかると、ヒフミはアズサから離れ、背中に背負っていたリュックから何かを取り出す。それはどこにでもある、平凡で普通なクラフト紙で出来た紙袋。
ヒフミはそれを被った。紙袋には目出し穴があって、“5”と雑に黒マジックで書かれていた。
「これが私の、本当の正体です!」
場が凍りついた。この状況でふざけたかのような行動に、誰しもが言葉を失った。だが、ヒフミだけは止まらない。
「“覆面水着団”のリーダー!ファウスト!それが私です!」
「ひ、ヒフミ…?」
「どうですか!私だって、アズサちゃんがいる怖い世界の住人なんです!銀行強盗だってやったんです!恐ろしいでしょう!」
「ヒフミ、一体、何を言って…!?」
「だから、同じです!同じなんです!隣にいられるんです!世界が違うなんてことはないんです!一緒にいられない、そんなことはないんです!」
ヒフミがアズサに一歩、一歩と歩み寄る。
「拒絶されても、すぐ近くに行ってみせます!私は、アズサちゃんの側を離れません!放っておきません!ずっと、ずっと!あなたと、手を触れられるところに!」
まるで愛を囁くような大胆な告白だった。サオリはくだらない茶番を、と銃を向けようとするが更に気配を感じた。
「ヒフミ、そんな嘘を…」
「誰が嘘だって!?」
アズサの言葉を、幼いような老練にも聞こえる声が否定する。サオリたちの視界に映ったのはカラフルな目出し帽を被った4人の生徒。見たことがないブレザータイプの制服を着ていた。
「いや〜、間に合ってよかったね。“覆面水着団”リーダーに応えて参上ってね」
ふざけた集団の登場に、またしても空気が固まる。
「なに、あいつら……」
「該当データはない」
「覆面水着団……噂だったはずですけど、実在したんですね」
「リーダー、連中、ふざけてるけど、注意したほうがよさそう」
「……わかっている」
サオリは新たに現れた敵に備えるが、まだ増援は止まらない。今度こそサオリの目は見開かれ、驚愕に染まる。青いセーラー服を着て、トリニティ製のライフルを手に、包帯を頭や足、首まで巻いた生徒。サオリが致命傷を与えたはずの二人目の人物が立っていた。
「いやはや、警察官の前で余罪告白って、大胆だね。阿慈谷さん……いや、覆面水着団の皆さん」
草鞋野エリカ、そしてその部下と思われるSRTの生徒二人と、ヴァルキューレ生に扮した桐藤ナギサ。呆れたような表情でいるエリカに、サオリは向けていた銃口が震えた。
「なぜ、生きている」
サオリの声に、エリカはため息をついた。そして、まるで憐れんでいるような表情。
「死んでないから、としか言えないね」
降って沸いた最大の障害にサオリは怒りが増す。
『アリウススクワッド!こちらチーム5!古聖堂周辺に敵戦力増大中!』
「ッ!?なんだと…!」
だが、怒り狂う間もなく、サオリたちにとっての凶報は止まらない。古聖堂周辺に、様々な生徒が集結しつつあった。
『チーム4です!西方向にゲヘナの機甲部隊と…あ、あれはレッドウィンターの戦車隊、す、すごい数です!あぁ…!ゲヘナの風紀委員長も!ぞ、増援を!誰かっ、ぎゃっ』
『チーム6、南方面で奇襲を受けました!し、シスターフッドの生き残りが、なんだあの怪力女!?戦車を持ち上げ…う、うああああっ!?』
『東方面、正義実現委員会と、閃光弾が大量に!あぁ、化け物!化け物がビルを穴あきチーズみたいに、助け』
何が起きたのか、確認する暇もなく、次々とアリウス生たちの悲鳴が届く。
「リーダー、これは厳しいんじゃないの」
「ほ、包囲されてしまいましたよ…」
「……知ったことか。まだ、無限に増殖する“ユスティナ聖徒会”がある。アレの前では全て無意味だ」
サオリはまだ諦めていなかった。アツコの負傷によりユスティナ信徒たちの戦闘力は低下したが“戒律”を更新さえしてしまえば元に戻る。物量も一気に増大できる。
「アズサ、お前の足掻きも…先生、そして草鞋野、死に損なった貴様らも知るがいい。この世の真実を、憎しみと殺意だけのこの世界で、努力など、報われることがないのだと」
戒律の更新を進め、ユスティナ信徒の顕現数が莫大に増加していく。サオリは叫ぶ。絶望を撒き散らすかのように。
「足掻こうと何の意味もない!全ては無駄だと!」
「そんなことありません!」
その絶望を打ち破るかのように、ヒフミが叫んだ。その声はまるで、心に直接響くかのような、強さと暖かさを秘めていた。絶望に押しつぶされない天使の咆哮。ヒフミが先生と視線を交わし、先生が頷いた。
「……アズサちゃん。私は、アズサちゃんに怒っていました」
「……」
「ですけど、それ以上に無事でよかったです。怒ってましたけど、そんなこと吹き飛んじゃうぐらいに、嬉しかったんです」
ですが、とヒフミはサオリを睨んで見せた。覇気なんて全くないはずなのに、まるで凄まじい力を持っているかのような視線に、サオリは半歩引く。
「(怯んだ…!?私が…!)」
「ですが、あなたたちには、まだ怒ってます!」
ヒフミの背を見ていたナギサは、まるで何か、憑き物がとれていくかのような感覚があった。目の前の、愛護しなくてはならない存在。だからこそ、吹けば飛ぶと思い、害してしまった小鳥のような子。
だが、今ナギサの前でテロリスト相手に張り合ってみせるヒフミは決してそのような存在ではない。
「(……あぁ、そうですね。私は傲慢でした。私も、かつてはあなたと同じだったのですねアリウスの方。諦め、絶望し、せめて何かを遺そうと。けれど、そうではない。この世界は、違う。エリカさんが示したように)」
「殺意だとか、憎しみだけとか!それが、この世界の真実だなんて!絶対に違う…違います!ましてや、それを強要して、全てが虚しいだなんてッ」
「(頑張りは、報われる。報われるべき願いなのです。虚しいものなんて、何一つない。最初から諦めるなんて、もってのほか。そうでしょう、エリカさん)」
ナギサはヒフミの声を黙って聞いているエリカの背中を見る。エリカが何を思っているのか、わからない。わからないが、この世界が虚しいものではないということをエリカの存在自体が証明していた。
「アズサちゃんが人殺しになるなんて、嫌です!そんな憂鬱で、不愉快で…後味の悪い物語は、嫌です!それが世界の真実だったとしても、私は好きじゃありません!」
エリカは震えた。まだ、この場にいる誰もが“引き返せる”。もう既に、エリカの物語はバッドエンドを迎えている。自身が“人殺し”になることで、物語にピリオドを打った。それでも抗って、まるでそれ以上ないページを無理やり書いてテープで貼るような、報われることはないとどこかで思い続けていた。
「(そうだね。だから、みんなはここで止まっちゃダメなんだ。ここで終わっちゃ、ダメなんだ)」
「私には好きなものがあります!平凡で個性もない私ですが、好きなものだけは絶対に譲れません!」
譲れない、とヒフミが前に出る。サオリは身体が動かない。言葉だけで、圧倒されていた。
「友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて、辛いことは慰めて、友達と慰めあって!どんなに困難で苦しくても、誰もが乗り越えて、最後には笑顔になれる――そんな物語が、ハッピーエンドが好きなんです!」
「そんな、幼稚な……!」
「それのどこが悪いんですか!幼稚であっても、最後にみんなが笑っているほうが絶対に良い!いいに決まってます!あなた達が、他の誰かが、なんて言おうと、何度だって言い続けてみせます!私たちの描く物語は、私たちが決めるんです!」
絞り出した反撃の言葉はまるで届くことはなく、ヒフミは腕を掲げた。
「終わりになんてさせません!諦めようなんてしません!まだまだ続けていくんです!」
「私たちの物語……私たちの、青春の物語を!」
まるで宣言のようなその言葉と同時に、厚い雲で覆われていた空が一気に晴れていく。そこには生徒達の神秘なんてカケラもなく、青空が現れたのはまぎれもない”奇跡”だった。
「こんな、空が……!?」
「一気に晴れちゃうなんて…!」
「馬鹿な。奇跡だと、こんな、ありえない」
ヒフミの宣言を見届けた先生は静かに、ヒフミの横に並んで口を開いた。
「ここに宣言する――私たちが新しいエデン条約機構」
そして、その言葉が王手となる。その場に顕現したユスティナ信徒たちが一部崩壊し、一部同士討ちを始め、中には呆然とその場で立ち尽くす。
「まさか、戒律が」
ミサキがユスティナ信徒の挙動がおかしいことに気が付き、やられた、と顔をしかめる。
「リーダー、ユスティナの統制が」
「エデン条約機構が二つになってしまったから、エデン条約機構を助ける戒律に従っておかしくなってます!」
「知ったことか…!貴様らの掲げるそんな夢想が…ハッピーエンドなどと甘い幻想がこの世界を、憎しみと不信で、引き金を引くものしかいないこの世界が変わるというのか!?言葉で変わるなどと!」
「変わるさ!この世界でも、言葉で人を繋ぐことはできる!弾丸なんかなくたってね!」
今まで黙っていたホシノが叫んだ。普段の年老いたような覇気の無さではなく、まるで若い、無謀さすら感じさせるほどの声。
「それを証明してくれる子がいる!その子に応えようとする子達がいる!その子が諦めない限り、私は頑張る……頑張りとは、報われるべき願いなのだから!」
朝焼けの空を背に、暁のホルスは瞳を輝かせる。守護神としての神秘が迸り、ヘイローが輝く。
サオリは戒律をおかしくした下手人である先生を睨んだ。先生の表情は穏やかだが、真剣そのもので、サオリはまたしても圧される。
「大人が……!」
「ごめんね。けど、この子達の、生徒の夢を実現させるために助けるのは大人の義務だから」
エリカがゆっくりと、ヒフミの隣に並ぶ。青空の下で、同じような青空のような制服が映える。
「私たちシャーレは生徒の願うものを、生徒たちの未来を助けるのが責務だから」
サオリは怒りを糧に、目の前の敵への殺意を膨らませる。まだ彼女は諦めていなかった。皮肉にも、サオリ自身が辿り着きたい“ハッピーエンド”に向かって。
「まだユスティナは動く…!戒律が更新される前に貴様らをすり潰す!」
再びユスティナ信徒の出現が加速する。中には信徒だけではなく、化け物のような影さえも出現する。
「……みんな。くるよ」
先生の声がその場にいる全員に届き、武器を構えさせる。もはや言葉で繋ぎ止めるには遅すぎた。サオリ達アリウスを止めるにはキヴォトスの当たり前のものしかない。
「思い知るが良い!努力など、報われることのない余燼なのだと!」
戦端が開く。エデン条約を巡る最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
ついに出会っちまったか(クルミとセリカ)。
タイトル回収…できたの、か?
次回はエデン条約編エピローグです。