「ッ!?シロコちゃん!」
「わかってる!」
私がついていながら、先生に頼まれていながらエリカが吹っ飛ばされた。シロコちゃんに呼びかけてすぐに廃墟から私たちは飛び出す。ATMが変形し、人型になった。そんな馬鹿みたいな話なのに、頑丈な私たちを軽々と吹っ飛ばすパワー。突き上げるような拳を受ければ普通はその場で体に衝撃を全部受けるのに、それどころか天井を突き破るなんて、まともなパワーじゃない。
「ちっ…!」
廃材が邪魔だ。ショットガンで吹き飛ばす。今だけは盾を置いて、駆け出したい。大切な人から、私に任された人が危害に遭うのを防げなかった。それが許せず、私の中の忘れかけていた焦燥感が焦がれるどころか燃えそうになる。
外に飛び出す。ホームの上に立てば、すぐ近くでATMロボとエリカが向かい合っていた。
「エリちゃん!」
「エリカ!」
私たちの呼びかけにエリカが反応しようとするも、ATMロボは背中の穴子…いやなんで穴子?
「先輩、あれ何、寿司?」
「わっかんないな〜、ただちょ〜っとふざけすぎじゃないかなぁ」
私は海の生き物が好きだ。それをふざけて笑っているかのようなあのロボットに個人的にも怒りがわく。
そんな怒りを出す前に、ロボットが動く。背中の穴子が開くと、そこから飛び出してきたのはどうみても垂直発射式のミサイルランチャーだった。
「VLS!?エリカ避けて!」
シロコちゃんが素早くVLSに狙いを定めてトリガーを引くも、間に合わない。
ユメ先輩、ごめん。
「くそっ!」
盾を可能な限り優しく、けれど素早く置いて、私はホームを大きく蹴って飛び上がった。開口部にミサイルが発射される瞬間までに叩き込めばっ!
「警告です。止まりなさい、さもなくば発砲します」
「エリカちゃん!そんなこと言ってないで早く逃げて!」
悠長に何を――!
「警告はしました。発砲します」
VLSからミサイルが放たれる。その瞬間だった。
発砲音は2発分。決して威力は感じさせない、静かな音。
けど、その結果は静かな音に反比例して強烈だった。
「え」
ATMロボがぐらりと体勢を崩し、背中から砂の上に倒れ込む。慌てて私はATMロボを踏んでまた飛び上がると、直後にATMロボの背からミサイルが地面に向かって放たれ、ATMロボは大きく吹きとんだ。
エリカの横に降り立って、ATMロボへと振り向く。ATMが変形して強度は落ちてそうなのに、左腕が吹き飛んだのと背中の穴子が焼け落ちた以外はまだ原型をとどめて動いている。頑丈だ。
「……えっと、なにしたの?」
「足を狙って撃ったんだ」
「それだけ…?」
「人型である以上、バランスを崩す場所は同じ。対策するなら足を太くするとか、そもそも転がっても問題ない形状にすべきだと思うよ」
「いやぁ〜〜けどそれで、そんな拳銃であれの体勢崩せるのすごいねぇ」
「自慢じゃないけど、生活安全局での犯人確保率は私、100%なんだ」
膝をついて構えていたエリカが立ち上がる。確保率100%。誇張した自慢にしか聞こえないそれを言った彼女を見上げると、すごく頼り甲斐があるように見えた。
「さて、もうひと頑張りしようか!」
頑張りすぎる子がいる。先生からエリカのことはそう聞いていた。その通りだと思う。今だって、決して無視できない裂傷が全身にある。血だってしたたって、砂の上に黒点を作っている。痛々しくて、彼女を任された手前、私は見ていられない。なのに、何故だろう。頑張ろうとする彼女を見ていると、不思議と、私も…頑張りたくなる。支えたくなる。
「キヴォトスの市民の安全を最優先に。そして生徒たちの健やかな成長を守る!今の私は連邦捜査部シャーレ補佐官、草鞋野エリカ!カイテンジャー!大人しくお縄につきなさい!」
「いやぁ…じゃあ親切なおじさんってことでここは一つ、お巡りさんに協力しちゃおうかなぁ」
草鞋野エリカを私は知っている。
“事件わらし”。彼女が行くところに事件があり、彼女が行くところで事件が解決する。生活安全局なんて下っ端もいいところで、一から叩き上げで副局長まで上り詰めた実力者。けれど、その功績は全て自作自演。それが発覚して失脚し、厄介払いにとどこかの閑職へ追いやられた。
前にセリカちゃんが怪しい求人に応募しようとして持っていたクロノススクールの週刊誌に載っていた、そんなくだらない記事。その当事者。犯人とまでされた人。
けどきっと違う。こんないい子が、こんな真剣でまっすぐなお巡りさんが、そんなことするわけがない。
先生が任せてくれた意味がよくわかる。この子は、周りのことが“見えてない”。
私のように、あえて周りを見ずに評価を落としてるわけじゃない。
頑張りすぎて、一生懸命すぎて…周りが見えないんだ!
「シロコちゃん!お願い!」
「ん!」
挟撃の状況となって、相手は半壊。有利な状況で負けてやる理由なんてない。人の庭に入ったんだ。
「少しはお駄賃、もらおうかな〜」
シロコちゃんが狙撃の姿勢をとって、確実に破損箇所を狙って撃つ。ATMロボは知性が高いのかそれを庇おうと動くが、私が正面から突貫する。そして、私の背につくエリカが正確に、相手のカメラ、腕の関節、ひび割れた装甲の間を撃ち抜いていく。
おそろしく正確な射撃。バレルが長いとはいえ、ヴァルキューレの拳銃はあくまで近距離制圧用の装備だ。エリカの実力の一部は間違いなく私たちに近い。もしかしたら、強い神秘も備えているのかもしれない。
「ほーら、これは、どうかなっ!」
ATMロボの至近でショットガンをぶっ放す。何度も、何度も。足が壊れ、倒れ込んで、その上に私は立って、カメラがある場所を徹底的に叩く。銃弾が保護カバーを砕き、内部のカメラが弾け飛び、奥の基盤がチーズのように穴が開く。
「……人の自治区で好き勝手するんじゃない。失せろ」
最後にマイクの向こうの無法者へそう呟く。足でマイクを思い切り踏み潰し飛び上がってロボットから離れると、示し合わせたようなタイミングでグレネードが飛んでくる。シロコちゃんのだ。
「おーわりっ」
そして、爆発。ATMロボは粉々に砕け散って、エリカが頼まれた調査の第一回は、これで終わった。
連邦生徒会から頼まれた支援、後から正式名称が決まって、“カイテンジャー調査任務”の記念すべき第一回は……うん、端的に言うと大失敗だった。
『残念だけど、何もデータは残ってないよ』
「えぇ!?」
『そのアビドスの子が爆破したから…というわけじゃなくて、たぶん最後に自爆して物理的にデータを吹っ飛ばしてる。古典的だけど、一番確実だね』
以前、ヴァルキューレ時代にお仕事で知り合ったミレニアムサイエンススクールの生徒、ヴェリタスという部活の副部長、各務チヒロちゃんに解析をお願いしたのだが、残念なことにATMの履歴は引き上げられなかった。
「よかった。私のせいじゃなかった」
『けど、破壊しすぎなければ自壊プログラムをワンチャン抑制できたかもしれない』
「やっぱり私のせい?」
「いやいや、シロコちゃんは悪くないよ。トドメ刺したのほぼおじさんだし〜」
あの砂漠での戦いから3日が経っていて、シャーレに事後報告も含めて二人には立ち会ってもらっていた。実際、勝手に自治区にあんなものが置かれてたのでアビドスの生徒は知る権利がある。
なんだけど、何もわからなくて、なんか二人に申し訳なくなってくる。
『いや、責めてるわけじゃないんだ。このATM、元はトリニティのなんでしょ?あんな古い学校がこんなの作れるなんて思わなかった。こういうの、うちのエンジニア部の専売特許だし』
チヒロちゃんの言うことはよくわかる。トリニティはよく言えば伝統を大事にしていて、悪く言えば頭の固いところがある。そんな学校の自治区で開発されるとは信じられないんだと思う。
ただ、“犯人”は余計なことを言っていた。
「チヒロちゃん、たぶん、これを作ったのは今回出てきたトリニティの生徒じゃないと思う」
『どういうこと?』
あのとき、音声はこう言っていた――全くブラック、こんな余計な機能つけて――と。
だからあのATMロボを作ったのは別の誰か、おそらくは映像に出てきた黒いカイテンジャー。カイテンブラック。
「別に、カイテンジャーが全員トリニティの生徒である必要はないと思うんだ。あの逃げ出した7囚人みたいにね」
『……つまり、なに?これを作ったのはウチの生徒ってこと?部品とか調べたけど、ほとんど、どこでも、それこそトリニティでも買えそうなのだったけど』
「そりゃそうだよ、ロボットの元になったATM、トリニティ自治区のだよ?」
派手に爆発したロボットの、ロボットらしい部分は最後のシロコさんのグレネード着弾と同時に吹き飛んでるのを私は見逃さなかった。つまり、一番重要な部品は全て吹き飛ばして、どうでもいい部分……それこそ、ただのATMの部品は残した。
『……やってくれたね。私たちヴェリタスの存在を知ってるからこそ、それこそ、ヒマリなんかの目に留まろうものなら一瞬なんだ。だからそれを見越して……物理的にデリートした。ごめん、エリカ。力になれなくて』
「いいえ、チヒロちゃんにはヴァルキューレの頃から助けられてばかりですから。今回もありがとうございました。このお礼はまた、精神的に」
『そう言ってちゃんとお礼するくせに。じゃあ、またね。何かあったらまた言って』
チヒロちゃんとの通信が終わる。ふぅ〜〜〜。なんだか、大きな事件になりそうな予感。けど、まだまだ頑張れる余地はありそうだ。
「……なんだか、楽しそうだね、エリカ」
「そうですか?シロコさん」
「うん」
楽しそう、って…そうかも。シャーレでの初仕事は失敗だったけど、何も得られなかったわけじゃない。充実してる。頑張った結果だけ、何かが残せてる。ヴァルキューレにいた頃みたいに。
「よし、じゃあひとまず、ここまでで一旦調査は終わりだね」
二人の方へ振り返る。ホシノちゃん、シロコちゃん。そして、残りの3人たちも快く協力してくれたことは感謝しかない。どうかこれからも、仲良くできるといいなぁ。
「……本官から、お礼を述べさせて頂きます。アビドス廃校対策委員会、小鳥遊ホシノ委員長、砂狼シロコさん。今回の調査、支援任務へのご協力。誠にありがとうございました」
頭を下げる。そうすると、ホシノちゃんは「まぁまぁ」と私に顔を上げさせた。
「困ったときはお互いさまだよぉ。それに、シャーレにはこれからも、先生とエリちゃん、両方にお世話になるわけだし」
「ん。そう。それに、同じ生徒だから、そんなかしこまらなくていい」
「……わかったよ。これからもよろしくね!ホシノちゃん、シロコさん!」
終わりよければ全てよし!とはならなかった。
「ちゃんと手当されてないですよ、先生」
「ごめんね、チナツ。やってもらって」
「いいえ、先生の部下となれば喜んで」
「いったっ!しみる!」
チヒロちゃんからの調査報告の翌日、ミレニアムのゲーム開発部から受けた支援要請を片付けた先生が帰ってきた。そして私は今回の件についてやんわりと叱られた。無茶しないで、困ったら言ってと言いつけられたのにこのザマなのでしょうがないけど。
けど、事情を全て話して、叱られたあと、先生は私を優しく撫でてくれた。その手は暖かくて、やさしかった。
なお、私を手当しているのはゲヘナ学園の風紀委員の火宮チナツさんという人。非常識な人が多いゲヘナ学園の生徒とは思えないぐらい常識人で、さっきから消毒液がしみる以外はものすごく的確な治療をしてくれてる。
「それにしても、最後にロボが出てきったって、ほんと?」
「はい、先生」
「……見たかったなぁ」
先生はどうやらロボットとかそういうのが好きらしい。でもあの場に先生いたらものすごく危険だったと思う。
「ATMがロボットに変形するなんて非常識です」
「でもでも、チナツ。ミレニアムって宇宙戦艦作ろうとしてるんだよ!」
「……先生、とても楽しそうですけど、それ、教えていいんですか?一応私、ゲヘナの風紀委員なんですけど」
「大丈夫だよ!主砲しかできてなかったからね!」
それだけでもとんでもない情報だと思うし、ミレニアムの技術力すごすぎる。予算があったらなんでも作れそう。それこそ学園都市一個分ぐらいの大型機械とか。
先生の報告書はもちろん共有された。連邦生徒会へ提出する前の生データを。その中に出てきた天童アリスさん。可愛らしい、本当にどこかのお姫様のような小さなその子が、先生の言った宇宙戦艦の砲…ただの生徒では持ち上げることすらできないレールガンの持ち主だ。
なんだろう。ホシノちゃんや、このチナツさんの上司のはずの空崎ヒナさんといい、キヴォトスでは小さい子が強い傾向があるのだろうか。
「ふぅ。ひとまず手当は終わりです。草鞋野さん、ちゃんと傷口は清潔にしてくださいね」
「はい、わかりました」
手当が終わり、座らされていたソファから立ち上がる。
包帯だらけなのがちょっとあれだけど、どうせ長袖の制服を着れば見えないし、見た目に反して実際は擦り傷とかだから大して重い怪我じゃないのよね。
「それじゃあ先生、私はこれで。本日の当番は終わりですから」
「うん。お疲れ様、チナツ」
「お疲れ様でした!」
チナツさんは私への手当を最後に、当番の終わりの時間なので帰って行った。確かに時刻を見ればもう20時を回っていて、私もそろそろ家に帰る時間だ。どうしようかな、と思っていると先生が声をかけてきた。
「ねぇ、エリカ、お疲れ様会しようよ!」
「え?どういうことです?」
「いやほら、お互い一仕事終えたところだし、ちょうどいいと思わない?」
確かにそうかも。
「それじゃあいこっか!この前、近くにいい感じのお店見つけたんだ」
「お酒は飲まないですからね、先生」
「大丈夫。飲ませなんかしないよ」
今度こそ、終わりよければ全てよし!ってね。
こうして、また今日が終わって、明日から頑張る日々が始まる。
明後日も、そのまた次も、ずっと、この先も――。
頑張れる。
頑張って、どうするんだろう。