ゲーム開発部を後にした私たちは、その後も残り4人のうち2人に接触して嫌がらせ行為との関連性を確認したけど、空振りに終わった。
「あの子たちも違ったね」
「そうだね。ミカさん」
理性的な子たちで、解答はミドリさんと同じく晄輪大祭が嫌でも「仕方のないこと」だった。残りの二人もそうであってほしい。そうなると、捜査は振り出しだけど。
今はミカさんとミレニアムの校内を歩いていた。
「ねぇ、エリカちゃん。嫌いなものって、我慢しなきゃいけないの?」
唐突にそんなことを聞かれた。我慢かぁ。
「……さっきの子たちは我慢してたわけじゃないと思うよ」
「違うの?」
「しょうがないこと、つまりはもう避けようがないから諦めてるだけだよ」
晄輪大祭は今回ミレニアムが主催校だけど、そもそもがキヴォトス全域の学校に呼びかけがかかる行事だ。ほとんどの生徒はそれを理解しているから嫌でも開催されるし、参加することになる。
「私も話してて途中でわかったんだけど、きっと晄輪大祭が嫌な子にとって、この行事は嵐と同じだよ。過ぎ去るのを待つだけ」
「過ぎ去るのを……?」
「うん。当然、やり過ごせないこともあるから、やるべきことはやらなくちゃだけど、嫌がらせするほどのものじゃないよ。大半の子はね」
訓練生時代、同期の中にはしんどい訓練に文句を言いながらも耐えている子がいた。
私も辛かったけど耐えていた。そうすればいつかは終わっていた。苦しかったし、教官のことを影で悪く言っている子もいたけど、教官やヴァルキューレに復讐しようとか、何か嫌がらせをしようとした子はいなかった。
「……そうだね。ヤな会議も、聞いてれば終わるもんね」
「そういうこと。何も晄輪大祭は毎日あるわけじゃないし、2年に一回の行事だよ」
「けど、妨害をしてる子たちはそれに耐えられないってことだよね」
そう言われて、私は足を止めてしまった。
……もし、次に会う子たちがやっていたとしても、あの訓練校の教官のように、嫌なことを耐えろ、みんな我慢してるんだ、と私は言えるのだろうか。言っても、意味はあるのだろうか。嫌なことは我慢しなくちゃいけない。それは本当にそうなのだろうか。
ヴァルキューレの警察官としては、やめろ、と言うべきだ。でも、私はシャーレの生徒で、白石さんが私たちに期待したのは悪戯をした生徒を懲らしめることじゃないはずだ。
悪戯をした生徒たちが次に行けるように諭そうと私は思っていた。ミカさんにもそう言った。でも、それは晄輪大祭を今のまま乗り越えて、というのが無意識に前提となっていた。
晄輪大祭は2年に一度。だけどそれは、2年に一度はかならずあり、今後も続いていく。今回の悪戯をするような生徒たちはまた現れることだろう。私がしようとしていることは、根本的な解決にならない。
これまで、事が大きくなる前に私は犯罪を止めてきた。でも何度も、何度もトレインジャックは起きたし、銀行強盗もなくならない。抜本的な解決をはかる事ができないこともある。しょうがないこともあるのかもしれない。
だとしても、今回もそうなのだろうか。なんだかそれは、違う気がする。
先生なら、先生はこういうとき、どうするんだろう。
「エリカちゃん?」
「………」
「エリカちゃん!」
「あっ!?ご、ごめん、考え事してた」
頭の中でたくさんのことがよぎって、私はミカさんに呼びかけられていることに気がついていなかった。慌てて私はミカさんに応えた。ダメだ。考えがまとまらない。でも、諭すだけじゃダメな気がするから、考えよう。
「もう、ナギちゃんみたいだよ?」
「ナギサちゃんも考え事するとこうなの?」
「そうだよ。深刻に考え出すとずーっと声かけても気がつかないし。ちっちゃい頃なんか、気がつかないからナギちゃんのショートケーキのイチゴを勝手に食べてようやく気がついたんだから」
思わず私は吹き出してしまった。
「い、イチゴを勝手に」
「そしたらナギちゃん怒って私に切ってないロールケーキを口に突っ込んできてさ。今もたまに怒ったらやってくるんだよ?」
それは聞いてもいい話なのだろうか…?頭の隅でナギサちゃんが「ダメです!」と言ってる気がする。でも聞いちゃったからしょうがない。
「あはは……意外と、ナギサちゃんもそういう怒り方するんだね」
「ね?けど、エリカちゃんは平気なんだ」
「なんだろうね?ちょっと逆に安心したかな」
やっぱりどこかまだ、友達だけど別の世界にいると私はナギサちゃんに思っていたのかもしれない。
っと、なんだか気を遣われちゃったみたいだ。よし、そんな深く考えるのはやめよう。何もまだ相手は捕まえるほどの相手じゃないんだ。
「それで、残りの2人はどこにいるの?」
「チヒロちゃんの話だと、この発電所近くらしいけど」
目的の2人はミレニアムのインフラ関係の部活に所属しているらしい。あ、見えてきた。あの2つの半球型の建物がそうだね。
「なにあれ?おっきな温室?」
「ガラス張りだけど違うね。あれが発電所じゃないかな」
「すごいね。あんなに大きいなんて」
「中に入れるかはわからないけど、近づいてみようか」
インフラ施設なので当然セキュリティはミレニアムタワーよりも厳しいかもしれない。ヴァルキューレの時もライフライン関係の管路とかは警察でも簡単には入れなかったから、連邦生徒会に入る一ヶ月前ぐらいに問い合わせしてる局があった。施設管理局だったっけ、信号機とか設置してた。
まぁそれはどうでもいいや。発電所の近くに行けば行くほど人は少なくなり静かになる。当然、発電所の前には壁もあるし、学校の敷地内だけど、さらにゲートが設けられて厳重に警備がされていた。よく見たらヴァルキューレの子が警備してるね。
近づくとこちらに相手も気がついて、視線を向けてきた。
「警戒されてるね」
「そりゃそうだよ。私たち外部の生徒だし」
装備からして警備局の子みたいだ。ゲートの前までやってきて、私の方から敬礼しつつ声をかけた。
「ご苦労様です。連邦捜査部シャーレ所属、草鞋野です」
「こちらこそ。ヴァルキューレ警備局、ミレニアム支部の佐田です」
佐田さん、と名乗った警備局の子はたぶん一年生かな?装備も新しいし、敬礼がなんだか初々しい。何より、警備局で私の名前聞いて表情を変えないあたり、キュドモス事件を知らないんだろうね。あれを知ってるのは今の2年生以上だし。
「そちらは安全局……いえ、同じシャーレですね」
けれど、しっかり相手は見れていて好感触。将来が楽しみな子だ。
「聖園ミカでーす」
「お疲れ様です。それでお二人はどういったご用件でこちらに?」
とりあえず、警備の子にかいつまんで白石さんから受けた支援要請と、怪しい生徒がこの発電所の管理部員だと伝えた。
「……なるほど、事情は概ね了解しました。そういえば、シャーレと言えば先月のミレニアム中央駅での暴動を収めるのに協力頂いたと聞きました」
「あ〜…あれね。駅長さんから聞いたのかな?」
「いいえ、署の同僚から聞いた形ですが。ただ、実績は存じていますし、一度ミレニアムの警備責任者に入場できるか確認してみます。ここでお待ちください」
警備の子はゲートにある警備室に一度入っていき、電話をするようだ。ヴァルキューレミレニアム支部、平和なミレニアムの中にあるけど、この様子だとたるんでないようで心強いね。
「なんかエリカちゃん嬉しそうだけど?」
「そう?そうかも。母校の子たちがしっかりしてるからかな」
「あの子たぶん一年生だよね?あんなにしっかりしてるんだね」
「ヴァルキューレだからね」
「ふふっ。ティーパーティーの子たちも見習ってほしいな」
冗談じゃなさそうなこと言ってるミカさんがちょっと怖い。……まぁ、末端の子は頑張ってるけど、ヴァルキューレだって政治がないわけじゃない。キュドモス事件前から私は政治的に負けてたし。
組織だからある程度の政治力は必要になるかもだけど、やっぱり初心を忘れず、このまま頑張ってほしいな、あの子。
「お待たせしました!確認が取れましたのでどうぞ!」
「ありがとう!」
どうやら中に入っていいようだ。私とミカさんは警備の子に頭を下げながらゲートをくぐった。
「あ、目的の二人は発電所の事務所にいますので、内線で外に呼び出しておきます!」
「助かるよー!」
気が利くな〜、あの子。これからも頑張ってほしい。
発電所の前は結構広い芝生の生えたグラウンドみたいになっていた。発電所自体の入り口が見えるけど、あそこまで行くべきか迷うね。とりあえず私たちは入り口に向かって歩いてるけど。
「ん?車の音がするね」
「え、どこから」
耳に届いた車の走行音。エンジン音が聞こえないないので電気自動車かな。発電所の横を見れば、建物の影から一台の車が芝生を囲っている道路を走ってこちらに向かってきていた。タイミング的にあれに乗ってるのかな。
自然と私たちは駆け足でその車に近づいた。そうすると車も止まって、傍までくると二人の生徒が降りてきた。
「こんにちは。君たちが柏木さんと、常陸中さんかな?」
助手席から出てきた白髪に白衣の生徒が柏木さん。運転席から降りた丸メガネに猫背気味、ブレザーを腰巻きで黒髪を背後で短く結った子が
彼女たちは私の問いかけに頷いた。
「私たちは連邦捜査部シャーレ。晄輪大祭の機材に嫌がらせが起きてるって言うからその調査に来たんだ」
目の前の常陸中さんは眼鏡の奥からこちらに視線を逸らさず、奥の柏木さんは手元のタブレット端末を抱くような仕草を見せた。
「そんなことしてないし、私たち暇じゃないの。あと、シャーレって言うけど、誰なの?噂に聞く先生じゃないみたいだけど」
「自己紹介してなかったね。私は連邦捜査部シャーレの補佐官、草鞋野エリカ。あと、こっちは——」
「シャーレの聖園ミカだよ」
値踏みするような常陸中さんの目。私はちらりと、念の為二人の所持武器を確認する。常陸中さんは腰にハンドガン、柏木さんは白衣の下にあるのかわからない。常陸中さんは左手を開けた車のドアに付けたままだし、右手はホルスターの上に置いてる。
いやだなぁ。
「それで、私たちが悪戯をしたって?」
「したとは言ってないよ。ただ、被害のあった機材の保管庫、その監視カメラに二人の姿があったって聞いたから」
「映ってただけ?」
「そう。だからお話を聞いてるだけなんだよ」
確かめるような言動は余計に疑いが増す。私は左手を自分の後ろ、尻尾の上あたりでハンドサインをしそうになるけど、ミカさんはわからないや。どうしようかな。ちょっと嫌な予感するから、警戒してほしいんだけど。
ミカさんが半歩前に出て、私の隣に並んだ。
「ねぇ?あなたたちは晄輪大祭ってどう思う?」
「え…いや、めんどうくさいけど、行事だし」
「そっか。実はね、私もあーんまり好きじゃないんだ。運動ってめんどうくさいし、汗臭くなっちゃうもん」
真横で聞こえてくるミカさんの声はあまりにも可愛らしく、柔らかく、私でさえも緊張が解けそうになるような感覚になる。ミカさん、うまいことやるなぁ。本当にこの子は自分がどれだけ可愛いか知っていて、それを武器にすることさえできるんだ。
こんな子を疑う事ができるだろうか。
「けどみんなすごいね?これまで疑いのある子たちみんな、行事だから、って。私はムリかな。嫌いなものなんて無くしたくなっちゃう」
あはは、と笑いながらミカさんが笑顔を見せる。なんて無邪気で愛らしい笑顔。目の前の二人が若干半歩引いた。
「嫌なものは嫌。それなのにどうしても目に入っちゃう。そういうときはもうさ——無くしちゃったほうがいいよね」
ゾワッとした。さっきまでの柔らかな空気が消えて、あの模擬戦の時に感じたような畏怖を感じる威圧的な場へと周囲が変わった。
「あ、あなた、何なの。私たちは、そこまでは考えてない」
あまり誉められたやり方じゃないけど……引き出せたね、ミカさん。今の私はシャーレの生徒。けれど、こういう状況の時はヴァルキューレの私の方が向いてる。
「聖園、もういい」
ミカさんを止めさせる。常陸中さんの前にまた一歩前進し、少し背の低い彼女を見下ろす。相手は冷や汗を掻き始めていた。
「——そこまで考えていない。とはどういうことだ?」
「な、なに、あんたも、さっきとは違う…」
「教えてほしい。何を、そこまで考えていないんだ」
相手は答えない。場が沈黙する。私のよく聞こえる耳が目の前の子の浅い呼吸と、遠くの学内の環境音だけになる。それが数十秒続いた。
「……教えたら、私たちを捕まえるんでしょ」
「いや、私たちはシャーレだ。そのような権限もない」
「そもそも、あんた見た事ある。ヴァルキューレの警察官でしょ…!あんたみたいなバリバリの体育会系に私たちの苦悩がわかるわけない!」
「待て。だから、我々は」
「うるさい!どいつもこいつも、私たちのこと無視して…!警告に従わずにあんたらみたいの寄越すなら!——柏木っ!」
まずい、と思った瞬間、車を挟んでいる白衣の柏木さんだぼついた袖の中で何かを押したような音がした。直後、車の中から爆発するんじゃないかという閃光と、常陸中さんのメガネからも強烈な光が出る。ぐっ、咄嗟に目を閉じたけど…!
「まぶしっ!?」
ミカさんも喰らってしまったのか声が出る。視界が塞がれた上、更に私はあんまり強くない力で突かれる。目が見えない状況で思わず私は倒れ込む。
「うわっ!?」
「きゃっ……ぐえっ!」
倒れれば横にいたミカさんを巻き込んでしまったらしく、とっても可愛らしい声でカエルを潰したかのような声が聞こえた。そして、車のドアが閉まり鳴り響くスキール音。やられた!
「エリカちゃ、なんか意外と、おもっ」
「太ってないからね!」
「じゃ、筋肉…」
「そういうこと!潰してごめん!」
「ど、どいてくれると嬉しいかな」
まだ目が少しやられてるけど、なんとか立ち上がってミカさんから退く。見渡すけどもう相手はいない。どこに走り去ったのか。ゲートの方を見れば慌ててさっきの警備の子が走ってきていた。
「今の光はなんですか!?」
「ごめん!騒ぎになっちゃって!」
「まさかあの二人が先ほど仰ってた」
「わからないよ。まだ証拠はないし」
「応援を呼びます!」
待ったそれはダメ。まだヴァルキューレに引き渡すような話じゃない。
「待て!あの二人はシャーレで預かる!」
「で、ですが」
「構うな!証拠もなしどう引くつもりだ!?」
かなり強めに言えば、警備の子は戸惑った様子だった。
「大丈夫だよ!何かあったら、私たちも先生を呼ぶから」
ミカさんが助け舟を出してくれた。
「先生…?」
「うん。大人だよ。先生ならきっといい判断をしてくれると思う」
「……噂に聞くシャーレの……わかりました。一先ずはそちらにお任せします。ですが、もし手に負えないようであれば、我々ヴァルキューレに相談してください」
「ありがと♪」
どうやら納得してくれたようだ。これからあの二人を追わなくちゃなんだけど、どこに行ったのか。音の方向からして正面右、発電所の右側のほうだけど。断っておいていきなりよくないかもだけど、ちょっとこの警備の子に聞こう。
「ふぅ。さっきは強く言ってごめんなさい。あの子たちがどこに向かったかわかる?」
「それならば……この発電所を正面に右側へ向かうのを見ました」
やっぱりあっちか。逃走できる何かがあの先にあるんだね。
「あの先には何かあるのかな?」
「聖園補佐官。発電所右側には閉鎖されたジオフロントの入り口があります」
「じおふろんと?」
なんだろうそれは。名前からして凄そうだけど。私たちが首を傾げてるのを見て、警備の子は説明してくれた。
「私も詳細までは聞いていませんが、過去、ミレニアムの地下空間に通常の共同溝を超える巨大な空間を埋設し、重機も入れやすくメンテナンス性の向上や、管路収納量も増やしてそこにライフラインを集約しよう…という構想があったそうで、実際にある程度は建造されていたそうです」
詳細は知らないって割には結構詳細な説明だった。ただ大体イメージはわかった。ということはこの地下に迷路みたいに張り巡らされてそうだ。
「そのジオフロントに他の出口はあるの?」
「そこまでは…ただ、通常ライフラインは起点、終点以外にも換気口の類はありますから」
脱出はできるってことだね。となれば、私たちも追うしかない。ただ、閉鎖されてるところに捜査のためとはいえ事後報告は避けたい。
「ありがとう。佐田さん。よく勉強してるみたいだね」
「お褒めいただき、ありがとうございます。……あなたと話していると、まるでヴァルキューレの上司と話しているようです」
「そう?私たちはこれからあの子たちを追うから、君は配置に戻っていいよ」
「はっ。御武運を」
敬礼して、警備の子はゲートへと駆け足で戻っていった。
「エリカちゃん、追うの?」
「もちろん。ただ、追いながら連絡しないとね」
私たちは駆け出し、走りながら私は携帯を取り出す。まずは……どこに連絡すればいいかわからないけど、わからないならセミナーだ。以前の遊園地の時に交換した生塩さんの番号を私は呼び出して電話をかけた。
僅か1コールで生塩さんは応答した。
『はい、生塩です』
「お久しぶりです。シャーレ草鞋野です」
『あら?どうされましたか?』
「すいません。緊急で、ジオフロント、という閉鎖区画への侵入を許可してくれませんか?」
『……あそこに?何があったんですか』
あれ?てっきり白石さんがセミナーに報告してるものかと思ったけど……私はとりあえず状況を手短に伝えた。
『——なるほど。わかりました。そういうことであればどうぞ』
「ありがとうございます!」
『ただ、気をつけてください。ジオフロント区画はかつてデカグラマトン・ホドが暴れた区画です』
え!?それって明星さんが言ってたやつ!?
『既にデカグラマトン自体はエイミさんとC&Cによって追い出されていますが、何があるかはわかりません。お気をつけて』
「了解。気をつけます」
『……それと、問題を起こした生徒の処遇はシャーレへ一任します』
どういうこと?それはそれでいいんだけど。
「生塩さん、いいんですか?」
『ウタハ部長の意図はある程度察しが付きます。シャーレであればきっと…ただ、もし手に負えないようであればご連絡を』
「わかりました。じゃあ、これからジオフロント区画に侵入します」
『えぇ、どうぞ』
電話を切って、足を止める。正面に現れたのは先ほどの二人が乗り捨てた小型の電気自動車と、物々しい鉄製の扉。
「……装備確認。これからジオフロント区画に侵入します」
「りょーかい」
ライフルを構える。ミカさんも手に持っていたケースからサブマシンガンを取り出した。ヴァルキューレでは使用されないタイプだけど、白色だからか違和感がなかった。
扉に近づき、試しに押してみる。当然のように鍵はかかっていた。
「ダメ。鍵がかかってる」
「ほんと?」
「……鍵を借りてる余裕はないんだけど」
「ならちょっと退いて?」
ミカさんが私に扉から退くように言った。何をするのかは読めたけど、緊急時だからしょうがない。ミカさんは私が退いたあとに扉の前に立つと、全力で右足で扉へ前蹴りをした。
「えいっ」
また可愛らしい声とは真逆の結果が目の前で起きる。爆発的な音と共に扉が吹き飛び、そのまま入り口の左右の壁にめり込む。こんなことをしてもミカさんの足にダメージはなさそうで、本当に桁違いの力を見せつけられる。
こういう子が本当に生徒会長って言われる強さだよねぇ。
「この手に限るね★」
「ありがと。ただ、あとで財務室に何か言われそ…」
「その時は私を悪く言っていいよ」
「そんなことできないよ。任せたのは私だから、私の責任。さ、行こう」
「…………はーい」
入り口へ足を踏み入れれば、踊り場からすぐに長い階段が目に入った。なるほど、まずは降るわけね。電気は点いているので、この先にあの子たちはいるわけだ。そんなに遠くには行っていないはず。
踏み外さないように長い階段を降りていく。あの子たち運動ができないならすぐに追いつけそうなものだけど……。
「エリカちゃん、あっちの、階段の右側の何かな?」
「え?なにって…ん?あれってレール?」
よく見たら壁に伝ってレールがあるし、階段の右側、二人分ぐらいは坂になってる。これって……もしかしてリフトがある感じかな。そんなに速度は出ないはずだけど、ミレニアムだからわからない。安全性を確保しつつ速度も出るのかな。
「リフトかも」
「なるほど〜、考えなしに逃げたわけじゃなさそうだね」
「あんな車に閃光弾とか積んでたみたいだし、元から逃走経路だったのかも」
さっき、柏木さんというメガネの子は「警告」と言っていた。つまり、もっと被害が出ることも計画はしてたってこと。だからこういう逃走経路もあったんだ。そこまでして晄輪大祭を妨害したのはなんでなんだろう。
体感で5分ぐらいは降ったところでようやく視界に下のフロアが見えた。あともう一息だね。降りた瞬間も警戒しないと。
「もう少しだよ、警戒はしてね」
「大丈夫大丈夫」
……まぁ、ミカさんものすごく強いから大丈夫かもしれない。私は警戒しておこう。
階段を降り切り、ついにジオフロントと呼ばれる区画にたどり着く。広がったのは縦横に随分と広い地下空間。明かりは最小限、足元の照明だけで、先は真っ暗で見えない。耳を澄ませば、微かに何かが走る音が聞こえる。これ自転車かな。
「自転車使ってるかも」
「えっ、ほんとに用意周到だね!?」
「流石にミレニアムの子だね。……ただ、今の段階で逃げられても何の罪にも問えないし、ただの鬼ごっこになるね」
「ま、いいんじゃない?」
「そうだね。それじゃあ、行こっか」
相手がどれくらいの速さかはわからないけど、私とミカさんはお互い全速力で走り出した。当たり前のようにミカさんの方が若干速い。暗いので足元には注意する。ところどころ、廃材のようなものが落ちていたりする。
こんな中を自転車で行くなんて…大怪我しちゃうよ転んだら。
「それにしても、こんな地下に大きな空間があるなんてミレニアムすごいね」
「そうだね。ミカさん的にはアリ?」
「よくわかんないかも。インフラとかはティーパーティーでもそんなに知らないし」
自前でこういうインフラもガンガン整備できるミレニアムがすごいのであって他校では普通じゃないね。レッドウィンターの工務部とかはやれるだろうけど。
「そうだ、ミカさん。ここでデカグラマトンって呼ばれてる危険な巨大自律兵器が暴れてたみたいだから注意して」
「デカ…なにそれ?」
「詳細不明だけど、アビドス自地区ってところでも暴れてるし、明確にキヴォトスの脅威となる存在だよ」
「なんかヤバそうだね」
「そう。今はなんかヤバいのがいるかも、って思うようにして」
「了解!けど、私とエリカちゃんならどんな敵も楽勝だよ!」
「そうだといいねぇ」
むしろ私があなたの足を引っ張りそうで心配だよ。
そこそこ走ったけど、ようやく遠くに自転車のライトらしき光が見えた。追いつけそうだ。やっぱりへばったかな。
「見えたよ」
「行けそうだね!じゃ、一気にいっちゃおう!」
私たちは更に加速する。そうすればあっという間に彼女たちの背中が見えてきて——。
「っ………!?」
何かが、体の中に入った気がした。体が急に重くなる。なにこれ。気持ち悪。
「ん?なにか当たった?」
ミカさんはなんともなさそう。私は思わず足を止める。逃げた二人は…?あっちも、止まった?
「エリカちゃん?どうしたの?」
「なんか、体が急に重くなって」
「え、だいじょぶ?」
「ひとまずは……それと、あの子たち、止まって」
チュンッ!と私とミカさんの間に火花が散った。ッ!?撃たれた!
「逃げるの諦めたのかな?」
「そう、かな」
なんか、体が、重い。なに、これ、糸で、くくりつけられてるみたいな。
「うっ……」
「エリカちゃん………?」
う、腕がなんで、勝手に動いて!?銃口が、ミカさんに…!
「み、ミカさん、よ、避けてっ!」
私の叫びと発砲音。ミカさんの回避はほぼ同時だった。
私の視界に、暗がりから逃げていた二人が出てくる。足取りはしっかりしていた。でも、目が虚で、二人ともミカさんに銃を構えていた。私の体が思考とは別に、勝手に動く。なんなの、これ、なんで私、勝手に!
「エリカちゃん!エリカちゃん!?どうして!」
「に、逃げて!体が、勝手に…!」
「そんなっ……!」
こんな、体を操られるなんて、まさか、これデカグラマトンの力!?もうここにいないはずなのに、どうしてっ。私の体は完全にいつもと同じように銃を構え、ミカさんと向かい合う。ミカさんは——逃げずに、私たちと向かいあった。
「ミカさんっ!」
「………大丈夫。私が助けるから。大切な人を助けてくれた人を見捨てるほど、私は……天使を辞めた覚えはないよ」
ミカさんの銃口がこちらを向き、真剣な眼差しが私を見つめる。暗がりの中で広がる天使の羽と、戦意に満ち溢れたミカさんはまるで——戦乙女のようだった。
『……もう一度確認しますが、草鞋野さんと、そのトリニティの聖園ミカさんがジオフロントに入ったのですね?』
「はい」
『なんてこと。いえ、ですが、こればかりは私のミスですね』
「問題が?」
『ノア。あの区画を封鎖したのはデカグラマトン・ホドとの交戦後崩落があったり、安全面が主ですが、一つ懸念事項がありました』
「懸念事項ですか?」
『ホドには能力の一つとして、仮設タワー機能が変異したインベイドピラーと呼ばれる柱状の装置で、機械の制御等を奪うというものがあります。そして、侵食がある程度の域に達すると、私たち人にも影響が出始めます』
「まさか……」
『エイミとC&Cの戦いで破壊できなかったピラーが数本ありました。点検通路の外に落ちたものは回収できていません。そんなものの近くに、強大な神秘を持つ生徒が二人も行けば』
「再稼働、すると?本体もいないのに」
『アレを常識の範疇で考えてはいけません。ジオフロントは電話も圏外です。何事も無ければいいのですが……』
インベイドピラーの機能は独自です。ホド総力戦で混乱まで付与されたら嫌すぎる。
本体じゃない上に、戦うのはエリカたちで装甲も貫通ではないのでミカは特効ではない状態となります。
次回はまた明日の22時になります。