頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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気がつけば50話以上になっていた。
本当にお読み頂きありがとうございます。感想も評価もありがとうございます。


Area-08「ジオフロント閉鎖区画 #操り人形 #侵食 #点検用通路」

「ほれ、コユキ逃げないの」

 

「ぬわー!離してくださいよ先生!」

 

 私はユウカに呼ばれて晄輪大祭の会場となるアスレチックスタジアムで、こっそりスタジアムの端末からオデュセイアのオンラインカジノで遊んでいたコユキをしばいていた。全く。ノアの目がないとすーぐに悪さするんだから。軽いから無理に抵抗しないと簡単に持ち上げられるぞこの兎。

 

「コユキ。悪いことをしてると私もお説教しなくちゃいけないからね」

 

「ぎゃ、ギャンブルは別に違法じゃないですよ!」

 

「今、ユウカからお小遣い制になってるんでしょ。どっからそのギャンブルする金は引き出したの」

 

「……………」

 

「ちゃんと知ってるんだから嘘つかない」

 

「ごめんなさい…」

 

 エリちゃんに助けられてからというもの、コユキは基本的にユウカとノアの管理下に置かれていて、小遣い制なんだって。……ちょっとユウカのコユキを見る目が、まるで問題児の妹を見るようで怖いけど、コユキ自体もノアとユウカのことは好きみたいなので監視の目があれば悪さはしていないようだった。

 

 それがこうして晄輪大祭の準備でノアとユウカが目を離し、人手が足りないからと現場に投入されればこれである。

 

「ユウカとノアに嫌われたくないでしょ?ノアが言ってたよ。あんまり酷いと拘束して監禁だって」

 

「え」

 

「コユキはセミナーなんだから。生かしてヴァルキューレに連れて行かせられないって」

 

 これはノアが微笑を浮かべながら私に言ってたしマジだと思われる。ノアちょっと怖いんだよなぁ……ユウカと違って一切甘えさせてくれないし。かくいう私もソシャゲへの課金を制限するようにきつーくノアに言われている。

 

 ノアの言葉を伝えたらコユキの顔が真っ青になっていた。

 

「や、やりますよね、ノア先輩なら……」

 

「やるだろうねぇ。私もコユキと会えなくなるのは困るし、たまにシャーレで仕事手伝ってくれるのは嬉しいから、ちゃんとしてようね」

 

「はい……」

 

 掴んでた手を離してあげた。コユキも可愛いし、悪さはするけど流石にユウカとノアの後輩だけあって仕事はものすごい出来る。面倒臭がりだったりするけど、そこは可愛いもの。適度に休憩を挟んでトランプとか運が絡む遊びをしてあげると言うことを聞いてくれる。

 

 それに、エリちゃんからの報告通り、コユキは誰かに頼られたり、手伝いをお願いされたりするのに結構弱いみたいで、シャーレの手伝い自体は嬉々としてやってくれる。

 

「それでコユキはここで何してるの?」

 

「セキュリティ関係の最終調整です。ノア先輩から私にしか解けないぐらい強固なのにして欲しいって言われて」

 

「なるほどね。コユキにしか解けないのならそれこそデカグラマトンぐらいかな?対抗できるの」

 

「どうでしょうね〜。ま、機械風情が私に敵うとはちょっと思いませんね!にはははっ!」

 

 当然ながらコユキはセミナーなのでデカグラマトンの情報は知っていたし、前にホドというデカグラマトンが現れた時は現場でアシストをしていたらしい。ヒマリが言うにはデカグラマトンの暗号鍵の突破速度は確かに速いけどコユキよりは僅かに遅いと言っていたし、それを見込んでノアも頼んでいたのかな?

 

 そこらへんのこと、コユキは無自覚なあたりまだ幼いというか。悪いことと良いことの区別が完全についてないから、コユキの将来のためにもちゃんと、私も見守っていかないと、とは思ってる。

 

「コユキも晄輪大祭には出るんだよね?」

 

「もちろん!ユウカ先輩が二人三脚したいんですって!」

 

 ユウカさん…?なんだろう、最近割とはっちゃけてない?出会った頃のイメージはどこに。まぁ、ユウカの性癖に関してはノータッチだ。私もユウカもお互いそこはノーコメントだからね。コユキが可愛らしいのはとてもわかるけど。

 

「先生は裏方ですよね」

 

「流石にキヴォトスの運動会に出たら命がいくつあっても足りないから」

 

「ですよねー」

 

 コユキが喋りながら仕事に戻ろうとした。その時だった。私の携帯が鳴る。画面も見ずにすぐ出た。

 

「はい。シャーレです」

 

『お疲れ様です。先生、いま、よろしいですか?』

 

 電話の相手はヒマリだった。声が一切ふざけてない。何かあったな。

 

「ヒマリ、いいよ。何かな?」

 

『ミレニアムの地下、封鎖していたジオフロント区画で微弱ですがデカグラマトンの反応がありました』

 

 ジオフロント区画というと、ホシノたち対策委員会と特異現象捜査部の共同調査が始まった頃に、ヒマリがシャーレと連邦生徒会に上げてくれた報告書の中に出た名前だ。

 

 デカグラマトン・ホド。元はミレニアムの通信網を管理・運営・増設する役割を持っていたハブと呼ばれる自律型の大型作業機械。それがデカグラマトンに感化されて変異した存在。それとミレニアムが戦った場所がジオフロント区画、だったはず。

 

「また出たってこと?」

 

『いいえ。本体はC&Cの猛攻を前に損傷を負ってミレニアムから逃亡していますので、恐らくはその時に残していったインベイドピラーと呼ばれる端末が引き起こしたものと思われます』

 

「報告書で聞いたやつだね。周りの機械を操るんだっけ?」

 

『はい。ただし……先生は神秘について最低限の知識をお持ちですから詳細は省きますが、ある程度の神秘の強度がない生徒は、インベイドピラーが発する侵食波によって体の自由が奪われる可能性があります』

 

「え、なにそれ」

 

『以前報告書をお見せした時は解析が不十分でしたが、最近わかりまして』

 

 そんな危ないものが残ってると。で、そういう話をして、私に電話をかけてきたってことはさ。

 

「まさかとは思うけど、そのジオフロント区画にエリちゃんたちが行ったと」

 

『ウタハからの支援要請で晄輪大祭の機材に悪戯していたと思われる生徒を追って入ったそうです。ノアに地下への侵入許可を取り、その十数分後に特異現象捜査部のセンサーが反応を検知しました』

 

「……エリちゃんたちに電話は?」

 

『ジオフロント区画は放棄された区画です。電話線は通っていません。以前ホドを撃退した時は通信用ケーブルを持ち込みましたが撤収済みです』

 

「さっきある程度の神秘、って言ってたけど、エリちゃんとミカの二人は影響受ける?」

 

『草鞋野さんは危ないですね。聖園ミカに関してはヘイローの形状や話を聞くに、インベイドピラーでどうこうできる存在ではないと思います』

 

 だいたいわかった。となれば、行かなきゃいけない。あの二人がやられるってことはないけど、心配だ。

 

「わかったよ、ヒマリ。そのインベイドピラーはヘイローがなければ影響は受けないね」

 

『いい読みですね、先生。そうです。恐らくはデカグラマトンが預言者を作り出すプロセスを真似ているのでしょう。生徒の神秘を感化しようとしているというのが私の読みです』

 

「了解。二人の様子を見に行ってくる」

 

『危険ですが……あなたは止まらないでしょう。そう思い、ノアに既に確認を取りました。コユキを連れていってください』

 

「コユキは大丈夫なの?」

 

『今先生の携帯にはヴェリタス……私たちが作った侵食波を中和する信号を出させるアプリを携帯に入れました』

 

 いやいつの間に!?

 

「え、どうやって」

 

『ハレも今は会場にいますから、ハレにチャットで頼みました。公衆Wi-Fiをあまり無闇に使わない方がいいですよ?先生』

 

 すっかり忘れてたけどヒマリはそういえばヴェリタスの部長だった。チヒロがほぼ取り仕切ってるとはいえ……あと、さらっと私の携帯弄ってるのちょっと怖いよ。

 

「今はお礼を言っておくね。で、そのアプリを使って効果範囲内なら影響を受けないと」

 

『はい。半径25m、直径50mほどの範囲であれば』

 

「了解。それじゃあ行ってくるよ」

 

『お気をつけて。ジオフロント区画への侵入はミレニアムの発電所から入ってください。話はノアを通してしておきますので』

 

「ありがとう」

 

 ヒマリとの通話を終え、私はコユキを見る。

 

「コユキ」

 

「はい?なんですか?」

 

「ちょっと私とミレニアムに戻ろうか。ジオフロント区画に行かなきゃいけないんだ」

 

「ジオフロント区画ですか?なんであんなところに」

 

「ちょっと問題発生。今はコユキしか頼れないんだ」

 

「……ふふっ、それなら喜んで!」

 

 このスタジアムからミレニアムまではちょっと時間かかるな。1時間…時間がかかりすぎる。エリちゃん、ミカ。どうか無事でいて。

 

 

 

 

 

 

 

 ミレニアムサイエンススクール、ジオフロント区画。その整備用の通路で、数発分の発砲音が響き、仄暗い地下空間を何度も照らした。

 

「くっ…!?」

 

 3人分、正面からの射撃をミカは避ける。操られたミレニアム生二人はミカからすれば相手にもならないが、エリカは別だった。射撃の後、エリカの身体は本人の意思に反し、全力で地面を蹴る。

 

 雷のような瞬発力。ミカは模擬戦の数倍は速いエリカの突撃に面食らった。

 

「ミカ、さんっ…!」

 

「は、はやっ!?」

 

 あまりの速さにミカは思わずその場で迎撃を選択するも、エリカは稲妻を描くかのようにジグザクの軌道で回避する。そして、寸前で視界から消える。ミカはその技を一度見切っていた。

 

「下っ!」

 

 エリカの警告がミカに届き、ミカの顎を粉砕しようとするトリニティ製ライフルのストック部分は空を切る。風圧だけで顎の皮が爆ぜそうだとミカは戦慄する。ミカは内心謝りつつ攻撃を外したことで隙の出来たエリカに急所を外して蹴りを入れるが、それは素早く後退され当たらなかった。

 

「はっ、はぁっ、くっ、こんな、ここまで身体が…!」

 

「ふっ、ふぅ、エリカちゃん、強いじゃん。この前の模擬戦、やっぱり本気じゃなかったの?」

 

「は、ははっ、あのときは、やっぱ、模擬戦、だったし」

 

「そっか。ってなると、今は操られて、身体も全力で動いてると」

 

「そう、なるかも」

 

「おまけに、エリカちゃんの頭も覗かれてるのはちょっとやだね」

 

「ほんっと、最悪」

 

 再びミカへの攻撃が再開される。今度はミレニアム生二人が先行し、銃撃をしながら突撃してくる。ミカは回避しなかった。弾丸は当たるが大した威力はなく、ミカは目や口、急所に当たりそうなものだけは首をひねったりして避ける。

 

「鬱陶しいな〜★」

 

 容赦することなくミカは迫ってくる二人に銃撃。ミカの神秘が込められた一撃は容易く直撃し、二人は頭を何かにぶつけたかのように仰向けに転ぶ。ヘイローが雲散し、エリカの目には気絶したのが見えた。

 

 そうすると、操られていた二人は動きを止め、その場で銃も取り落とした。

 

「これ、って」

 

「なるほど。そういうことだね。ならエリカちゃん、悪いけど」

 

「えんりょ、しないでっ」

 

 二人を囮としたエリカの身体がミカへと襲いかかる。単発式にも関わらず凄まじい速度で装填し何発も撃ちながらエリカは突撃してくる。その射撃の精度にミカは舌を巻く。ミカ自身も射撃精度に自信はあったが、使用している銃の違いもあってか、今のエリカのほうがそこは上手だと感じていた。

 

 一発の威力もミカにこそ劣るが、狙う箇所がどれも関節や頭部、そして、今はエリカの身体が覚えている本気で相手を倒す際の動きなのか心臓も狙っていた。

 

「格闘戦、みたいっ!」

 

「体術は我流なんだけどね、私っ」

 

 接近したエリカが銃でミカを殴る。ミカは紙一重で避け、逆に捕まえようと腕を伸ばすが、エリカの身体は振り抜いた状態で肩を向けたところで、体当たりをしてくる。凄まじい瞬発力を持つエリカのチャージに、ミカはなんとか反応して両腕を体の前にクロスして衝撃に備える。

 

 いつぶりか、ミカの腕には痛みが走った。衝突の衝撃は凄まじく、ミカはそのまま身体が浮いた。

 

「いったぁ!」

 

「ごめん、ミカさん」

 

「しょうがないよ、エリカちゃんのせいじゃない!」

 

 追撃は当たり前のように行われる。飛ばされたミカは鉄製の床を滑るように着地し、そこを狙ってエリカの身体は手榴弾を投擲する。煙幕ではなく、滅多にエリカが使わない攻撃のための手榴弾だ。

 

 そしてただ投げたのではなく、エリカの強肩を生かした全力投擲。

 

「ッ————!」

 

 回避はできず。直撃。エリカの身体を操っている存在が動きを止める。爆炎が晴れるのを待とうとしていた。

 

「ちょっとそれは甘いんじゃないかな!」

 

 声がし、エリカの首が上を向く。ミカはいた。この地下空間の何メートルもある天井を一瞬逆さまに走り、エリカに銃口を向けている。身にまとう制服は爆発と手榴弾の破片でところどころ破れ、焦げていたものの、ミカへのダメージはエリカの目に映らない。

 

「エリカちゃん、今、助けっ——うぐっ!?」

 

 幼馴染を助けた恩人を撃つという罪悪感を押し殺し、ミカが引き金を引こうとした瞬間、エリカの背後、暗がりから突如として何かが伸び、ミカを空中ではたき落とした。バンッ!と大きな音が鳴り、ミカの身体が鉄製の床に叩きつけられ、床が凹む。

 

「ミカさんっ!このっ、動け!動けよっ!」

 

 エリカがなんとかもがこうとするが、身体がエリカの指示を受け付けない。エリカの手にあるライフルがミカへと向けられる。

 

「つぅ…流石に、ちょっと今のは、効いたよ…っ!」

 

 ミカが立ちあがろうとするも、エリカの銃口はミカの眉間を捉えていた。苦しむエリカの背後に、ミカは大きな影を見る。ゆっくりと、この地下の非常灯に照らされ、ソレは姿を表す。

 

「なるほどね?あなたが、エリカちゃんをこうしたんだね」

 

 現れたのは四脚型の大型重機だった。元は運搬や取り付けを行う機械だったのか、四脚の台座の上に操縦席とクレーンアームが取り付けられており、その操縦席を潰すように白色の柱が突き刺さり、一部が開口してオレンジ色に発光している。

 

 加えて、重機のいたるところから、ケーブルだったものがうねうねと蠢き、先端にはハサミ型のクローアームのようなものが見える。ミカはこの重機のような何かのケーブルに殴られたのだと理解した。

 

「な、なに、なんなの、これ」

 

 エリカは背後を見れず、ケーブルだけが視界に映る。

 

 大型重機がミカへ幾つものクローを向ける。トドメを刺そうというのが見えた。

 

「いやっ、やめてっ!ミカさんっ!」

 

「大丈夫だよ」

 

「ミカさんっ!」

 

 幾つものクローがミカへと突き刺さった。ミカは——笑ったままだった。

 

「全く。こんなの全然痛くも痒くもないよ」

 

「え……」

 

 ミカが立ち上がる。ミカを突き刺したはずのクローアームがまるで怯えるように震え、離れていく。ケーブルの先端のハサミ型のクローは全て、まるで何かにぶつかったかのように、ひしゃげていた。

 

「んっ〜、ちょっとは凝りが取れたかな」

 

 大型重機はたじろぐ。ミカは嗜虐的な笑みを見せた。

 

「あははっ、怯えてるの?機械も怯えるんだね」

 

 エリカの身体がミカへと突撃する。だが、その突撃はエリカの戦技を盗んだものではなく、大型重機、それを操る何かの恐怖が滲み出した、ただ愚直な突撃だった。速度もなく、脅威でもない。ミカは落ち着いた様子で、エリカ——その先にある大型重機に突き刺さる柱へと、その手に握った愛銃を向けた。

 

「慈悲だよ。一発で逝かせてあげる。さようなら」

 

 左手を胸に当て、ほんの一瞬の祈りの後、ミカは厳粛な表情で引き金を引いた。

 

 放たれたのは一発の弾丸。しかしそれは光り輝き、光条を空間に遺し、大型重機に寄生する柱状の物体を紙のように貫いた。

 

 エリカの身体が自由を取り戻し、ミカは受け止める。その先で、大型重機は断末魔も上げることなく、その場で擱座した。

 

「エリカちゃん、平気?」

 

「う、うんっ。ごめん…私のせいで、怪我を」

 

「怪我なんてしてないよ?」

 

「え、だってあんな叩きつけられて」

 

 エリカの心配をよそに、ミカは一度エリカを立たせると、目の前で一回転して全身を見せた。

 

「あんなの全然効かないよ。痛いけどね?まぁ、ひどくてアザができるぐらいかな」

 

 外傷はミカの言う通り一切なく、エリカは一瞬信じそうになるが、止まった。ひどく今のミカに既視感があるからだ。その既視感の正体は少し前の、エデン条約で瀕死の重傷を追いながらもナギサを庇った自身。

 

「(人の振り見て我が振り直せ、とは言うけどさぁ)」

 

 エリカは、ナギサにもこんな心配をさせていたのかと自覚し、心が痛んだ。

 

「外傷はなくても、ちゃんと後で見てもらおうね」

 

「大丈夫だって」

 

「ダメ。あなたに何かあったら、ナギサちゃんや百合園さんに怒られちゃう」

 

「えー、そんなことないって」

 

「あとで診てもらうからね。ミカさん」

 

 必死なエリカの表情に、ミカは「わかったよ」と仕方なく頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、ここは……」

 

「起きた?」

 

「うわぁっ!?」

 

 地下から発電所の前まで戻って、担いできたミレニアムの子を一旦芝生の上で寝かせていたら目が覚めたみたいだった。目が覚めた瞬間にミカさんが声をかけてめちゃくちゃ怯えている。そりゃそうだよね。

 

「な、なんで発電所前に!?私たち、ジオフロントに…!」

 

 よくわからない機械に操られてたんだよ、なんてことは言えず、ミカさんと私は目を見合わせてから、私は答えた。

 

「あなたたち、あんな暗い中を自転車で走って転んだんだよ。打ちどころがよかったからなんともないみたいだけど」

 

「………そんな」

 

「ほんとだよー。結構勢いよかったし、頭打ったんじゃない?病院で診てもらいなよ」

 

 私とミカさんが言えば、相手はため息をついて頭を抱えていた。

 

「なんでそんなこの世の終わりみたいに」

 

「だって、捕まるんでしょ。私と、柏木」

 

「なんで?だってあなたたちが悪戯したって証拠もないし」

 

 逃げたし、あの口ぶりからしてやったのは間違いない。でも、だから罰する、というのはこの支援要請を頼んだ生徒の願いには反するからね。

 

「けど、君たちは晄輪大祭が嫌だ、っていうのは聞いたから、少しお話を聞かせてほしいな」

 

「あなたは…?」

 

「先生だよ」

 

 そして、タイミング良く、先生も私たちに合流した。あのジオフロントでの戦いの後、入り口へと戻ったところで先生と黒崎さんがやってきて、どうやら私たちの救援にやってきたようだった。

 

 見た目上は無事な私たちに先生はかなり安堵したのか、ホッとした表情だった。

 

 合流してから、私たちは先生にこの逃げた生徒たちのことを話し、私の悩みを打ち明けた。諭すといっても、晄輪大祭をただ嫌なこととして我慢させるのはよくない。根本的な解決にならない。どうすればいいのかと。

 

 そうしたら先生はとっても優しい顔をしてくれて、私の頭を撫でてくれたあと、二人と話をさせてほしい、と頼んできた。

 

「シャーレの、先生」

 

「そうだよ。寝起きのところ悪いけど、晄輪大祭が嫌なのは、運動が苦手だから?」

 

 先生の声は決して、咎めるものではなくて、優しく、どうして?と問いかけるものだった。どんな答えをしても、決して怒られない、そんな気になる。私たち生徒の言葉を、まずは受け止めてくれると思わせる。大人の、落ち着いたもの。

 

「……運動が嫌なのもあるけど、もっと嫌なことがある」

 

「それは、何かな?」

 

「……私たち運動が苦手な生徒は、体育祭でドジをすれば笑われる。転べばダサいって、足が遅いってからかわれる。それが、嫌……一生懸命やってるのに、それを、馬鹿にされるのがっ!」

 

「それは、ひどいね」

 

「わかってるなら、なんで強制するの!?嫌なことをしてるのに、やってるのに笑われてっ…!誰だって苦手なことはあるのに!」

 

 今まで溜め込んできたものを吐き出すかのような叫びだった。頑張ってる人の頑張りを嘲笑う。これは絶対に許しちゃいけない。頑張りが例え、報われなくても、その人の努力は労わないといけない。

 

 そうでないと、次に進めない。失敗を糧に、前へ進めない。

 

 先生は、ただただ、その叫びを黙って聞いていた。

 

「ミレニアムは運動の教科が少ないから入ったのに。晄輪大祭の開催が決まってみんな楽しそうに準備して。運動が苦手なのに、みんな笑われたことがないから…!私はこの学校が好き!だからミレニアムが、運動ができないからって、他校に笑われるのは嫌っ!」

 

「え、そんなの、おもっ——う」

 

 先生がミカさんの口に人差し指を当てた。ミカさんの言いたいことはわかる。そんなの思い込みだって。ミレニアムにだって当然運動ができる人がいる。数は少ないかもしれないけど、全くいないわけじゃない。

 

 けれど、運動が嫌いで、そもそも数多の生徒がいるミレニアム。知り合いに運動ができない子が多ければ、そのように思い込んでもおかしくない。

 

 でも、それは思い込みにはならないかもしれない。実際に、本番で笑う生徒もいるだろう。ここは学園都市。数えきれないほどの生徒がいる。みんながみんな、品行方正とはいかない。

 

「……君の気持ちはわかったよ。そうだね。一生懸命にやってる人を笑うのはよくないことだ。けれど、だからといって、今頑張っている子たちの努力を……否定するようなことをしてしまったら、君たちは、君たちを笑う生徒と同じだよ」

 

 説教。怒りを微塵も感じさせない。先生の説教だった。

 

 説明し、教え解く。先生の表情はあまりに穏やかだった。

 

「じゃあ、どうすればいいんですか!?我慢しろと!?みんなのために!」

 

「それも、正解の一つだよ」

 

 キッパリと先生はその言葉を突きつける。だけど、それを受けて相手が口を開く前に「だけど」と続けて言う。

 

「正解は一つじゃない。生徒が嫌だ、と言ってるのに強制するのは……私が嫌だ」

 

「えっ」

 

 整然とした先生の雰囲気が崩れ、いつもシャーレで見るような、ちょっと子供っぽさを残した表情を先生が見せた。すると先生は、隣に立っていた黒崎さんに声をかけた。

 

「ねぇ、コユキ」

 

「え、あっ、はい!なんですか先生!」

 

「今から晄輪大祭の競技とかの内容、調整できる?」

 

「余裕じゃないですか?だってまだ開催まで全然時間あるし」

 

 突然の展開に私もミカさんも、今まで先生に叫んでいた生徒も、唖然とする。黒崎さんのなんでもないような一言に、先生は「うんうん」と頷いた。

 

「じゃ、ノアに電話かけて、事情を説明してもらえるかな、コユキ」

 

「えっ、私がですか!?私が言っても断られません?」

 

「大丈夫だよ。別にノアは、コユキのことを一切信じないわけじゃない。信じたいから、今こうして、閉じ込めずにいるんだよ」

 

「……むー……わかりました。言ってみます」

 

 黒崎さんが携帯で生塩さんに連絡をし、先生が話していたことをかいつまんで伝えていた。かいつまんで、といっても先生が言わんとしていることをしっかり補完していて、あの他校の自治区に飛び込んで違法なオークションをしていた生徒には見えなかった。優秀なんだなぁ。さすが三大自治区の生徒会役員。

 

「——わかりました。じゃあ、これから先生と向かいます。お疲れ様でーす。……先生、ノア先輩がセミナーに来てほしいって言ってます」

 

「そっか。競技の内容を変えるって?」

 

「はい。運動が苦手な生徒でも楽しめるように変更を加えるそうです。具体的には障害物競走に知的パズル入れたりとか。ふふっ、いいんですかねぇ?そんなの入れたら私とユウカ先輩無双しちゃいますよ?私もユウカ先輩も運動苦手だけど」

 

「そうとは限らないよ。色んな学校の生徒がいるわけだからね」

 

 あまりにもすんなりと、先生の提案は受け入れられたらしい。この答えは、先生だから、辿り着けたのだろうか。常識に囚われず、根本から変えてしまう。

 

「まぁ、これは次善の策だよ。運動が苦手な生徒もいるように、勉強が苦手な生徒だっている。みんながみんな、幸せになるのは難しい」

 

 先生の言う通りだと思う。この問題は——きっと解決できない。矛盾のようにずっと残り続けるものなのかもしれない。それでも、少しでも、生徒みんなが楽しめるようにするために。

 

「君は確か、常陸中さんだね?」

 

「どうして私の名前を」

 

「私は先生だからね。君たちのことを知ってるよ。焦る必要はないんだ。嫌だと、やりたくない、と思ったらそれをまず相談してほしい。どうしてもやらなきゃいけないことかもしれないけど——やり方は、一つじゃないからさ。私は先生だから…一緒に、考えるよ」

 

 先生の笑顔に、常陸中さんはまるで見惚れたように固まっていた。

 

 私も、先生の姿に、胸を打たれていた。

 

「よし。じゃあ、私はこれからセミナーに行ってくるよ。二人ともごめんね。遅くなって、最後に話すだけになってしまって」

 

「いやいや!そんな先生、ありがとうございます。私じゃ、どうすればいいのかわからなくて……」

 

「……そっか。でも、一生懸命に二人も頑張ったんでしょ?お疲れ様」

 

 先生は私とミカさんをガシガシと撫でると、そのまま離れて、黒崎さんを連れて行ってしまった。

 

 しばらく私たちは固まってしまった。動けたのは、先生たちが見えなくなってからだった。

 

「………どうして、私たちのために、そんな必死になったんですか」

 

 最初に口を開いたのは常陸中さんだった。私は自然と彼女の前で膝をついた。

 

「うっすらと、本当は覚えてます。急に、身体が動かなくなって、銃を向けて……そのあとのことはわからないですけど」

 

 そっか。少しは意識が残ってたんだ。あの機械…たぶん、デカグラマトンが残したものだと思うけど、あれに操られたことを。怖かっただろうね。

 

 どうして必死に、か。そんなの、こればかりは一つしか答えがない。

 

「私たち連邦捜査部シャーレは……このキヴォトスの生徒みんなの味方だからだよ。特に、君みたいに一生懸命な子のね」

 

「生徒の……味方……」

 

「だから、君たちを助けた。先生も、君たちを否定しなかった」

 

「けど、そんな、怪我までっ」

 

 ミカさんを見れば、確かに服だけはボロボロになっていた。まるで、少し前の自分を鏡で見ているようだった。ミカさんは私よりも圧倒的に強いけど。

 

「そう思うなら、さっきも先生が言っていたけど、私たちを頼って?繰り返すけど、私たちシャーレは生徒の味方だから」

 

 ね?と笑ってあげる。目の前の子はメガネの奥で、大粒の涙を流して、泣き出してしまった。私とミカさんは彼女が泣き止むまで、青々とした芝生の上で待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 発電所、そしてジオフロント区画での騒動のあと、私たち全員がミレニアムで診察を受けた。ただ担当したのが医者じゃなくて、何故かチェリノちゃんのようなつけ髭と、パーティーグッズのものとしか思えない伊達のバカでか丸メガネをかけた明星さんが私たちを診てくれた。

 

 まぁ、彼女が私たちを診てくれたのデカグラマトン関係だったからだけど。今回の逃亡騒動を引き起こした二人が帰った後、私とミカさんはシャーレの生徒だからとあの謎の重機がどういう存在だったのか説明を受けた。

 

 なんでも、デカグラマトン・ホドの残した機械を操るインベイドピラーが野生化したものではないかとのこと。つまり、預言者になりかけていたものだったらしい。無茶苦茶危険な代物だった。ミカさんはデカグラマトンの存在そのものを改めて教えられて唖然としていた。トリニティには目撃報告もないし、このことを知っているのはミレニアム、アビドス、連邦生徒会、そしてシャーレだけ。

 

 説明しつつ明星さんはミカさんに「まぁ、先の事件で見られたミメシスも同じぐらい謎ですけどね」と溢していた。

 

 ともかく、ある程度のお話を終えて身体も問題ないとのことで、私とミカさんは先生より一足先にD.U.へと帰ることになった。先生は先生で、黒崎さんの監視の支援要請を受けているためだ。

 

「いやぁ、大変だったね!シャーレってこんなこと毎回やってるの?」

 

「毎回ではないけど、それなりの頻度ではあるんじゃないかなぁ」

 

 電車を降りて、駅の外に出た途端にミカさんが聞いてきたので答えてあげた。ミカさんは「うわぁ」と声を漏らしていた。

 

「一番最近だとエデン条約なんかそうだね」

 

「……………なんかごめん」

 

「こっちこそ、ごめん。これは笑えないやつだね」

 

 やめよう。この話は。

 

 一旦空を見上げた。夕暮れになりかけの青空で、あともう少しで秋空になるんじゃないかな。

 

「ねぇエリカちゃん」

 

「なにかな、ミカさん」

 

「シャーレのこと、まだよくわからないけど、私ね、先生に前言われたこと、嘘じゃなかったってようやくわかったよ」

 

「……どんなこと?」

 

「——私たちは、生徒の味方だよ。もちろん、ミカの味方でもあるよ、って」

 

 その言葉は、本当に先生らしいなって思った。そうだね、うん。私たち、か。

 

「ねぇ、ミカさん」

 

「なに?」

 

「その、私たち、に今はあなたも入ってるんだよ?」

 

「…………そっかぁ」

 

 感慨深いミカさんの声は、今日聞いたどの声よりも、穏やかだった。

 

「今日のこと、ナギちゃんにも夜電話しよ」

 

「いいんじゃないかな。ナギサちゃんも心配してると思うよ」

 

「えぇ〜、そうかなぁ」

 

「絶対してるって」

 

 

 

 

 

 

 

 晄輪大祭を前にした、小さな騒動はこうして幕を閉じ、ミカさんのシャーレでの生活も同時に幕を開けた。どんなことがあっても、私たちは生徒の味方。それを改めて、胸に刻んだ支援要請だった。

 

 ちなみに、夜寝る前にナギサちゃんから「ロールケーキを突っ込むなんて野蛮なことはしてません!」と弁明の電話がかかってきた。とりあえず私は聞かなかったことにしておいた。




今回の投稿はここまでです!次回は未定です!


コユキはクソガキ可愛い。バニーコユキは来なかった。悲しい。
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