今回は今日と明日投稿します。
「晄輪大祭もついに明日だね。ナギサ」
「………はい」
「君は行かないのかい?」
「行きたいところでしたが、やらねばならないことがありますから」
晄輪大祭の前夜。ティーパーティーの会議に使用されるテラスにて、セイアがナギサとお茶会を開いていた。ホストでない限りお茶会をセイアが開くことはほぼなく、この集まりは急を要することだとセイアが告げた為に開催したものだった。
セイアの前にいるナギサは明らかに疲れ切っており、普段は薄い化粧が少し厚さを増していた。
そして、そんなナギサをまるで逃さないかのように6名ほどのフィリウス派ティーパーティー役員が控えている。6人ともセイアに向ける目は冷ややかなものだったが、セイアは微風のように受け流す。
「それで……今日はどのような」
「なに、最近話せていなかったものでね」
「そうですね。ミカさんもいないですし……」
セイアはナギサがテーブルの上に何もないことを指摘しないことに内心、驚いた。
「話を始める前に何かが足りないとは思わないかい」
ナギサは僅かに眠気を感じ始めた頭で目の前のセイアに違和感を受けた。何かと回りくどい言い方を好み、余計な一言が多いこの幼馴染が、妙に明るく饒舌なのだ。話し方こそ変えていないものの、どこか、ミカが被って見えた。
「セイア様。御言葉ですが、ナギサ様は明日も公務が控えております。ただ交友を深めたいのであれば休日に」
「その休日も最近は会えていない。1席減ったが我々は生徒会長だ。言葉を交わさねば私が生徒会長である意味がないのではないかな」
強く覇気を感じさせるような物言いに、口を挟んだ役員はたじろいだ。セイアがこのような態度をしたことは今までになかったのだ。どこか世俗を捨てたような、超然とし、不可思議な雰囲気を携えた——百鬼夜行の言葉を借りるのであれば巫女のようにも見える神秘的な存在。
そんな存在だったセイアが、ナギサやミカにも劣らないような生徒会長としての凄みを見せたのだ。
「こほん。ナギサ、見たまえ。私たちの前に広がる真っ白なテーブルクロスを。ティーパーティーなどと言っておいてこれでは名折れだ」
セイアの言う通り、ナギサとセイアの間には何もなかった。あるのは真っ白なテーブルクロスを敷かれた長テーブルのみ。夜会となれば簡単なお菓子や紅茶があったはずだった。
「(そういえば、最後に紅茶やお茶菓子を用意できたのは、いつでしたでしょうか)」
ナギサはミカやセイア…エリカがいた時は毎回用意していたことをふと思い出した。最近このテーブルの上で見たのは、この潔癖なまでに真っ白なクロスと、書類ばかり。
「ミネ団長!」
セイアの呼び声と共に、テラスの扉がキィと静かに鳴いた。ナギサを始め、ナギサの周りにいる役員たちも入り口を見た。入ってきたのはセイアの呼んだ通りの人物であったが、彼女はティーセット一式を載せたワゴンを押していた。
「この匂いは」
「碌なものを最近は飲んでいないのだろう?……ミネ団長は紅茶に詳しくてね。ナギサとも趣味が合うはずだ。私も入院中は彼女に淹れてもらっていた」
トリニティの大半の生徒からすれば、救護騎士団の団長である蒼森ミネへのイメージは看護師長、などではなく、救護の名の下に立ち塞がる全てを薙ぎ倒し壊していく武人だった。ミネが壊し、騎士団が治す。その言葉がミネへ向けられる目の全てだった。
だが、現れたミネにそのような雰囲気は一切なく、優雅なトリニティ生の模範のように、手慣れた手つきでセイアとナギサの間にお茶菓子や紅茶を準備していく。
ナギサの前にミネがティーカップを置く。金の刺繍模様が入ったシンプルなものだったが、ソーサーを含め、ナギサでも特別な日にしか使わないような価値のあるものだとわかった。
「ミネ団長…このカップは」
「私の私物です。ナギサ様」
「よろしいのですか?」
「えぇ。何より急なお茶会でしたから」
ティーパーティー用のカップや茶器は防犯上の理由から専用のキッチンにあり、ティーパーティーの役員以外は出入りできない。このような時間に急にお茶会を行えば準備ができないため、当然といえば当然の理由だった。
「お待ちください。個人所有のカップでナギサ様に紅茶を淹れるのは」
「疑われるのであれば、どうぞ毒味をされてください」
ミネがナギサへ淹れる前に、懐から取り出した紙コップにお茶を注ぎ、役員へ突き出した。湯気が立ち、匂いが異を唱えた役員の鼻腔をくすぐる。匂いだけで、相当に上等なハーブティーであることがわかり、ティーパーティーの役員は息を呑む。
「……いただきます」
役員はミネからコップを受け取り、紅茶を口にする。カモミールティーだった。優しい香りであり、体が内側から暖かくなる。警戒心剥き出しだった役員も思わず表情を綻ばせ、見事としか言えない会心の出来だった。
「問題ありません」
「そうですか……では、ナギサ様。失礼して」
「どうぞ」
ナギサはもう匂いだけでミネの淹れたものが期待できるものであることがわかり、心が踊った。ポットからお茶が注がれる。ミネの所作はナギサ自身にも劣らぬ見事なもので、ナギサはミネへ抱いていたイメージを改める。セイアの言う通り、ミネとはもしかしたら話が合うのかもしれないと。
「(エリカさんや、ハルナさんと出会ってわかっていたというのに…人は様々な側面を持っているのですから)」
紅茶が注がれ、最後の一滴までカップに落ち、波紋は収まる。湯気が揺れ、ナギサに優しい匂いが届く。
「どうぞ」
「……はい、では」
いただきます、とナギサは紅茶を口にする。ふわりと、感じられる全てが柔らかく、優しく、身体に染みていくような感覚がナギサにはした。一口、二口と飲んで、一度カップをソーサーに戻す。
ナギサはセイアとミネを見て、微笑んだ。
「こんな……こんな素晴らしいものを……お二人とも」
ナギサの視界が、霞んでいく。意識もどこかへ落ちていく。しかし、それは不安を伴うものではなく、まるで極楽へと登るかのようなもので、ナギサは抗うことはできなかった。
「——ほんとうに、ありが…と…う……」
糸が切れた人形のように、ナギサは力を失い、椅子から落ちそうなところ、ポットを置いたミネが優しく抱きとめた。
「ナギサ様っ!?ミネ団長!盛ったか!?」
「すぐにナギサ様から離れろ!」
6人全員から途端にミネへ銃口が向けられる。だが、ミネは微動だにしない。
それどころか、ミネはナギサを両手でお姫様抱っこの形で抱えた。
「なっ……!動くな!撃つぞ!」
「どうぞ」
「貴様舐めるなッ!この暴力女がぁ!」
ミネがナギサを抱えているにもかかわらず、激昂した一人の役員がミネの後頭部めがけてライフルを放った。至近距離ということもあり弾丸は命中し、数発はミネの被る帽子を吹き飛ばす。
だが、ミネはそれでも倒れず、振り向いた。
「何かされましたか?」
「……うっ………」
ミネの瞳は冷たく、先ほどのお淑やかな令嬢のような印象は消え去り、そこにいたのは一人の武人だった。銃を向けていた役員はたまらず後ずさる。このまま銃を向ければ首をもがれるのではないか。そんな気迫がミネにはあった。
「セイア様…いや、百合園セイア!謀ったな!?」
ならば、と役員たちはセイアへと銃口と怒りを向ける。セイアはそれらを向けられて、笑った。
「ふっ……君たちはある程度は使える役員たちだったが、残念だ」
「何をっ!」
「——政治ゲームはこれで終わりだと、申し上げているのですよ。お嬢様方」
またしても新たな乱入者がこのテラスに現れる。役員たちが見たのはシスターの装束に身をつつみ、その手には役職に似合わぬ強力なアサルトライフルがあり、澄ました表情は役員たちへの憐れみを浮かべていた。
シスターフッドのリーダーであり、ティーパーティーへの政治的な干渉は避けていたはずの歌住サクラコが現れた。
「政治ゲーム!?違う!私たちはトリニティをより良き方向にっ」
「自分達がっ!………ティーパーティーから追放されないようにでしょう」
ミネの咆哮のような声が役員の言い訳をかき消す。
「そうだ。あのエデン条約事件から一ヶ月。ティーパーティー、更にはトリニティ自体の統治体制の改善に打って出たナギサを仕事漬けにして、義務感の強いナギサを縛り付けたのは君たちだろう。こんなただのハーブティーで眠ってしまうほどに」
「ただの、ハーブティー!?」
「このお茶は疲労回復や不眠症などの改善に効果を発揮するものです。薬の類は入っていません。それをナギサ様は飲まれ、眠られました」
「君たちは私の親友にどんな無茶をさせてきたんだ?教えてくれないか」
セイアとミネの言葉に、役員たちは押し黙った。セイアの目つきは鋭い。初めて彼女たちはティーパーティーのホストとして相応しいと思えるほどのセイアの威圧感に晒された。
「……トリニティの統治体制の改革については各部活の部長を呼び出し、ティーパーティーのその時のホストが議長を務める議会制などが予定されています。何も、あなた方ティーパーティーの一般役員の方を追い出すような形にはなりません」
呆れたようにサクラコが言う。役員たちはそれでも銃を下さなかった。
その様子を見て、セイアが口を開いた。
「それでも君たちが改革を阻止したいのは………今の贅が消えるからだろう」
「それは、ちが」
「何が違うのかね。ティーパーティーの役員に入る報酬に追加で上乗せされていた特別給付。それが消えるのが嫌なのだろう」
セイアはティーパーティーの役員には少なくない額の給与が与えられているのを知っている。学園の運営に関わるが故の特別なものであったが、ナギサはこれにもメスを入れようとしたのだ。今後、議会制になれば役員の負担が減るためであり、議会制に移る以上は各部への負担が増えるため、減らした分を各部へ分配しようとしていた。
ナギサが缶詰にされ、碌にエリカなど外部の生徒へ接触さえできていなかったのはこれを嫌がったフィリウス派役員のせいであった。
セイアに指摘された役員たちは苦虫を噛み潰したかのような表情になり、とうとう銃を下ろす。救護騎士団に、シスターフッド。トリニティ総合学園内でも剣崎ツルギに次ぐであろう圧倒的な実力者。その二人を前にし、こうも糾弾されれば彼女たちに為す術はなかった。
「ミネ団長。ナギサを頼むよ」
「かしこまりました」
「ど、どこへナギサ様を」
「どこへ?分かりきったことを聞かないでくれたまえ」
セイアが小馬鹿にしたかのように役員たちへ言い放った。
「晄輪大祭さ。ナギサは学生だぞ?運動会に出なくてどうする」
晄輪大祭の前夜……というか当日となった午前0時。私は寝巻きのまま銃を持ってD.U.の駅に向かって車を走らせていた。誰の車かというと、
「副局長!緊急走行でもないのにこんな飛ばしたら捕まっちゃいますよ!」
「大丈夫!この時間帯のパトロールは頭に入ってる!」
偶然、私の住んでるマンション近くを通っていたキリノちゃんが乗っていた、私のパトカーだった。フブキちゃん?後部座席でシートベルトして寝てるよ。なんで私がこんな後輩が乗ってる車を走らせているかというと、寝ようと思ったらナギサちゃんから電話がかかってきたから。
目が覚めたらD.U.の駅に学生証と携帯と銃だけ持たされて座っていた。わけがわからない、助けて、こわい——と。パニック寸前の彼女を落ち着かせるために言葉をかけて、その場に留まるように告げて、私が家を飛び出したら本当に偶然、キリノちゃんたちが通りかかったというところだ。
速度違反、おまけにそもそも、一般人である私が勝手に特定用途車両であるこのパトカーを使用しているとか、もう色々バレたら大騒ぎだ。
「ほら、もう着くよ!」
ナギサちゃんがいる駅への抜け道とかは色々知ってるのであっという間にたどり着く。もうこんな真夜中なので駅前は人気もなく、車通りもほぼない。駅は反対車線なので、私は駅の入り口前に向かっておもいっきり車をドリフトさせた。
「うわあああああっ!?」
「それっ!」
キュッ!と車を歩道と並行に止め、私は一応後ろから車が来てないか確認して車から降りた。
「ナギサちゃんは……!」
周囲を探す。ナギサちゃんは…いたっ!あのベンチ!
「ナギサちゃん!」
私が呼び掛ければ、ナギサちゃんは立ち上がって私に駆け寄ってきた。
「エリカさんっ!」
彼女は私に飛び込むように抱きついてきた。私はそれを受け止めた。
ナギサちゃんがギュッと私を抱きしめてくる。
「あ、あぁ、よかった、エリカさん、わたし、わたしっ」
「お、落ち着いてナギサちゃん」
「うっ、うううっ、ああああああっ!」
え、えっ!?なんで!?ナギサちゃんが泣き出しちゃった!
ど、どうしよう…どうすることもできないけど。とりあえず、ナギサちゃんが泣き止むまで私はナギサちゃんの背中を優しくポンポンと叩いてあげた。落ち着かせるように、大丈夫、大丈夫、ここにいるよ、と耳元で囁きつつ。
ナギサちゃんが泣き止んだのは実に数分後。キリノちゃんたちには悪いので、手信号で帰るように伝えて、私たちは駅近くのベンチに腰掛けた。ナギサちゃんの顔が涙やら何やらですごいので、私の持ってきたタオルケットで拭いてあげると、ナギサちゃんはお化粧してたのか少し隈があった。
あの綺麗だったナギサちゃんがこんな…。
「ふぅ……申し訳ありません。あんなお見苦しいところを」
「ううん、大丈夫。それより、ちょっとやつれてない?大丈夫?」
「……それは……はい。あのエデン条約以降、少し、忙しく」
「お話、聞かせてくれる?」
「えぇ…」
それから、ナギサちゃんから語られたのはあまりにもひどいお話だった。あのエデン条約事件後、ナギサちゃんはトリニティの改革に乗り出したけど、ティーパーティーの体制の変更を行おうとしたら急激に忙しくなり、私との連絡もほとんど取れなくなり、おまけに気がつけば勝手にミカさんがシャーレ行きになっていたとのこと。
やっぱりあのカヤちゃんに持ち込まれたやつ、ナギサちゃんには言わずに勝手にやったやつじゃん。ひどい。
それで、この前電話した時は慌ててかけたけど、それきり忙しくてまた連絡が取れなくなり、晄輪大祭も出れないということになって電報を実行委員会に送ったらしい。
ナギサちゃん曰く、激務がはじまった理由はナギサちゃんの改革に反対したフィリウス派の生徒たちによるもので、彼女を忙しくして半ば校内に軟禁するのが目的だったのではないかという。
ただ、ナギサちゃんもエデン条約事件以降は面倒くさがらず校内の問題解決に取り組みたいと思っていたため断り切れず、文句も言わずにこなしていたらしい。
ひどすぎる。一生懸命なナギサちゃんを利用してっ!
「……状況はわかったよ。ナギサちゃん。じゃあ、どうしてここに?」
「それが…ここに来る前、セイアさんとお茶会をしていたのですが、そこにいらしたミネ団長の淹れた紅茶を飲んでからの記憶が…」
「まさか…盛られた?」
「いえ、ないと思います。あれはカモミールティーです。飲む前から眠りそうになっていたので、おそらく紅茶の効果が出たのかと」
「そんな即効性……いや、ナギサちゃん、顔が疲れてるもん……」
「はい。正直、今、あなたに会えたおかげもありますが、ここ最近では一番すっきりしています。まだ眠いですが」
どういうことなんだろう。百合園さんたちは。…ん?なんかナギサちゃんの制服のポケット何か入ってる?
「ナギサちゃん、なんかポケットの中に」
「え…?あぁ、何か入っていますね」
ナギサちゃんがポケットをまさぐると、出てきたのは手紙だった。ただ、急いで入れたのか封筒すらされてない。そのまま折り畳まれたものだった。ナギサちゃんが私にも見えるようにその手紙を広げてくれた。
そこにはトリニティで用いられている英字で数行の文章が綴られているだけだった。
「えっと、なになに……晄輪大祭、楽しんでおいで、セイアより……だって」
「エリカさん読めるのですか?」
「簡単なのは。それより、これって」
「…まさかとは思いますが、セイアさんとミネ団長は、私をあの仕事漬けの状態から抜け出させるために……?」
その通りなのかもしれない。他の文章は……えっと、ゲーム脳になったお嬢様方には救護を行います…?筆跡がちょっと違うな。別の人かな、書いたの。
「この字はミネ団長です。まさか、お二人がこのような…いつの間に」
「すごいね。ナギサちゃんを晄輪大祭に行かせるために一芝居打ってくれたってことかな」
「かもしれません。……ありがたく思うと同時に、申し訳なく思います」
けど、ナギサちゃん嬉しそう。
さて、となるとナギサちゃんを帰すわけにはいかない。不思議なもので、エデン条約事件の時とは真逆の状況だ。けど、公式にはナギサちゃんは外に出てないわけで、たぶん百合園さんたちはナギサちゃんのために何かをしようというのだろう。それなら邪魔するわけにはいかない。
じゃあ、どうしようか?あの時と逆、というのであれば。
「…………桐藤ナギサさん」
「はい…何故フルネーム?」
「SRT特殊学園の生徒会長として、貴方を本学に短期留学生として編入を認めるものとする」
「…………え?」
ナギサちゃんを入れたとしても、今日1日だけだし、競技に出すことはできない。おまけに、私たちSRTは今大会、ヴァルキューレの補助をしろとカヤちゃんからお達しが出ている。なので、競技の合間はパトロールが必要だ。ナギサちゃんには私と一緒に回ってもらおうと思う。回ってる間に多少屋台に寄るのはいいはずだ。
「え、エリカさん?どういうことですか?」
「実は私ね。臨時で名前を貸してるようなものだけど、今SRTの生徒会長なの」
「そうだったのですか?…お、おめでとうございます?」
「ありがとう、なのかなこれ?そういえば、ミカさん言ってなかったのかな」
「一言も」
まぁ、本当に名前を貸してるだけだからね。ただ、お飾りだけど一応権限は付与しておいたとカヤちゃんが言っていた。「エリカさんのことだから使わないでしょうけどねぇ!」とか言われたけど、おもいっきり今使ったよ。あってよかった。
「そういうわけでさ、競技に出るまではいかないけど、一緒に晄輪大祭の警備とか回ろっか」
私がそう言ってあげれば、ナギサちゃんは、ぱぁっと明るい顔をしてくれた。そして、慣れない手つき、敬礼してくれた。
「はい、喜んで!」
「また、よろしく!」
私も敬礼を返す。これからどうしようか。とりあえずウチに来てもらうとして、明日の朝、先生とミカさんになんて説明したものか。ま、なんとかなるかな!
「じゃ、今から私の家いこっか!」
「はい——え?」
「ちょっと歩くけどね」
「え、えっ?」
私はナギサちゃんの手を取って家に戻る。ナギサちゃんはその後、家についてもなんだか変なままだった。
——晄輪大祭開催から2日前の夜。
丑三つ時。トリニティ総合学園、ティーパーティー用のテラスに彼女たちはいた。上座に座り、暖かなインスタントの紅茶を口にしたセイアは一呼吸起き、このテラスに集まった少女二人を視界に収めた。
「悪いね。このような時間に呼んで」
「いいえ。夜回りの途中でしたから」
セイアに応えた一人目はシスターフッドのリーダーを務める歌住サクラコ。シスター服に身を包み、余裕のある表情を崩さない。彼女をよく知らない生徒は世俗とは隔絶された雰囲気にどこか薄ら寒さを覚えるほどの生徒だ。
「宿直ですので」
二人目は看護師のような衣装の上にどこか騎士のような意匠が取り入れられた制服に身を包み、身の丈に近いライオットシールドを持つ、青い髪を三つ編みで一つに纏めた少女。救護騎士団の団長である蒼森ミネだ。
セイアのティーパーティーとは対立派閥とも取れるこの2派閥の長がこのような真夜中にテラスにいて、身体の弱いセイアが護衛も付けずに対面している状況はサクラコとミネにとって、政治的に考えれば非常に好ましくない状況だった。
それでもなお、二人が応えたのは目の前の百合園セイアという一人の女の子が、個人的に助けを求めたからだ。
聖職者であるサクラコは純粋な願いを聞けば断ることなどできず、ミネは救護を求める者——助けを乞う無辜の人々へ手を伸ばすことは当然と考える騎士だった。
「まぁ、座ってくれ。私は紅茶なんて碌に用意できないから、こんなもので淹れているが」
「……時間がありましたら、私がご用意しましたが」
「ミネ団長の淹れる紅茶は美味しいと伺っています。またそれは別の機会に頂きましょう」
ミネとサクラコが席に着く。その光景は今ティーパーティーで”政治ゲーム”に興じている生徒たちが見れば発狂ものだろうとセイアは内心嗤った。
「さて、早速だが本題に入ろう。私も今回ばかりは率直に物を言わせてもらう」
普段からそうしてほしい、とミネとサクラコは思ったが、口には出さなかった。話が横道に逸れるほどの余裕は今この三人にはなかった。
「ただ、まずは礼を。ありがとう、二人とも。……こう言うのもおかしいが、特に我々は親しくもない。それなのに、助けを受けてここに来てくれたことを」
目の前の少女の純粋な礼に、ミネとサクラコはただ頷いた。
改めてセイアが本当に助けを求めて二人に声をかけたのだということも理解した。
「状況は察しています。ミカ様が半ば追放され、ナギサ様も最近はティーパーティーの公務に缶詰状態……いえ、実質忙しくすることで軟禁状態にしているということでしょうか」
サクラコは独自の情報網で現在トリニティのティーパーティーがまともに機能していないことを既に掴んでいた。それでも学園内の秩序が保たれているのは比較的穏やかな生徒が学内には多く、正義実現委員会の風紀の引き締め等があったからだ。
「涙ぐましい物だよ。どこからそんなに仕事を取ってくるのか。ナギサがフィリウス派の改革をしようとした途端にこれだ。といっても、無限に仕事は存在するわけじゃない。最近はネタ切れに近いのか、しょうもない、個人間の争いをナギサに調停させている」
本来であればナギサがそのような生徒間の争いに介入することはないが、これはナギサ自身が一般生徒との関わりを増やそうという方針転換のせいで生まれてしまったものだった。それを利用して途切れることなくナギサをティーパーティーの仕事に縛り付けようというものだ。
セイアは退くこともできなくなり、多勢に無勢状態のナギサへ加勢もできないことがあまりにも悔しかった。
「先生やエリカ……シャーレのような無鉄砲さが私にもあればよかったのだろうが、難しい」
「先生は大人です。私たちが取れない手段も取れましょう」
「えぇ、サクラコさん。ですが、セイア様。ナギサ様をお救いになりたいということであれば、過労で私が救護もできますが」
ミネの提案にセイアは首を振る。
「すまない。ミネ団長。君ではダメなんだ」
「どういうことでしょうか」
セイアが二人を真剣な眼差しで見つめた。
「晄輪大祭が始まる前にナギサをトリニティから逃す。そして、終わるまでは私がナギサの代わりを務める。その間……私の護衛をしてほしい」
セイアの願いに、ミネとサクラコはその真意を問うためにセイアを見つめ返す。セイアは二人を頼ったことは正解だったと確信した。
「薄々、二人は感じているだろう。私には先が視えることに」
「そうですね。勘が鋭いとは思っていました。もし本当なら、聖人として祀ろうと思っていますよ」
「……冗談だろう?」
「ふふっ。どうでしょうか。皆、奇蹟を目にすれば、簡単に目が曇ります」
サクラコの物言いに、セイアは身震いした。信じられる人物であるが、そうであってもサクラコの仮面は分厚いのだ。それで損をしていることもセイアは見ているので知っているが。
「話を戻そう。今のナギサには身を守るものがない。ミカもいなければエリカもいない。ナギサを囲んでいるのは槍を持ったフィリウス派の生徒だけだ」
「現在のナギサ様は彼女たちの早贄ということですか」
「そうだ、ミネ団長。私はこの通り虚弱な存在だ。親友を守るどころか二人とも危険に晒した挙句、割って入ったところで轢き潰されて終わりさ」
自虐的な言い方にミネは反論したくなった。自らを死の淵にまで追いやり、学園と友のために挺身したセイアの覚悟を知っているが故に。そして、こんなことをまた言わせるためにミネは彼女を救ったわけではない。
だが、セイアを否定することは騎士として憚られた。
「槍から引き抜くには荒っぽいが痛がっても引く必要がある。そのために二人が必要だ」
「なるほど。しかし、それでは
「そうだ。だから、私が代わりになる」
「先ほどから聞いていれば、仰っている意味がわかっているのですか?自ら再び死地に立とうというのですか、セイア様は」
ミネが席で立つ。淑女らしく、声を荒げ音を立てることはなかったが、その瞳には怒りが燃えていた。
「私は見たんだ。ナギサが捧げられ、ヘイローが砕け、このキヴォトスに終焉が訪れる瞬間を」
「「は……?」」
二人の間の抜けた声に、セイアはくすりとした。
「そういう反応をするだろう?だが、私は見たんだ。一人だけであればまだ良かった。追加でナギサの神秘は強大すぎる。種火としてガソリン満載のタンクローリーを使うようなものだ」
何を言っているのか、ミネもサクラコも理解はできなかったが、セイアの語り口は狂人の妄言にしてはあまりにも、現実味を帯びている。それを本当に見てきたかのように。
「晄輪大祭の間、ナギサをエリカとミカに付けさせる」
その言葉でようやくサクラコは合点がいった。
「理解しました。まだ、終わっていなかったのですね?エデン条約に纏わる事件は」
「そうだとも。そして、同時に掃除もする。ミネ団長、子供がゲームをやり過ぎていることについて、どう思うかな?」
「……救護が必要です」
セイアは満足そうに頷いた。
「(先生、エリカ。私も少しは……頑張ってみようと思う。ナギサとミカのことを頼む。トリニティが前に進むために、今のナギサが必要なんだ)」
今回、ミレニアムは特に問題なく晄輪大祭の準備を終えられているのでユウカは万全の状態です。
代わりに本作ではナギちゃんが大変なことになっていたのでハーブティーで眠っていただきました。
セイアちゃんはちなみに「見逃されて」います。