頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

53 / 143
晄輪大祭編長くなりそうな気がする。


Area-10「アスレチックスタジアム外縁 #屋台 #山海経エリア #小腹空いた」

 晄輪大祭当日の朝。ベッドで目覚めると、ちょっといつもより布団の中が暖かい。隣を見れば、ナギサちゃんが私のパジャマを着て眠っていた。ぐっすり寝れてるようでよかった。枕元の時計を見れば、まだ5時だ。

 

「んっ……起きるか」

 

 シャーレに行くのは7時ぐらいで、開会式は9時頃。まだまだ時間はある。ナギサちゃんを起こすのは30分ぐらいあとでいいかな。

 

「ぅ……ん…?えりか、さん…」

 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 

 なんて思ってたらナギサちゃんが起きちゃった。トリニティにいた時も何度か見てるけど、寝起きのナギサちゃんは可愛いんだよね。子供っぽさが5割り増しというか、生徒会長としてのナギサちゃんを見てるからものすごいギャップだ。

 

「おはようございます……」

 

「うん、おはよう。まだ眠いなら寝てていいよ?」

 

「いえ、その、もう大丈夫です。だいぶスッキリしました」

 

 ナギサちゃんも体を起こす。ちょっと髪の毛ボサボサだね。昨日は疲れてお風呂入れたらすぐ寝ちゃって。大丈夫ならもう準備始めちゃおうかな。

 

「じゃあ起きよっか。コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

 

「……紅茶で」

 

「任せて」

 

 注文を受けたので準備しよう。ベッドから降りて、私はキッチンへと向かった。この家は2LDKだけど、寝て起きる場所でしかないので家具は寝室のベッドとキッチンの家電とか、食事用のテーブルぐらいしかない。

 

 ナギサちゃんがとぼとぼと私の後を追ってくる。うーん、やっぱりまだ眠いよね?無理に起きなくてもいいと思うけど。朝ごはんを用意したいけど、冷蔵庫の中にはほとんど何も入っていない。ジャムしかないし、このジャム大丈夫かな……これもうダメなやつだ。

 

「エリカさん、失礼ですが…ずいぶんと家具が」

 

「少ないでしょ?私ってさ、趣味って言っても紅茶とかコーヒーとか飲み物食べ物だし、仕事ばっかりだったから給料全然使わなくてさ。ここに来る前はアパートだったんだけど、部下たちから流石に倒壊寸前みたいな場所はやめてほしいって言われて、引っ越したんだよ」

 

 ちょっとナギサちゃんが「えぇ…」って顔していた。寮に住んでもよかったんだけど、ほぼ安全局内に住んでたようなものだから、屋根があればいいやと物置がわりに前のアパート借りてたんだけどね。

 

 今はちょっとだけ引っ越してよかったなって、思った。シャーレになってからは家で寝ることも増えたし。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 しばらく話しながら紅茶を淹れて、ナギサちゃんに差し出した。

 

「……うん、相変わらず美味しいです」

 

「よかった。それじゃあ今日なんだけど、ナギサちゃんに私のヴァルキューレの制服貸し出すわけにもいかないから、シャーレの制服着てもらっていいかな」

 

「それは構いませんが…よろしいのですか?」

 

「流石にヴァルキューレがいるところでナギサちゃんに着せたら問題になっちゃうからね。公式にはナギサちゃん来てないことになってるし。ミカさんも奉仕活動中はシャーレの制服着てるから大丈夫かな」

 

 代わりに私は今日、一応SRTの生徒という扱いになるので、FOX小隊と同じセーラー服タイプの制服を着ることになってる。ナギサちゃんと私は体格がかなり近いし身長も一緒なので、調整もいらない。

 

「わかりました。では、シャーレの制服をお借りします」

 

「よろしく。下着も新品だけど、合ってるよね?」

 

「は、はい、それはもちろん」

 

 替えの服すら持たせられてないあたり、本当に急なことだったんだろうね。夏一緒に支援要請受けていてよかったよ。ナギサちゃんの服は私のを用意すれば大丈夫だから。

 

「銃は……私のをそのまま使ってていいからね」

 

「すいません。ずっと返せず」

 

「いいよ。昨日念のため整備したけど、普段から整備して使ってもくれているんだね?」

 

「なんとか時間の合間を見て訓練は……エデン条約の時は碌に戦力になれませんでしたから」

 

 頑張ってたんだなぁ、ナギサちゃん。そりゃ仕事漬けにされた挙句、そんな自己鍛錬もしてたらやつれちゃう。よし、今日はナギサちゃんを屋台巡りに連れて行こう。晄輪大祭は何も運動会だけじゃない。様々な屋台が出て、色んな自治区の料理が食べられる。

 

 山海経のおいしいご飯とか、食べてほしいな。

 

「そろそろ準備しよっか。ご飯はごめん。シャーレの下のコンビニで買って行こう」

 

「わかりました」

 

 先生とミカさんになんて説明したものかな。

 

 

 

 

 

 

 

 7時ちょっと前。シャーレに到着して、晄輪大祭だからかもうこんな時間からレジにいたソラちゃんに挨拶しつつ、執務室のフロアに上がって執務室の中へ入ると、先生とミカさんも既にいた。

 

「おはようございます!」

 

「おはよう、エリカ」

 

「おはよう!エリカちゃん!」

 

 先生とミカさんはちょうど何かを話していたのか、私の席にミカさんは座っていた。

 

 ナギサちゃんは私の後ろからひょこっと顔を出した。

 

「おはようございます…先生、ミカさん」

 

「ナギサ!?」

 

「ナギちゃん!どうしたの!?」

 

 そりゃ驚くよねぇ。ミカさんが慌てて私たちの方へ駆け寄ってきた。

 

「どうしたの!?忙しいって言ったのに」

 

「いえ、その、色々ありまして…」

 

「それになんでエリカちゃんと一緒に?……あっ、まさか」

 

「決してそんな不埒なことはしていません!」

 

 ナギサちゃんも元気よさそうだし、大丈夫かな。とりあえず、ミカさんにナギサちゃんを任せつつ、私は先生に事情を説明するため、先生へと近寄った。

 

「エリちゃん、一体何が」

 

「ナギサちゃんから色々聞きまして。どうやら——」

 

 私は先生に、ナギサちゃんから説明されたトリニティ内での状況や、百合園さんたちがナギサちゃんのために行動を起こしたこと、そして、一時的にナギサちゃんを私が勝手にSRTへ入れて今日の警備を回らせる体で、晄輪大祭を楽しんでもらうことを話した。

 

 先生はなんとも微妙な顔をしていたけれど、最終的には「そっか」と納得してくれた。

 

「事情はわかった。……これは私にも責任はあるかな」

 

「先生に…?」

 

「過干渉をすればナギサの立場が今後危うくなると思ってたんだけど、その様子を聞くに、私も何かすべきだったね……」

 

 それはどうなんだろう。先生が介入すれば救われるかもしれないけれど、シャーレの目がなくなればまたナギサちゃんへ何かされてしまうかもしれない。

 

 となれば、今回のようにトリニティ内部で問題が処理される方が、遺恨は少ないかもしれないし。難しいね。

 

「先生。今回は判断が難しいと思います。先生の過干渉になる、というのもわかります」

 

「……そうかな」

 

 先生がナギサちゃんたちのほうを見た。ミカさんにいじられてるナギサちゃんは迷惑してそうに見えて、笑顔が見えた。少なくとも、今目の前にある結果は正解だったのだと私は思う。

 

「ナギサちゃんが楽しそうなら、私はそれでいいと思います」

 

「そうだね。うん。じゃあ、今日はナギサのことお願いね?エリちゃん」

 

「任せてください」

 

「それと、何もなかったよね?」

 

「え?何がですか?」

 

「なんでもないよ。軽くミーティングをしよう」

 

「はーい」

 

 よくわからないけど、大丈夫かな。ミーティングをするようなので、二人を私は呼んで、いつも応接用に使ってる低いテーブルの周りに私たちは集まった。ナギサちゃんは私の隣に座り、対面に先生とミカさんが座った。

 

「改めておはよう、みんな」

 

「「「おはようございます」」」

 

「早速だけど、今日は晄輪大祭なわけで、シャーレの動きをおさらいしよう」

 

 今日のシャーレの動きについては主に先生とミカさんの動きになる。ミカさんは当たり前のようにトリニティでの選手登録ができなくなっていた。ミカさんは過程がどうあれ学校を潰そうとしてしまったのでこればかりは私も先生もどうすることもできず、晄輪大祭中も素直にシャーレでの奉仕活動をしてもらうことになっている。

 

「基本的には開催中の巡回とか、揉め事が起きた時の仲裁を私とミカでするよ」

 

「はーい。けど、仲裁って何すればいいの?先生」

 

「お話を聞いて、喧嘩を止めるだけだよ」

 

「簡単だね♪」

 

「ミカ、ちなみにだけど銃や手を使うのはダメだからね」

 

「……わ、わかってるよ!」

 

 今の微妙な間はなんだろう。実力行使すればミカさんなら大半の喧嘩は制圧できるだろうけど。

 

 ちなみに、ミカさんは今、私が着ていたものと同じシャーレの制服に加えて、オプションとして用意されていた白のコートを羽織っている。普段はシャツにスラックスの先生も何かある時は連邦生徒会の生徒のようにコートを着ているので、今日は先生とミカさんはお揃いになっている。

 

 ナギサちゃん?ナギサちゃんはシャーレの青空色のセーラー服だ。変装ってほどでもないけど、髪型もサイドテールにして、前髪もピンで止めたりしてる。羽もリュックを改造して仕舞ってもらうので、パッと見はナギサちゃんに見えないと思う。

 

「あとは会場内での支援要請とか、実行委員会の補助。ユウカから実行委員になんでミカを寄越さないのかちょっと言われちゃったけどね」

 

「早瀬さんが?」

 

「うん。みんなは知ってるだろうけど、晄輪大祭の実行委員会は基本、各校の生徒会長が来るみたいなんだけど、今回はほとんどの学校がそれをやってないらしくて」

 

 それは初耳だった。でも確かにそうだった。前回は生徒会長たちで実行委員会は固められてた気がする。

 

「ゲヘナもですか?」

 

「うん、ナギサ。ゲヘナは……風紀委員のアコがやらされちゃってるみたいだね。どこの学校も部活の部長さんとか幹部が回されてるみたいだよ」

 

「ナギちゃん、ウチは?」

 

「……私がいけませんので、トリニティも正義実現委員会からハスミさん、シスターフッドからマリーさん。選手宣誓に至ってはハナコさんにお願いしています」

 

 結果的には派閥に囚われてないのでいいのでは?と私は思ったけど、先生が「うーん」となぜかここで唸った。

 

「先生?何か心配事ですか?」

 

「いや、選手宣誓……ハナコ大丈夫かなって」

 

 私が何を気にしてるのかと聞くと、ハナコちゃんが選手宣誓担当なのが心配らしい。どういうこと?コハルちゃんから下ネタ好きって聞いてるけど、真面目な場面では真面目に対応を切り替えてもくれるって聞いてるけど。

 

 ナギサちゃんやミカさんも同じ認識なのか首を傾げていた。

 

「ううん、私が変に考えすぎてるだけだね。ハナコのことだし、ちゃんと締めるところは締めてくれると思う。大丈夫、大丈夫」

 

「心配なら先生、ハナコちゃんに電話すれば?」

 

 ミカさんが念押しをすれば、と言ったようだ。先生はやっぱり不安なのか、電話を取り出して、ハナコちゃんに電話をかけた。

 

「あ、おはようハナコ。ごめんねこんな朝早く」

 

『いえいえ、大丈夫ですよ?そんなに朝早くから……私の声が聴きたくなってしまったんですか?』

 

「囁くのやめて、効いちゃうから」

 

 微妙に先生の通話音声が大きいから私には聞こえてしまっている。効いちゃうからって先生何を言ってるんですか。まぁ、確かになんか電話の向こうのハナコさんの声、私もちょっと、その…えっち…な感じがするというか。

 

「今日、選手宣誓するけど、しっかり締めるとこは締めてね?」

 

『うふふ…そんな心配なさらないでください。ちゃんと、締めておきますからぁ』

 

「だ、大丈夫だね?よろしくね?」

 

『お任せください。こぼさないように、ちゃあんと、しておきますね?』

 

「ちょっと待って。ハナコ?ハナコさん!?何をしようと、浦和ァ!——あっ…切れた…」

 

 これはダメかもしれない。先生がしばらく携帯を眺め、何も聞かなかったかのように笑顔になった。

 

「まぁ、大丈夫かな!」

 

「どこがですか!?」

 

 ナギサちゃんの鋭いツッコミが入った。

 

「大丈夫!聞いたけど、晄輪大祭って爆発すればするほど盛り上がるんでしょ!」

 

「それは競技中の話であって開会式は含まれてません!」

 

 うーん、これは流石にナギサちゃん可哀想。むしろこれ、会場に連れて行くの悪手では?

 

「ナギちゃん大変だねぇ、任命責任、とらなきゃ」

 

「………いいえ、今の私はSRT特殊学園の桐藤ナギサなので、関係ありません」

 

「な、ナギちゃんが開き直った…!?」

 

 なんか思ったより大丈夫そうだった。まぁ、ハナコちゃんがやらかしたところで、開会式のことなんかどうせ終わる頃には忘れられてる。

 

「先生、話を戻しましょう。シャーレの動きについてはわかりました。SRTも競技の合間はパトロールを行います。問題が発生すれば相互連絡は取ることになっていますので」

 

 強引にだけど話を戻す。先生との連携は当然ながら前提だ。逆に、先生たちでは対処できないものであれば私たちも呼び出される。

 

「そうだったね。ユキノたちの番号は入れておいたから、大丈夫だよ」

 

「お願いします。ナギサちゃんは基本的には私のバディで、私が競技中はニコちゃんと一緒に動いてね」

 

「わかりました」

 

 あとでニコちゃんたちには伝えるけど、あの子たちのことなので問題なく適応できるだろう。それにナギサちゃんが作戦行動に含まれるのは初めてじゃないし。

 

「それじゃあ、今日はみんな頑張っていこう。あ、そうだ。晄輪大祭中の飲食は普通にしていいからね」

 

「いいの?」

 

「もちろん。ミカもおいしいもの食べたいでしょ?」

 

「やったー!先生大好き!」

 

「あははっ。エリちゃんもナギサも、楽しんでおいで?仕事だけじゃダメだからね。君たちは生徒なんだから」

 

「はい!」

 

「わかりました!」

 

 先生の厚意はしっかり受け取っておこう。もちろん、これはSRTのみんなにも言えることなので、モモトークでグループに書いとこ。

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、今日1日であるがSRT特殊学園に留学となった桐藤だ」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 開会式が終わったアスレチックスタジアムの裏手で、私はナギサちゃんをみんなに紹介した。紹介、といっても以前の事件でみんな知ってるので、特に驚くことなくみんな敬礼を返していた。

 

 あと、なんというか、同情したような目線がナギサちゃんに向けられている。

 

「桐藤会長、ご無沙汰しています。……先ほどは災難でしたね」

 

「七度さん……ま、まぁ……えぇ……」

 

 結果として先生の懸念は当たってしまい、選手宣誓でハナコちゃんは放送禁止ワード(主に卑猥な内容)を連呼し、一緒に選手宣誓したアビドスの奥空さんが顔を真っ赤にして大変なことになっていた。

 

 最終的にはその場に居合わせたヴァルキューレの警備担当生徒に舞台から引き摺り下ろされていたものの、生放送をしているクロノスからは言いたい放題言われていた。

 

「会長、我々は何もしなくてよかったのでしょうか」

 

「月雪。SRTはあくまで補助だ。出しゃばりすぎてもしょうがない。あの程度であればヴァルキューレで対処可能な範囲だ」

 

「はっ。了解しました」

 

 開会式で卑猥な言葉を連呼したところでもう晄輪大祭は始まってしまったのでどうしようもない。ハナコちゃんはとっくに釈放……されたのかなあれ。拘束した子たちも顔を赤くしてたし、ハナコちゃんにやられたのかもしれない。

 

「まず、今日まで特訓に参加できず申し訳なかった。しかし、先生から諸君らの特訓の様子は聞いている。本日は存分にその成果を披露してほしい」

 

 FOX小隊もRABBIT小隊も晄輪大祭に向けての特訓はかなり熱が入っていたそうで、先生が見た限りだと隊員をシャッフルして紅白戦までやっていたらしい。今回生徒同士の模擬戦はないはずなんだけどね。

 

 あとは連携強化のために基礎訓練をやっていたとも聞いた。キャンプ場にネットを張って匍匐とか、アスレチック作って体づくりとか。

 

 なんだかそのせいか、みんなギラギラとしていて優勝してやるという気概が見える。あ、唯一風倉さんだけは「くそ面倒臭い、帰りたい」と言っていた。彼女も初対面の時は体づくりサボってるのかなと思ったけど、今日の体操着姿見るとものすごいモデル体型でびっくり。ちゃんと鍛えてるらしい。

 

 とまぁ、やる気があるみんな(風倉さん除く)は私の言葉に「応!」と大きな声で返してくれた。

 

「いい元気だ。では、このあとの最初の競技は…1000m、短距離走だな。これはFOX2が担当か」

 

「はい!絶対1着とりますね!」

 

「頼もしいな、任せたぞ。FOX2以外、他の競技が近いものは待機。まずは私と桐藤でパトロールを行う。会場内で異常があれば直ちに連絡すること。また、先生の対応が必要なものは遠慮することなく先生に報告。いいな?」

 

『了解!』

 

 みんないい返事すぎる。空回りしないか心配だけど、まぁ私と違ってみんな冷静になれるし平気でしょ。

 

「では、会長。両小隊とも一度控え室等に移動します。各員、駆け足!」

 

 いやそこまで徹底しないでいいよ…とユキノちゃんに口調を崩して言う間もなくみんな走っていってしまった。去って行く時に風倉さんが「なんとかしてくれ」という目をしていたけど、ごめん……ユキノちゃんがもう目がキラッキラしてて楽しくてしょうがなさそうなので我慢してあげてほしい。

 

 晄輪大祭終わったらお菓子奢ってあげるから……とモモトークで今送ってあげると、余裕がないのか、サムズアップのスタンプだけ返ってきた。頑張ってほしい。

 

「よし、これでとりあえず堅苦しいのは終わり。みんなで晄輪大祭を楽しもうか」

 

「……訓示が硬すぎて皆さん作戦開始のようになっていませんでした?」

 

「ユキノちゃんとミヤコちゃんから、会長としてお願いしますって言われててつい……」

 

 せめて格好だけでもねー、と付き合ったんだけど確かに堅すぎたかも。ま、まぁ、あとで肩の力抜けばいいからさ。

 

「それじゃあ早速、パトロールに行こうかナギサちゃん。まずどこから行こうか?」

 

「え?それは私が決めていいのでしょうか」

 

「うん。本当に巡回だからね。ついでに屋台も寄るから。ナギサちゃんは競技でないし、ある程度は食べても平気だと思うよ」

 

 ナギサちゃんの食事の好みは思えばまだよくわかってないから、何が好きなのか聞いておかないとね。口に合わないもの食べさせてもしょうがない。

 

「あ、あの、それって……デー……あ、いえ、なんでもありません。そ、それなら、このエリアは如何でしょうか?」

 

「…?あ、ここかぁ」

 

 ナギサちゃんがパンフレットのマップを広げて指を差したのは山海経の屋台エリアだった。いきなり本命だね。

 

「山海経のエリアだね。じゃあ早速行ってみよっか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 晄輪大祭の出店は色んなお店があるけど、やっぱり山海経エリアは全体的に「当たり」のお店が多い。なので開催後でまだお昼まで時間があるのに、生徒以外の一般の観光客も多くて少し混み合っていた。

 

「っと、やめておきなさい」

 

「うっ……!?」

 

 いきなりスリをしようとしてた子がいたので腕を掴んで止めてあげると、相手は振り解いて逃げていった。

 

「はぁ。まったく……こちらSRT、草鞋野。警備本部どうぞ」

 

『警備本部です。どうされましたか』

 

「スリ未遂です。生徒は逃げましたが、特徴を伝えます。監視をお願いします。服装は——」

 

 伝えておいて、次やったら対応でいいかな。あの感じは慣れてないし、たぶんやったらやられた人もすぐわかって捕まると思う。カメラもあるからね。

 

 そもそも、晄輪大祭でまでやるのは素人なはず。こんなお祭りでも警備にあたるヴァルキューレの生徒は競技に出場する生徒の穴を埋めるために警備局などの精鋭ばかりを集めてる。並の子じゃ逃げ切れないね。

 

「流石ですね……エリカさん」

 

「大したことないよ。ナギサちゃんもできるって」

 

「そうでしょうか…?」

 

「大丈夫。それじゃあ目を光らせつつ屋台回ろうか。何か食べてみたいものある?」

 

「どうしましょうか……トリニティではあまり山海経の料理は出ませんので」

 

 それもそうだね。となると、未知の料理が多いわけだけど。

 

「とにかく歩いてみよっか。気になるのあったら言ってね」

 

「はい」

 

 混み合っているけど、ぎゅうぎゅうってほどじゃないね。歩行に支障がないレベル。これならパトロールもしやすいかな。ナギサちゃんは屋台を見回して興味がありそうなものを探しているようだ。

 

 うーん、いい匂いがしてくる。さっきコンビニでパンを買って食べたけど、あんなんじゃ足りないし。これから動くのにエネルギーが足りない。私も何かおいしいものを食べたいな。山海経の料理はD.U.でも食べられるけど、麻婆豆腐とかは山海経で食べた方がやっぱりおいしい。辛さの中に旨味があるんだよねぇ。

 

「あ……エリカさん。あの屋台、ちょっと行ってみたいです」

 

「ん?あれはシューマイかな。いいよ、食べてみよっか」

 

 小腹が減ったなら悪くないチョイスだね。じゃあ早速屋台に行ってみようか。

 

 私が屋台に足を向けた、その時だった。私の視界に、小さな子が転んでいるのを見かけたのは。

 

「エリカさん?」

 

「桐藤、屋台行くのは後回しだ。子供が転んでいる」

 

「はい。では先にそちらを」

 

 人の間をすり抜けつつ、私とナギサちゃんは転んで立ちあがろうとしている子へ駆け寄る。長い綺麗な髪の子で、着ているのは制服風の洋服だね。山海経だと、小さい子たちの養育部で梅花園があったはずだけど、そこの子かな?持ってる大きな鞄が重くて転んだのかな。

 

「君、大丈夫?」

 

「だ、だいじょうぶ」

 

 気丈にも痛がらずに女の子は答えた。いやいや、膝をちょっと擦りむいてるね。救護室に連れて行かないと。

 

「いけません。怪我をしています。草鞋野会長、救護室へ」

 

「そうだな。……歩けるかな?無理ならおぶって行くけど」

 

「……草鞋野、じゃと?」

 

「へ?」

 

 目の前の子の声が急に低くなって、喋り方が完全に変わる。顔を上げて私を見た瞳が見開かれた。……あれ、この子、どこかで見覚えが。

 

「SRTの制服に、連れているのは……トリニティの……?」

 

 梅花園に通う子がこんな校章で所属がわかるだろうか。おまけに、ナギサちゃんまで知っている。この子は、なんだ?

 

「君は……」

 

 私の問いかけに、彼女は無言で、長くて綺麗な髪を頭の横、両手で纏めて簡単なツインテールにしてみせた。あ……ああっ!?

 

「りゅ、りゅっ——むぐっ!?」

 

「しーっ!」

 

 慌てて少女——山海経高級中学校、玄龍門の会長、つまりは生徒会長である竜華キサキさんが私の口をその小さな掌で塞いだ。

 

 な、なんでこの人がこんなところに!?

 

「あ、あのっ」

 

「お、おねえちゃんたち、わたし、まいごになっちゃったの!あっち、いこ!」

 

 ナギサちゃんが事態を飲み込めず声をかけてくるも、竜華会長はまるで見た目通りの小さい子のように高めの声を出して人気のないところを指差した。この人、キュドモス事件で会った時は生徒会長というか、どこかのマフィアか何かと思わせるような感じだったけど、い、一体なんでこんなことを…!?

 

 ナギサちゃんをこんな一般生徒に変装させてる私が言うことじゃないけど、生徒会長、気軽に単独行動しすぎじゃないかな…!ホシノちゃんもそうだし!

 

 何がどうなってるのかわからないけど、私たちは竜華会長についていくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……まさかお主にここで会うとはな。迂闊じゃった」

 

 人気の少ないちょっと広い裏手の広場までやってきたところで、ようやく竜華会長は幼女っぽい喋り方をやめてくれた。いやさ、ものすごい格好は似合ってるし、容姿通りだったんだよ。黒と白で、スカートはちょっと長めでフリルついてたり、長い黒髪は端に少し癖をつけてウェーブ気味に。似合わないゴツい手持ちの鞄を持つ姿は慣れない遠出をした子みたい。

 

 だけど喋れば私たちよりも何歳も年上に聞こえるぐらい貫禄がある。なんか視界がバグっちゃいそう。

 

「竜華会長、お久しぶりです」

 

「キサキでよいと言ったろう。お主には返せぬ恩がある。そう言ったじゃろうて」

 

 先輩を喪ったあのキュドモス事件では山海経の生徒も“黄金の一滴”に関わっていた。主に原材料で。けど、その生徒の罪は表沙汰にはならず、玄龍門内で処理された。連邦生徒会長によってそうせざるを得なかったからだ。

 

 このことを竜華会長はかなり反対したらしく、事件後に私のところに直接来て何故か謝罪までしてきた。山海経が背負うべきものまで背負わせてしまった、って。

 

「……じゃあ、キサキさん、でいいかな」

 

「うむ。それにしても、其方も忙しいの。ヴァルキューレ、連邦生徒会、シャーレ、今度はSRTか」

 

「まぁ色々あって」

 

「結局、それほどまでに必要とされているということじゃ、草鞋野。しかし、何故トリニティの生徒会長と?」

 

 やっぱり一発でナギサちゃんってバレてる。キサキさん、この人もすごい人だよ。

 

「……桐藤ナギサです。あなたがあの、玄龍門の門主…」

 

「竜華キサキじゃ。妾のように、お忍びでここに来たといったところか?」

 

「えぇ。競技にこそ参加はできませんが」

 

「ふむ……色々あるようじゃの」

 

 どこまでエデン条約事件を知っているかまではわからないけど、概要ぐらいはこの子も知っていそうだ。トリニティと山海経だと距離もあるし、文化も違いすぎてあんまり関係ない、って思ってそうだけど。

 

 それにしても、お忍びでここに、か。

 

「キサキさん、まさかお忍びでここに遊びに来たとか?」

 

「そうであったらよかったのだがな。妾は調査に来た」

 

「調査?」

 

「最近、山海経の料理店に悪質なレビューが付けられておっての。玄武商会の連中が困っておるのじゃ」

 

 悪質なレビュー?どういうことなんだろう、という顔を私とナギサちゃんがしたらしく、キサキさんは事の経緯を話してくれた。

 

 なんでも、数週間前から玄武商会関係の料理店が、口コミサイトで低評価を連打され、悪質なコメントも多く、ある一店舗が営業を休止されるまで追い込まれてしまったらしい。

 

 そのお店は確かに山海経の中ではレベルが平均的なもので、特別美味いというわけでもなかったが、酷評されるほどでもなく、値段が良心的で山海経の生徒からは親しまれたお店だったとのこと。

 

 キサキさんもこっそり食べに行ってまずくはなく、本当にたまに行きたくなるぐらいのお店だったらしい。

 

「悪い店ではなかった。じゃが、休止にまでなったのが痛かった。犯人は成功体験を得てしまったのだから」

 

 それから、その一店舗が休止になると他のお店にも悪質なコメントが書かれ、次第に他の自治区の観光に来た生徒にも絡まれるようになってしまったとのこと。そういった観光客には玄龍門や玄武商会も対応はしてるけど、余計な負担であることには変わらないため、事態の沈静化を図るためにキサキさんはここにやってきたという。

 

「コメントを付けているのが同一アカウントだったのじゃ。それと、ネットの掲示板で妙な書き込みを玄龍門の役員が見つけての」

 

「どういう書き込み?」

 

「晄輪大祭の屋台で直接、文句を言ってやるとの。調子の良いことじゃ」

 

 玄龍門は怖い組織だ。実はヴァルキューレからも危険視されてる。私はキュドモス事件で多少関わったからある程度は誤解なのがわかってるんだけど、外から見た玄龍門へのイメージは完全にマフィアそのものだ。

 

 まぁ、キサキさん自体、制服が完全に女ボスって感じだし、初対面の人は血も涙もない人なのかと勘違いしてしまいがちだ。実際はびっくりするぐらいまともな人だし、個人的には伊落さん並みの聖人だと思う。じゃないと、私にあんな恩があるなんて言えないと思う。

 

 で、そんなことを知らない一般人が山海経に喧嘩を売るなんて命知らずもいいところだと思うけど。

 

「あの……明らかに喧嘩を売られていると思うのですが、何故その対処に、竜華会長お一人で…?」

 

「桐藤と言ったの。簡単な話じゃ。敵対組織が勝手に潰れそうになっとるのを助ける物好きがどこにおるのじゃ」

 

「……そういうことですか。どこの学校も、似たようなものがあるのですね」

 

「そちらは魑魅魍魎じゃろうて。こっちは真っ二つじゃ、まだわかりやすい。しかし、だからこそ、そのわかりやすさが仇となる」

 

「では、何故、政敵を助けられるのですか?」

 

「……妾個人としては、彼奴等も山海経じゃ。そこになんの違いもない。それに…今の玄武商会の会長は……いや、これは関係ないの」

 

 立派な人だと思う。たぶん、誰にも頼れないから一人でここに乗り込んできたんだ。実力もそれなりにあるのだと思う。一人でくるってことは。

 

「山海経の会長が、あなたのような方であることを知れて、今日はとても良い日になりそうです。出会えてよかった」

 

「妾もじゃ。草鞋野と共にいるということはお主、清らかなのじゃろうな。トリニティといえばあまり関わりはないが……覚えておこう、桐藤ナギサ」

 

 空気が重い。名前だけの生徒会長との差を感じちゃう。やっぱり本物はすごいや。

 

「えっと、それでこれから、キサキさんはどうするんですか?」

 

「コメント主を探す。見つけたら話をするだけじゃ」

 

「……1人で大丈夫ですか?」

 

「問題ない」

 

 本当かなぁ。むちゃくちゃ失礼だけど、キサキさんのことを知らないとものすごく侮られるだろうし、もしそれで強硬手段をキサキさんが取って騒ぎになられても困る。スケジュール的には………うん、午前中は私の出る競技ない。午後一発目の砲丸投げが私の出場競技だ。

 

「ねぇ、キサキさん。よければシャーレに支援要請を出してみない?」

 

「先生にか?」

 

「ううん。私も受けられるの。悪質コメントの犯人探しぐらいなら手伝えるよ」

 

「……しかし、お主にまた……」

 

「気にしないで。困ってる生徒を助けるのが私たちシャーレだからね」

 

 私がそう言ってあげると、キサキさんは悩んでいる。気にしないでほしいんだけどな、あの事件のことはもう。

 

「竜華会長。私も、彼女には助けられました。今は私も、エリカさんのように、困っているあなたを助けたいと思っています。トリニティの生徒ではなく、ただ、一個人として」

 

 ナギサちゃんが援護射撃をしてくれた。キサキさんはしばらく黙って、考えが纏まったのか口を開いた。

 

「あい、わかった。なら、草鞋野、桐藤。其方らに支援要請を。妾と一緒に、悪質なコメントを繰り返している人物を探してほしい」

 

「もちろん!」

 

「はい!」

 

 よし、これで決まったね。じゃあ、あとは先生たちにも報告して、行動に移ろうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 晄輪大祭、まだ始まったばかりなのに、いきなりトラブルの気配に私は気を引き締め直すのだった。

 

 




ナギちゃんと主人公は本当に何も起きませんでした。

キサキ、変装上手そうなんですよね。実際イベントでモブグラになってましたし。

次回以降はまた未定です!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。