頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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なかなか執筆時間が取れず遅くなって申し訳ないです。

今話からこの章も中盤戦突入です、
マコト、ドレスアコもヒナもアルもカヨコも全部取った(致命傷)。


Area-12「選手控え室 #優勝カップ #怪盗 #濡れ衣」

 晄輪大祭も折り返し地点となる午後の部に突入した。お昼はどうしたかって?ナギサちゃんが食べ歩きもしていたせいでお腹いっぱいになってしまっていたので、私だけ単独で食べた。ナギサちゃんは一旦予定通りニコちゃんと午後は行動することになる。……別れ際、何故かナギサちゃんとニコちゃんから「え」って顔されたけどなんでなのだろうか。

 

「——って顔されたんだけど、なんでだと思う?」

 

「はぁ……知らん」

 

 競技後の控え室で偶然巡回していたカンナちゃんと久々に会った。あのSRTの騒動以来会えてなかったし、お互いちょっと微妙な感じだったので連絡も取ってなかったけど、話しかければいつものカンナちゃんだった。

 

 で、ナギサちゃんたちのことを聞いたら呆れ顔でため息をつかれた。なんで?

 

「ちょっと冷たくない?」

 

「いつも通りだ。それより砲丸投げ、優勝おめでとう」

 

「ありがと。ま、流石にね」

 

 私が唯一出る砲丸投げは私の勝ちで終わった。あれきり会わないと思ってた鰐渕さんや、妙なパワードスーツを身につけた白石さんが相手にいたけど、2位の白石さんの記録に1000m差をつけて私が勝った。

 

「警察を辞めて野球選手にでもなればよかったんじゃないのか?」

 

「チームプレー苦手なの、知ってるでしょ」

 

「そうだな。独断専行規則無視、部局のシマまで荒らすお前には無理だな……そう考えると、シャーレは合っていたか」

 

「そうかも」

 

 今まで座っていたベンチから立ち上がって体を伸ばす。とりあえず、競技は終わったのでまた会場内の警備に戻るけど、ナギサちゃんたちはどうしてるかな?スタンドで応援してくれてるのは見えたけど。そういえばなんでかハルナは私と鰐渕さんをどっちも応援してたな。

 

「カンナちゃんはこれからどうするの?」

 

「見ての通り、仕事だ」

 

「警備局の仕事なのに?」

 

 ヴァルキューレだからカンナちゃんも会場の警備をするのはおかしくない——なんて思ってしまうけれど、これはおかしい。警備局や生活安全局の仕事なのに、なんで公安局の、それも局長の彼女がこんなところにいるのか。

 

 目の前のカンナちゃんを見ても、特におかしなところはない。いつも通りの姿だ。けど、一つだけ違うところがあった。

 

「カンナちゃん、今日はコーヒーの匂いあんまりしないね」

 

 コーヒーの匂いがあまり彼女からしない。カンナちゃんはコーヒー飲み過ぎなぐらい飲んでるし、仕事の時も片手にカップというのをよく見る。ヴァルキューレの休憩所でお話をしてた時もひたすらコーヒー。

 

 だからコーヒーの匂いが染み付いてるんだけど、今のカンナちゃんからはそれがしない。

 

 私の問いかけにカンナちゃん……の姿をした誰かは、絶対にカンナちゃんがしないような落ち込んだ顔をしてため息をついた。

 

「耳はいいとわかっていましたが、鼻まで利くとは」

 

 声はカンナちゃんだけど、明らかに話し方が違う。よく見れば着ている服もカンナちゃんのものとほぼ同じだけど、ちょっと新しい。見慣れた傷とか擦れがない。まいったな。競技終わってすぐだったから、銃がない。

 

 何者なの?

 

「あの子をどうしたの」

 

「……ご本人には特に何もしていませんよ。ただ、恐縮されがちな彼女は潜入するには都合がいいのです。皆さん、会釈だけしてきますから」

 

「そう。その面の皮、剥いでも?」

 

「ふふっ、相変わらずその花のような可憐さの下に、暴虐を従えていること」

 

「知ったように言うね」

 

「知っているから言っています。数多の作品のように、未だ理解されぬ貴方は攫ってしまいたいですが敵わないですし……ここであなたに手を出して、二度も捕まるのは御免です」

 

 目の前の彼女が誰かはわかった。わかったけど、なんでいるのか。この子がターゲットにするのは決まって“違法に取引をされた美術品”だ。けれど、ここは光臨大祭の会場でそんなものはなく、晄輪大祭中に騒ぎを起こせば多数の自地区から白い目を向けられる。

 

 それを押してまでこの子が手を出すものがここにはあるのか。

 

「とりあえず、剥きはしないから素顔を出して。カンナの顔でそれ以上喋るな」

 

「いえそれは」

 

「あなたの顔を知ってる生徒は多くないし、名前もそう。——清澄さん」

 

 七囚人の一人であり、私がかつて捕らえた生徒。清澄アキラ……通称、というよりみんなが彼女の素性を知らないから“慈愛の怪盗”と呼ばれる美術品の盗品専門の窃盗常習犯。彼女は特殊メイクであろうカンナちゃんの顔を剥いで、被っていたカツラや耳カバーを外し、本来の姿を見せた。

 

 ふわりとして長く真っ白な髪に、髪色と同じ綺麗な耳。赤い瞳は宝石みたいに綺麗で、可愛い顔つきがまるで怪盗のようには見えない。けれど彼女は七囚人、なんて呼ばれるぐらいにはこれまで多くの罪を重ねているし、脱獄までしている。

 

 捕まえたので取り調べを担当して、その時に色々話してから何故か彼女には妙に懐かれている。

 

「お久しぶりです。草鞋野さん」

 

「よくもまぁ、のこのこと。シャーレの生徒になったからって会いにでも来たの?」

 

「まさか。理解者であるあなたならわかるでしょう?」

 

「ごめん。全くわからないよ」

 

 いやほんとに。……なんであなたまでそんな微妙な顔をするの?

 

「わからないのですか?」

 

「私が知ってるハルナ(問題児)も晄輪大祭で騒ぎを起こそう、なんてしないよ。清澄さん。あなたもそうでしょう?」

 

 彼女が七囚人たる理由は手段を選ばなかったり色々あるけどやっぱり被害額によるところが多い。貴重な美術品ばかり盗んでるし、なんと捕まえて私が尋問しても結局彼女は隠し場所を吐かなかった。

 

 美術品が悪者に、真に価値を理解できぬ者の下にあることが許せない。だから盗み、その価値を理解する者が現れるまで作品を保護する。その信念だけは聞き出せて、私はその信念そのものは彼女の姿のように綺麗だと思った。

 

 だからか、彼女もまた確固たる信念を持っているハルナのように、ある意味信じられる。

 

 私の問いかけに、清澄さんは満足そうに微笑んだ。

 

「もちろん」

 

「だから、ただ会いに来たのかと思ったよ」

 

「それもありますが、別に目的はあります」

 

 会いには来たんだ。舐められてる気がするけど、まぁいい。カンナちゃんに変装して私の近況も知ってたぐらいだ。たぶん、今の私が目の前でおかしなことをしなければ手を出していないとわかっているんだろうね。

 

 じゃあ、彼女は何をここにしに来たのか。

 

「こちらを」

 

 清澄さんが懐から取り出したのは過去にも見たことがある予告状だった。

 

 私は思わず付け直したヘッドセットに手を伸ばした。

 

「もう少し話を聞いてくれませんか?」

 

 素早く腕を掴まれて、ユキノちゃんへの通信を防がれる。細くしなやかな指が万力みたいに力がかかって私の腕は動かない。私をまっすぐに見てくる目はとても犯罪者のようには見えない澄んだものだった。

 

「ぐっ……ぅ!?」

 

 そのまま力任せに私は控え室の中のロッカーに背を押し付けられる。この子は、あんまり乱暴なことはしないけど、やりたくないんじゃなくて、やる必要がないからやらないだけ。やる時はやる子だ。

 

「何の真似?」

 

「ですから、お話を聞いてほしいと言っています」

 

 耳元で囁かれる。彼女の右足は私の両足の間に差し込まれていて、体格的にも負けている私は押さえ込まれている。偶然この控え室には他に人がいないからまだいい。騒ぎになるのだけは避けないと。

 

「離して」

 

「では、話が終わるまでこちらは私が預かります」

 

 ヘッドセットを外される。

 

「私を理解してもなお、あのような目に遭ってもなお……あなたは変わらず私を見てくれていて、本当に美しい。彼女たちはどこまであなたのことを理解しているのでしょうか」

 

「大して親しくもないのに、あなたこそ私の何を知っているの?」

 

「私は熱に浮かされ眼が曇っていないので、見えていますよ。あなたが」

 

 底まで見透かされる気がして、怖くなって私は彼女の胸を押す。抵抗もなく彼女は離れてくれた。

 

「………それで、話って」

 

「手短にお伝えしましょう。この予告状、偽物なのですよ」

 

 清澄さんが差し出してくる。手に取ると、書かれていたのは優勝カップを盗むような内容。

 

「なるほどね。確かに偽物だ」

 

 別に優勝カップは誰かに盗まれたものでもなく、定期的に優勝校が持ってるだけで“誰のものでもない”ものだ。

 

「晄輪大祭の優勝カップ。積み上げられた歴史的な価値はありますが、アレは稀に見る皆がその価値を理解しているものです。勝利者だけが手にすることができる強者の証。私が未来へ遺す必要もないものです」

 

 だろうね。そういうことなら、この子が今、何故ここに現れたのか理解できる。

 

「清澄さん。あなたは私に支援要請を出しに来たんだね?」

 

「……助けてくれるのですか」

 

「シャーレは生徒の味方だよ。あなたはそれを知ってるから私の前に現れた。そうでしょう」

 

 清澄さんの顔に笑みが浮かぶ。正解らしい。SRTの生徒会長として彼女はここで捕らえなくてはいけない。けれど、助けを求められたのなら、私はその手を振り解かない。そうでないなら、私はとっくにハルナとは縁が切れてるだろうし、ナギサちゃんとは友達にもなれなかった。ミカさんとも、シャーレで一緒に働くことはできない。

 

 ただ捕まえて終わりじゃない。その先が大事なんだ。

 

「先生……でしたか。彼女はあの狐坂ワカモをも生徒として扱っているそうですね。あなたと先生はそういうところ、よく似ていますね」

 

 待った、今の初耳なんだけど。確かに、先生がキヴォトスに来た時シャーレを狐坂ワカモが占拠しようとしてたっていうのは記録に残ってたけど、まさかそれから?先生のことだから驚きはしないけど……。

 

「話が逸れました。本題に入りましょう」

 

「気になるところだけど、いいよ」

 

「シャーレにはこの偽の予告状を送りつけた生徒を捕まえてほしいのです。そして、私の矜持を守って頂きたい」

 

 信念と誇り、清澄さんはそれを守ってほしいらしい。大泥棒の評判を守るなんて、おかしな話かもしれないけど、生徒が罪を着せられるのを黙って見ているわけにはいかない。私は頷いた。

 

「わかったよ。清澄さん。あなたのお願い、聞くね」

 

「………っ…………ありがとうございます」

 

 よし。じゃあ早速捜査開始と行こう。ただ、これSRTのみんなには言えない。七囚人とはFOX小隊と因縁あるし、あんまり表には出してないけどユキノちゃんたち狐坂ワカモを見たらすぐに捕まえたさそうにしてるんだよね。この前、チラッとRABBIT小隊のキャンプに遊びに行ったら、2小隊合同で対狐坂ワカモの訓練をしていた。

 

 今の彼女たちに清澄さんを会わせたらアウトだ。

 

「ヘッドセット返して。みんなにちょっと手が離せないことを言うからさ」

 

「構いませんよ」

 

 清澄さんからヘッドセットを返してもらう。彼女は逃げないので、このまま一緒に犯人探しをするつもりらしい。まずは先生に状況を話さないと。

 

 ヘッドセットを掛け直しつつ、携帯を手に取る。モモトークを立ち上げて、モモトーク通話を始める。先生はすぐに出てくれた。

 

「先生、お疲れ様です。草鞋野です」

 

『エリちゃん?ちょうどよかった』

 

 ちょうどよかった?どういうこと?

 

「何かありましたか?」

 

『今晄輪大祭の運営委員会にいるんだけど、優勝カップが無くなっちゃって』

 

「えぇ!?」

 

 思わず私は目の前の清澄さんを見てしまうが、彼女はずっとここにいたし、私が思う限り彼女もここで騒ぎを起こすような人じゃない。

 

「先生、状況を。優勝カップは確か、運営の事務室の中に保管されるはずですよね?」

 

『そう。私も何度か今日見たんだけど、ユウカが言うには一瞬目を離した隙に無くなってたんだ。あんな大きなものをどうやって持って行ったんだろうね』

 

「何か予告みたいなものは?」

 

『えっと、置かれてた台になんかハガキが。あっ、ユウカが代わりたいって言うから代わるね?』

 

『もしもし!?草鞋野さん!“慈愛の怪盗”を捕まえてっ!あなた、前に捕まえてるでしょ!?』

 

 もう一度目の前の清澄さんを見た。捕まえられるけど、誤認逮捕になっちゃうなぁ。

 

「えっと、早瀬さん?予告状があったんだね?」

 

『そうよ!強者のみが手にできる優勝カップを頂きます、慈愛の怪盗って!全くもうっ、他の自治区のゴタゴタもあったからギリギリまで開催が保留だったし、決まったから頑張って準備したのに当日にこんな…!選手宣誓ではあんなこと起きるし!——何よ天雨さん!準備が遅いのが悪いって!?事実でしょ!』

 

 く、空気が悪そう!天雨さんって確か、エデン条約の時にチラリと見たけど、ゲヘナ風紀委員の書記さんだよね?ものすごく仕事ができそうな人だったし、厳しい人なのかなぁ。

 

「とにかく、状況は了解しました。防カメ…防犯カメラとかに映ってないんですか?」

 

『コユキとノアに見てもらってるけどそれらしき人は見当たらないわ』

 

「一度私も現場を見させてもらいます。いいですね?」

 

『そうしてくれると助かるわ』

 

「じゃあ、向かいます。先生に電話を戻してくれますか?」

 

『えぇ』

 

 現場の遺留品は偽の予告状のみ。音もなく大きな優勝カップを盗むなんてどうやって。まだ現場を見てないからわからないけど。

 

『代わったよエリちゃん。いやはや、ミカも気配を感じなかったらしいし、凄いね』

 

「そうなんですか?」

 

『どうやったんだかね。それで、エリちゃんの方も用があったんでしょ?』

 

「はい。ちょうど、その件に関係あるかもしれない話です。……ミカさんはいいですけど、少し話を聞かれないように運営委員の人たちからは離れてもらっていいですか?」

 

 流石に本物がここにいますなんてバレたら晄輪大祭が台無しになる騒ぎになるので、こっそり先生に今目の前に本物の慈愛の怪盗である清澄さんがいて、彼女から偽物が優勝カップを盗むという予告状を出している話を聞いた。

 

『——わかった。エリちゃんはじゃあ、その子のことを助けたいんだね?』

 

「はい。濡れ衣を着せられそうになっている子を放っておくことなんて絶対できません」

 

『エリちゃんなら…そうだね。それじゃあ、その支援要請も並行してやっていこう』

 

「ありがとうございます。あと、SRTの子達には内密に。あの子達のせっかくの運動会を台無しにしたくありません。ヴァルキューレに通報は?」

 

『まだちょっとユウカたちも迷っててね。下手に呼んで騒ぎになれば、ここにはクロノスもいるから三大校の評判にも関わるって』

 

 ほんとは通報してほしいけど、気持ちはわかる。犯人はそこも逆手に、というか晄輪大祭でこんな大それたことをするぐらいだし、それを狙ってるのかもしれない。

 

「盗まれたのはいつなんですか?」

 

『さっきだよ。だからまだ犯人はこの会場内にいるはず』

 

 これは現場に行ってる場合じゃ無いかな?現場検証してる間に会場の外に出られる。

 

「先生。ニコちゃんにナギサちゃんを頼むよう伝えてください」

 

『どうするの?』

 

「犯人を追います。事務室の天井とかって換気のダクトあります?」

 

『あるけど……あっ、ちょうどカップが置いてあるところ真上にある!』

 

 音もなく、って言うぐらいだからあるかなって思ってたけど、やっぱり。

 

「早瀬さんたちに換気系の管路図があるなら貰って、私にデータを送ってください」

 

『わかった!すぐにやるよ。あと、ニコたちにはエリちゃん別件で支援要請を受けたって言っておくね?』

 

「お願いします」

 

 先生との電話はそこで切る。ちょっと余裕は無さそうだ。

 

「清澄さん。体操着は?」

 

「この下に着ています」

 

「ならそのカンナちゃんのと同じ服脱いで。あなた、手配書は目元が隠れてたから、逆にマスクを付ければバレないはず。あなたの顔を知ってる生徒、少ないし」

 

「わかりました。疑わないのですか?私が嘘をついていると」

 

 予告状が実は本物で、捜査を混乱させていると思わないのかってことかな。そもそも、清澄さんが持っている予告状、なんで彼女自身にも届いたのかとかね。

 

「その予告状、挑戦状なんでしょ?」

 

「…っ!」

 

 初めて彼女が驚いた顔を見た。当たりだった。おそらく清澄さん本人はスケープゴート。汚いやり方だ。こういうやり方をしてくるのは生徒じゃないな。

 

「私を知っていて目の前に現れるなんて捕まりに来てるようなもの。そうじゃないって言うのなら、あなたは私に助けを求めに来た」

 

 清澄さんが頷く。

 

「じゃあ、探そっか。あなたに濡れ衣を着せようなんて人を」

 

 私は気がつけば冷静では無くなっていたかもしれない。“先輩”のこと、あの薬のこと、エデン条約でのこと、ナギサちゃんやミカさんのこと。そして、目の前でかつての私のように踏み躙られようとしている子。

 

 この晄輪大祭を台無しにしようとしている人がいる。一生の思い出になる子もいるこのお祭りを。

 

 ロッカーの中に入れていたライフルを手に取って、意識を切り替える。午前中の悪質コメント犯を探したのとはワケが違う。静かに、けれど全力で。犯人は逃さない。絶対にだ。

 

 

 

 

 

 

 

 D.U.外縁部にあるスラムを歩く集団がいた。先頭に立つのはキャップを被った長身の少女で、顔半分を覆うマスクで目の前に広がる荒みきった光景に対しての感想は他者からは読み取れない。

 

「……妙に静かだな」

 

「確かに」

 

 長身の少女——エデン条約事件において先生と草鞋野エリカを後一歩のところまで追い詰めたアリウススクワッドのリーダーであるサオリはいつもであれば、乱痴気騒ぎを起こしているスラムの住人たちが少ないことに気がついた。

 

 スラムの住人、といっても大半は生徒であり、停学中だったり碌に学校へ行っていない者たちだ。

 

 サオリの疑問に、彼女の後ろを歩くミサキも同意する。まばらに残っている者たちも見られたが、生徒が少ないせいか静かに飲み物を手に座り込んでいた。

 

「み、みなさん、逃げた、とかですかね」

 

「いや。ここはヴァルキューレもあえて見逃している場所だ。まだ“順番”じゃあない」

 

 こういった生徒たちを一斉に摘発する「スラム狩り」という取り締まりには順番があることをサオリたちは知っていた。そのやり方はまるで予防などせず、腐りきってしまってから切り取るようなもので、サオリたちがテロリストであるということを棚に上げてしまえば気持ちのいいものではなかった。

 

 だが、サオリたちがこんな世も末のような場所にいるのは未だに続くアリウス分校からの執拗な追撃を逃れるためであり、決して堕落し奈落まで染まるためではない。

 

 サオリは横を歩くアツコに、ちょんちょん、と肩をつつかれる。

 

「なんだ、姫」

 

<けれど、妙。静かすぎる>

 

 アツコは手話でサオリにこの状況はおかしいことを伝える。サオリはあたりを見回す。状況を話せそうな生徒がいないか、と。しかし、見渡したところで変わらず酒のようなものを飲んで潰れている生徒、ロシアンルーレットで時折弾が出て当たり高笑いしている生徒など、碌に会話をできそうになかった。

 

 サオリはバッテリーを温存している携帯の電源を立ち上げる。起動させた携帯、画面右上の充電表示は30%を切っていた。

 

 検索をしようとサオリはブラウザを開きニュースサイトを見る。すると、すぐに今日が晄輪大祭の開催日であることがわかった。

 

「なるほどな……晄輪大祭か」

 

「あっ!そういえばそうでしたね!」

 

「……ヒヨリ、知ってたの?」

 

「うっ、あっ、いや、忘れてたんですよ!ミサキさん!本当ですって!」

 

「ヒヨリ、あまり騒ぐな」

 

「あうっ、すいません…サオリ姉さん」

 

 サオリは晄輪大祭によりスラムの生徒が幾らかは“出稼ぎ”にでも行ったのだろうと判断した。ならば、無用な警戒をしなくともいいだろう、とサオリはため息をついた。長い逃亡生活になり、常に気を張っているせいで、サオリは肩が凝っていた。

 

「どうする?今日の寝床を探す?」

 

「あぁ。人が少ないなら好都合だ。晄輪大祭は後夜祭含めれば長いと聞く。今晩はここも人が少ないはずだ」

 

「な、なら、ちょっと美味しいものとかもありつけたり」

 

<ヒヨリ。奪っちゃうと、無用な争いが生まれる>

 

「姫の言う通りだ。潜伏しているのだから火種を作るな」

 

 廃校が決定路線になり、闇市場に流れたSRTのレーションを偶然大量にサオリたちは入手し、今日の今日まで食い繋いできたが、レーションの味は当然のように食べ過ぎ防止のため悪く、特にヒヨリの士気は最悪だった。

 

「うぅ……で、でも、お腹の調子最悪ですしお肌もガサガサになるし、このまま私たち……しおしおになっちゃいますよ……」

 

 ヒヨリの弱音にサオリは何も言わなかった。極限状態であることは事実ではあったからだ。どこにアリウス分校の追撃部隊が潜んでいるかわからない状況であり、エデン条約を狙ったためにトリニティ総合学園からもサオリは指名手配を受けていた。ゆえに、少しでも陽の当たる場所など歩けない。

 

 出口のないトンネルを歩き続けているようなもので、サオリはどうすれば、と瞑目する。

 

 そのときだった。目を閉じたサオリの耳に、微かに銃声が届いたのは。

 

「ッ!走れっ!」

 

 アリウススクワッド全員が駆け出す。直後、彼女たちが立っていた場所に数発の銃弾が降り注いだ。

 

「敵襲…!?」

 

 サオリは走りながらちらりと後方を伺うが襲撃者の姿は見えない。

 

「リーダー、どうする」

 

「弾はあまり多くない。反撃は極力避けろ」

 

 エデン条約襲撃からずっとアリウススクワッドは弾薬の補給をまともに出来ていない。サオリたちは走って逃げるしかなかった。

 

 一方で、スラムを逃げ惑うサオリたちをスコープで覗いていたのはアリウス分校の生徒たちではなかった。黒いセーラー服に身を包み、プレートキャリアなどの装備を身につけた明らかに特殊部隊にしか見えない襲撃者たちは容赦無くサオリたちへ牙を剥く。

 

「FANG1より、各位。予定通りのルートへ誘導しろ」

 

『FANG2、了解』

 

『FANG3、わかった』

 

 薄いブロンドの髪を肩までの長さで切り揃え、狼の耳を生やした“FANG1”と名乗った生徒は部下たちへ指示を下す。その手にあるボルトアクション式の狙撃銃を構え直す。後付けされたスコープの先で、サオリたちはFANG1の死角に隠れた。

 

「FANG4、路地に入られた」

 

『ドローンによる追跡は続行中。FANG3、8秒後に射程内』

 

 まるで猟犬たちが獲物を囲い込むように、彼女らの動きに迷いは見られない。FANG1は再びサオリたちを捉えるために場所を移動しようとその場を立った。

 

『FANG1!捕捉されています!』

 

 FANG4、小隊の索敵担当である彼女からの警告が届き、FANG1は大きくその場で飛び退く。直後、伏せていた屋上の壁付近に着弾し、大きく崩れる。対物ライフルによるカウンタースナイプだった。

 

「20mmライフル…報告にあった槌永ヒヨリ」

 

『FANG4!出てこない!』

 

『あっ…!今出てくる!』

 

『報告がおそっ』

 

 轟音がヘッドセットから聞こえ、FANG1は遠くの崩れかけのアパートのような4、5階建ての建物が崩れたのが見えた。

 

『FANG2より、FANG3がやられた。戒野ミサキだ』

 

 ドローンからの映像を離れたある場所に止めた指揮車両の中で見ていたFANG4は待ち構えていた建物を路地の影からロケットランチャーで破壊されたのが見えていた。

 

「建物の隙間からこうも……兎小隊のあの子ではあるまいし。FANG3、生きてるか」

 

『……生きてるよ!FANG4、大島ァ!どうなってんの!』

 

『アリウス分校の生徒はそこまでの練度じゃないって…』

 

 先ほどまでのプロフェッショナルといった様相はメッキのように剥がれ、瓦礫の中で身動きが取れなくなった金髪にツインテール、大柄なFANG3はFANG4に通信で怒鳴りこんだ。FANG1は自分たちの相変わらずの練度の低さにため息をつく。

 

「はぁ……FANG2」

 

『目標は路地を出て南進。こちらへ向かっている』

 

「南西方向へ誘導。我々DINGO小隊はそこまでだ」

 

『FANG2了解』

 

 路地から出てスラムの大通りを進むサオリたちをスラムの中で最も高い建物の影からFANG2と呼ばれたプラチナブロンドの小柄な少女が迫撃砲に装填する。当てる必要はないため、彼女はある程度のあたりで砲を放った。

 

 その砲音は当然、サオリたちに耳に届く。

 

「リーダー!」

 

「迫撃砲だと…!?退避!」

 

 たまらずサオリはアツコの手を取りその場から飛び退くように逃げ出す。ヒヨリやミサキも続き、寸でのところで迫撃砲の砲弾は着弾した。大きな爆炎が上がり、スラムの周囲の建物は致命的なダメージを受け、崩れていく。

 

「一体なんなの…!」

 

「アリウスのやり方ではないのはわかる…!どこの部隊だ」

 

「まさか、シャーレなんじゃ…!」

 

 ヒヨリの想像に、サオリとミサキはまさか、と考えるが、すぐにそれはアツコが声にして否定した。

 

「あの人たちは、あんなことしてこない」

 

 断定。敵であり、殺すつもりだった相手を信じ切ったその言葉に、サオリにミサキ、ヒヨリは驚くも、彼女がそう言うのであればと納得するしかなかった。そして、サオリは今の言葉で多少冷静になり、そもそもとして、先生と草鞋野エリカが万全ならば小細工などせずに真正面から来るとわかっていた。

 

「どうするの。サオリ」

 

「……このままここを出る。最悪、出たところで戦闘になるが」

 

「く、車を!車を使いましょう!」

 

「ヒヨリ、頼めるか?」

 

「任せてください!サオリ姉さん!」

 

 サオリたちが再びスラムの外へと向かって逃げ出す。道中、使えそうな車を探しながら。その様子を襲撃者たち——元SRT特殊学園、RABBIT小隊と同期のDINGO小隊は見ながら、これ以上の追撃はしなかった。

 

『アリウススクワッド、目標の座標へ向かって逃げます』

 

「FANG1、了解」

 

『ほんとに追撃しなくていいの?』

 

「FANG3、我々の目的はあくまでテストだ……そうですね?防衛次長」

 

『はい』

 

 FANG1の呼びかけに、これまで通信に入ってこなかった声が応えた。事務的、いっそ機械的にさえ聞こえる平坦な声。連邦生徒会の防衛室次長だった。

 

『あとは待ち構えているアリウス分校がどうにかします。そういう契約だとカイザーからは聞いています』

 

「了解しました」

 

『“塾”の成果は出ているようで安心しました』

 

「……いえ、まだ足りないでしょう」

 

『そうですか。ではカイザーにはプログラムを練り直すよう、伝えておきます』

 

「よろしくお願いします」

 

『それにしても、よかったのですか?晄輪大祭に参加しなくて』

 

 防衛次長の声音には感情が一切乗っていなかった。まるでそう聞くのが正しいから聞いたようなロボットのような話し方に、FANG1を名乗る少女は同じく固く返す。

 

「我々を愚弄するような偽りのSRTなど見ても反吐が出るところです。気遣いは無用です。次長」

 

『そうですか』

 

 彼女は前髪を掻き上げながら、憎たらしいぐらいに透き通った青空を見上げる。

 

「………月雪さん。諦めた私たちが馬鹿みたいではありませんか?」

 

 その問いは答えを期待せずに放たれた呪詛だった。

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟。そうとしか言えない場所で男は佇んでいた。

 

「ククッ……彼女にここまでのシナリオが組めたとは……過小評価が過ぎましたかね」

 

 黒服と呼ばれる男はまるで他人事のように自らの組織するメンバーが起こした事態に、素直な感想を述べた。まるで全てが“結末”へと向かうように整えられた状況に、唯一“ゲマトリア”の中で大きく世界へ干渉している“彼女”が仕立てたシナリオは変えられない運命を表しているようにも見えた。

 

「しかし、それは諸刃とも言えますか。ゴルコンダの言葉を借りるのであればこの学園都市というテクストの中に自らを当てはめるようなこと——」

 

「正義と悪。古典的なテクストであり、決して無くならない軌道。望み通りの結末に彼女は至る」

 

「そういうこったぁ!」

 

「黒服、わかっていたのですか」

 

 黒服の背後に音もなく現れたのは紳士だった。その首は、左手に持たれた絵画の中で現実と交わらないかのように背を向けていた。

 

「ゴルコンダですか。えぇ、もちろん。そもそもとして、今の先生には厄介な神秘が憑いています。本来であれば邪を祓うだけであったものに混じった暴虐の戦女神——その神秘。三大天使の祝福まで受けてしまっているアレと敵対すればどうなるかは目に見えています」

 

「悪は滅ぶ。滅ぶべくして。彼女が重ねた業はその身を燃やすには十分すぎるでしょう。邪悪な彼女は祓われるべきものとして、既に堕ちている。天罰、まさにそれが降る。黒服。貴方の反転せずに、というアプローチは成功したということか」

 

「いえ、先生…彼女にも伝えた通り私はただ観察しているだけです。棚ぼたですよ。そういった点では彼女には感謝したいところです。それまで、ですが」

 

 黒服は廃墟の暗がりから覗く、雲ひとつない空を見上げる。

 

「今一度問いましょう先生——アナタは神を見たことは、ありますか?」




本話で登場したDINGO小隊は本作の2章4話に小隊名(オペ子の名前)だけ登場させていた子たちです。
主にKar98Kをモデルにしたものを装備した小隊ですが練度はRABBIT小隊ほどではないです。

体操服アキラって破壊力高そうですよね。通常衣装がピッチリライン出てるので、何故か全員ブルマなブルアカ晄輪大祭に出さないわけにはいかないと思った。

次回はまた未定です。お待たせして申し訳ないですが、よろしくお願いします。
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