そんなわけで投下します。今話もよろしくお願いします。
エリちゃんとの電話が切れ、私は少しエリちゃんが心配になる。ワカモと同じ七囚人だという子と一緒にいることはそんなに心配じゃない。エリちゃんのデータを最近見返していた時に“慈愛の怪盗”を一度捕らえていることは知っていた。
じゃあ何が心配か。エリちゃんの声に僅かな怒りが籠っているような気がした。気負いすぎていないかって。
「せんせー、エリカちゃんはなんて?」
私が一度運営委員会の事務室から出て、廊下で話をしていたので戻らないでいるとミカが気になったのか声をかけてきた。なんでもない、大丈夫、と言えば彼女は少し首を傾げてそれ以上は何も言わなかった。聡い子だ。何かあったことは気がついているだろうに。
「まぁ、エリカちゃんは絶対犯人捕まえるんでしょ?ナギちゃんが自慢してたし、知ってるよ」
「そうだね。だから優勝カップは絶対に戻ってくると思う」
「信じて待ってよ?」
「そうしたいのはやまやまだけど、私も何もせずにはいられないよ」
晄輪大祭を楽しんでいいハズのエリちゃんが結局こうして、裏方で戦う羽目になってしまっている。ナギサを巻き込まなかったのはきっと、エリちゃんの中で迷惑をかけたくないからというのもあったはず。
彼女に背負わせ過ぎている。これで何が先生だ。
「とりあえず一回中に戻ろ?あのゲヘナの煩い書記がしつこくってさ〜」
「ミカ。そういう言い方はよくないよ。アコちゃんは確かに小言多いけど、いい子だよ」
ここで考えて過ぎてもしょうがないのでミカの言葉に従って戻ろうと思うけど、アコちゃんが案の定ミカに突っかかったらしい。しょうがないよなぁ、三大校全部、生徒会長不参加のところでシャーレで競技にも参加しないで私の補佐。アコちゃんなら突っかかる。
ハスミは事情知ってるだろうし、ユウカもどういうわけかミカの置かれている状況を知っていたので何も言っていないっぽいのが余計に拍車をかけてるかも。
ユウカが突っかからないのはミレニアムがエデン条約事件で色々と外からトリニティを見てたみたい。巨大校の生徒会なだけあって多少政治してるんだろうね。ユウカとは付き合い長いし、そういうこともできるってことを忘れがちだ。
「ほんとに?それ先生相手だからじゃない?」
「ほんとだって」
嫌々でもちゃんとお願いをアコちゃんは聞いてくれるしいい子だよ。エリちゃんには絶対アコちゃんとの宿直当番の時のこととか話せないけど。首輪を前に見つけられた時は焦ったな。今はミカもいるしちゃんと隠しとかないと。
ミカに引っ張られながら事務室に戻ると、事務室の中の空気は出る前よりも悪化していた。
「だいたい、大層な設備を揃える割にはあんな雑に置いとくだけなんて!」
「優勝カップを盗むやつなんていると思わないでしょ!?」
ユウカとアコちゃんの相性が最悪なのはなんとなく読めてたけどマジで最悪の最悪だ!エリちゃんがいれば真っ先に仲裁に入るだろうなぁ。
「ですが、早瀬さんの言う通りです。この晄輪大祭でこんなことをしでかすなんて普通はありえません」
ハスミがめっちゃ冷静だった。ハスミは頭に血が昇りやすいのよねぇ。見た目に反してかなりの直情型なんだけど、アレかな?ユウカがキレてるから逆に冷静なんかな?こういうときのハスミは頼りになる。
「ハスミ、やっぱり優勝カップを生徒が盗むと思う?」
「先生。……少々、違和感はあります」
「けど先生!慈愛の怪盗が盗んだのは間違いありません!この手紙が残っていて!」
「そうです!なんであれ証拠が!」
「落ち着いて、ユウカ。アコちゃんも、ね?」
私もハスミの違和感には同意する。なので、二人には落ち着いてもらいたい。何より、その慈愛の怪盗と呼ばれている生徒とエリちゃんは今一緒にいる。彼女が信じる子だ。きっと、根っこは信頼できる相手なんだろうね。
七囚人、なんて呼ばれててもワカモだって接していればただの生徒の一人だって私は思ってる。
そんな生徒が、ある意味聖域とも思われている晄輪大祭で騒ぎを起こすだろうか?
「過去、晄輪大祭自体を台無しにしようとした生徒はいたかな?」
私の問いかけにその場の全員が黙る。けれど、ただ一人「いませんでした」とハッキリ言った子がいる。さっきまでは場の空気にオロオロとしていたマリーがまっすぐこちらを見ていた。
「この晄輪大祭に参加する生徒は、例えどんな生徒であろうと晄輪大祭自体を妨げるような真似はしません。頑張り過ぎて暴走してしまうことはあるかもしれませんが……皆、一様に楽しかった、と思えるように悔いなく挑んでいるはずです」
そんな綺麗事を、とアコちゃんが言いたげだ。実際そうだ。エリちゃん、というかSRTの子たちから軽犯罪の報告は上がっているし、マリーたち大会運営側にも話はきてる。けど、このキヴォトスの中では正直「その程度」の話なんだと思う。
普段であればこんな大会なんてすぐに体を成さなくなるのに、そうならずにこれまで続いたのは少なくない数の生徒がマリーの言う通りなんだと思う。
じゃあ、こんな真似をするのは何者か。
「だから、優勝カップを盗んだところでどうしようもない。慈愛の怪盗が狙う品の特徴、わかる子いる?」
「当然知っていますよ。ヴァルキューレから各自治区の治安維持を担う委員会に情報は伝わっています。慈愛の怪盗が狙うのは主に盗品ばかり」
「そうだね、アコちゃん。ならあの優勝カップは盗品なのかな?」
「違いますね」
「じゃあ、なんで慈愛の怪盗がアレを盗むのか。私も彼女の話は聞いたことがあるよ。なんでも、盗品を狙うのはその価値を理解しない一個人のもとにあるのが許せないからだって」
優勝カップは盗品でもないし、誰のものでもない。そして、価値は誰もが知っている。勝者だけが手にすることができる強者の証。勝者の下を優勝カップは渡り歩く。独占されず、その価値は伝わり続ける。
慈愛の怪盗が盗むものじゃない。
「………確かに、考えてみれば違和感が凄いですね」
ユウカが冷静になってくれたのか、本当に慈愛の怪盗の犯行なのか疑い始めたようだ。
「ふーん。じゃあ先生はさ、誰がそれを盗んだと思うの?」
ミカが聞いてくる。きっと、その答えをミカはもう勘付いてる気がする。私に言わせようとしているのかもしれない。それは正解。本来であれば、エリちゃんを先行させるべき事件じゃないのだ、これは。
「大人だよ。やり方がね、汚いんだ」
「どうして?私だって気がつけないぐらい綺麗に盗られちゃったんだよ?」
「ミカ、手際じゃないよ。やり口さ。慈愛の怪盗を騙って、罪をなすりつける。そんなことをして徳をするのは誰だい?これまで慈愛の怪盗がターゲットにしていたのはどんな人たちかな?」
加えて、みんなには言わないけどこうも思う。本人を現場に呼びこみ、子供だからと駒のように見て利用する。
私の言葉にアコちゃんが「なるほど」と呟く。
「これまであの怪盗が奪った盗品を持っていた裏社会の大人たちが仕組んだと。そう言いたいのですね?先生は」
「わからないよ?全部推測だからね。けれど、可能性は高いんじゃないかな」
「じゃあ先生、仮に天雨さんと先生の推測通りの状況だとすると、これ、私たちはただのとばっちりじゃないですか?」
ユウカが心底迷惑って顔をしてる。ほんとうにね。
「あはっ、ほんとにとばっちりだねぇ」
けらけらとミカがおかしそうに笑っていた。流石に笑うのはダメだろう、とちょっと注意しようかな、と思ったけど、目を見て私は注意するのを止める。初めてミカと出会ったと時と同じ、生徒会長という責務を負う生徒らしい深い目をしていた。
ユウカも一瞬カッとなりかけていたのに、ぞわっとするようなミカの雰囲気に、固まっていた。
「でもさ、こんな面子を潰してくるようなことされたら、ちゃんと、お返しするのが礼儀だよね。違う?」
言葉遣いはものすごく軽いのに、凄みを感じさせる。三大校のメンツを潰すような真似をされれば、当然黙ってはいられない。子供達だからこそ、余計にそうだろう。
「先生がいなかったら私たち、誰にそれを向けてたんだろうね?」
ミカはトリニティ校内で行き過ぎなまでに責め立てられている。私財を燃やされ、陰で魔女と罵られ、しまいには居場所さえ奪おうとされ、幼馴染との関係も切り離されようとしている。1つの学校でさえこれなんだ。それを3つの学校、いや、それどころかキヴォトスの数多の学校から慈愛の怪盗という生徒一個人に向けられたらどうなるのか。
想像を絶するものになる。私でさえも、守ることは正直、できるのか。
「ミカ様………」
「やだなぁ、そういう目はやめてよ。えっと…マリーちゃんだっけ?」
かなり空気が重くなってるけど、ミカは調子を変えずに話を続けた。
「ま、エリカちゃんがその犯人追ってるみたいだし、捕まるでしょ。ね?せんせっ」
「うん、そうだね。けれど、任せっぱなしってわけにはいかないから。ユウカ、ここの換気系統の図面をデータで欲しいんだ。エリちゃんが犯人を追うのに使うからさ」
重くしちゃったらから後は任せたと言わんばかりに振られたので私はユウカにエリちゃんから頼まれていたことを伝える。ユウカは「それならすぐにコユキから送らせます」と答えてくれた。
「草鞋野エリカ……」
「あ、そういえばアコちゃんはエリちゃんと話したことないっけ」
「えぇまぁ」
エリちゃん、思えばゲヘナ生との接点があんまりないんだよね。温泉開発部とはかなりやり合ってたり、ハルナたちとは色々とあるみたいだけど、それ以外はまるっきり話を聞かない。
「ただ、委員長から委員長が情報部時代に数度、外で暴れるゲヘナ生が激減した時期があったと……その状況を作り出したのが草鞋野エリカとは聞いています」
「わーお。流石エリカちゃん」
エリカのことをヒナはあんまり話さなかったけど、やっぱり色々知ってるのかな。ミカの感心半分驚き半分な雰囲気はわかる。自治区外で暴れる元気爆発なゲヘナ生が全くいないとか想像できない。何をしてたんだエリちゃんは。
「エリカさんほどの方ならば驚きはないですが、安心できますね。彼女が追っているとなれば」
ハスミはエデン条約の時に、ナギサの護衛ってことでエリちゃんのこと知ってるだろうし、実際体を張ってナギサを助けたわけだから信頼が厚そう。
実行委員会のみんなはひとまず落ち着きを取り戻してくれそうなので、私は私でやれることをやろう。大人相手なら大人の対応をしないとね。ただ、マリーだけはやっぱり色々と考えすぎちゃってるのか表情が重いままだ。
「先生、コユキからデータを送らせました。確認を」
「うん、ありがと。ユウカ、コユキによろしく言っておいてね?」
「はい!」
よし、じゃあそろそろ行こう。
「ミカ、行くよ」
「どこに?」
「君の同僚を助けにだよ」
「はーい!」
「よいしょ」
タンっ、と斜め上の点検口から私は晄輪大祭も真っ盛りなアスレチックスタジアムの地下へと降り立った。私の後に、ほとんど音も立てず体操服姿の清澄さんが降りてくる。流石に手慣れてるね。
「階層としては地下2階、といったところですか」
「そうだね。この上は普通に使ってるけど、ここは開催中使わないところだね。逃げ込むにはぴったりかも」
優勝カップを盗んだ人物が逃げ込んだと思われるのが、今私たちの目の前に広がっているアスレチックスタジアムの名に恥じない入り組んだ地下2階だった。晄輪大祭用の機材などが普段使われない時はここに仕舞われるので、使われている今日は終わるまでまず誰も入りこまない。
私たちが侵入に使った点検口は運営委員の事務室から繋がっている換気の経路の近くにあったもの。コンクリート打ちの壁は非常用の電灯が足元を照らしているだけで、かなり暗い。
「特に気配ないですか。相手も素人ではないと」
「だろうね。清澄さん、武器は?」
「こちらに」
どこから出したのか、清澄さんは私がよく見慣れた“第17号拳銃”を取り出した。カンナちゃんが使ってるやつと同じだね。見た目もかなり似せてるけど、アクセサリが何もない。
「……まぁ、さっき変装してたからだね」
「そうです。あぁ、もちろんこれは自腹で購入したものですよ」
「じゃなきゃ今すぐ捕まえてるよ」
カンナちゃんのだったら、なんて思うけど、カンナちゃんがそんな簡単に遅れをとることはないからね。わかってた。
「さて………」
耳を澄ます。清澄さんも私と同じく耳を立てる。こういうとき、私たちの耳は便利だ。FOX小隊もだけど、索敵能力は色んな意味で私たちの仕事の成否を分ける。真上で競技が行われていても、ワンフロアを挟んで更に深い地下。
少し不気味に思えるぐらいこの地下は静かだ。
「——……聞こえた」
「はい」
だから、聞こえる。本当に、本当に小さな足音。獣人かな、犯人は。つまり、生徒じゃない。警戒しないと。
相手も耳がいい可能性があるので、私は清澄さんに目線で追跡を開始することを伝え、駆け出す。可能な限り足音は控えめに。これは流石に清澄さんが上手い。隣にいるのに足音がほぼない。
非常出口や通路に振られている番号が書かれた看板だけが頼りで、通路の先は不確かすぎる。ちょっと前にミカさんと潜った巨大なジオフロント区画と違って2mを切るような通路。相手が小柄な人だとかなり不利だ。
進んで、突き当たり。左右に分かれる道だ。アスレチックスタジアムの構造図は黒崎さんから先生を通してもらっている。携帯の中に入れたデータを確認し、どっちが外に繋がっているのか確認する。
左。足音も左からだ。相手もここの構造を知っているらしい。そうでないと盗みには入らないか。
私が先に進み、清澄さんが後に続く。突き当たりを左に進んだ先はもっと暗い。暗視ゴーグルを持っていくべきだったかな。私の足が僅かに鈍ると、清澄さんが前に出る。彼女の瞳は仄かに光っていた。夜目が彼女はよく利くらしい。
元から彼女の活動時間は夜間がほとんどだ。慣れてるんだろうか。
清澄さんを今度は前に相手を追う。目の前の清澄さんを見れば見るほど、しなやかというか、体操着で浮き出た体のラインは芸術品のように綺麗だった。実際、捕まえた時に取り調べを記録した後輩の中には彼女の容姿に見惚れていた子もいた。
ハルナとはまた違う…けれど、どこか好きなものに対する想いの強さ。私がどこか彼女に、カンナちゃんたちのように厳しくできないのは姿を重ねてしまうからなのか。
しばらくまた進むと、今度は三方向に分かれる十字路だ。
「………っ!?……音が分かれた……!」
「………はい。左右に」
私の聞き間違いかと思ったけど、清澄さんも同じらしい。どういうわけか足音が左右に分かれた。ただこれはおかしい。左右の道は最終的に外へ出る出口がない。あるのはスタジアムの倉庫や電源、空調などを制御する様々な設備だ。
なんのつもりなのか。まさか、設備を壊して晄輪大祭を台無しにしようってわけじゃないだろうか。
どうする。二手に別れたならこっちもワケなくちゃならない。
「……草鞋野さん。ここは二手に」
「待って。考えるから」
「………信用頂けないのですか?」
「そうじゃない。相手が生徒じゃないから、危ないからだよ」
「……っ……あなたは」
どうする、私。二手に別れたってことはどっちかが囮になっている可能性が高い。となれば、どちらかが晄輪大祭を台無しにして時間稼ぎをしてくる可能性がある。今の楽しい時間を壊すか、最後に優勝カップがなくて、全て台無しになるか。
どっちがマシか、なんて話じゃない。
目に入る胸元に付けたSRTのワッペン。首の皮一枚で繋がったこの学校の生徒たちは今日しかないんだ。この先、この学校が残る未来は見えない。FOX小隊も、RABBIT小隊もみんな——こんな頼りない私に何かを期待して仮初でも生徒会長に据えた。
あぁ、怖い。こんなにも、恐ろしいのか。生徒会長という立場は。私はこれまで、本当の意味でトップに立ったことがない。ヴァルキューレの時だって、生活安全局長だっていた。同期だけどカンナちゃんは上司だ。シャーレに行けば先生がいて、私の手を引いてくれた。
これまでの支援要請だって誰かに助けてもらってばかり。誰かが私を後ろから支えてくれた。
ナギサちゃん、ホシノちゃん、それにミカさん。みんな、すごいよ。こんなに怖いのに、足が竦みそうなぐらい期待を背負うのが苦しいのに、どうしてあなたたちは立ち向かえるのか。
「……私は」
「先輩っ!」
「えっ!?」
背後から4人分ぐらいの足音が聞こえる。思わず振り向けば、見えたのは体操着姿だけどいつもの装備を身につけたニコちゃん、その横で私の銃を構えているナギサちゃん、シャーレの制服姿のミカさん、そして、シッテムの箱を手にした先生。
「ど、どうして!?先生、SRTのみんなには」
私が思わず問い掛ければ先生は苦笑いする。
「ごめん。ニコにはバレちゃった」
「バレちゃったって」
「先輩?私が尋問得意なの、忘れていませんよね」
そういえばそうだった。ニコちゃんに隠し事するなんて無理だった。ナギサちゃんは一緒にいたからついてきちゃったんだね。
「それより……草鞋野会長、目標は」
驚いてる場合じゃない。すぐに追わないとっ!本当に先生たちはタイミングがいい。これなら左右に分けられる。
「FOX2!貴様たちは左だ!桐藤と聖園は先生を護衛しろ!」
「FOX2、了解」
「わかりました!」
「オッケ〜!」
「先生!左の隊の指揮をお願いします!」
「任せて。エリちゃんたちは右に行くんだね?」
頷く。隊を組み直す時間がないからこのままで行く。それに、清澄さんは出来るだけ他の生徒との接触は避けた方がいいだろう。
話してる時間も惜しいので、ニコちゃんに後はよろしくと目線を飛ばして私と清澄さんは隠密行動を止めて全力で右の方へと進んだ。相手も騒がしくなったことに気がついたのか足音が大きくなる。
逃がすものかっ!
「居たっ…!」
次の曲がり角の誘導灯に映った影。追いつく!
角を曲がり、私は銃を構え、叫ぶ。
「止まれ!」
銃口の先に、相手はいた。読み通り、小柄な獣人。右手には大きなアタッシュケース。ちょうど優勝カップが入りそうなサイズだ。ただ、着ている服が…な、なにこれ。
「クククッ……余程鼻が利くやつがいたか…!まさか、この俺たち、ダブルニャックルに追いついてくるとは!」
振り向いた相手の格好は左側は赤で右側は黒の全身タイツだった。猫の獣人。いや、というかダブルニャックル——指名手配の何でもやる傭兵コンビだ!私もまさかこんなところで出くわすとは思わず、若干固まると何故か相手もビクッとして目を見開いていた。
「あ、安全局の狛犬!?ば、ばかにゃ、死んだはずじゃ!」
いやいや、死んでないから。
「残念だったな、警察官じゃなくなっただけだ。ダブルニャックル……左が赤だから弟分の方か。なるほど、お前たちなら音もなくやってのけるか」
「クソっ……しかし、兄者を追わねば晄輪大祭は破壊し尽くされるだけだぁ!」
「残念だがそちらには私よりもっと強い者たちがいった。破壊されるのはお前の片割れだけだな」
ミカさんが逆に相手をボコボコにしないか心配だ。このダブル二ャックル、私と鉢合わせないように仕事をしていたらしく戦ったことないけど、警備局や公安局がかなり手を焼いていて一度も捕まえられてない。依頼の成功率も高く、前にハルナと忍び込んだあのオークションに出品された盗品の中には彼らが関与したものもあったと、後から聞いた。
「にゃんだと!?だ、だが、もらった依頼はこれまで一度も失敗はない…!」
「今日で失敗だな」
だけどもう今日でこの人たちの悪事は終わりだ。
よーいどん、なんてしない。私は前動作無しに床を蹴った。いつもの、ジグザグに高速移動。けれど今日はこの前のミカさんみたいに、壁を天井を走って、相手を飛び越える。
床に着地して即座に構える。
「コイツが噂の……!」
が、相手も早かった。私が撃とうとした瞬間、ケースを持っていない右手に光るものが見えた。
「けどにゃあ、大人を舐めるな!」
ビュッ!と風切り音。ナイフが投げられた。咄嗟に避けてしまえば、猫特有の素早さで私の横を飛んで逃げた。
「逃がすかッ!」
追撃。銃を構えるが、そうすると今度は視界が真っ白になった。
「ウッ!?」
フラッシュバン!?いや、違う、ただ頭に付けたライトを点けただけだ!め、目潰しだなんてっ、これぐらいで!
「音が聞こえればッ」
目が一時的に使えないなら足音でだいたいの位置を。トリガー。ハズレだ。床に当たった。装填は見えなくてもできる。ナギサちゃんを守るために、この子のことは体に刷り込んだ。二発目、ハズレ。足音が遠ざかる。
「じゃあな!なぁにが確保率100%よ!所詮はガキだなぁ!」
挑発は無視する。三発目。音響からしてこれが最後。外したら終わり。
「警告する。ただちに武装解除し、止まれ」
「誰が止まるかよ!」
「さもなくば——」
修正、修正。わかる。視える。驕り高ぶり、わざわざ声を出すから。
「——さもなくば、身の安全は保証しかねる!」
トリガー。発砲音。
「にゃぎゃあああっ!?」
倒れ込む音。当たった。目を開ける。ライトは倒れた時に壊れたのか消えている。薄暗い足元の誘導灯に犯人の影が見えた。手錠を取り出し、確保するために駆け出す。
「確保ーっ!」
「まだだぁ!」
まだナイフを!?まず、これは、避けられないっ…!?
刺されるのを覚悟し、私はそのまま相手を押さえつけようとした。けど、今度は私の視界が白いマントで塞がれた。
「なっ!?なんだぁっ!?」
相手の驚く声。私を庇うように犯人との間に現れたのは、清澄さん、いや、彼女は。
「価値も理解できぬ者が私の宝を傷つけようなど……」
「ナイフを、指で挟んで、と、止めるだと!?」
「……俗物、ここに極まれり、といったところでしょうか?」
「うぎょっ!?がっ………」
マントの向こうで、犯人が蹴飛ばされて天井に当たって跳ねてまた床に叩きつけられた。そのまま動かなくなる。
「清澄さんっ!やりすぎだよ!」
「加減はしましたよ。狛犬さん」
彼女が振り向く。マスクはしていないけれども、彼女の姿は本来の“慈愛の怪盗”としての姿になっていた。銃もいつの間にかステッキのような長銃身のものに変わっていて、右手にはナイフではなく犯人から取り上げたアタッシュケースがあった。
「こちらを」
アタッシュケースを差し出されて、私は受け取る。中をすぐに開ければ、晄輪大祭の優勝カップが傷一つ無く入っていた。
「ふぅ…これで一先ず一件落着、かな」
先生たちの方は問題ないだろうし、あとはこれを戻すだけだ。
でもその前に。
「その格好でいるってことは、何を盗った?清澄アキラ」
「……名で呼ぶのですね。あなたは」
「当たり前だ。君は君だ」
何がおかしいのか、彼女はクスクスと笑い、ゆっくりと私から距離を取る。
「名とは、その存在を示すもの。あなたにとって、私はなんなのですか?」
よくわからないことを聞いてくるなぁ。
「清澄アキラ。それ以上でもそれ以下でもない」
よくわからないので、とりあえずそう言っておけば、彼女は微笑んで、何か納得いったような表情になった。
「やはり……あなたが欲しい。彼女たちのように、あなたの優しさしか知らない者たちにはわからない。あなたの価値を」
「人をモノ扱いするのはやめろ」
「ふふっ……ふふふふっ、ですが、今日ではありません。また会いましょう。草鞋野エリカ」
「待て。その格好をしたということは何かを盗ったのだろう!」
彼女は怪盗だ。私はその性もある意味で信じている。ただ救ってほしい、というだけではやはりなかったのだろう。
清澄さんが手品のように右指で摘んで見せたのは綺麗な大粒の真珠があしらわれた二つの指輪だった。
「双子真珠。同時に取られ、同時にペアリングとされたものです。逸話は多くありますが、有名なのはある双子の姉妹がその生から死まで共に付けていたというもの。双子が身につければ外さぬ限り、生が続く限りは幸運が約束されるオーパーツです」
「……なるほど?それが狙いだったのか」
「はい。兄の方は既に取っていましたので、あとは弟だけでした」
「もし優勝カップを持っていたのが兄の方だったらどうしたんだ」
「そこは賭けでしたが、私は賭けに勝ちました。ありがとうございます」
優勝カップを床に置き、私は床を蹴った。
「相変わらず…稲妻のようっ!」
「その盗品も置いていけッ」
ライフルを振れば、清澄さんもステッキ型の銃で応戦してきた。流石に反応が速い。矯正局から脱走するだけのことはある。
「それは無理です。この指輪も、価値をわかるもの…それこそ、真実の愛を持った双子の姉妹がいれば置いていきましょう」
「またそんなことを!」
力負けして、押し返される。たたらを踏んだところに銃口が突きつけられた。咄嗟に首を捻ってもこれは回避できない。トリガーガードに指を咄嗟に内側からかけて、ライフルを回し、私は清澄さんの銃の銃身に向けて発砲した。
私の頭すれすれを清澄さんが撃った弾が通り過ぎていく。
「フッ…!」
「くぅ!?」
足払い。簡単に私は転ばされる。その隙に清澄さんは元来た道を引き返す。に、逃がすか…って、手榴弾……!?
「また会いましょう。狛犬さん。いいえ……草鞋野エリカさん」
目を閉じる。起きたのは爆発では無く、爆発的な閃光と耳鳴り。今度こそ本当にフラッシュバンだった。
光が収まって、音も元に戻った頃には清澄さんの気配は消えていた。
「………はぁ。逃げられた」
こうなってはどうしようもない。それに、今優先すべきは優勝カップと盗んだ犯人の確保だ。私は気絶しているダブルニャックルの弟へ近づき、今度こそ手錠をかけた。
あのあと、先生たちも無事ダブルニャックル兄を捕らえたので、地下の正規の出口で落ち合った。案の定、兄の方はミカさんが軽く叩いたらそれで気絶したらしい。どっちも気を失っているのが幸いして、騒ぎになることなくヴァルキューレに引き渡すことができた。
「じゃあ、私はユウカのところにコレを持っていくから」
「あ、先生!私も一緒に行くね!」
「ミカも?いいよ。三人とも、また後でね」
「ばいばーい」
先生とミカさんは優勝カップを戻しに行ってしまい、私たちはその場に残されてしまった。ニコちゃんとナギサちゃんも二人が行くのを見送って、特に何も話し出さない。
「………なんで二人とも静かにしてるの?」
先生たちが見えなくなってから私は聞いてしまった。ちょうど、晄輪大祭の出店などがない裏手のような場所のため、人もほぼいない。会場から音は届くけど、ここは静かだった。
「エリカさんが落ち込んでいるように見えまして」
ナギサちゃんの指摘は見事に的を得ていた。うん、落ち込んでる。清澄さんを逃してしまったこと、それ以前に、突っ走って先生たちがいなければ危うく晄輪大祭を台無しにしてしまっていたこと。
冷静じゃなくなっていたというのは言い訳にならない。大人が相手なら、ちゃんと準備をしなくてはいけなかった。
「ごめん。ニコちゃん、ナギサちゃん。二人とも晄輪大祭を楽しんでるところに」
二人に振り向いて頭を下げる。そうすると、ニコちゃんが慌てて声を出した。
「先輩!?やめてください!私はそんなつもりじゃ!」
「けど」
「………エリカさん」
私が言葉を続ける前にナギサちゃんが私の名前を呼んだ。その声音は、私の友達じゃなくて、トリニティ総合学園の生徒会長、桐藤ナギサとしてのものだった。顔を上げれば、そこにある表情も凪いだもの。
「彼女は生徒会長であるあなたを助けたくて先生に掛け合い、そして、あなたの意を汲んで私だけを連れ出しだのです。……あなたが彼女にかけるべき言葉は賞賛であり、謝罪ではありません」
「……………私は」
「虚勢でもなんでも構いません。あなたは今、SRT特殊学園の生徒会長なのでしょう。であれば、胸を張りなさい。あなたのことをこれほどまでに慮り、優秀な学園の生徒を」
激励だった。私は、ナギサちゃんを見る。やっぱり、この子はすごいや。エデン条約事件の時もそうだ。ミレニアムの駅で、死にそうなのに暴走した私に、ただ心配するのではなく、ちゃんと護れと叱ってくれた時のように。
あなたと、私は友達でありたい。あなたみたいな素晴らしい人の隣で、歩めるように。
「ありがとうございます。ナギサ様」
「ふふ、よろしい。……ですが、今のあなたは私の護衛ではないのですよ。エリカさん」
「そうだね」
優しい声にナギサちゃんが戻った。私はニコちゃんに向き直り、彼女の頭を撫でた。
「よくやった、FOX2。ニコ」
「あっ…ぅ……」
嫌だったかな?ニコちゃんは私に名前を呼ばれた瞬間、顔を真っ赤にして耳をぺたんとした。恥ずかしくて嫌だったのかもしれない。私は手を離した。
「あっ…」
「ごめん、ニコちゃん。嫌だったよね?いきなり他人に触れるのは流石に」
「い、いえ、そのようなっ!むしろ、うれし——こ、光栄です!」
「そ、そっか」
逆に勢いすごくてなんか押されてしまった。そのまま彼女は敬礼して「し、失礼します!」と脱兎のごとく逃げてしまった。狐なのに。
「………エリカさん」
「なに、ナギサちゃん?」
「いいえ、何も。午後の巡回に戻りましょう」
「え、うん」
なんでナギサちゃんの声が不機嫌になってるの?意味がわからないけど、とりあえずナギサちゃんの言う通り、午後の部はまだ始まったばかり。私はつかつかと歩き出したナギサちゃんを追うように巡回に戻ることにした。
それにしても、清澄さんはどうしようかな。とりあえず、あとで先生に報告だけはしておかないと。
「そういえばエリカさん?」
「はい」
「あの隣にいた猫さんはどちらへ?」
その前にだ。ナギサちゃんにどうやって誤魔化そうかな。清澄さんのことを。
「マダム。チーム10から確保したと報告が」
「うるさいっ!」
「ひっ!?」
聖堂、というにはあまりにも朽ちたその祭壇で、怪人とでも言うべき貴婦人が、彼女が持ち望んでいたはずの報告を持ってきたアリウス生を怒鳴り、更に蹴飛ばした。
「ぎっ、がっ!?」
「なぜ…なぜっ…!あの犬から引き剥がした隙にという話だったはず!」
蹴飛ばされた生徒に変わり、また別の生徒が怪人の問いに答えた。
「も、申し訳ありません!それが、桐藤ナギサにはSRTの護衛が!」
「黙りなさい。そんなもの、あの傭兵たちと協力すれば」
「し、しかし、マダム!晄輪大祭の会場でそのようなことをしてしまえば、キヴォトス中の学園が我々に」
マダム、と呼ばれた怪人は異を唱えたアリウス生まで近寄り、首を掴み締め上げる。
「がっ、あっ、ぅ、うぎ」
「そんなことは関係ありません。あなたたちに何をこれまで教えてきたのですか……はぁ……もういい。下がりなさい」
アリウス生は聖堂の出口まで投げられ、ゴム鞠のように跳ね、そのあとピクリともしない。ヘイローが明滅し、死んでいないことだけは他の生徒はわかった。
「所詮は子供と小悪党。この程度……まぁ、構いません。既に私は結果なのですよ……黒服。そろそろ、覗き見ている狐にはしばらく寝てもらいましょう。連れてこないならば、こちらに来てもらうだけのこと」
運命は変わらない。盤面にいる彼女は自ら視界を共有していた狐の観客を握り潰した。
お読み頂きありがとうございました。
今回も次回は未定です。
ちなみに、なかなかハルナ以外を絡ませられないゲヘナ勢ですが、某温泉開発部の部長はヒナの次ぐらいには主人公が苦手です(パニックにはならないけど見たら即視界から消えようとします)。
追記:感想で回答しましたが、カスミとエリちゃんは一見相性良さげ(カスミに操られそう)ですが、本作3章6話で少し出した過去の事件で、当時平部員のカスミは応援としてやってきたエリちゃん相手に話術で先輩たちのための時間稼ぎを行いましたが「それはそれとしてお前らはやりすぎた」と話は理解された上で、エリちゃんに手痛い目に遭わされたので「話をしても潰しに来る」とトラウマになり避けています。ただし、今のエリちゃんはシャーレ所属でだいぶマイルドになったのでTrip-Trap-Trainの状況でエリちゃんをカスミが利用することは可能です。…利用した後はわかりませんが。