無事、晄輪大祭の閉会式が終わった。私たちSRTは総合10位と、人数が少ないながら頑張ったと思う。……ホシノちゃんたちアビドスがもっと上の順位なのは何かがおかしいけど、結果は結果。事実として残った。奥空さんですら実はものすごい強いことがわかってしまったので、あの子達はある意味この晄輪大祭で有名になってしまった。
頑張ったSRTのみんなへのお話も済ませたし、閉会式を迎えた時点で私のSRT生徒会長としての権限は無くなった。スマホに入っている電子データの生徒手帳を見れば、所属もSRT特殊学園から連邦捜査部シャーレに戻っている。物理的な生徒手帳は明日にでも七神代行に返しに行かないと。
今いるのはスタジアムの通路だ。閉会式が終わったあと、大半の生徒はここを通って一度観客席に戻る。晄輪大祭自体は終了し、このあとは後夜祭で完全にお祭りへと会場は様変わりしていくので、みんな観客席からそのあと帰るか、お祭りにそのまま参加するか決めるんだよね。
私も今年は参加してもいいかな?これまではずっと警備に駆り出されたりしてたし、たまにはね。SRTの子たちが晄輪大祭を無事楽しめたから、なんだか達成感がすごいあって、すっきりした気分だ。
確か、運営もここからはノウハウもある百鬼夜行のお祭り運営委員会へと移るはずだし、シャーレのお手伝いもそこまで。先生も今日ばかりは楽しむのかな。
「あの、先輩」
「ん?なぁに、ニコちゃん」
他の子たちは各々戻ってしまい、私はニコちゃんと二人で戻っていたんだけど、ニコちゃんが声をかけてきた。
「このあと、先輩はどうされますか?」
「うーん、そうだね。今年は後夜祭まで遊ぼうかな、って思ってるよ」
どうするか聞かれて、いっそのこと、と思ったので残ることにした。ニコちゃんは私の答えを聞いて嬉しそうな顔をする。私と遊びたいのかな?FOX小隊の子達と一緒に遊んだほうがいいと思うけど…。
「それなら、先輩……後夜祭のフォークダンス、一緒に踊りませんか?」
「あぁ、あのキャンプファイヤーの時にやってるやつね。いいけど、私踊れないよ」
「大丈夫です!リードはします!」
妙にニコちゃんの押しが強い気がするけど、まぁ、いいかな。それに、なんというか、ニコちゃんがこうやって私に何かをお願いしてくるって滅多にないんだよね。この子、我慢しちゃう子だから。断る理由もないね。
「じゃあ、よろしくね」
「はい!………あ、ただ、その、私以外にもあと二人ほど踊りたい人がいると思うので」
「………ん?」
どういうこと?
「えっと、黒館ハルナと、桐藤会長とも、私の後でいいので踊ってあげてください」
何故あの二人?というかニコちゃんがなんでその話を?まさかニコちゃんに言うように頼んで…はありえないか。ハルナはわざわざニコちゃんへそんなこと頼めないし、ナギサちゃんもニコちゃんを通して言うことはないと思う。
うーん……ないとは思うけど、この三人で何かあったのかな?ただ、ダンスするだけなら別になんの害もないし、ハルナと踊ってもあの子は育ちがいいからダンスなんてお手のもの、ナギサちゃんはトリニティで一緒にいた時に社交ダンスを授業でしているのを見ていて、綺麗で優雅だった。
「よくわからないけど、まぁ、いいよ」
「ありがとうございます!」
本当によくわからないけど。ニコちゃんが喜んでいるのでいいかな。ともかく、一旦観客席に戻って撤収しないとね。ただその前に、ちょっと気になったことがあるので私はある人に会いにいかないといけない。
「ニコちゃん、ちょっと私はこのあと用があるから」
「わかりました。では、またあとで」
「うん。後でね」
上機嫌で駆けていくニコちゃんを横目に、私はSRTの観客席近くに向かう通路から外れて、一度人気があまりないスタジアムの外れの方へと向かう。私は呼び出しを受けていた。
しばらく歩くと通路はスタジアムの裏手へと繋がり、外に出る。暗くなり始めていて帰る生徒たちが少しだけいるけど、やっぱりほとんど人がいない。そんな中を見渡せば、木を囲うように設置された、いくつかのベンチのうち一つに座っている子がいる。
近寄れば、彼女はこちらの気配に気がついたようだった。
「待たせちゃったかな?」
「全然。エリカちゃんに限って、女の子を待たせるようなことはないでしょ」
「そんな遊んでるみたいな」
「うそうそ、冗談だよ」
ジャージに長い髪をポニテにしたホシノちゃんが私を待っていた。彼女が私を呼んだ。モモトークでただここに来て欲しいと。
ホシノちゃんはベンチの空いている席をぽんぽんと叩いているので、私は横に座った。横に座って彼女を顔をみれば、冗談を言っていたついさっきまでの、ゆるい印象は消える。真面目な表情で、彼女は私に向かい合った。
「それで、話って何かな」
「エリカちゃんさ、覚えてる?夏にカイテンジャー……かどうかはわからないけど、やたら強いパワードスーツと戦ったの」
「覚えてるよ」
覚えてるどころか、あのリゾートでの最後の戦いとなったカイテンジャーにしてはやけに技術力が高く、あの場にいた何人もの生徒を前に渡り合ってみせた相手。ホシノちゃんやイズナちゃんといった並大抵じゃない生徒すら苦戦したから、ここ最近の戦った相手の中では一番手強かったかも。
「アレってさ、空からドローンで下を撮影して、それを元に予知じみた動きをしてたよね」
「たぶんね。先生の読みと、状況からして」
死角からの攻撃——それも、私もある程度は信頼しているハルナというスナイパーの一撃を避けてみせたあの動きはほとんど予知のようであったし、イズナちゃんが忍術を使い空中で背後を取っても逆に反撃されたりと、凄まじいものだった。
「今日の防衛演習に出てきたロボットさ、ちょっと似てたんだよ。回避の仕方がさ」
「どういうこと?似てた…?」
防衛演習はまさかのサプライズであのヘンテコなロボットとみんな戦ったけど、ふざけた見た目をしている割には異様なまでに強かった。あれとあのパワードスーツが似てる?回避のやり方が……確かに。
「エリカちゃんも観客席から見て気がついていたんじゃない?」
「そうだね。あそこまでのものじゃないけど、先読みに近い回避というか、あのパワードスーツは銃を向けた瞬間には射線から逃れてるけど、今日のは撃った瞬間に回避が始まってる感じがしたかな」
「そうだね。私もそう思ったよ。機械に詳しくないからわからないけど、なんというか、今日のは性能が低いけど、同じというか……作った人の癖みたいなのがあった気がするんだよ」
癖、ね。ホシノちゃんの言っていることは証拠にもならないものだ。けど、こういった感覚は往々にして当たってることが多い。ホシノちゃんのような熟練者なら本当にそうなのかもしれない。
でもさ、それって。
「ホシノちゃん、それはさ——あのパワードスーツはミレニアム製だって言ってることになるよ」
「そうなるね。……まぁ、あんなおっきい学校の薮をつついたらウチはとうとう砂に埋もれちゃうだろうし、ただエリカちゃんも同じふうに考えたかな〜って聞きたかっただけだよ、おじさんはね」
深く考えないでおこー、とホシノちゃんはあくびをしながら態度を軟化させた。狸だなぁ……ホシノちゃん、私じゃなくてもさ、警察官(元だけど)にそんなことを話したらそれはもう「調べてくれ」と言ってるようなものだよ?
「ホシノちゃん。あえて聞くけど、私のことは知ってるんだよね。ヴァルキューレ時代も」
「そうだね」
「今すぐ、あなたに銃を向けてもおかしくない、ってわかってる?」
「カイザーから通報されてれば、でしょ。…エリカちゃん、私そんな行間を読むような真似はさせないよ。別に、エリカちゃんを使ってミレニアムにお礼をしようなんて思ってない」
早とちりしないで、とホシノちゃんが言っている。
「それに、そういうやり方は私が大嫌いだからさ。本気でムカついたら私は殴り込んじゃうよ」
ショットガンを肩に乗せて、ちょっと悪い顔になったホシノちゃんに私は肩の力を抜いた。ホシノちゃんが怒り狂って殴り込むなんてちょっと想像できない。まぁ、でも、ホシノちゃんが本当にただ情報を共有したかっただけなのはわかった。
「わかってくれた?」
「うん。大丈夫」
「よしよし。おじさんのせいで若い子が争うのなんていやだからねぇ」
「ホシノちゃんの撫で方、雑っ」
「おーごめんごめん」
ガシガシとホシノちゃんに撫でられ抗議すると、ホシノちゃんは全く悪びれずに手を離した。
「けどまぁ、あのリゾートの時も今回も、悪意は相手に無さそうなんだよねぇ」
ゆるい空気感のままでホシノちゃんが話を戻した。言われてみれば、あのリゾートの時も相手には目的のようなものが見えなかった。シャーレに入ってからはカイテンジャーの機動兵器と2度戦ったけど、あの時も明確な兵器を使ってどうにか、というものが見えなかった。
「たしかにそうかも。ホシノちゃんの言う通りだね。悪意というか、目的……強いて言うなら……戦うこと自体が目的、って感じがするかも」
口にしながら、考える。あのとき、リゾートでの戦いでも、そういえば複数の学校の生徒がいた。戦い方なんて様々で、イズナちゃんなんて忍者ともあのパワードスーツは戦った。ううん、戦えてもらえた、と思おうか。
今日の晄輪大祭で出てきた、アバンギャルドくんという半人型の戦車と戦ったのはこのキヴォトスに存在する様々な学園の生徒たち。途中から大半がトモエさんの洗脳で単純な動きになっていたけど、それでも空崎ヒナや、ホシノちゃんなどの強者と戦闘を行えた。
戦うことが目的、って言うのならその先、たどり着くものはなんなのか。
「戦って、戦って、強くなって……その先に何があるのか……何と、戦うのか」
「こわいねぇ。異星人でも来るのかな?」
「異星人って、ホシノちゃん」
「自惚れじゃあないけどさ、私たち生徒は強いよ。ミレニアムの子達だって、中にはすごい子達がいる。今日見かけた、あのレールガンを構えた姉妹みたいな子達とかね」
ホシノちゃんが言う二人は生塩さんと天童さんのことだと思う。規格外の装備であるレールガンを2発受けてもあの兵器は破壊できなかった。
「あんな強い子を身内に抱えてるのに、その生徒よりも強くなる。なんだろうねぇ、あのアバンギャルドくんって兵器を作った人はさ、私たちを戦わせずに、あの兵器だけで対抗しようとしてるのかなって。ま、全部妄想だけどさ」
それがもし本当ならば、製作者は何か大きな危険が迫っていると知っていることになるし、その危機に対して一人で対抗しようとしてるってことになる。いや、エンジニア部が関わってるから一人じゃない……?わからない。白石さんに聞けば彼女から何かを聞けるのかもしれない。
不確定要素が多すぎて、やっぱり現段階じゃホシノちゃんの言う通り全部妄想で終わりだ。
「一人で頑張りすぎちゃう子なのかな、あれを作った子は。いやはや、おじさんの周りにはそういう子ばっかりで大変だぁ」
「ホシノちゃんもそうでしょ」
過去の報告書とか、先生の話を聞く限りはホシノちゃんも一人で無理しがちだ。
「エリカちゃんも人のこと言えないでしょ」
そして、ホシノちゃんの言う通り、私もそう。
「なんだろうねぇ、生徒会長って人たちはみんなそうなりがちなのかなぁ」
「……どうなんだろ。なんとなく、そうかもしれない気がするけど」
今回、生徒会長になってみて思ったけど、そうなのかもしれない。ナギサちゃんのこと、少しだけ、ほんの少しだけ、わかった気がする。
「ま、そんなわけでさ、おじさんからのつまらない話はこれでおしまい。後夜祭を楽しんでおいで、エリカちゃん」
「いやいや、ホシノちゃんも若いでしょ。楽しまなきゃ」
「え〜、おじさんはもうくたくただよ〜」
ぐでーとホシノちゃんが私に寄りかかってくる。軽いからまぁいいけど。アバンギャルドくんの話は一旦これでおしまいみたいだし、ホシノちゃんはこの調子なので、アビドスのみんなのところに返しに行こう。
「ほら、自分で立って」
「おぶってほしいなぁ」
「甘えないの。私は別にホシノちゃんのお姉ちゃんじゃないんだから」
「いけずだなぁ」
ホシノちゃんを立たせると、不満で頬を膨らませていた。おじさんになったり可愛い妹みたいになってみたり、都合がよすぎるぞ、ホシノちゃん。
「エリカちゃんはこのあと、後夜祭どうするの?」
「特に誰とも回る約束はしてないよ」
「……桐藤ちゃんとか黒館ちゃんとかと回らないの?」
「ハルナはたぶん、同好会の子たちと楽しんでるだろうし、あそこに混ざるのはあの子達が嫌がるだろうね。ナギサちゃんはミカさんと回るだろうなぁ」
「…………そっかー……あっ、それならキャンプファイヤーは?」
「それはニコちゃん…後輩に誘われたのと、なんでかナギサちゃん、ハルナとも踊ることになってるよ」
「エリカちゃん」
「なに?」
「色々、頑張ってね……?」
「ダンス踊ったことないけど、迷惑かけないように頑張るよ」
ほんとにこういう催しとは無縁というか、仕事のことばかりなのがいけない。もうちょっと多趣味な方がいいのかもしれない。
「………そういうことじゃ………まぁ、いいや」
ホシノちゃんが何かを言いたげだったけど、言うのをやめてしまったので私は聞かないことにした。
後夜祭の締めであり、一番の目玉であるキャンプファイヤー、その準備が進められるアスレチックスタジアムの外にある大広場で、先生は着々と進む作業を見ていた。ミカとナギサは幼馴染同士、水入らずで晄輪大祭を回ってくるように伝え、彼女一人、生徒たちのことを見守っていた。
「先生!」
そんな彼女の下に、一人の生徒が駆け寄る。ユウカだった。
「ユウカ、お疲れ」
「お疲れ様です!先生!」
「無事後夜祭に入れそうだね」
「はい!優勝カップが盗まれたりで一時はどうなるかと思いましたけど」
優勝カップは無事、総合優勝を果たしたゲヘナの手に渡り、ユウカは安堵していた。もし優勝カップがなければゲヘナの全生徒が何をしでかすかわからない、とユウカは後から気が気ではなかった。
「ヴァルキューレが犯人たちを連れて行ったけど、ミレニアムはこのあとどうするの?」
「どう、とは」
「いやほら、他の学園だと独自に調べたりとか」
「そのあたりはヴァルキューレに任せますよ。ミレニアム支部の人たちは優秀ですし」
捕まった傭兵、その依頼主などの捜査にミレニアムは干渉しないつもりだとユウカは言う。先生はそのことに安心する。怒りに任せてユウカが動かないか少し心配だったのだ。
「まさか先生、私が犯人探しをしてしまうと思ってません?」
「ぎくっ、わかっちゃった?」
「もうっ。心配しすぎですよ。感情に任せてそんなことしたら痛い目みますし、餅は餅屋、って言うじゃありませんか」
「そうだね。ユウカはそのあたり、冷静だったね」
「そうですよ。先生は私のこと、よく知ってるじゃないですか」
「なんかその言い方誤解を招きそうだからやめてね?」
苦笑いする先生に、ユウカはまったく、とため息をついた。
「それで、なんで一人でいたんですか?」
「ん?別に意味はないよ。ただ黄昏てただけ。みんな頑張ったな、って」
どこか誇らしげに先生は準備を進める生徒たちや、周囲で後夜祭をどう回ろうか話し合っている生徒たちを眺める。その姿に、ユウカはただただ、見惚れてしまった。先生からすれば、この生徒たちの姿を見れたことが晄輪大祭の成功の証拠なのではないかと、ユウカは思った。
「(……かっこいいな………先生……いやいや、見惚れてる場合じゃない、私!)」
首を横にブンブン振りながらユウカは気合を入れ直す。彼女が先生に会いに来たのはただ話すためではないのだから。
「……先生!」
「うわ、びっくりした。どうしたの」
「あの、私と……」
ユウカが先生の前に回り込み、手を差し出す。何を言われるのか、先生は察して、茶化さずにユウカを待った。
「私と、一緒に、踊ってくれませんか!このあとの、フォークダンス!」
顔を真っ赤にし、精一杯の勇気を振り絞って早瀬ユウカは先生を誘った。
生徒の真っ直ぐな好意に、先生は気恥ずかしさと、大人としての建前、自身の学生時代の忘れもののような甘酸っぱい感情、様々なものを感じながら、一瞬だけ、先生は普段から被っている“先生”という仮面が剥がれそうになる。
「(こういうの、弱いなぁ、私)」
ユウカの差し出された手に、先生は彼女の手を取ればまるでシンデレラのような時間を過ごせるのではないかと感じた。彼女がまだ、先生——大人ではなく、目の前のユウカのような、生徒だった頃、置いてきてしまった青春を僅かだが駆け抜けられるような気が、していた。
大人である先生も、お祭りという非日常な空間の熱に浮かされ、ユウカの手に重ねるように先生は手を伸ばす。
「あ…」
先生の手が動いたのを見て、ユウカは心臓が大きく跳ねる。応えてくれようとしていることに、嬉しさが胸の奥で弾けそうになる。
だが、ユウカの手に先に触れたのは……先生の掌ではなく、空からポツリ、と降ってきた水滴だった。
「ん?」
「え?」
先生とユウカ、二人が思わず空を見上げる。既に星が顔を見せ出した天上を遮るように厚い雲が流れ混じって、徐々に空を灰色に染めていくのが見えた。
ぽつり、ぽつぽつ、と雨音がその場にいる多くの人々の耳に届いた。
「あ、雨!?」
「おっとまずい。ユウカ」
そして、一気に雨が落ちる。先生はとっさに、公的行事だからと珍しく羽織っていたジャケットを脱ぎユウカに被せ、スタジアムの方までユウカを連れて行く。屋根があるところまでやってくれば、ユウカは先生のジャケットのおかげであまり濡れなかったものの、先生は濡れていた。
「そ、そんな、こんなタイミングで雨なんて」
「ユウカ、濡れなかった?」
「私は平気ですけど、先生が」
「まぁ、すぐ乾くでしょ」
ユウカが先生をみれば、先生はずぶ濡れというほどではなかったものの、シャツは濡れてしまい、インナーどころかその下まで透けてしまっていた。
「いやいや、風邪ひきますよ!」
「大丈夫、大丈夫。私ほら、頑丈だかんね」
「この前当番の時に鷲見さんから風邪引いたって聞きましたよ!」
「おっと、セリナと話したか」
誤魔化しが利かないとわかると、先生は「てへぺろ」とおどけてみせ、ユウカは大きくため息をついた。先ほどまでの憧れてやまない大人はどこかにいってしまった。
「まったく……けど、参りました。これじゃあキャンプファイヤーが…」
「後夜祭自体はどうなるの?雨降ったら」
「いえ、後夜祭自体は続きます。屋根もあるところも少なくないですし。ただ、この雨が続くようだと、終了は早くなると思います」
「そっか」
先生は先ほどのユウカのこともあり、どうにかできないか、と考えるも自然相手ではどうにもならない。予報では雨は降らないはずだったが、今先生が携帯で連邦生徒会の発表している気象情報をみれば、これから降っては止んでを繰り返す予報へと変わっていた。
後夜祭自体は問題ないが、これではキャンプファイヤーは厳しいことはわかった。
代替え案を…と先生は考えようとするが、携帯が震えた。着信。知らない番号からだった。
「はい、シャーレです」
『……助けて』
聞こえてきたのは知っている声。どこか儚げで、けれども芯は強く、気高さを秘めた姫のもの。先生は途端に、浮ついた気持ちなどなくなり、電話の先に耳を傾ける。
『………サッちゃんが……サオリが……連れて、いかれた』
「わかった。今どこにいるの?」
『……モモトークで、送る』
通話はそこで切れる。先生はすぐに送られてきた地図の場所を確認し、携帯をポケットへ仕舞った。
「先生?」
「ごめんユウカ、ちょっと支援要請が入ったみたいなんだ」
「え?こんなときにですか?」
「どんな時でも入ってくるよ。お風呂に入ってる時もトイレにいる時も。そんなわけで、悪いけど、私はここで」
「わかりました…けど、お一人でいいんですか?」
ユウカの確認に、先生は離れようと動かした足を一瞬止める。
罠かもしれない、という気持ちは正直に言えば、先生にもあった。だが、彼女は生徒の助け求める声を無視するわけにもいかない。
「大丈夫。エリちゃんたちには野暮用で外してるって言っといてね」
先生は仮面を被った。先生、という大人の仮面を。ユウカはいつもと少し様子が違う先生にどこか不安を感じながらも、彼女を引き止めることはできず、雨の中へと飛び込んでいく先生を見送ることしかできない。
「あ!ユウカ先輩!」
「うわっ、コユキ!?」
「もう、どこでサボってるんですか!?このあとのこと決めないといけないのに!」
「あんたに言われたかないわよ!」
そして、ユウカもまた、今為さねばならない役割へと引き戻される。
二人の夜は交わることなく、互いの時間を知ることもなく、進んでいく。
ユウカが先生の駆け出した先を知らずに過ごせるのはある意味で、早瀬ユウカという生徒の青春の思い出を、汚さずに済んだのかもしれなかった。
『団長。晄輪大祭の全日程は終了しました』
「わかりました。レポートは明日以降に」
『はい。……羽川副委員長、最後リレーを走られていました』
「……彼女が」
蒼森ミネは彼女の指揮する救護騎士団の団員、鷲見セリナから晄輪大祭終了の報告を受けていた。セリナからの報告を受け、ミネは肩の力を抜いた。
既に時刻は日を跨ぐまであと数時間というところだが、セイア主導の元、ティーパーティー役員のうち改革に強行に反対する生徒たちとの戦闘を夕暮れ近くまで行っていたため、ミネはこれでようやく今日が終わるのだと思った。
「楽しまれていましたか?ハスミさんは」
『はい!リレーを走り切ったあとはやり切ったといった様子で』
「そうですか。ならよかったです」
『団長はよかったのですか?』
「私は過去、十二分に楽しんでいますし……それに、救護が本当に必要なのはこちらでしたので」
『団長……ひとまず、後夜祭で体調を崩した人の救護はあと少しで終わるので、終わり次第列車で帰ることになると思います』
「わかりました。無理はしないように」
『大丈夫です。それでは』
働き者だと思いながら、ミネはセリナとの通話を終える。
既に、ミネによるトリニティ内の“救護”は完了していた。ナギサ、ミカ、セイアの三人に向けられていた早贄の槍は全て折られ、彼女たちはある意味、ようやく解放されたのだ。あとはナギサが戻ってくればトリニティは新しい時代へと変わっていくことだろうと、ミネはセイアという一人の少女の願いをただ一人の騎士として成し遂げた。
「ミネ団長、あなたはまさしく騎士だったのですね」
セリナとの通話が終わったのを見計らって、ミネの執務室内の椅子にかけながら経典を手にしているサクラコが声をかけてくる。
「どういう意味ですか?」
「貴婦人の願いを受け、代理として剣を握り、その敵を討つ。その姿を見て、ミネ団長を騎士と思わぬ方はいないでしょう」
「……私は、この学校を蝕む病を切除したに過ぎません」
「それが、救護と。あなたはそう仰るのですね」
「はい」
ミネの真っ直ぐすぎる応答に、サクラコは思わず息を止める。ミネは暴走することはあれど、己の過ちは認め、改めることができる素直な人だとサクラコは知っている。相手が抵抗してしまったが故に、ほぼ粛清となってしまった今回のお家騒動はナギサを追い詰めた生徒たちが遠からず転校することは目に見えていた。
それほどまでに、相手を熾烈に追い詰めた罪悪感がないのか、それすらも飲み込んで、目を逸らさずに己が剣を振るったことを恥じぬのか。サクラコはミネの覚悟がどれほどのものなのか量り知れなかった。
「あなたは高潔すぎます。それを罪と…断じることは私に出来るかわかりません。しかし、いずれ、あなたは自らの剣先をその身に向けてしまうでしょう」
「患者の命が、我が身に剣を突き立て助かるのであれば、喜んでそうしましょう。——それが我々、救護騎士団ですから」
蒼き騎士の覚悟は大山そのもので、サクラコはそれ以上の追求を止めた。不干渉を貫いてきたが故に、サクラコはミネという人物をよくは知らなかった。だが、今回の騒動でサクラコは校内で噂されるような奇人ではないことを理解した。
蒼森ミネ。彼女もまたトリニティ総合学園の生徒らしく、誰かを尊び、隣人を愛し、救おうという気概に溢れた貴い人であることをサクラコは知ったのだ。
「今後はもう少し、お茶を共に楽しむ時間もあればと思います」
「あなたが望むならいくらでも、シスターサクラコ。私のお茶飲み仲間は少ないのです」
「ふふっ。それは貴重な情報です」
穏やかな時間が流れていく。もし、今この部屋に画家がいればこの二人の姿をなんとしても描き、遺そうとしただろう。
「ミネ団長。お電話が」
「失礼します……誰から?セイア様?」
着信はセイアから。ミネはまだ何かあったのかと思い、すぐに電話に出た。
「はい。蒼森です」
『ゲホッ…!がぼっ…!み、ミネ、だんぢょ…』
「…!?セイア様!?」
ミネの耳に届いたのは明らかに喀血しながら電話をかけてきているセイアだった。元よりセイアの身体は弱いが、ここまで酷いものではない。まさか、誰かから襲撃されたのか、とミネはすぐに装備を空いている左手で持ちながらセイアのいるセーフハウスに向かおうとする。
「今すぐそちらに参ります!」
『ま、でっ、ずぐっ、ぶっ…ぁ、はっ、はぁっ、はっ、伝える、んだ』
「セイア様!」
『えり、が、にナギサが……ない……アリウス……な………先生、もっ……が、ぅ』
「セイア様?……セイア様!?聞こえますか!?セイア様!」
『……ひゅ……ひゅぅ……たの、む……えりか、に、つた、え………』
通話は繋がったまま、電話の向こうからセイアの声が途切れる。ミネは一刻の猶予もないことを悟る。
「ミネ団長。何が」
「セイア様が倒れました。それと、何か視てしまったようです。ナギサ様に危機が迫っていると」
「……なんと……!」
「しきりに、エリカ様にお伝えするように言っています」
「エリカ様……彼女の下へナギサ様を送ったのでは?」
「わかりません。ですが、伝えて欲しいと」
「……彼女への連絡は私が。ミネ団長はすぐにセイア様を助けに」
ミネが頷き、時間がないと彼女はあろうことか、執務室の窓を開け、そこから飛び降りて姿を消す。雨が降りしきる中、3階の高さからミネは飛び降りて行ったが、サクラコはそれぐらいはやるだろうとわかっていて、気にも留めない。
「草鞋野エリカ。彼女の連絡先は一応入れていますが……。それと、先生にも連絡をしなくては。一体何が起きたというのです」
凶報がこれだけとは思えないとサクラコは胸の内に広がる不安を抑えつつ、携帯を手に取り、ミネとは違うただ一人のための騎士に事態を伝えるために動き出す。
『——おかけになった電話は現在、電波の届かないところにあるか、電源が切られているため、つながりません』
しかし、サクラコが電話をした相手は応答することなかった。ならば、と先生にもかけるも、結果は同じ。さらに、ナギサ、ミカにも電話をかけるが、返ってくるのは不通を知らせる音声だけであった。
「これは何が、起きようとしているのですか」
サクラコはミネが飛び出して行った窓の外を見る。暗闇の中、雨が視界を遮り、闇は深く飲み込むように口を開けてサクラコを待っているかのようだった。
Q:某べアなんとかさんは今何をしでかしてるの?
A:クリスマスや正月に攻撃をしかけるレベルのことをしています