頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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連日投稿2本目です。


Area-16「D.U.廃墟区域 #暗い #追撃 #救難信号」

「ナギちゃーん、どこいったのー」

 

 売店で買った傘をさしながら、ミカは後夜祭の続くアスレチックスタジアムを歩いていた。彼女はトイレに行く、といったナギサを待っていたが全く戻ってこず、入ったと思われるトイレにはナギサがいなかった。

 

 人が多いから流されて戻ってこれなくなったのだろうか、とミカは楽観的に考えていた。

 

『——ご来場の皆様にお知らせします。雨天により、キャンプファイヤーは中止となります。ご了承ください』

 

 そんな中で、場内のアナウンスでキャンプファイヤーの中止が宣言される。露骨なまでに周囲の生徒たちから落胆の声が聞こえるも、ミカは「残念だったな」程度で気落ちはそこまでしなかった。

 

「(先生やナギちゃんと踊ってみようかなぁ、なんて思ったけど。ナギちゃんはエリカちゃんと踊るって言ってたし、凹んでるかも)」

 

 ミカはナギサからライバルと協定を結び、エリカと踊ることを聞いていた。

 

 楽しみにしていたであろうナギサは会場のどこかで項垂れているかもしれないとミカは想像し、くすりとした。

 

「流石にそろそろ、先生に聞いてみようかな?いや、エリカちゃんのほうがいいかな」

 

 ミカはこれ以上一人で歩いても探しきれないと思い、まずは一番いる可能性が高いと思われるエリカのほうへとかけてみることにした。数コールのあと、エリカは応答した。

 

『草鞋野です』

 

「エリカちゃん?私だよ、ミカだよ」

 

『ミカさん?どうしたの?』

 

「ナギちゃんとはぐれちゃって。そっちにいない?」

 

『そうなの?いないよ』

 

 当てが外れてしまい、ミカは嘆息した。

 

『はぐれたって、どうしたの』

 

「トイレに行ったあといなくなっちゃったの。電話をしても全然出てくれなくて」

 

『………待って、私も電話してみるね』

 

 一度、エリカが通話を切り、ミカはエリカからの確認を待つことにした。待つといっても人混みの中に居続けるわけにもいかず、ミカは売店が立ち並ぶエリアから外れ、人がまばらなスタジアムの外縁部へと出る。

 

 周囲にはこれから帰ろうとする生徒たちや売店で購入した食べ物の紙皿などを捨てるゴミ箱が溢れかけているのが目に入る。ミカは雨音を聞きながら、その場でぐるぐると暇を潰すように歩く。

 

 そうしていると、聞き慣れた携帯の着信音が聞こえた。

 

「ナギちゃん?」

 

 近くにいるのか、とミカは周囲を見るが、それらしき人影はなかった。どこからするのか、とミカが雨音の中から判別しようとすれば、聞こえてはいけない場所から音が聞こえていた。

 

「………え」

 

 ゴミが溢れかえったゴミ箱から携帯の着信音は漏れていた。ミカは一歩一歩、そんなことはないだろう、と思いながらゴミ箱へと近づく。着信音は雨音でかき消せないほどに、大きく、確かになっていき、ミカは息が荒くなる。

 

「なんで、ここから、音がするの」

 

 ゴミ箱の前に立って、誤魔化しようがないぐらい音が大きくなる。ワンコール分鳴って、着信音が止み、代わりにミカの携帯が鳴った。ミカは手を震わせながら、エリカからの電話に出た。

 

『草鞋野です。ナギサちゃん、全然出ない——「エリカちゃん」——ミカさん?』

 

 何が起きたのかわからず、ミカはエリカの名前を呼んだ。

 

 ナギサは命を狙われていた。アリウスはそうしようとしていた。そんな幼馴染の携帯の音がゴミ箱から聞こえる。それがどんな想像を掻き立てるのか。

 

「はっ、はぁっ、はっ、エリカちゃ、はやく、来て!」

 

『…!わかった、すぐに行く!』

 

 ミカの尋常ではない悲鳴のような声に、電話の向こうでエリカは何かが起きたとミカにその場で待つように伝え通話を切った。ミカはその場で、立ち尽くすしかなかった。

 

 ほどなくして、エリカが傘も持たずにミカの元へと駆け寄る。体操服から既にSRTの制服へと着替えたエリカは晄輪大祭が終了したこともありハーネスなどに装備も着けていた。

 

「ミカさん!どうしたの!?」

 

「エリカちゃん、どうしよ、ナギちゃんの携帯が……あのゴミ箱から着信音が」

 

 顔を青ざめさせたミカがゴミ箱を指差す。エリカがミカの指先に従って視線を動かせば、確かにゴミ箱があった。今も、目の前で帰りの生徒がゴミを捨て、満杯になっているせいでそのゴミは濡れた地面に落ちて行く。

 

 エリカは無言でゴミ箱に近づくと、積もったゴミを退けて行く。

 

「エリカちゃん」

 

「携帯を鳴らして」

 

「……っ……う、うん!わかったよ!」

 

 口調こそ普段のエリカだったが、声の高さは安全局の狛犬、と呼ばれる時のように低いものであり、ミカはその命令に従ってナギサの携帯へ電話をかけた。目の前のゴミ箱から着信音が鳴り始める。

 

 エリカの手つきが荒っぽくなり、ある程度ゴミを退けたところで光っているものをゴミの中に見つける。構うことなくエリカは手を突っ込み、ゴミの中からナギサの携帯を引き上げた。

 

「あ……う、うそ………」

 

 ミカがその場でへたり込みそうになる。エリカの手にあるナギサの携帯は赤いものがべったりとついていた。それが血であるのならば、まず間違いなく大怪我を負っていることを示している。

 

「わ、わたしが、ナギちゃんから、目を離しちゃったから」

 

「落ち着け。違う。これはケチャップだ」

 

 ひどく冷たい声でエリカがミカの想像を否定した。

 

「ケチャップ……?」

 

「……ゴミの中でついただけだろう。血にしては硬すぎる。何より匂いが完全にケチャップだ」

 

「……そっか」

 

「だが、ここにこれがあるということが問題だ」

 

 エリカは持っていたティッシュでナギサの携帯を拭きながら画面が割れていることに気が付く。仮に画面を割ったとして、それだけでナギサが携帯を捨てるなどありえない上に、ナギサであれば、そもそもミカとはぐれた時点で電話をするはずだとエリカはこの状況が明らかに異常だと考えるほかなかった。

 

「先生に電話は」

 

「まだしてないよ」

 

 言葉少なく、エリカは先生へと電話をかけた。しかし、何コールしても先生が出ない。電話をかけているエリカも、それを見ているミカもおかしいと感じる。

 

「……先生が出ない」

 

「そんな……だって、先生もまだ会場にいるはずだよ。それに」

 

「先生なら1コール、遅くても2コールで出る」

 

 出なかったのはそれこそ、エリカの記憶の中ではエデン条約事件の時だ。何かが先生の身にも起きている。念の為、互いのために入れているGPSアプリをエリカは立ち上げ、先生のいる場所を探ろうとするが、先生の位置情報を取得できなかった。

 

「エリカちゃん、これ、先生は」

 

「…………」

 

 ミカが雨に打たれるエリカに傘をさしつつ、エリカの携帯の画面を見て位置情報が取得できていないことをミカも知る。エリカは自身の携帯を一度仕舞うと、ナギサの携帯を再度手に取り、画面に触れた。

 

 携帯のロック画面にはいつ撮ったものなのかわからないが、綺麗にテーブルの上に置かれた紅茶とロールケーキが映る。ロックナンバーは5桁。当然、エリカはわかるはずもない。

 

「エリカちゃん、ナギちゃんの機種は確か、3回間違えるとヒント出て、5回で1時間ロックになってたと思う」

 

 ミカのアドバイスに、エリカはわざと3回パスコードを適当に打ち込み、ヒントを携帯に出させる。画面にヒントが表示された。

 

「……大切な人?」

 

 ヒントをエリカは読み上げる。ナギサの大切な人、となればエリカは真っ先にミカとセイアを思い浮かべる。生年は同じのため、エリカはミカの誕生日をまず打ち込むが、弾かれてしまった。

 

「私の誕生日だよね?今の」

 

「そう。……弾かれると思わなかった。次は百合園さんの誕生日を」

 

「えっと……あ、ううん、待って。ちょっと貸して」

 

 ひったくるようにミカがエリカの手からナギサの携帯を奪うと、ミカは僅かに迷った後、パスコードを打ち込む。すると、ロックが解除され、ホーム画面が開いた。

 

「開いたよ!」

 

「見せて」

 

 一刻を争うため、エリカは何を打ち込んだのか聞かずにミカから携帯を受け取ると、ナギサが何かを残していないか探す。写真は昼間にエリカと撮ったツーショットなどしか新しいものがない。

 

 では、メモ機能は……とエリカが見れば、編集途中でタスクキルしたのか打ち込み途中のメモ帳が出てきた。

 

「————………」

 

「エリカちゃん、何が書いてあったの?」

 

 固まったエリカにミカはどうしたのかと画面を見れば、ミカも同じく固まった。メモ帳には「アリウs」と4文字、ただ、あった。

 

「………あはは、そっか。アリウス、ね」

 

 ミカが、ナギサの身に何が起きたのか悟り、それを看過してしまった自身への怒りも合わせて、乾いた笑いが出た。一方で、エリカは無言でナギサの携帯の電源を落とすと、ミカに向かい合った。

 

 思わず、ミカでさえもゾクリとするような威圧感をエリカは纏っていた。

 

「アリウス自地区の場所はわかる?」

 

「知ってるよ。けど、あそこに繋がる場所は毎日変わるの。前に使った入り口がまだ使えるかわからないかも」

 

「構わない。連れて行って」

 

「……聞く必要ないけど、どうするつもり?」

 

 エリカがライフルを抜く。磨かれ、輝きを取り戻しているトリニティ製のライフルを持つエリカに、ミカは慄くほどの迫力を覚える。

 

「ナギサちゃんを助けに行く」

 

「一人で?」

 

「一人でも」

 

 声も、表情も、波を感じさせないほどに静かだった。エリカのその姿を見てミカは却って冷静になれた。エリカはこう見えて、怒り狂っているとミカは察した。アリウス分校はナギサやセイアの命を狙った。そして、実際に先生とエリカは巻き込まれる形で生死の境を彷徨った。

 

 それなのに、エリカは一度アリウス分校を許した。

 

「(一度は、許した。じゃあ、二度目は?)」

 

 その答えがミカの目の前にあった。

 

 キヴォトスの秩序と生徒を守る狛犬が、この荒天の下で、触れるものを切り刻む残忍な乱風(キュドイモス)へと変わっていく。

 

 このままエリカ一人で行かせれば何が起きるのか、ミカでも想像に難くない。エリカは自然と自身の力をセーブしていることをミカは知っていた。おそらく、暴走すればそれこそ、ミカにも劣らない力を持つことも過去の模擬戦で想像できた。

 

 そんな力を怒りのままに振るえばどうなるか。エリカの望むような結末は訪れない。

 

「………エリカちゃん。私も行くよ」

 

「いえ、ミカさんは」

 

「先生が言ってたでしょ、シャーレは生徒の味方だって。生徒一人で、そんなとこに行こうなんて、先生はきっと、許さないよ」

 

「……………それは」

 

「あと、そんな私みたいに考えなしで突っ込んでもどうしようもないよ★」

 

「なっ…!?」

 

 茶化すようにミカが言うと、エリカが思わず声を漏らす。

 

「そんな風になっちゃうと、セイアちゃんが、君は実に考えなしの大馬鹿者だな、って言っちゃうぞ!」

 

「ば、馬鹿って、そんなこと言ってる場合じゃ!ナギサちゃんも、それにもしかしたら先生も!」

 

「エリカちゃん」

 

 ミカが傘を畳み、肩からかけていたジェラルミンケースから愛用しているサブマシンガンを取り出す。

 

「落ち着こ?本当は私だって飛び出しちゃいたいよ。でもさ、何か起きたらいつものエリカちゃんなら、冷静だよね。短い間だけど、一緒に色んな生徒を助けてきて、私は知ってるよ」

 

 友達でもない生徒たち、その全ての味方だと言ってみせた先生の生徒であるエリカがこのまま、アリウスへ牙を剥けばどうやっても後悔する。ミカはそう思った。そして、自身を騙したアリウスへの苛立ち、再びナギサと先生に手を出したことへの怒りを、ミカは先生の言葉を思い出しながら押さえ込む。

 

「あとさ、エリカちゃんまで冷静じゃなくなったらシャーレはおしまいだよ。私みたいなバカしかいなくなっちゃうんだから」

 

「………ごめん。私…」

 

「いいよ、気にしないで。じゃあ、エリカちゃんが冷静になったし、私暴れるから」

 

「いやいや、それもダメでしょ」

 

「冗談だよ。それでどうするの?他の子たちも連れて行く?」

 

 ミカはエリカに、暗にSRTの力を借りるか聞くも、エリカは首を横に振る。そうだろうな、とミカは理解する。今日は楽しい思い出だけをみんなには持ち帰ってほしい、先生とエリカならばそう考えるのではないかとミカは思った。

 

「じゃ、二人で行こっか」

 

「…無茶言ってごめんね」

 

「全然。だってさ、私ってむちゃくちゃ強いじゃん?それにエリカちゃんは私と対等にやりあえるんだよ?二人なら誰も勝てないって」

 

「そうか……なぁ?」

 

「そうだよ。じゃ、いこっか。ナギちゃんと先生を助けに」

 

 政治犯と世間的には殺人犯、肩書きを見れば最悪の問題児。しかし、当代最高格の二人。

 

 雨の中であろうと失われない明るさを背に、二人はまるで、本来いるべき場所だった言わんばかりに、暗がりな道へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 先生は指定された場所へと辿り着き、そこで待っていた人物に「やっぱり」と思いながらも驚く。

 

「……アツコ、だね?」

 

「…先生、待っていたよ」

 

 D.U.の廃墟と化したゴーストタウンに、アツコは雨に降られ、ボロボロになりながらも立っていた。マスクはなく、被っていたフードも穴が開いて破れ、服もボロボロになりそこから擦り傷なども見えた。

 

「こんなボロボロで……怪我は」

 

「見た目ほどはひどくない。それより」

 

「サオリ。君たちのリーダーが連れていかれたって?」

 

 先生は確かに姿の見えないサオリのことを言えば、アツコは頷く。

 

「………今日の昼から、アリウスの追撃が本気になった。途中で、黄金の一滴まで使用した生徒も出て、サオリが私たちを逃した」

 

 どれほどまでに激しい戦いだったかはアツコの姿を見れば語るまでもなく、先生は黙ってアツコの話の続きを聞く。

 

「アリウスの狙いは、私だった。そのはずなのに、途中からサオリに…サッちゃんを執拗に狙い出した」

 

「……どういうこと?」

 

「私は……私は、アリウスの姫。いずれ“生贄”にされる存在。そのために今日まで、生かされてきた。その運命は変えられない。なのに」

 

「待って、生贄?どういうこと?」

 

「“彼女”にそう言われて、私は育ってきた」

 

 アツコは天を仰ぐ。いずれ自身は消えてなくなる存在だったそのはずだった。その時が来たのだと、せめて大切な幼馴染たちは、とアツコは思っていた。だが、訪れた現実はそうはならなかった。

 

「サオリは、“彼女”に私のことを助けたければと、指揮官として戦い続けてきた。エデン条約もそう。私の力を使って、ユスティナ信徒を手に入れて、エデン条約を利用して、ゲヘナとトリニティを手に入れれば、私を生贄にしなくてもいい、と」

 

「…………そうなんだ」

 

「私たちが犯した罪は消えない。許されない。……許してもらおうなんて、私たちは思えない。私たちが置かれた状況が、おかしいと、そう言えなかったから。言えたアズサも、私たちは一度否定した」

 

 アツコは先生の目を見た。子供であるはずのアツコの目の奥に宿る覚悟に、先生はひどく胸が痛む。痛むどころではなく、ナイフを刺されたような息ができないほどに苦しくなるような感覚さえする。

 

 ばしゃりと、アツコが泥にまみれた地面に膝をつき、両手をついた。

 

「アツコ、何をして」

 

「どうか、お願いします。あなたと、あなたの生徒たちを苦しめ、世界を混乱させた私たちを」

 

 震える声で、アツコは言葉を紡ぐ。

 

「サオリを、助けてください。無茶苦茶なお願いであることは、わかっています。でも、ずっと、ずっと……サオリは、サッちゃんは、戦い続けてきたんです。私と、ヒヨリと、ミサキ…それにアズサ、みんなのために。一人で、背負って」

 

 先生が、アツコへと一歩、一歩と近づいて行く。

 

「それなのに、私の代わりに、頑張ってきた最期が、こんななんて、私は嫌です」

 

 アツコの目の前に立った先生が、膝に泥をつくことも厭わず、膝をつく。

 

「……ヘイローを壊す爆弾も、持ってきた。これのスイッチを先生が持って構わない。あなたを撃った人を助けるなんてことを言う私を、信用できないと思うから」

 

「顔を上げて、アツコ」

 

「え……あたっ」

 

 言われるがまま顔を上げたアツコに、先生はデコピンした。先生はデコピンした指を見ながら「あーあ」と自身に呆れたように声を漏らしていた。

 

「生徒に体罰しちゃった。これはリンちゃんやカヤ、エリちゃんに怒られるね」

 

「は……え?たい、ばつ?」

 

 デコピンなど体罰にもならない、とアツコは何をこの人は言っているのかと戸惑う。アリウスでの体罰はヘイローが壊れるギリギリまでするほどの熾烈なものであったから。

 

「とりあえず立って。ほら」

 

 泥だらけの手を躊躇いなく先生は取って、アツコを強引に立たせる。

 

「さて、君たちは確かに罪を犯したし、私とエリちゃんはサオリに撃たれて死にかけた」

 

「…………」

 

「だから、さっきのデコピンでおしまい」

 

「は?」

 

「あぁ、エリちゃんは一発グーパンしたいって言ってたし、もっと痛いかも」

 

「はい?」

 

 意味不明なまでの軽い物言いにアツコは混乱する。

 

「まぁ、あくまで私はさっきのでチャラってだけだから、トリニティやゲヘナ、ヴァルキューレや連邦生徒会はきっと君たちの指名手配は取り消さないと思う。ミカとか許さないんじゃないかな。でも、私はもう、おしまい。許す、許さない、じゃあなくて、これで、おしまい」

 

 罪は消えない、なかったことにはできない。だが、先生はデコピン一発で終わりにした。撃ったサオリも、エデン条約を滅茶苦茶にした他のアリウス生も、今となっては恨むことなど先生はできなかった。

 

「教えて、“彼女”って誰」

 

 未来ある生徒たちを操り、影を歩ませることしかできなくなった存在がいることを確信してしまった先生にとって、撃たれたこと自体はもはや、生徒のおいた、でしかなくなったのだから。

 

「……私たちのアリウス分校にいる、大人。ベアトリーチェ。女性で、いつも同じドレスで、髪は長くて……いっぱい目のついた仮面みたいな顔をしてる」

 

「ふーん」

 

 先生の頭に浮かぶアリウスを操る大人、ベアトリーチェのイメージ。先生は露骨に不機嫌な顔に変わる。

 

「またあの変人怪人奇人サークルのお仲間か」

 

「……へんじんきじん………なに?」

 

「あぁ、気にしないで。こっちの話。だいたい状況はわかったよ。アツコ」

 

「…助けてくれるの?」

 

「当たり前じゃん。私は生徒全員の味方だよ」

 

 泥のついていない方の手で先生はアツコの濡れた頭を撫でる。

 

「さて、それじゃあアツコ。爆弾とスイッチ、ちょうだい?」

 

「え……スイッチも」

 

「うん」

 

 求められるままにアツコは先生に爆弾の一式を渡す。そうすると、先生はスイッチを受け取るやいなや、電池を抜き取り、そのまま廃墟のどこかへ放り投げた。

 

「えっ」

 

「生徒が危険物を持ってはいけません」

 

「…………わかった」

 

 イタズラっぽく先生は言って見せ、爆弾をアツコから預かった。

 

「じゃあ助けにいくわけだけど、他のみんなは?」

 

「わからない。……けど、簡単にはやられないと思う。ミサキもヒヨリも、しぶといから」

 

「そっか。アツコ、ちなみにアツコは強いのかな」

 

「一通り、サオリから戦う術は仕込まれてる。戦えるよ」

 

「わかった。けど、他のみんなと合流するまでは私も手伝うよ」

 

「先生、戦えるの?」

 

「ううん。だから、今から見るのは他言無用。アリウススクワッドのみんなにもね」

 

 先生が懐からクレジットカードのようなものを取り出し、掲げる。腰に据えているシッテムの箱が輝き出し、青色の光が漏れ出す。

 

「……これは」

 

 まるで、どこか遠くから、何かを吸い出すような形でアツコの目の前に神秘が現出する。青白い光が人型を作り、完全に集まると、音もなく弾けた。

 

 現れたのはトリニティの救護騎士団の生徒と思しき、桜色の髪の生徒だった。

 

「セリナ、またよろしく」

 

『——————』

 

 声はなく、口だけが「はい!」と過去現在未来——どこかのセリナが応え、二人の前で微笑んだ。

 

 




次回はまた未定です。

ミカはトリニティにいないおかげでストレス無く、魔女化することもありませんでした(代わりに主人公が暴走しかけました)
そのため、トリニティではセイアの容体の急変を誰のせいにもすることができず、混乱は最小限で済んでいます。
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