今しばらくお付き合い頂ければと思います。
今話は短めです。
雨とミカさんに諭された結果、ある程度は冷静になった私は彼女の案内でD.U.の端にある放棄された区画に連れてこられていた。連れてこられたこの区画はスラムですらない廃墟群で、連邦生徒会の整備計画からも後回しにされている場所。秘密の入口としては納得の選択だ。
「それにしても、よくミカさんは覚えてたね」
「もう。エリカちゃんも私のことバカだと思ってる?」
「まさか。ここしばらくミカさんと一緒に働いてそんなことは思わないよ」
「優しいなぁ、エリカちゃん。ナギちゃんとセイアちゃんなら調子に乗るなって釘を刺してくるよ」
「そのあたりは幼馴染だし、私よりもミカさんのことを二人がよく知ってるからじゃないかな」
遠慮なく話ができてるってことだと思うんだよね、それ。ミカさんの話に聞く百合園さんのイメージって、ねちねち小言を言ってくる生意気なヤツ、ぐらいに思えちゃうけど、私がトリニティにナギサちゃんの護衛としていた時、聞こえてくる百合園さんのイメージは百鬼夜行風に言うとトリニティの巫女そのものだった。
「そうかなぁ」
「少なくとも、ナギサちゃんは私にロールケーキ突っ込んでこないよ」
「……それ仲いいって言ってる?」
「遠慮がない関係っていいと思うよ」
ミカさんがもうっ、と頬をわざとらしく膨らませていた。カンナちゃんや他の同期たちと私は大きくは踏み込んで話したことはなかった。仕事上では言い合ったりとかはあったけど、プライベートだとお互い一線は引いてたというか。
「よっ、ほっ」
話をしながらもミカさんが廃墟の上を登っては時折ジャンプし、下って、また登る。かなりハードな道のりで、ここを行軍するのは大変すぎないかな。
「ミカさん。あなたはここにアリウスが秘密の入り口を作ったのはなんでかわかる?」
「わかんないけど、エデン条約乗っ取りが成功してたら、次は連邦生徒会だったんじゃないかな。秘密の入り口ってこれ以外に幾つかあるんだけど、ここを知ってるのはアリウススクワッドと、一部の幹部だったはずだし」
そうだろうね、と思うしかない。
「最終的に連邦生徒会ともやり合うつもりだったのは簡単に想像がつくよ」
「連邦生徒会に通報する?」
「事が済んだら……というより、ナギサちゃんに手を出してしまった以上はもう、アリウス分校は連邦生徒会の介入を避けられないよ」
瓦礫の山を跳びつつ考える。
ナギサちゃんという一自治区の長を誘拐、それ以前にゲヘナとトリニティのエデン条約——元を辿れば連邦生徒会が立ち上げた平和条約を潰してしまった。そして、そのことは既にカヤちゃんの耳に入ってしまっているどころか、彼女は現場で何が起きたのか知っている。
その上で、今回のナギサちゃんの誘拐や先生にもまた危害を加えたとなれば、もはやアリウス分校はキヴォトスそのものの脅威として………SRTとヴァルキューレによる強制捜査、後に自地区自体の自治権を連邦生徒会により剥奪され、連邦生徒会の直轄地として永きに渡り管理されていくことになるのは想像に易い。
「介入して、連邦生徒会が治めれば、自治権はなくなるし、アリウス生がどれだけいるのかはわからないけど、アリウス生を全て矯正局に入れることなんてできないから、アリウス自治区は監獄に名前を変えてしまうかもしれないよ」
「こわ……けどさ、連邦生徒会って日和ってること多いし、そんなことできるのかな」
ミカさんの言う通り、滅多なことが起きなければそこまでしない。しないんだけど、もう既に滅多なことは起きてる。
「ミカさん、私たちシャーレの正式名称は何かな」
「え?連邦捜査部シャーレだよね……あ」
「既にね、私という生徒会の部活の部員がヘイロー破壊されかけてるし、先生も部長で死にかけてるんだよ。アリウス分校は、連邦生徒会に介入される口実を作っちゃってる」
ミカさんが一旦瓦礫を降りて、広場になっているような場所で足を止めて、私の方を「うわぁ…」という顔で見た。
「詰んでない?アリウス」
「詰んでるよ。だからわからない。これ以上罪を重ねて、ナギサちゃんに手を出すなんて」
動機がわからない。あのままエデン条約を乗っ取って何をするのか。アリウスにも生徒会長はいるのかな。
「ミカさん。アリウス分校の最終目的って聞いてる?」
「私は計画のうち、エデン条約絡みのことしか聞いてないし、あの錠前サオリとか生徒たちもトリニティに対しての復讐が最大の目標。秘密の入り口は全部教えてくれたけど、計画がそもそもエデン条約乗っ取りで終わりだと思ってた」
「アリウス分校の生徒会長とは会ったの?」
「あの学校に生徒会長はいないよ。いるのはなんか変な大人。ベアトリーチェとかいう女の人」
全く、聞いた事がない名前が出てきた。
「それ、みんなに言ってる?」
「そういえば言ってなかったかも………え、あれ?なんであの大人と会ったこと私、今まで忘れてたの?」
…………ベアトリーチェ。こいつだ。こいつが、これまでの事件で抜け落ちてた証拠だ。
「え、やだ、なにこれ。私、なにして」
「ミカさん」
「アズサちゃんを引き込んだのは私の意志……違う……あの女が、勧めて……?」
「ミカさん!」
前後不覚になるミカさんの名前を呼ぶ。彼女はハッとして私を見た。瞳が泳いで、体を抱いて震えてる。あぁ、そういうことか。そういうことなのか。エデン条約事件の中で感じたささくれのような感覚。
アリウス分校の生徒たちが伝説となるような過去の話なのに、まるで自分のことかのように感じているトリニティへの憎しみ。お嬢様学校の中でも特別なお嬢様であるとはいえミカさんほどの子がアリウスの復讐心を見抜けない違和感。
何かしらの手段による洗脳、教唆。エデン条約事件後、アリウスの子たちに感じていた背後にいる存在。
それが、ベアトリーチェを名乗るアリウスの大人なのか。
「あ、あぁ、うそ、私、わたしっ」
ミカさんの星のような瞳から光が消えていく。私は思わず彼女を抱きしめた。
「落ち着いて。大丈夫。……深呼吸して」
耳元で、ミカさんが大きく息を吐いて吸う。身体の震えはおさまり、雨の中で私の体温がミカさんに少しでも伝わるように少し強めに抱きしめる。
SRTだってそうだ。そんな大人が行き着くところまでいけば、いずれキヴォトスそのものの脅威となる。
「ミカさん。そのベアトリーチェとは、何を話したの?」
「……よくは覚えてないの。でも、ずっとアリウスがトリニティを憎んだままでいさせたくないから…仲良くしたいって私は言って……それで、ベアトリーチェは一番私の望みに応えられる、ってアズサちゃんを紹介して…アズサちゃんと私は話したら、あの子は他のアリウス生と違って、トリニティへの殺意みたいな憎しみを持っていなくて」
最初からだ。最初から、ベアトリーチェはここに至るまでの布石を打っていたんだ。白洲さんがトリニティへ潜入したのも、黒幕である大人からすれば洗脳を解かれる火種だったから、わざとアリウスから離すために…都合よくミカさんがアリウスに接触したとこを利用して。
この子も、ナギサちゃんのように、頑張りが報われることなく、利用されたのだ。
ミカさんの震えが収まったので体を離す。彼女は一度、私に背を向けて、雨が降り注ぐのも構わず雨雲に遮られた空を見上げた
「………セイアちゃんが死んだって、そう思って、それからどうしようもなくて……私、バカだから……クーデターまで行って。そっか、そうなんだ。全部、あの女のせいなんだ。あいつが全部仕組んだんだ。あいつが奪おうとしたんだ」
今まで、聞いた事がないほど、昏い声だった。綺麗で、耳心地がよくて、可愛くて、天使そのものとしか思えないミカさんからは聞こえちゃいけないような、悍ましい、声。
「ねぇ、エリカちゃん。私さ、ナギちゃんがもし死んだら、あの女、殺しちゃうかも」
「………」
「そうじゃなくても、ダメかも。ねぇ、私がそうしたら、エリカちゃんは止める?」
「止めるよ」
即答だった。それだけはさせられない。
「一度殺めてしまえば、もうそれがこれから先の人生で選択肢の一つとして入ってくるんだよ。そうなったらもう、終わりだよ。——殺しちゃえば、それで片付くから楽なのに。そんなことが、常に銃を向けた時に過ぎる。私はあなたに、そうなってほしくない。ナギサちゃんも、先生も、きっとそれは望まない」
「エリカちゃんは、そうなの?」
私は銃を抜き、ミカさんの背後に現れた影を撃った。
「…っ!?」
ミカさんが驚き、振り向く。その影は瓦礫の山から落ち、ガシャンと動かなくなる。
「ドローン……!?」
「楽だよね。機械相手だと。だって——壊しちゃえばそれで終わりなんだから」
落ちてきたドローンの急所を一撃で射抜いて私は壊した。アリウスのものだろうね。雨音に紛れて、少し遠く。ミカさんが先導して向かおうとしていた方向から足音が聞こえる。
「ミカさんのような子たちが、そんなことに苦しまなくてもいいように私たちヴァルキューレやSRT、警察がいる。そして、捕らえた犯人を裁く司法がある。復讐を果たせば確かに気持ちがいいかもしれない。でも、それで、復讐を果たした先は?」
「………エリカちゃん」
「私だって、さっきミカさんが諭してくれなければ、アリウス相手に何をしでかしたかわからない。ナギサちゃんを奪われたら。私の友達を奪われたらきっと——」
そうなった瞬間に、私はきっと、滅ぼされるべき悪となって、本当に正義を語るに値しない暴力だけの存在に成り果てていた。
「ミカさんはさっき、言ってくれたよね。ナギサちゃんを一緒に助けに行こうって」
「そう、だね」
「だから、助けに行こう。アリウスに、ベアトリーチェとかいう大人に復讐するんじゃない。ただ、ナギサちゃんを助けに」
「でも、私、あの女を」
「許せないのなら、そのときは——シャーレとして、挑もう」
「シャーレとして?」
「うん。先生と一緒に。だって、ミカさん。今の私たちはシャーレの生徒なんだよ。だからさ」
ミカさんの横を歩いて、ついに姿を見せたアリウス分校の生徒たちの前に立つ。
「私たちは生徒の味方なんだよ。それはもちろん、この目の前のアリウス分校の子達ですらそう。だから、そんな生徒の未来を、私たちの世界を奪おうとする大人がいるのなら」
ライフルに弾丸を装填する。ようやく、あの時に見たコハルちゃんのように素早く綺麗に装填ができるようになった気がする。
「アリウスも、救いに行こう」
「救いに……」
「その方が、よっぽど、復讐なんてより気分がいい」
復讐はやってしまえばそこで終わりだ。けれど、救ったらその先も為さねばならないことがある。終わってしまった先輩、私が奪ってしまった先輩の未来を、私は生きなくちゃいけないから。
「正義とは、正当なる権限のもとに行使されるべき権利である。私は、その権利を有するものである」
誓いを今一度、私は口にする。先輩が願った正義を果たすために、終わってしまったはずの私が、この先も生きていかねばならないから。
「——そこを退きなさい、アリウス分校の生徒」
相手を睨む。アリウス分校の生徒たちは怯んだのか、後ずさる。それでも退かないのは、やはりベアトリーチェという大人に脅されているのか。
ミカさんが私の隣に並んで、銃を構えた。
「まぁ、私、あなたたちを救う義理なんてないんだよね。頭の中いじくられて、おまけに騙されて友達を傷つけられて、今度は本当に奪おうとしてる。私も私で、乗せられて自棄になって、取り返しのつかないことはしたよ。それを、許してほしいとか、許されたいとか、思えない」
また一歩、ミカさんが前に出た。
「その悪い事をしたことから逃げるなんてこと、私はしたくないの。……ほんとは逃げようとしてた。ナギちゃんを大切に思ってる人に預けて、終わりかな、って思ってた。でも、こんな私でも見捨てないでいてくれる人たちがいる」
ミカさん…あなたは。
「あなたたちも許せない。それでも、私は、私を見捨てないあの人たちみたいになりたい。こんな私でも、誰かの味方になれる“私たち”だって、言ってくれたから」
宣言のような言葉に、私は改めて気合を入れ直す。怒りに惑わされるな。私が為すべきことをなせ。
「ふ、ふざけるな!わけのわからないことをごちゃごちゃと!」
「ここから先はこれ以上、通さない!」
アリウス分校の生徒たちが銃を構える。どうやらやる気みたいだ。
「へぇ、やる気なんだ。たった二人で何ができるの?」
「警告します。ただちに銃を置き、その場に伏せなさい。さもなければ、発砲します」
いつもの調子にミカさんが戻って挑発し、私もいつも通りの警告をする。アリウスの生徒たちは震えながらも引き金を引いた。
「「う、うわああっ!」」
狂ったようにマシンガンの弾が吐き出されて私たちに向かって降り注ぐ。でも、遅い。そんな見え見えの射撃じゃ、当たってあげられない。
「そーれっ♪」
「遅いっ!」
二人で一緒にアリウス生へと飛び込んで左右で挟んで、同時にアリウス生の持つサブマシンガンを撃つ。私たちの銃による一撃は容易く相手の銃を破壊した。そのまま、私たちはアリウス生の背後へと回る。
「偵察なんでしょ?武器は壊したし、もうないでしょ」
「それで言い訳がつく。退きなさい」
言うだけ言って、私たちは先を急ぐため走り出す。その場に置いて行ったアリウス生からの返事と追撃はついぞなかった。
ミカ「女と見込んだ。ナギちゃんを頼んだよ」
次回は明日午後の11時に投稿です。