頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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連続投下4日目です。


Area-20「アリウス・バシリカ #救出 #未来 #聖女バルバラ」

 化け物としか形容できない姿へと変化したベアトリーチェの腕がエリカへと伸びるが、エリカは得意のステップで稲妻のようにベアトリーチェへと接近し、ベアトリーチェの顔面めがけてライフルを突き出す。

 

 しかし、ベアトリーチェもエリカの怪我をしている脇腹に向かって右腕を振りかぶり、エリカは薙ぎ払われ石壁まで弾き飛ばされる。

 

「ぶっ……このっ…!」

 

 口から僅かに血を吐き出しながらも、エリカは飛ばされながらも空中で一回転し、壁に足裏を向けると、追撃にベアトリーチェが飛ばしてきたレーザーのような怪光線をまた別の壁へと向かって飛び、回避する。

 

「ちょこまかと!犬が!」

 

 別の壁へと再び地面と横向きに着地したエリカは勢いを殺して、今度こそ聖堂の床に着地する。その隙をベアトリーチェが狙おうとするも、横からヒヨリ、ミサキの対物ライフルとロケットランチャーの砲弾が襲いかかり、ベアトリーチェは更なる追撃ができなかった。

 

「全く、あんな化け物をマダムとか言ってたんだ。私たち」

 

「ほ、ほんとに、なんなんですか先生!?あの花みたいな化け物!?」

 

「あれだよ、特撮とかでよくある悪の組織の怪人が最後っ屁で変身するやつ」

 

「と、とくさつって?」

 

「……あ〜、ヒヨリ、今度シャーレにおいで、見せてあげる」

 

 一連の事件の黒幕、先生からすればラスボスのような存在との戦闘をしながら、まるで真剣でない様子はベアトリーチェの逆鱗に触れる。自身を明らかに軽視されたと。その程度の存在なのだと言外に言われている。

 

「巫山戯るなぁぁぁぁぁ!小娘ェ——!」

 

 金切り声のような叫びに、先生は煩くて敵わないと思いながら、使うことがない腰のホルスターに入れたハンドガンを抜いて、エリカに放り投げた。

 

「エリちゃん!」

 

「助かります!」

 

 エリカの手数が足りていない、と先生は判断しハンドガンを渡した。エリカは空中でそれをキャッチすると、即座にセーフティーを外しベアトリーチェに発砲。相手が化け物とわかると一切の加減をしなくなったエリカは正確にベアトリーチェの花のような頭部にある花びらのような器官に付いた目に向かって全弾命中させた。

 

「が、ああああっ、き、さ、まぁあああっ!」

 

「何が高位な存在だ。ただ大きくなっただけのウスノロだな」

 

 ナギサが傷つけられたことにエリカは気がついており、辛辣な言葉をベアトリーチェにかけていた。

 

「もう、こっちも忘れないでよ!」

 

 一方、ミカはバルバラと徒手空拳を交えた高速の近接戦を繰り広げていた。既に左手のガトリングガンを破壊されたバルバラは右手の巨大なガトリングガンを拳銃かのように軽々と振り回しながら、ミカにパンチ、蹴り、と格闘戦をしかけ、ミカも負けじとパンチは受け流し、蹴りには同じく蹴りを合わせて、バルバラの足を弾く。

 

「……これが、聖園ミカ……トリニティ最高の神秘…!」

 

 援護しようにも目にも止まらぬ速さで戦うミカの邪魔になると悟ったアツコは、まるで神話の再現のような人の域を超えた戦いを見守ることしかできなかった。

 

「そーれっ!」

 

 パンチを同時に繰り出し、弾かれたミカは一度大きく後方に飛ぶと、打ち捨てられた石で出来た椅子をまるで石ころを持ち上げるように左手で持ち上げ、以前戦い参考にしてみたかったエリカの投擲フォームを真似て投げた。

 

 そうすれば、投げた瞬間にソニックブームがミカの手元で発生し、次の瞬間にはバルバラの顔面が千切れ飛んでいた。まず間違いなく、生身の生徒に当たればヘイローは破壊されてしまうような威力だった。

 

「うわー、キモいなぁ〜。まだ動くんだ」

 

 だが、それでもバルバラは動く。雲散した顔面は瞬く間に再生し、何事もなかったかのようにミカへガトリングを向ける。神秘の流れを感じ取れるアツコはバルバラがどういう状態なのか見抜いていた。

 

「さっきの融合で、残機が出来てる!」

 

「え?なにそれ?何回倒せばいいの?」

 

「わからない…けど、1回2回じゃ倒せない」

 

 アツコのアドバイスにミカはならば、と軽く床を蹴りバルバラの懐へと入りこむ。ミカの手にはサブマシンガンがなかった。彼女のサブマシンガンは元いた場所の空中に投げられていた。

 

「えいっ!」

 

 可愛らしい声とは裏腹に、1秒間に何十発もの剛拳がバルバラの全身に打ち込まれる。バルバラの肉体は強烈な衝撃で凹み、四肢の向きが無茶苦茶になり、顔面を覆っていたガスマスクが一部弾け飛ぶ。

 

 マスクの下にあるあどけなさが残った顔には虚な瞳があり、ミカをただ映していた。

 

「あははっ、意外と可愛い顔してるじゃん!」

 

 ミカがバルバラから離れ、空中に投げていたサブマシンガンをキャッチし、その場でふわりと一回転。ミカの持つサブマシンガンの銃口が淡い光を放つ。

 

 再生され再びマスクを被ったバルバラが反撃にミカへと駆けようとするが、ミカは既に迎撃の姿勢をとっていた。

 

「けどさ、もう眠りなよ。ねぇ……忘れられた、私たちの大先輩」

 

 慈愛に満ちた表情、祈るような声。胸に当てられた左手が願うのは安らかな永遠の眠り。ミカの神秘が彼女の祈りに応じて銃口へと集う。ミカの指先が引かれ、爆発的な光を発し、サブマシンガンから幾つもの光条がバルバラへと殺到した。

 

 全ての弾丸がバルバラを貫く。多数の命で強引に復活するのなら、とミカは自身の全ての力を込め、マガジン一つを消費せんと引き金を引き続ける。バルバラは肉体を貫かれながらも再生を続け、ミカにガトリングを向けて撃つ。

 

 両者ともノーガードの壮絶な撃ち合いが始まるが、ミカに当たった弾丸は全て、現代の天才が生み出した神秘が防ぐ。

 

「この制服ほんとにすごいね!全然弾が効かないよ!」

 

 シャーレの制服は弾丸を通さずに弾いていく。ミカの身体強度も合わせ、もはやその守りは重装甲の戦車もかくやというものだった。

 

「バルバラがここまで、押されている!?ええいっ!他のアリウスの生徒は何をしているのですか!」

 

 ベアトリーチェは先ほどからバシリカの入り口にアリウス生が現れないことに気がついた。通してしまったとはいえ、追撃をするのが当たり前だと。そうするようにこれまで教育してきたのにも関わらず、この場にいる戦力はベアトリーチェとバルバラだけだった。

 

「生徒たちはあなたの道具じゃない」

 

「なにをっ!」

 

「助け合う存在が欲しければ、あなたはここに君臨すべきじゃなかったよ」

 

 先生がベアトリーチェの悪態に対して言い放つ。先生は薄々察していた。アリウス生がベアトリーチェを見捨て始めていると。ミカとエリカ、圧倒的すぎる存在を目にして、もしかしたらと“期待”しているのかもしれない、と。

 

「サオリの話は聞いたよ。アリウスの子たちの教官もしていたって。よくしてもらった子もいたと思う。そんなサオリを捕らえ、あんなふうにして、誰があなたに付いてくると思う?」

 

「感情を持つなど道具としてゴミ同然……!あなたたちを始末すればどうせもう、ここは用済み!使えないゴミは処分して差し上げます!」

 

「あぁ本当に——これならまぁ、黒服やマエストロのほうが万倍マシだね」

 

「口を開けばあいつらを……この淫婦があああああっ!」

 

 激昂し、全身から怪光線をベアトリーチェが放つ。光線は曲がり、先生めがけて一点に集中する。先生はそれを避けようともせずに仁王立ちで向き合う。先生の手には大人のカードがあった。

 

「——アロナ」

 

「(はい!先生!)」

 

 先生がシッテムの箱に呼びかける。これまでとは違う強烈なピンク色の光がシッテムの箱から漏れ出す。再びアツコが、先生が呼び出した強大な神秘の流れを感知し、目を向ければ、瞬きの間だけ、アツコは先生の目の前に現れた生徒を見ることができた。

 

 連邦生徒会の室長が身につける白の制服を纏い何故か花屋のエプロンもかけ、長い金色の髪を揺らしながら、まるで女神が持つような長槍じみた美しく装飾された長大な狙撃銃を光線に向けた姿を。

 

 アツコ以外にはまるで光線が先生の目前で弾け、何か見えない障壁に阻まれたようにしか見えなかった。

 

「(……そっか。君はずっとそこにいるんだね。エリちゃんのことが心配で)」

 

 ようやく先生は長らく続くシッテムの箱、その中の生徒名簿にあるバグの真相を理解する。チラリと、先生がシッテムの箱の生徒名簿を見れば、初めてエリカの名前と顔写真が表示され、その横にまた別の生徒の名前と顔写真が表示されていた。それは本当に、1、2秒の出来事で、すぐに元のエリカの情報を表示できないバグ表示に戻ってしまった。

 

「な、なんですか、今のは」

 

 戦闘力などないはずの先生が渾身の一撃を防いだことにベアトリーチェはたじろぐ。それは致命的な隙でしかなかった。

 

「もらった!」

 

「ッ!?バルバラ!対処を!」

 

 エリカがベアトリーチェに向かって突撃する。それを阻ませようとバルバラを呼び戻し、バルバラも命令に従いミカに背を向け、エリカへと飛びかかろうとするが、バルバラは動きを止めた。

 

「バルバラ!?」

 

「祈るね。あなたたちが、これからは安らかに眠れるように」

 

 バルバラの胸に大穴が開き、その穴の先にはミカが赤く赤熱化した銃口を向けながらも、祈りを捧げていた。

 

 バルバラの仮面がボロボロと崩れていく。彼女はミカへと横目を向けると、崩れかけていたヘイローは僅かに繋がって、意思など介在するはずがないにも関わらず口元を綻ばせ、声もなく解けるように消えていった。

 

 エリカがベアトリーチェの眼前でトリニティ製の白いライフルを構える。その姿は先生とアツコからはつい今しがた見えた幻影の生徒とよく似ていた。

 

「警告する!ただちに武装解除し、降伏しろ!さもなくば——!」

 

「子供が!舐めるなぁああああああっ!」

 

「さもなくば!発砲する!」

 

 ベアトリーチェの両指がまるで槍のように伸び、エリカを串刺しにせんとせまるが、エリカはあろうことか、それを正面からすり抜けるように避けていく。僅かにかすり、赤い線が腕や肩に走るが、咄嗟にミサキを庇った時のような一撃は受けなかった。

 

 銃口がベアトリーチェの幹のような腹に向けられる。

 

 ベアトリーチェは撃たれる寸前、エリカから強烈なまでの金木犀の香りがしたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で、化け物になっていたベアトリーチェが倒れ、縮んで元の姿に戻っていく。とはいえ、私は油断せず即座に装填し、もう一度ベアトリーチェへとライフルとハンドガンを向けた。

 

「ばか、な、なぜ、高位の存在となった私が、このような、野良犬に、子供たちに…!」

 

 どうやらまだベアトリーチェは意識があるらしい。本当に頑丈というか、人じゃない。私に睨み殺さんとばかりにベアトリーチェが幾つもの目を向けてくるけど、それは私の隣にまで歩いてきた先生へと移った。

 

「これ以上、私の大切な生徒たちをそんな風に呼ばないで。話しかけないで」

 

「小娘が…!まだ、まだです、わたくしの計画はまだ……!桐藤ナギサの全てと、錠前サオリを使って——」

 

「いいえ、終わりです。ベアトリーチェ」

 

 まだやる気なのか。私はいっそ、トドメを放とうと狙いを定めたが、聞いたことのない男性の声が静かになった聖堂に響いた。

 

 コツ、コツ、と革靴の音と、カツカツと杖をつく音。私たち全員の視線が、今の今まで祭壇にいなかった存在に向けられていた。首がないトレンチコートを纏った遺影のようなものが入った写真立てを抱える不気味な紳士。そうとしか言えない存在が現れた。

 

 私たちは銃口をその紳士へと向けていた。

 

「失礼。私はあなた方と戦うつもりはありません。彼女のように、怪物になれるような力もなく、見ての通りの力しかありません」

 

 首のない紳士はわかりやすいぐらいに肩を下げていた。なんなんだこの人…?

 

「ゴルコンダ……!何故、今更…!」

 

「あなたを回収しに来たのですよ。もはやあなたは、先生……彼女の敵ですらない」

 

「……どういう、ことですか」

 

「忠告は何度も、私たちがしました。この学園都市というテクストに自らを埋め込むことがどういうことか。もはやあなたは——ここにいる生徒たちに倒されるべき悪でしかない。つまりはありふれた愛と正義の物語を成立させる、舞台装置でしかないのです」

 

「私が、舞台装置…!?」

 

 何かを紳士…ベアトリーチェの言う通りであれば、ゴルゴンダという人が話してベアトリーチェは絶望していた。意味のわからない話だけど、一つだけわかった。相手は負けを認めて、ここは退いてくれるってことだ。

 

「先生。今回は迷惑をおかけしました。ゲマトリアを代表して謝罪しましょう」

 

「謝れるとは思ってなかったよ」

 

「我々は“大人”です。過ちは認め、次への糧としなくてはなりません。しかし、このような結末になるとは……故に、あなたの介入を促すような真似をしたベアトリーチェには心底残念に思っています。あなたが関わると、物語の結末が変わってしまう」

 

「そう。それはよかった」

 

「…………巡航ミサイルも、あなたが今持つヘイローを破壊する爆弾も、全て私の作品でしたが、何一つ持たせた意味を果たせませんでした」

 

 この人が、あのミサイルをアリウスに提供したんだ。私はたまらず銃を向ける。ゴルゴンダが私へと体を向けた。

 

「草鞋野エリカさんでしたか。あなたも先生と同じです。あなたがあの条約に介入したことで、物語は捩れ歪み、魔女の降臨(本来の結末)へと至ることができなくなりました」

 

「あなたが望んだ結末なんて知ったことではない」

 

「その通りです。私も同じ気持ちです。……では、我々はこれで失礼します。ベアトリーチェ、立ってください」

 

「くっ、こんな、こんなの、認められない…!私は」

 

「戻りましたら、話をしてもらいます」

 

 怪人二人が虚空に空いた穴から消えて、また私たちの周りは静かになった。もう周りに敵はいない。私はナギサちゃんが磔にされている木のようなものに近づいた。そうすると、これもすぅっと消えようとしていた。

 

「まずい!」

 

「姫ちゃん!リーダーも!」

 

 落ちてくるナギサちゃん、そして、錠前さん。ナギサちゃんは私が受け止め、錠前さんは秤さんと戒野さん、槌永さんの三人が受け止めた。

 

「エリカちゃん!ナギちゃんは!?」

 

 ミカさんも駆け寄ってくる。なんとかその場で寝かせて上半身を抱く。体温はしっかりあって、息も正常。けれど、体の至る所に擦り傷とか、羽は端っこが焦げてるところもあった。こんなにナギサちゃんを傷つけて……。

 

「ナギサちゃん、しっかりして、ナギサちゃん!」

 

 私が呼び掛ければ、ナギサちゃんは少し呻いて、目をうっすらと開けた。

 

「……ぁ……エリカ、さん?」

 

「っ!そうだよ!私だよ!ナギサちゃん!」

 

 ナギサちゃんを抱きしめる。よかった、生きてた。助けられた。本当に、よかった。

 

「うぅ…うううっ……ナギサちゃん……ナギサちゃん……」

 

「エリカさん……ありがとうございます。助けに、来てくれて」

 

「あたりまえだよぉ!わたしたち、どもだぢなんだからぁ!」

 

「…………そう、ですね」

 

 ナギサちゃんが抱き返してくれた。

 

「ナギちゃん、無事でよかった」

 

「ミカさんも…助けてくれたのですね」

 

「当然★ま、けど大変だね、これから」

 

「……何がですか?」

 

「大胆だよねナギちゃん。そんな全裸でさ、すきな——」

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 ぎゃあああああっ!?耳、耳が!?

 

 突然のナギサちゃんの絶叫で耳がやられた私はなんとかナギサちゃんを軟着陸させてのたうち回った。

 

「ああっ!?え、エリカさん!?み、ミカさん!あなたのせいでエリカさんが!」

 

「わーお……ひどい責任転嫁」

 

「そ、それにエリカさん!?ち、血が転がるたびにローラーで塗ったかのように…!す、すごい大怪我を…!ミカさん!今日という今日は許しません!ロールケーキをぶち込みますよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「あっちは随分に賑やかだね」

 

「ほ、ほんとうにそうですね…草鞋野さん、普通なら死んでません…?あの怪我」

 

 先ほどまでの命をかけた戦いの空気などとっくに雲散し、ふざけた空気が漂い始めた中、ミサキとヒヨリは呆れたように姦しく騒ぐエリカたち三人を見ていた。

 

「………サオリ、どう?」

 

「……動けなくはない」

 

 サオリはアツコに抱きしめられ、目を覚ましていた。激しい戦闘の末に捕らえられたサオリは全身に打撲や裂傷の跡があったが、それでもサオリは持ち前のタフさで気丈にも動けるとアツコに言ってみせた。

 

「姫……何故戻ってきた」

 

 助かりはしたが、サオリはボロボロのアツコを見て言わずにはいられなかった。もはやサオリ自身に存在価値はない、そう思っての自己犠牲だったが、何故見捨てなかったのかと。

 

 そんな身勝手な考えをしていることなど、アツコにはお見通しだった。

 

「私たちにはサオリが必要だよ。ミサキ、ヒヨリも、そうでしょ?」

 

「……まぁ、小煩いし、事あるごとに私のことを邪魔するけど……そうだね」

 

「さ、サオリ姉さんがいないと、私、私なんて何にもできないクズですよ!」

 

「私たちはサオリのことを見捨てたりなんて絶対にしない。サオリが、私たちをずっと、助けてくれたように」

 

 アツコの温もりを感じながら、サオリはこれまでのことが一気にフラッシュバックする。全ては虚しく、無意味、徒労であると言い続けてきたはずの日々。だが、そこには本当に何もなかったのだろうか。

 

 サオリの手をヒヨリが取って、両手で包む。暖かなヒヨリの体温はネガティブなことばかりを言う彼女にしてはあまりにも優しく、心地がよかった。

 

 ミサキの瞳がサオリを見つめる。全てに絶望し、灰色に染まっているはずの彼女の瞳の中の世界で、サオリとアツコが鮮やかに映り込んでいた。

 

「……私は、いいのか?ここにいても、生きていても」

 

「うん」

 

「お前たちは、必要としてくれるのか?」

 

「そう。けど、あの人みたいに道具だとか、そういうのじゃなくて——私たちがあなたのことを大好きだから、この世界で、生きてほしい。私たちのためだけじゃない。サオリ自身のために」

 

「私自身の、ため?」

 

 アツコのために、ミサキ、ヒヨリ——アズサの未来のためにサオリは生きてきた。そこに、サオリ自身はいなかった。4人が、ただ、生きていてほしいとどんなこともやってきた。

 

 だが、アツコはサオリ自身のために生きろと言う。

 

「……わからない。私自身のために、なんて」

 

 まるで何もない砂漠に放り出されて、途方にくれそうな気分にサオリはなった。自分がどう生きたいかなど、彼女は考えたこともなかった。

 

 そんな迷うサオリのもとへ、先生が歩いてきた。彼女の手にはどこから見つけてきたのか、サオリの服や装備があった。

 

「おっも。よくこんなの持ってあんな動けるよねみんな」

 

「先生……」

 

「おはよう、サオリ。とりあえず服着たら?」

 

 殺されかけた相手にする態度ではなく、サオリは混乱するが、先生の言う通りでもあるため、ひとまず衣類や装備を身につける。騒がしかったエリカたちのほうをちらりと見れば、ナギサもちょうど着替えているところだった。

 

 着替え終わったサオリは改めて先生と向き合う。他のアリウススクワッドメンバーもサオリの脇を固めて、並んだ。

 

「先生。私はあなたを撃った。草鞋野エリカも、始末しようとした……それなのに、何故」

 

「それは君が、生徒だからだよ。誰かが、みんなが忘れていたとしても、私だけは忘れない。見捨てない。私は、あなたたち生徒の味方だから」

 

 先生がサオリへと歩み寄り、抱きしめる。自身より身体の小さいはずの先生の抱擁はこのまま身を全て預けてしまいたくなるほどに心地の良さがあり、サオリは逆に恐れを抱く。感じたことがない気持ちだった。

 

「は、離れてくれ、こんな、私は」

 

「辛かったね。頑張ったね。サオリ、お疲れ様」

 

「————」

 

 サオリの視界がぼやける。意味がわからず、サオリは指で濡れた頬を触る。彼女は涙を流していた。

 

 そうしてしばらく、サオリは声も上げずに初めて……これまで目を背けていた苦しみを吐き出すかのように泣き続けた。

 

「……落ち着いた?」

 

「すまない……」

 

「いいよ。これぐらいさ」

 

 先生がサオリから離れる。先生は気を取り直すように咳払いし、少しだけ真面目な表情に変わった。

 

「さて、これで君たちを縛るものはなくなったよ?どうしたい?」

 

「………私たちが犯した罪は消えない。私だけでも、ヴァルキューレや連邦生徒会に差し出しても構わない」

 

「リーダー!?」

 

「何言ってるの、サオリ」

 

 この期に及んでも自己犠牲じみたことを言うサオリに、先生は苦笑いする。同時に、それはただ自身をないがしろにしているのではなく、どうしたって、サオリの根っこの部分があまりにも優しく、周りの誰かを犠牲にできないでいることに気がついた。

 

「そうだね。サオリ。あなたが犯した罪は消えない。エデン条約事件でたくさんの生徒を傷つけたことも、私と、エリちゃんを殺しかけたことも」

 

「……あぁ」

 

「けどさ、だからってあなたをこれから苦しめて、生き地獄を味合わせる必要なんてない。あなたたち子供が苦しむような世界を作ってしまった責任は、私たち大人が負うべきものだから」

 

「待ってくれ、そんな…!責任を、負うこともできないのか…!?なら私は、何をして生きていけば」

 

 取り乱すサオリに、先生は優しい声音で話を続ける。

 

「責任を負うのは、これからのサオリの人生そのものだよ」

 

「どういう、意味なんだ」

 

 戸惑うサオリに、アツコが柔らかな表情を讃えて、口を開いた。

 

「サッちゃん、私はわかる気がする。アズサは言ってたよね。学校が楽しいって、友達と一緒にいるのが幸せだって。サオリは、どんなことが楽しい?どんな食べ物が好き?どんな趣味があるの?……ずっと、ずっと一緒にいたけど、私、あなたのことが好きなのに何一つ、知らないの」

 

「………そんなこと、考えたこともない。私が好きなもの…?趣味……?わからない、私は」

 

 サオリが自身の身を抱えた。まるで彼女自身が伽藍堂のように思えて、怖くなる。だが、先生はそんなことはないとゆっくり首を横に振った。

 

「本当にそうかな?三人とも、サオリがこれまで生きてきた中で、光るものはたくさんあったよね」

 

 先生の問いかけに、アツコ、ミサキ、ヒヨリが顔を見合わせ頷いた。

 

「サオリは責任感が強くて、決断力もあって、何が出来たら褒めてくれる」

 

「お、教えるのもとっても上手です!いろんなこと、たくさん……教えてる時、怖いですけど……」

 

「真面目すぎるぐらいで、計画も立てるの上手いし、指揮をするのも上手だよね」

 

 ずっと、サオリを近くで見ていた3人の嘘偽りない本音がサオリの耳に届いた。

 

「ほら、みんな知ってる。サオリはさ、もしかしたら、先生が向いているかもね」

 

「私が、先生……?」

 

「リーダーが!?」

 

「……想像つかないね」

 

「ううん、きっと似合うと思うな」

 

 サオリがたじろぐように、後ずさり、被っていた帽子を脱ぎ、左手で揉んだ。

 

「……そんな、ありえるのか…わからない……先生、私は、このまま……前へ進んで、生きていいのか?」

 

「それはこれから、サオリが見つけていくことだよ」

 

 先生はまるで、もう伝えることは伝えきった、と言わんばかりに背を向け、エリカたちの方へと戻ろうとする。

 

「じゃあ、ここでお別れだよ」

 

「なっ……!待ってくれ!私は、私たちは——いや、そう、か。それが、これからの、私たちの」

 

「きっと見つかるよ。誰だって、大人はそうなんだ。私もそうだった。だから、保証する。その答えは、きっといつか、見つかるってね」

 

 今度こそ、先生がエリカたちへ歩き、合流する。そのまま、先生はエリカたちにサオリたちのことを話して、聖堂の出口へと引き連れていく。サオリはそれを黙って見送ろうとして、しかし、一つだけ伝えられていないことがあった。

 

「待ってくれ!——すまなかった!」

 

 サオリはその場で土下座した。エリカ、ミカ、ナギサが足を止める。代表して口を開いたのは、エリカだった。

 

「……錠前さん。私は、あなたたちが罪を償うまでは許さない。けれど……これで終わりにしたいと思う。罪は消えない、過去も変えられない。でもね、あなたは、その手を私の血で汚さずに、今ここにいる」

 

 先生は背を向けたまま、生徒たちの言葉に耳を傾けていた。

 

「だから、顔を上げて、前を向いて。私のように、過ちを犯しても、前に進んでいくことはできる。誰かから託されたものでも、自分のためでもいい」

 

 実感の籠った言葉であることはサオリにもわかった。サオリは、顔を上げ、エリカの顔を見た。その表情は優しく、許さない、などと言った少女のものではなかった。まるで全てを受け止め、包み込むような女神のようなものだった。

 

「本当は、元警察官として、あなたたちを捕らえなくちゃいけないのかもしれない。でも、今の私はシャーレの生徒だから、これからどんなことがあっても、味方であり続ける。ううん、ヴァルキューレでも、シャーレでも同じ。罪を犯してそれをただ責めるんじゃない。その先、これからどうしていくのか、私は支えていくよ」

 

 とびきり優しい笑みに、サオリたちは呆けてしまう。

 

「さようなら。もし困ったことがあったら、シャーレに来てね。おいしいコーヒー出してあげるから」

 

 それを最後に、エリカたちは去っていく。だが、思わずサオリはもう一度だけ、エリカに声をかけた。

 

「どこにこれから」

 

「まだ助けが必要な生徒がここにはたくさんいるから。そうですよね、先生!」

 

 先生が頷き、とうとう聖堂から出ていく。エリカたちもその後に続いて、聖堂にはアリウススクワッドだけが残された。

 

「行ってしまいましたね」

 

「………行こう。もうベアトリーチェはいない。私たちを縛るものは、なくなった」

 

 サオリが告げ、4人もその場から立ち去る。去り際、捨て置かれた無線機が無差別に飛ばされた広域通信を拾っていた。

 

『こちらはトリニティ総合学園、生徒会長の百合園セイア。アリウス分校の生徒たちよ、ただちに武装解除し、投降するんだ。抵抗する場合は、SRT特殊学園、そして我々トリニティの正義実現委員会、救護騎士団が実力を以て制圧する』

 

 無慈悲なはずの勧告は、自治区の各地で抵抗をしようとしていた生徒やミカやエリカに倒された生徒たちに届き、まるで全てが終わったことを知らせる労いの言葉にも思えていた。

 

 




次でこの章のエピローグとなります。

夏イベで出た無人島の話とか思うと、バルバラたちにも青春の物語があったと思うんですよね。それをベアトリーチェは汚したなぁ、と個人的には思ってしまうんですよね。
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