頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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少しでも肩の力を抜いて、なんて思ってたのにこの話の前半は前回のエピローグの続きみたいになってしまった・・・。

後半はちゃんとエリカとハルナのお話もあります!今話もよろしくお願いします!


第六章 休暇とは、帰るまでが休暇である
Area-01「シャーレ執務室 #徹夜明け #出発 #当番」


 キーボードを叩く音と、ソーサーにカップが置かれる音。オフィスに相応しい環境音に加えて、たまに遠くで銃撃戦の喧騒が紛れる早朝のシャーレオフィス。先生は生徒からの支援要請で教材の作成をしていた。

 

「ふぅ……こんなもんかなぁ」

 

 日中はほぼ外回りになる先生はデスクワークを後回しにしがちであり、夜から始めて朝になることは珍しくはなかった。今も徹夜明けだが、それでも彼女は弱音や愚痴を吐いても決して逃げ出すことはなかった。

 

「んで、カヤはどうしたのこんな早朝に」

 

 座っていた椅子を回転させ、応接用のソファに腰掛け、コーヒーを飲みながら寛いでいるカヤに先生は声をかける。連邦生徒会の防衛室長であるカヤはシャーレの当番となることはなく、先生からも頼むことはない。

 

 先生からの問いに、カヤは持っていたカップを目の前のテーブルに置き、一呼吸置いてから答えた。

 

「……………エリカさんにですねぇ、文句の一つでも言ってやろうかと思いましてね」

 

 私、イラついてますが、と言わんばかりの顔で言うが、先生はカヤの表情を気にすることはなかった。

 

「エリちゃん今日から休暇で5日間くらいはいないよ」

 

「え、どちらに行かれたんですか」

 

「レッドウィンター。温泉宿に泊まるみたいだよ」

 

「あの仕事人間のエリカさんが休暇ですか!?しかも5日間!?」

 

 驚愕の表情へと一気に変わったカヤ。カヤからしてもエリカはワーカーホリック気味であることはわかっていた。先生はカヤもその認識だったことにやっぱりそうなのか、と思ってしまった。

 

「防衛室にいた時もずっと仕事してたの?エリちゃん」

 

「えぇまぁ……書類仕事はかなり楽をさせてもらっていましたよ」

 

「エリちゃん、バリバリの武闘派なのに事務もすごいできるんだよね。あの才能欲しいよ」

 

「それには悔しいですが同意します。頼んでなくても雑務が片付いていますからね」

 

 先生が一人だった頃のシャーレは徹夜しても仕事が片付くことはなく、シャーレのオフィスですら脱いだ服が一部散乱しかけるなど、眼も当てられない状況になっており、当時は手が空いていたユウカがよく先生の面倒を見ていたが、それでも毎日は来れないため限界があった。

 

 エリカが来てからは常に整理整頓され、あらゆる備品の補充や帳簿付も全てされている。どこにそんな暇があるんだ、と先生は一時観察していたがどれも作業が全て迷いなく行われていて単純に仕事が早いだけだということがわかった。

 

「先生のことです。エリカさんに頼りっきりなんでしょう?」

 

「ほんとそうだよ。5日間もいなかったらどうなっちゃうことやら」

 

「……前に、それなりの期間入院していましたよね」

 

「あのときは他の学校の子が結構手伝ってくれたから。ほら、私も脇腹に穴空いたし」

 

 服をめくろうとする先生にカヤは「見せんでいいです」と手で制した。カヤにとって先生を守りきれなかったことは純粋に彼女の胸を痛めていた。理不尽な責任転嫁が一切通用しない。実際に現場に出向き、カヤ自身の手が届かないというどうすることもできなかった明らかな失敗。

 

 言い訳ができない。カヤが感じたこともない息苦しさが先生の傷を見ることを今でも出来ないでいた。

 

「まぁ前回のことは置いておきましょう。今回はどうするのですか?」

 

「一応ほら、ミカもいるし」

 

「聖園ミカさん……シャーレでの奉仕活動は継続でしたか」

 

「週3でね。ミカも最近乗り気みたいだからさ」

 

 かつては生徒会長にまでなり、カヤの所見からしてもシャーレなどというお人好し集団にミカが積極的に参加するなど、カヤは理解できなかった。

 

「トリニティでの政争も大体はカタがついたと風の噂で聞きましたから、てっきり聖園さんの罪もうやむやになるかと思いましたが」

 

「そこは私とエリちゃんが許さないかな。特にエリちゃん」

 

「え……」

 

 そこはお友達で……とはならないのかとカヤは驚いた。先生の顔は一瞬真剣なものになっており、逃げることは許さない、と言っているのが流石のカヤでもわかってしまった。

 

「ミカ自身が自分の罪とようやく向き合い出したのに、それさえも奪うようじゃシャーレはただの都合のいい生徒皆お友達クラブだよ」

 

 そうではなかったのか、とカヤは先生の発言に心の中で首を傾げてしまう。カヤが防衛室長である以上は最低限、連邦生徒会関係の施設に関するセキュリティの報告や今後の計画・各室からの陳情は上がってくる。その中で「七囚人がシャーレに日常的に出入りしている」という報告もあった。

 

 シャーレを糾弾するにはいい材料だ、とカヤは過去の会議で先生ごとシャーレは犯罪者の根城になっていると発言したことがあったが、リンから生徒の扱いは先生に一任しているため、そこは口を出すべきではないと、一蹴されてしまっていた。

 

「(思えばあの時ぐらいですかねぇ。FOX小隊が接触してきたのは)」

 

 ふと、カヤはFOX小隊の付き合いがその頃からだったと思い出す。かつてFOX小隊が必死になって捕らえた狐坂ワカモがまるで罪のない生徒のようにシャーレに出入りしている事実。これが一番最初のFOX小隊がシャーレ排除に動き出した火種だったのではないかと。

 

「(ニコさんがシャーレ近くのお店でバイトしていたのも監視兼、いつでも工作が可能なように、だったはずです)」

 

 それが、何がどうして今はシャーレを無くてはならない、と言い出すまでに至ったのか。カヤはエリカだけが原因ではない、と感じていた。

 

「(いい機会です。エリカさんがいないのであれば、ここは先生の腹の中を探ってしまいましょうか。あのゲマドリアだかトリアだか、漫画みたいな秘密結社をでっち上げた報告書を上げてきたわけですし)」

 

 カヤは先生が上げたアリウス自地区での事件に関する報告書を話半分で見ていた。花型の化け物となった悪の秘密結社の怪人。漫画がすぎる敵性存在がこの世にいるなど、カヤはありえないと考えていた。

 

 カイザーコーポレーションの社員が戦車と合体し襲いかかってきたというエリカが夏に報告した内容のほうがよほど信じられた。

 

「先生。そういえば前々から気になっていたのですが、何故先生は狐坂ワカモをヴァルキューレに突き出さないのですか?」

 

 あえてカヤは直近のアリウススクワッドのことを出さなかった。

 

 彼女は報告書を信じてはいなかったが、仮に事実だとすれば一つの自治区を大人が歪め、生徒たちを生徒では無くテロリストに仕立て上げるという学園都市キヴォトスそのものを破綻させかねないもの。

 

 アリウスの生徒に全責任を持たせることは不可能、と同情的にでは無く、状況証拠からそう判断するしかない。

 

 カヤが信じていなくても、室長のうち半分以上が先生の報告書を認めてしまっている以上、カヤは個人では無く、連邦生徒会防衛室長としての視点で報告書を認めるしかなかった。

 

 故に、彼女は自らキヴォトスに破壊と混乱を齎した狐坂ワカモのことを先生に問う。

 

「うーん。そうだね。ワカモは確かに思い込み激しいし、即断即決ですーぐ動いちゃうけど、ちゃんとダメだよ、って言えばやめてくれる子だよ」

 

「………私は彼女のパーソナリティを聞いていないですが?」

 

「でもあのシャーレ稼働開始日を最後に、ワカモが暴れてどこか火の海になったことはあるかな」

 

「確かにないですね」

 

 先生の発言は事実であった。狐坂ワカモが最後に表舞台で大体的に暴れたのは先生のシャーレ就任当日、シャーレビルを占拠しようとD.U.中の反連邦生徒会生徒たちを扇動した時だった。あの事件以降、ワカモが起こした大きな事件はなく、シャーレに入り浸るようになった、というのはカヤも否定しようがない。

 

「最近はなんかあんまり来なくなったけど、それでも事件は起こしてないからね。今はどこで何をしてるのやら」

 

 それはFOX小隊との接触が先生と増えたからではないかとカヤは思ったが口には出さなかった。

 

「ただ、もしワカモがまた暴れて誰かを悲しませるなら、私はもちろん矯正局に戻ってもらうつもりだよ」

 

 言い淀むことなく先生は断言し、カヤは余計に先生のことを理解できなくなった。だが、事件と対処、という観点からカヤは先代の防衛室長が残した引き継ぎ書の内容を思い起こす。

 

 ——過剰な治安維持活動は正義とは言えず、権利の不当な行使である。健康体に不要な薬を投与するものであり、新たな病をこの学園都市に蝕ませる。適切な往診による適切な診断、そして処置が肝要。

 

 妙に、病と薬を例にして書かれていた引き継ぎ書であったが、カヤにとってははっきりとした事象と対応例に読めて飲み込みやすかった。だからこそ、カヤは普段から「自分が動くようなことはこんなものじゃない」という意識にも陥っていたが。

 

「風邪と、風邪薬……そういう関係ですか」

 

「どうだろう?エリちゃんもそれたまーに言うけど。まぁでも、今のワカモを私が過去の出来事を上げて、過剰にあの子を糾弾して今矯正局にぶちこむのはちょっとさ、違うよね」

 

「罪を悪んで人を悪まず、といったところですか」

 

「そう、それそれ」

 

 納得できなくとも、そういったものであるとカヤは先生の考えを認めた。あの完璧な連邦生徒会会長が遺した組織としてはあまりにも曖昧でふわふわとした先生の回答であったが、カヤはこれ以上の言葉は引き出せないだろうと、会話を仕切り直すようにコーヒーに再度口をつけた。

 

「ふぅ。先生の考えはわかりました」

 

「そりゃよかった。逆にカヤはどう思ってるの?」

 

「え、わ、私ですか?」

 

 まさか逆に聞き返されると思わず、カヤが目を見開く。

 

 先生は、カヤのことを決してある程度は見ていなくても大丈夫、とは思っていなかった。むしろ、先生はリンとアオイからカヤのことを頼まれていた。

 

 

 

 

 

——不知火室長……いいえ、カヤには連邦生徒会の、一部の室長たちから疑惑を向けられています。

 

——一部といっても私がほとんどね。使途不明の金額が一時期、防衛室長の周りであったの。今はFOX小隊の防衛室一時預かり用の予算と比較して概ね一致してるけど、夏前……春先だったかしら。そのとき、一度だけ、明らかに小規模の学園1学期分の予算が諸経費に使い込まれていた。

 

——流石にそれは追及したんじゃないの?アオイが

 

——そうね。けど、春先は先生が就任したばかり、会長もいなくなって無茶苦茶になっていた時期よ。私ですら見落として……気がついたのが決済したあと。

 

——もちろん、すぐにアオイから私に報告はありましたが、カヤに聞いても「役員の福利厚生に必要経費でしたので」と押し切られました。事実、防衛室の調度品などの更新が大々的にされていました。

 

——でも、こっそり財務室の役員を向かわせて更新された備品とかをカタログの値段と照合させてみたら予算を使いきれていないことがわかったの。だから、あの子、何かをしようとしてる。

 

——正確にはしようとしていた、といったところかもしれません。夏以降はあのエデン条約事件に先生の提案とはいえ現場で戦い、晄輪大祭ではより治安向上のために学園間の結束を強化する案を出すなど、精力的です。

 

——努力をしようとしているのも見えているし、あの子はエデン条約事件のあとから明らかに変わったわ。ようやく、室長としての自覚を持ち出した、というか。

 

——ですから、先生。少し、カヤのことを気にかけてあげてください。私たちではどうにも反発されてしまうと思いますから。

 

 

 

 

 

 カヤが何かをしようとしていた。それは先生も何となくではあるが、FOX小隊の様子から薄々勘付いてはいた。エリカは同じくあえて見て見ぬ振りをしていたが、先生はそうもいかなかった。

 

 集団となれば学園都市の中でも最上位に近い戦闘力を発揮するSRTの生徒たち。それを内密に裏で維持する。その事実だけでも、カヤがどうしようとしていたのかは先生も幾つか想像がつく。大人である先生は性善説だけでカヤを見ることはできない。

 

 先生からの質問に回答を悩むカヤを見て、決して彼女が根っからの悪人ではない、ということはわかっている。カヤがもし、つい一週間前に先生が対峙した自身の人生にすら責任を持てず、周りの全ては自らが成り上がるための道具としか見れない大人と同じであれば、そもそもカヤはここには来ないし、先生の脇腹に出来た傷跡を見るのを躊躇わない。

 

 カヤが責任を感じていなければ、自業自得だ、と笑ってもおかしくはなかった。

 

「私は……ふむ……エリカさんの言葉を借りますが、正義とは正当なる権限のもとに行使されるべき権利である…と思いますかね。私は正義の側に立つ人間ですから、乱用すれば悪者になってしまいます」

 

 明らかにカヤ自身の言葉ではなく、カヤも正義がなんたるかはわかっていない。その場しのぎの答え。だが、先生はそれでもいいと思った。人が変わることは決して容易くない。それでも、カヤはその入り口に立っている。

 

「ですから、今の狐坂ワカモをすぐに捕まえ、矯正局送りにする……というのは少々、悩むところですね。まぁ、実際のところ、脱獄してるので戻すのが筋ですが」

 

「それはそう。でも、ってなるでしょ?」

 

「難しいですね、これは」

 

「でしょう?まぁでも、カヤは優しいから、きっとエリちゃんみたいな選択をそのうちするよ、きっと」

 

「は?私が優しい?」

 

「うん。だってエリちゃんに文句を言いにきたって、言うけど実際はエリちゃんに会いにきただけでしょ」

 

「なっ……そんなことはありません!私はエリカさんに、先生のあのふざけた報告書がどうにかならないのかと言いにきただけです!」

 

「ふふっ、それならちょうど私がいるじゃない」

 

「パワハラですか…!」

 

「むしろ上部機関のカヤから詰められる私の方がされる側じゃないかなぁ」

 

「くっ……!全く、本当にエリカさんがいてくれれば」

 

「今頃、特急列車の中で楽しんでいるんじゃないかなぁ」

 

「……そういえば、エリカさんはお一人で?」

 

「いんや、エリちゃんが一人で行くわけないでしょ。誘われてね」

 

 エリカが一人旅ではない。この事実に、カヤは糸目になりがちな目を開いて、真顔になった。

 

「(あっ、やっべ)」

 

 先生は話すべきではなかったと察した。

 

「どういう、ことか、説明、してください」

 

「え、どうしたのさ、カヤ」

 

「エリカさんを誰かと一緒に行かせればそちらに気を使って休めなくなるでしょう!!あの子本人は気を休めようなんて思っても勝手に身体がそうするじゃないですか!!!」

 

「あ、そっちかぁ」

 

「何がそっちかぁ、ですか!?」

 

 ぷんすか、と鼻息を荒くするカヤに先生はどうどう、と手で制しつつ、自分ばかりとなりがちなカヤもエリカのことをちゃんと知っているではないか、と安堵する。きっとカヤからすれば無意識のうちに出た言葉であったが、間違いなくカヤがエリカのことを想っての発言であることは先生にもわかった。

 

「まぁまぁ、大丈夫だよ。今回行った子はそういうとこ、ちゃんと抑えられる子だから」

 

「……本当ですか?ちなみに、どなたと」

 

「ハルナ。黒館ハルナだよ。ゲヘナの」

 

「美食、研究会の、首魁じゃないですかあああっ!?」

 

「いやさ、料理が絡まなきゃハルナはちゃんとした子だからさ……」

 

「ええい、こうしてはいられません!今すぐ彼女の護衛を…!」

 

「落ち着いてってカヤ……(あれ、思ったより力無い)」

 

「は、離してください!!」

 

 先生は飛び出していきそうなカヤを羽交い締めにするが、他の生徒であればそのまま引きずられるところを何故かカヤは完全に抑え込めてしまった。これ幸い、とそのまま先生はカヤをソファに戻そうとするが、突如カヤの力が増し、先生はバランスを崩した。

 

「うわ」

 

「きゃっ!?」

 

 そのまま、先生はカヤを押し倒す形となる。揉み合ったせいかお互いの衣服は僅かに乱れ、先生とカヤの顔は鼻先が触れそうになっていた。

 

「(こう見ると、カヤはなんというか、可愛いけど落ち着くというか)」

 

「(あぁ、もう!無駄に美人ですね、この大人は!)」

 

 硬直し、互いの顔をまじまじと二人は見つめ合ってしまっていた。そんな中で、微妙な何ともいえない空気となった執務室の扉が開いた。

 

 先生とカヤはまるで錆びついた機械のように同時に、執務室の入り口へと顔を向けた。

 

「——ドゥン……シャーレ執務室………」

 

「あっはっはっ!アリス、それ昨日のタマシイシリーズの真似?」

 

「はい!そうです!」

 

「せんせー!遊びに来た………よ………?」

 

「あっ!あ——!モモイ!先生が誰かを押し倒してます!」

 

「……これ見ていいやつ?」

 

「ダメなやつです!ユウカー!先生が」

 

「待て!アリス待って!違うの!これ誤解!」

 

「耳元でうるさいですよ!先生っ!?」

 

 子供達の良くも悪くも騒がしい声がシャーレの中で木霊する。誰が悪か、正義か、その罪を赦すのか——そんな命題のようなものを語り合い、非日常の名残を噛み合っていたどこか仄暗い雰囲気は、執務室内にいつの間にか注ぎ出した朝陽が消し、先生もカヤもありふれた日常の中に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのですか?そのような気難しい顔をして」

 

「ううん。なんか、シャーレが大変なことになってる気がする」

 

「いつものことではありませんか」

 

「……それもそっか」

 

 規則正しいガタンゴトンという音がBGMとなって、私は妙な心地よさを感じていたけど、なんだか先生が大変な目に遭っているような気がして思わず背もたれから背中を離してしまっていた。

 

 まぁでも、ハルナの言う通りでもあるので、考えすぎかな?

 

「けどさ、5日も離れてよかったのかな」

 

「先生が良い、と言ったのですから、甘えるのがよいでのはなくて」

 

「うーん。でも、先生放っておくと色々自分のこと放っておいて仕事優先しちゃうから」

 

 先生には自分のことを大切にしてほしい。生徒のことを想う先生は尊敬しているけど、同時に自分のことを捨ててでも生徒を救おうとする先生はいつも心配になってしまう。撃たれた時も私と違って先生は高熱出てたらしいし。

 

 って、なんかハルナがものすごい顔で見てきてる。

 

「なに?」

 

「いいえ……あなたも人のことを言えたものではなくてよ」

 

 冷たい言葉だけど、あっはい。としか言えない。うん、私は人のこと言えない。次に死にかけたらナギサちゃんはしばらくトリニティでまた私の護衛をさせると言ってきた。それは困ると言ったけど、助けてもらう度に血みどろになるし、倒れるし、と突っ込まれれば何も言い返せない。

 

 久々にカンナちゃんと話したくなり、モモトークでそのことを言えば「自業自得だ馬鹿。私たちの気持ちも少しはわかったか」と怒られた。

 

 あのジオフロントでの戦いの後、ミカさんを見て思ったこと、本当によく考えないと。そういった意味では、今回の旅は改めて自分のことをちゃんと考え直すものになるかもしれないし、ハルナは……私にちゃんと言いたいことを言ってくれる子だ。ちょうどいいかもしれない。

 

「辛気臭い話はやめましょう。せっかくの旅なのですから」

 

「そうだね。楽しまないと」

 

 ハルナの言う通りだ。考えることはあるけれど、まずはこの旅を楽しまないと。

 

 レッドウィンターの227号温泉郷、という宿に行くには当然ながら列車を使う必要があった。というのも、レッドウィンター自体が広大で、更にレッドウィンターの周辺には夏行ったオレンジパウンド高校のような衛星学園の自治区を通り抜けなくちゃならない。

 

 なので、まず私たちは車で行けるところまで行って、あとは目的地周辺に駅がある自地区横断の鉄道に乗り込んだ。これでも降りたい駅には一晩かかるので、今日の晩は寝台付きの個室で過ごすことになる。

 

 ハイランダーではなくレッドウィンターが運行しているので、ちょっと客室の質はあまりよくないけど、地方の自地区にあるヴァルキューレのボロボロの官舎と比べればマシかな。

 

 今いるのはラウンジのある客車だけど、レッドウィンターの校舎まで行く外部の自治区の人は少ないので思ったより空いている。

 

「ハルナはあぁいうベッド大丈夫なの?」

 

「美食研究会の活動で野宿することもありますわ」

 

「そういえばそうだった」

 

 本当にこの子の一見色素が薄くて儚げな印象のせいで忘れがちだけど、アウトドアなんだよなぁ。食のためなら過酷な環境もなんのその。

 

「言っておくけど、私の前で爆破なんぞしたらわかってるよね」

 

「エリカさん。わたくしがそもそも、そのような手を下すような場所にあなたを連れていくと、お思いで?」

 

「それもそっか」

 

 自分で捕まりにくるようなことはしないからね。……なんでまた微妙な顔をするのさ。

 

「ちゃんと、この列車で振る舞われた料理は美味しかったでしょう」

 

「うん。確かにおいしかったよ」

 

「しっかりリサーチはしましたのよ。厨房を担当している生徒で誰が一番おいしかったか」

 

 ハルナらしい。でもまぁ、私に捕まる以前に旅行に行くのにその足を潰すような真似をするわけないか。私といる以上、変なことをハルナがするわけないし、この旅の間ぐらいは……友達だと思って良いのかな。

 

「旅の間の食事はハルナに任せるよ」

 

「ふふっ、お任せください」

 

 笑顔のハルナを見て、私も笑った。ハルナの舌は信頼しかない。この子が爆破しなかったお店はたちまち繁盛するのは事実だからね。

 

「けどさ、こういう旅行とか美食研究会の子たちとはしないの?」

 

「しませんわ。わたくしたち、徒党を組んでいますが、スタンドプレーの結果チームになっています」

 

「………そういえばそうだね」

 

 忘れてたけど、美食研究会って単独でも問題を起こすし、チームで組んでも誰かが犠牲(捕まる)になって、その後特にフォローは入っていない。それはハルナが捕まってもだ。

 

 今はもう撤退して存在しないヴァルキューレ・ゲヘナ支部へ、一時期D.U.で暴れてたゲヘナ生を片っ端から送っていた時に、現地の署長からそのことを聞いたことがある。

 

「よくあれで未だにつるんでるね」

 

「そのぐらいのこと、食の前にわたくしたちが気にするとでも?」

 

「すごい執念だ……」

 

 ジュンコちゃんだっけ?一番後輩らしいあの子でさえ、一見まともに見えて食事に関することになれば容赦が色々ない。銀行強盗に巻き込まれて食べようとしていたアイスを銀行強盗とヴァルキューレの生徒にダメにされて、私が行った時には既にその場にいた全員がジュンコちゃんに倒されて、なお暴れようとするので私が取り押さえたということがある。

 

 食べ物の恨みは……なんてよく言うけどなんだかもう凄すぎてよくわかりません。私。

 

「でも、それはそれとしてこの前の晄輪大祭みたいに一緒に回ったりはするんでしょ?」

 

「もちろん。お祭りと言えば友と一緒に食べることでより、屋台の料理が美味しくなる……そう思いまして」

 

「実際美味しかったんでしょ」

 

「えぇ。あれは正解ですわ。あの時の味、思い出は記憶の中でより昇華され、二度も味わえぬものとなる……またとない体験でしたわ」

 

 楽しそうに話すねぇ。ふむ、それなら。

 

「ならさ、年明けぐらいに百鬼夜行のお祭りとか行かない?」

 

「………!」

 

「美味しい屋台とかいっぱいあるし」

 

「ぜひ!」

 

 飛びつくようにハルナが私の手を握った。そんな目をキラキラさせちゃって、大人っぽいハルナがものすごく子供っぽく、可愛くみえる。羽までぴこぴこしてるし、尻尾も揺れてるし。ははっ、椅子がガタガタいってるよ尻尾当たって。

 

「んんっ!……あらいけませんわ。わたくしったら」

 

「いいんじゃない?珍しくハルナの可愛いところ見れたし」

 

「ぇ————かわ——」

 

 ハルナがぴしっと固まってしまった。流石に本来は警官で捕まえにくる私が言うべきセリフじゃなかったから引かれてしまったのかな……。

 

「ごめんハルナ、変なこと言って」

 

「い、いえっ、そのような、全然」

 

 何故かテンパってる。

 

 話題を変えよう。えっと、うん。

 

「ハルナ、今日の服はいつもと違うね」

 

「え、あっ、はい。そうですわね。レッドウィンターに行くので、少し厚手に」

 

 ハルナの言う通り、今日の彼女の服はいつもの制服じゃなくて、ふわふわとした白のセーターに、少しゆとりのある黒のボトムス。上着ももこもこしてて可愛いくて、なんというか、いつものお嬢様って感じじゃない。とはいえ、おそらくその服もお高い。食にも惜しみないハルナのことだし、着道楽なんだろうなぁ。

 

 私?私服なんて碌にないのでせめてハルナのボディガードっぽくちょっと青みがかったスーツ一式にストライプのYシャツ。ネクタイはなし。あっちは寒いのでちゃんと下にスパッツとか保温できるインナーも入れてる。

 

「変でしょうか?」

 

「ううん。全然、良く似合ってるよ」

 

「……そ、そうですか」

 

 なんか今度はちょっと俯いちゃった。ううん?頬が赤い?まさか寒さで体調崩しちゃったかな。

 

「ハルナ、大丈夫?顔赤いけど体調は?」

 

「ぜ、全然、万全ですわ。そんなことを言ったら、あなたこそ大丈夫ですの?」

 

「お風呂入ったら少ししみるところはあるけど、平気だよ」

 

 脇腹はもう抜糸したし。傷の治りが早過ぎるとミネ団長は言っていたけど、前からこんなもんなので自分の体のこういうところは助かる。

 

「ならいいですが……」

 

「湯治って意味ではちょうどいいのかな?この旅」

 

「身体を酷使している自覚はありましたの…?」

 

「まぁ、一応ね……トリニティの救護騎士団の団長に怒られちゃって」

 

「なんと?」

 

「短期間で自ら二度も死にかけた人はあなたが初めてです。自己犠牲も程々になさい、って」

 

 あれは怖かった。ナギサちゃんに怒られたのとはもうレベルが違う。次にやらかしたらお前を殴って殺してでも救うぐらいの勢いというか。とにかく怖かった。ほんとに、うん。自分の体は大事にしないといけない。

 

 ハルナはミネ団長の言葉に共感したのか、頷いていた。

 

「その方の言葉は間違っていませんわね。エリカさん。この旅で何かが起きてもあなたは矢面に立つことはありませんよう。心がけなさいませ」

 

「えぇ?けどさぁ、そうは言っても私シャーレの生徒だし、支援要請とかされたら受けないわけには」

 

「でしたら、その格好らしく、わたくしの横に控えてください」

 

「どういうこと?」

 

「もし支援要請が入ったらわたくしが前に立つと言っているのです」

 

 ちょっとそれはいただけない。

 

「やだ」

 

「そんな子供みたいなことを言うのではありません」

 

「やだもん。ハルナを前に立たせるのはなんかやだ」

 

「だめです。無茶をするな、と周りからも言われているのです。お休みの日ぐらい、わたくしに守られていな……さい!」

 

「んむっ!?」

 

 食べかけだったハルナのアップルパイを口に突っ込まれた。

 

「エリカさん。よろしくて?」

 

「んむー………」

 

 口の中の食べ物を飲み込まないと反論できないことをいいことに。

 

 けど、ここまでハルナが強引に働くな、って言うのは初めてだ。悪いことするから、とかじゃなくて本当に無茶すれば怒る、って目をされてる。

 

「……わかったよ。けど、何かあって、ハルナが怪我しそうだったら、わかんないからね」

 

「往生際が悪いですわね。あまりひどいと、ナギサさんやFOX小隊の方々に伝えますわよ」

 

「わかった、ほんとにわかったって。……じゃあ、私のこと、守ってよ」

 

 なんかもう絶対ハルナが曲げなさそうなので私は折れた。誰かに守られるって、なかなか無いからどういう気持ちでいればいいのかよくわからない。ただ、まぁ……ハルナが私のことを大切に思ってくれているのはわかった。ナギサちゃんがなんだか過ってしまう。

 

 私が折れたことにハルナは「よろしい」と満足げな表情となった。

 

「だいぶ外の景色が寒そうになってきたね」

 

「そうですわね」

 

 車内は空調がしっかりとしてるおかげで寒くはないけど。

 

「時間はまだまだあるし、どうしよっか?」

 

「このまま一緒に景色を眺めても?」

 

「別に良いよ。ハルナが行きたい、って言ってくれた旅だもん。あなたの好きにして?」

 

 私は窓枠に肘をついて、外の流れていく景色に意識を委ねた。四人がけのテーブルだったので、右横の席が空いていたけど、何故かわざわざハルナが私の横に座った。なんでわざわざ景色の見え辛い位置に?

 

 しばらく私が気にしないでいると、ハルナの手が腿の上にある私の左手の上に重ねられて、ちょっと私にハルナが寄った。近いって。

 

「………んっ……」

 

 うっ…………いや、うん。夏の時もそうだけど、ちょっとね。あの、ハルナに密着気味はさ、よくないんだ。嫌とかじゃなくて。私の、その、種族的にね?ほらさ、どうしたって、こればかりは友達だろうが関係なく。

 

「ハルナ」

 

「……なんですの」

 

 目線を彼女に向ければ、近い。綺麗な赤い瞳に私が映ってしまうぐらいには。いい匂いがする。

 

「お、おいし、おいしそうな料理とか、夜は出るのかなぁ」

 

「もちろん。レッドウィンター料理だそうですわ」

 

「そ、それわぁ、よかったぁ」

 

 ()おいしそう(たべちゃいたい)——じゃない!一旦やっぱり別行動にしよう。そう思ってハルナに声をかけようとしたところで、私の意識はあまったるいハルナに溶けていきそうなものから、外気が吹き込んだかのように冷え切って澄んだ。

 

「…………」

 

「エリカさん……?」

 

「誰だ…?」

 

 ハルナを一旦私からやんわりと退け、一度席から立ち上がり辺りを見渡す。

 

 何か、狙うような視線を感じた。鋭い…というよりはこちらを注意深く伺うような。それは本当に一瞬で、まるで針先をちょん、と当てられたみたいだった。

 

「どうされたのですか…そんなにこわいお顔を…」

 

「ううん。気のせいだと思う。静電気かも」

 

「あら、でしたらごめんあそばせ?セーターですから」

 

「気にしないで」

 

 この客車を見る限り、特に怪しい乗客はいない。いるのはレッドウィンターの生徒や、レッドウィンター内に住んでいる市民らしき獣人。仕事で乗っていると思われる会社員風の乗客。他には旅行客と思われる白髪の二人の子。たぶんゲヘナの子かな?

 

 全員が談笑していて、そんな視線を向けてきたようには見えない。

 

 いや、やっぱり、車両を移したほうがいいかな。

 

 そんなことを考えてたら私の左手首をくいくいと引っ張られた。ハルナが座れと言ってる。

 

「なに?」

 

「……誰かにつけられてますの?」

 

 こっそり、私に耳打ちしてくる。流石にハルナもわかっちゃうか。

 

「……わからない。でも、車両を移そうか」

 

 彼女が頷く。よし、そうと決まれば、と私がリードする前にハルナが私の手を握って引っ張った。

 

「でしたら、バーがあるという車両に行ってみません?」

 

「あ、うん。いいよ」

 

 私はそのままハルナに連れられて別の車両へと向かう。さっきの視線は私に向けられたものじゃない。ハルナに向けれられたもの。誰かが彼女のことを狙ってる。ハルナが狙われる理由なんてごまんとあるけど、襲われても彼女自身が撃退することも多いし、私と出会った時だって私が守った。

 

 だから、簡単には手を出してこない。襲ってくるというのならそれは相手が万全という証拠だ。

 

 ハルナは矢面に立つな、って言った。それでも、やっぱり友達が傷つくのは嫌だ。それなら、今の私の格好なりにやれることをやろう。

 

 気持ちを固めつつ、私は今までいた車両の連結部のドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……いやぁ、カヨコちゃん。やばくない?」

 

「……あれが安全局の狛犬。一瞬目線を向けただけで気が付くなんて」

 

 エリカたちが立ち去った車両の中で、今の今まで明るく話していたゲヘナの生徒二人が冷や汗を吹き出していた。二人はただのゲヘナ生ではなく——ハルナから永久凍結バナナがどこにあるのか探るために列車に乗った便利屋68のカヨコとムツキだった。

 

「でもさー、すっごいラブラブだったよねあの二人?あのワンコちゃんは彼氏なのかな」

 

「わかんない。……先生なら知ってるだろうけど」

 

「流石にそこを聞くのはちょっとね〜」

 

 カヨコたちの目から、エリカとハルナはどうみても付き合いたてのカップルがいちゃつくかのような甘い雰囲気を出していた。かつての警察官であり今はシャーレの生徒、そして、悪名高い美食研究会の首魁とのロマンス、と見れば前触れなく実行された旅行はまるで二人の関係が隠されたもののように見えた。

 

「ワンコちゃんはシャーレの生徒なんだよね?」

 

「うん。アビドスの子からそういう子がいるって聞いたことある」

 

「……セリカちゃん?」

 

「なんでわかったの」

 

「べっつに〜」

 

 悪ガキのようなムツキの表情にカヨコはため息をつきつつ、別車両に消えていったエリカたちを追うべきか悩んだ。

 

 過去に、カヨコはエリカがゲヘナ生に対して熾烈とも言える取り締まりを実行したことを知っている。D.U.からゲヘナ生が一時的に消えるという事態にもなった通称「地獄の七日間」と共に、ゲヘナの治安維持側からは感銘と、悪さをする側からは畏怖を持ってそれは語られ続けている。

 

「アルちゃん、そういえば中等部の時にカツアゲされてたところ、まだ新米だったワンコちゃんに助けられてるけど覚えてないのかな?」

 

「写真見ても気がついてなかったんでしょ。覚えてないんじゃない」

 

「ま、そっかぁ。けど、アルちゃんたち連れてこなくてよかったねぇ」

 

 ムツキは机の下、僅かに震える膝を叩いて無理やり震えを止める。

 

「あんなに恐いの、アルちゃんだったら気絶してるよ」

 

「………命のやりとりを本当にしたことがある子みたいだよ。そこは先生から聞いた」

 

「ふーん……この仕事、ヤバくない?」

 

「下手を打てば、私たち、全員矯正局送りだろうね」

 

「サオちゃんもいるし、そうかも。やだなぁ〜」

 

 やれやれ、とわざとらしくムツキは肩を落とす。アルが見せたパーティーの写真にエリカが写っていることもカヨコたちはわかっていた。だからこそ、二人は最悪の想定をしていたが、その最悪がまだ甘い見込みであったことに気が付かされてしまった。お嬢様が一人で旅をするのに、たった一人で護衛を任されている。そういうことだと二人は簡単な依頼でないことを改めて意識する。

 

「絶対に実力行使はやめよう。たぶん風紀委員長並みかも」

 

「そうだね。こんな何もないところで電車が止まったら帰れなくなってアルちゃん泣いちゃうし」

 

「それに………」

 

 カヨコは車内をチラリと見る。複数人、スーツ姿の人物がカヨコたちから視線を外す。

 

「アルちゃん、相変わらずくじ引き弱いねぇ」

 

「ほんとね」

 

 無名もいいところの小悪党を雇い、敷居の高い目標を狙う。それが意味するところなど、雇われる側でさえもすぐに勘づく。カヨコとムツキはレッドウィンター到着まで密室と化したこの列車内で何も起きず時間が経つことはないと予感した。

 

 




次回はまた未定です!

カヤが先生を振り解こうとしなかったのは先生と主人公が死にかけた事実が脳内でフラッシュバックしてるためです。初めて現場に出て初めての任務の失敗が誰かの生死に関わるという強烈な体験をしたために、強引に振り解けば先生は——となっています。


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