バーのある客車に着くと、そこは椅子がなくて狭めの丸いテーブルが幾つかあって、バーのカウンター裏にバーテンダーさんが一人立っていた。お客さんはここもそんなに多くないけど、流石にバーなだけあって仕事に来ている会社員の人とかもちらほら見える。
ソフトドリンクの提供もあるみたいで、生徒も紛れてる。
「雰囲気は……普通ですわね」
「そりゃそうだろうね。ウッド調で落ち着いてる感じはするけど」
カウンターに向かって、二人で飲み物を頼む。私はコーラ、ハルナは葡萄ジュースだった。
「……ワインじゃないよね?」
「ふふっ、そんなものに頼るほど、わたくしは意気地がないわけではありませんわ」
どういう意味?まぁ、飲んでないならいいけど。
「エリカさんがコーラなんて珍しいですわね」
「普段はコーヒーとか紅茶。外ではお水かな。外勤務の時はカフェインの入ってるもの避けるようにしてるし、ジュースだと水分補給にならないからさ」
「休暇だから、ですの?」
「うん。肩の力を抜こうかなって」
と言いつつも周囲をちらりと見る。さっきのような視線は感じないし、やっぱり気のせい…?コーラを一口飲めば、口の中で炭酸がはじけてしゅわしゅわする。久々だなーこの感覚。
「エリカさん、炭酸ジュースを飲むとお耳がピコピコしますのね」
「なにそれ待って。初めて知った。嘘でしょ」
そんなバカな。今の今まで気が付かなかった。試しにもう一口飲んで手を当てたら勝手に耳が動いていた。くっ、なんか悔しいからハルナのほうも観察する。葡萄ジュースを飲む姿は綺麗で、服装は庶民的に見えるのにお嬢様感が滲み出ている。
グラスから口を離すと、なんだかものすごい唇とかが色っぽい。うぅ、だめだ。さっきの匂いのせいで私の本能がまだ刺激受けたままだ。なんだかんだで、今が「休み」って意識が私の中でしっかりあるのかもしれない。普段はやっぱり「仕事」だからかこういうのコントロールできてるけど…。
「エリカさん?」
「な、なに?」
「いえ。わたくしのことを見てボーッとされるなど、珍しくて」
「あ、ごめん。じろじろ見て。嫌だよね」
「別にそんなことは。あちらのテーブルでゆっくりしましょう」
気を遣わせちゃってるなぁ……ハルナに促されるまま、私は空いているテーブルへと向かう。ハルナは私がどうなっているのか察してくれたのか対面に立ってくれた。
また一口コーラを飲む。耳を意識してみたけど耳が止まらない。長年無意識だったみたいだから無理だよねぇ、いきなり止めるのは。
「エリカさん。列車旅は初めてですの?」
「ちゃんとしたのはね」
「ちゃんとしないものなどありますの」
「ヴァルキューレの専用列車で研修に行った時かな……トレインジャックの訓練も兼ねてたから寝てる時に撃たれそうになるし、食事食べようとすれば犯人役がいきなり暴れ出すし、油断してたら機関車と客車の連結部を外されかけるし」
あれはあまりにしんどい訓練で、カンナちゃんですら「そんな1日に10回も同じ列車でジャックが起きるか!」と怒っていた。実際に配属されてから私が遭遇したのはどれもこれも1回だけだけど、あの訓練のおかげであらゆるタイプのトレインジャックには対応できるようになったと思う。
ハルナは訓練の話を受けて、顔が引き攣っていた。
「面白くない話だったね」
「い、いえ、改めて思いますわね……あなたが厳しい訓練や試験を突破した警察官だったのを」
「元だけどね」
といってもさ、列車は基本的にそれを運行しているハイランダーや各企業で鉄道警備隊を持ってるから、トレインジャックの現場に私みたいに何度も乗り合わせない限りは基本的にヴァルキューレが解決することはない。ヴァルキューレの出番は大抵、トレインジャック収束後の犯人引き渡し時だ。
この列車……レッドウィンター横断鉄道はジャックの件数がキヴォトスではかなり少ないはず。通るところが僻地過ぎて逃げてもどうしようもないからね。
「だからさ、ハルナみたいに慣れてる子との旅だから楽しめてるのかもね」
「楽しめていますの?」
「うん。楽しい、って盛り上がる感じじゃなくてさ。リラックスできるというか」
さっきの妙な視線を除けば、今日は時間がゆったりと流れてる。ここ最近はずっと走り続けてたし、二度も死にかけた上に、大切な友達を二度も大変な目に遭わせてしまった。自治区を揺るがすような事件でもあったし、改めて思うとよく命があったものだと思う。
それが全部片付いて、こうしてまた、ハルナという友達と過ごせているのはある意味で奇跡のようにも思えた。どこか一歩でも踏み外せばエデン条約事件やアリウス事変で私は取り返しのつかないことや、私自身がどうしようもない状況になっていたわけで。
「だから、ハルナが旅に誘ってくれたことは感謝してるよ」
「嬉しいことを言ってくれますわね。ですが、まだ旅の目的地にすら着いていませんわ」
「それもそっか。じゃあ、お礼は帰ってからだね」
「そうしてくださいまし」
二人でくすりとして、一緒に飲み物をあおった。
「ふぅ。それにしても、ハルナとナギサちゃんの友情がこんなに長く続くとはね」
「どういう意味ですの?」
「いやほら。二人ともお互い色々と立場が」
片やテロリスト、片や自治区の長。おまけに所属校も犬猿どころか仮想敵とされているのにモモトークで頻繁に連絡を取り合ってるのは本当に信じられない。特にナギサちゃんはシンパの生徒に知られようものなら色々と不味いことになる。
私の指摘に、ハルナはそんなことはわかっている、といった様子だった。
「本来であれば彼女とは道が交わることはなかったでしょう。淡水魚と海水魚ぐらい生きる場所が違うのですから」
「言い過ぎじゃないかなぁ。意味はわかるけど」
「ですが、あなたが繋いでくれたから…わたくしとナギサさんは友であれています。エリカさん気づいて?わたくしとナギサさんにはエデン条約などいらなかったのですよ」
言われてみれば、まさに目指すべき姿というか……究極的にはハルナとナギサちゃんのように友達になれるのならエデン条約で強制的に両校を結ぼうなんて必要はなかった。でも、それが長年できなかったから条約は結ばれようとした。だから、そう単純な話でもない。
だとしても、ハルナとナギサちゃんには必要なかった。それは尊いことだと思う。
「私はそんな大それたことしてないと思う。二人だったから友達になれたんじゃないかな」
「いいえ。それはありえませんわ。わたくしとナギサさん……ともすれば、ナギサさんはわたくしのことは毛嫌いしてもおかしくはありません。あのフィナンシェ……ナギサさんが友を想い作った菓子を食べられたからわたくしは彼女を友としたいと思った。キッカケはエリカさんがいたからこそですわ」
本当にそうかなぁ。もしそうならそうで、なんだか気恥ずかしい。でも、ナギサちゃんとハルナが、今友達って事実は変わらないもんね。
「そういえば、ナギサちゃんとハルナって普段どんな話をしてるの?」
「他愛がない話ですわ」
なんだろうか、他愛ない、って言ってるけど二人のことだから話してるだけでキラキラしてそう。もう少し具体的にどんなことを話してるのか聞こうとしたら私たちが来た方とは別の扉が開いた。
入ってきたのはさっきの車両でも見た会社員風の人。よくみればスーツがさっき見た人たちと同じだ。団体旅行…?いやいや、それでみんな同じスーツ着てくるのはなんか変だし、普通は私服だ。
今入ってきた人の後に、更に二人現れる。彼らは同じ会社の社員ならこのバーで並んで飲むのかと思ったけど、そうはせずに車内の隅にそれぞれ分かれていった。ちょうど私とハルナが真ん中近くのテーブルにいるので、まるで三角形の中心のような配置になる。
特に視線も向けられている感覚はない。けど、わざわざ私たちを囲む必要はあるのだろうか。
「エリカさん」
「なにかな」
「お飲み物は……空になっていますわ」
ハルナに言われて気が付く。いつの間にかコーラを飲み切っていた。ハルナの方はと見れば、まだ半分は残ってる。どうしようかな、追加でもう一杯ぐらいは飲もうかな。
「教えてくれてありがと。じゃあ、もう一杯何か」
「それなら一緒に参りましょう」
私だけで取りに行こうかな、と思ったらハルナも一緒にカウンターまで来るようだ。もしかして、ハルナもさっきのスーツの人たちに何かを感じてるのかな。
二人でカウンターへ向かおうと歩き出した、その瞬間だった。ガコン、と列車が大きく揺れた。
「っ……!?」
咄嗟にハルナを庇うように抱き寄せる。なんだ今の揺れ。まるで重しを落としたような、何かを外したかのような。ぶつかったり、事故が起きたような感じじゃない。
「エリカさん、何を」
「ごめん。転んだら、って思って」
「あ、ありがとうございます」
このまま離したいけど、たぶん無理だ。あぁまったく、違和感を少しでも感じたら何かが起こる。さっき三方向に分かれていたスーツ姿の人たちがこっちに集まってきた。全員表情は固く、私たちは背にバーカウンターがあって退路を断たれている。
「お客様方…?いかがされたのですか」
バーテンダーも様子がおかしいと感じたのか、私たちに声をかけてくる。…スーツの3人は革手袋をはめていて、腰にはハンドガン。胸元をよく見れば、どこかの会社の社章のようなものが見える。王冠に足が生えたような不可思議な形の社章。
「……わたくしたちに、何か御用で?」
ハルナが私を庇うように前に出る。いやいや、逆。私がハルナのことを守らないといけないのに。
彼女の問いかけに、3人は無言のままだ。
「その胸元のバッジ……トリニティの商社、クイーンマテリアル社とお見受けします」
ハルナはこの人たちがどこの会社の人かわかっていたらしい。クイーンマテリアル社……トリニティの会社だけど、どこかで聞き覚えが……トリニティに行ってた時にティーパーティーの会議でなんか話題が出てたような。
あれは確か、ナギサちゃんが最近の自治区内における問題を取り上げていた時に——。
「…………ッ!ハルナ!」
「え?」
見えたのは注射器のような棒状のもの。それがハルナの正面に立っている人が懐から取り出して、ハルナに突き刺すような動きをしていた。なんとか前に出て、私は突き出された相手の手を殴って弾いた。
注射器のようなものを相手は取り落とし、床に落ちると割れて、中の薬剤が溢れる。ゴム系製品に香料がついたような臭いが鼻に一瞬届く。ヴァルキューレでは研修で、獣人系の生徒は薬品の判別が臭いでできるように訓練されるからわかる。
これは、麻酔系……?ハルナにこんなものを打って何をさせようと。
左右の相手が今度はハルナを捕まえようとしてきたため、右側の相手にはライフルを即座に発砲、左側の相手は蹴飛ばし、私はハルナの手を取ってその場から駆け出す。
「え、エリカさん!?彼らは」
「あいつら、この前のオークションの元締め!あのバナナを出品してた人のとこの社員だよ!」
「まさか取り戻しに…!?」
「それだけで済めばいいけどね…!クイーンマテリアル社は倒産してる!違法行為がオークション摘発と同時に明らかになってね!」
次の車両の連結部の扉を開け、その先へ飛び込む。次の車両は一般の客車で、私たちが飛び込んで来たことで少ない乗客たちはなんだなんだ、と驚いて見てくる。後ろ見れば、突き飛ばした3人が銃を抜いてこちらに向かおうとしているのが見えた。
とんだ休暇になった…!
「どうされるのですか!エリカさん!」
「考える!とにかく今は走って!」
このまま逃げてもいずれ追い込まれる。騒ぎを起こせば保安要員が駆けつけてくれるかもしれないけど、相手も何人いるかわからない。
私はハルナを連れながら、ひとまず列車の中での追いかけっこをすることとなった。
——時は遡り、十数分前。後方客車のうち一台にある広めの個室にて、3人の生徒たちがトランプ遊びをしていた。
「……むっ」
3人うち一人である錠前サオリは、今遊んでいるババ抜きの最終局面にて選択を迫られていた。目の前に、引こうとしている手札の持ち主はサオリが今、雇われている便利屋68の社長、陸八魔アルである。
サオリの手がアルの手札2枚うち、左右に揺れるとアルの顔は笑顔になったり青ざめたものになったり、まるで異なるライトが交互に点滅しているかのようだった。
「(……流石は噂に聞く便利屋68の社長だ。どちらがババか……ブラフを張っている)」
アルの持つ手札のうち、片方はジョーカー、つまりはババでありサオリの指先がババにかかりそうになれば素直に笑顔となって、そうで無い方に行けば青ざめるという純粋な反応であったが、サオリはそれがわからず、アルが演技をしているものと感じていた。
「社長、一つ聞きたい」
「な、なに?」
「そもそも、何故我々はトランプに興じているんだ?」
便利屋68の目的は黒館ハルナの確保又は永久凍結バナナの在処の確認であり、目的を果たすのであれば早々に仕掛けてもいいとサオリは思っていた。
護衛も一人だと事前情報で判明しており、隙はいくらでもあるのではないかと踏んでいた。また、便利屋68のメンバーは同じ学校であるためか、ハルナ自体の戦闘力は単独ではそこまで脅威では無い、優秀なスナイパー程度であるということも分かっていたため、余計にサオリは偵察の意味があるとは思えなかった。
そんなサオリの思考などアルはわからず、素直にトランプをしている理由を答えた。
「待っている間は暇だからよ」
「しかし、いいのか?」
「いいのよ。あの二人ならしくじるはずがないもの」
「信頼しているんだな」
「もちろん。それに、大所帯で行っても先輩を刺激するだけよ。あの人、お嬢様だから色々口が回るみたいだし、交渉ごとならカヨコに任せておけば万事解決よ」
先ほどの百面相が嘘のように落ち着いた、底知れない余裕の表情を見せるアルに、やはり先ほどまでの姿はブラフだったのだろうとサオリは判断する。そして、トランプ遊びをしているのも、それほどまでに成功を確信しているあらわれだと納得した。
「わかった。なら二人を信じて待とう」
「えぇ、そうしてちょうだい。トランプで遊べば心理戦の練習にもなって一石二鳥。空いている間はあなたの教育もしないとね」
「………そういうことか」
アルが心理戦の練習、という言葉は全くの嘘であり、アルは内心「ただで遊んでるだけなのよ!?」と冷や汗をかいていたが、見栄のためにサオリにはそういうことだと伝えておいた。ただ、サオリの横に座っているハルカも信じてしまい、目を輝かせていた。
「流石アル様です!どこでも私たちのことを考えて…!」
「ふふっ、そうでしょう?私についてくれば一流のアウトローになれるんだから」
「一生ついていきます!アル様!」
サオリが納得したことで再び3人はトランプ遊びに戻るが、ふとサオリが通路側を見ると、ドアの窓の先で妙なものが見えたのだ。車内販売のカートだけが、一人でに走っていくのを。
「なんだ…?」
「どうしたの、サオリ」
「いや………」
カートだけが通っていくなどおかしい。サオリは個室の扉を開け、通路を見た。そうすると、乗務員が他の個室の扉に寄りかかり倒れており、通路の床には僅かな靄が見えた。
「………!ハルカ!天井を抜くんだ!」
サオリは即座に扉を閉め、ハルカに呼びかける。ハルカにも白い靄が見えており、何か有毒なものが撒かれたと判断し、迷いなく個室の天井に向けショットガンを連射。あっという間に天井は穴だらけになっていき、さらにサオリもアサルトライフルを使いボロボロになった天井に追撃、個室内の座席に乗って高さを稼いだサオリがライフルのストック部分で天井を壊していき、最終的に大穴が天井に開いた。
天井に穴が開くまで僅か1分にも満たない。サオリが先に穴を抜け、車両の外に出ると手を差し伸べた。
「社長!」
「わ、わかったわ!」
何が起きたか全くわからないが、とにかく危ないことが起きているということだけはわかったため、アルは社員の判断を信じ、サオリの手を取る。下からハルカがアルを持ち上げ、アルは車外に出た。
「さむっ!」
アルの声が聞こえたのか、ハルカが穴から抜ける前にアルの防寒着を手に取り、最後に外へと出てくる。それなりの速度で走り、徐々に雪まで降りつつあるため、体感温度はかなりの低温。ハルカは寒がるアルに防寒着を被せる。
「ハルカはわかったか」
「……催眠ガス、ですよね?」
「あぁ。乗務員が倒れていた」
サオリはハルカの素早い判断に、安堵する。アリウススクワッドにも劣らないしっかりと訓練された練度であることが改めて確認できたからだ。ハルカが催眠ガスの充満に気がつけたのはサオリが扉を開けた瞬間に漂ってきたわざとガスにつけられた臭いに覚えがあったからだ。
そんな通じ合っている二人にアルは完全に置いてきぼりにされたが、戸惑っているばかりでは新入社員の前で示しがつかないとなんとか立ち上がった。
「とにかく、二人に合流しましょう」
「あぁ。トレインジャックが成功すれば依頼の達成は不可能だ」
「アル様の邪魔をするやつ……殺します」
3人とも武器をそれぞれ構えると、前方車両に向かって走り出す。アルがもちろん先陣を切った。
「(もー!なんでこうなるのよ!話を聞くだけで終わると思ったのに!)」
アルは想定外の事態に焦っていた。トレインジャックはゲヘナでは日常茶飯事であり特別なことではないため、その点に関してはアルも大して問題にしていなかった。トレインジャックによって、ハルナに接触ができなくなってしまう可能性がほうが問題だった。
「とりあえず、どこかの連結部から下に降りるわよ!」
「わかった!」
「はい!」
2両ほど車両の連結部を飛び越え、アルはもう少し先で下に降りることした。
だが、3両目の後部連結部を乗り越えたところで、連結部から煙と火花が大きく上がった。
「ちょっ!?なになになに!?なんなの!?」
「爆弾…!?」
僅かな揺れの後、ついさっきまで通った後方の車両数台の連結が外れ、離れていく。サオリとハルカは爆弾で連結部を破壊されたとわかった。
「どうして爆破を……?まさかアル様をこんな極寒の地に」
「いや、違う。最後尾の車両は保安要員が載っていたはずだ」
「どういうことよ!?」
「………考えたな。トレインジャック犯はガスで保安要員を眠らせた上で、更に車両を切り離し完全にこの列車を掌握するつもりだ」
「えぇ!?」
大掛かりな仕掛けであり、サオリは相手が少数では無いと察する。ハルカもアルを周囲には何も無い極寒の地に置いていかせようとしたトレインジャック犯に対し、万死に値すると思いながらも、冷静なサオリの言葉を聞き、車内に二人が取り残されていないか心配になった。
「お二人は大丈夫でしょうか…?」
「ま、待って!それなら位置情報アプリを見れば一発よ!」
アルはこんな時のために、と今回の任務のために携帯へ入れた位置情報アプリを起動させ、カヨコとムツキの位置を確認する。幸いにも、二人の位置情報はアル達がいる数台先のところで動いていた。
「大丈夫!二人ともこの先にいるわ!」
「合流しよう」
「えぇ!全く私たちの邪魔をするなんて、後悔させてやるわ!」
半ばヤケクソになりながらアルは前に向かって駆け出した。
「おもちゃにもならないね」
「………はぁ。嫌な予感は当たるね」
連結部が爆破され、後方車両が切り離された直後、先ほどまでエリカ達がいた客車で次の行動を考えていたムツキとカヨコは突如として警棒を持ち出したクイーンマテリアル社の社員に襲われていた。
爆弾と重機関銃による制圧が得意なムツキは得意な戦法が使えず、小柄な体躯を活かした俊敏な動きと体術で相手を制圧し、カヨコは普段から使用しているサイレンサー付きの銃で的確に相手の急所を撃ち気絶させた。
「なんで私たちを襲ったんだろうね?」
「大方、社長のことをスケープゴートにしようとしたんでしょ」
「聞いてみる?」
「必要ない」
「それもそっか」
床に倒れたクイーンマテリアル社員を無理やり起こそうとしていたムツキは掴んでいた襟を離し、立ち上がる。周囲の乗客は突然の振動と戦闘に怯え切っており、二人を遠巻きに見ていた。
「どうしよっか、カヨコちゃん」
「社長たちと合流するよ。……さっきの振動、客車が切り離されたみたいだから、前の車両に飛び乗ってれば、だけれど」
「アルちゃんのことだから運良く逃げられてるでしょ」
幼馴染の悪運だけは間違いなく信じているムツキは「にひひ」と笑いながら、席のガンラックにかけていた重機関銃を手に取り、構える。
「わかってると思うけど、派手にやると列車が壊れるよ」
「大丈夫だって〜。爆弾は使わないよ」
「ならいいけど」
「それで合流するけど、どうするの?」
「そこは社長次第かな」
ハナから便利屋68は生贄に過ぎないとわかれば、依頼を遂行する必要もなくなる。最終的な判断はアルに任せるものの、カヨコとしては脱出するか、ハルナを捕らえ目的のオーパーツの在処を聞き出し、売り払いでもしなければ割に合わないと思っていた。
「けどさぁ、お駄賃ぐらいはほしいよね」
それはムツキも同じ、否、カヨコ以上にそう思っていた。何より、大切な幼馴染を騙してくれた相手には相応の代償を払わせなければ気が済まない。
「悪には悪の信念ってものがあるわけなんだしー、アルちゃんのことを騙したのなら……それなりのお返しはしないとね」
「それはムツキの裁量に任せるよ。行こう。まだクイーンマテリアルの連中はいるだろうから」
「くふふっ。少しは遊びがいのある相手がいるといいなぁ」
バーのある車両から逃げ出した私たちは追っ手の三人から逃げられないと思い、私は纏めて相手取ってなんとか倒した。ただ、相手は銃だけじゃなくて護身用の警棒も持っていて、それを左腕で受けたのでちょっとアザになりそうだ。
「エリカさん、お怪我は?」
「大丈夫。それにしても、クイーンマテリアル社……なんで今更」
伸びているクイーンマテリアル社の人たちは必死に私たちを追ってきていた。まるでそうしないと後がないと言わんばかりだ。薬まで使ってハルナを攫おうとするあたり、形振り構ってない。
とりあえずこれからどうしたものか。ヴァルキューレに通報したいけど、もう列車はレッドウィンター自治区へと入ってしまっていて、これから呼ぶとなるとレッドウィンター連邦学園側の事務局に通報しないといけない。
「それと、先ほどクイーンマテリアル社が倒産しているというのは本当なのですか?会社が傾いているという噂は聞きましたが」
「うん。あの夏前のオークションでトリニティが来たでしょ?あのあと、オークションの元締めをやっていたクイーンマテリアル社の社長、ア・ミーゴ・クイーンズは色んな罪で捕まってヴァルキューレに引き渡されたはずなの」
あれはそう、ナギサちゃんの護衛をしていた時に、正義実現委員会から自治区内の“清掃結果”を教えてもらった時のことだ。報告ではクイーンマテリアル社は社長の逮捕に加えて、借金を作ったトリニティ生を違法なアルバイトに従事させていたのがトリニティの逆鱗に触れていた。……そう、私とハルナが会場で見た使用人の格好をした生徒達は自業自得な子もいたけど大半は様々な理由で無理やり使用人にさせられていたのだ。
「反吐が出ますわね」
「ナギサちゃんも怒ってたよ。自分の学校の生徒が闇バイトをさせられてたわけだからね」
「それで、何故無くなったはずの会社の社員がここにいるのか。気になりますわね」
「一応、この話には続きがあってね。捕まった社長は司法取引で矯正局から出所したらしいんだよね」
ハルナが怪訝な顔をする。私も同じ顔をナギサちゃんとこのことを話している時にしたよ。
「生徒に強制的な労働を課す……キヴォトスではかなりの重罪だったはずですが」
「その通りだよ。けど、それを覆すほどの情報提供があったの」
「というと?」
「——トリニティ自治区内のありとあらゆる犯罪者や不穏分子のリストだよ」
「つまり、クイーンマテリアル社の社長はトリニティの裏社会のドンだったというのですか」
「そういうこと。この情報を持って、自治区内の校外の不安要素は全て取り除かれ——彼は執行猶予付きで釈放された。もちろん、家財の差し押さえや売却で多額の罰金も払ってね」
一度は許す。しかし、言い渡された執行猶予を破れば次はもうヴァルキューレは許すことはない。クイーンマテリアル社の社長がこの状況を引き起こしているかはわからないけど、もしそうなら……警告はしない。
何より、私とハルナの休暇を台無しにされかけているんだから。
「ふむ……」
「ちょ、ハルナ」
何を思ったのか、ハルナが気絶した社員のスーツをまさぐり出した。しばらく探っていた彼女は、スーツのジャケット裏から社員証のようなものと、一枚の紙を取り出した。
「常務…彼は役員だったようですわね。それとこの紙は」
なんの紙だろ。ハルナに近寄って、彼女の手元を覗き込む。紙面には数字だけが書き込まれていた。何かの暗号?上から順に細かく書かれてる。
「ハルナはわかる?」
「……それぞれ二行ずつが一塊ですわね」
ハルナの言う通りで、紙面の数字はそういう塊だ。試しに見てみれば「16:00」と午後4時を示す1行目、次に「4 5 6」と下っていく数字の先に「98」という二桁の数字がある。
「一桁の数字は客車の号車、98はわたくし…黒館ハルナ、といったところでしょうか」
「ハルナすごいね。すぐわかるなんて」
「追われているからですわ。何もなくこれだけでは流石にわかりません」
「それでもだよ。で、そうなると次は?」
おそらくは16時に作戦行動を開始して、ハルナを確保。この二行の次にある二行は「16:05 12345678910/1112131415」と書かれている。15…15ってなるとこの列車の連結数がそうだ。
「先ほどの揺れ、一部の車両が切り離されたのでは?」
「……そういうこと。最後尾は保安要員が詰めてる車両があったからかな」
「周到ですわね。わたくしたちが旅行に行くことになったのは昨日。このことは家の使用人しか知りませんわ」
「ハルナの家の人が漏らしたとは考えづらいね……227号温泉郷のチケットはどこで取ったの?」
「ネットで取りましたわ」
「じゃあ、その販売会社の履歴を見られたってことかな。それにしたって準備が良すぎるよ」
ハルナのことを前々から狙っていたとしか思えない。となれば、かなり恨みが深そうだ。あんな薬を直に、あの社員の動きからして胸に突き刺そうとしていたし、そうなればハルナの命だって危ない。
社員の持っていたこの指示書、最後の行へと目を向ければ「18:00 2 →」と矢印が書かれてる。ってことは18時にこの人たちはハルナを抱えて下車するつもりだったと。18時にこの列車が通る場所は……即座にわからない。こういう時はこういう計算が得意な一般協力者の力を借りようか。
携帯を取り出し、私は久しぶりだけど、いつもそうしていたように“彼女”へと電話をかけた。
『はい。どうしたの?エリカ』
「チヒロちゃん。急いでるからお願いだけ言うよ?私の位置情報から18時ごろに通り過ぎる地点を教えて」
『……ヴァルキューレに戻りでもした?』
「そんなことないよ」
『1分待って』
チヒロちゃんは過去にも捜査や現場で困った時に遠隔で助けてもらったことが何度もある。シャーレに入ってからはそんな機会もなくなってしまったけど、チヒロちゃんはいつもそうしてくれたように応えてくれた。嬉しいし、助かる。
『………なんでレッドウィンターに向かってるのかはわからないけど、今エリカの乗ってる列車が18時に通りかかるのは、その路線でも少ない踏切だよ』
なるほどね。
「その踏切…道路はレッドウィンターの外に行けるやつだね?」
『そうだよ。トリニティ方面に行けるんじゃないかな』
当たりだ。クイーンマテリアル社はハルナを攫って18時に踏切で列車を止め、そこから車で逃げるつもりだ。
『また厄介ごとに巻き込まれてるんでしょ』
「まぁね。ごめんね、いつも」
『いいよ。ちゃんとお礼、しに来て』
「もちろん。約束するね」
『無事で、エリカ』
チヒロちゃんとの通話を切って、私はこれからの動きを整理する。18時まではあと1時間強といったところ。レッドウィンターに通報して待ち構えてもらって、それまでハルナを守り切ればこっちの勝ちだ。問題はレッドウィンターが通報を受けてすぐに動いてくれるかどうか。
「エリカさん、これからどうされるおつもりで?」
「相手の狙いはハルナを途中の踏切で攫っていくことみたいだから、待ち伏せしてる踏切にレッドウィンターも来てもらうつもり」
「呼べるのですか?」
「そこなんだよね。私が知っている連絡先はあるけど、どうしたものかな」
レッドウィンターを治めている事務局の人で私が知っている番号は1つ。夏も何度か電話したトモエさんだ。チェリノちゃんの番号は先生にしか教えられていない。初対面の時はトモエさんにかなり警戒されていたんだと思う。
かけるしかない。私は意を決してトモエさんの電話にかけた。
『佐城です』
「トモエさん、お疲れ様です。シャーレの草鞋野です」
『あら、草鞋野さん。どうされましたか?』
「緊急事態ですので手短に伝えます。現在、乗車しているレッドウィンター横断鉄道がジャックされています」
『……本当ですか?』
「はい。犯人は私の警護している生徒を攫おうと、18時ごろにある踏切で車に乗り換えようとしています。そこでそちらの保安部隊を展開頂けないでしょうか」
『なるほど。わかりました。手配しましょう』
あれっ!?なんかあっさり応じてくれた!?
「あ、あのっ、いいんですか?」
『構いません。チェリノ会長の威光も恐れずに横断鉄道を襲うなど、犯人の覚悟は大したものです。これは私たちレッドウィンターそのものの信用にも関わります。加えて、会長が懇意にしている先生の部下が巻き込まれて何かあればこちらの面目は丸潰れです。他にも理由はお伝えできますが?』
なんだろう、ものすごい裏がありそうというか、どうしても佐城さんを信用しきれない。けど、ここまで言うからおそらく部隊は派遣される。背に腹は変えられない。ハルナの安全を守るためなら。
「……お願いします。部隊の派遣をしてください」
『わかりました。その路線の踏切、時間的にみればどこかはわかります。近くに駐屯している保安部の部隊がありますので派遣しましょう』
「ありがとうございます!助かります!」
『いいえ。では、ご武運を』
よかった。これでなんとかなる。
ハルナが私の袖を引っ張って「どうでしたか?」と不安げに聞いてくる。
「大丈夫、来てくれる」
「ふぅ、よかったですわ」
「だからあとは時間を稼ごう」
ハルナを庇いつつ一時間、いけるだろうか。とにかく、この車両からは離れていかないと。さっきの暗号文書を見る限りは後方には敵が少なそうだし、元来た車両を戻ったほうがいいかもしれない。私はハルナにそのことを伝えようと口を開きかけた。
が、列車の進行方向逆側の客車の扉が開いた。見えたのはサイレンサー付きの銃。
「ッ!?」
ハルナを庇い、ライフルを構える。銃口の先、白髪に黒のメッシュが入った生徒が驚きながらも私にサイレンサー付きの拳銃を向けていた。
「カヨコさん…!?」
「チッ…ここで会うなんて」
さっき見たゲヘナの生徒。ハルナは知り合いだったみたい。でも、これは——!
「あははっ♪ねぇねぇオネーサン!私とも遊んでよ!」
カヨコという名前の生徒の背後から重機関銃を構えたもう一人の小柄生徒が私に挑発的な言葉をかけてきた。そして、向けられた機関銃の銃口。
敵か味方か……私の指はトリガーに触れずに彷徨っていた。
今度こそ次回は未定です。