シャーレの執務室から望むD.U.が夕焼けに染まる様を休憩がてらに眺めていたユウカはふと、いつの間にか室内が静かになっていたことに気が付く。応接用のスペースにいつの頃からか備えられたテレビの電源はオフになっており、二人分の影が仲良く寄り添っていた。
「二人とも寝ました?」
「疲れちゃったみたい」
ソファで眠っていたのはアリスとモモイで、先生が二人にタオルケットを被せてユウカの方へと歩み寄ってきた。子供だけだからと先生はシャツの胸元を開け気味で、ユウカはそれが目に毒だと思ってから数ヶ月、既に見慣れてしまったせいか、特に気にすることはなかった。
「ありがとうユウカ。おかげで積もってた仕事がだいぶ片付いたよ」
「どういたしまして」
「だらしないって怒らないんだ?」
「先生。私をなんだと思ってるんですか。……自治区を直近でも2つ、3つも救っているんですから、仕方がないです」
仕事が溜まっていればユウカは先生を詰めるのが日常と化していたが、夏前からというもの先生が関わった事件はどれもこれも、他の自地区と比べれば平穏無事なミレニアムで過ごすユウカからすれば、まるでゲームの中のような非日常、冒険譚であった。
命すらも失いかけたこともあって、ユウカはそこまで体を張る先生を責めることなどできない。
「まったくも〜、いい子すぎるぞ、ユウカ」
「ちょっ、抱きつかないでくださいよっ!?」
いじらしいユウカに先生は彼女を背後から抱きしめ、頭をわしゃわしゃと撫でた。ユウカの後頭部に先生の豊かな膨らみが押し付けられ、たまらずユウカは先生に離れるように抗議するも、先生は聞かずに満足するまでユウカを撫で続けた。
「あ、そっか。昨日お風呂入ってないし、ごめんごめん」
「まったく」
顔を赤くしながらもユウカは先生が離れると乱れた着衣を戻す。ユウカは借りているミカの席に置かれたミレニアム貸与のパソコンの画面をちらりと見て、キリがいいところまで作業が進んでいるため、一度彼女も休憩することにした。
「とりあえず、第二四半期の決算はこれでほぼ終わりです。あとは先生か草鞋野さんが最終チェックしてください」
「ありがと。ユウカがいなきゃウチの会計は終わりだよ」
「私、ミレニアムの会計ですからね?とはいえ、流石に1からだと他の仕事も片付けながら今日1日じゃ私も無理ですし、草鞋野さんが普段からしっかり帳簿を付けてくれてるおかげです」
「エリちゃん、そこはマメだからね。よかったよかった」
話しながらユウカは席から立ち、体を伸ばす。エリカのおかげでシャーレの業務状況はこれでも劇的に改善され、ユウカがなかなか来れなくなった現在も破綻は免れていた。
「聖園さん…とはまだそういえば当番では顔を合わせてないですけど、何をさせてるんですか?」
「お茶淹れてもらったりしてるかな」
「……え、仕事させてないんですか?」
「まだ覚えてもらってる段階だからねぇ。本人があとは進んでお茶を淹れてくれるし、またおいしいんだよね」
「トリニティのお嬢様らしいですね……」
「だよね。ミラクル5000とかたまーにお土産で持ってくるし、流石だよ」
「えっ!?あのなかなか買えないやつを!?」
「SNSでどこに来るかだいたいわかるから買う時は待ち構えてるみたいだよ」
ユウカから見た聖園ミカという生徒はまだよくわかっていなかった。晄輪大祭では危うく慈愛の怪盗に濡れ衣を被せかけたところを軌道修正した上から目線なお嬢様、という印象が強く、その言動が許されて当然のようなお姫様としか言いようがない容姿と声。
先生の傍にこんな子がいたら、とユウカは一瞬考えたが、彼女が何をトリニティしでかしたのかはユウカもC&Cからの報告で知っており、先生が安易と甘やかすことはないとわかっているため、安心していた。
シャーレの生徒という視点では正直なところ、ユウカはミカが何をしている生徒なのかよくわからなかった。
「すごいですね……前にコユキに買いに行かせたことありますけど、惨敗で」
「コユキパシリにしてるユウカ先輩ちょっと怖くないかな」
「いやいや、あの子が食べたいって言ってたので何も私が無理に行かせたわけじゃないですよ」
ユウカは脳内のコユキフォルダーを浮かべ、ミラクル5000の購入に失敗したコユキの姿を思い出す。悔しさのあまりホームページを落とそうとしたところをノアに怒られ泣いていた顔がユウカの脳には刻み込まれている。
「ははは………まぁ、仲が良さそうで何よりだよ」
明らかによからぬことを思い浮かべているユウカに先生は苦笑いしつつ、ユウカの前から踵を返して、窓の方へと近寄る。窓の外では遠くにサンクトゥムタワーを囲む中心部に明かりが点き出し、D.U.の外向きに車の往来が激しくなる様が見える。
なんら変哲もない営みが先生にとっては安らぎを覚えてしまう。それほどまでに、彼女が過ごした時間は濃密で怒涛だ。
「エリちゃんは今頃、レッドウィンターの領内かな」
「旅行でしたっけ」
「うん。ユウカは旅行行かないの?」
「行きたいところですけど、正直それどころじゃないです」
ユウカが先生の横に立ち、窓ガラスに手を触れる。ユウカの横顔は何かを抱えていることが明確で、先生はそれこそ彼女が本来当番のモモイとアリスの「監督役」としてやってきた本当の理由であることを悟る。
「ねぇ、ユウカ。ミレニアムは、大丈夫?」
「…………どういう意味でしょうか」
「私さ、エリちゃんと一緒にここ最近は色んな自地区の生徒会長さんと顔を合わせることが多かったんだ」
「そうでしょうね。聖園さんもそうでしょうし」
「それでね、ふと思うんだ。ミレニアムの生徒会長って会ったことないって。色々お世話になったのにお礼の一つも言ってないからさ」
事実として、ミレニアムの協力は無視できないものであり、エリカの支援に駆り出された機材の損失や、ミカとエリカの制服提供、つい最近ミカ用にミレニアムから貸し出されたパソコンと、シャーレへの貢献度はかなりものとなっている。
ここまで助けてもらっておいてミレニアムの生徒会長とは一度も顔を合わせたことがない。シッテムの箱には縁のある生徒しか載らず、先生は連邦生徒会からの情報で生徒会長の名前だけしか知らない。
「調月リオ……だっけ?ミレニアムの生徒会長は」
「はい。現在のミレニアムでは天才、と呼ばれる生徒は何人もいますが、代表的なのは会長です」
「ヒマリはよく自称してるけど、そんなに?」
「ヒマリ先輩も天才ですし、二人はライバル、でしょうか。ノアが今使っているレールガン、あれも会長の作品です」
「すごいね。アリスの使ってるレールガンはウタハが作ったものだけど」
「ウタハ先輩の話だと、よく似ているけれど色々とアプローチが違うんだそうです。性能が似通ったりしたのは同じ結論に至ったんじゃないかな、とか言ってましたけど」
「なんかウタハも天才だよね……機械に関しては」
「そうですね。あの三人が今のミレニアムでも最高峰に位置する称号持ちの天才です」
「ヒマリは“全知”だっけ。アレ自称じゃないんだ」
先生はヒマリが自己肯定感という点ではこのキヴォトス1位じゃないかと思っており、全知という称号もてっきり自称かと思っていたがそうではなかったことを知り、すごい生徒に助けられているなと先生は自身の力の無さを痛感する。
「あそこまで自分で言う人はヒマリ先輩ぐらいだと思いますけど」
「だよねぇ。あの自己肯定力は見習いたい」
「先生が超天才美女先生とか言い出すのはちょっと」
「心はいつまでもピチピチの10代だよっ!」
「だからっておもちゃを買い漁るのはどうかと思います」
「うっ」
もはや出会ってから何度目かわからないユウカの言葉に先生は言葉を詰まらせる。そんな先生にユウカはくすくすと笑い、視線を足元に落とす。
「……けど、そんな先生だから、私……」
「ユウカ?」
「………先生」
ユウカが先生へと向き、真っ直ぐに先生の目を見つめた。まるで何かを決心したかのような目つきに、先生はユウカに正面から向き合った。
「私は、ミレニアム・セミナーは……先生、シャーレに、支援を要請します」
「いいよ」
「な、内容も聞かずに」
「生徒を助けるのに、理由なんていらないよ」
当たり前のように言う先生に、ユウカはなるべく巻き込まないように、と思っていたが少しだけ損をした気分になる。だが、同時に、彼女がそういう大人であることはよく知っていた。
「リオ会長を探してほしいんです」
「行方不明なの?」
「いえ、電話で声は聞けてます。すぐにメールに、って言われて切られちゃいますが。でも、ミレニアムの生徒は三ヶ月以上彼女の顔を見ていません。私たちセミナーですら」
「……それはちょっと尋常じゃないね」
「元からミレニアムは書類関係も電子決済なので、書類は送れば見てくれて…いたと思っていたんです。でも、ノアが電子決済のサインが100パターンぐらいあるのに気がついて」
もはやランダム生成で気がつくのは困難では?と先生は感じたが、ノアの一度見聞きしたら忘れない絶対記憶にかかれば不可能ではない話だった。
「つまり書類を見てもらおうと送ってたけど実際はAIか何かに任せて見てないと?」
「たぶんそうだと……あとはメールも文章の癖が少し違うって、確証はないけどこれもノアが」
「話を聞いてると、ただサボってるようにも聞こえるけど」
「会長に限ってそんなことはないはずです。真面目すぎるぐらいですし」
「でも、書類を見てないのは事実なんでしょ?」
「はい。試しに、絶対にやらないミスをした書類をわざと送ったんですけど、そのミスはスルーされました」
「ミレニアムの生徒会長室にはいないの?」
「もぬけの殻です。それで電話をして問い詰めようとしたんですけど、何にも問題はないと言われて」
「C&Cは?あの子たちは生徒会長直属なんでしょ?」
「ネル先輩たちにも最近は指令が飛んでなくて、むしろ、私からの依頼しか最近は受けてないって言われました」
先生はここまで聞き、考える。声は聞けているが姿が見えない。生徒会としての業務は機械任せにしている。もはや、電話ですら本当に本人なのか先生は怪しいと感じていた。音声を合成して、という技術は存在しており、ミレニアムとなれば巧妙な偽装など容易い。
「(こういうときエリちゃんがいればね)」
推理は先生の得意とすることではなく、エリカに頼ることが多い。そのため、先生はただミレニアムの生徒会長が仕事をサボって何かをしている、という事実しかわからなかった。
「……とりあえず、地道に調査してみようか。明日、ミカとそっちに行くよ」
「ありがとうございます」
また、何かが動き出していることに先生は嘆息する。先生はせめてエリカの休暇中は何も起きないでほしい、と願った。
「待って。私たちはあなたと戦うつもりはない」
ハルナがカヨコさん、と呼んだゲヘナの生徒が両手を上げる。銃もトリガーから指を外し、交戦の意思がないことを見せてきた。
「えー!?いいの!?」
「………ムツキ、わかってるでしょ」
彼女の後ろにいる小柄な子、ムツキと呼ばれた子がまるでおもちゃを取り上げられた子供のように不満を言う。なんというかこの子はゲヘナ生らしいゲヘナ生のような印象を受けるけど、目はずっと私を警戒していて、したたかにも思える。
私は銃を下げない。いくらハルナの顔見知りでも私は知らない人だから。
「所属、学年、姓名、この列車に乗った目的を言え」
私の問いかけに、目の前の生徒は両手を上げたまま澱みなく答えた。
「ゲヘナ学園三年、鬼方カヨコ。列車に乗ったのはビジネスのため」
鬼方さんというらしい——彼女は冷静だ。ビジネスのため、というのが引っかかる。彼女たちは学生だけど、なんでビジネスなんて言葉が出てくるのか。百鬼夜行のお祭り運営委員会のように、何らかの商売をしている部活なのかな。
「君は」
「え〜、私も答えなきゃダメ?」
ぶりっ子をしている彼女に目を向ける。まるで小悪魔のような、本当に蠱惑的な印象を受ける。本能的に、蛇を前にしてしまったかのような緊張感があった。
しばらく見つめ合って、相手は折れてくれた。
「も〜、しょうがないなぁ。私はムツキ、浅黄ムツキだよ。学校は同じで、2年生!」
浅黄さんは元気に答えてくれた。武装を改めて見る。機関銃は明らかにこの子の体躯に合ってないのに軽々と片手で手にしている。それに、いつ撃ってきてもおかしくないような危うさもある。直感が告げている。この子は危険だと。
「……私はシャーレ補佐官、草鞋野エリカ。今日は彼女の護衛としてここにいる。君たちはビジネスといったが、どんな商売を」
「別に大したことじゃない」
「くふふ。そうそう。私たち、よろず屋みたいなことしてるんだぁ」
よろず屋と来た。……武器の使い込まれた様子と場慣れしてる感じから傭兵?
「ハルナ、この子たちは何をしてる子達なの?」
推理推測するより、学校の同級生先輩であるハルナに聞いた方がそういえば早かったので聞くと、ハルナは答えてくれた。
「お二人は便利屋68、と呼ばれる部活、いいえ、会社に所属しています」
「会社?学生が?」
「もちろん、届出もない非公式なもので、率いているのも学生です」
「何を生業にしてるのかな」
嫌な予感がひしひしとする。鬼方さんは威圧感のようなものを少し出しているし、浅黄さんは笑みを深くする。そもそも、おかしいのだ。クイーンマテリアル社が私たちを襲うのはあの永久凍結バナナを取り返すため。他の乗客には目もくれていなかった。その気になれば人質でも取って私を脅せばいいのに、ハルナだけを狙っていた。
そんな相手が、彼女たちを襲うだろうか。
「……確か、お金を払えばなんでもする。そうでしたわね」
なるほど。そっか。
「クイーンマテリアルから依頼を受けたな?」
「短絡的だね。……安全局の狛犬って公安局並に固めてから潰すって聞いたけど」
「事前の調査の時間があればな」
「じゃあ、何を持って私たちをこの連中と同じだって?」
「勘」
私の発言に、浅黄さんは笑った。
「あっははははっ!勘って」
「なら——」
「証拠を、でしょ?」
私が違うなら証拠を、と言おうとしたら鬼方さんが言葉を被せてきた。頷く。鬼方さんは銃を一度腰のホルスターに仕舞った。完全に交戦の意志はない、ということを示してきた。浅黄さんも流石に味方が銃を下げれば引くしかないのか、銃口を床に向けた。
「えー、いいの?カヨコっち」
「最終判断は社長と合流してからだけど、向こうから契約をなかったことにしてきたんだし、私はみんなを矯正局に入れたくないよ」
「むぅ。それもそっか」
何か事情がありそうだ。完全に戦意がないことがわかれば、私も銃を下げるしかない。格闘戦に持ち込まれたりしたら困るけど、鬼方さんはその気も無さそうだ。
「ありがとう、銃を下げてくれて」
「え、ワンコちゃん二重人格か何か?」
「………?」
意味不明なことを浅黄さんに言われた。よくわからないけど、口調のことかな。
「ごめん、ウチの子が」
「いや、別に大丈夫だよ?それで、改めて聞くけど、鬼方さんたちはなんでここに?」
「言いたいけど、ちょっと待って。その話は——」
背後からすごい強い気配がした。思わず私は振り向いてしまった。ッ……!?これ、私震えてる!?私が怖がってるって言うの!?
「——私からさせてもらうわ。お嬢さん」
彩度低めの赤みがかった髪に、立派な角、ハルナとはまた違う美人な顔に鋭い目つき、スナイパーライフルを片手で持ちながらモデルのような綺麗な歩き方。声からは底の見えない深みを感じて、只者じゃない。
この子が、鬼方さんたちのリーダー?
「ご苦労様、鬼方課長、浅黄室長。ちゃんと獲物を追い込んでくれたのね」
まさか、これを待って時間稼ぎをされてたの!?まって、それに、あのリーダーの子の後ろにいる二人…一人は…!
「錠前さん…!?」
「……まさかここで君に会うとは…!」
相手も驚いている。なんで彼女がここに!?アリウススクワッドの子たちはどうしたんの!?
「あらサオリ、知り合い?」
「……あ、あぁ、少し」
「錠前さん。まさかとは思うけど、彼女たちに協力しているの?」
「ふふっ。えぇ、そうよ。彼女は我が社の新入社員よ」
リーダーの子が代わりに答える。そんな、せっかく彼女はあのベアトリーチェの支配から逃れたのに、また誰かに使われてるって言うの!?
「エリカさん」
「ハルナ…!止めないで…!」
「いいえ、落ち着きなさい。彼女との因縁がどれほどのものかはわかりませんが……列車を破壊するおつもりで?」
また上げかけたライフルをハルナが軽く押して、床に向けさせる。けど、錠前さんがまた騙されてるなら私は止めないと。なんのために私と先生とミカさんが戦ったのか。
でも、私が暴れれば列車が壊れるのは、その通りだ。抑えるしか、ないの?
「ふぅ。お久しぶりですわね。便利屋68の皆さん」
「ごきげんよう、黒館先輩。会えて嬉しいわ」
「それは光栄ですわ。して、なんの御用で?」
ハルナがまたしても私を庇うように前に出た。背後の鬼方さんたちに動きはない。状況は最悪だ。5対2。しかも相手には錠前さんがいる。彼女の実力は並じゃないし、ゲリラ戦を得意としてるからこういう狭い空間での戦闘は上手だ。
「その前に、自己紹介をしないとね。そこのボディーガードさん?」
くすりと、私を恐れずに見下すリーダーの子。こんな悪のカリスマみたいな子がゲヘナにいたなんて…!今の今までノーマークだった…!
「私は陸八魔アル。便利屋68の社長よ」
陸八魔さんというらしい。社長……非合法だとしても、これだけの大物感。錠前さんの横にいるショットガンを持った子…彼女はさっきから油断なく私に銃口を向けている。まるで猟犬みたいだ。陸八魔さんが言えば私を食いちぎってやると言わんばかりの目だ。
名乗られたなら、私も名乗らないと。
「……私はシャーレの補佐官、草鞋野エリカ」
「へぇ…シャーレの。そういえば、先生から聞いたことがあるわ。優秀な子がいるって。あなたがそうなのね」
「先生を知っているの?」
「当然よ。あの人は私たちの経営顧問よ」
雷が体に落ちたような感覚になった。そんな、先生が、こんな非合法組織の、経営顧問?う、嘘だ。
「え、エリカさん!?どこかお加減が!?」
思わず私は両手をついた。そんな……そんな…っ!
「嘘だ!そんなことーっ!」
「本当のことよ。何だったら今、電話してあげましょうか?」
「アルさん?彼女で遊ぼうなど、いい度胸をしていますわね」
「私は事実を言ったまでよ。まぁでも、遊んでいる時間がないのは確かね。本題に入りましょう」
しっかりするんだ、私!ここで、絶望しててもハルナは守れない…!
「黒館先輩?永久凍結バナナはどこにあるのかしら」
やっぱり、この人たちはクイーンマテリアル社と…!ハルナは「あら本当にそのことでしたの」といつも通りの余裕を崩さない。
「どこにもありませんわ」
「隠したって無駄よ。この状況で逃げられると思わないことね」
「わたくし、嘘は嫌いですの。二度は言いませんわ」
「………待ちなさい。まさかとは思うけど、この世に、なんて注釈はつかないでしょうね」
ハルナは笑った。美人の悪い笑み。ハルナまで怖い顔しないでよっ。
ここで陸八魔さんの余裕のあった表情が崩れる。
「あははっ!ほらアルちゃん!言った通りじゃん!食べちゃったんじゃない?」
「……本当に食べてるなんて」
いや食べてはいないよ!?天童さんに粉々に砕かれた上で更に炭になったんだよ!?ハルナはなんでかそのことを言わない。何を考えてるの!?
「な、な、なっ」
わなわなと陸八魔さんが震える。くっ、まさか怒りに任せてハルナに手を出すつもりじゃ…!私はすぐに飛び出せるように備えた。
が、今まで感じていた地面にひれ伏せと言わんばかりの威圧感がここで嘘みたいに雲散した。
「なんですってー!?」
顔のこわばりが解けて、年相応の感情丸出しな驚く表情を陸八魔さんは見せた。あれ、さっきまでの悪の大ボスみたいな雰囲気はどこに!?
「ちょ、ちょっと待ちなさっ、待ってください!先輩!?ほんとうに、本当にないの!?」
「二度は言わないと言いましたわ」
「う、嘘!?そんなっ!?それじゃあ依頼なんてそもそも達成できないじゃないのよ!だいたいあのバナナってオーパーツなんでしょ!?五億もするんでしょ!?それを、た、食べ」
頭を抱える陸八魔さんがなんだか気の毒に見えてきて、私は臨戦体制を解いた。うん、ほんと。気持ちはわかる。あのバナナ、黒崎さんが5億で落札したし、それを最終的にレールガンで木っ端微塵にしようとするなんて誰も思わないよね。
けど、ハルナはそういうことを平気でやる。だから——美食研究会の首魁なんだ。
「社長。そもそも、この人たち、最初から私たちに依頼を任せる気なんてなかったみたいだよ」
「どういうこと!?カヨコ!?」
鬼方さんが呆れた様子で私たちの前に出て陸八魔さんに言う。
「私とムツキはこいつらに襲われたの。大方、目標を攫って私たちに罪をなすりつけようって魂胆だったんだろうね」
「嘘よ!?あの社長、私たちに期待してるって!」
「アルちゃーん、やっぱりこの依頼騙されてるって」
なんとなく、状況がわかってきた。つまり、便利屋68さんたちはクイーンマテリアルにハルナの誘拐を依頼されていたけど、それは実行犯として囮になってもらうつもりだったってことか。
「アル様こうなったらあいつら全員ぶっ飛ばして」
「………ハルカ。待ちなさい」
「はい、待ちます」
額に手を当てて、冷静になろうとしている陸八魔さんがこちらを見る。さっきまでの狼狽えていた様子など微塵も感じさせないぐらい、また威圧感を出してきた。この子、どっちが本当なの…!?大悪党のような小悪党のような。
「このまま引き下がったら赤字よ」
「アルちゃん、けど今更この人たちから何も貰えないよ?銃ぐらいは売ればお小遣いにはなりそうだけど」
「それはそれよ。ムツキがそうしたいならそうしてちょうだい」
「ならアルちゃんはどうするの?」
「私たちはお金があればどんなことでもやる。そうでしょう?」
ニヤリと陸八魔さんが笑って、私たちを見た。って、待った、後ろのドアのほうなんか前方車両からまた何人か来てない!?危ない、と私は声をかけようとした。
「黒館先輩。どうかしら?取引しましょう」
「わたくしと取引を?」
「えぇ。あなたたち、旅行に向かっている最中なんでしょ。どうかしら?目的地までの護衛なんて」
「………本気で言っていますの?」
「えぇ、もちろん本気よ。私たちは裏切らないわ。地獄の沙汰も金次第、って言うでしょう?」
扉が開いた。クイーンマテリアルの社員だ。まずい、このままだと陸八魔さんたちが背後から奇襲を——!
「……ふふ、よくってよ。そこまで言うならお手並み拝見ですわ」
「我が社へのご依頼、ありがとうございます。ハルカ」
「はい!」
「全部壊して」
それは悪魔の号令だった。
陸八魔さんとハルナの契約が済んだ瞬間、ハルカ、と呼ばれた子が突如ショットガンを背面撃ち放ち、突入してきた一人の顔面に散弾が直撃。見事に気絶する。
「便利屋!?なにを!」
「悪には悪の道理ってものがあるの。あなたたちがそうするなら私たちだって自由にさせてもらうわ」
「が、ガキが…!ふざけたことをいいやがっ」
「死んでください死んでください死んでください死んでください死んでくださいっ!」
「がっ!?や、やめっ、ごっ、おっ!?」
いや、やりすぎ!?陸八魔さんに声をかけたクイーンマテリアル社員が倒されて馬乗りでショットガンを何発も撃ち込まれる。流石に死んじゃうって!
「ハルカ。ほどほどにしなさい」
「す、すいません!アル様…!」
本当に殺してしまいかねないほどの殺意が嘘みたいに消える。すごいカリスマだ…!本当に何者なのこの子!?
「社長。彼女たちの味方をするということでいいのか?」
「えぇ。新しいクライアントよ」
「了解した」
錠前さんがマスクをつけ、私たちに背を向け、銃を構える。本当に味方になったなんて。この子たち、これまで私が相手にしてきた不良生徒たちなんかと全然違う…!この子たちは…本物のアウトローだ!
「先生の生徒なら、そもそも私たちが手を出すわけにもいかないわ。エリカ……エリって呼ばせてもらうわ。さぁ立ち上がりなさい。黒館先輩の護衛なんでしょう?」
「言われなくたって!」
ハルナのことは私が守ってみせる!私の指は今度こそ迷いなくトリガーに触れた。
次回はまた未定です。
エリちゃんから見たアルちゃんはものすごい悪のカリスマそのものに見えてるせいで、昔助けたメガネの真面目な子だと全く気がついていません。