彼女が目にしたのは閃光——稲妻のような影だった。
「ぐわっ!?」
「ぎゃっ!?」
眼鏡を悪戯で取られ、踏まれて壊され、輪郭が見えても細部はブレる色だけの世界。聞こえてくるのは銃声ではなく打撃音。青い影が黒い影にぶつかり、2つの黒の影は弾きとばされている。
「て、てめぇ!いきなり何しやがる!」
「いや待て!こいつヴァルキューレだ!」
「警察…?おいおい、あの制服」
「落ちこぼれの生活安全局ゥ!?舐めてんのか!?」
おぼつかない視界の中で、彼女を助けたのはヴァルキューレ警察学校の生徒であることがわかった。青は髪で、その下の体は確かに白いものに包まれていることが視界に入り、黒い影たちの言う通りだった。
生活安全局の生徒だと思われる青い生徒は暴言を吐かれてもなお、銃を抜かない。
「おいおい、こいつ銃を抜かないぞ?」
「ははっ、いきなりぶん殴ってきたのかと思えば、そういうことか」
「銃が使えないんだな!ヘボ警官!」
そんなまさか、とへたり込みながら少女は庇うように立ってくれている青い影を、目を細めてなんとか見ようとする。かろうじで、銃を抜いていないことがわかった。
「彼女の財布を返せ」
「おーおー、こわいこわい。そんな睨むなよワンコちゃ〜ん」
「この財布は心優しい後輩ちゃんからもらったんだよ」
黒い影たちの言う財布はついさっき彼女から奪われたものだった。
「そうか。……確かに私は銃が使えない。射撃が下手くそだからな。練習中だ」
「キャハハっ!聞いたか!?ほんとに下手くそだってよ!」
「新人さんかぁ?なら私たちが教えてやるよ!銃ってのはこう使うんだよ!」
危ない——と彼女が声を出そうとする。早撃ちが得意な相手だというのは襲われた時に知っていた。このままではヴァルキューレの生徒が、と彼女は助けようとしたが、銃声の次に聞こえてきたのは鈍い音だった。
「う…ぷっ…!?」
「な、なんだ、一瞬で」
「次はお前だ」
「ひっ!?」
彼女には見えなかったが、黒い影は見事なまでの一本背負いで地面に叩きつけられる。
「はぁ……またやってしまった。カンナに怒られるな」
黒い影は倒れ、手を叩くような音を立てながら青い影は言う。低めの声で、どこか刺々しいがそれを無理やり押さえ込んでいるかのようにも彼女には聞こえた。
「すまない。助けるのが遅くなってしまった」
「え、えっと」
「君の財布だ」
至近距離、はっきりと見える視界の中に彼女の財布が現れる。財布を乗せる手は細く、大人ではなく少女のものであることが見てとれた。それを受け取り、彼女は素早くポケットに仕舞い込む。
「あ、ありがとうございます!」
「役目を果たしただけだ。いや…君に危害が加わった時点で私は生活安全局として役目は果たせていないな」
「そんなことありません!えっと、お巡りさん、ですよね?」
「君、目が?」
「近視なので……」
「そうか、それであの眼鏡が」
「眼鏡、どうなっちゃってますか」
「粉々だ。本当にすまない。もっと早く気がつけていれば」
心の底から悔いるような相手の言葉に、彼女はどうしてそんなに、と感じてしまう。むしろ、人気のないD.U.の路地に連れ込まれ乱暴され、助かる確率など皆無。
幼馴染から注意も込めて脅されていたのにうっかり近道をとナビアプリに従ってしまった彼女がこうして五体満足、財布も奪われずに済んだこと自体が奇跡だった。
「私の方も迂闊だったんです。こんな場所を近道にって来てしまって」
「見たところゲヘナの生徒だが、D.U.には何をしに?」
「友達へのプレゼントを探してて」
「どんなプレゼントなんだい?」
「爆弾です!私の友達、爆弾が好きなんです!」
ルールに囚われない、漫画の中のアウトローのような幼馴染の少女のことを彼女は思い浮かべ、答える。警察官の生徒は「そ、そうか」と若干引き気味になっていたが。
「しかし、目が悪いならこのまま買い物に行くのも危ないのではないか?」
「大丈夫です!携帯のGPSを使えば自分の向かってる方向はわかりますし、最悪カメラ使えば前も見えます!」
「もしかしなくても、よくメガネは落とすのか、君は」
「私、ドジで。それに、プレゼントぐらい、私一人で買ってこれるって、友達にはわかってほしくて」
彼女は立ち上がる。こんなところで道草を食っている場合ではないと。
「ありがとうございました!私はもう行きます!」
「……わかった。ここから南西へ向かえば安全なエリアだ。気をつけて」
「はい!さようなら!」
彼女は駆け出す。その場に残された青い影——まだどこか幼さも残るいつかの草鞋野エリカはめげない小さな背中を見て、感心していた。
「ゲヘナにもあんな礼儀正しく真面目な子がいるんだね……私も、あの子みたいにめげずに頑張れるのかな」
「これでよし、っと」
襲いかかってきたクイーンマテリアル社の人たち10数人を全員縛り上げて座席に着かせた。錠前さんと、もう一人のショットガンを使ってる便利屋の子の制圧力が凄くて、私が2、3人黙らせてる間にどんどん相手は数を減らして行ってた。
というか、どうにも相手は戦闘の経験が浅そうで、たぶん普通の会社員なのかなぁ。
「流石の手際だな」
「そっちもだよ、錠前さん」
他の社員を椅子に縛り付けていた錠前さんがこっちにやってくる。服装が最後に別れた時と違い、何故かリクルートスーツ(下は動きやすさを重視してかパンツ)なので、エデン条約絡みとかの時は気にしてなかったけどとっても大人っぽい人だよね。
なんか、うん、すごい仕事ができそうな感じ?
「スクワッドのみんなとはどうしたの?」
「姫たちはミサキに任せてある」
ミサキ、ってあのロケラン持ってた子だよね。
「なら錠前さんはなんであの便利屋と一緒にいるのかな」
「何かをしようにも私にはまだ戦うことしかできない。ちょうど腕利きの傭兵を探していると便利屋68が求人を出していたのでそれに乗った。結局、お金がないんだ。何をしようにも」
無理やり従っているとかじゃなくて助かった。あのリーダーの子はクイーンマテリアルに裏切られたと見るやすぐにハルナに鞍替えするあたり警戒しなくちゃいけないだろうな。
「あ、あの、さ、サオリさんはこの人と、知り合いなんですか?」
ショットガンを持っている子。ハルカ、と呼ばれていたっけ。その子が錠前さんに私のことを聞いていた。
「あぁ。少し。前の職場から解放してくれた恩人だ」
「そうなんですか…?」
私は目を向けられても苦笑いしかできない。アリウスは確かにベアトリーチェの支配から解放されたし、錠前さんのようにアリウスの外へ出て行った子たちも多い。でもさ、私は善意でアリウスを解放したわけじゃない。アリウス事変と呼ばれたあの戦いで、私は綺麗事をたくさん並べて、大切な人を救うために暴れただけ……。
ミカさんに語ったことも、全部、私がただ自己正当化をしただけじゃないか、と自分自身に思ってしまう。
「見せてもらったわ。あなたの力を。凄まじいわね」
苦笑いで誤魔化していると、乱闘が終わるまでハルナの横で待機していた便利屋のリーダーの子が近寄ってきた。改めて見てみると、ある意味ゲヘナ生らしくない感じがする。ズル賢いというわけでもなく、計算高そうな、大人に一歩踏み込んでいる雰囲気があった。
ん?でも、着ているコートはかなり厚手だけど、中に着てるのはゲヘナの一般生徒用の制服…?スカートにスリットが深く入っているかもだけど、なんかちゃんとゲヘナの制服を着てるのは逆に珍しい。きちっと襟元のリボンもあるし。
「改めて挨拶するわ。私は陸八魔アル。便利屋68の社長よ」
「はじめまして、陸八魔さん。私はシャーレの補佐官、草鞋野エリカです」
「サオリとも知り合いだなんて。流石シャーレの生徒ね。顔が広そうだわ」
「そんなことないよ」
偉そうだけど、不思議と嫌味な感じがなかった。自然体、って感じがする。ますます、こんな凄そうな組織がヴァルキューレからノーマークだなんてちょっと信じられない。少なくとも、ハルカって子は並の実力じゃなさそう。
かなりタフだし、身のこなしも最適化されきってる。戦闘マシンみたいな無機質さすら感じる。彼女も便利屋68とやらに入る前はどこかにいたのかな。ちゃんと訓練した人の動きだ。万魔殿の戦闘部隊にいたとかかな。
「……ハルカが気になるのかしら?」
「あ、ううん。いい動きをしていたなぁって」
「ふふっ、それはどうも。ウチの社員は優秀なの」
チラリと見たら陸八魔さんに釘を刺されてしまった。流石に裏社会にいるみたいだし、私のこともちゃんと調べてるはず。あんまり変に突っかかるとせっかくハルナと契約したのが向こうからパーにされちゃうからね。
「それで、これからどうするのかしら?黒館先輩」
陸八魔さんがハルナへこれからのことを聞くと、ハルナは先ほど私たちが解読したクイーンマテリアル社の指示書の内容を話した。止まるという踏切まではあと30分ぐらいかな?
「——わたくしとしては踏切で決着を着けたいと思っていますの。これ以上旅行を邪魔されたくありませんので」
「なるほど。なら、私たちの契約もそこまででいいわね」
「構いませんわ」
ハルナの考えとしてはやっぱり踏切で待ち構えている相手を全部倒してしまいたいらしい。気持ちはわかる。後詰がレッドウィンター内にいるかもしれないけど、ここまでコテンパンにやられてるのを見れば諦めるだろうし、真正面から完全に叩き潰せばダメ押しになるってことかな。
陸八魔さんも異論がないみたいで、踏切での戦いまでは共闘することになりそうだ。
「旅行か。護衛、というわけではなかったんだな」
「……まぁ、そうだね。私も本当は休暇中だよ」
「私は旅行をしたことがないからわからないが、楽しいのか?」
「うん。あなたもやってみればいいんじゃないかな」
秤さんだったか、あの子と仲はいいらしいので、錠前さんが誘えば一緒にいってくれそうだし、先生の話を聞く限り槌永さんは喜んで行きそうだ。
「……考えておこう。だが、まずは目の前の仕事を全うする」
「そっか」
エデン条約の時とは違って、昏い感じはなく、真っ直ぐな感じが錠前さんからする。ベアトリーチェの支配がないと、こんなに生真面目な感じの子なんだね。どういう形であっても教官役を任せられるぐらいだから、納得ではある。
私はハルナの傍へと戻る。
「お疲れ様ですわ」
「全然大丈夫だよ。それに、もうひと頑張りしないと」
「いいえ。あなたはもう戦わないでくださいまし」
「え、なんで」
ハルナが銃を掴んで無理やり床に向けさせてきた。いやいや、まだ敵はこの先で待ち構えているんだし、ハルナのことを守らないと。
私がそう思ってハルナを見るけど、彼女は首を横に振った。
「護衛は彼女たちに依頼しました。あなたは休暇中ですのよ?大人しくなさい」
不満げに目を向けてもハルナはダメ、と言わんばかりにもう一度首を横に振る。えぇ…陸八魔さんの方を見たら、なんだか意外って感じの顔をする。
「あら、彼女を戦わせないの?もの凄く強かったのに」
「えぇ。あくまでエリカさんは休暇中。先の事件で彼女の体は深く傷ついています。湯治に向かっているのです。わたくしたちは」
いやもう傷は塞がってるし、って言おうにも余計なことを言うなといわんばかりの雰囲気なので私はお口にチャックした。陸八魔さんはハルナの言葉に納得して「そう」と頷いた。
「なら待ち構えている敵は私たちで倒しましょう。ムツキ、あなたも暴れていいわ」
「ほんと?くふふ。ストレス溜まってたんだぁ」
浅黄さんを煽る陸八魔さんにあんまりやりすぎはよくないなぁ、って思ったけど、大人しくする。……ハルナの手だって押し返そうと思えば押し返せる。そんなに強い力じゃない。それなのに、私は押し返せなかった。
——ハルナは私が死にかけたと聞いた時、少し怒ったような顔をしていた。そういえば、彼女の前で私は弱った姿を一度も見せたことがなかった。夏のリゾート騒ぎの時に、泣き疲れて寝てしまった姿を見られたかもしれないけど、怪我をしたり姿だけは見せていない。
黒館ハルナという人は、私にとってはいずれ捕まえなくてはいけない人。けれど、この旅で自覚したチヒロちゃんのように付き合いの長い友人でもある。
二度も死んでしまうような怪我をしたと聞いたハルナは……どう思ったのだろうか。
「とりあえず準備をしましょう。待ち構えているのならこちらも出迎えの礼をするべきよ。ムツキ、ロケット弾は持っているわね?」
「もちろん!“花火”はたくさんあるよ!」
「じゃあお願い。ハルカはこいつらを見張って。少しでも動けばもう少し休ませてあげて」
「はい!地獄に行くまで眠ってもらいます!」
「や、やりすぎないで頂戴ね。それと、カヨコとサオリは万が一に備えて二人の護衛について」
「了解した」
「わかったよ、社長」
テキパキと指示を出す陸八魔さん。統制のとれたチーム……会社?だ。私たちの護衛には鬼方さんと錠前さんがつく。浅黄さんは陸八魔さんの指示に従って背負っていたバッグから次々と小型のロケット弾を窓に設置していた。
「…あれ大丈夫?」
「知らない」
なんとなく何をしでかすか読めたので鬼方さんに聞くと、彼女はノーコメントだった。大量の爆発物をどうやら所持しているみたいだ。ん?ゲヘナ…爆弾…大量………爆弾魔…あっ……。
「ハルナ。あの子」
「ムツキさんですか?」
「うん。もしかして爆弾魔で有名じゃないかな」
「そうですわね。彼女が中等部の頃、D.U.でしか入手できない高性能な爆弾を使用して校舎の一部を破壊したなんてことも聞いたことがありますわね」
「やっぱり」
私が関わらなかった事件だけど、中等部のゲヘナ生が建物一つを吹き飛ばしたというものがあって、小悪魔ならぬ小爆弾魔という話が一時期あった。まだ新人だったし、先輩に教えてもらうまで銃を撃つのが下手くそで体術ばかり使ってたもんなぁ。ゲヘナなんか行っても通用しない、って言われたから関われなかった。
「それにしても、本当に安全局の狛犬がシャーレにいるなんて」
「鬼方さんは…なんか私のこと知ってるんだね」
「まぁ、色々あるから。噂通り、強いね」
「そりゃどうも」
鬼方さんはどこまで私のことを知っているんだろ。キュドモス事件のことまでは聞いてるかもしれない。この子はなんだか、よろず屋の人っていうより情報将校のような雰囲気がする。不良って怖さじゃなくて、隅々まで観察されて、知られてしまうような恐さ。
尋問とか得意そうだなぁ。
「色々知っていそうだから聞くけど、錠前さんの事情も知ってるの?」
「聞いたよ。私だけは」
「……?」
「あぁ…その、草鞋野…」
「エリカでいいよ?錠前さん」
「なら、私もサオリでいい。エリカ、私の身の上はカヨコ以外に伝えていない」
「そうなの?」
「私たちにも色々あるから…深くは踏みこまない。でも、私は知っておかなくちゃいけないから聞いた」
用心深い人なんだなぁ、鬼方さん。でもそれはきっと、便利屋さんのことを大切に思ってるからって感じがする。優しいから厳しくなれる人なのかもしれない。こんな人がいるなら錠前さんのアルバイト先としては悪くないのかな。
ただまぁ、お金のためならなんでもやるってところだけ心配だ。
「そっか。でもサオリさん、あんまり悪いことはしないでね。私も先生も、それで何かあったら悲しいから」
「努力はするさ。ただ、便利屋68は本物だ……君の世話にならないことを祈る」
「まぁ、私たちも先生が悲しむような真似は、可能な限りは避けるよ。社長だって、外道ではないからね」
先生への信頼はかなり厚いみたいだった。先生は人たらしだもんね。
私は銃を担ぐ。ここは彼女たちに任せてみよう。ちらりと見れば、ハルナが安堵したかのように肩の力を抜いていた。
列車が吹雪の中、踏切を前にして止まる。その様を踏切と交差している道路で待機している戦車の前に立つアンドロイド市民の男がいた。彼は防寒着に身を包んでいるが僅かに見える首元には王冠に足が生えたかのような飾りのブローチがあった。
「なぁあんだ、ほんどにこんなところで待ち合わせしとるんか?」
「あぁもちろん」
彼の背後にある戦車はレッドウィンターの所有するT-34戦車で、3台ほどが停車していた。隊長車と思われる車両から頭を出すレッドウィンターの生徒は男に買収されてしまったレッドウィンターの辺境治安維持部隊の所属だった。
男——クイーンマテリアル社の社長は列車の連結車両も減っており、部下たちが成功していると確信していた。彼は携帯電話を手に取り、部下に電話をかける。この戦車隊が敵ではないと伝えれば間違いないと踏んでだ。
『………はい』
「おい、早く出てくるんだ。この戦車隊はこっちの味方だ」
『レッドウィンターでは?』
「辺境軍なんぞ頭空っぽなガキの集まりだ。問題ない。黒館ハルナは確保したんだろう?まさか傷つけちゃいないだろうな。アレも高く売れるんだ」
クイーンマテリアル社の社長は永久凍結バナナの回収だけでは飽き足らず、貴重な生徒という商品も扱うつもりでいた。ハルナに対する理不尽な恨みがあった。電話の向こうの部下から何故か歯軋りが聞こえ、獣のような呼吸音がこぼれ出した。
「おい、どうした。様子が——」
『我々ヴァルキューレも舐められたものだ。お前のような悪党がただで解き放たれると思ったのか?』
「なっ…!?」
男は後ずさる。底冷えするような声だった。電話の向こうにいるのは部下ではない、と社長は悟る。
「ヴァルキューレだと!?ここはレッドウィンターだぞ!?どうやって…いや、あの小娘の護衛か!クソッ!俺を泳がしたのか!?おい!あんたら」
「んだ?」
「あの列車、自地区の領域を侵犯してる奴が乗ってる!仕事してくれ!」
男は電話を切りながら戦車によじ登り、レッドウィンター生に訴えかける。車長のどこか垢抜けないゆったりとした生徒は状況が飲み込めないが、不法に自治区内に入ってきた渡航者でも列車にいると言われれば対応をしなくてはいけなかった。
「そんだら待ってくれさ。中央に言わんと」
「何を悠長なことを!子供は何も考えず大人に従っていればいい!」
「うーん、でもなぁ。ん?なんだべさ?」
「おい!」
車内の搭乗員から足を突かれ、車長の生徒は一度砲塔内に引っ込んでしまう。
十数秒後、ひょっこりと車長の生徒が顔を出したが、今度は右手に護身用の拳銃を持ち、男に向けていた。
「な、なにを!?」
「いま秘書室長から連絡あってなぁ、クイーンマテリアルって会社の社長さん捕まえって」
「う、裏切るのか」
「ちょこれーとくれた人撃つのはいやだべ。降りてくれ」
気がつけば、彼が乗ったT-34の左右に展開する残り2台の砲身が向けられていた。彼は手を挙げ、ゆっくりと戦車から降り、後ずさる。
「な、なぜだ、何故従わない…!?お前たちは虐げられ」
「別にひもじいだけで虐げられてないさぁ。けど、辺境軍は中央に近い生徒が配属されるべ」
男は知らなかった——レッドウィンターの辺境軍は地方に配属されるにも関わらず戦車などの装備を貸与されている理由が、クーデターなど起こすことなどありえない、チェリノの信奉者で固められていることを。
「だ、騙したのか!?買収されたフリをして?」
「?いんや、こんな寒い中一人で行こうとしてたら力貸す。お駄賃ももらったし」
なのだが、同時に純粋な生徒も多く、だからこそ政争とは程遠く、その力だけが必要とされる辺境軍に彼女たちはいるのだ。
「どうやらチェックメイトのようね?クイーンマテリアルさん」
「べ、便利屋!?助けに——」
「来たと思ってるの?」
アルの声が聞こえ、彼が振り向くも、まず目に入ったのはアルのスナイパーライフルの銃口だった。
「もうあなたは私たちのクライアントじゃないの」
「なっ、なんだと!?契約は」
「あなたたちから破ったのでしょ。私の可愛い部下たちを襲って……覚悟、できているでしょうね」
「ひ、ひぃ!?」
男は倒れ込み、そのまま尻餅をついたまま下がっていく。吹雪の中で佇むアルは悪魔にしか見えない迫力があった。
「本当ならあなたのことはロケット弾で吹き飛ばしてもよかったのよ。けど、優しい子があなたに裁きを受けさせるべきだって言ってね」
「ふ、ふざけるな、お前たちだって同罪だ!」
「同罪?私たちをスケープゴートにしておこうとして虫のいい話ね。でもそうね?このままだと私たちも確かに捕まってしまうわ」
「な、なら」
「なら、ちょうどいい羊が目の前にいるじゃない」
男は息を呑む。
「あなた、借金もたくさんあるんでしょう?よかったじゃない。レッドウィンターの収容所は給料が出るらしいわ」
「く、くそっ…!お、俺は、こんな、こんなところで」
「逃げても無駄だべ!」
「う、うわっ!?」
前門のアル、後門のT-34。もはやクイーンマテリアル社長に逃げ場はなかった。
「私たちは便利な道具じゃないの。会社なのよ。経営者ならそれぐらいわかっているものと思ったけど、残念ね。さようなら」
「お、覚えていろ…!便利屋68っ!」
負け犬の遠吠えを上げる男に目もくれずアルは列車に戻っていく。ようやく背を向けたアルの顔は——青ざめていた。
「(よ、よかった。戦車動かなかった…死ぬかと思った……)」
どうにか戦闘にならず切り抜けられたことでアルは助かった気持ちになっていた。そもそも、当初のプランでは待ち構えている相手にムツキの用意した小型ロケット弾による爆撃を行い、更にそこへアルとムツキの銃撃で制圧をかけるというものだった。
だが、そこで戦うつもりはないはずのエリカが待ったをかけた。仮に買収されたとしてもレッドウィンターとの衝突は避けるべきだと言い、トモエに踏切前に展開している戦車隊へ連絡するように伝えた後、アルがダメ押しで話をすれば撃たずに制圧できるのではないかと提案したのだ。
この提案にはカヨコが賛同し、もしかしたらレッドウィンターから便利屋への追求を避けられるのではないかというポジティブな願望もあった。
「(だからって身一つで戦車の前に出ていく!?生きた心地がしないわよ!)」
てっきり言い出しっぺのエリカが追い詰める役をやると思っていただけに、アルはまさか自分一人で戦車3台の前に立ち塞がるなど考えてもいなかったのだ。
「(けどまぁ、これはこれで……かっこいいのかしら)」
戦車すら恐れず、暗黒メガコーポ(倒産済み)の社長を追い詰めるアウトローというのはそれはそれでドラマのようでは?とアルは恐怖よりもかっこいい行動をしたとポジティブな感情で心を塗り替える。
「ふふっ、あーはっはっはっ!」
思わずアルは高笑いした。その姿はまさに、側から見れば悪魔だった。
高笑いしている陸八魔さんの後ろで男の人がレッドウィンターの生徒に捕まっていた。よかった、上手く行ったみたい。
「ふぅ。よかった」
「………エリカ、何故攻撃をしなかったんだ?」
「サオリさん。さっきも言ったけど、レッドウィンターに攻撃したって事実を1ミリでも出さないためにだよ」
サオリさんにまた聞かれたので答えた。いやほんとに、トモエさんが油断ならないというか、色んな自治区の中で一番怖い人ってイメージが私の中にあるせいで、ちょっと無茶なことを陸八魔さんに押し付ける形となったけど、鬼方さんも賛成してくれたからなんとかなった。
「むぅ。せっかく撃てると思ったのに」
浅黄さんは不満が爆発してるけど、下手にここで爆撃をしてあのT-34と戦う羽目になったらと思うと撃たなくてよかった。列車が完全に破壊されようものなら、私とハルナの旅行はもう完全にご破算だ。
「流石です、アル様…!」
「ほんとね」
伊草さんと鬼方さんも安堵して……伊草さんはなんかものすごい陸八魔さんに心酔してるみたいだ。
何はともあれ、これでトレインジャックは終幕だ。列車の再運行に関してはトモエさんに既に伝えてある。すぐに復旧して1時間後には再出発してくれるらしい。置いてかれていった後方の客車に関しては最後尾車両が実は気動車だったらしく、こっちを追ってきているらしいので、修理して連結するらしい。
荷物もあったし、助かった。
「それで、便利屋さんたちはどうするの?」
事件が終われば便利屋さんとハルナの契約はおしまいだ。私の問いに、鬼方さんは答えてくれた。
「終点で折り返しの列車に乗って帰るよ。レッドウィンターに用はないし」
「えー?観光しないの〜?」
「自由にそれはしていいんじゃないの?社長次第だけど」
どうやら便利屋さんはもう明日には帰りの便で戻るつもりみたいだ。ストイックな人たちだ。
「護衛頂いた代金は後で振り込んでおきます。口座は?」
「ごめん。ない」
「それなら、後日シャーレで」
「……それなら確実か。わかったよ」
今のは聞かなかったことにしておこ。
さて、ようやく一息つけそう。もうこれ以上の騒動は勘弁してほしいかな。私はため息をつきながら、座席に座り、力を抜いた。
「あ、そういえばワンコちゃん」
「……なにかな?浅黄さん」
「アルちゃんと会ったの初めて?」
変なこと聞かれた。陸八魔さんと会ったのなんて初めてだ。既視感もないし。あ、でもなんかあの髪色は見覚えあるかも。私が新人の頃に助けたメガネの真面目な子。ゲヘナの生徒だったはずだけど、あの子によく似てる。
「陸八魔さんって妹さんとかいる?何年か前にメガネをかけたよく似た子には会ったよ」
「………あー、じゃあ人違いかも。くふふ」
よくわからない。ただまぁ、陸八魔さんのあの得体の知れない鋭い感じとは似ても似つかないし、ただ似てる子だったのかな。けれど、あぁやって困難なところに恐れず向かっていく姿は似てるかもしれない。
「すごい人だね、陸八魔さんは」
「そうでしょ?自慢の幼馴染なんだぁ」
くすくすと、本当にそう思っているのか怪しい浅黄さんの反応を見つつ、高笑いの後に盛大なくしゃみをした陸八魔さんに、私は慌てて寒いから戻ってきてと窓を開けて呼びかけるのだった。
次回はまた未定です。
結局アルちゃんと主人公は過去に出会ったことを気づきませんでした。いやでも過去のアルちゃんと社長してるアルちゃん同一人物と思えなさそう。
そういえばアビドス3章見て思いましたが、本作の主人公、ホシノからすれば何度も無茶して死にかけるの心臓に悪いどころではないし最悪では?と思いました。