——数年前。D.U.商店街にて。
『狛犬さん。例のエビの件、こいつらが流してたみたいだよ』
「データは確認してる。ワンダフルフーズ……この商店街一帯の食材を卸している業者か」
『問題のエビは直営レストランに一度搬入されてから近隣の店舗へ納品されるみたい』
人気のない路地で生活安全局の局員、草鞋野エリカは張り込みを行いつつ、各務チヒロが集めた情報を確認していた。
「夜戸浦村から買い付けて、というのは嘘だった。そうだな?」
『うん。目的としては夜戸浦村産のエビの評判を落とすために、産地偽装したエビを夜戸浦村産と偽って一時的に流通。評判を落とし切ったところで、ワンダフルフーズが買い付けてるエビに変えてシェア拡大を狙う、って形だね』
説明された内容を聞き、エリカは「そんなことをすればカイザー系列のレッド・フック・エキスプレス社から手酷い報復を受けるのでは?」と考えたが、チヒロが先回りしてエリカの疑問に答えた。
『当然、そんなことすればレッド社が黙ってないはずなんだけど、なんでかノーガードなんだ』
「意味がわからない。商売のことはよくわからないが、商品の評判を下げるような真似をされれば黙っていられないはずだ」
『普通の感覚ならそう。けどさ、レッド社はカイザーの系列だからそんなの関係ないのかも』
「歯牙にかけるほどでもないということか」
『かもね。その気になればいつでも潰せる。むしろ被害が大きくなってから毟り取ろうって感じにも見えるかな』
エリカは被害者のはずのレッド・フック・エキスプレス社にも僅かな疑念が生じる。消費者を守ろうという意識はないのか、と。
『まぁ、もしかしたら、偽装エビフライを流通させた店が勝手に爆破されてるのもあって手を出すまでもないと思ってるのかも』
レストラン連続爆破事件。銀髪の生徒という以外は何も詳細がわからない犯人による連続テロ事件で、エリカが独自に追っているものだった。公安局の友人や他の局の同期たちから出しゃばるなと言われても、エリカは捜査を止めていなかった。
犯人が狙うのはぼったくりや客に対して悪事を働く悪徳レストラン、グレーな店がほとんどで、一部では義賊などと持て囃されていたが、なんであれエリカにとっては関係のない一般市民も爆破テロに巻き込んでいる以上は止めなくてはいけない相手だった。
「最近は産地偽装されたエビを出した店だけが狙われている。カイザーが派遣した傭兵の類か?データはないのか、各務さん」
『死者無しなのが奇跡なぐらい芸術的な爆破で監視カメラとか全部吹っ飛んでるからね。目撃証言も銀髪の生徒、しか残ってない。よくある爆破みたいに暴れた末じゃなくて気がついたら爆破されてるって』
「……なんであれ、ワンダフルフーズを狙っているなら好都合だ。一気に二つの事件に終止符を打てる」
『いつも思うけど狛犬さん、生活安全局の担当してる範疇を超えてると思うけど、いいのこれ』
「我々生活安全局の役目は市民の生活の安全を守ることだ」
毅然と言い放つエリカに、チヒロは「局の名前を分解しただけじゃない…?」と内心思うが、まるでこのキヴォトスそのものの狛犬かのように問答無用で治安維持活動を行うエリカの一生懸命さが誰かを救っていることも事実であり、チヒロはその真っ直ぐさに惚れ込んだからこそ民間協力者として、法に触れない範囲の支援を彼女に続けていた。
「それで、この路地を出て右前方にあるのが問題のレストランか」
『エビはあと1、2時間…閉店の間際に納品がされるはず』
「そこで箱を見れればわかるか」
『たぶんね』
路地から問題のレストランを見れば、堂々とした店構えであり、とても不正をしているようになどエリカからは見えなかった。ここ十数分でも不審な様子も確認はできず、定時上がりのサラリーマンらしきアンドロイド市民が十数人、宴会でも行うのか入っていくのを見ただけだった。
「……あれは」
『どうかしたの?』
「いや、生徒が一人」
レストランに向かっていく一人の生徒がエリカの視界に入った。
「……きれいなひと……」
思わずエリカの目が奪われる。夜の街の明かりに照らされ煌びやかに揺れる銀髪、ゲヘナ生らしい羽根に立派な太く長い尻尾。瞳は吸い込まれてしまいそうな深く美しい赤に、顔つきは愛らしさと美しさを兼ね備えた少女。ゲヘナの生徒にしては珍しくブレザーにも袖を通して、しっかり制服を着ている姿がエリカの目には印象的だった。
まるでお嬢様としか言いようがない空気感を漂わせ、携帯しているスナイパーライフルも持ち主に似て、傷一つなく磨き上げられていた。
『狛犬さん?』
「…っ……こほん。なんでもない。生徒が一人、レストランに入ろうとしている」
『こんな時間に一人で?』
思わず見惚れた衝撃からエリカはチヒロに告げられるまでこんな時間に一人でお嬢様然とした生徒が出歩いてレストランに入るという違和感に気がついた。そして、その少女の髪色で、エリカはハッとする。
「…しまった…!今の生徒、もしかして連続爆破犯か……!?」
『銀髪の生徒だったってこと?』
「そうだ。爆弾を所持しているようには見えなかったが…突入する」
『え?今!?』
「テロ犯なら抑えたい。私は行くぞ」
『………はぁ。わかった。もし危なくなったら呼んで』
チヒロから呆れたような声が届くも、エリカは手に持った一般的なヴァルキューレ生徒が使うハンドガンの状態を確認し、問題ないとセーフティーを外す。
「(先輩に教えてもらった撃ち方ならやれるはず。恐れずに、トリガー。自分が正しいことをしてるって自覚と覚悟を持てば当たる)」
深呼吸し、エリカは覚悟を決めるとレストランに向かって路地から飛び出す。時間が時間のためか通行人も少ないため、持ち前の高い身体能力を生かし、エリカはレストランの入り口へと間もなく到達する。
銃を片手に彼女はドアノブに手をかけ、扉を引いた。
「——なんとか言ったらどうだこのガキ!」
「…………」
扉の中で広がっていたのは十数人の傭兵の集団に囲まれ、一人に胸ぐらを掴まれ制服のシャツの前を千切られている銀髪の少女の姿だった。
傭兵たちの数人が、扉が開いたことで入り口に目を向ける——前に既にエリカの姿はそこにはなかった。視界が真っ赤に燃え上がりそうなほどにエリカの心のうちは怒りで埋め尽くされた。
布が引き千切れる音と、銀髪の生徒を掴んでいた傭兵が奥の厨房へと吹き飛んだのは同時だった。
バランスを崩し、倒れ込む銀髪の生徒の背に、エリカの手が回され乱暴に受け止められる。
「ぅ…!?な、なにが」
「全員動くな!」
銀髪の生徒——ゲヘナ学園の黒舘ハルナは顔の上で放たれた威嚇に体が固まった。恐る恐る顔を上げれば、ヴァルキューレ警察学校の制服に身を包んだエリカの犬歯を剥き出しにした表情が目に入る。
「(この方は…!?)」
ハルナの驚愕を他所に、エリカはハルナを立ち直らせ庇うように前に立つ。入り口から溜め無しに飛び蹴りを食らわせたエリカであったが、そのあとのことなど考えていなかった。
「ヴァルキューレだと…!?」
「おい!何をしやがる!」
傭兵たちから怒声が届くが、エリカは臆することなく吠え返す。
「貴様らこそなんだ!?こんな人数で生徒に寄ってたかって!」
胸元がはだけ、隠すように体を抱きながらもハルナは、目の前で蛮勇を見せているようにしか見えないエリカが理解できない。そもそも、なぜいきなりここに現れたのか、どうやってハルナのことを掴んでいた傭兵を吹っ飛ばしたのか。まるで稲妻のような現れ方に幻覚でも見ているのではないかとハルナは思った。
傭兵たちがアサルトライフルを構え、エリカへと向ける。全周囲を囲まれ逃げ場などない。
「そいつはレストランの連続テロを行った生徒だ。引き渡してもらう」
傭兵の一人が代表してハルナがレストラン爆破事件の犯人であることを告げると、エリカはハルナのことをチラリと見た。とてもそんなことをするようには見えないが、ハルナが僅かに目を伏せ否定しないことを確認し、事実の可能性もあるとエリカは判断する。
「ならば尚のこと、ヴァルキューレで扱う。犯罪者だからといって暴行をしていいわけではない」
「暴行?身体検査だ。爆弾を持っていないかのな」
エリカはこの状況を見て、これは銀髪の生徒、ハルナに向けられた罠だったのだとわかった。エリカはハルナの着衣の乱れを見る。全裸に剥いてでも確認しようとしていたのは明白であり、仮に彼女が爆破しようとしていたにしても過剰な防衛行為だった。
「こちらはただ普通に営業しているレストランを爆破されたんだ。何度もな」
「……普通?エビの産地を偽装しているにも関わらずですのに?」
「偽装?なんの話だ。夜戸浦村から仕入れたエビだぞ。ガキの舌で味がわかるものかよ」
「わたくしにはわかります。あのエビは違うと。あんな粗悪品を流通させ、夜戸浦村のエビの評判を落とすなど許せることではありません」
「フン。お前の舌だけが証拠になるかよ。ちょうどヴァルキューレが来たんだ。よかったじゃないか。おいアンタ、その生徒の制服を剥がせ。爆弾を持ってるはずだ」
傭兵からの指示に、エリカは一度銃を下げる。まさか従うつもりなのか、とハルナは一瞬蔑んだ瞳をエリカに向けようとするが、エリカは銃を下げただけでハルナには振り返らなかった。
「………各務」
『録音はしてるよ』
小さな声でエリカはチヒロに呼びかけてから、エリカは再度口を開いた。
「取り調べを行うのなら署だ。ここで貴様らのために下衆なショーを見せる必要などない」
「犯罪者を庇うのか?所詮は子供ごっこ遊びか」
「今、彼女がテロリストだという証拠もない。同時に、貴方たちが何故、商売敵であるワンダフルフーズを守ろうとしているかもわからないようにな」
僅かにエリカの発した言葉に傭兵たちが反応する。
「俺たちは用心棒だ。そいつに系列店を爆破されたオーナーに雇われている」
「カイザーPMCは客の選り好みをしないということか」
「当然だろう。俺たちは大人だ」
傭兵たちがエリカを小馬鹿にするように笑った。エリカは笑われても表情を全く変えなかった。
ハルナは何故庇われているのか更に理解できず、混乱する。
「そういえば、連続レストラン爆破事件の被害店舗は全てカイザー系列だったな」
笑い声がピタリと止んだ。
「元からトラブルが絶えず、生活安全局には何度か通報を受け仲裁に入ったこともある。法令違反による指導も受けている店もあったな」
「だからって爆破される謂れはないだろう」
「もちろんそうだ。だが、罰金払えば違法なことをしていいわけではないし、指導を受ければお咎めがそれ以上ないということではない」
店内に響くエリカの声は震えもなく、ハッキリとしたもので、ハルナはここまで堂々としているヴァルキューレの生徒を見たことがなかった。
「私は連続爆破犯を擁護するつもりはない。だが同時に、私たちが裁くことができない悪がいるのも事実であって、それを誰かが許せないことも理解はしているつもりだ」
「正義のヒーローごっこが許されるって言いたいのか」
「いや、許されるものじゃない」
「ならヴァルキューレの生徒、お前もだ。なんの権限があってお前はここに来た」
傭兵たちからすれば義憤に駆られ考え無しに突っ込んできた生徒だろうとエリカが見えていた。令状を見せてくることもなく、この数を前に時間稼ぎのつもりか喋っているようにしか見えなかった。
「まぁいい。こちらも時間がない。ヴァルキューレの警官一人が消えたところで騒ぎにはならんな」
傭兵たちがエリカへと銃口を向け、トリガーに指をかけた。
「なぜ彼女が欲しい」
「そいつの実家は強請れるからだ。もうお前も消えるから教えてやろう。産地偽装エビはそいつを誘き出す罠だ。ガキが好き勝手したんだ。お灸を据えるのは大人の役目だろう」
「行き過ぎた私刑は認められない」
「これは私刑じゃない。大人の指導だよ……やれっ!」
四方から弾丸がエリカに放たれる。しかし、その銃弾が当たる前にエリカの姿は掻き消えた。そして、まるで五芒星を描くかのように青い軌跡が走ると、二人を囲んでいる傭兵たちが吹き飛び壁にめり込んだり、壁に当たって床へと倒れ込む。
「み、見えない!」
「一人だぞ!?」
「ぐぼっ!?」
次々とハルナの前で傭兵たちが倒されていく。最初の動き以降はハルナでも追えるものになり、エリカは体術を駆使し、ほとんど相手の無力化に努めていた。銃は撃っていない。向けかけて、躊躇うような仕草を見せていた。
「こいつっ!」
「遅い!」
業を煮やした傭兵がライフルのストックで殴りかかるが、エリカは身長差を活かして正面から脇腹を通り背後へと回り込み、背後から突き飛ばす。
傭兵を突き飛ばして隙を見せたエリカに、また別の傭兵が背後から飛び掛かる。
「危ない!」
ハルナの声がエリカに届いたかはわからないが、エリカは左手で太ももにホルダーで付けていた警棒を抜き取ると、即座に伸ばし、後方の相手に向けて突き立てる。
「うぐっ!?」
傭兵が痛みを堪えながらもライフルを捨てナイフを手にエリカを刺そうとするが、刃が到達する前にエリカは振り返りざまに蹴りを相手に入れ、またしても傭兵が吹き飛ぶ。
「あんなガキ一人に何をしている!」
リーダー格と思しき傭兵がエリカに向かって発砲するが、エリカは最低限の回避行動で容易く射撃を避け、一歩で一気に距離を詰め、アサルトライフルを弾き飛ばし、傭兵の手から離させる。
「うおおおっ!」
そのエリカの後頭部めがけて椅子を振り上げた傭兵が現れるが、エリカは後ろに目がついているのかと言わんばかりに、目の前の傭兵を掴み、入れ替わるように背後へと放り投げる。
「「うぎゃっ!?」」
傭兵同士がぶつかり合い、倒れ込む。
カイザーPMCといえば生徒を除けば有名な腕利きのPMCだ。ハルナでさえも店内に踏み込み囲まれ、乱暴をされればどうすることもできなかった。そんな相手を撃たずに次々と倒していくエリカの姿はまるで物語の中の正義の味方のようだった。
「こうなりゃ…!おいっ!」
「きゃっ!?は、離して…ぅ、ぐっ…!」
「動くなヴァルキューレのガキ!」
傭兵の一人がハルナに背後から組みつき、腕で首を締め上げる。エリカはちょうど胸ぐらを掴んでいた傭兵を手から離す。既にエリカを囲んでいた傭兵はハルナを人質にした傭兵以外、ほとんどが気を失うか戦意を失っていた。
「銃を捨てろ!さもなくばこの爆弾魔の命はない!」
エリカは傭兵から武装解除を命じられるが銃を捨てない。それどころか、ハルナを締め上げる傭兵に銃口を向けた。
「聞こえなかったのか貴様!?」
「警告する。ただちに人質を解放しろ」
「お前が銃を捨てろ!」
「再度警告する。人質を解放しろ」
「っ……」
ハルナの視界が滲む。首を締められ苦しく、涙が出ていた。ハルナはなんとか抵抗しようとするも、上手く力が入らない姿勢をとらされ、逃れることができない。このままでは気を失う。ハルナは目の前の生徒に助けを求めるように手を伸ばす。
「なんなんだお前は!?本当に警察官なのか!?人質の命が惜しくないのか!?」
「——警告する。人質を、解放しろ」
取引には応じない。そんな確固たる意志をエリカは見せているようだった。危機に陥っているにも関わらず、ハルナにはその姿が妙に美しく見えた。エリカはハルナのことを否定はしなかった。理解はすると、言ってのけた。
「(あぁ、なんて……高潔すぎる方なのか)」
このキヴォトスにいてはいけないような少女。眩しすぎる存在。
そんな相手はハルナのことを見捨てようとしているのではなく、救おうとしている。
「お、お前は、なんなんだあああああっ!」
傭兵が空いている左手でライフルを向けるが、トリガーが引かれる前にエリカの銃が初めて音を立てた。
「警告を無視し、人質を解放しなかった。発砲する」
その言葉と銃声は同時であり、ハルナの首を締めていた腕はするりと抜けた。
「ぅ、げほっ!げほっ!ふっー、ふー、はっ、はぁっ」
「大丈夫か!?落ち着いて息を吸え!」
エリカがハルナに駆け寄る。エリカはハルナの背中をさすりながら、周囲を確認する。抵抗する傭兵はもういない。
「あ、ありがとう、ございますわ」
「いや、無茶をさせてしまった。すまなかった」
「いえ、あなたは…わたくしを助けてくださったのですから、謝ることなど」
ハルナの言葉の途中でエリカがジャケットを脱ぐと、それをハルナの前に押し付ける。
「ひとまずそれを前に」
「……助かります」
「それにしても、なぜこんな無茶を?君が爆破テロの実行犯かどうかは置いておいてもだ」
一人でこのような不正を暴こうなど無茶がすぎるとエリカが自身のことを棚に上げてハルナに問いかける。ハルナはまさか心配されるとは思ってもいなかったので、僅かな驚きとともに真っ直ぐハルナを見つめる空のように澄んだ瞳を受け止める。
「……わたくし自身の信念が彼らを許せませんでしたの」
「あなたの信念?」
「彼らがしていたことは食への冒涜です。夜戸浦村のエビといえばこのキヴォトスの食を支える大事な食材です。それを騙り、あのような粗末なものを提供するなど…わたくしを誘き出すためとはいえ、到底許せません。わたくしへの、挑戦状だと思ったのです」
「だとしてもだ。君一人でこの人数相手に挑むのは無茶だ」
「まさかわたくしも、こんな小娘一人にここまでの人数を割いてくるとは思ってもみませんでした。ですから、助けてくださったことは、本当に感謝しています」
頭を下げるハルナに、エリカは少し瞑目した後、口を開いた。
「少なくとも、一人でこんな無茶はもうしないように」
「あなたも、一人ではありませんか」
ハルナの問いかけに、エリカは耳元にある通信機を指差す。
「私は一人じゃない」
「………理解者がおりますのね」
「まさか。無茶をすれば叱られる。今も耳元で言われているよ」
『自覚あるなら少しは冷静に事を運んでよ狛犬さん』
口調とは裏はらに柔らかな表情の変化をエリカは見せる。エリカは銃をホルスターに収めると、ハルナに包み込むような優しげな視線を向けた。
次に出た声音がハルナの耳からその心の琴線を弾いた。
「理解者とか、そんな小難しい話じゃないよ。あなたも友達と一緒に動けばいいんだよ」
そこにいたのは一人の警察官ではなく、ただ優しげな、正義の味方の少女だ。
「友達…」
「今回、私はあなたを捕まえることができない。だから、せめて伝えたい。あなたの信念は決して悪じゃない。食べ物で悪い事をすることはいけないこと。それは当たり前の感覚だけど、そうじゃない人もたくさんいる」
「なら、貴方様が、そうなってくださらない?」
差し出された手に、エリカはキョトンとする。彼女はその手を暫し見てから、首を横に降った。
「ごめんね。今の私はヴァルキューレの生徒だから。あなたの手の取ることはできないよ」
「残念ですわ。ですが、わたくし、あなたのこと気に入りましたわ。お名前は?」
「草鞋野エリカ。新米の警察官だよ」
「ふふっ…草鞋野エリカ……憶えましたわ。草鞋野さん、わたくしは黒舘ハルナ。どうぞ、お見知り置きを」
握手の代わりのように、屈託のない微笑みをハルナは向け、エリカも笑みを返す。
これが、草鞋野エリカと黒舘ハルナの出会いであり、これまでエリカが触れ合うこともなかった破天荒なお嬢様との無茶苦茶な、数々の冒険の序章だった。
むくりと、ハルナが身体を起こす。トレインジャック騒動が終わり通常の運行に戻った列車の中、寝台車のベッドの上でハルナは睡眠をとっていた。スペースを挟んで反対側のベッドで眠るエリカをハルナは見る。
争いを知らないような無垢さをどこか感じさせるエリカの寝顔にハルナは表情が緩む。
「……あなたが初めてでしたのよ。わたくしのことを頭ごなしに否定しなかったのは」
彼女は夢を見ていた。エリカとの初めての出会いを。
エリカの勘の良さをハルナは今でこそ知っている。ハルナが連続爆破事件の犯人と確信を持ってエリカは疑っていたこともわかっている。それでもエリカはその場で捕らえるどころか、理解はできると言って見せた。
「罪な人。そうやって誰にも優しく、包み込もうとするから」
ハルナは眠っているエリカに“あの時”のように手を差し伸ばす。
「あなたはいつになったら、わたくしのことを捕まえてくださるのかしら」
今まで一度も、エリカの手錠がハルナの手首にかけられたことはない。何度も何度も、ハルナの危機のときばかりエリカは現れた。美食研究会が発足された後も、会員たちですら助けられたこともある。
そして、助けられる度にエリカの心に触れる事なく彼女の背は遠ざかっていく。
「……それが運命だというのなら、それはあまりに残酷なことではなくて?」
そのすれ違いが嫌だったからとハルナはシャーレ所属となったエリカの前には積極的に関わってきた。
「どうかこの旅があなたの傷を癒やし、わたくしの手に触れてくださることを、願っていますわ」
次回は未定です。
なおハルナとの会話を聞いてた当時のチーちゃん「まただよ(呆れ)」