列車の中で一晩過ごして、私とハルナはようやくレッドウィンターの土地に降り立った。降りた駅からは乗合のバスを使って旅館まで行くんだけどこれもまた半日にかかった。途中でエンジンが故障したり、そもそも雪が凄くてスタックしてたり。
他の乗客が地元の人多くて慣れてたから復帰も早かったけど。
「んっ〜!ようやく着いたね!」
「えぇ。見た目は落ち着いていて、いい雰囲気ですわね」
そんなトレインジャックから苦労しっぱなしでたどり着いた旅館のファーストインプレッションは悪くない。
百鬼夜行風の見た目で、落ち着いた木材の暖かさを感じさせる作り。瓦屋根もいい感じで、話によるとこの建物も温泉開発部がやってるらしいけど、本当にあのゲヘナの部活はあらゆる建築様式にも手を出してデザインも短時間でこなしてるから、テロ行為に目を瞑ると何か賞でも貰ってもおかしくないぐらいだ。
「ハルナ!中入ろうよ!」
正直、ここまで色々あったせいで私は早くこの旅館に入りたくてウキウキしていた。ハルナを急かすと、ハルナが苦笑いしながらも「お待ちになって」と引き留めてくる。
「わたくしたち、一応はそれなりのプランで宿泊ですの」
「どういうこと?」
「VIP待遇、ということですわ」
そりゃハルナのことだから、美食研究会としてじゃなくて、黒舘家のお嬢様としてとなるとVIPじゃないと逆におかしい。ただ、どういう待遇なのか聞こうと思い口を開きかけたら、がらりと旅館の入り口が空いた。
出てきたのは見たことある生徒さんだけど、服装がいかにもな仲居さんだった。
「あれ、草鞋野さん!?」
「天見さん?」
天見ノドカさん。レッドウィンターの生徒さんで、先生覗き見の常習犯。そもそも度を過ぎたストーカー行為でレッドウィンターでは停学中。227号特別クラスという、他の自地区でいえば更生クラスに収監されてる生徒さんだ。
シャーレに私が異動してから唯一逮捕して、所属自治区に送り返した生徒でもある。いや、覗きをしてなければ普通の人で甘いもの好きだからシャーレの当番では話も合うんだけど……。
「エリカさん?この方は?」
「天見ノドカさん。シャーレの当番でたまに来る子なんだ」
「どうも、天見です。えっと、VIPのお客さんが来るって聞いてたけど」
「それならハルナのことだと思うよ」
私がハルナを紹介すれば天見さんは慌てて会釈した。
「す、すいません!ようこそ黒舘様!227号温泉郷2号館へ!」
慌てた様子で天見さんが旅館を紹介する。
「ふふっ。よろしくお願いしますわ。女将さん。それにしても、2号館とは?」
「あ、前の初代温泉郷は色々あって爆破されまして……今の旅館はレッドウィンター連邦事務局が正式に温泉開発部に開発依頼をして作られた、2代目なんです」
なんか色々あったんだろうなぁ、というのが天見さんの遠い目で察する。それにしても事務局、ってなるとトモエさんが企画したのかな。
「天見さん。ってことはトモエさんが企画して?」
「いえ、これはあのガッ……チェリノ会長がインバウンド創出のために再建を指示したんです。ただ再建しても私たちの給料なんて雀の涙みたいなのに下げられて……とほほ」
「ほんとに苦労してるね…けど、チェリノちゃんがこういうの企画するなんて珍しいね?」
「あ、それはわかります。そもそもインバウンドとか小難しい横文字よく知ってるなぁ〜って。なんでも、ウチの衛星学園が最近観光で儲かってるから調子に乗るなって会長がやりたがって出来たって話みたいですよ」
それ夏に行ったオレンジパウンド高校自治区の話じゃないかな。
「となると、これはあの夏の苦労のおかげでもありますわね。相変わらず、エリカさんの苦労はどこかで報われていいことですわ」
「ほんとそうだね」
結果的にこの旅行はあの夏の支援要請のおかげってことになるとちょっと嬉しい。ナギサちゃんにも教えてあげよう。
「あ、ごめんなさい。こんなお客様を外で長々と」
「エリカさんのご友人なのでしょう?再会に水を差すほどわたくしは狭くありませんわ」
「おお…すごい…これがほんとのお嬢様……器でっか……じゃなくって!どうぞこちらへ!」
まともにお嬢様してるハルナ見てると私も天見さんと同じ反応しそうになる。優雅だ、あまりにも。嫌味な感じがなく、どこか量り知れない余裕がある。
天見さんが歩き出したので私たちも後に続いて旅館へと入る。中も外観同様に百鬼夜行の様式で落ち着いた感じだけど、思ったよりもロビーは広くて、色んな学園の生徒たちで賑わっていた。
「繁盛してるね、天見さん」
「そりゃもう。割に合ってないですけど」
「……正当な対価を得られていないのでしょう?あなたはそれでもよくて?」
「いやよくはないですけど、なんだかんだ、最近は仕事楽しくて」
嘘は言ってなさそうだった。やりがい搾取……って一瞬思ったけど天見さんはレッドウィンターでは重ねて思う通り犯罪者扱いだ。つまりこれが更生の一環として用意された奉仕活動ってこと。チェリノちゃんはそこまで考えてないだろうけど、トモエさんはそう思ってるかも。
「エリカさんのご友人というのも納得ですわね」
「…それ、私がワーホリって言ってないかな」
「流石に草鞋野さんほど私はワーホリじゃないと思います」
天見さん言うなぁ〜、でも何にも言い返せない。週休二日?なにそれ、と仕事を嬉々として行い、フブキちゃんからクソ上司とまで一時期言われ、あのキリノちゃんですら言葉を濁して休むようにと言われたのが私である。
「ま、まぁ、そのことは置いといて。これだけ生徒が来るってことは評判いいんだね」
「おかげさまで。そういえば黒舘さんはゲヘナの方ですよね?温泉開発部ってほんとにすごいですね。前に色んな学校のお風呂調べてたんですけど、あのD.U.のスーパー銭湯も温泉開発部だとか」
「そうですわね。彼らの手にかかればたちまち名湯となるのは当然。むしろ、よくレッドウィンターからの依頼を引き受けましたわね、彼女らが」
「そのあたりは噂でシグレちゃん…友達が聞いたんですけど、なんかトリニティの方で起きた事件でウチが力を貸したからその見返りらしいですよ」
どういうこと?とハルナが首を傾げてるけど私は心当たりがあった。あのエデン条約襲撃事件の最中、飛行船を沈められた羽沼議長はアリウスへの報復のために古聖堂に向けて進撃し、その戦力はゲヘナの戦車隊に加えてレッドウィンターの戦車師団がついていたはず。
つまり、この旅館はチェリノちゃんの思いつき、というだけでなく政治的な側面もあるらしい。
「色々ありますのね」
「そうだね」
「ただ、今のわたくしたちが触れる話でもないでしょう」
まぁ、今日は休暇で来てるし、ここでそんな深く考えてもしょうがないのは同感。天見さんはそのあたりちゃんと空気を読んでくる子なので、これ以上は旅館の成り立ちについての話を広げなかった。
天見さんに案内されるがままに私とハルナは旅館の中を歩き続ける。賑やかなロビーから観光客が行き来する廊下。
そこそこ混雑してる大浴場の脱衣所前の広間。
マッサージ椅子などが並ぶリラクゼーションルーム。
どれもこれも細かに手が入っているようで、利用している生徒たちの顔はみんな満足してそうというか、癒されてるのがよくわかる。
私たちはそんな光景を見せられながらもまだ旅館の奥へと進み、気がつけば周りには観光客が消えて、鎮まり返った渡り廊下を歩き、見えてきたのは離れのような場所だった。よく見ると、露天風呂らしき屋根も見える。
え!?まさかこれ私たちの部屋ってこと!?
「こちらが今回、黒舘様がご利用可能な赤の間になります」
「期待した通り……静かで、ゆっくり過ごせそうですわね」
「はい。ご用があれば備え付けの内線を使用してください。お食事も注文と指示頂ければ入り口の受け渡し口に置きますので」
「助かりますわ。案内、ご苦労様」
「いいえ!ごゆっくり〜」
天見さんが去っていく。去り際、私の携帯に通知が入ったので見てみると天見さんからのモモトークが入っていた。
——布団は入浴中に言えば変えてあげるからね〜
いやいや、どういうこと。一泊二日なんだから交換の必要なんてないでしょ。とりあえず、よくわからないけど、プライベート性も高いVIPルームそのものらしい。
「エリカさん、それでは中に入りましょうか」
「うん」
テンションがちょっぴり上がってるハルナの後に続いて、私たちの部屋へと入る。中は座敷になっていて畳だ。懐かしいなぁ、百鬼夜行といえばこうだよこう。居間にあたる部屋にはこたつと座布団があって、ご丁寧にみかんも乗ってる。
靴を脱いで上がった私は体を伸ばす。
「ん〜!やっと着いたね」
「そうですわね。お疲れ様でしたわ」
「ハルナもね。ごめんね?列車では怖い思いさせて」
クイーンマテリアル社の社員はレッドウィンターの辺境軍に引き渡したけど、取り調べの結果はシャーレに共有することになってる。処罰に関してはレッドウィンターの自治法に則ってされるらしい。
ハルナは薬を打たれそうになったし、怖い思いをさせちゃったかな…初めて出会った事件でもハルナは大人に乱暴されたし、毎回何かある度に私が偶然助けに入ってる。
「平気ですわ。あなたが側にいるのですもの」
けれど、ハルナは決まってこう言う。いつか取り返しがつかないことにならなきゃいいけど。
「前みたいにハルナが悪さしてる時にD.U.にいるわけじゃないからね」
「わたくしは昔よりは賢くなっていますから、今は窮地に立たされることが、もうあまりなくてよ」
「そこは強くなったじゃないんだ」
確かに単純な戦闘技能って点ではハルナは非凡なところがないけど、やっぱりヴァルキューレには捕まらないし、正面からやり合えない時のハルナは手強いと思う。今は美食研究会のメンバーもいるし、出会った頃みたいに一人で無茶してる世間知らずなお嬢様感はもうない。
「力はもちろん必要ですが、美食を探求するのに大事なのは度胸と根性ですわ」
「すごい精神論だね」
「ふふっ……意外で?」
「ううん。どこでも突っ込んでいくからちょっと納得」
ゲテモノ食べて撃沈したり、秘境に行って遭難したとか、そういう話は何度も聞いてきたからね。
「っと、荷物置こうか。早速お風呂入る?」
やっと二人きりになってゆったりできるからかつい話しちゃったけど、せっかくだしお風呂入らないとね。背負っていたリュックサックを下ろして、上着を脱ぎつつハルナに言うと、ハルナは急にもじもじした。
「あ、そ、そそ、そうですわね」
「どっちが先に入る?」
「…………は?」
「え?」
いや急に虚無顔にならないで。なんでそんなブラックホールみたいな底なしの点のような目になるの。
「ハルナが嫌なら先に一番風呂を譲るよ」
「え、エリカさん?」
「ほら、ハルナの旅行券なわけだしさ」
こんな綺麗な旅館のお風呂なんだし、一番風呂は気持ちいいだろうね。ハルナが誘ってくれたわけだから、ここはハルナにまずは楽しんで欲しいんだけど……なんでか、ハルナが動かない。
「えーっと……もしかして、私が先に——」
「エリカさん!」
「うわっ!?」
いきなりずんずんとハルナが私に詰め寄って更に迫ってくる。急になに!?思わず私は後退するけど、別の部屋に入った瞬間、ハルナに足をかけられて背中から転んだ。
いた…くはない。これ、背中にあるの枕と布団…?
「エリカさん」
「な、なにして」
倒された私はハルナに跨られて、そのまま上から被さられた。目と鼻の先にハルナの顔があって、吐息が私の唇にかかる。うぐっ……ま、まずいってぇ。お風呂に入る前だからか、ハルナのにおい、だいれくとに。
「は、ハルナサン、はなれて、ほんと」
「いやですわ」
「ま、まずいから、ほら、わたし」
「わたくし、あなたの理性は信頼していますの」
ううっ、そりゃ、完全に疲れ切っていなければ大丈夫だけど。それでも限度がある。ハルナ、自分がどれだけ可愛いかわかってるのだろうか。
「……お風呂、一緒に入りますわよ」
「え、えぇっ、嫌じゃないの?」
「わたくしは平気ですわ。あなたは?」
「べ、別に特に何かあるわけじゃないけど」
「ならいいですわね。友達と一緒にお風呂に入るぐらい、わけはないでしょう」
ハルナが私から離れて立ち上がり、スタスタと出ていく。な、なんだったの今のは。私も上半身を起こすと、押し倒された布団が寝室なのに一組しかないことにびっくりする。そして枕元には何故かティッシュ箱が一つ。
そういうことかぁ〜〜〜!天見さん何考えてるの!?
私は一先ず天見さんにモモトークを送った。布団はちゃんと分けてください、と。
「はぁ………ほんと、なに考えてるの、みんな」
私はいつの間にか震えていた手をギュッと握って抑えつつ、立ち上がって元の居間に戻った。ハルナはまだ背を向けたままでいる。
「えっと、ハルナ」
「……お返事は?」
「一緒に入るよ」
ハルナが振り返る。ふわりと銀色の髪が舞って、私に見せた顔は満点の笑顔で、私の思考はフリーズした。
「嬉しいですわ」
初めて、あの商店街で見た時から思ってたけど、本当にこの子綺麗な人だと思ってる。これで付き合ってる人もいないのはおかしい。やってる内容はともかく美食のために全力全開、一生懸命なのも魅力的だと思う。
「かわい」
「………はい?」
「え、あっ、ちが、くはないけど、なんかごめん、つい」
よくわからない沈黙が流れる。私の顔はものすごく熱いし、ハルナの顔もみるみる赤くなっていく。ううっ!
「お、お風呂!お風呂いこっ!うんっ!」
「そうですわね!」
とりあえず脱衣所で黙ったまま私たちはお互い服を脱いで外に出た。備え付けのお風呂は露天風呂。むちゃくちゃ寒かったのでさっきまでの火照りとか私の本能的なものは一瞬で冷めた。
すぐに体を二人で流して即入湯。
「ふああああっ〜〜〜!」
「んっ…!」
あったか〜い!露天風呂の作りはいかにもな感じで、湯船は檜で屋根も木造ですっごい落ち着く感じ。
「あ〜〜からだにしみる〜」
「こんなエリカさん久しぶりに見ますわ」
「わたしおふろすきだよ〜」
ホシノちゃんみたいな感じになってしまう。いい湯。背中を湯船に預けて全身の力を抜く。このままお湯に溶けちゃいそうだ。ハルナのほうは、とチラリと見る。
「ふふっ、そんなに喜んで頂けたのなら、誘って正解でしたわ」
澄んだお湯の中にまるで女神様みたいな綺麗な体があった。でも悪魔的なおっきな尻尾は時折湯面を撫でるように動いて、羽はゆらゆらとお湯の中で揺れてる。温泉の熱に上気した肌はなんだか艶かしいし、表情は大人っぽい。
夏の時は水着を着てたけど、今回は何にもない、ただただハルナの飾りのない美貌に圧倒された。
「ハルナ、ほんとに美人だよね」
「今日は妙に褒めますわね」
「いや事実だから。初めて会った時からずっとそう。なんでそんな綺麗なの?」
比べて私は童顔だし、スタイルは……鍛えてるから崩れてはいないけど、ハルナみたいに魅惑的な感じじゃない。ちょっと羨ましいかも。
ハルナはくすくすと笑っていた。
「エリカさんがわたくしのことを本気でそう思ってらっしゃるの、ようやくわかった気がしますわ」
「え、今までおべっかしてると思ったの?」
「まさか。嘘を吐く時のあなたはわかりやすいですもの」
とっくにハルナには私が嘘を言えば耳と尻尾が暴れるのバレてる。
「ですが、こうして二人きりであなたのことを見ていると、心の底から…そう仰ってくれているのがよくわかりますわ」
「どういたしまして?」
なんだか可笑しい感じがして、私もくすりとした。
「それにしても、エリカさんは本当にお顔が広いですわね」
「シャーレに入ってから更に色んな学校の人と会うようになったからね」
「あの女将さん、天見さんと言いましたが彼女も?」
「うん。まぁ、ちょっと色々あったけど」
「色々とは?」
「彼女の名誉のためにも詳細は伏せるけど、唯一私がシャーレに入ってから逮捕した子かな」
「………深くは聞かないでおきましょう」
うん。ほんとにね。
天見さんといえば、相棒みたいな間宵シグレさんはどうしてるんだろう。あの子も色々問題児……とチェリノちゃんは言ってたけど、過去に一度話した限りだと特にトラブルを引き起こすような感じの子ではなかった。
「レッドウィンターの生徒さんとの交流はわたくしもありませんでした。生徒会長がゲヘナとは真逆の強い統制を敷いていると聞きますが」
「そうかな?会長のチェリノちゃん自体は我が儘な子でしかないけど、一生懸命なところもあっていい子だよ」
「エリカさんのいい子判定は判定ゾーンが広すぎて怪しいですわ」
「そんなことないって」
チェリノちゃん自体は色々ありはするけど悪い子じゃない。
この自治区はトモエさんが実権を握ってるだけに心配になるぐらいなんだけど、そもそも3日に一回はクーデターで政権が転覆するから自治区を独裁してるかというとたぶんできていない。
あと、週の半分は別の生徒が生徒会長になっていてあまりに高頻度で届出がくるので連邦生徒会内だともう通知いらないって言われてたような。
それにしても私のいい子判定がガバガバなんてそんなことはないでしょ。
「チェリノちゃんは私の作ったお菓子おいしいって嬉しそうに食べてくれるし」
「それはわたくしも同じですわ」
「……そうだね」
この理論だとミカさんもいい子になるな。いや、ミカさんも色々あったけど悪い子じゃない。
「甘味を食べて素直に喜ぶ、と思えば悪い方ではないのかもしれませんわね」
「さっき言ったセリフどこにいったの」
「それに、その理論ですとわたくしも…いい子、ではなくて?」
そうかな?そうかも。
いやいや、どこに尾があるかわからないドラゴンみたいなハルナをそう思っちゃうのは……でも、デザートを食べてる時のハルナは本当においしそうに食べてくれるし、いい子、なのかもしれない。
「そういえばこの旅館の料理のおすすめは?」
「わたくしとしたことが大事なことを言い忘れていましたわね。レッドウィンターらしい料理もありますが、今回のプランですと百鬼夜行風になりますわ」
「なるほどね。となると海鮮多めかな」
「お刺身もありますが、お鍋も入っていますし、お肉もありますわよ」
「ほんと?楽しみかも」
ハルナの選んだものだからちゃんと美味しいのは間違いない。天見さんが取り仕切ってるなら変なことにはならないはず。
「デザートがエリーシャ・プリンなるもので、楽しみにしていますの」
ん?待った。
「ハルナ、そのプリンたぶん私の作ったやつかも」
「はい?」
初めてレッドウィンターに挨拶も兼ねて先生に連れられて行った時に、チェリノちゃんに作った喫茶店風のプリン。それをあの子は「こんな美味しいプリンは食べたことがない!今日からこのプリンはエリーシャ・プリンだ!」と言っていた。
あれ以降、先生の話では私の置いて行ったレシピを元に高級プリンとしてこっそりレッドウィンターで流通してるらしい。
そのことをハルナに話すと、彼女は何故か得意げになった。
「流石はエリカさんですわね」
「いや普通にプリン作っただけだったんだけど」
「しかし、であれば確かめる必要がありますわね」
ハルナの目が突如真剣なものになった。
「エリカさんの名を与えられたプリン……まさか、劣化したものにしていないか」
これはもしプリンが不味かったらこの宿が吹き飛ぶ。私はハルナに寄ってまぁまぁ、と抑える。
「ハルナハルナ、私の作ったのは固めの喫茶店風のだからどこでも食べられるやつだし、ハルナも食べたことあるでしょ」
「えぇ、とても美味しかったですわね」
「だからそんなに気合い入れなくてもいいんじゃないかな」
「何を仰っていますの?美食がそこにあり、わたくしがここにいる。出るのは夕食ですから……ふふふっ、楽しみですわ」
うーん、これは今日の夜はもしかしたら寒空の下で野宿かもしれない。
「思うところがあっても爆破だけは辞めてね?」
「あら、わたくし、今回の旅はライフル以上の火器を持ち込んでいませんわ」
「…そりゃよかった」
安心した。あのキャリーバックの中に大量の爆弾が入ってたらと思うと気が気じゃなかった。
「ふぅ。それにしても、改めて見ますと眼前にはレッドウィンターの雄大な連峰と青空。美しいと素直に思わせますわ」
「そうだね。貸切だから静かで、なんだかものすごい贅沢をしてるみたい」
私の左肩にハルナの右肩がよりかかり、彼女は頭も私の頭に寄せてきた。温泉に入ってるおかげかついつい反応しちゃうことも今はなく、私は特に動じることもなかった。
でも、こんなに近くにハルナがいるのはそれはそれで、少しドキドキしちゃう。
「………わたくし、このまま溶けてしまってもいいかもしれませんわ」
「それぐらい贅沢ってこと?」
「えぇ。もう、これ以上ないぐらいに」
「私もそうかも。こんな立派な貸切風呂に目の前は綺麗な景色、隣には信じられないぐらいの美人さんがいるし」
言葉にするとなんだこの成金みたいな状況。ハルナを見たら何故かジト目になっていた。
「なんでしょう。その言い方、あまりにも情緒がなくてよ」
「私の語彙力なんてこんなもんだよっ」
「わかっていましてよ。ですが、トリニティで少しは飾り付けも学んだのではなくて?」
「あれは意識してないと無理だって、それに、本物のお嬢様の前でそんなことしてもさ」
「ナギサさんからは騎士のようだとも聞きましたわ」
「そんな立派なものじゃないと思うけどなぁ」
ナギサちゃんからの評価、高すぎやしないだろうか。思えばミカさんにもなんか騎士みたい、って言われたことあった。トリニティの子から見た私ってどういう存在なんだ。
「私の戦い方、どっちかといえば泥臭いし」
「騎士は何も泥を受けずに勝つわけではありませんの。その有り様が騎士たる所以ですわ」
「どういうこと?」
「毅然と、守るべきものを背に、脅威へ立ち向かうもの……わたくしはそう思っています」
ハルナが私の脇腹に手を触れる。ちょうどサオリさんに撃たれたところで、少しだけ傷が残ってしまったところだ。
「ですが、還ってこなければ意味がありません。ナギサさんとの約束は果たしたのでしょう。では、次は?」
ハルナの手が湯船の中で彷徨って、私はその手を握る。彼女は指を絡めてきた。
するすると、尻尾も泳いで、私の太ももから足に巻きついてくる。
「わたくしとも、約束をしませんこと?エリカさん」
「なんかもう、がっちり逃げられない感じになってるからこれ脅迫?」
「おふざけではありませんのよ」
膨れるハルナのほっぺたを突っつく。ナギサちゃんとの約束は別に果たされたわけじゃなくてずっと継続中だ。もうお互い物を返さないって決めちゃったし。
「ならハルナも私と何か交換する?」
「それは」
「トリニティ式はそうなんでしょ。ハルナはゲヘナだから関係ないけど」
「いえ、そうかもしれませんが……出来るのであれば、そうですわね。わたくしも」
「けど、何を交換するかだよね」
そうと決めてもお互いちょっと唸った。香水……はハルナの食事の邪魔になる。今の銃はナギサちゃんから貰った物だし、う〜ん……あっ、そうだ!
「それならハルナ、私の昔使ってた生徒手帳あげるよ」
「昔の?」
「うん。ハルナと出会った頃、あのときってちょくちょく一緒に動いてたでしょ。だからハルナとの共同で動いた話が残ってるんだ。流石に内容的にテロリストと協力したのは言えないから返さずにこっそり持ってたんだ」
私が提案すれば、ハルナは目を輝かせて「ぜひ!」と言ってくれた。
「そうとなれば…わたくしからは……」
ハルナが私の顔を見て、前髪に触れた。
「わたくしが着けているリボンの髪留め、なんていかがしら」
あの白い、いつも付けてるやつね。
「使わなくても構いませんわ」
「もみあげだけ三つ編みにでもしようかな?」
「……それは可愛いかもしれませんわ」
たまには可愛い格好を私もしたいから、あとで試してみよう。ただ、私の古い手帳は家に置いてあるから取りに行かないと。旅行の帰りにでも渡そうかな。
「よし、そろそろ上がろっか?」
「夜には他の温泉も入ってみたいですし、そうですわね」
「貸切風呂以外も行くの?」
「エリカさんとなら楽しめそうですから」
ハルナの楽しそうな笑顔を見ると、私も楽しめそうな気がしてきた。
うん。じゃあ、一回出ようか。ハルナの手を取ったまま私はお風呂から上がり、ハルナを引きあげる。
「きゃっ」
「おっと」
少しよろけたのでハルナを受け止める。
「大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ、ですわ」
「よかった。部屋に戻ろっか」
転んで怪我したら危なかった。ハルナから手を離して、私は脱衣所へと向かう。ハルナもすぐに私の隣に並んで私の腕に捕まった。
「寒いですわ」
「それは同感。湯冷めしちゃう前に戻ろう!」
湯上がりのハルナの体温を感じながら私は脱衣所へと戻るのだった。
お風呂を出た私たちは部屋でダラダラしてもよかったのだけど、私がそわそわしてたので宿の本館の方へと戻ってきた。来た時ほどじゃないとはいえ人は多くて、本当に人気の旅館なんだなぁって。
「ねぇハルナ?」
「なにか?」
「今回の旅行っていくらぐらいなの」
となればあんな貸切の立派な露天風呂に、喧騒から離れられる別館。絶対ものすごいお金かかってない?そう思ってハルナに聞いたらハルナは笑顔で無言を貫くのみだった。
「そんなことよりも、エリカさんは何が気になってこちらに」
「いや、冷やかし…ってほどじゃないけど、何か面白い物ないかなって」
「でしたらあちらのマッサージルームなどは?」
ハルナが指差した方を見ると、何人かの生徒がマッサージチェアに揺られているのが見えた。気持ちよさそうにしてる子もいれば、友達同士でくすぐったがってるのを笑っている子もいた。
疲れてはいるけど、マッサージするほどじゃないからなぁ。
「流石に大丈夫かな。それより、あっちの方が気になるかも」
何故かこの百鬼夜行風の内装で異質なバーが見えた。……あのバーテンダー、よくみたら間宵さんじゃない?まさかお酒を提供してないだろうな、と私は足を運んでみることにした。
「バーテンダーの方…軟派な少年…といった感じがしますわ」
「あの子は間宵さん。天見さんの相棒みたいな子だよ。確かに男装してすごい似合ってるね」
シェイカーを振ってる間宵さんはバーテンダーらしい格好で、蝶ネクタイとあのアンニュイな感じがものすごく似合ってるというか、ハルナの言う通り「少年」って感じがすごいする。カウンターにいる子をよく見れば色んな学園の子が間宵さんを見つめていた。
「間宵さん、こんにちは」
「ん?あれ、草鞋野さん?」
声をかければ間宵さんは手を止めずに私へと向いた。特に慌てる様子もないから流石にお酒は提供していないらしい。
「こんにちは。隣の人は?」
「友達のハルナだよ」
「黒舘ですわ」
「どーも。ちょっと待ってね?」
慣れた動きで間宵さんはカクテル…じゃなくてあれはたぶんモクテルかな?を作っていく。鮮やかな色合いはきっと意味があるんだろうね。一つ作ると間宵さんは一人の子の前へ置いた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます…!」
流し目して完全に誑かしてるけどいいのこれ?間宵さん何してるの。
「それで、なんでバーテンダーしてるの?」
「いや、ノドカの手伝い。せっかくだし楽しい方がいいかなって思ってノンアルコールだけだけどバーにしたんだ」
「……随分人気みたいだね」
「お陰様でね。リピーターも多くて助かるし、旧校舎に缶詰な私たちからすれば貴重な外の話も聞けて嬉しいよ。そういえばちょうどそこの子から草鞋野さんのことも聞いたよ」
目線で間宵さんが指したのはどうみてもトリニティの正義実現委員会の子だった。私の視線を受けて彼女は驚いて肩を跳ねさせた。
「え、エリカ様!?アリウスとの戦いで行方不明になったはずでは!?」
「いやいや全然無事だったよ?」
なんかまた変な噂流れてない?ナギサちゃんが英雄として祭り上げられてるのは聞いたけど、私もしかして死んだことになってない?
「すいません。校内ではそういう噂が多くて……下江さんが頑なに違うって言ってましたけど、本当だったんですね」
「まぁ、エデン条約事件以降はまともに顔見せてないもんね。この前ちょっと入院してたけど」
「そうなのですか?それは知りませんでした」
変な誤解に関してはナギサちゃんが解いてくれることを祈るしかない。間宵さんに視線を戻せば、彼女はメニューを差し出してきた。
「せっかくだし一杯どうかな?」
どうしようかな?ハルナのほうを見れば、飲み物ってことで楽しみなのかちょっと乗り気っぽい。
「じゃあ一杯だけ」
「ありがと。イメージでの注文も受けるけど、メニューのでもいいよ」
ちゃんとバーで飲んだことないし迷うなぁ〜。
「おっと、こんなとこにいたっすか」
「イチカ先輩!」
席に着こうかな、と動いたところで正実の子に声をかけた人がいた。知ってる声だ。私が振り向けば、相手も糸目を少し開いて驚いたようだった。
「これはエリカ様じゃないですか」
「仲正さん……?だったよね」
「いやはや、まさかティーパーティーの方に覚えられてるとは光栄っす。あ、いや、今はティーパーティーじゃないっすね」
正義実現委員会の仲正イチカさんだ。掴みどころがない感じがする子だけど、私はふと思い出した。
この今の組み合わせまずいのでは?
「エリカさん、彼女は……」
「……うん、あのときの」
一旦カウンターを向いて確認し合う。ハルナと私は一度、仲正さんと戦ってる。それも模擬戦とかそういう話じゃなくておもいっきり違法行為をした側で私たちが仲正さん率いる正義実現委員会相手に銃を向けている。
トレインジャックの原因になった永久凍結バナナのオークション。あの会場を奇襲し、検挙したのは仲正さんの隊だった。
「どーかしたっすか?」
「ううん、なんでも。仲正さんはこの子と?」
「いえ、何人か後輩たちと一緒に。最近は色々忙しくて、まとまった休みも取れなかったので後輩たちからせがまれたっす」
ポンポンとカウンターにいる子を撫でながら仲正さんは言う。後輩の子は顔を真っ赤にしていて、もしかしなくても仲正さん結構な女たらしさん?
「後輩想いなんだね?」
「いえいえ。自分もちょうどいいかなって。エリカ様も休暇っすか」
「あー、様は付けなくていいよ?私もうシャーレに戻ってるし」
「んじゃ、草鞋野さんで」
そこは名字呼びに戻るんだ。名前で呼びがちなのはトリニティの慣習なのかな。
「なになに?みんな知り合い?じゃあ座ってよ。再会を記念して一杯」
「モクテルっすか。飲んだことないし、試してみようかなぁ」
どうやら仲正さんも一緒に飲むらしい。ハルナはあからさまにゲヘナの生徒なんだけど、特に仲正さんは気にしてないようだった。それはそれで助かるけどね。
「じゃあ早速……ん?」
私たちが席に着くと、間宵さんがモクテルを作ろうとしたのと同時に、間宵さんの腰に付けられていたPHSが鳴った。内線?
「はいはい間宵です。ノドカお疲れ。どうしたの?……え?」
緩い表情だった間宵さんの顔が急に真面目なものに変わった。そのまま彼女は2、3言話すと、すぐに電話を切った。
「あ、お客さんごめんね。ちょっと呼び出しかかったから、今日は店じまいね」
間宵さんのファンと思われる子たちからは残念な声が上がるも、そそくさと散っていく。私とハルナは顔を見合わせた。これは何かが起きたと。
「……休暇中、ですのよ?」
「それでも私は放っておけないよ」
「ほんとうにあなたは…無茶はやめてくださいまし」
「わかった」
囁き合うみたいに約束して私は間宵さんを見た。彼女は苦笑いだ。
「いやぁ、流石に察しがいいね。先生の生徒さんらしいや」
「何があったの?」
「この温泉宿の源泉。ポンプが壊れたみたいで、お湯の出が悪いって」
間宵さんが言うには、この二代目温泉郷は一代目の温泉郷からお湯を引っ張っているところがあるらしい。もちろん、新しい源泉も掘ってこの温泉の下にあるらしいけど、そこはレッドウィンターの勿体無い精神があって生きてる旧温泉郷の源泉を一部再利用してるんだって。
「——だから全部の温泉がダメになるわけじゃないんだ。けどさ、すぐに直そうにも工務部が今はスト中だから手がなくてね。ノドカ一人じゃ力が足りないんだ」
「なるほど。状況は了解したよ」
「正直、お客さんである草鞋野さんに言うのは気が引けるけど、支援要請、出してもいい?」
「喜んで。装備を整えるから、天見さんには伝えてくれる?」
「了解だよ。ごめんね?」
「大丈夫。ハルナ、悪いけど、ちょっと行こうか」
「労働の後の夕食はきっと美味しさが増すでしょうし、その上での温泉は格別かもしれませんから」
ハルナも了承したし、彼女の言う通りかもなので、ここはご飯の前に運動と行こう。旧温泉郷がどこにあるかは天見さんに聞くけど、たぶんここから標高はもう少し上なんじゃないかな。
「あの、もしよければ自分も手伝うっす」
「え?」
さて準備しよう、と思ったら仲正さんも行きたいらしい。どういうことをすればいいのかわからないし、力仕事なら人手は多い方がいいから助かるけど。
「いいの?君、シャーレの人じゃないでしょ」
「まぁ、そうなんすけど。この子が話した通り、草鞋野さんはトリニティにとっては恩人ですし、放っておくのもちょっと」
「まぁ、あと一人ぐらいはいてくれると助かるし、いいんじゃないかな?問題ないよね」
間宵さんに問われて私は頷く。仲正さんは優秀だとトリニティに居た時聞いたし、あのオークションで経験の浅い生徒たちをカバーする作戦を立てたのも確か仲正さんだ。
繊細な状況でもしっかり対応できるかも。
「ありがとうございます。ウチの子達は置いてくんで、何かあったら言ってください。治安維持はお手のものっすよ」
「流石にここまで来て暴れるお客さんは少ないから大丈夫だけど、ありがと。それじゃあよろしくね、三人とも」
227号温泉郷からの支援要請を受託した私たちはそれぞれ部屋に戻って準備することになった。そうだ、先生にも電話しておかないとね。
機械の修理だし、戦闘の可能性は低いはず。天候が荒れたりしなければいいけど。
「(……ちょうどいいっすね)」
ハルナと共に部屋へと駆けていくエリカを見つめながら、イチカは心の中で呟く。
「(一度あなたのことは近くで見てみたかった。草鞋野さん)」
イチカの呟きは底のない、虚無のような彼女の奥底へと消えていく。
次回はまた未定です。
ハルナは頑張りました。ちなみに押し倒した後は頭が爆発しそうなぐらい恥ずかしがってます。エリちゃんはハルナの言うことをあんまり訊かないので押し倒して強引に言うことを聞かせてます。
なお、本作の227号温泉郷(一代目)は旧校舎とは別のところに建てられた後に原作通りに爆破されてます。
ちなみに、イチカは実はエデン条約の時点でエリカがオークションにいたことは気がついてますが自分には関係ないことだと無視してます。