いつも感想とても励みになっております。
今回は今日と明日投下します。
軽やかなはずの少女の一歩が、階段を軋ませる。眠りを妨げるには十分な音量だが、降りている少女——ミカにとっては今のところは都合がよかった。
「………消灯時間はとうに過ぎていますよ」
トリニティ更生寮、その談話室も兼ねた1階のソファに腰掛け、編み物をしているモノクルをかけた寮長の藤川が振り向きもせずにミカを注意する。その声音には必要以上の感情は込められずに、ミカを撫で抑えるようにも聞こえるものだった。
「なんだ、起きてたんだ。寮長」
「寮生が寝るまで起きるのは寮長の役目です」
「………寝てるの?」
「寝ていますよ。ミカ様が眠った後に」
本来であれば、ミカが階段を踏んだ時点でまるで老婆が持つようなステッキを模した銃を構え、部屋に戻るように促してくるところを、今はそうしていない。
元ティーパーティーであり、パテル派に所属していた、いわばミカからすれば配下の一人であったが、特にミカを崇拝しているわけでもなく、エデン条約事件後に反転しミカを魔女と罵ることもなく、聞かん坊の孫を見るかのような厳しくも柔らかな年下の寮長。
頭が硬いのか融通が利くのかよくわからないこの寮長がミカは苦手だった。
「ふーん。大変だね」
「えぇ、大変です。もっとも、ミカ様が来てからだいぶ睡眠時間は確保できていますよ」
「それ、褒めてるの?」
「どうでしょうか」
編み物をする手は止まらず、テーブルの上に置かれたランタン風のLED照明が、作り物の炎で仄かな暖かさを演出する。古びた室内の雰囲気もあり、ミカは僅かな情景をそこに見る。
今でこそトリニティ内の組織改変で救護騎士団の預かりとなったこの寮であるが、元はティーパーティー管轄であり、ミカも入れられる以前からその役目を知っている。
退学はさせられないが、通常の寮や授業には出席させられない生徒を閉じ込めるためのいわば軟禁施設。代々の寮長の裁量によって、その期間は長く決まり、遥か過去には陰湿な”矯正”もされていたという噂もあった。
当代の寮長はそういった方針は取らず、軟禁もせずに積極的に奉仕活動へ従事させる方針をとっている。
だからこそ、今この時のミカを止めるつもりは更々寮長にはなかった。
「……それで?聞いてるのはラジオ?」
「この寮にはテレビもありませんから。夜中、寝つきの悪い生徒が眠るまでのBGM程度にはなります」
「なにかあったの?」
「ミレニアム自地区に繋がるハイウェイで検問所を兼ねた料金所が破壊され、更に爆発があったそうです」
ミカは携帯を懐から取り出し、つい先ほどエリカに送ったモモトークのトーク画面を見れば、既読はついていない。先生ほどではないがエリカの反応もかなり早いもので、反応がないということは何かが起きた時だけだ。
そして、寮長の言うような事件事故はよくあることだが、事前にエリカがミレニアムに行くこと、厄介ごとに巻き込まれていることは電話でも十分にミカは察することができた。
かつて、エリカ——シャーレをナギサと共にトリニティ自治区へ入れた時に思ったことがまたミカの頭を過った。
「そういう星の下に生まれてるのかな、エリカちゃんは」
死ににくいキヴォトスで文字通り命を賭けてまで前に進むエリカに、ミカは自身のことを棚に上げて危うさを感じずにはいられなかった。大切な幼馴染が焦がれた相手の実態を知り、ミカは当初シャーレ参加時に考えていたエリカへナギサを託すなどという考えは捨てるしかなかった。
笑って地獄まで行くような度の過ぎたお人好し。それはこのキヴォトスでは眩し過ぎて誰しも目が眩み、手を伸ばしてしまう。
「(まずエリカちゃんは自分を大切にしないとね。ナギちゃんを危なっかしくて任せられないよ)」
やれやれ、とミカはため息をついた。本来であれば友人と思うような相手ではなかったはずのエリカをこれから助けに行こうという自分も、相当に「汚染」されているなと自嘲しながら、ミカは携帯をポケットに仕舞う。
「出立は早朝と伺っていましたが、もう出られるのですか?」
「うん。なーんか胸騒ぎがしてさ」
「ミネ団長からはシャーレの要請に関して、自由に応えるよう仰せつかっています。止める理由もございません。ミカ様の思うままにして頂いて構いません」
「あははっ、まるで前のパテル派の子達みたい」
「彼女たちのようにあなたの偶像を盲信して言っているわけではありません。あなたは私の主ではありませんし」
「生意気。まぁ、でも、寮長だもんね」
生意気、と言いながらも遠慮なく物を言う彼女のことをミカは苦手でも嫌いにはなれなかった。彼女は物怖じせずに立ち向かってくる者や、勇気を持つものが好きだ。
寮長の手が止まり、途中まで作られた編み物がテーブルの上に置かれる。彼女は椅子に立てかけていた杖を手に取り立ち上がる。
「やめちゃうんだ、それ」
「ミカ様が出られるのであればもう、起きている必要はありませんから」
「あっそ。じゃあ、私は行くから」
寮長が頷き、ミカは寮の出口に向かって歩み出す。扉の前まで来てミカはドアノブに手を伸ばしたが、ピタリと彼女は止まった。扉越しに気配を感じたからだ。
こんな時間に寮を訪ねてくるのはミカに強い恨みを持つ生徒ぐらいだ。更生寮に入れられた当初は執拗な嫌がらせも多く、その度に寮長まで巻き込んでいた。またその類だろうか、とミカは笑顔を貼り付ける。
「もう、こんな時間に誰かな〜?」
開いた瞬間にお帰り願おう、ミカはそう思いながら止めていた手を動かしたが、その前に扉が開かれた。ノックなし、最低限の礼儀もないことにミカはやっぱりか、と思って扉の開いた先を見れば、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
「え、ナギちゃん?」
「ミカさん…!?ちょうどよかった!お願いがあります!」
ナイトガウンに拳銃、履物はスリッパと明らかにトリニティの淑女が真夜中に外へ出てはいけない格好である。さしものミカも、ナギサがこのような格好をして外に出てくるなど想像もできず固まってしまった。
寮長はそんな二人を見ながら、自室に戻ることにした。ナギサが制服を着ていないという意味をすぐに彼女は理解した。あそこにいるのはティーパーティーの桐藤ナギサではなく、真夜中に寮へとやってくる不良生徒だと。
「(正実への通報はしないでおきましょう)」
寮長はナギサを見逃した。
ミカは横目で寮長が階段を上がっていく姿を見て、ナギサを一先ず寮の中へ引っ張り込んで扉を閉める。
「なにやってんのナギちゃん。こんなとこに来たらまた卵投げられるよ」
「そんなことはどうでもいいのです。ミカさん、すぐにミレニアムへ向かってください」
「なんで?」
「……ミレニアムへ続くハイウェイで爆破炎上したという車両はシャーレのものです。エリカさんにモモトークで見せてもらったものでした。それに、テレビでシャーレを名乗る生徒がパトカーを強奪したと」
「強奪て」
警察官でなくなっても遵法意識があるエリカがそのような真似をするとは思えず、おそらくはクロノスがやりがちな盛った報道だろうとミカは思った。
「あと、ミネ団長からエリカさんが昨日の昼間に大怪我を負ったと……」
「ふーん。通りで電話してる時やせ我慢してそうな声だったんだ」
「電話?」
「ちょうどよかったね、ナギちゃん。私、これからエリカちゃんに呼ばれてミレニアムに行こうと思ってたんだ」
「一体何があったのですか、彼女に」
「わかんない。けど、色々ややこしいことになってるみたいだよ」
「わかんない、って」
本当は、ミカはある程度エリカから何が起きたかは聞いている。アリスが何者かに操られ暴れたことも、それに巻き込まれエリカが怪我をしたことも、先生が行方不明であることも聞いている。
エリカがミカを呼んだ理由は万が一の保険だった。
——私がアリスちゃんを抑えるって?
——ごめん。今の私じゃ、たぶんヘイローと引き換えになると思う。それぐらい足手纏いだから。
——……いいけど、エリカちゃん無理しちゃだめだよ〜。
——そうだね。気をつけるよ。
言っておいて明らかに無茶をしている。ナギサに包み隠さず話せば彼女は間違いなく責任を放り出して飛び出しかねない。それはミカの幼馴染のためにもならず、たたでさえ危ういナギサの立場にヒビを入れ、下手をすればミレニアムとの関係もこじれる。
ティーパーティーにいた時よりも自地区間の関係など高度な判断を今のミカは求められていた。
「(やだなぁ、ただの生徒になったのになんでこんなこと考えなくちゃいけないワケ?はぁ、全部エリカちゃんのせいだ。うん。この事件が片付いたら絶対フリフリのドレスとか着せまくろ)」
「ミカさん?」
「ん?なんでもないよ。じゃあ、私行ってくるから、ナギちゃんは大人しくしてるんだよ?」
「………はい」
ミカがナギサの横を通り扉に手をかけ、開ける。僅かに目を向ければ、本来はナギサが持つべきではないほどに無骨なエリカの拳銃に手が伸びていた。
「それに、何かあっても今のナギちゃんは何もしないほうがいいよ」
「なっ…!?どうして」
「ナギちゃん、好きな人のために全部捨てて行くなんて”桐藤ナギサ”ができるの?」
「それは」
「だからここはさ——私たちシャーレに任せてよ。トリニティの生徒会長さん」
ミカが振り向き笑顔を見せる。ミカの身に纏う制服はシャーレのものであり、肩の横にはシャーレのマークが踊る。扉から手が離れ、ミカの姿は消える。パタリと静かに閉まり、ナギサは誰もいなくなったロビーに取り残された。
「………私は」
「不良生徒さん」
「ひっ!?」
突如ナギサの背後から声がかけられ、ナギサは振り向く。そこには寝巻きに着替えた寮長が立っていた。
「ね、眠られたのでは」
「いいえ、ミカ様は出られましたが、不良生徒はもう一人いるので」
「それは」
「あなたですよ。ナギサ様」
まさか正実にでも通報し、ナギサのことを糾弾しようというのか、とナギサはたまらず後ずさるが、寮長の手にはポットとティーカップが二つ用意されていた。
「そ、それは」
「不良生徒を寝かしつけるのも私に与えられた役目です。どうですか?眠る前に、ご友人の最近の様子を話しますよ」
寮長に害意がないとナギサは気がつき、彼女は頷く。
「……お願いします」
「では、あちらにどうぞ」
永い夜になる。寮長は今日も睡眠不足になると内心苦笑した。
「先輩!着きました!」
「………」
「先輩!?」
「……っ……ごめん、寝てた」
ミヤコちゃんの声でなんとか目を覚ます。全身が痛い。これは寝てたというか気絶してたんじゃなかろうか。フロントウィンドウから覗くのはミレニアム自地区、その中心部であるミレニアムサイエンススクールの校舎。ランドマークでもあり、中枢でもあるミレニアムタワーが聳え立っている。
こんな真夜中でもいくらかの窓から灯りが溢れていて、さすがといったところだ。
センターコンソールにあるカーナビが映るモニターには時間も表示されているので見れば午前1時前。予定時刻より30分は遅れている。とにかく、アリスちゃんに会わないと。モモイさんたちの様子からして相当なショックで塞ぎ込んでるに違いない。
ミヤコちゃんは私をかなり心配そうな表情で見ている。
「先輩、やはり体が」
「大丈夫。……最悪の場合もあるから戦闘の準備を」
リクライニングしていた助手席から体を起こして、ドアを開ける。借りたパトカーは最新の車種だったらしく、装備品もよかった。シャーレの特権で強引に徴用してしまったので、ヴァルキューレ高速警察隊の子たちにはあとでお詫びしないとね。
反対側でミヤコちゃんも車のエンジンを止めて外に出てきていた。素直に私の言葉に従ってサブマシンガンは抜いてくれている。夜中のミレニアムサイエンススクールの校舎は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていて、摩天楼の数々が無機質さを演出して、人の営みを感じさせないような不思議な印象だ。
「そもそも先輩、こんな時間にミレニアムタワーに入館できるんですか?」
「中にいる生徒に声をかければ入れるよ」
「なるほど……」
ゲーム開発部の子に降りてきてもらえれば、セキュリティは通り抜けられる。
今いる位置はちょうどミレニアムタワー前の広場。搬入とかも頻繁にあるからか車で乗り付けられるようになっているのは助かった。
「中に入ろう」
「了解です」
ライフルをチェックする。問題なさそうだ。
ミレニアムタワー入り口へと足を進める。自動ドア含め、ガラス張りになっていてロビーの中は丸見えだ。受付などをしているロボットの姿も見えないし、ベンチなどに腰掛けている生徒の姿も当然あるわけがない。
自動ドアに近づき開けば、拍子抜けするぐらい簡単にロビーには入れた。私とミヤコちゃんの足音だけが空調の音に混ざって反響する。人の気配がない。
「ひとまず、モモイさんに連絡を……」
携帯を取り出してみれば、ミカさんからモモトークが何件か送られてきていた。私を心配するようなものが多くて、最後に「今から行くね☆」とあった。あれだけの騒ぎだ。ハイウェイでの事故はすぐにテレビとかで流れたんだろうね。ミカさんはそれを見たのかもしれない。
今から、というとどうやってくるのかがわからないけど、状況が状況なだけに助かるというのが本音だ。あとで落ち合う場所を決めなくちゃ。
電話帳からモモイさんの番号を探してタップする。………しばらく待ったけど、応答がない。寝てしまったのかな…?そんなに付き合いは長くないからわからないけど、モモイさんが天童さんをそのままにして眠るかな。
繋がらないなら、別の人に連絡するするしかない。ミドリさんは前に私と電話番号を交換したいとせがまれたので交換している。
「先輩、どうですか?」
「…………なんで?繋がらない」
ミドリさんも電話が繋がらない。応答しない。
こうなったら、チヒロちゃんにでもお願いするしかない。
私がチヒロちゃんにダイヤルしようとした時だ。後ろで自動ドアが開いた。
「草鞋野。どういうつもりだ?料金所を爆破したらしいじゃねぇか」
「…!?」
振り向く。声は私に向けられる敵意をしっかりと纏っている。
「美甘さん…!」
「なんのつもりかは知らねぇ。シャーレがそんな強行突破をする意味もわからねぇ。なぁ、教えてくれよ」
現れたのは、美甘さん。メイド服の上にスカジャンを羽織って、鎖で繋がれた二挺のサブマシンガン。戦意に彩られた瞳が私を射抜いている。まずい、なんてもんじゃない。ハイウェイで襲ってきたのはC&C、美甘さんはC&Cのリーダー。
万全の私を想定するなら、当然ぶつけてくるはずだ。
「……ッ……あ、あなたは」
「SRT…?子守しながらとは余裕だな、オイ」
「こ、子守…!?」
「それは警戒してんじゃねぇ。腰が引けてんだよ」
ミヤコちゃんが美甘さんに圧倒されているのを見抜かれた。美甘さんは銃を構えていない。まだ、話し合う余地はあると思いたいんだけど。こんな状態で勝てる相手じゃない。自爆覚悟でも、おそらく簡単にいなされて終わる。
「美甘さん。どうしてあなたはここに?」
「自治区に不法侵入した輩、しかも他の自治区じゃ生徒会長に匹敵してるお前をシャーレだからって自由にさせると思うならめでたいな」
「過大評価じゃないかな」
「舐めプしてんのはわかってるんだよ。お前、本当はバカほど強いだろ」
視線が前と横から刺さる。好きで、全力を出してないわけじゃない。私が全力で戦ってどうなったか。掌を広げて、見る。赤黒く染まったあの時の光景が過ぎる。
血溜まりの中で私は立っている。目の前で大切だった人はもうただの肉の塊となっていた。声をかけても、揺らしても、何も返ってくることはない。
——せん、ぱい。へんじ、してください。
——………。
——あ、ああ、ああっ、わ、わたしが、殺した。わたしがっ。
美甘さんへ視線を戻す。彼女は調月会長からの指示をされているのか。そうとしか思えない。当然、このままじゃ私たち二人ともお縄になっておしまいだ。
「美甘さん。あなたは調月会長の指示でここに?」
「指示はねぇよ」
「なら、あなたの独自の判断なんだね」
「当たり前だろ」
「そっか。よかった」
安堵する。本当に良かった。なら、彼女は敵じゃないかもしれない。美甘さんは意味がわからないって感じだ。
「何があったんだよ。うちの自地区はシャーレに攻め込まれるような真似でもしたか?」
「攻め込むつもりなんてこっちもないよ。私はただ、ゲーム開発部に呼ばれただけ」
「チビどもに?それでなんで料金所吹っ飛ばすんだよ」
「……私たちはC&Cの子に襲われたの」
私の発言に美甘さんが銃口を突きつけた。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。ウチの連中がそんなことするかよ」
「でも、C&Cの制服なのは間違いなかったよ」
「どんなやつだ」
「金髪に髪を後ろで結い上げてて、パワードスーツに乗った子。瀟洒な感じは室笠さんによく似てたかな」
「そんなやつはウチにいねぇよ」
「先輩が嘘をついてるとでも!?」
ミヤコちゃんが私の前に出て、怒鳴る。美甘さんは僅かに目を見開いた。
「へえ………事実を言ってるだけだ。こっちはよ」
「なら、私たちが見たものは幻とでも!?」
「知らねぇよ。まあ落ち着け……だがまぁ、草鞋野。お前が嘘をつくとも思えねぇな」
美甘さんがニヤリと笑う。銃を下げたまま私たちの方へと歩み寄ってくる。ミヤコちゃんが私をチラリと見た。思ったより冷静で助かる。うん、正解だよミヤコちゃん。悔しいけどここは、私たちが戦意を僅かにでも見せるべきじゃない。
「それで?チビどもに呼ばれたってことはアリスのカウンセリングか?それを妨害しようとするのもおかしな話だ」
「ほんとにね。けど、私が彼女と会うのを防ぎたい人がいるみたい」
「まぁ仮にそいつはあたしの知らねぇ”5人目”ってのもあり得なくはねぇ。ここんところ、アカネだけ別行動が多かったからな」
「どういうこと?」
「アイツはC&Cの教育係だ。あとは会長からの監視役。ようは内部監査員ってこった」
ものすっごく失礼だけど見た目ヤンキーそのものな美甘さんからこんな言葉がスラスラと出てくるとは思わなかった。
「オイ。失礼なこと考えてんじゃねぇだろうな」
「あだっ」
見抜かれたのか肘でどつかれた。うぐっ、全身にダメージが伝わってじゃれつかれてもきつい。
「やめてください!先輩は今体調が」
「わりぃな。ま、いいけどよ。中に入りたいんだろ」
どうやら、美甘さんは私たちを案内してくれるらしい。助かった。今の私は本当にどうにもならないから。彼女はそのまま私たちを通り過ぎて、生徒証をエレベーターホールへと繋がるゲートのパネルにかざしてセキュリティを解除する。
ミヤコちゃんはまさか通してくれるとは思わなかったのか、驚いていた。
「どうして…」
「シャーレが依頼で動いてる。つまり生徒のためってことだろ。お前らが自治区をどうこうしようなんて、まずないからな」
「ありがとう、美甘さん。信頼してくれてるんだね」
「先生をな。…言うなよ」
照れくさそうな美甘さんはなんだか年相応に見えた。
とりあえず、道が開けたので先に進んだ美甘さんと共に中へと入っていく。かなり熱が上がってきているのか、体がものすごくだるい。
「それで、横のガキは誰だ?」
「私はSRT特殊学園の月雪ミヤコです。ガキではありません」
「随分と生意気そうだな草鞋野。お前の後輩はよ」
「元気があって、いいでしょ」
「はっ、違いない。あたしは美甘ネルだ。SRTなら知ってるんだろ」
ミヤコちゃんが頷く。C&Cの戦力は美甘さんに関してだけ裏社会や私たちみたいな裏方にはかなり有名だ。三大校の特記戦力、それだけでSRTとしては警戒対象となる。
それにしても、美甘さんも室笠さんが何かしら怪しい動きをしていると見抜いていたようだった。ミカさんが感じていた違和感は同じなのかな。
「それで美甘さん。室笠さんが怪しいって?」
「たぶん、お前が見た”5人目”はアカネが仕込んだ新人だろうな。あの会長があたしたちとは別に用意した奥の手ってところか。パワードスーツってのはわからねぇが、それも会長が用意したもんだろうな」
なんでそんなことを……?これはどうやっても私が考えたところわかる話じゃない。今の状態じゃ特に。直接聞くのが早いけど、調月会長はどこにいるかわからない。
「……それより草鞋野。お前、ちょっとツラ貸せ」
「わっ」
考えていたら美甘さんが突然私の胸ぐらを掴んで前屈みにさせると、手を私のおでこに当ててきた。な、なに!?急に!?
「あっつ!?お前バカか!?なんでこんな熱出てるのに平気そうにしてんだよ!おい!月雪とか言ったな!?なんでこのバカを止めねぇ!」
うっ、何も言い返せない。ミヤコちゃんも怒られてバツが悪い顔をしてる。美甘さんはあんまり関わりがないはずなのに、私のために本気で怒ってるのが伝わってくる。
「…………それは…」
「はあ…先生といい、お前といい。シャーレはお人好しの集まりかなんかなのか?そもそも大怪我させてきた相手のカウンセリングのためにこんな状態で来るとか、普通はありえないだろ」
ありえない、と言われて私はどうしてもピンと来なかった。天童さんは望まない力で私を傷つけて苦しんでいる。だから、大丈夫だって、それを言いたいだけなのに。
「こんな状態でアリスにツラを見せたとこで、アイツが余計に苦しむだけだぞ。お前はそんなこともわからねぇのか?」
「……そんなにひどい?」
「そもそも背中は煤けてるし、ドンパチやってきたのが丸わかりだ。……ったく、そんなこともわからないぐらいにおかしくなってるのか」
見てみろ、とちょうどやってきたエレベーターのドアが開いたところに私は突っ込まれる。エレベーターの壁に設けられた鏡に映った私は——ひどいものだった。顔は明らかに疲れ果ててるし、顔色も悪い。シャーレの制服は美甘さんの言う通り煤けて汚れている。
ミヤコちゃんの顔色も悪い。あぁ、ごめん、本当に。
「ミヤコちゃんのせいじゃないからね」
「……ですが、私が、弱くなければ」
「そんなことないよ」
気合を入れろ。こんな状態で会えば、天童さんを傷つけるだけだ。3人でエレベーターに乗り込む。エレベーターは美甘さんが操作してくれた。
「はぁ……はぁ……っ………」
「先輩、息が」
「大丈夫。大丈夫だから。美甘さん、替えの服とか、ないかな」
とにかく、見た目だけでもまともな状態にしないと。美甘さんに聞けば、彼女は露骨に舌打ちをした。
「……例の条約の時に、死にかけてんのに動き回ってたってのはマジみてぇだな」
「はは、さすがの情報網だね」
「褒めてねぇ、呆れてんだよ。んで、服か。あるにはある。チビどものいる階の3階上に総務部の備品庫があるからそこで制服を貸してやる」
「ありがとう」
今晩だけでいい。天童さんに会って、話し終えるまで保てば。
痛みで感覚が薄くなりつつある足を好都合と、私は崩していた姿勢を正した。
次回はまた明日です。